普段よりも変態的な描写が多い気がするので、そう言うのが苦手な人はご注意を。
───5月9日(月) 20:43 212号室前───
ラウラとシャルルがIS学園に転校してから、漸く1日が過ぎようとしていた。
昭弘は放課後の訓練を終えた後、ラウラが5時限目終了時にサラっと口にした「212号室」前まで赴いていた。
他の部屋と何ら変わりない扉を前にして、昭弘は立ち止まる。今部屋に居るだろうか、居たら追い返されるだろうか、ルームメイトは誰であろうか。数秒間の沈黙でそんな事を思い浮かべた後、昭弘はインターホンに翳していた指に力を加える。
ピィィン…ポーーーン
重々しいチャイムが部屋の内外で異なる音を奏でた直後、子機のスピーカーから少年の様に若々しい声が機械音と交わりながら漏れる。
《…ちょっと待ってろ》
子機に備え付けられたカメラで昭弘を確認したラウラは、何故か疲れ果てた声でそう一言だけ述べた。
その時、微かに黄色い声が混じっていたのを、昭弘は聞き逃さなかった。
そうして玄関扉が内から開かれた。
直ぐ下に視線を移すと、寝間着姿の小柄な生徒が疲労を滲ませた顔を隠そうともせずに昭弘を見上げていた。シャワーも既に浴びたのか、長い銀色の髪は目視で確認できる程度には湿っていた。
その目は、昭弘の到着を待っていた様にも見えた。
「上がれ」
「…邪魔する」
随分すんなりと自身を上げてくれた事に疑問を抱く昭弘であったが、そんな疑問を一旦隅に追いやってラウラに続く。
「あっ!こんばんはー昭弘さん」
「あ…こ、こんばんはアルトランドさん…」
部屋には1組のクラスメイトである相川と、同じく1組のクラスメイトである『鏡ナギ』が既に寝巻姿のまま我が物顔で寛いでいた。
鏡はショートヘアーの相川とは対照的に、黒髪ロングで椿色のヘアピンを付けていた。相川とは違い整備科志望の彼女だが、昭弘には未だ苦手意識を持ち合わせている様子。
「悪いな邪魔して。どっちがボーデヴィッヒのルームメイトだ?」
昭弘が今頭の中に浮かべている疑問点を相川に訊ねると、相川は腕を組んで得意げな表情をする。
「聞いて驚かないで下さいよ?何とッ!私とナギとラウラ!3人で一部屋扱いなんですよぉ!」 「名前で呼ぶなと言っている」
何故3人部屋なのか昭弘が訊ねようとする前に、相川がこれまた得意げに答える。
「ラウラとシャルルくんって、急遽入学が決まったじゃないですか。空き部屋なんてどこにも無いって話で、私たちの部屋に捻じ込む事になったんですよぉ!」
つまり元々212号室は、相川と鏡の部屋だったのだ。
実際IS学園学生寮の部屋は、流石と言うか2人部屋とは思えない程広く設計されている。実際この3人部屋は、昭弘から見ても手狭には思えない。
「私としては勿の論大大大歓迎ですよぉ!」
「3人部屋の方が楽しそうだしね」
相川も鏡も、3人部屋にはさして抵抗が無い様だ。
しかし、当のラウラは抵抗感剥き出しでぐったりとしていた。煩くて敵わないのだろう。
「お前を部屋に上げた理由も、こいつらの話し相手をして欲しかったからだ」
ラウラの気ダルげな苦情に、相川が駄々を捏ねる。
「ヒッドォーーイ!」
「ラウラ?清香から「お喋り」を抜いたら「スポーツ観戦」しか残らなくなっちゃうから、大目に見てあげて?」
彼女たちの反応に舌打ちを大きく鳴り響かせながら、ラウラは踵を返して移動する。
「小便」
そこまで言うと、ラウラは洗面所のドアを乱暴に閉める。
昭弘はラウラが戻って来る迄の短い間、彼女たちと何を話すか考えていた。相川は兎も角、鏡とは接点が殆ど無いので中々話題が口から出て来ない。
そんな中最初に口を開いたのは、やはり双方と親しい相川であった。
「そう言えばラウラって、結局「どっち」なんですかね?」
すっかりラウラの性別の事を忘れていた昭弘は、相川の素朴な疑問に脳を揺すられて思考がSHR時にまで戻る。
ガチャッ
ラウラはドアを開けた後、ノソノソと自身のベッドに向かって行った。
