昭弘がラッシュと重要な密談をしている一方で、Mは苛立ちを募らせていた。
(クソッ)
心中で悪態を付きながら、小さな少女は鉄華団の基地内をツカツカと歩いて行く。
(戦いが終われば、私は用済みとして処分されるだろうな。その前に成さないと)
彼女の目的は三つ。
一つ目は織斑一夏を始末すること。それもただ殺すのではなく、力の差を見せ付けた上で殺すことだ。
二つ目は織斑千冬の救出。
そして三つ目は、鉄華団をも含めた、この腐り切った世界から離脱することだった。
(手錠を掛けられている以上、織斑一夏は白式を展開できない。生身の奴を叩き潰しても意味は無い。姉さんの救出も、マイクロボムがあっては・・・)
Mの体内には、極小の爆弾が埋め込まれていた。彼女が問題を起こした際、スコールがいつでも消せるように。
即ちMは、体内に爆弾がある限り何も行動に移せないということだ。スコールの命令以外では。
利用し利用される関係。ミューゼル兄妹に対しても、そして鉄華団に対しても、Mは忠誠心などこれっぽっちも無かった。
(考えろ・・・憎き織斑一夏を殺し、姉さんと一つになる為だ)
彼女は一夏を憎み、そして千冬を愛していた。その為にMは作られたのだから、それこそがMの生き甲斐なのだから。
(まず爆弾を無力化しないと。この基地の医療設備では、摘出は無理。だが起爆装置は、スコールの持つ一つだけで複製も不可能・・・つまりスコールの起爆端末をどうにかすれば)
スコールを直接始末する手もあるが、それはいくらMでも分が悪すぎる。それも理由の一つだが、一番の理由は鉄華団に勝って貰う必要があるからだ。
Mは、地球上で戦乱に巻き込まれるつもりなど更々無い。すぐにでも天災の元へと赴き、いの一番に宇宙へと羽ばたきたいのだ。愛する千冬と同じ時を過ごすべく。
そうなる為には、一日でも早く現行のISに退場して貰わねばならない。それを成せるMPSの最大勢力は、現時点で鉄華団だ。
(何かスコールの弱みは・・・そう言えば、篠ノ之箒は天災に対する重要なカードだったな。そして篠ノ之箒は織斑一夏の幼馴染みで、天災にとっては妹の番・・・。篠ノ之箒と織斑一夏、2人共専用機を保持している)
頭の中で、ありとあらゆる要素を絡めていくM。それらは次第に、一本の線へと纏まって行く。
そして遂に、纏まった線が終着点へと辿り着いた時、Mの乏しい表情に歪んだ笑みが浮かぶ。
(いけるかもしれない)
思いついたのだ。スコールを説き伏せた上で、爆弾を無力化できる起死回生の策が。
(待っててくれ姉さん!)
心の中で叫びながら、Mは作戦司令室兼スコールの自室へと急いだ。
彼女の顔を満たす笑みは、どんどん深く歪んでいった。それはまるで、彼女の歪んだ愛に同調していくようであった。
織斑千冬には、兄弟も姉妹も、そして家族さえも要らない。ただ
ただ自分の側で、植物のように世話されていれば良い。
日々ブリュンヒルデに成り代わっていく自分を、穏やかに見ていれば良い。
千冬のそんな末路を想像するだけで、少女の頬は年相応に赤くなっていった。
「珍しいわね。Mが提案だなんて」
リクライニングチェアにゆったりと腰掛けているスコールは、そう言いながら冷めた目でMを見ていた。側に立つオータムも、小馬鹿にした表情でMを見下していた。
だがMは2人の反応に動じることもなく、先に結論から述べる。
「織斑一夏と篠ノ之箒の専用機、取り上げておくべきではないか?どうせ2人とも学園には返さないんだろ」
途端、スコールの目の色が変わる。対象を強く意識する時の目だ。
「何故そう考えるの?」
「篠ノ之箒が、いざという時の天災へのカードになるから、若しくは保護してやったという恩売りだな。番である織斑一夏も同様だ。織斑千冬には「全員返還する」なんて言ってないしな」
Mの言葉は、スコール的には模範解答であった。何名かの生徒を残すというのは。
それだけでMの提案を受け入れるかはまた別の話だが。
