IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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皆さん大変お待たせしました!

買い物回です。ゴーレム要素はありません(大嘘)6人分の私服のコーデ考えるのスゲーキツかったゾ~。

あと、相変わらず文章構成クッソガバガバで、すみません。


第14話 決壊

―――――5月1日(日)―――――

 

 IS学園裏門にて、一夏は黒いレザーベルトで固定された腕時計を凝視していた。時刻は09:01を指しており、黒い文字板を覆う透明なケースに雲一つ無い澄んだ青空が薄く写る。

 

「やっぱ30分前は早過ぎたんじゃない?」

 

 隣で所在無さげにしていた鈴音が、一夏にそう声を掛ける。

 2人共私服に身を包んでおり、一夏は黒のチノパンと白のウエスタンシャツをシンプルに着こなしていた。鈴音は白いデニムのホットパンツとショッキングピンクのバルカン・ブラウスを着ていて、一夏と比べるとかなり派手さが目立つ。

 

「けど、言い出しっぺであるオレたちが最初に集まっとくべきだろ?」

 

「皆も誘うって言ったのはアンタよ」

 

「…スマン」

 

 約束とは言え、一夏と2人きりではない鈴音は若干不機嫌な様子だ。

 

 箒と違ってコミュ力の塊である鈴音は、他人と関わることに抵抗はない。しかし大好きな異性と2人きりで居たい想いは、やはり女としての性なのだろう。

 鈴音は今更になって「ちゃんとデートって言えば良かった」と後悔してみる。

 

 2人がそんなやり取りを繰り返してから10分後、セシリアと本音の影が少しずつ一夏と鈴音に近づいて来る。

 

 本音は相変わらず袖のダボダボなパーカーにハーフパンツで、フードには獣耳が付いていた。

 セシリアは白のシャツジャケットを羽織っており、青く真っ直ぐなタイトスカートを履いていた。

 

 

 2人が裏門に到着すると鈴音は顰めっ面を喜色溢れる笑顔に切り替えながら、セシリアたちに挨拶となる第一声を掛けた。

 対してセシリアと本音も、慣れた具合で短い自己紹介を済ませた。

 

「にしてもアンタたち、そんな格好で暑くないの?アタシが暑がり過ぎるだけ?」

 

「お洒落は暑さや寒さを耐えてこそだと、私は考えております」

 

「暑いけど可愛いでしょ~?」

 

 滑らかに会話を進めていく3人の社交性の高さに、一夏は苦笑いを浮かべながら尊敬にも似た感心を覚えた。

 反面、中々姿を見せない昭弘と箒を心配する。

 

(箒の奴、オレより早く起きてた癖に「先に行ってろ」って…そんなに服装に拘る奴だったかな?昭弘は…ノックしたときの反応からしてまさかの寝坊か?)

 

 

 

 裏門へと続く道を、昭弘と箒は早足気味に進んでいた。

 昭弘は湿った眼差しを箒に向けながら、ため息混じりに吐き捨てる。

 

「服選ぶのにどんだけ時間掛けてんだ」

 

 箒は僅かに慌てた様子を保ったまま、昭弘に言い訳と言う名の単語の羅列を吐き捨てていく。

 

「一夏の事ばかり考えながら服を選んでたら、時間を忘れていたんだ」

 

 そんな事をお互いに言い合いながら、昭弘は白いTシャツと迷彩柄のカーゴパンツを、箒は水色で七分丈のジャケットと黒のミディスカートを各々小刻みに揺らしながら歩を進める。

 

 そんな中、ふと箒は自身の中で燻っている感情に違和感を覚える。

 今、箒は緊張している筈。自分の服装に対する一夏の反応を、他の何よりも意識している筈だ。なのに…

 

(()()()()()()()()のは何故だ?)

