もう何が何だか分からん。
―――――9月25日 19:00
昭弘たちの部屋に入室したMは、良く言えば僥倖、悪く言えば拍子抜けしていた。
(筋肉野郎が居ないとはな。適当に退室してもらうつもりだったが・・・今日は何かとツイてるな)
仮面の内側でそんな風に顔を綻ばしながら、Mは自身を睨む一夏と箒に対し、第一声を放つことにした。
いきなり部屋へと入ってきた仮面の少女に、箒と一夏は種類の異なる眼光を送っていた。
交渉の場にも居た、蝶のようなISを纏った仮面の少女。その得体の知れなさに、箒はただ身構える。
攻防戦で散々自身を侮辱してきた、いけ好かない餓鬼。あの時の生意気なオーラを隠そうともしないので、一夏はまた言い負かしてやろうかと斜に構える。
だが、そんな相手の意外な提案には、流石に2人共似たような反応を示すしかなかった。
「織斑一夏、篠ノ之箒。2人共ここから出してやろう」
それは、室内から空気が抜けるような一言だった。聞き間違いだろうかと、そう2人は互いを見やる。
次に2人に襲い来るのは、数々の疑問だった。人を殺めすぎて気でも触れたのか、この機に反旗を翻すつもりなのか、それともまさか自身たちへの同情か。この少女の目論見は一体。
ただ一つ解っていることは、この部屋には盗聴器があると言うこと。即ち少女の提案は、相手方にまる聞こえということだ。
当然、仮面の少女はその程度把握している。次に彼女の提示する条件が、それを物語っていた。
「お前たち2人が、ISバトルで私に勝てたらの話だがな」
ミューゼル兄弟も許可したのであろう、少女の不可思議な言葉。今この状況下で、自身たち2人と対決することに何の意味があるのか。
更に考えを巡らす一夏と箒を余所に、少女は構わず続ける。
「なに、深く考える必要は無い。お前たちが私に勝てば、他の人質を連れて逃げることも自由。逆に私が勝てば、お前たちのISを没収する。それだけの話だ」
そこまで言われて、漸く2人にも相手方の思惑が見えてきた。要は白式と紅椿が欲しいのだ。それが何らかの研究の為なのか、単に万が一の事態を想定した安全策なのかは分からないが。
ただ、手錠のシールドに護られたままでは待機形態のISを外せない、しかし手錠を外せば即座にISで暴れられてしまう。
ならいっそのこと指定の場所で展開させて、そこで無力化してしまおうということだ。
(確かに、それは私たちにとっては理想的な展開だ。手錠を外される機会なんて金輪際無いだろうし、ISのエネルギー残量も紅椿の絢爛舞踏で回復できる。・・・ただ仮にコイツに勝てたとして、皆はどうなる?この敵兵まみれの基地から無事に救出できるか?手錠のシールドも解除できるかは向こう次第で、リモコンの操作範囲も不明なのに)
学友の身を案じるその弱った表情からは、提案を断ろうというものが滲み出ていた。
そして、救出する学友の対象に、昭弘も含めるべきか否かという迷いも。
一方の一夏は、何か隙を窺うような鋭い目付きで考えを巡らしていた。
(コイツの言葉がどこまで本当かは判らないけど、伏兵は居なさそうね。コイツ自信過剰みたいだし。それにコイツに勝てれば、オレと箒の有用性を亡国機業に示せるかも。もしそうなれば、また昭弘と3人一緒に居られる・・・かもしれない。或いは昭弘だけでも無理矢理連れて、3人で何処かに隠れ潜む手も・・・)
箒とは違い、学友の安全どころでは無かった。既に一夏は、頭の中で選択を迫られていた。IS学園と学友たちを取るか、3人一緒に居ることを取るか。
そしてその選択は、既に後者に傾きつつあった。例えその居場所が、裏で暗躍する秘密結社だろうと。例えそれで、鈴音たちと敵対することになったとしても。