そんなラウラの行動に昭弘は何も思うことは無かったが、女性である相川と鏡は不審な点を見つける。
そしてとうとう、相川が自身の持つ疑問点を口にする。
「…トイレ…早くない?1分も経ってなかったよ?」
ラウラはその疑問の意味が解らないまま、返答する。
「さっき“小便”と言った筈だが?」
「いやそうじゃなくて!普通「お花摘みに行く」時、ほら…その…“拭く”なり何なりで、2分近くは掛かるじゃない?」
少々恥ずかしそうにしながら、相川はラウラとの会話を噛み合せるべくそんな事を口にする。
相川の言っている意味を何となく理解したラウラは、さも当たり前の様に答える。
「それは“女”であるお前たちならばの話だろう?」
ラウラの返答を聞いて、3人共ほぼ確信を持った。そして重力が反転する程の混乱が、彼女たち2人の脳細胞に襲い掛かる。
そんな彼女たちを余所に、昭弘は今一度洗面所に連れて行こうとラウラの左腕を鷲掴みにする。
有無を言わせず自身を洗面所へ連れてきた昭弘に対し、ラウラの機嫌は斜めどころか垂直に角度を変えていた。
昭弘はそんなラウラに臆する事無く、自身の中で渦巻いている疑問を口にする。
「単刀直入に訊くがお前……“男”か?」
その一見馬鹿馬鹿しい質問は、昭弘にとってはこの上無く重要なモノであった。
しかしラウラにとっては一見通り余りにも下らなさ過ぎる問い掛けであったので、声に更なる苛立ちを募らせながら答える。
「男に決まってるだろ阿呆か?」
自身の予想があっさりと当たってしまい、長く重い溜息を吐いてしまう昭弘であった。別に男がいい女がいいと言う趣向はこの男には無いのだが。
しかし
「全裸になれ」
「は?」
ラウラは右耳を前方に傾けながら、昭弘の発言の正当性を求める。
「悪い訂正する。“男性器”を見せろ。お前が“男”であると言う確証が欲しい。明日何か奢ってやるから…」
「チッ…まぁ良いだろう。言葉をそのまま鵜呑みにするのは無能の所業だ。「確認」は大事だからな」
(良いのか…)
意外な程あっさりと、ラウラは昭弘の要求に応じる。昭弘からお願いしておいて何だが、やはりどこかズレた奴である。
そして何の躊躇も無く、股間のファスナーを勢い良く下げる。この「男に対する恥じらいの無さ」も、ラウラが“男”であると言う確証になり得た。
そして社会の窓からチョコンと姿を覗かせている「肉の塊」を、昭弘は然と目に焼き付けた。
もう間違いは無い。『ラウラ・ボーデヴィッヒ』は歴とした“男性”だ。
ラウラに言っておきたい事、訊きたい事は山程ある昭弘であったが、一先ずは彼女たちに真実を伝えるべくラウラと共に洗面所を出る事にした。
「……嘘…ですよね?」
「ハハハ!まっさかぁ!」
相川と鏡の反応は多少異なっていたが、「信じられない」と言った思いは一致している様であった。
そんな2人の反応を掻き消すが如く、昭弘は冷徹に真実を突き付ける。
「間違い無くボーデヴィッヒは男だ。洗面所で“男性器”を確認済みだ」
昭弘の口から発せられた重低音が、彼女たちの耳を通じて身体全体で幾重にも響き渡る。彼女たち2人は唯唯黙り込み、まるで時間が静止したかの様に身体を硬直させてしまった。
そんな重苦しい雰囲気をまるで意に返す事なく、ラウラは呆れ果てる。
「何だ貴様ら、今の今迄私を女だと思っていたのか?」
そんなラウラの反応に対し、ここぞとばかりに昭弘が口を開き始める。お前な普通そう思うだろうと。
「長い髪に、華奢な身体、高い声に「私」っつー一人称。おまけに…同性にこう言うのは気恥ずかしいが、顔立ちも整っていると来た」
昭弘の長ったらしいクレームに対し、ラウラも又長々と正当性を主張し返す。
「制服はちゃんとズボンをはいているだろう?抑々私は軍人だからな。軍人たるもの、一人称から口調まで常日頃から厳然たる態度で居なければなるまい。髪は元々切る習慣が無かったんでな。体つきや顔立ち、声帯に関しては最早どうしようもない。抑々、ちゃんと学園には「男子生徒」として籍を置いているぞ?気付かない貴様らが悪い」