 

 それは既に昭弘に服装を見られているからである。

 昭弘への想いに無自覚な箒がその理由に勘づく筈も無く、箒は謎の違和感を抱えたまま一夏たちと合流することになる。

 

 その際箒はやはりと言うか鈴音と目を合わせようとせず、鈴音も箒と無理に話そうとはしなかった。

 

 

 

 IS学園人工島から日本本土へと延びる長大なモノレールを滑らせること約30分。一同は高低入り乱れなビル郡に囲まれている駅へ到着し、その駅近くに位置する広大なショッピングモール『レゾナンス』へと向かっていた。

 

「にしても昭弘の筋肉スゲェよなぁ。Tシャツパッツンパッツンじゃん」

 

「さっきも同じこと言ってきたが、そんなに凄いもんなのか?」

 

「ねーねーアキヒー『おっぱい』の筋肉触ってもいい~~?」

 

「…布仏よ、ちゃんと『胸筋』と言ってくれないか?」

 

 昭弘の筋肉で盛り上がる一夏たちを箒、セシリア、鈴音たちは濁り切った瞳で後方から眺めていた。

 だが無理もないのかもしれない。折角一夏の為に服装にいつも以上の気合いを入れてきたと言うのに、当の一夏は昭弘の筋肉に夢中だ。想い人に振り向いて貰えない徒労感に加え、魅力で男に負けた事への屈辱が追い打ちを仕掛けてくる。

 

 そんな中、先に行動を起こしたのはセシリアだった。

 彼女は昭弘を押し退けて彼らの間に割り込むと、にこやかに一夏の右腕を両腕で抱え込む。

 

「そう言えば一夏。未だ私のコーデの感想を聞いておりませんでしたわ。さぁさ是非!」

 

 朴念仁の一夏は一瞬呆気に取られるが、少しだけ悩んだ末にやはり朴念仁らしい感想を述べる。

 

「…似合うけど、暑そうだよなセシリアの服装!」

 

 一夏の微妙な反応が予想外過ぎたのか、セシリアも又苦笑いを浮かべながら種類は違えど微妙な反応をしてしまう。

 

 セシリアが前に出たことで、箒は鈴音と共に取り残される。気不味い空気の中、箒はチラリと一瞬だけ鈴音に視線を移す。

 すると其処には、目を細めて箒の顔を凝視している鈴音の姿があった。睨んでいると言うよりは、何かを探っていると言った感じだ。

 

「な、何だ?」

 

 箒は、声のトーンを低くして威嚇する様に訊ねる。

 

「うーん…やっぱ何でも無いわ。それより早く進まないと逸れるわよ?」

 

 鈴音は箒の反応をさらりとは躱すと、前方の昭弘たちにとっとと合流するよう箒に促した。

 

 

 

「一夏、私にもジーンズが似合うかどうか、御検討宜しいでしょうか?」

 

「ちょっと一夏ぁ。これ試着するから見てくんない?」

 

「見てオリムー、猫耳ぃ~~」

 

「分かったから一人ずつにしてくんない!?」

 

 駅から歩くこと10分。会話に夢中だったからか、気が付けば昭弘たちはレゾナンスに到着していた。

 並んでいる様々なテナントの一区画にて、やはりと言うべきか女性陣は早速今流行りのコーデを試している。そんな物色している少女たちに()()()()タイミングを、女性店員が棚の影から虎視眈々と窺っている。

 

(…やっぱ慣れないもんだな。こう言うのは)

 

 そんな女3人男1人を遠目に見ながら、木造りのベンチに腰掛けた昭弘はそう内心呟く。

 

 今回昭弘が参加したのは、決して時間を持て余していたからではない。件の事件において勝手にMPSを起動させた罰則として、反省文を20枚以上書かねばならないのだ(襲撃者撃墜の功績から、謹慎処分等には至らなかった)。今朝の寝坊も、深夜までそれを書いていた為である。

 更にはサブロたちの今後について、整備課との綿密な調整や引き継ぎ等も行わねばならない。

 要するに多忙なのだ。

 

 それでも合間を縫って今此処に居るのは、ただ単純に箒や一夏たちと一緒に居たかったからだ。ただ一人苛まれながら「伝える瞬間」を待っているだけでは、心が圧迫に耐え切れず破裂してしまう。

 

 

