IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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久々に長いお話になりました。しかも長い割に昭弘は出ないという。
戦闘シーンを挟むと、どうしてもこうなりますね・・・。


第93話 織斑マドカ

 『OM-002』

 その記号が少女の全てだった。

 織斑千冬を完全に模倣する為のクローン体。科学者たちにとってその存在は、名前を付けるには余りにも畏れ多く、それでいて全くの無意味であった。親でもなければ、その義務も愛情すらもないのだから。

 全ては人類の進歩の為。或いは利益の為、名声の為、そして自己満足の為でもあった。

 

 年端も行かない少女に対する、血も涙もない大人たちの所業。しかし少女にそう言った願望は無いし、大人たちも一作品として管理し易かった。

 製作者と作品という、絶対的な距離感。それこそが、少女にとっても科学者たちにとっても、精神衛生上好ましいものだったのだ。

 

 銀縁眼鏡を掛けたボサ髪の、この『所長』と言われる男だけは、良くも悪くも例外なのだが。

 

バリ・・・ボリ・・・

 

 病院にあるような無機質なソファに座り、所長は休憩がてら気怠げにクッキーを頬張っていた。隣に座る少女もまた、慣れているのか特段気にすること無く同じクッキーを口に運んでいた。

 どこか、少しばかり似た雰囲気を放つ両者。そんな2人の違いと言えば、今この瞬間に集中している対象くらいだろうか。

 

「相変わらず好きだねぇ、ブリュンヒルデ」

 

 テレビの映像に熱い視線を送る少女に対し、所長は呆れながら声を掛ける。

 少女はそんな所長を一瞥だけすると、またすぐブリュンヒルデへと視線を戻す。

 

 殺風景な空間に流れる、紅一点の華やかな映像。薬品の匂いを嗅ぎながら観る、織斑千冬とISによる交じり気無しの攻防。

 この映像を観ている時だけは、少女の乏しい表情も変わっていく。それこそ年相応な子供の顔へと。

 

 そんな少女を見ながら、所長は心の中で呟く。

 

(この子の殺処分、明日の何時だっけ?)

 

 それは所長が決定した訳ではないが、彼からしてみても残当な判断だった。

 少女の能力テストはIS適正、身体能力、瞬発力、反応速度、空間認識能力等々、どれを取っても素晴らしいものだった。しかしそれでも尚、オリジナルである織斑千冬に到底届くものではなかった。

 ならばもう、この少女に機材と人材、そして衣食住を投じるのは資金の無駄でしかない。予算も時間も限られている。

 

 この研究所に勤めているのなら、差程珍しいことではない。仕事として割り切っている所長もまた、特に異を唱えるつもりはなかった。

 

「・・・」

 

 再び少女の横顔を見る所長。

 織斑千冬を見るその表情は、正に恋する乙女だった。頬はうっすら紅葉としており、瞳もまた星々のように輝いていた。クッキーを食べる手も、今や完全に止まってしまっていた。

 巨大な山脈を、広大な大海原を、果ての無い砂漠を見渡すような眼差し。それこそ正しく、自身もまた織斑千冬であることを忘れているかのような。

 

 少女のそんな様を見て、意を決した所長は懐からある平たい物体を取り出す。そしてメモ帳に何かを記入し始める。

 すると、その物体と破いたメモ紙を少女の側に置いた。

 

「・・・あーヤバい!スペアのSC失くしちゃったよぉ!管理者権限のカードだから、拾われたら終わりだよもう」

 

 わざとらしくそう嘆きながら、所長は少女のことを横目で見る。少女は既に、置かれたスペアカードとメモ紙を手に取っていた。

 当然、少女は訝しんだ。

 

「・・・どういうつもりだ?」

 

 しかし、所長がその問いに答えることはなかった。

 

「実験体が手にしたらマズいよなぁ。下手したら今日中に逃げられちゃうかも」

 

 先の言葉と同じく、独り言の中にキーワードを入れるだけだった。そんな所長の意図は、少女にだって伝わっている。

 少女が訊きたいのはそんなことではなかった。今更になって、何故自分を逃がすのか。

 何故このメモ紙に『織斑マドカ』と書いてあるのか。

 

 どんなに疑問を抱こうとも、所長の死んだ表情からは何も読み取れない。

 それが彼の答えだと悟ったマドカは、諦めたようにカードと名前をポケットに仕舞った。何はともあれ、これで彼女は自由の身なのだから。生きるも、死ぬも。

 憧れのあの人に会うことだって。

 