思い起こしてみれば、ラウラが男であると言う兆しの様なものはあったのだ。
1時限目前の着替えもとっとと教室で着替えたのではなく、単に先に移動して男子更衣室で着替えただけの話だ。2時限目終了時の着替えも、後片付けを上手くサボって先に男子更衣室で着替えたのだろう。それに男子用のトイレも、何故かしっかり把握していた。
籍に関しては、余りに急過ぎる転入のせいで生徒一同確認するどころでは無かった。外見が女の子っぽいから、皆そうであろうと思い込んだのだ。
部屋割りについても同様で、最早協議する猶予すら無く殆ど適当にブチ込んだと言うのが現状だ。
昭弘もその気になればあっさりと確認の許可を取れたのだろうが、途中で性別云々に関しては後回しを選んだので今回の様なタイミングで気付かされてしまった。
そんなことを思い返していた昭弘は、未だに硬直している相川と鏡に再び向き直る。
無理も無い。1日とは言え、ずっと同性の同級生として接していたのだ。ショックを覚えない事は無いだろう。
そう思いながら、昭弘は彼女たちに何と言えば良いのか模索し始める。
しかし昭弘が話し掛けるより前に、何やら彼女たちはブツブツと呟き始める。
そんな彼女たちを不審に思った昭弘とラウラは、目を細めて耳を傾けてみる。直後。
「「超絶美少年」」
相川と鏡はお互いに向き合いながら、まるで確認するかの様にそんな単語を発した後、発狂した。
「キタァァァァァ!!!まさかの転校生がどっちも男子ッ!!どっちも美少年!!」
「神様…貴方様は本当に存在したのですね…。これで『鏡ナギ』主人公の「逆ハー恋愛小説」が完成されます…」
相川は奇声を発し、鏡は合掌しながら天井を天上と見立てる様に仰ぎ見ていた。
そんな2人を昭弘とラウラは、先程よりも2歩引いた場所からお互い同様に顔を歪ませながら唯々見ていた。
「……オイアルトランド」
満身創痍な状態で、ラウラは辛うじて声を絞り出す。
「今日一日だけで良いお前の部屋に私を泊めてくれ頼む一生のお願いだ」
ラウラが心の奥底から息継ぎせず懇願すると、昭弘はラウラの左肩に掌を静かに乗せながらその願いを聞き入れる。
そうして2人は未だに騒いでいる相川と鏡に気づかれぬ様忍び足で後ずさり、その狂った空間にそっと蓋をする。
昭弘の部屋である130号室に上がり込んだラウラは、先ずその部屋のまるで夢に出てきそうな現状に絶句する。
見渡す限り鉄、鉄、鉄。居るだけで目眩を覚える程の夥しいトレーニング器具が、其処にはあった。
自身の部屋にラウラを招き入れた昭弘は、先ずクローゼットから「寝袋」を取り出す。
どうやら先日一夏たちとレゾナンスに赴いた時、昭弘もちゃっかりと買い物に精を出していた様だ。
「何か飲むか?」
昭弘の気遣いに対し、ラウラは素っ気なく答える。
「もう寝る。寝袋、ありがたく借りるぞ」
ラウラは寝袋を近くのソファにセットし、アイパッチを外すと直ぐ様両足から身体全体を突っ込む。既に歯磨きも、昭弘が212号室へ来る前に済ませてある。
にしても、疲れているのは本当の様だ。慣れない学園生活の初日でしかも昼休みには昭弘と全力疾走で追い駆けっこをしたのだから、当然と言えば当然だが。
昭弘はラウラが眠りに就く前に、訊いておくべき事を幾つか声に出す。
「さっき「軍人」って言ってたが、その年でも入隊できるもんなのか?」
昭弘の疑問に対し、ラウラは若干眠気を帯びながらも答える。
「私の場合は色々と特殊なんだ。長くなるから詳しくは言いたくないが、『試験管ベビー』とだけ教えておこう。それ以上は面倒だから聞くな」
「…そうか」
『試験管ベビー』。
昭弘も束から聞いたことはある。確か、文字通り試験管の中で人工的に生み出された子供だ。クロエと同じ様に。