残る問題と言えば、この心優しい幼馴染をどう説得するかだが、それも既に頭の中で纏めていた。
「乗ってみる価値はあると思うよ、箒。コイツを倒せば、コイツが今持ってるリモコンも手にできる。そうすれば、皆のシールドを維持したまま脱出できる。他にもリモコンがあるんなら、どこに何個あるのか吐かせればいい。負ければそれまでだけど・・・こうして何もしないよりはマシなんじゃないかな」
当然、一夏はこの少女がリモコンの居場所を吐くとは微塵も思っていないし、拷問の知識も経験も無い。
だが箒は、こういう誘い文句に弱い。何もできない状況に、耐えれるような少女ではないのだから。
そして、次の言葉には特に弱いことも知っていた。
「それに、このままやられっぱなしは癪じゃない?」
一夏自身、その言葉に嘘は無いのだから質が悪い。そして本心であるからこそ、言葉もまた真に迫るものがあった。
少なくとも箒は、その言葉で遂に目の色が変わった。不安で弱々しいものから、何かを成そうとする者の目へ。
「・・・分かった。やるぞ一夏」
提案に乗った2人を見て、少女は仮面の下で嫌らしい笑みを浮かべる。
どうせ負けるのに、と。
「では所定の場所へ案内する。そこで手錠を解いてやろう」
リモコンを見せびらかしながら、そう少女は仮面の下で得意気に笑い、堂々とした足取りで部屋から出て行く。
一夏は落ち着いた所作で続き、箒も恐る恐る続いた。
―――――19:20
オータムは呆れと少しの苛立ちを募らせていた。
19時、Mが一夏と箒を誘い出している頃、オータムは発信器を辿って昭弘の元へと向かっていた。
手錠に内蔵された発信器が示す場所は、なんと格納庫。時間的に、昭弘がMに指定された訳でないことはオータムも解っている。
つまり昭弘は、随分前からこの格納庫に入り浸っていたということだ。
(最早手錠してるだけで、殆ど他の団員と変わんねぇじゃねぇか)
当然のように整備兵たちと何やら打ち合わせしている昭弘を見ながら、オータムは心中で毒付いた。いくら何でも自由にさせすぎではないかと。
「・・・で、アンタは何の用だ?」
オータムがそう思っている内に、先に声を掛ける昭弘。特段、警戒している様子は無かった。
スコールに言われた通り、オータムは人気の無い空間まで昭弘を連れ出し、そこでコソコソと用件を伝えた。
「いやぁ実はちょっと厄介なことになってよぉ。ISに乗ってる仮面の餓鬼いるだろ、Mっつんだけどよ。ソイツが織斑一夏と篠ノ之箒を攫っちまったんだよ」
「!」
昭弘の仏頂面に、僅かな動揺が走る。
だが反応はそれだけで、後は静かにオータムの言葉の続きを待っていた。
(・・・何か反応薄くねぇか?大事な学友だろうが)
昭弘の様子に、オータムは訝しむ。もっと盛大に狼狽える様を、彼女は期待していたからだ。
そんな自身の内心を悟られないよう、彼女は切り替えながら続ける。
「それで、オレとお前に白羽の矢が立った訳だ。2人とMを連れ戻してこい・・・ってな」
そこまで言い終えると、オータムは昭弘の返答を待った。というより、疑問を待った。誰がどう聞いても、突っ込み所満載の指示だからだ。
案の定、昭弘から質問が飛んでくる。それに対し、オータムはスコールから用意された解答、及び自身のアドリブで以て対応する。
「なんでオレとアンタなんだ?人手なんざ他にいくらでも居るだろうが」
「動揺させたくねぇんだよ、鉄華団から裏切り者が出たってな。テメェだって自分の手で学友取り戻してぇだろ?」
すると昭弘は、手錠された両手を顎の方に持っていき、考える素振りを見せる。やはり、奇妙なまでに落ち着いている。
「・・・オレの手錠はどのタイミングで外すんだ?」
「外に出たら解錠してやんよ」