 そうしてとうとうマドカは踵を返し、その場から立ち去ることにした。

 

「・・・・・・・・・恩に着る」

 

 最後にそんな言葉を残した後で。

 

 

 

 少女が去った後で、所長は深い溜息を吐いた。感謝される筋合いなど、微塵も無いからだ。報告書なんて己の権限で捏造できると、そういうことを言いたいのではなく。

 あのカードを手にした所で、マドカが無事脱出できるかは未知数だし、脱出できたとしてもどこまで生きていけるか分からない。

 あの名前だって、識別番号から抜き取って適当に考えただけだ。

 

 何より所長は、情に駆られて彼女を逃がす訳ではない。科学者としてか人間としてかは彼自身にも判別し難いが、純粋に興味を抱いたからだ。ブリュンヒルデを見る時の、マドカの表情に。

 単に織斑千冬のクローンとして作られたから、染色体が同一だからあんな反応を示すのか。それとも新たに生まれた全く別の自我として、織斑千冬を見ているのか。

 一体どちらが本当の織斑マドカなのか。ただそれが知りたいというだけの、身勝手な理由に過ぎないのだ。

 

(寧ろ此処で安楽死した方が、幸せかもね)

 

 嫌味などではなく、本気で所長はそう思っていた。今後マドカの人生には、暗い底無し沼が待ち受けているからだ。

 織斑千冬になど決してなれない。その余りに残酷過ぎる現実が、マドカの終着点に佇んでいるのだ。

 

 安らかな死か、生き地獄か。

 そのどちらを良しとするかは、マドカ本人にしか解らないのだが。

 

 

 


 

 

 

 雲一つ無い夜空、星々が支配する青黒い天界。そこで一層強く輝く、複雑な軌道を描く三色の帚星。

 純白の機体を、巨大な蝶が追っている。その後ろを、更に黄金色の機体が激しく追い縋る。音速で動き回るそれらこそが、3つの帚星の正体であった。

 

《どうしたどうしたぁ!!》

 

 白式に容赦無く襲いかかる、6機のビットとサイレント・ゼフィルス、計7方向からの光の針。それらの攻撃を一夏は零落白夜で薙ぎ、時に躱し、時に雪羅で防いでみせる。

 

(ヤッバコイツ。学園襲撃の時よりずっと)

 

 それでも、全て防ぎ切るには限界があった。四方八方から絶え間なく降り注ぐビームの嵐は、嘗てのブルー・ティアーズを彷彿とさせる。

 そして、それ以上と言わしめる特徴を、サイレント・ゼフィルスは持ち合わせていた。

 

ギャギィン!

 

 大型のブレードが、雪片弐型とぶつかり合う。

 

《バカが!》

 

(しまった!ここで鍔迫り合っちゃ―――)

 

 瞬間、雪羅を周囲に展開できなくなった白式に、全方位からビームが降り注ぐ。

 

「チッ!」

 

 SEの大幅な減少を感じ、直ちにその場から離れる一夏。

 

(ブレードとビットのコンビネーション・・・やっぱり厄介ね)

 

 6機のビームビットに、本体が携帯する銃身一体型の機械刀。相手は正しく超万能型のIS、或いは超攻勢型に改良されたブルー・ティアーズとも言えた。

 こういう相手は通常、今の一夏と白式にとってはやりやすい。意識を自身に引き付けるには恰好の相手だからだ。そしてその隙に、紅椿が猛攻で削り切れば良い。

 しかしこの戦法は、敵の意識を白式に逸らすという「意識の分散」が本来の趣旨だ。それをこうも執拗に攻撃されては、意識の分散も何も無い。防ぎ切るのに限界があるというものだ。

 既に絢爛舞踏の恩恵があるにも関わらず、白式のSEは減少傾向にあった。それだけの、最早紅椿をまるで意に介さない白式一点集中型の猛攻であった。

 マドカも犯罪シンジケートの一員というだけあって、ある程度の機体情報は筒抜けのようだ。一夏と箒の戦法も、それ故に逆手に取られていた。

 

 それだけではない。懸命に躱し、どんなに雪羅を展開しても尚、突き抜けてくる刃と光線。白式の機動力すらも捉え、紅椿の攻撃にも全く気を取られないその様は、そのままマドカの実力を物語っていた。

 忘れてはならないのが、ビットを自在に操りながら、それら全てのタスクをこなしているということだ。あのセシリアですら、その段階に至るまで血の滲む努力が必要だった。

 これで未だ14歳なのだから、伸び代が計り知れないというもの。

 

 だが普通なら紅椿からのビームビット、雨月、空裂により、相手のSEは風前の灯火となる。

 それすらも封じているのが、ゼフィルスの保有するもう一つの兵装だった。

 

 

(ちょこまかと邪魔なシールドめ!)

