IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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ガッツリ「アキホウ」回です。ただ、少しやりすぎましたかね・・・。
あと短くてすみません・・・。


第20話 初恋の呪縛を破れ

―――――5月10日(火) IS学園寮―――――

 

 本日も普段通りの訓練を終え既にシャワーを浴びた昭弘は、自室にて本日受けた授業内容の復習に勤しんでいた。テレビも点けずに教本を開き、授業中に引いた蛍光ペンの赤い跡をなぞるように視線で追う。

 

 そんな彼の視線を遮る様に、突如インターホンが鳴り響く。ここ最近の客人からして一夏か鈴音辺りを予想していた昭弘は、モニターを観て予想を外す。

 

(箒か。オレの部屋に来るのは久し振りな気がするな)

 

 丁度今月に入ってからだろうか。箒は、何故か昭弘の部屋に殆ど来なくなってしまったのだ。それだけならまだしも昭弘はここ最近ラウラかシャルルに付きっ切りだったので、余り箒とは話す機会が無かった。

 

 久しぶりに箒とゆっくり話せると思いながら、昭弘は嬉しさを隠しながら静かにドアを開ける。

 その先には、浴衣姿の箒が気不味げにしながら立っていた。

 

「…上がったらどうだ?」

 

 中々口を開かない箒に対し、昭弘はいつも通り部屋に入るよう促す。さも学友が学友を自室に招き入れる様に。

 しかし箒は、昭弘の部屋に上がる事を頑なに拒んだ。

 

「その…エントランスで話さないか?」

 

 十分な広さを誇るIS学園寮のエントランスホールには、複数のソファ等が用意されており壁にも巨大な「液晶テレビ」が埋め込まれている。

 何故部屋でなく態々エントランスまで赴く必要性があるのか解せない昭弘であったが、特別断る理由も無いのでそのまま部屋を出る。

 

 

 廊下を歩きながら、箒は自身の意味不明な行動に内心混乱していた。普段通り昭弘の部屋に上げて貰えば良かっただろうに。

 

 感情の変遷。

 いくら彼女が昭弘を「友人」だと主張しようが、部屋に上がるのが躊躇われると言う事は彼を「異性」と意識してしまっていると言う事だ。箒が昭弘への想いに無自覚であろうと、否、()()()()()()()()()()昭弘の部屋に上がる心の準備がまるで出来ていなかったのだろう。

 

 それでも尚、昭弘と2人で居るだけで胸の鼓動が収まらない箒。

 目が昭弘の様々な部位を艶めかしく捉える。黒いTシャツが薄く頼りないものだから殆ど露わになっている筋肉たち。鉄甲冑を彷彿とさせる腹筋、エアーズロックの如き胸筋、腕全体に纏わりつく脂肪無き大蛇たち、岩石海岸の様にボコボコした背中、首から肩へと架ける肉の橋。

 エントランスに続く廊下が、こんなにも長いものかと箒は感じてしまった。

 

 そんな箒の心情など知る故も無い昭弘は、普段通り話し掛ける。

 

「新しい部屋はどうだ?」

 

 その一言で瞬時に意識を切り替えさせられた箒は、代わりに慌ただしさを残したまま答える。

 

「ヘ!?あ、ああ部屋か。427号室なのだが、ルームメイトには良くして貰っている」

 

 先ずそれを聞けて、昭弘は安心したのか口角を僅かに上げて笑みを零す。

 そのまま彼は質問を続けた。

 

「「3人部屋」か?」

 

「ああ。2人部屋に私を捻じ込んだ形になってしまった。2人共快諾してくれたのだが、それでも面目ないと言うか…」

 

 2人が他愛もない話をしながら歩を進めていると、気が付けばエントランスに到着してしまっていた。時刻は20:50を少し回った所だが、平日と言うのもあってか誰一人その空間に居なかった。寮の消灯時間である23:00迄、まだ時間的に余裕もある。

 