「それはそうだけど、なんで専用機を取り上げる必要があるの?手錠してあるのに」
「それだって完璧じゃない。手錠のSEがゼロになれば、ISは展開可能だ。錠も同じエネルギー源で稼働してるから、底が尽きれば勝手に外れる。これは身体的拘束を解くことで、シールドが尽きた対象者の生存率を上げる為だ。そして擬似コアを有している手錠が外れれば、ISの二重展開も無くなる」
Mの説明に嘘は無い。擬似コア内蔵手錠とはそういう仕組みだ。
だが、今度はオータムが提案の粗を突く。
「バーカ。そんなことになったら手錠が脈拍停止と誤認して、スコールとトネードが爆死するんだよ」
「馬鹿はお前だ。手錠対象者の脈拍が停止しない限り、2人の爆弾は絶対に起爆しない。SEが尽きたり、手錠が破壊された場合は、単に爆弾との紐付けが消失するだけだ。リモコンで解錠された場合もな」
そう返されてオータムは言い淀み、確認するようにスコールを見る。スコールは、肯定するように瞼を短く閉じた。どうやらこれも本当らしい。
ある意味当然であった。オータムの言うような事態でいちいち起爆していては、命が幾つあっても足りない。首の爆弾との紐付けは、外傷的要因ではなく、あくまで疾病や服毒による自殺といった人質の体内的要因を考慮したもの。要はシールドでどうにもならない要因だ。
だからこそ、鉄華団は人質を丁重に扱わねばならない。衣食住に関しては特に。
人質が、手錠のシールドに護られた状態で死なない限り、スコールたち2人が死ぬこともない。
それは理解したオータムだが、まだ納得はしてなかった。
「だからってそこまでやる必要あんのか?重機関銃で30秒近く連射でもされなけりゃ、SEが尽きることなんてねぇだろ。てかそもそも、専用機をどうやって取り上げるんだよ?手錠外した瞬間、その場でISを展開されんぞ」
「必要は大いにある。あの2人は最重要クラスの人質、つまり確保しておく期間が他の人質よりずっと長い。期間が延びれば、それに比例してリスクも跳ね上がる。取り上げ方については、織斑一夏と篠ノ之箒を口八丁で近くの更地まで連れ出し、そこでISを展開させる。後は私の実力でねじ伏せて、SEが切れたISを没収すればいい。無論、2人は無傷で連れ戻す」
長々と説明しながら、Mは内心ほくそ笑んでいた。
白式が、紅椿と連携することで真価を発揮すると、Mは把握している。つまりは一夏と箒、両名をIS戦で完膚なきまでに叩き潰してこそ、Mの目的の一つは達せられる。
(そうなれば殺すまでもない、IS乗りとしては死んだも同然だ。寧ろ私にとっても良い人質になるしな)
Mが一夏と箒を人質に取り、スコールに対し爆弾の解除を要求すれば、彼女はMの起爆端末を破棄せざるを得なくなる。
同時に、遠隔で起爆される心配も無い。生身の一夏と箒が巻き添えを受けるからだ。
爆弾さえ無力化できれば、千冬の救出も天災への謁見も実現が見えてくる。
策略を頭の中で繰り返しながら、Mは笑いを必死に堪えてスコールの返答を待った。
「・・・まぁいいでしょう。決行は今夜ね、詳細は追って伝達するわ。リモコンを所持している職員には、私から話しを通しておく」
その言葉を聞き、遂にMは小さな笑みを零してしまった。
「了解した。では失礼する」
提案を受け入れてくれて嬉しい。微笑はそういう理由からだと誤魔化すように、Mは司令室から出て行った。
Mが退室した部屋で、スコールとオータムの沈黙が漂う。
スコールは普段通りの済まし顔だが、オータムは得心が行かないのか、スコールにじとりとした眼差しを向けていた。
「・・・マジで信じてんのか?」
オータムの呆れ声に対し、スコールは爽やかな笑顔を向ける。
「んな訳ないでしょ。ここいらでMを切り捨てるわ」
主のそんな言葉を聞き、オータムは心底安堵する。その後、安堵の笑みを凶暴な笑みへと変換する。
「成程、Mが白式と紅椿を回収している隙に抹殺か」
オータムはそんな予測を立てるが、スコールの考えは少し違った。