 

 紅椿の行く手を阻むように展開される、シールドビット2機。それら縦横無尽の盾は、紅椿が放つ熱線たちを悉く遮断していく。

 突破できたとしても、ゼフィルスの高速機動を捉えるには精密さと弾幕が足りない。同様の理由で、接近戦に持ち込むことも難しい。

 だが逆に言えば、接近さえできれば勝機もあるというもの。白式が墜ちる前に、どうにかその状況を作り出さねばならない。

 

 

 そしてそれは、マドカも承知の上だった。

 

《そらそらぁ!!》

 

 掛け声と共に、攻勢を更に強めるマドカ。ビームビットによって進路を絞られ、逃げ場を無くしていく白式に、容赦無くブレードが襲い掛かる。

 そして相手の刺突を白式が躱した時だった。通り過ぎたゼフィルスが、クルリと反転して機械刀の銃口を向ける。

 

(ビーム・・・来る!)

 

 一夏は最小限の動きで、眼前に雪羅を展開する。それで一先ず、この攻撃は防がれる筈だった。

 

ドドドドドドド!!

 

 それがビーム兵器であれば、だが。

 

「な!?」

 

 弾丸は雪羅をすり抜け、その全てが白式に直撃する。

 

(実弾にも切り替えられんの?あの機械刀一本にどんだけ仕込んでんのよ)

 

 それは白式にとって致命的な不利であった。実弾ともなれば、回避する以外に選択肢は無い。しかもフルオートタイプと来た。

 加えてそれが、ビームと同じく一本の機械刀から放たれるのも厄介だった。撃たれる瞬間まで、ビームなのか実弾なのか判別できない。

 

 最悪の相性。普段通りの戦法では、逆立ちしてもマドカには敵わない。

 敗北の二文字が、一夏の脳裏を掠める。

 

《ハーッ!ハッハッハッハ!!最高だなぁ!力で何もかもねじ伏せる感覚は!》

 

 勝ち誇ったように、高らかに笑うマドカ。己が全能感に酔いしれている彼女の精神は、嘗て無い程に昂ぶっていた。

 今の自分なら織斑千冬に届く、と。

 成程確かに、それは彼女にとっては切実な問題だろう。唯一のアイデンティティと言っても良い。嘗て一夏もそうであったから、マドカの歪んだ願望は容易に想像が付く。

 

 だがお陰で、一夏も新たな戦法が見えた。

 それは最早、戦法とも戦術とも、作戦とも呼べない稚拙な思いつきであった。それでも、己が力に絶対的なプライドを持つマドカにこそ、効果を期待できるものだった。

 そして残念ながら、この織斑一夏という少年に、戦いに対するプライドというものは一切無かった。あるのはただ、目的の為ならどんな手を使ってでも勝つという、禍々しい精神性だけだった。

 今回も少年は、その精神性を惜しみなく発揮することにした。

 

「力でねじ伏せるって・・・よく言うよ。ビットだの万能機械刀だのフェイクだの、小細工ばっか繰り出しといてさぁ。千冬姉なら、刀一本でどうとでもなるんだろうけど」

 

 陰湿な言葉を、ネチネチとマドカに送り届ける一夏。

 早速、マドカから反応が返ってくる。

 

《何だぁ?打つ手が無くなったら挑発か?出来損ないのお前らしい悪あがきだな、可愛そうに思えてくる》

 

「挑発じゃなくて事実を言ってるだけ。アンタも心の奥底では分かってんじゃない?千冬姉に届くことは、未来永劫有り得ないって」

 

《フン、一生ほざいてろ》

 

 マドカは尚も変わらず、凄まじい音速機動で白式を追い詰めていく。

 とはならず、攻撃パターンが少しばかり変わった点を、一夏は見逃さなかった。

 

(少しだけど、機械刀による斬撃が増えた。メッチャ意識してんじゃない)

 

