昭弘がサブロたちを何とかするために、色々と頑張るお話です。
長い上に駄文全開なので、読む際にはご注意を。
―――――4月30日(土)―――――
その日は土曜日。時刻は09:00。
本来なら多くの高校生は未だ布団の中で丸まっているか、部活動に精を出している時間帯だ。中には友人との買い物や恋人とのデートを、その日の予定に組み込んでいる者も。
しかし、そんな彼女たちの望む普段通りの土曜日は訪れなかった。全校集会と言う形で、今回の襲撃事件に関する「緘口令」を聴かなくてはならないのだ。
唯でさえクラス対抗戦が中止となって気が滅入っている生徒一同にとって、それは中々に酷であった。
因みに当日来訪していた一般観衆には、人数も少なかった為その日の内に“口止め”を済ませてある。
緘口令が終わった後、何名かの生徒はそのまま体育館に残された。これから何班かに分けられて取り調べが行われるのだ。
学園側としても、今回の事件において少しでも情報を集めておきたいのだ。犯人の目的や、今後の対策も踏まえて。
何名かは強制参加となっている。
「取り調べって…何するんだろうな」
一夏がそう不安げに昭弘を見上げる。まるで予防注射を待つ子供みたいだ。
「別に固くなる必要も無いだろう。戦っていて気になったことを、有りのまま言えばいい」
尤も、昭弘の場合はそうも行かないだろうが。
「ホントよ。シャキッとなさいよ一夏」
昭弘からの温かい返答に、鈴音も乱暴に便乗してくる。
今回の取り調べに自主的に参加した箒は、昭弘たち3人を少し離れた所から見ていた。
「凰さんが疎ましいんですの?箒」
所在無さげにしていた箒に、セシリアが小声で話しかけてくる。そのすぐ傍には本音も居た。
「別にそう言う訳じゃ無い」
そう言いながらも、その視線はしっかりと鈴音を見据えていた。「失せろ」とでも言いたげに。
「セシリアこそ、一夏と居た方が有意義なんじゃないのか?」
「一夏の傍に邪魔な「大木」が居りますので」
「またまた~、1人で居るしののんが気掛かりだったクセに~~」
本音の一言に対して、わざとらしく咳払いをするセシリア。どうやら的を得ていた様だ。
そうやって生徒一人一人の口数が増していく中、体育館前方から「パシン!」と手鳴らしが小気味良く響き渡る。その人物の一拍子で、不思議と生徒の雑談はピタリと止む。
(!…確かこの前教室の入り口で)
昭弘が頭の中でその人物を探し出す。数秒程目を合わせただけに留まったが忘れもしない。その鮮やかな水色の髪と、血流を一瞬で止めてしまう程の“圧”を。
「はいはーい!皆静粛で宜しい!」
「先ずは今回の取り調べに自主的に参加してくれた皆に、感謝の意を評します。そして強制的に参加させられた子達には、悪いけどもう少し付き合って貰うわ」
昭弘は生徒会長と言う単語を聞いて、深夜での千冬の言葉を思い出す。
ゴーレム襲撃前から教室入口で昭弘を睨んでいた点を踏まえると、入学初日から昭弘に目を付けていたと考えるのが自然だ。
昭弘が頭の中で「生徒会長」という人物を特定した後も、楯無による今後の説明は続いた。
今回昭弘は、「生徒指導室」で取り調べを受けることになった。昭弘はその空間で
その原因の1人である楯無が今回の取り調べに参加させてくれた千冬に礼を述べると、今度は昭弘に向き直る。
「じゃあ先ず自己紹介から!私は『更識楯無』。改めて宜しくね!」
「昭弘・アルトランドです。宜しくお願いします」
楯無の演技がかった明るい振る舞いに対し、昭弘は静かに模範的な挨拶で返した。
2人の軽い自己紹介が済むと、千冬は早速取り調べに入る。
一応昭弘も、何処まで答えるか凡その考えは纏めてきた。
何個か質疑が済むと、千冬は一旦インターバルを設けた。
(…予想はしていたが、あの無人機集団が束の所有物だったとはな。そしてアルトランドも、あの無人機たちと浅からぬ面識を持っていたのか)
何より千冬が驚いたのは、あの無人機に「自我」があると言う点だ。俄には信じ難いが、嘘か本当かは