 2人は近くの自動販売機で飲み物を購入すると、玄関口から離れたソファに腰掛ける。

 

「それで、今日はどんな相談事だ?」

 

 先程から箒の様子が可笑しい事に気づいていた昭弘は、そう訊ねる。

 しかし、そんな昭弘の予想は大きく外れてしまう。勘の良い彼にしては珍しい事だ。今日は何処かの山で猿が木から落ちているのではないか。

 

「何と無く、昭弘と話がしたくなったのだ。ここ最近2人で話す事がなかったろう?部屋も隣同士でなくなってしまったしな…」

 

 今の箒の部屋は4階だ。気軽に昭弘の部屋へと立ち寄れる距離ではない。

 それに、ルームメイトも今迄の様に勝手の知った幼馴染ではない。ルームメイトへの気配り等を考えると、そう頻繁に部屋を出て行く訳にも行かないのだろう。人によっては「自分と居るのがそんなに嫌か」と気分を害する事だってある。

 

 箒の言いたい事を何となく理解した昭弘は、少し申し訳なさ気な表情で言葉を連ねる。

 

「…すまない箒。オレだけ1人部屋なせいで、皆に迷惑を掛けちまってる様で…」

 

 昭弘が力無くそんな言葉を吐き出すと、箒は語調を少し強めて昭弘に言葉を返す。

 

「それこそ、元を辿ればあの2人を転入させた奴等が悪いだろう」

 

 まさかの箒に励まされた事に気恥ずかしさと嬉しさを覚えた昭弘は、ネガティブな自分を鞭打つ様に苦笑する。

 

 

 そんな、廊下を歩いている時からずっと続いていた2人の取り留めのない会話に終止符を打つように、箒が話題を変える。実はある意味、箒にとってはこちらが本題でもあるのだ。

 

「……な、なぁ昭弘」

 

 そこまで言葉を絞り出しておきながら、箒は本当に昭弘に“この話”をして良いのか今更悩みだす。

 しかし、当然の帰結として昭弘は箒に向き直る。昭弘の鋭く真っ直ぐな目と自身の目が交錯すると、箒は増々言い辛くなってしまう。

 

―――まただ。またしても胸の鼓動が早くなる。顔も熱い。何故?どうして?昭弘を見ているとこんな気持ちになるのだろう?わからない分からない解らない判らないワカラナイ…

 

 それは正しく、初めて一夏を好きになった時の感情と同じであった。いくら昔の事とは言え、そんな大切な感情を箒が忘れる筈などない。

 

 しかし一夏を好きになった時、そして一夏と離れ離れになってしまった時、一途な箒は心に誓ったのだ。もう誰も好きにならない、私にとっての異性は一夏だけだ、と。

 それだけ、彼女にとっての一夏は特別な存在であった。周囲の異性が霞む程に、周囲を異性として見たくなくなる程に。

 

 だから箒は「わからない」のだ。昭弘を想う感情の正体が。何故なら、自身が一夏以外の異性を好きになるなど有り得ないから、あってはならないから。

 もしそんな事があったのならば、自身が一夏と別れてから今迄ずっと彼を想い続けて来た5年間は、一体何だったのか。

 

 そんな心の奥底で彼女を固く縛る「初恋」と言う名の鎖が、昭弘に対して抱いている想いの正体へと近づかせない様にしているのだ。

 

 それでも箒は昭弘に問う。昭弘が箒自身の事を、()()()()()()()()()

 

「……お前は私の事を……友達と思っているか?」

 

 箒にとっては決死の言葉も、昭弘にとっては余りに突拍子の無い質問である故、彼は返答が大きく遅れてしまった。

 

「?……そりゃ当然、箒はオレの大切な友人だが…それがどうかしたか?」

 

 昭弘の返答を聞いて、箒は胸を撫で下ろす様に口を開く。

 

「そ、そうか!それは…良かった…」

 

 そう返した直後、本日最大の衝撃が箒に襲い掛かる。

 昭弘が右手で箒の左肩を掴んでいるのだ。

 余りの急展開に、先程の昭弘と同じく反応が大きく遅れてしまう箒。

 