「オレがそのまま逃げたり、アンタに襲い掛かるとは思わんのか?」
その問いに対し、オータムは顔を顰めながら答える。こういう所は細かく確認してくるのだから抜け目ない。
「だからオレが一緒に行くんだろが、逃がさねぇ為によ。あん時はあっさり負けたが、今回はそうは行かねぇぞ。テメェのグシオンも、バルバトスとの戦いで消耗してるだろうしな」
確かにオータムの言う通り、グシオンの現状は万全からは程遠い。SEは残り少ないし、滑腔砲も使えない。加えて、シザーシールドにまでヒビが入っている為、乱用はできない。
負けはしなくとも、苦戦は強いられるだろう。その間に増援を呼ばれれば終わりだ。
何にせよ、大人しくオータムに続くしかないのだ。
「分かった」
「よし。・・・あーそれと、Mはちゃんと生け捕りにしろよ(ってスコールが言ってた)」
「・・・・・・それは鉄華団としての命令か?」
「あ?」
益々、オータムは奇妙に思った。この場面、普通なら「何故だ」と訊ねる筈だ。学友の身を案じるのなら、況してやグシオンの現状を鑑みるのなら、尚更生け捕りにする余裕なんてない。
その確認はまるで、一介の兵士のような冷徹さであった。
だが、オータムには「Mの生け捕り」然り、スコールの言われた通りに答えるしかない。
「ああそうだ。全て鉄華団としての命令だ」
「・・・了解した」
その何かを察したような反応もまた、オータムは気に入らなかった。
オータムがただ、スコールに言わされているだけだというのを見抜いたような、その奥にあるスコールの思惑まで辿り着いたような。そんな不気味さがあった。
無論、全て気のせいだとは解っている。この筋肉青年はMとの戦いの末、自身に殺されるのだから。
そう己に再度言い聞かせて、オータムはその場から歩き出す。
「んじゃさっさと行くぞ。騒ぎになる前に」
格納庫のシャッター側へと進むオータムを、静かな足取りで追う昭弘。
後ろにピタリと付く、物静かな巨漢。
その威圧感を背中で感じながら、オータムはシャッター脇の通用口を開けた。
外に出て、見上げてみれば漆黒の天井。そこに散りばめられるは、幾千幾万もの星々。
その中に紛れ込む、または合間を縫うかのように、3つの光が様々な角度で交錯していた。それぞれ異なるスラスター音を引き連れながら。
―――――少し前 19:15
Mのサイレント・ゼフィルスにより、人も明かりも無い開けた砂漠へと連れられた一夏と箒。熱射のイメージとは裏腹に、芯まで凍るような肌寒さであった。
生き物の気配すら感じられない、砂と僅かな岩肌ばかりの世界。そこで座り込む一夏と箒は、挑戦的な瞳でMを見上げていた。
「早く手錠を解きなよ」
催促する一夏に対し、Mはヤレヤレと首を左右に振った。相手の無知を小馬鹿にするかのように。
《まぁ待て、その前に私の正体を明かそう。それくらいの礼儀は無いとな》
そう言い、Mは勿体ぶるように仮面を取っていく。プレゼント箱の包装紙を破らないよう、じっくり丁寧に開けていくかのように。
そして暗闇の中、その顔面が露わになる。
すぐ目の前とは言え、街灯も無い闇の中。しかし月明かりのお陰かそれとも目が慣れたのか、不思議とその顔はくっきりと見えた。
面影があるなんて、そんな生易しい表現では足りないその顔が。
「!!」
「そんな・・・馬鹿な!」
一夏は絶句し、箒は思わず声を上げた。
そんな2人の驚愕を、静かなる暗闇はただ受け止めていた。
織斑千冬。
嘗て一夏が誰よりも愛し、誰よりも憎み、そして今では一人のいけ好かない姉となった存在。
そんな彼女が14歳の頃の顔。それと全く瓜二つであった。
《何でか知りたいか?ん?》
未だ当惑を隠せない、一夏と箒。
