IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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すみません。今回めっちゃシリアスです。


第11話 その慟哭は誰にも聞こえず(後編)

 鈴音は件の敵性ISを「無人機」と判断はしたが、判断した自分自身でも信じられなかった。

 現段階におけるこの世界の科学力では、無人ISを創る事など不可能だ。鈴音も代表候補生という立場上様々なISをその瞳に焼き付けてきたが、未だ実物の無人ISは見た事が無かった。

 

 逆に一夏にはそこまで驚く様子は見受けられなかった。彼の場合IS学園に入学するまではISに関わったことが無かったので、無人ISに対してそこまでの新鮮さは無かったのだ。「何処かで秘密裏に創られてても可笑しくは無い」程度の認識なのだろう。

 

《無人機のメリットは戦闘の際に恐怖や躊躇いが無く、より効率的・効果的に相手を殲滅できることね。何より有事における犠牲者が少なくて済むわ》

 

 そんな鈴音の分析に対し、一夏が更に付け加える。

 

「メリットならこっちにも有るぜ。相手が無人機ってんなら、情け容赦なく戦える。相手の安否を一々気にする必要も無い」

 

 一夏の言葉に対して、鈴音は笑みを浮かべながら同意する。

 

《それもそうね。丁度良いわ、さっきからこのISには随分とムカッ腹が立っていたのよねぇ》

 

 一夏も又そんな鈴音に笑みを溢すと瞳に今迄以上の闘志を燃やし、雪片弐型を正眼に構える。

 

《そんじゃまぁ》

 

「気を取り直して」

 

「《行くとしますか!!》」

 

 その台詞と同時に白式と甲龍は其々別方向にスラスターを吹かして、行動を開始する。

 

 

 

 昭弘は学園から5km程離れた海上凡そ300m地点にて、タロと一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

 彼は常にタロより上方に位置することにより、タロのビーム砲が学園側に向かない様努めていた。その分昭弘が学園側に銃口を向けてしまう事になるが、ビームミニガンはあくまで中距離戦用にカスタマイズされているので、ビームと言っても射程距離が1kmに届くことは無い。滑降砲においても、5kmも離れていれば砲弾は届かない。

 

 グシオンリベイクはタロの直上からビームの雨を降らせるが、タロは難なくこれを回避。

 しかし、続け様にサブアームに装備されている滑降砲から炸裂弾頭が発射される。砲弾はタロの回避先へと一直線に向かって行き、一発は大きく回避されるがもう一発の砲弾のセンサーはタロをしっかりと捉えて起爆。大小様々な破片がタロへと降り注ぐ。

 

(良し、少しずつこちらに形勢が傾きつつあるな)

 

 後はこのまま形勢を維持できれば、先にタロのSEが切れる。そう易々とは行かせて貰えないだろうが。

 それにどうにも先程から、タロにしては立ち回りが消極的すぎる様に昭弘には感じられた。

 

 昭弘はタロに対して射撃戦を徹底している。タロは他のゴーレムと比べると近接戦に極めて特化していたが、射撃戦に関しては他のゴーレムより若干見劣りするレベルだ。

 しかし相手はゴーレム最強の無人IS。射撃戦だけで勝てれば、昭弘も束のラボであそこまで苦労はしなかった。

 

 

 

(やはり私を撃破するつもりは無い様ですね昭弘様。動きにいつものキレが無い。高が機械の私に随分とお優しいことで)

 

 タロは心の中で、賛辞とも皮肉とも取れる言葉を昭弘に対して贈っていた。

 

(いや、甘いのは私も同じか)

 

 タロも又、グシオン相手に本気を出せないでいた。

 無論束からは「箒以外の人間は気にせず全力で戦え」と指示を受けている。しかしいくら実戦慣れしているタロと言えど、非戦闘員であるIS学園の生徒たちに銃口を向けるのは束の命令だろうと流石に抵抗があるのだ。でなければ、昭弘の誘いにこうもあっさり乗ったりはしないだろう。

 誘いに乗った後も、タロは学園の生徒の安否が気懸りなのかイマイチ戦闘に集中できないでいた。

 

 すると突然グシオンからの攻撃が止み、代わりに昭弘から専用回線で通信が入る。

 

《…タロ。もう止めにしないか?》

 

 タロは尚も、昭弘からの通信に対して無言を貫く。しかし動きは完全に止めてしまっていた。

 