 そんな中心配そうに見詰めてくる箒に対し、昭弘は平静を装う様に小さな笑みを浮かべながら答える。

 

「…お前も一夏に服でも選んで貰ったらどうだ?」

 

「はぐらかさないでくれ。お前何かソワソワしてないか?やることでも残っているみたいに…」

 

 箒にそう言われて、昭弘は「つくづく自分は隠すのが下手な男だ」と思った。それとも余程傷心の類が表面にまで出てきているのだろうか。

 

 今の昭弘の気持ちは、一度水に沈めば底に着くまで延々と沈んでいく石と同じだ。駄目だ、もっと軽くすべく癒さねば。今だけは忘れなければ。箒たちに心配を掛けない様にせねば。

 そうして昭弘は焦燥感溢れる表情を意識的に消し飛ばし、普段の不器用そうな笑顔を箒に見せる。

 

「オレも何か服でも見てくる」

 

 そう言って一夏たちと合流しようとする昭弘を、箒は慌てて止めようとする。

 

「待て昭弘!未だ私の質問に答えてな…」

 

 昭弘に意識を集中させていた箒は、自身の直ぐ左横から突き刺さる視線に大分遅れて反応する。そこには、いつの間にか先程と同じく自身を凝視している鈴音の姿があった。

 

「何なのだ貴様は!さっきから人をジロジロと…」

 

 ズイと迫る箒に対し、鈴音は表情を変えないまま昭弘たちの方角をチラリと見やる。そうして自分たちとはそれなりに距離がある事を確認すると、再び箒に向き直って口を開く。

 

 

 

アンタ昭弘の事好きでしょ?

 

「…………へ?」

 

 

 

 自分が、昭弘の事を、好き。解釈は色々ある。友として、家族として、兄弟として。だが鈴音にそう突き付けられて、何故か箒はそれらを第一候補として挙げられなかった。

 混乱の渦の中、箒は壊れたラジカセの様に何度も何度もその文面を脳内で繰り返す。

 

 声を漏らしてからどれ位経っただろうか。箒にとっては短すぎるその間も、実際には鈴音がイラ立ち始める程時間が経過していた。

 痺れを切らした鈴音が箒の左頬を軽く2回叩く事で、漸く箒は声を発することができた。

 

「い、いやいやいや!なな、な、何を訳の分からない事を言っているッ!?」

 

 動揺しながらも激しく否定の意を示す箒に対し、鈴音は自身が観察した結果を冷静に述べる。

 

「だってアンタさっきから昭弘の事ばっか気に掛けてるじゃない?」

 

「特別気に掛けてる訳では無い。一人で居るから「友人」として放っておけなかったのだ!」

 

「じゃあ何で指摘されてそんな茹でダコみたいになってんのよ」

 

 鈴音の淡々とした受け答えが、徐々に箒を追い詰めて行く。箒は鈴音の包囲網を突破すべく、「急に顔が赤くなった他の理由」を必死に考える。だが遂に何も思い付かなかった箒は、歯軋りしたまま下を向く。

 そんな箒が少し居た堪れなくなったのか、鈴音は溜め息交じりに助け舟を出す。

 

「…別に良いんじゃない?好きな人が何人居ようが。最終的にはその中から1人を選ばなきゃならないんだろうけど。アタシとしても「一夏が欲しいから昭弘とくっ付いて欲しい」なんて無粋な事言うつもり無いし」

 

 どうやら、勘付いたからどうこうしようって訳ではないらしい。助け舟とまでは行かなかったかもしれないが、鈴音のそんな言葉で箒は少しだけ落ち着きを取り戻した。

 更に鈴音は続ける。

 

「後ね、アタシの言う事あんまし気にしなくていいわよ?悪い癖でさ、気になる事があると余計な口が開くのよ。アタシのせいでアンタがアルトランドに変な意識向ける様になるのも、どうもね…」

 

 鈴音は言うだけ言うと、一夏たちの下へ戻って行く。

 