楯無も又、考えている事を頭の中に留める。
(学園襲撃には無関係…今のところ“嘘”は付いてない、か。あの時発動した単一仕様に関しても「自分でも良く解らない」の一点張りね)
楯無の「観察眼」は常人の域を飛び出す。相手の眼の動き、口調の僅かな変化、ちょっとした表情の強張り等々、それら外側の情報だけで相手の嘘が判るのだ。
ふと千冬からの視線に気づいた楯無は、昭弘の言葉に嘘偽りが無い事をアイコンタクトで伝える。
インターバルが終了すると、楯無は間髪入れず“ある事”を昭弘に訊ねる。
「……単刀直入に訊くけど、『篠ノ之束博士』と『T.P.F.B.』って何か関係あったりする?」
それは今の昭弘にとって最もして欲しくない質問だった。
昭弘は出来るだけ早く質問に答えるべく、頭を必死に回転させる。
(関係無いと嘘を吐くか?いやもし嘘だとバレればオレの状況が悪くなるだけだ。じゃあ「お答えできません」と言うのは?…駄目だ。そんなの遠回しに「関係ある」と言っている様なもんだ)
この質問は、昭弘にとってギリギリの綱渡りであった。
昭弘も解っているのだ。あの狡猾な束が、自身から情報が漏れるリスクを考慮してない訳が無い。なれば何らかの口封じを講じている筈。
昭弘は、その口封じが「周囲諸共」であるのを一番恐れているのだ。
しかしどうにか答えを導き出すと、昭弘は祈るように言葉に変えて吐き出す。
「T.P.F.B.と篠ノ之博士が、関係を持っているのは確かです」
「ッ!馬鹿な!あのプライドの高い束がT.P.F.B.と…」
意外な旧友の一面に狼狽している千冬に構うことなく、楯無は更に質問を続ける。
「それはどんな関係?」
「それ以上は「社内情報」になりますので、流石に言えません」
昭弘はそう締め括って頭を下げた。要するに「詳細はそちらで調べてくれ」と言うことだ。
楯無は一旦質問を中断し、思考の渦に身を委ねる。
(…けど輪郭は見えてきたわ。もう少し情報も欲しいけど、流石に会社の情報は話せないか。それに無理強いして織斑先生から不興を買うのもねぇ…)
生徒会長とは言え楯無も一生徒。今回の取り調べも、特別に参加させて頂いている様なものだ。そんな状況で教員である千冬以上に出しゃばるのは、流石の楯無でも躊躇われる。
「…だそうですが、織斑先生からは何かあります?」
「特には無いな。T.P.F.B.と束が繋がっているという情報だけでも、大きな収穫だ」
千冬も今の情報だけで満足している様なので、楯無はそれ以上の詮索を止した。
「…今回オレが話した情報は内密にお願いします。せめて教員内だけで…」
「当然だ」
「はーい!(私の組織にはバラすけどね)」
千冬と楯無からの質問が一段落すると、今度は昭弘が無人ISの安否を訊ね始める。
千冬は昭弘からの質問に答えるが、楯無は渋い表情を昭弘に向ける。未だ彼女は、昭弘に対する疑いの目を濁らせてはいない様だ。
「…織斑・凰と交戦した無人ISは、2人に撃墜された。今はお前が撃墜した黒いISと同様、記憶の無いISコアだけが残されている。他の3機は問題なく機能しているが、此方も記憶が抹消されている」
千冬の声によって感無量に並べ立てられた文字の羅列を聞いて、暫く昭弘は顔を俯かせる。
(…そうか、ジロまで)
ISコアは『コア・ネットワーク』という情報網にて繋がれている。ゴーレムも例外では無い。
このコア・ネットワークによって、ISの「
束はタロたちによる計画の漏洩を防ぐ為、任務完了と同時に記憶が完全に消去される様に設定していたのだ。しかも、外部からの余計な情報がタロたちに入らない様にコア・ネットワークを分断してある。
そんな理由を凡そ予想しながらも俯いている昭弘に対し、千冬が恐る恐る口を開く。
「…アルトランド。今のお前の気持ちが解らない程、私も馬鹿ではない。だが織斑と凰の事は恨んでやるなよ?」
そんな千冬の言葉を聞くと、昭弘は僅かに顔の角度を上げる。
「解っていますよ」