《お前たちが本気じゃないことも、操られていないことも判っている。でなければお前がオレの誘いにこうもあっさり乗り、学園から離れる訳が無い。それにちょくちょく学園側へ視線(ハイパーセンサー)を向けているのが丸分かりだぜ?大方、犠牲者が出ていないか気懸りなんじゃないのか?》

 

 尚も昭弘は続ける。

 

《お前らの目的は知らん。だが今投降すれば楽になるぞ。IS学園の教員は、皆話の分かる人たちだ。犠牲者が出てない今なら、きっと寛大な処置をしてくれる筈だ》

 

 当然のことだが、昭弘は犠牲者が一人も出ていないと言う確証は持っていない。しかし、タロたちを止めるにはこう言う他無かった。

 

(…本当に貴方様は御優しい。その御心遣いだけで私は満足です。…が)

 

 タロたちだって無意味に攻め込んできた訳では無い。例え拘束されることになったとしても、目的は果たさねばならないのだ。

 

 昭弘にタロを殺させる。

 

 それが束からの命令なのだ。そして彼等ゴーレムにとって束からの命令は“絶対”。

 

(思えば最初から「あの方法」を採っていれば良かった。今この方と相対して解った。恐らく私はこの方から嫌われたくなかったのだろう。しかし昭弘様、申し訳御座いません。私たちにとっては束様こそが創造主であり絶対者であり、神であるのです)

 

 タロはそう決意を固めると、あの方法とやらを実行に移す為に行動を起こす。

 

 

 昭弘は、固唾を吞んでタロからの返答を待っていた。しかし…

 

ヴゥイイィィィン…

 

 タロは身体を学園側に向けると、そのまま瞬時加速を敢行しようとする。

 

(何をする気だ!?)

 

 昭弘はビームミニガンと滑腔砲で牽制しようとするが、遅かった。

 

ダオォォォン!!!

 

 タロは瞬時加速により、一気に学園へと迫る。

 昭弘も直ちに瞬時加速を行い、タロに追随する。音速を大きく超えるタロとグシオン。グシオンがタロに攻撃する間もなく、あっと言う間に2機共アリーナへと辿り着いてしまう。

 

 

 タロはアリーナAの直上数十m付近に辿り着くと、再び昭弘と相対する。

 

ヴイィィン…

 

 するとタロは両腕計4本の主砲から深紅に輝くビームサーベルを展開。腕の先端から2本ずつ伸びているソレは、まるで長大な“鉤爪”を彷彿とさせる。

 その『ビームクロー』を構えると、タロは恐らくフルフェイスマスクの中で表情を歪めているであろう昭弘に専用回線で通信を入れる。

 

《コレダケアリーナガ近ケレバ、モウ射撃兵装ハ使エマセン。ソシテ近接格闘ナラ貴方ヨリ私ノ方ガ上デス》

 

 すると、昭弘から哀愁の籠った声が返ってくる。

 

《…やっと話してくれたと思ったら第一声がソレか。けどな、オレにはもうこれ以上お前と戦う理由は無い。お前たちが学園の生徒を傷つけられない事は分かっている》

 

 昭弘が通信越しにそう言うと、タロは腰を少し折り曲げ俯く様に返答する。

 

《…ソウ言ウト思イマシタ》

 

 するとタロはある指令を下す。()()()()()()()()様に。

 

《コチラハタロ、コレヨリ第3フェーズニ移行スル。サブロ、シロ、ゴロハ直チニ…》

 

篠ノ之箒ヲ捕ラエヨ》

 

 

 昭弘はタロがサブロたちに下した「指令」を聞いて、頭の中が白く染まる。しかし直ぐに、これから起こりうる“惨劇”が昭弘の真っ白な頭中を侵食していく。

 教員部隊との避けられない交戦、その流れ弾によっていともたやすく蒸発していく観客たち、爆風によって物言わぬ肉塊へと変わる生徒。そして連れて行かれる箒、そんな光景を見て絶望し発狂する一夏。

 

 ゴーレムたちがそんな惨劇を起こさない事は、昭弘も頭では解っている。

 しかし一度でも最悪の事態を想像してしまっては、後はもう止まらない。その悍ましい脳内映像に嗾けられるかの様に、昭弘はアリーナに向かっている3機を食い止めようと動く。

 が当然の如く、タロは昭弘に立ち塞がる。

 

「頼む退いてくれタロ。もし退かないと言うなら…」

 