 どうにか普段の心へと戻りそうな箒は両手で己の両頬を叩き、頭の靄を振り払おうとする。

 鈴音の言う通り、一々他人の言葉に惑わされてはいけない。昭弘は大切な「友達」なのだから。きっとこれからも。

 

 箒は自身にそう厳しく言い聞かせ、靄を振り払ったつもりになった。

 

 

 

 一通り買い物を終えると、一同は腹拵えをしていた。チョイスは「しゃぶしゃぶ」屋だが、日曜日と言うこともあって時刻が13:00を回っていても未だ混んでいた。

 

「?…なぁ肉ってのは焼くもんじゃないのか?」

 

 確かに何処にも「鉄板」らしき物が見当たらない。

 

 昭弘の素朴な疑問に対し皆一時唖然とするが、直ぐに「昭弘がしゃぶしゃぶに行ったことが無い」という事実を察する。そんな中、一夏が率先して昭弘の疑問に答えて行く。

 

「ここでは肉を「焼く」んじゃなくて「茹でる」んだよ。焼肉とは大分食感が違うけど、サッパリしてて美味いんだぜ。オレと鈴が茹でるから、皆適当に取ってってくれ。こういうの慣れてるだろ?鈴」

 

 昭弘に良い所見せたいと言う一夏の思惑を悟った鈴音は、渋々手伝う。言われなくても彼女なら自主的に捌くのだが。

 

 一夏と鈴音は食材を捌きつつ昭弘にしゃぶしゃぶの食べ方を教えていく。

 箒は肉や野菜を取りながらも、何か手伝うべきかとチラリチラリ一夏たちに視線を移す。

 本音は構うことなくマイペースに食べ続けていた。

 

 そんな中、セシリアが昭弘に口を挟む。

 

「まるで大きな「お子ちゃま」ですわね。恥ずかしくありませんの?」

 

「…悪かったな」

 

 セシリアが嘲笑しながら皮肉を口にすると、昭弘は顔を顰めて短く返す。

 

 しかし、その僅か数分後。

 

「アッツッ!アッチチ!ファ、凰さん!!何やら激しく沸騰しておりますわッ!溢れてしまうのではなくて!?」

 

 しゃぶしゃぶに慣れていない英国貴族は、鍋の中で盛り上がる熱湯の塊を見て喚き散らす。

 

「落ち着いて!火弱めるから。アンタもう危なっかしいから下手に手出さないで!」

 

 鈴音に叱られ、らしくも無くしょぼくれるセシリア。そんなセシリアを見て、昭弘はニヤつきながら次の言葉を言い放った。

 

「無理すんな「お子ちゃま」」

 

 その直後、昭弘とセシリアの間で不毛な罵り合いが始まった。

 真ん中で懸命に茹でる鈴音は、6人用のテーブルで対角線を作る啀み合いの被害をモロに受けた仕返しとして、昭弘とセシリアには一切具材をよそわなかった。当然怒鳴り散らした上でだ。

 

 

 

 帰りのモノレール内にて、昭弘一同は大量の紙袋を抱え込んでいた。

 久しぶりの外出でストレスが発散できたからか、皆疲れの表情に爽やかさを色濃く残している。

 

 ただ一人を除いて。

 

 セシリア自身、一夏と昭弘の仲が良い事はとうに把握している。しかしあの模擬戦以降、セシリアも一夏には多大な好意を以て接しているつもりだ。それなのに未だ一夏からセシリアに接してくる割合は、昭弘と比べるとかなり少ない。

 セシリアはその事実がどうにも気に食わなかった。「こんなにも一夏を愛しているのに何故?」と。

 

 何が足りないと言うのだろうか。人としての魅力か、性の壁か、それともISの技量か。

 

 確かにIS・MPSの技量に関しては、昭弘に大きく天秤が傾く。

 今までほぼ互角であった両者の均衡は、あの学園襲撃事件を切っ掛けに崩れ去ってしまった。あの異次元的なまでのグシオンの機動・パワー・俊敏性。少なくとも今のセシリアとブルー・ティアーズでは到底届く事の無い領域であった。

 