「アンタじゃMに勝てないわ。例え隙を突けてもね」
そう言い捨てられ、不服そうに表情を歪めるオータム。己の実力は客観視できてるつもりの彼女だが、主にそう評されると堪えるものがあった。
そんな彼女に構わず、スコールは続ける。
「だから「筋肉坊や」を使いましょう」
「はぁ?」
余りに脈絡の無い人物が出てきた為、オータムは素っ頓狂な声を上げる。
察しの悪い部下兼愛人に、スコールは溜息を吐く。
「この際だからMと昭弘・アルトランド、不穏分子共々消えて貰おうって言ってんの」
「あー・・・」
成程と口をあんぐり開けるオータムだが、直ぐさま問い質すべき懸念点が見つかる。
「いやちょっと待て。アンタが爆死せずに人質殺す方法は解ったが、筋肉野郎はトネードのお気に入りだろが」
兄妹の分断、延いては組織の分断を危惧するオータムだが、スコールの反応は冷めたものだった。
「別に構わないわ。兄はそーゆーので怒る人でもないし」
そう答えた後、今度は神妙な面持ちとなるスコール。その様子には、ISTTで会った時からずっと変わらない、昭弘への不信があった。
「彼はIS学園という居場所を、心から愛してる。そんな蟠りを持った人間が入団すれば、いずれ鉄華団内に不和をもたらすわ。戦士たちの纏め役?・・・馬鹿馬鹿しい」
忌々しく吐き捨てるスコールとは対照的に、オータムは奥底から歓喜が湧き上がってきた。
「つまりあの筋肉ダルマ・・・ぶっ殺していいんだな?どんな汚ねぇ方法でも」
「ええそうよ」
未だオータムの記憶に新しい、学園襲撃時の失態。昭弘にはいつかその報いを受けさせたいと、オータムはずっと考えていた。
これはとんだリベンジマッチになると、オータムは整った顔を狂笑へと歪める。
「ヘヘッ。じゃ筋肉野郎とMを殺り合わせて、生き残った方をオレが仕留めるぜ。援軍は要らねぇよスコール」
「寧ろ援軍は出せないわ、アルトランドくんは今や団内の人気者だし。アンタが彼を始末したと団員にバレれば、それこそ団内に亀裂が生まれる。それと、彼の誘い文句もこっちで考えておくから」
つまりは、オータム一人で片付けてみせろと、そう彼女は言っているのだ。汚名返上の機会とばかりに。
それは信じていると、主への愛を証明してみせろと、そうオータムが解釈するには十分だった。
オータムは心臓の高ぶりを抑えながら、どこか慣れた手付きでスコールの顎に手を当て、自信に満ちた顔を近付ける。
「任せてくれや」
「そうじゃないでしょ?」
直後、司令室内を殺気が満たしていく。目の前に座る見目麗しい、柔らかな表情をしている女性から、氷の棘のような膜が広がっていく。
間近でそれを受けたオータムは畏れ、そして興奮した。殺気が鞭となり、彼女の弱い部分を焦らすように責める。
「何て言うんだっけ?」
まるで妖術のようなその声により、弛緩したオータムの身体が自然と跪いていく。高揚とした顔は、スコールの膝元へと。
そうして今度は逆に、スコールがオータムの顎をグイと持ち上げる。彼女が僅かに苦しむ程度の、絶妙な乱暴具合で。
「んふ・・・承知しましたぁ・・・ご主人様ぁ」
猫撫で声が、室内に情けなく木霊する。普段の男勝りが嘘のように、そこにはスコールにしか見せない、愛人としてのオータムの素顔があった。
「ハイ行ってヨシ」
飼い主の許可を得たオータムは、尻尾を振るように軽やかな足取りで出て行った。それこそ、年端も行かない少女を彷彿とさせた。
スコール一人となった、無駄に広いが故に寂しい空間。とは行かず、オータムと入れ違いで「ある人物」が入室してくる。それこそ我が物顔で。
事実、そこは彼の部屋でもあるのだから。
「オータムに盗聴器は付けたな?」
「・・・」
答えるまでもないので、スコールは黙ってそっぽを向く。
訊くまでもないことだと自覚しているのか、トネードはそれ以上の確認をしなかった。寧ろどちらかと言えば、スコールの反応を見るのが主だった。
彼は顰めるスコールの顔を見下ろしながら、彼女のデスクに腰掛ける。