《私ヲ倒スシカアリマセンネ》

 

「…クソったれが」

 

 昭弘がそう呟くと同時に、グシオンのハルバートとタロのビームクローが勢いよくぶつかり合った。

 

 

 

 千冬はアリーナに向かって来る敵性ISに動じること無く、教員部隊に出撃命令を下す。

 国際IS委員会にも既に報告は入れてあるが、千冬自身彼らの動きには正直期待していない。例え増援が間に合ったとしても、指示系統が却って混乱するだろう。かと言って事後報告にする訳にも行かないので、取り敢えず報告だけは入れておいたというのが千冬の本音だ。

 

「こちら管制塔。事態急変につき教員部隊は直ちに出撃せよ。但し到着後はアリーナA周辺にて待機し、こちらからの指示を待て」

 

《こちら教員部隊、了解!》

 

 更にアリーナ全体に指示を出す為に、千冬は一瞬だけ頭を巡らす。

 

(…止むを得ん、待機を継続させるべきだな)

 

 どの道今から避難の指示を出しても間に合わない。混乱による怪我人が増えるだけだ。

 千冬は苦渋の決断をし、指示を出す。

 

「こちらは管制塔。現在IS学園に所属不明のISが接近中。慌てること無く、その場での待機を継続せよ。繰り返す―――」

 

 

 

「な、何だ?こいつら?」「こいつらも敵…なの?それとも味方?」

 

 観客スタンドに降り立った3機のISは、暴れることなくゆっくりとスタンド内を歩き始める。

 観客たちは楯無の予想と異なり、唯々困惑しているだけに留まった。千冬の迅速な指示もあるのだろうが、事前情報が「所属不明のIS」しかない観客たちにとっては「突然現れた謎のIS」程度の認識なのだろう。

 

 その3機のISは、歩き回りながら紅くて丸いカメラアイをキョロキョロと動かしていた。

 

(まるで何かを探している様な…)

 

 箒は、相手の目的が何なのか考え込んでいた。

 

 実際サブロたちは、ハイパーセンサーによって箒の居場所は既に特定している。それなのに探す素振りをしている理由は、無用な混乱を避ける為にある。彼等の最大の目的は、あくまで全開状態のタロを昭弘とグシオンに倒させることなのだ。

 重要なのは今箒を捕えることでは無く、観客スタンドに立つことで「いつでも箒を捕縛できるぞ」というアピールを昭弘に対して行うことにある。

 

 ふとサブロたちは、観客たちが上空を見上げていることに気づく。

 

 彼等ゴーレムが危害を加えてこないから、警戒心が薄れたのだろうか。それにしては、観客たちの表情が可笑しい。まるで「この世のモノとは思えない」何か強大なモノを見ているかの様に、口を「あ」の字に開けながら目を見開いている。

 しかしサブロたちは彼等観客が何を見ているのか、凡そ見当は付いていた。彼等が今観ている光景こそが、束の狙いなのだから。

 

 箒はその光景を観て、ただ茫然と立ち尽くすしか無かった。

 

「昭弘…」

 

 彼の名前を呟くと同時に、箒は思った。「()()()()は本当に昭弘なのだろうか」と。

 

 

 

 ジロも又、フィールド内にて激戦を繰り広げていた。

 

(成程、流石は中国代表候補生。ISを“生物”の様に操っている。一夏様も白式のコアと上手くいってる様で)

 

 そんなことを考えながらも、ジロは2機の専用機を相手に互角以上に渡り合っていた。タロとは正反対の射撃戦に特化したジロは、様々な射撃武装を駆使して白式と甲龍を翻弄する。

 

 甲龍は至近距離から衝撃砲を発射した後、双天牙月を2本同時に大きく振り下ろしてくる。更に背後からは、白式が雪片弐型を腰だめから振り上げてくる。

 ジロは衝撃砲を上方に躱した直後、両手の主砲を瞬時に「散弾タイプ」に切り替える。そして向かってくる甲龍にはそのまま左手で、背後から接近する白式には長い右腕を左脇から後方に回した状態で夫々黄金色に輝く無数の熱線を浴びせる。

 

 

 

「グゥッ!」

 

《キャアッ!!》

 

 無人ISからの思わぬ反撃に、鈴音と一夏は痛みも感じていないのに声を上げてしまう。

 

《ああもうッ!あの主砲にどんだけ“飛び道具”詰め込んでんのよコイツゥ!》

 

「畜生!今のは絶対に入ると思ったのに…」

 

 その時、一夏も又フィールド上空を見上げてしまっていた。見上げた理由は彼自身にも良く解らない。唯、何となく気になったのだ。しかし彼は今現在戦闘中であるので、一瞬見上げたら直ぐに意識を切り替えた。

 それでも尚、一瞬だけ見えた“ソレ”は一夏の脳裏にこびり付いて離れない。

 

(……一瞬だったから良く見えなかったけど、MPSって…()()()()()できるもんなのか?)