 セシリアは額に手を当てながら、昭弘と楽しそうに話す一夏の横顔を見つめる。

 もし自分が昭弘より強くなれば、一夏はその笑顔を向けてくれるのだろうか。セシリアのそんな考えは、最早推測の域すら出ない。何の根拠も無い、単なる思い付きに等しかった。

 

 セシリアがあれこれ考えていると、いつの間にか本音がセシリアの顔を下から覗き込んでいた。

 

「セッシー怖い顔してるけど大丈夫~?」

 

 そう言われて初めてセシリアは今自身がどんな顔をしているのか気付き、本音に苦笑を漏らす。

 

「…私がもっと強くなったら、一体どうなるのだろうと考えていただけですわ」

 

 そんなセシリアの言葉に対し、本音は迷うこと無く満面の笑みで堂々と返した。

 

「セッシーがもっと強くなったら、もっともぉーっと恰好良くなるね~!だって『セッシー』だもん」

 

「!」

 

 本音の無垢な笑顔と共に放たれたその一言で、セシリアの悩みは呆気なく消え去った。

 

 そうだ、自分は次期国家代表最有力候補『セシリア・オルコット』。その自分が更に強くなってどんなデメリットがあるのか。唯でさえ完璧な自分がその上更に強くなれば、最早落とせない男など居はしない。

 どの道、国家代表を目指すには更に実力を付けねばならないのだ。何より負けっぱなしは自分の性に合わない。何にしても「勝って」こそ、真の自分だ。

 

 強くなろう。IS乗りとしても、人間としても、女としても。

 そしていつもセシリア・オルコットを見てくれている本音(この娘)の為にも。

 

 セシリアは本音に柔らかい笑顔を向けて礼を言った後、紙袋の紐を握る手に力を込め今度は昭弘に鋭い眼光を送る。それは入学初日に向けた濁り切った眼光では無く、“倒すべき好敵手”に向ける覚悟の込もった眼差しであった。

 

 

 

 

―――17:08 IS学園

 

 千冬は昭弘と本音を従えて、学園端に在る格納庫へと早足で進んでいた。

 

「私も驚いた。まさか僅か一日でゴーレムの地上格納庫への移動許可が下りるなんてな」

 

 1時間だけと言う条件付きではあるが。

 ただ、ウイルスや自爆装置等も見当たらず、意思疎通も極めてスムーズに進んだそうだ。千冬が薄気味悪さを感じる程に。

 

「えへへ~無人ISと会話するの楽しみ~」

 

 一応生徒会の書記であり整備にも詳しい布仏も、今回ゴーレムとの対面に参加することとなった。その名の通り本音は駄々洩れだが。

 

 会話を続けながら早足で進んでいた彼等は、あっと言う間に格納庫へと辿り着いていた。

 格納庫には整備課の教員が数名と、生徒会長である楯無が居た。

 

 昭弘はその中に一人、髪色がやけに印象的な少女を見かける。

 

(うん?…アイツも1年か)

 

 楯無と何処か似ているその「水色の髪の少女」は、格納庫の隅っこで針葉樹の如く静かに立っていた。

 

 しかし今の昭弘はいつまでも他人に関心を引く程、心の余裕が無い。その少女を一瞥だけすると、昭弘は心臓の鼓動を早くしながら正面の「ユニットハウス」の様な黒い直方体に近づく。

 直方体は近くで見ると極めて重厚感があり、扉の近くにはパネルの様な物が付いていた。話によると、IS学園の地下施設に直接通じているとか。

 

 千冬は、物体の中に居るであろう教員に「出せ」と連絡を取る。

 

 楯無や未だゴーレムと接していない教員が身構える中、千冬は特に之と言って緊張している様子も無くただ静かに扉を見つめていた。

 しかし、昭弘にはこれ迄とは違った緊張が直走る。記憶を失った家族と、一体どう接すれば良いのか。何を話すかは事前に決めていても、“接し方”だけは実際にやってみなければ分からない。

 

ウィーン

 