“戦場”と言う極限状態の中で殺すなと言う方が、寧ろ無理があるだろう。
昭弘が納得している様子を確認した千冬は、安堵しつつも何処か申し訳なさそうに視線を下げる。
その後も、昭弘は質問を重ねていった。今度はゴーレムの処遇についてだ。
千冬は一瞬だけ楯無に目配せをしながら答える。
「未だ議論は為されてないが、2つのコアも3機の無人ISも恐らくIS委員会預かりとなるだろう。生徒達に危険が及ばないとも限らないし、何より無人ISは最新科学の結晶体だ。一教育機関に預けていい代物じゃない」
千冬が至極真っ当な事を一通り述べると、昭弘が重たい口を開き始める。
「織斑センセイが仰っていることは尤もですが…」
昭弘がこれから述べようとしている提案を察して、楯無は口を挟む。
「あの無人機たちを「この学園に残す」なんて言うつもりじゃないでしょうね?」
楯無の問いに無言で頷いた後、昭弘はいくつかの「利点」を上げていく。
先ず一つ目は生徒に対してだ。彼等の中身は生徒の知識として大いに役立つ。IS委員会に対しても、向こうの息の掛かった研究員をIS学園に置いておけば済む。寧ろ研究施設まで輸送するリスクの方が高い。
二つ目は単純に“有事”の際の戦力として優秀と言うことだ。昭弘が知る限り彼らの実力は国家代表候補生を凌ぐ。今問題となっているアリーナAの復旧作業にも、大いに役立ってくれるだろう。
三つ目はIS委員会側に置いた場合のデメリットになるが、ゴーレムを良く知る人間が居ないという事だ。扱いによってはゴーレムが暴走しないとも限らない。その点昭弘は、彼等ゴーレムの事を良く知っている。
それにIS委員会には、IS至上主義と同じく『女尊男卑至上主義者』が多く存在する。そんな彼らが、無人ISを世の為に有効的に使うとは考え難い。
昭弘は一通り利点を述べ終えると、千冬と楯無を曇りなき眼差しで見据える。
(へぇ、何も考えなかった訳じゃないようね)
楯無がそんな風に昭弘に抱いていた印象を若干上方修正していると、千冬が突然とんでもない事を言い出す。
「良しじゃあゴーレム…だったか?奴らを5機とも此処に留める方針で行くか」
「…って「良し」じゃないですよ織斑先生!何勝手に話進めちゃってるんですか!?」
芸人宛らな突っ込みを入れたせいで、先程から纏っていた日本刀の様な威圧が消えてしまった楯無。
「そう言われてもな…。アルトランドの言う通り向こうの研究者やら技術者やらをIS学園に置いた方が、向こうもリスクが少なくて済むだろう」
それにIS委員会も、生徒の心配なんて所詮は表面上だ。
楯無だってそんな事は解っているが…。
「…では管理責任はどうなさるのです?事が起きた場合、IS学園が責任を押し付けられるのがオチでしょう?それに私は『生徒会長』です。生徒を危険にさらす可能性を秘めた物を、此処に置きたくはありません」
楯無の反論を千冬は認める。だが昭弘が述べたメリットも捨てがたいとも考えていた千冬は、僅かに間を置いて答える。
「…生徒の安全と同じ位、生徒が持っている「可能性」を広げることも重要だ」
楯無はそう言われて、言い返すことができなかった。それは千冬に賛同した訳では無く、言い返したところで意味が無いからだ。
方向性は違えど、楯無も千冬も生徒を想う心は同じだ。そんな2人が反論を重ねたところで意地の張り合いになるだけだし、抑々最終的に決議するのはIS学園理事会と国際IS委員会だ。
「なぁに、ゴーレムが暴れたら私とアルトランドで対処しよう。なぁ?アルトランド」
「勿論です」
昭弘の迷い無き返答を聞いて、満足げな笑みを零す千冬。
「取り調べは以上だ。色々と貴重な情報をありがとうアルトランド。明後日の理事会では私やIS委員会の連中も出席するから、その場でゴーレムのメリットについて上手く説明しとくさ。管理責任に関しても、まぁ何とかなるだろう」
千冬の肯定的な反応を見て、昭弘は一先ず胸を撫で下ろした。しかし聞いていない事が最後に一つ残っていた昭弘は、そのまま千冬を呼び止める。