クロエの研究所での境遇を束から聞かされている昭弘は、ラウラの出生を知って居た堪れない気持ちになる。少なくとも、人並みの生活を送れなかった事は間違いないだろう。
もしかしたらラウラとクロエが少し似ている点も、何か関係しているのかもしれない。
出来ればその辺りをもっと詳しく訊きたい昭弘だが、本人に言われた通り今は訊かないでおいた。自身の疑問よりも、ラウラの睡眠を優先すべきだ。
昭弘は気持ちを切り替えて、次なる話題に移る。
「それと、デュノアの事なんだが…」
そう、クロエの話に寄ると男性IS操縦者は転校生2人の内1人だけ。その男性IS操縦者がラウラであると判明した今、シャルルは必然的に女性であると言う事になる。
「あの女がどうかしたのか?」
「…やっぱりお前も勘づいていたのか。デュノアが女だって」
少し驚く昭弘を、ラウラは鼻で笑う。
「あの程度一目で判ったぞ。この学園の女共は、余程男に飢えていると見た。瞳に「願望」と言う名のコンタクトレンズでも着けてるんじゃないか?」
随分と辛辣な言い様ではあるが、その冗談混じりな予想は恐らく正しい。
日々異性に飢えている彼女たちは、「男子」と言う甘美な響きを耳にしただけで視界に都合の良いフィルターを掛けてしまったのだ。
昭弘は心中で同意した後、本題に入る。
「デュノアの性別をバラすのか?」
昭弘の簡単ながらも真摯な問いに、ラウラはどうでも良さげに答える。
「まさか。性別を偽って転入したと言う事は、要するにIS学園を騙している事に他ならない。そうなると国家ぐるみで騙しているか、国家そのものを騙しているって事になる。どちらにしろ国際犯罪だ。そんなのに巻き込まれるのは願い下げだからバラさん。「触らぬ神に祟りなし」だ」
昭弘の漠然とした嫌な予感は、どうやら的中してしまった様だ。
この時の昭弘には、シャルルを「何とかしてやりたい」と言う思いは薄かった。
それよりも「彼女と行動を共にしている一夏の安否」「性別を偽る目的」「背後関係」等々、そんなことばかりが気に掛かった。それもその筈で、昭弘は彼女がどういう人間なのか未だ何も解っていないに等しいのだから。
ラウラ程冷淡ではないにしろ、シャルルの事で熱くなれると言われれば嘘になるのだ。
「取り敢えず、お前のお蔭でデュノアは想像以上に「ヤバイ存在」だと言う事が判った。ありがとよ」
「…フン」
ラウラの突っ慳貪な返事を聞いた後、昭弘はさっきから感じている達成感をそのまま口に出す。
「にしてもお前、随分と喋る様になったんじゃないか?そろそろオレも気に入られてきたって事か?」
そんな昭弘の言葉を、ラウラは口調を荒げて否定する。
「勘違いするな!」
「そうかい」
昭弘が適当に返すと、ラウラは少しばかり訂正するかの様に再度口を開く。
「…部屋に泊めてくれた事は、本当に感謝している」
「オレもお前のイチモツを見ちまったからな。お相子って奴さ」
昭弘が似つかわしくない軽口を叩くと、ラウラは小さな笑みを溢した。
その後暫くの間沈黙がその場を支配するが、何を思い出したのか昭弘は唐突に口を開く。
「もう1つだけ訊きたい事があったんだ。…お前と一夏はどういう…」
しかし、ラウラが夢の世界に招かれる方が僅かに早かった。どうやら、先程の沈黙は再び物事を訊ねるには長過ぎた様だ。
目が覚めている時の鋭い眼光は鳴りを潜め、其処には少女の様に純真無垢な寝顔だけがあった。アイパッチを外している事も相俟って、瞼を閉じた姿は尚更クロエの佇まいと重なる。
そんなラウラを眺めていても仕方ないので、昭弘もシャワーを浴びて寝る準備をする…訳にも行かず、課題に全く手をつけていない現実に気付く。
自身の怠惰を嘆きながらも、ラウラとの距離を僅かに縮められたと思い込む事で「負の感情」を半ば無理矢理「正の感情」へと引き上げた。
鏡さんも整備科志望にしときました。
あとすみません、昭ラウ(♂)に時間を割きすぎましたね。次回からはちゃんとシャルも描写していけたらいいなぁ。