 一夏は内心でそう言うが、実際は無意識なのだろう。逆に言えば、無意識下で動きが変わってしまう程に、一夏の突き付けた言葉はマドカにとって強烈だったのだ。

 一夏の口角が嫌らしく上がる、術中に嵌める好機だと。あとはこのままより接近戦に傾くよう、白式の機動で誘導してしまえば良い。それでシールドビットの動きも鈍れば、紅椿と挟み撃ちにできる。

 

 

 一夏の挑発を聞いて、何となく彼の作戦を理解した箒。実際、シールドビットの動きも先程より幾らか鈍ってきている。

 一夏と同じく好機と踏んだ箒は、雨月・空裂・ビットによる弾幕を強め、突破する隙を窺う。

 

 しかし、敵を倒そうとする冷静な思考とは裏腹に、その内心は決して乗り気ではなかった。

 

(・・・出来損ない、か)

 

 この少女もまた、ブリュンヒルデという絶対的存在に囚われているのだ。今も目の前で戦っている幼馴染みが、嘗てそうであったように。

 いや、箒もまた囚われている。天災である姉に、ISという兵器に、そしてかの筋肉青年に。

 それは箒だけではない。きっと誰もが皆、誰かに何かに囚われているのだ。

 そのことを、箒自身も悪いとは思わない。結局の所、囚われながらも前に進めるか否か、そこに尽きると彼女は考えていた。

 この少女は果たして、前を向けるのだろうか。自身が織斑千冬の劣化判だと、気が付いて尚。

 そう気付かせる権利が、箒と一夏にあるのだろうか。

 

(それでも・・・やるしかない)

 

 マドカという少女がどう転ぼうとも、箒はありのままの自分をぶつけていくしかない。現実を見せるべく。そして気付かせるのであれば、せめてそんな現実にも僅かな希望はあるのだと説きたい。

 そう気持ちを切り替えた箒は、ポツリと哀しげに呟いた。

 

「夢はいつか、覚めるものだから」

 

 昭弘のことを思い浮かべながら、自身にも言い聞かせるように。

 

 

 白式をビットで追い込んでは、機械刀を叩き込んでいくマドカ。時に激しい剣戟を制し、時に全方位から連続で突撃していく。

 対する白式は最早、防ぐか避けるかでやっとな状況であった。

 

(まだだ・・・まだ足りん!)

 

 狂笑を携えながらも、その渇望は留まることを知らなかった。

 もっと圧倒的に、もっと華麗に、もっと絶望的に、そしてもっともっと強く。

 

(コイツじゃあない・・・私こそが!)

 

 勝つだけでは足りない。自身が納得できるまで勝ち続ける。そう、一夏の顔が絶望に歪むまで。その済ました顔、自分は何とも思っていませんよと言いたげな顔が。

 

「!?」

 

 その顔を見て、マドカの背筋が凍る。見えてしまったのだ。自身と同じく狂笑で歪む、一夏の口元が。それは表情の無いマネキンが、突如として笑みを零したような不気味さであった。

 しかしそこは腐ってもブリュンヒルデのデッドコピー。何が何処から仕掛けて来るのか、思考するよりもマドカの身体が反応した。

 

ガギィッ!

 

「うぉっ!?」

 

 振り向き様に掲げた機械刀には、紅椿の振るう刀がぶつかっていた。飛び道具としてではない、剣としての空裂が。

 刃が届かなかったことに箒の表情は歪むが、マドカも不意の一撃に面食らっていた。

 

《箒ィ!そのままァ!》

 

 それでもマドカの切り替えは早かった。

 このまま紅椿と鍔迫り合っていては、先の白式と同じ状況に陥ってしまう。況してや、背後から零落白夜をモロに喰らっては、流石のこの機体でも堪ったものではない。事実この瞬間も、瞬時加速で白式は迫ってきている。

 故に一刻も早く紅椿から、篠ノ之箒から脱さねばならない。

 

 その方法を、この少女はこの土壇場で、即興で編み出す。

 

《何ッ!?》

 

「シールドビットにはなぁ!こーゆー使い方もあるんだよ!」

 

 背後から迫っていたシールドビットが紅椿を捉えた。鍔迫り合いの最中、2枚のシールドはそのままゼフィルスの機械刀に並んで加勢し、空裂ごと紅椿を押し出す。

 自由になったマドカは本日二度目の、振り向き様の機械刀を掲げる。防いでみせたと、そう確信していた。

 

「―――」

 

 機械刀の先には、ただ闇夜が広がるだけだった。居る筈の空間に、白く輝く機体は居なかった。

 

(さっきの掛け声はフェイク。だが直線でしか動けない瞬時加速なら、間違いなく目の前に来る筈。そして織斑一夏は、個別連続瞬時加速を扱える領域にはない。なら・・・・・・機械翼による二段階瞬時加速か!)