 

 そう考えた途端、一夏は例えようのない恐怖を感じた。それは一瞬見えたグシオンリベイクが恐ろしかったからでは無い。

 まるでそう、昭弘が「何処か遠く」へ行ってしまい、そして二度と戻って来ない様な…そんな確証の無い恐怖だ。

 

 実はこの時、箒も一夏と全く同じ恐怖を感じていた。

 

 

 

 タロは、常に瞬時加速顔負けな超高速機動でグシオンに迫る。深紅のビームクローが、タロが通過した空間に深紅の峠道を描いていく。

 その勢いをそのままに、タロの禍々しい右腕のビームクローがグシオンを横薙ぎに切り裂かんとする。昭弘はグシオンの左腕に腰部シールドを構えてこれを防ぐが、タロの有り余るパワーに押し負けてしまい右後方へと大きく吹っ飛ばされる。

 

 グシオンはアリーナに激突する前に体勢を立て直すが、そんなことお構いなしにタロは突っ込んで来る。

 

(………何だ…この感じは…?)

 

 昭弘は、タロと交戦していく内に妙な違和感を覚える。それは迫り来るタロでは無く、自分自身に対してだ。

 しかし昭弘は、直ぐにその違和感の正体に到達する。

 

(泣いているのかオレは?……何故だ?)

 

 何故。それは心当たりが無いのではなく、心当たりが多すぎるが故に浮かんだ言葉だった。

 

 家族を相手に戦わなければならない絶望、箒が連れて行かれるかもしれない恐怖、こうすることしか考えが思い浮かばない自身への激しい怒り、決して犠牲者を出してはならない事への焦燥。

 そして形はどうあれ、こうして久しぶりに家族に会えたことへのほんの僅かな喜び。

 

 それらの感情が昭弘の中で渦の様に混ぜ合わさり、形の見えない激情となっていったのだ。

 更に昭弘の激情は加速度的に膨張していき、それは阿頼耶識を伝ってグシオンにも影響を与え始めた。

 

(何だ?…タロ以外の景色が白く霞んでいく。…それに…タロの動きがどんどん遅くなっていく)

 

 まるで昭弘の激情にグシオンが呼応するかの様に、昭弘とグシオンはより深く、深く、深く、深く繋がれて行く。

 

―――シンクロ率:99.8%

 

(グシオンを纏っている感じがしない……?)

 

―――シンクロ率:99.99999999%

 

(……違う………()()()()()………()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――シンクロ率:100%

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昭弘の結論を、グシオンから流れているアナウンスが冷徹に遮る。

 

―――グシオン、リミッター解除を確認。これより、単一仕様能力『狂獣(マッドビースト)』を発動します。

 

 直後、グシオンの緑色のツインアイが紅く輝き始める。

 

 

 

 タロはグシオンに対して、左手のビームクローによる渾身の突きを放つ。

 

ヴゥォン!!

 

 しかし、その空間に既にグシオンの姿は無かった。

 

グァシッ!!

 

 タロの直上から飛来したグシオンに、タロは頭を鷲掴みにされる。

 グシオンはそのまま瞬時加速を敢行し、タロをシールドバリアに外側から叩きつける。その衝撃でタロのSEは大きく減少し、今尚もタロの頭部に圧力が加えられているので更にSEが減少していく。

 タロはその巨大な両腕でグシオンを無理矢理引き剥がそうとするが、まるで万力の様にビクともしない。

 

(…止むを得ませんね)

 

 タロは右手のビームクローを解除。その後左手のビームクローでグシオンを斬り続けることにより、万力の様に動かないグシオンでもSEは減少していく。

 そして空いた右手の砲塔を器用にシールドへ向けると、そのままシールドが割れるギリギリの出力でビーム砲を放つ。丁度タロとグシオンが居た部分のシールドが割れ、タロは身体を僅かに沈める。