何故、どうして。ただ一つの巨大な疑問だけが、2人の脳内に鎮座する。無論それを解消するのなら、「知りたい」と言うのが道理なのだろう。混乱をそのままに、激しく問い質すべきなのだろう。
嘗ての一夏であれば、だが。
「・・・それで?」
長い当惑の後に訪れたものは、そんな冷めた反応だった。
冷たい槍を間近で受けたことで、今度はMが硬直しそうになる。
《それで・・・だと?》
「だってそうでしょ。ウチの家庭って色々と特殊だし、知らない家族の一人や二人居ても不思議じゃないよ。あーそれとももしかして・・・」
一夏は先程の仕返しとばかりに、勿体ぶるようにMを品定めする。
最新鋭のISを身に纏い、歳不相応な高い実力を持つ少女。加えて千冬と瓜二つときた。
これだけの情報があれば、今の一夏なら簡単に想像が付くというもの。
「姉のクローンだったりする?執着具合から見て」
途端、Mは歯軋りを隠すことができなかった。その激しい動揺と怒りこそ、正に答え合わせであった。
《貴様ぁ・・・!知ったような口を!》
その言葉を皮切りに、Mは頭を掻き毟りながら激情に身を任せていった。それこそ、歳相応に駄々を捏ねる少女のように。
《私はなぁ・・・貴様を見ているとイライラするんだよ!平凡にのうのうと過ごしている貴様が、姉さんを当然のように独占してるのは・・・想像しただけで虫唾が走る!あの人を愛する権利はなぁ!!私だけのものなんだよ!!》
身勝手で子供のような主張をするM。
そう言い切った後も、闘牛のように息を荒げる少女。今にも一夏に飛び掛かりかねない程だ。
冷めた反応と熱い怒り。そんな応酬を繰り広げる両者を、訳が分からない箒は交互に見比べるしかなかった。
「じゃあやるよ、あんなクソ姉貴」
《・・・・・・・・・は?》
尚も動じず、遂には絶対零度の言葉で刺し貫く一夏。それにより打って変わって放心してしまったMに構わず、彼は無慈悲に告げる。
「そりゃあんな姉でも家族だし、それなりに大事っちゃ大事だけど・・・欲しいならくれてやるよ。アイツもアンタも、はっきり言ってどうでもいいの。今のオレには・・・」
昭弘と箒さえ居ればそれで良い、他は何も要らない。敢えてその部分は口に出さなかった。願い事とは、口にすれば叶わなくなるものだから。
その代わりに「あの目」が一夏に宿り始める。欲するもの以外を、そして邪魔者を徹底的に排除する、あの漆黒の瞳が。
対するMもまた、それ以上何も言わなかった。
この世で最も尊い存在である、織斑千冬。そんな彼女をクソ姉貴、くれてやる、どうでもいい。怒りは最早天井を貫き、あらゆる罵詈雑言すら置き去りにした。
気が付けば、リモコンで2人の手錠を外し、一方的に名乗りを上げていた。
《『織斑マドカ』だ。その出来の悪い脳味噌によく刻んでおけ》
それが開戦の合図であることは、一夏と箒も理解した。
「あーそっか、アンタオレを消そうとしてるんだ。じゃあ消される前に消さないとね。さっきも言ったけど、アンタのことマジでどうでもいいから、何の遠慮も要らないよね」
そう言い放ち、暗闇にて白式を纏う一夏。
箒の気のせいだろうか。純白のボディには何か、この闇夜よりも黒い靄のようなものが纏わり付いているように、彼女には見えた。
そんな幼馴染を、心配しないと言えば嘘になる箒。この千冬に良く似ている、マドカという少女の正体も気にはなる。
(・・・今は自分にできることをやるんだ。学友の皆と共に・・・必ず脱出するんだ)
それでも尚、今正に紅い機体を展開しているこの少女だけは、一夏の漆黒にもマドカの暗黒にも、そしてこの闇夜にも飲まれることはなかった。
真っ直ぐな瞳には、黄金色の炎が一番星のように輝いていた。
一夏くん怖い・・・
まぁ次回でもっと怖くなるんですけどね。