 

 その解答に至るまで、僅かほんの一秒。

 だがその一秒は、頭上からの白式の一撃を防ぐには遅すぎた。そう、一夏の嘲笑顔が物語っていた。

 

ギャアァァンッ!

 

 夜空を裂く稲妻のような一閃は、無慈悲にゼフィルスへと落ちる。

 

「グォオォォッ!!?」

 

 零落白夜が、肩付近の装甲を斬る。顔面等の露出部位への直撃はどうにか避けたマドカだが、瞬時加速を乗せた零落白夜の一撃だ。SEの減少は甚大だった。

 

 通常のIS乗りなら、この敗北への流れを断ち切るのは不可能だ。想定外の動きにより、戦闘の未来予想図が破綻してしまえば、大抵の人間は混乱するか動けなくなる。

 織斑マドカ最大の強みは、そんな絶望的状況でも立て直すことができる点だった。

 

「次!紅椿からの突きィ!」

 

 読み通り、シールドビットから脱した紅椿が雨月を繰り出す。空裂以上のリーチで迫るそれを、マドカは機械刀で無駄なくいなす。

 

《これも防ぐか!》

 

「そうやって絶え間なく交互に攻める必勝パターンだろうが!なぁ織斑一夏!?」

 

 一夏は再び、二段階瞬時加速で死角から攻め込む。とは行かず、敢えて通常の瞬時加速で突っ込んだ。紅椿との連続攻撃を維持する為と、マドカを二段階瞬時加速に慣れさせない為だった。

 そこまでマドカは読んでいた。

 

《分離した!?》

 

 叫ぶ一夏から笑みが消えた。マドカは紅椿との鍔迫り合いをそのままに、実弾銃のみを機械刀から分離したのだ。

 その銃口は当然ながら、瞬時加速中で回避できない白式へ。

 

メリッ

 

 音速の白式に、同じく超音速の12.7mm弾が真正面から激突する、それも何発も。重ねられた速度は、単なる徹甲弾を強烈な一撃へと変えた。

 白式のSE残量は、今や風前の灯火であった。あと一撃でも斬撃を当てればそれで終わりだ。

 

 空裂で追撃しようとする紅椿に対しても、マドカの勢いは止まらない。

 今度は鍔迫り合う機械刀から、更にビームガンを高速分離。ビットのようにその場に浮遊したソレは、至近距離で紅椿へと光を放つ。

 展開装甲による防御は間に合わず、箒の顔面に直撃したことで、絶対防御が発動してしまった。

 

 もう勝ちだ。そう思った瞬間、同時にマドカの脳裏を冷たい霧が満たす。背筋が凍るのとはまた違う、徐々に冷え込むような悪寒だった。

 何かがおかしいと、そう感じたマドカはコンマ秒単位で思考を巡らす。

 

(・・・そうだ、ビットだ。何故篠ノ之箒は2度の鍔迫り合いの最中、ビットで追撃しなかった?幾らでも撃てただろうに)

 

 考えられるのは、不意の一撃を入れる為。そして今のマドカに対し、最も効果的に不意を突ける瞬間はどれか。

 

(私が織斑一夏を仕留めようとする瞬間か!)

 

 ここからはマドカの推定だが、ビットは恐らく白式の背後に隠している。実際の白式の空中機動も、不自然なまでに背後を向けてこない。

 マドカが斬撃で鮮やかに勝とうとする瞬間、雪羅で目眩まし、ビットでマドカの顔面を撃ち、更に怯んだところを零落白夜で決めると言った所か。

 白式が引き付け、紅椿が仕留めるというのが両者のセオリーではある。そしてセオリーでないこの戦法だからこそ、相手の裏を掻くこともできる。

 

(ハン!乗るかよ!)