 同じ様に体勢を崩し、タロの頭部から一瞬力を抜いてしまったグシオンをタロは思いっきり長大な両腕で突き放すと、割れた部分が塞がる前に即座にフィールドから脱出する。

 

 

 タロに突き放された昭弘は右手にハルバートを構えると、間髪入れずにタロに突撃する。タロは腰を沈め躱し、昭弘の懐に左手のビームクローを手刀の様に叩き込もうとする。

 しかし昭弘は恐るべき瞬発力を以て左手の腰部シールドでそれを防ぐと同時に、いつの間にか右サブアームに呼び出していたグシオンハンマーでタロを叩き落とす。

 タロは再び、フィールド上方のシールドに叩きつけられる。

 

 今の昭弘には、タロの動きの全てがスローモーションに見えていた。

 しかし昭弘はこの能力に驚嘆する余裕すら無かった。

 

(ウグッ!ゥ゛ゥ゛、ア゛頭が割れそうだ…!ほんの少しでも気を抜いたら…意識を持っていかれちまう…ッ!!)

 

 しかしタロは悶え苦しむ昭弘のことなど構わず、更に腕を変形させて突っ込んで来る。各腕に2本ずつ並んでいる砲塔が腕ごと縦に裂ける様に分離したそれは、まるでサブアームを展開している昭弘と同じく腕が4本あるかの様だ。

 2連砲塔が分離した事で各腕の先端に1本ずつ生えているビームサーベルを自由自在に操るタロと、再び昭弘は切り結ぶ。

 

 昭弘とタロは目まぐるしいドッグファイトを繰り広げた。

 昭弘のツインアイとタロのビームサーベルが、まるで複雑に絡み合う様に美しき紅い光の曲線軌道を描いて行く。その中で彼らが切り結んだ際に生じた火花が、複雑な曲線軌道に更なる彩を加えていく。

 

 そんな最中、タロが2本の右腕を掲げて迫る。昭弘は未だ動かない。タロは昭弘とぶつかるギリギリの所迄接近すると、右腕と見せかけて2本の左腕をそのまま突き出す。しかしこれも今の昭弘の驚異的な瞬発力には敵わず、昭弘の右手と右サブアームに捕まってしまう。

 

 タロを捕まえた状態で、昭弘は左手と左サブアームで力強く握ったハルバートを振り下ろす。

 しかし「カチャン」という音と同時に、タロは掴まれている2本の左腕を根元から分離することで昭弘の拘束から脱する。大きく空振って体勢を崩す昭弘に、タロは再び巨大な右腕による横薙ぎをお見舞いする。

 吹き飛ばされる昭弘だったが、直ぐに各部スラスターを小さく刻む様に吹かして最小限の動きで体勢を立て直す。

 タロは再び右腕を縦に裂き片方を左腕無き左肩に連結させると、再度昭弘と切り結ぶ。

 

 しかし形勢は最早覆らない。ゴーレム最強のタロでさえも、昭弘とグシオンの驚異的な瞬発力と機動力に付いていくことができなかった。しかも昭弘は、サブアームですらもまるで“生身”の様に扱っていた。

 

 昭弘がタロをハルバートでアリーナ外の地面に叩き墜とすと、遂にタロのSEは底を尽きてしまう。しかしシールド以外のエネルギーが未だ残っている為か、タロは尚も起き上がろうとする。

 昭弘はそのままタロの元へ急降下し、ハルバートを用いてタロの両腕両脚を淡々と切断していく。

 

 昭弘は最後の一閃をタロの頭部に叩きこもうと、ハルバートを振り上げたところで動きを止めた。それは、振り下ろそうとする“昭弘自身”を必死に抑え込んでいる様にも見える。

 

「タロ、オレは未だこいつの能力を制御できてる訳じゃねぇ。今こうして刃を止めているのも、後何秒持つか分からん。…だから頼む、箒たちを解放してくれ。オレにお前たち“家族”を殺させないでくれ…」

 

 タロは、数秒程昭弘を見つめていた。しかし、返って来たのは余りにも残酷な言葉であった。

 

《デハコウシマショウ。私ヲ殺サナケレバ、観客全員ヲ「皆殺シ」ニシマス》

 

 その言葉を受けて、昭弘は心の中で必死に鬩ぎ合う。

 