「…ゴーレムたちには…いつ会えますか?」
「少なくとも今日は無理だな」
ゴーレムたちだが、今正に整備課の教員たちが意思疎通を繰り返している所だ。後は彼女たちの判断により、地上の格納庫へと移動させるらしい。
今現在、サブロたちに記憶は無い。昭弘の事も、一片の欠片も無く忘れてしまっている。
それでも昭弘は、一刻も早くサブロたちの顔が見たい。そして、どうしても彼等に直接言わねばならない事があるのだ。
むず痒い思いを抱えながらも、昭弘は一先ず肩の力を抜いて生徒指導室を後にする。…前に、言い忘れていた千冬に呼び止められる。
内容は、今後昭弘と束との連絡を一切禁止とする旨だった。T.P.F.B.とのやり取りも有るだろうから携帯の没収とまでは行かないが、もし束から連絡が来た場合電話には出ず直ちに一報をくれ、との事だ。
昭弘は諦観した様に目線を斜めに下げながらも了承し、今度こそ生徒指導室から先に立ち去る。
その後昭弘は予定通り午後から身体検査を受け、身体に別段異常が無いことを確認して貰った。
グシオンの単一仕様能力に関しては、余程の事が無い限り使用を控える様命じられた。
それらが全て滞りなく終了して、昭弘は漸く自身が消されていない事実に気付いて安堵した。
これでまた、平穏な学園生活を送る事が出来ると。
取り調べが終了した後、楯無は生徒会室へと続く廊下をゆっくりと進みながら今回の襲撃事件について頭を巡らせていた。
(…目的は恐らく、MPSと無人ISを戦わせること。あの状況はそうとしか考えられない)
実際IS学園の重要なデータは何一つ盗まれておらず、教員部隊を近づけさせないような上空の無人ISの動きも相まって、楯無はそう考えていた。
白式と甲龍まで戦わせたのも、それに関係していると彼女は睨んでいる。アリーナAへのハッキングのタイミングから考えて、意図的に白式・甲龍を無人ISと戦わせたのは明らかだ。
(それと昭弘・アルトランド。IS学園に対して、敵対意思は無い様だけど…。今回の学園襲撃も、私の予想通りなら間接的な原因は彼にある。まだ安易に「味方」と思わない方が良さそうね)
色々と考えている内に、気が付いたら楯無は生徒会室の扉を開けてしまっていた。
その先は正に地獄絵図と形容してもいい程に、生徒会役員たちが天手古舞であった。
クラス対抗戦が中止になったと言う事は、即ち優勝したクラスも存在しないと言う事。では褒賞はどうなるのかと、生徒からの問い合わせが殺到しているのだ。
(…先ずこっちからね)
自由奔放な生徒会長殿の平穏は、暫くは訪れそうにない。
一夏と鈴音もまた、長い取り調べが漸く終わった所であった。2人同じ様に背伸びしながら廊下を歩いていると、一夏は思い出した様に口を開く。
「結局勝敗は決まらなかったけどさ、あの約束…どうすんだ?」
「ブホッ!?」
一夏の言葉を聞いて、鈴音は不覚にも奇声を上げてしまう。その直後、少し慌てながらも即座に言葉を返す。
「も、もういいわよその約束は!」
鈴音の半ばやけ糞な返答に対し、得心のいかない一夏は反論する。
「良くないだろ。それじゃあ何でオレが鈴に怒られたのか解らないし、お前の買い物だって…」
そう言われて、鈴音はらしくも無く腕組みしながら考える。どう落とし所を着けるかと。
鈴音は心の内側で葛藤しながらも漸く打開案が見つかったのか、一夏に向けて右手の人差指を突き立てながら言った。
「両方勝ちってことにしましょう!襲撃してきた無人機の1体を2人で倒したんだし!」
鈴音の提案に、一夏は目を丸くして感心する。
「良いなソレ!じゃあ早速お互いの約束を果たそうぜ!鈴がオレを引っ叩いた理由と、買い物に行くって約束だったよな?」
「わ、分かってるわよ!ち、ちゃんと理由を説明するから、ちょっと待ってなさい」
鈴音は頬を赤く染め上げながら言うと、目を瞑りながら深呼吸をする。新鮮な空気を取り込むと言うより、心の中にある余計なモノを削り出すよう意識しながら。