 

 ならばマドカの次なる行動は単純明解だ。白式に近付かず、ビットと実弾銃で削り切るだけだ。冷静さを取り戻している今なら、白式相手に近接戦闘をしないで済む。挑発への耐性も付き始めている。

 そして紅椿がビットを温存しているのなら、飛び道具は空裂と雨月のみ。シールドビットだけで十分対応可能だ。

 

 そうと決まれば、早速オールレンジ攻撃と実弾銃で墜としにかかるマドカ。白式も回避機動と雪羅で応戦するが、桁違いの弾幕に対し防戦一方だった。

 

 今度こそと、そうマドカは思いたかった。自分こそが織斑千冬になるのだと、一夏の絶望顔を見て証明したかった。

 なのに、少年の表情は変わらない。能面のような顔から、血の通ってない瞳がマドカを捉えていた。哀れみ、侮蔑、無関心、そのどれとも取れる冷たい視線であった。

 それが、マドカは堪らなく恐ろしかった。

 マドカの存在意義を否定してくる相手が、織斑千冬と同じ顔をしている事実。「千冬に似せた肉人形」と、他ならぬ千冬本人に言い渡されるかのようであった。

 

 千冬になる為に作られたというマドカの存在意義が、そのままマドカ自身の呪いに転じようとしていた。

 

―――嫌だ

 

 消えたくない。そう感じると同時に、マドカは振り返った。

 おぞましい現実から、遂に目を背けたくなったのか。

 違う、それだけではなかった。戦士としての直感が、そしてあらゆる予感の集合体が、彼女の魂と肉体を強制的に振り返らせたのだ。

 研究所で流れていたあの映像に、飛び付く時と同じように。

 

 振り返った先には、刀を水平に構えた奇妙な体勢の篠ノ之箒が居た。

 裏の裏を掻いたとばかりに。

 

 

 番である紅椿と白式は、ある種の線のようなもので繋がっている。紅椿はその線から、白式にエネルギーを絶え間なく供給する。絢爛舞踏発動から白式へ届くまでに要する時間は、1kmにつき0.1秒。時速換算で36000km、マッハ29.4に相当する。

 そしてこの図式は、ある現象を引き起こす。この現象は昭弘すらも知らない、番の主である箒と一夏にだけ開示されているもので、任意で繰り出せるようになったのはごく最近のことだ。効果も紅椿と白式を結ぶ直線上のみで、供給が届く範囲に限定される。

 

 雨月と空裂を重ね合わせ、新たな一振りの刀として生成。その刀に、ビットを含めた全ての展開装甲、紅椿のあらゆるエネルギーをも集約していく。

 その状態で絢爛舞踏によるエネルギー供給すらも、白式からその刀に移すと、果たしてどうなるのか。

 狭い空間で過度に濃縮されたことで、刀は青白い光を帯び始め、やがてエネルギー体そのものとなる。そして刀というエネルギー体は、本来向かう筈の白式へと直進していく。

 

「第3の刃」

 

 ブリュンヒルデも、シュトラールも、レールガンをも上回る速度で。

 

「“星閃(せいせん)”」

 

 マッハ29.4の速度で。

 

 

 篠ノ之箒の目に、マドカは釘付けとなっていた。

 焔が揺蕩うように輝く、どこまでも愚直な瞳。相手の心まで見透かし、その全てを受け止めるかのような、力強くもどこか儚げな瞳。

 その瞳が何なのか、マドカの魂は知っていた。映像越しに誰よりも見ていたという、強い自負があった。そんな訳がないとどんなに頭で否定しても、感情の前では無駄な抵抗だった。

 どうしてこの瞬間まで気付かなかったのだろう、その眼光の既視感に。どうして忘れてしまっていたのだろう、この胸の昂りを。

 どうして今まで理解できなかったのだろう、この憧れの本質を。

 

 気付けばマドカは、縋るように手を伸ばしていた。自身とは全く違う細胞で作られている、篠ノ之箒という少女に。

 そうして無意識に、箒に向かって口走ってしまった。

 

 

「千冬姉さ―――」

 

キィィン

 

 

 次の瞬間には、紅椿の姿も箒の瞳も無かった。何が起きたのか脳髄の処理も追いつかず、帚星が通過したような感覚だけが残った。

 星々も闇夜も、憧れも憎しみも置き去りにする一閃。まるでその後を追うように、ゼフィルスも淡い光を放ち始める。

 機体の粒子化。それにより、漸くマドカはゼフィルスのSEが尽きたことに気付いた。

 勝敗の訪れは、そんな余りにも呆気ないものだった。

 

 

 