 昭弘が緊張を抑えるのに四苦八苦している内に、その重厚そうな扉が真横にスライドして開かれる。

 

 先ずは中から先導役らしき整備課の教員が出てきた。

 その教員の合図で黒い物体の中から夫々「水色に白斑点」「深紅に白の2本線」「黄緑色で胸部に白の星」の模様をした全身装甲ISが、長い腕を小さく揺らして歩み出る。

 その内、水色に白斑点の模様をした1体が昭弘に声を掛ける。

 

《初メマシテ。ボクハ『XFGQ-03 機体識別名:SA.BU.RO.』ト申シマス。以後オ見知リオキヲ》

 

 他の2体も、続いて自己を紹介する。

 

《『XFGQ-04 機体識別名:SHI.RO.』ダ。オレノ「紅イボディ」ヲ気ニ入ッテ貰エタラ嬉シイ》

 

《同ジク『XFGQ-05 機体識別名:GO.RO.』ト申シマス。整備課ノ皆様トハ、トテモ有意義ナ時間ヲ過ゴサセテ頂キマシタ》

 

 いかにもな機械的で抑揚無い声を流暢に使いこなす彼等を目の当たりにして、楯無は言葉を失ってしまう。

 

(本当に無人ISなのか、疑いたくなるレベルね)

 

 まさか冗句や感想まで織り交ぜてくるとは。実は中に人が入っている、なんてオチまで彼女は考えてしまう。

 

 3体の軽い自己紹介が終わると、昭弘は少しの間顔を俯かせる。記憶を失っていると事前に聞いてはいるものの、実際に会って「初めまして」と言われると精神的なショックは何倍にも膨れ上がるようだ。

 それでも昭弘は、駄目元で訊いてみることにした。

 

「…『昭弘・アルトランド』だ。失礼を承知で訊くがオレの事、覚えているか?」

 

 昭弘がそんな質問をすると、ゴーレムたちは人間の様な仕草でお互いのカメラアイを見合う。

 互いの無機質なカメラアイから何かを見出せた訳でもないが、サブロは質問に答える。

 

《…申シ訳ゴザイマセン。貴方トハ本日ガ初対面ノ筈デスガ》

 

 やはりと言うべきか、返って来たのは昭弘にとって残酷な一言。昭弘の顔を見て名前を聞いて思い出してくれる程、現実は生易しくないらしい。

 昭弘は再び俯いた後、3体に謝罪の言葉を贈る。

 

「いや、此方こそすまなかった。気にしないでくれ」

 

 その後も自己紹介は続き、IS学園残留が決定した場合の流れなども軽く話し合われた。

 

 

 

 ある程度話が纏まり昭弘と千冬以外の人間が解散すると、この状況を狙っていた昭弘は千冬に切り出す。

 

「織斑センセイ。ゴーレムたちと、少しだけ話してもいいですか?できれば、あの黒い直方体の中で」

 

「構わないが一応私も立ち会わせて貰うぞ?中からは自動で出られるから安心しろ」

 

「…分かりました」

 

 千冬が条件付きでお願いを聞き入れると、昭弘は疎ましそうに彼女を見る。出来る事なら誰にも見られなくないし、聞かれたくもないのだろう。

 そう察しながらも、千冬はその黒い物体のパネル部分に左手を翳す。機械音と同時に扉がスライドすると、2名と3体が中に入って行く。

 

 

《アルトランド殿、話トハ?》

 

 サブロが昭弘に訊ねるが、昭弘は未だに無言を貫いたままだ。

 暫く沈黙が続くかと思われたが、千冬やサブロたちの予想は大きく裏切られる事となった。

 

「!?」

 

《 《 《!!?》 》 》

 

 皆が驚くのも無理はない。昭弘がいきなり両膝を付き、首を垂れて来たのだから。

 千冬が昭弘を問い質すよりも早く、昭弘が先に口を開く。

 

「お前達ッ!…本当にッ……すまなかった!」

 

 唐突な土下座に続く大音量の謝罪によって、皆の驚愕はいよいよ頂に達しようとしていた。しかし皆の反応など構わずに、昭弘は尚も独壇場を維持する。

 