ある意味、ここからが鈴音にとって最大の正念場であった。
「…その前に先ず…ゴメン、アンタのこと引っ叩いたりして」
「アンタを引っ叩いた理由は、アンタが酢豚の約束を勘違いして覚えていたから」
「やっぱそうか。それで、あの約束の本当の意味は?」
これ以上先を言ってしまえば、それは最早『告白』と同義である。鈴音もそんなこと百も承知だ。
心の鼓動が全身に響き渡る。その喧しい鼓動音が、鈴音の発声の邪魔をする。
―――素直に「好き」と言うしかない
しかしあの時の昭弘の声が、鈴音の中で響き渡っている鼓動音を一瞬だけ掻き消してくれた。
今だ。鈴音がそう思った時には、彼女の告白は終了していた。
「あの約束の本当の意味はね…「これから毎朝、アタシが作った味噌汁を飲んで欲しい」って意味だったのよ!」
言い切った直後、鈴音は「しまった」と心の中で大きく叫んだ。
普通の人間なら、今の言葉が「愛の告白」であると容易に解釈するだろう。しかし、相手は織斑一夏。筋金入りの朴念仁には、今の言葉の真意ですら常人とは全く別の解釈として映ってしまう。
「…そうだったのか。鈴、オレに毎日酢豚を食べて貰うことで、どの味付けが一番美味なのか採点して欲しかったんだな!ホントごめん鈴!どうしてオレはこんな簡単なことに今迄気付かなかったんだッ!!?」
鈴音は余りにも予想通りな一夏の反応を見て、口を「あ」の字に開けながら半ば放心状態に陥った。気のせいか、肌もコピー用紙の如く白く変色してる様に見える。
そんなこと等気にも掛けずに、尚も一夏は上機嫌に話を進める。
「酢豚の真意も解ったことだし、今度はオレが鈴の約束を果たす番だな!折角の買い物なんだし、昭弘や箒たちも誘おうぜ!」
「……もう、好きなだけ誘えばぁ~」
鈴音は放心したままそんな言葉を発すると、永遠に続いている様に見える廊下をフラフラと進んで行く。
すると、突然ピタリと止まる。
「…」
「どうした鈴?」
「ウガア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッッ!!!そんなド直球なことやっぱ言える訳無いでしょうがぁぁぁッ!!!アルトランドのヴァカァァァ!!アタシはもっとヴァカァァァァ!!!一夏はもっともっとヴァカァァァァァァ!!!」
鈴音は発狂し、頭を掻きむしりながら廊下を全力疾走で駆けていく。
「おい鈴!廊下を走るな!」
一夏も又、廊下で危険行為を繰り広げている幼馴染を止めるべく、早歩きでそのまま続いた。
―――――篠ノ之束の某ラボ―――――
盲目の少女が銀色の美しい髪を棚引かせながら、短い歩幅で重厚な自動扉へと向かう。少女がその扉にある程度近付くと文字通りに自動扉が真横にスライドし、薄暗い内装が露わになる。
「おんやぁクーちゃん!どしたのどしたの☆」
するといつも通り機械の兎耳を付けた束が、これまたいつも通りな感じでクロエに近づく。傍に居たジュロもそんな束に釣られて、クロエが佇む入り口の方へと向かう。
当のクロエはどこか恥ずかしそうに、束の研究室に来た訳を話す。
「…眠れなくて」
ボソボソと己の寂しさを主張するクロエに対し、束は「プププー」と嘲笑を堪えながら人差し指でクロエの右頬を優しく突っ突く。
「ま、タロもジロもサブロたちも居なくなっちゃったし、しゃーないって☆」
束は自分でそんな事を言うと、どうした事からしくも無く黙り込んでしまう。
余りにも長く口を閉ざす束を不気味に思ったクロエは、どうしたのか訊こうとする。
しかし、束が口を開く方が少しだけ早かった。
「…ねぇクーちゃん。私の事…恨んでるよね」
束は力無い声で、クロエに束自身の心の内を吐き出す。クロエはそんな束に怒りも哀れみも見せずに少しだけ悲しげな表情を見せながら、今度ははっきりと己の想いを口に出す。
「…確かにタロたちが居なくなったのは、私にとってこの上なく悲しいことに違いはありません」
「ですが私にとってもタロたちにとっても、貴女が一番なのです」