 その為か箒が取り乱すよりも早く、昭弘が先に肩を掴んだ訳を述べる。

 

「何で泣いてんだ?」

 

 そう昭弘に指摘されて、箒は頬を指で拭ってみる。拭った指には、透明な液体が付着していた。

 それを見て初めて、箒は自身が今「泣いている」ことに気が付く。

 

「あ、アレ?…目に…埃でも入ったのかもしれん…」

 

 そう言いながら、箒は浴衣の袖で無我夢中に涙を拭い始める。しかし、拭っても拭っても涙腺から流れ出す雫は湯水の如く増えるばかり。

 普段冷静な昭弘にとっても予想外過ぎる事態だからか、慌てながら周囲を見渡す。

 

「ち、チョット待ってろッ!何か拭く物……」

 

「エ、エグッ……き、気に…しないで…ヒック…くれ…」

 

 箒のそんな言葉に反応している余裕など今の昭弘には無く、急いで使えそうな物を探す。すると、テーブルの上にある備え付けの箱ティッシュが、漸く昭弘の視界に飛び込んで来る。

 直ぐ様昭弘はそれを強引に引っ掴むと、箱ごと箒に差し出す。

 

「…ス…マン、昭弘…」

 

 そう言うと箒は、残量などまるで気にする事無く連続してティッシュを引き続けた。その大量のティッシュを以てして鼻をかみ、頬を拭き、瞼の涙を拭い取る箒を見て、昭弘も一旦落ち着きを取り戻す。

 

(フゥ…此処にオレたち以外誰も居ない事が、不幸中の幸いってや…)

 

 心中の言葉も途中、昭弘は背後に奇妙な悪寒を感じてしまう。

 恐る恐る後ろを振り向くと、昭弘は右手で両目を覆いながら首を落とす。

 

 

 廊下の角付近に居たのは、半袖半ズボンのジャージに身を包んだラウラであった。

 

 彼は口を半開きにしながら、気不味そうにその場で立ち尽くしていた。恐らく、箒が泣き出した辺りからそこに居たのだろう。

 

 箒は未だ俯いたまま涙を拭っているので、ラウラの存在には気付いてない筈。今の箒が自身の泣き顔を他人に見られていたと知ったら、その場で取り乱す可能性が高い。

 なので昭弘は、ラウラにコッソリと「ジェスチャー」を送る事にした。

 

昭弘:人差指を自身の口に当てる。

 

ラウラ:首を小さく縦に振る。

 

昭弘:俯いている箒に対して2回程振り向く動作をした後、再びラウラに向き直る。すると左手の平をラウラに向け、まるで「腕立て伏せ」の様に肘を使ってゆっくりと数回スナップさせる。それと同時に右手を自身の顔面近くまで持っていき、親指と人差指を突き出して指と指の間に2cm程度の空間を作る。その後、合掌してラウラに懇願する。

 

ラウラ:昭弘が「箒が泣き止む迄でいい、廊下の角に隠れていてくれ、頼む」と言いたいのだと理解し、忍び足で廊下の角に隠れる。

 

 

 どうにかこうにか箒が落ち着いてきたのを見計らって、昭弘は箒に声を掛ける。

 

「どうだ?」

 

 昭弘の優し気な言葉を聞いて、箒も普段の落ち着いた声を取り戻していく。

 

「…ああ、もう大丈夫だ」

 

 箒はそう言うが、昭弘は納得し切っていない様子だ。

 人が泣く時は大抵、痛い時、悲しい時、嫌な時、感動した時、精々そのくらいだ。だがさっきの箒の号泣は、そのどれとも当て嵌まらない。まさか、昭弘と友達でいるのが嫌と言う訳でもあるまい。

 

 昭弘は再び箒に訊ねようとするが、結局止めてしまう。廊下の角から泣き止んだ箒の姿をしっかりと確認したラウラが、昭弘の直ぐ隣で不機嫌そうに腕を組んで仁王立ちしていたからだ。