―――ハッタリだ。サブロたちが無抵抗の人間を殺める筈がない。

―――そんな保証が何処にある?現にアイツらはいつでも人を殺せる状態にある。

―――武装しているという確証は無い。

―――武装していないという確証も無い。抑々武装が無くたって、アイツらは人間を簡単に肉塊にできる。

―――タロは家族だ、オレに殺せる訳が無い。

―――じゃあ観客を見殺しにするか?たかが機械と何百人の命、どちらが大事かなんて一々考えるまでも無いだろう。

 

 昭弘の鬩ぎ合いも空しく、無情にもその時は訪れる。

 

《……コチラハタロ。新タナル指令ヲ下ス。観客ヲ全員…》

 

 

 

《殺セ》

 

 今その言葉を聞いてしまった昭弘には、もう選択肢など無かった。

 

 

 

 

 

ガシュッ!!    ゴトン…

 

―――昭弘様…もウしワけ……あリ…マ…せ…

 

 

 

―――――現在作戦遂行中の全ゴーレムに伝達事項有。

―――――グシオンによるタロの撃滅を確認。作戦完了。

―――――機密保持の為、現在作戦遂行中の全ゴーレムの記憶を消去。機能も完全に停止。

 

 

 

―――嗚呼、ヤッたのでスネ昭弘様。…折角久シぶリの再会だといウノニ、な…ンノオモ…てなシ…も…デキ………ナ…

 

 一夏と鈴音は防戦一方の状況に追い込まれていた。

 衝撃砲以外は近接武器しか持ち合わせていない2人にとって、様々なビーム兵器を使い分けるジロは最悪の相手と言って良いだろう。零落白夜も、散弾やフルオートで攻撃されれば対処が難しい。

 SEも残り僅か。一夏が何か手は無いかと頭を振り絞っていると…。

 

(…何だアイツ?動きを完全に止めている…?)

 

 いくらジロが一夏たちを手に掛けるつもりが無かったとしても、何も知らずに追い詰められていた一夏と鈴音にとっては最早一つの敵でしかない。例え機能を停止したとしても、極限状態に陥った人間はそう簡単には止まらない。

 

《何か分かんないけどチャンスよ一夏!アタシは後ろから!アンタは前から串刺しにしちゃいなさい!》

 

「おうよ!ウウウォォォオオオラァァァ!!!」

 

ガシュッ!! ゴァシャァッ!!

 

 

 

 観客スタンドにおいても、同様の現象が起きていた。

 

「な、何コイツら!?急に倒れたわよ!?」「え?何で急に?」「ちょっと皆!ゲートが開くようになったよ!!」「マジ!?やったぁ!!」

 

 周囲が歓喜に浸る中、楯無は倒れた状態のISを見つめて顔を顰める。

 

(結局、こいつらの狙いは何だったのかしら…?)

 

 

 

 

 

 昭弘はタロ()()()金属の塊を抱きかかえていた。しゃがんだ状態でその金属の後頭部の様な部分を左腕で起こし、顔と思しき部分を唯々見つめていた。

 その顔を見つめていると、彼等と過ごした日常が頭中に湧き上がってくる。思えば、この世界で一番最初に遭遇したのもタロだった。ドス黒いボディに深紅のカメラアイ。最初に見たときは凶悪な印象しか抱けなかったのも、今となっては最早懐かしい記憶だ。

 

「…タロ」

 

 昭弘はタロの名を呼ぶ。一言だけでいい。「何デショウカ」と言って欲しかった。しかしタロに繋いだままの専用回線は、耳障りなノイズが響くばかりだ。

 

「なぁ…タロ…」

 

 尚も、タロの名を呼ぶ。先程と何一つ変わらないノイズだけが、昭弘の耳を劈く。

 

 

 

「…」

 

 

 

「………ああ」

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!!」

 

 

 

 昭弘はただ叫ぶ。顔を涙と鼻水で濡らしながら。

 しかし未だタロとの専用回線に繋いだままの慟哭は、誰の耳にも届きはしない。

 どんなに顔面をグシャグシャにしようと、フルフェイスマスクに包まれた彼の表情は誰にも判らない。

 どんなに大声で泣き叫ぼうと、返ってくるのは聞きたくも無いノイズだけ。

 

 

 

 どんなに強く抱きしめても、そこに在るのは唯の鉄屑に過ぎなかった。




昭弘を不幸のまま終わらせはしません。
さて、次回からが難しい。各国政府の動きとか束の葛藤とか昭弘の葛藤とか・・・。
自分も早く、シャルやラウラと昭弘を絡めていきたいです。

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