「アルトランドくんの入団が適切か否か。それを確かめる為とは言え、オータムまで切り捨てるとはな」
「組織を纏めるには必要なことよ」
端からスコールは、Mが紅椿と白式相手に勝てると思っていない。仮に勝てたとして、Mが2人を人質に取るのも構わなかった。所詮、千冬との決戦でM一人にできること等たかが知れている。つまりMの爆弾は、今となっては無いよりマシ程度の小さな保険に過ぎないのだ。
その上で、オータムと昭弘を向かわせる意図とは。
スコール以外で唯一、トネードだけがその全容を知っていた。
「それで?本命は誰を向かわせるんだ?」
「今それを考えてる」
難しい表情をしている妹に、トネードは別角度の問いを浴びせる。まるで熟考を妨害するかのように。
「しかしアレだな、お前もオータムにはそれなりの愛着があるだろうに。ダリルの代わりになったらと―――」
瞬間、先程オータムに放ったそれとは比較にならない殺気が、トネード単体を貫こうとする。常人ならば、それだけで気絶してしまう程の。
流石に言葉を止めたトネードだったが、それだけだった。殺意の槍を歯牙にも掛けず、普段通りの紅い瞳を妹に向けていた。
それが尚のこと腹立たしいのか、スコールは珍しくその表情を歪める。
「私は必ずこの戦争に勝って、勝った後のことも考えなきゃならないのよ。ただ世界が変わるのを見たいだけの・・・勝つことに執着できないアンタとは違ってね。・・・だからせめて、知ったような口だけは利かないでくれる?」
そこが、双子とも言える2人の決定的な違いであった。
トネードは、昭弘を側に置いておきたい。何故ならそれは興味があるから、世界を変える人間を側で感じていたいから。それで鉄華団が纏まれば良し、崩壊したらそれまで。新型MPSの普及が確定的な今、彼の目的は殆ど達成されている。
そう、全ては遊びなのだ。妹との約束も、鉄華団の行く末も、そして自分の命でさえも。
だがスコールは、そうは行かないのだ。戦勝者となった鉄華団を頂点に据え、純粋となった世界を維持しなければならない。兄との約束も、果たさねばならない。
彼女は、兄のような狂人にはなれない。生きていきたいのだ、だからこそ必死になるのだ。
その為なら謀略の一つや二つ、こなせなくてどうするのか。
ましてや個人への愛情など、押し殺せて当たり前。そうでなければならないのだ。
「・・・だからアタシはお前が好きだよスコール。羨ましいくらいに」
未だ殺気を放つスコールに、トネードは慈愛に満ちた笑みを向ける。その言葉に、皮肉は一切無かった。
そうして数秒見つめ合った後、トネードはデスクから腰を離した。
「アタシもいつか必死になりたいものだ。では失礼する」
「・・・オータムは」
最後にそう切り出すスコールに対し、トネードは扉の前で振り向く。あの問いに答える気があったのかと、そう言いたげな少しの驚きようであった。
「似ても似つかないわよ、ダリルには」
殺気の失せたスコールには、代わりに寂しさが纏わり付いていた。
それか或いは、恐怖。切り捨てれば切り捨てるだけ、スコールの心は虚無へと侵食されていく。その果てに、今のトネードのようになってしまうのではないのかと。
「・・・確かにな」
だが心優しい彼は、ただ質問に答えてくれたことに喜ぶだけだった。スコールの寂しさと恐怖を感じ取りながらも。
そして今度こそ、その空間からゆるりと出て行った。壁を通り抜ける幽霊のように。
愛も、殺気も、寂しささえも失せた空間。
そうなって漸く、スコールは携帯端末のボタンを淡々と叩き始めた。トネードも言っていた本命の2人に、通達すべく。
「私よ、三日月とラッシュに伝えて頂戴。『捕縛任務、決行は今夜、対象と詳細時間は追って通達する』と」
次回から決戦前の前哨戦的なのが始まります。
メインの戦闘は、白式&紅椿VSサイレント・ゼフィルスになるかと思います。
グシオンもちゃんと出てきますのでご安心下さい。