「オレはお前たちの家族を…タロを殺してしまった。ジロも死なせちまった。どうにか……止めようとしたが…駄目だった…」

 

 昭弘の表情は本人が俯いているせいで良く見えないが、濁りの無い透明な雫がポタポタと床に落ちていた。サブロたちはその床に出来たシミを見つめながら、昭弘の言葉に耳を傾き続けた。

 

「もうお前たちに…家族の記憶が無い事は分かっている。今のオレの行動なんざ意味不明だろうさ…。それでもッ…ずっと謝りたかった」

 

 昭弘は己の内に蔓延っている感情を、濁流の様に吐き出していく。

 悲しむ余裕が無かっただけではない。この学園には、タロとジロを失った悲しみを吐き出せる相手が居なかったのだ。それはそうだ。誰もタロたちを知らないのだから、誰にとっても無人ISなんて機械でしかないのだから。共感してくれる筈が無い。

 純粋な謝罪の気持ちには、そんな昭弘の中に溜まっていた哀惜も過分に含まれていた。

 

 更に昭弘の激情は増大し、言葉による表現もより過激さを増していく。

 

「赦して貰えるなどと思っちゃいない。今この場でお前たちに殺されたとしても…文句なんざ一言も口にしねぇ……」

 

 そう言うと、昭弘は頭をサブロたちの足下に向ける。まるで「殺してくれ」と懇願する様に。

 千冬は驚愕に表情を任せつつも、念の為携えていた警戒棒を構えながらサブロたちを睨む。

 

 硬直状態が続き、息苦しいまでの沈黙が昭弘と千冬を襲った。

 

 しかしサブロが発する機械音声により、その状態はアッサリと途切れた。

 

《……「アリガトウ御座イマス」昭弘様》

 

 意外な一言であった。

 少なくとも昭弘は、彼等に感謝される様な事はしていない。寧ろ今自分がしている事は、彼等にとってはとんだ傍迷惑だろうに。

 

 サブロの想いを代弁する様にゴロが続く。

 

《確カニ記憶ノ無イ我々ハ、怒レバ良イノカ悲シメバ良イノカ赦スベキカ赦サナイベキカ解リカネマス》

 

 続いてシロが、その代弁に加わる。

 

《ダガオレタチノ中デハ今、確カナ“嬉シサ”ガ渦巻イテイル》

 

 「嬉しさ」という単語を耳にした昭弘は、少しずつ頭を上げていく。

 

《機械デアルオレタチノ為ニ泣イテクレル人ガ居ルト言ウ事。ソレガタダ嬉シイ》

 

「…」

 

 尚も姿勢をそのままに沈黙を続ける昭弘に、サブロが歩み寄って腰を屈める。

 

《ダカラ今ハソノ気持チダケデ十分デス。改メテ謝ルノハ、僕タチガ全テヲ思イ出シタ時ニシテ下サイ。ソレガ済ンダラ、『タロサン』ヤ『ジロサン』ノ話ヲ沢山シマショウ》

 

 その言葉を最後に、3体は地下施設へと続くエレベータの前まで歩を進める。そのタイミングを見計らって、今度は千冬が昭弘に歩み寄る。

 

「…私もこのまま彼等に付き添うが…お前の方はもう大丈夫か?」

 

 千冬の声掛けに対し、昭弘は無言のまま小さく頷く。

 

 

 千冬たちが地下施設に移動した後、昭弘は暫くの間一人でその場に座り込んでいた。

 全てを吐き出した今の昭弘の中には虚無感と安心感、そして僅かな寂しさが残っていた。

 

 

 中でも一番色濃く残っている感情は、記憶を失ってもそんなに変わっていない家族への“嬉しさ”であった。




今回一夏の影が薄かったけど、ラウラ編辺りから一夏の抱える闇を皆さんに見せて行けるかと思います。
簪さんは、一応容姿だけ出しときました。生徒会でも整備課の人間でもないけど、楯無の妹だし整備得意だし、ま、多少はね?

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