 受け入れられる筈の無い、自身の敗北。

 このまま落下死することも、逆に助けられることさえも、同程度なまでにマドカは許容できない筈だった。こんな未来は想定していないし、有り得ない結果だからだ。

 自身はブリュンヒルデ、敗北などあってはならない。本来ならばそう言えた。その為に自身が作られたのだと、割り切れていたのならば。

 

《怪我は無いか?》

 

 そう言いながら、箒はマドカを優しく抱えていた。先程と変わらない、敵意でも同情でもない混じりけ無き瞳を、何ら躊躇いもせず向けながら。

 

「・・・あ、ああ」

 

 恥ずべきことなのに、何故が屈辱は感じない。故にマドカは、そんな気の抜けた曖昧な返事をするしかなかった。

 こう言う時どんな反応を示せば良いのか、肉体年齢14歳の少女には分からなかった。

 

 それでも、彼女は負けたのだ。織斑千冬でも織斑一夏でもない、実力ならマドカよりもずっと下の篠ノ之箒に。

 実際、マドカはそれで納得してしまっていた。あの時の千冬と同じ瞳をした、この少女に負けたことに。あの映像を見ていた胸の高鳴りが、細胞ではなく魂によるものだったことに。

 自分と同じ遺伝子だからでなく、ただ千冬の力強い瞳に惹かれていたのだという真実に。そこに気付けた幸福は、敗北の悔しさを凌駕していた。

 

 それが答えだと言うのなら、マドカの次なる言葉は一つだけだった。

 

「ハァ・・・・・・私の負けだ」

 

 頭の靄が晴れたからか、そうすんなりと清々しく言えてしまった。箒に対する詫びと感謝を込めた、その言葉を。

 一夏に勝てもしなければ、体内の爆弾も解除できず。己の計画が台無しになってしまったマドカ。仮に千冬を救出できたとしても、こんな体たらくではブリュンヒルデになど到底届かない。

 それでも、絶望はしていなかった。マドカは千冬ではないのだから。それで千冬への愛が、曇ることなんてないのだから。

 頂きに届いて当たり前から、いつか頂きに届きたいへ。それこそがマドカにとっての希望であったのだ。

 

 マドカはマドカとして、その憧れを胸に進んで行けば良いのだと、そう箒から教わったような気がした。

 

 

 身体は千冬、心はマドカ。そんな矛盾を抱えながらも、少女の人生は延々と続いていく。馬鹿らしい程に長く。

 生き地獄へようこそ、織斑マドカ。




一夏の怖さよりも箒のイケメン度が際立ってしまいました。
そのせいか若しくはそのお陰か、思い描いていたよりサッパリとした終わり方になりました。
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 ルビコンにて戦友であったレイヴンとの闘いに敗れたラスティ。そんな彼は死を覚悟していたものの、目を開けると別世界に来てしまう。▼ そこで一人の少女と出会い、平和の為にもう一度闘争に身を焦がす。


総合評価:574/評価:8.67/連載:27話/更新日時:2026年09月20日(日) 11:17 小説情報

【完結】争いは他所でやってくれ!最後は平穏無事に過ごしたい(作者:大気圏突破)(原作:ハイスクールD×D)

 サービス残業・休日出勤・パワハラで疲弊していたサラリーマンはデスクワーク勤務中に心臓の鼓動が止まり亡くなってしまった。憐れんだ神は第2の人生として彼を『リリカルなのは』の世界に送るつもりだったが書類の手違いで『ハイスクールD×D』の世界に送ってしまった▼ 神は送る直前に間違いに気付き彼に与えた力の他に原作主人公の能力を奪って付与させた。赤龍帝になってしまっ…


総合評価:2435/評価:6.52/完結:86話/更新日時:2026年08月08日(土) 15:14 小説情報

有効打なんてねぇよ 効かねえよ(作者:QAAM_M1911)(原作:インフィニット・ストラトス)

防御力こそが正義▼有効打 ねぇよ▼相手の弾を全部跳ね返してしまいました〜!▼旧題:「ゲシュパンとTP装甲だ、便利なものだろう?」▼インフィニット・ストラトスの世界に転生した男。▼ガンダムが好きだった彼はこう思ってしまった。▼「フォビドゥン最強じゃね?」と。▼ラファールを改造しながら自分のフォビドゥンを作り上げていくお話。▼……物足りなくなったので他の要素を次…


総合評価:5060/評価:8.1/連載:16話/更新日時:2026年10月10日(土) 19:38 小説情報


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