束はそんなクロエの言葉を聞いて、表情を隠すように視線を床へと向ける。
「貴女の為に貴女の命令で死ねたなら、きっとタロたちも本望だった筈です。そしてそれは…私も同じです。私を此処迄生かせてくれた貴女に、「死ね」と言われれば私は喜んで死にます」
《クロエ様…》
クロエの覚悟とも悲壮とも取れる言葉を聞いて、ジュロは思わずクロエの名を呼ぶ。
再びクロエは、いつまでも俯いている束に声を掛ける。母親が子供にそうする様に。
「寧ろタロたちは幸せ者です。自分たちの為に泣いてくれる人が居るのですから。今の束様みたいに」
束はクロエのそんな言葉を聞いて、俯きながら必死に言葉を紡ぎ出す。
「はぁ?何であんな奴等が居なくなった位で、この天災束様が泣かなきゃなんないのさ?寧ろ毎回喧嘩ばっかしてるタロやジロが居なくなって、済々している位だよ?クーちゃん盲目だからって、あんまし適当言っちゃいけないよぉ?」
「…でも束様の顔から涙の匂いがします」
束はクロエのその一言で、まるでダムが決壊したかの様に力無く姿勢を崩してしまう。
そして涙腺から流れ出る感情の雫をそのままに、クロエを抱き締める。
「ホント…駄目だよね…束さん。弱くて…」
束は涙声を隠そうともせずに、更にクロエに言い聞かせる。
「それとね…クーちゃん…。束さんなんかの為に…「喜んで死ぬ」なんて…言わないで欲しい」
束はそう言うと、クロエを抱き締める力を強くする。
「…良く理解しました。ごめんなさい、束様」
そう束に謝罪した後クロエは不安げな表情を束に対して向け、恐る恐る口を開く。
「昭弘様とは…もう会えないのでしょうか?」
束はそんなクロエの言葉を聞いて、今度は薄暗い天井を見上げる。そして、そのまま瞼を閉じる。だが暗い天井を見た後瞳を閉じても、結局似た闇を見ている事に変わりは無い。
1分程瞼を閉じ続けた束は、漸く瞼を開けると再びクロエに向き直る。その時の彼女の瞳は、先程の涙に被われていたソレではなかった。
束はクロエの両頬に優しく両手を当てて言った。
「アキくんはもう家族じゃない。…諦めて」
束が無情にもそんな事を言い捨てるとクロエは再び悲しげな表情を露にし、無言のまま頷いた。
その後、束はジュロに対してクロエに付いていてあげるよう指示し、クロエとジュロはそのまま研究室を後にする。
1人となった束は傍にあった椅子に力無く腰掛けると、溜息と同時に心の中身を誰に対してでもなく吐き出す。
「ホント束さんってどっち付かずだなぁ」
束はとうに覚悟を決めていた筈だった。「夢」の為にどんな犠牲も払うと。
しかし、実際の程はどうだろう。自分自身でタロたちの犠牲を選択しておきながらその結果泣き崩れ、挙げ句の果てにはクロエにまで心配を掛ける始末。
結局彼女は、未だ割り切ることが出来ていないのだ。夢を叶えたい。けどその為に、出来れば家族を犠牲にしたくない。出来れば昭弘にもう一度会いたい。そんな想いが、未だに彼女の中でドロドロと燻っているのだ。
そして次の台詞こそが、束が割り切れていない何よりの証拠だった。
「サブロ、シロ、ゴロ、せめて箒ちゃんだけでも……護ってよね」
束の計画により、世界が大きく乱れる事は束自身1番良く解っている。間違いなく世界を巻き込む大戦が起きるだろう。そんな中、IS学園に被害が及ばない保証など何処にも無い。
天才故に、天災故に、何だって手に入った少女『篠ノ之束』。そんな彼女は「選択」と言う概念そのものから、余りにもかけ離れすぎていた。
―――夢も、妹も、家族も、何一つ失ってなるものか
そんな切望にも似た彼女の想いは哀しい程に勢いを増し、選択と言う概念を飲み込んでいった。
私の構成力では、10000字で纏めるのが精いっぱいでした。
次回は買い物回です。ようやくだ・・・ようやく昭弘を日常に引き戻すことができる。皆さん、長らくお待たせしてしまい、面目次第も御座いません。
あと、次回でタロとジロに対する昭弘の想いもしっかりと描写しますので、どうかご安心を。