 

 そんなラウラを見た箒は、警戒心を強めて僅かに後ずさる。

 

「ボーデヴィッヒ!貴様いつから此処に!?」

 

 箒からそう聞かれてラウラは昭弘の目を一瞥だけした後、仕方が無さそうに答える。

 

「…今来たばかりだが?」

 

 ラウラがそう答えると、昭弘は小さく息を吐いて胸を撫で下ろす。

 

 落ち着いた所で昭弘は単純に気になった為か、何故エントランスにしかもこんな時間に来たのかラウラに訊ねた。

 

 ラウラは疲れと苛立ちの混ざった声で答える。

 

「部屋でニュースを観たかったのだが、馬鹿の相川と阿呆の鏡が見たい「バラエティ番組」があると言うんでな。仕方なくエントランスのテレビを使う事にしたのだ」

 

 そう言うとラウラはテーブルに置いてあるリモコンを手にし、テレビのスイッチを入れた。

 

「だがパソコンや携帯で観る事も出来たんじゃないのか?」

 

「唯でさえ煩いアイツラがバラエティ番組を観るんだぞ?イヤホンを使おうと集中出来ない事は目に見えている」

 

 昭弘の更なる問いに対し、ラウラはニュースを観ながらそう答える。

 

 箒はラウラと未だ話したことがない為か、一歩引いたところで警戒しながら見ていた。

 すると昭弘が箒に声を掛ける。

 

「ラウラは結構可愛い奴だぞ」

 

 すると、当のラウラは不本意そうに昭弘の左肩を掴む。

 

「貴様「可愛い奴」とはどう言う意味だ?」

 

「そのまんまの意味だが?」

 

 ニヤつきながらそう答える昭弘を見て、ラウラは赤面しながら短く舌打ちをする。

 

「な?可愛い奴だろう?」

 

 昭弘のいらぬ一言を聞いて、ラウラは昭弘の頭に手刀を食らわせる。今朝の手刀の仕返しがまさかこんな形で実現しようとは、ラウラ自身思いも寄らなかったろう。

 

 仲睦まじい2人を、箒は少し恨めしそうに見つめる。

 その様に感じると言う事は、ラウラを未だ女性だと思い込んでいるのだ。

 

 

 

 結局3人はそのまま一緒にニュースを観た後、その場で解散する事となった。

 

 

 

―――427号室―――

 

 箒はルームメイトたちと軽く談笑した後、歯を磨いていつも通りにベッドへと潜り込んだ。

 仰向けになり、既に光を失っているダウンライトを下から眺めながら、箒は声に出さずに頭の中で自身の想いを整理する。

 

(…もう、認めるしかないのだろうな)

 

 「友達」と言われて、ショックで流した涙がその証拠だ。

 

 そう結論付けると、箒は未だに熱い目尻を指で優しく撫でる。その後、熟考を再開する。

 

(岸原さんに相談すべきだろうか。いや、反応がウザそうだ。ではメースさんに…それも止めておこう。変に気を遣われたくない)

 

 岸原理子、セレーヌ・メース。2人共箒のルームメイトだ。

 岸原は茶髪のショートヘアーで眼鏡を掛けている、箒と同じ1組の生徒だ。

 メースはカナダ出身で、黒髪を頭頂部辺りから横に垂れる様に結んでいる。彼女は5組だ。

 

 思えば、箒は今迄昭弘以外の人間に「相談事」を持ちかけた事がなかった。

 そんな箒にとってルームメイトに相談事を打ち明けるのは、中々に勇気が必要だった。コミュニケーション能力に乏しい箒にとっては、やはり「他者からどうこう思われたくない」「変に騒がれたくない」と言った思いが強いのだろう。

 

(ならやはりここはセシリアに…。いや、だが最近特訓で忙しそうだしな)

 

 大体何と相談すれば良いのか。「一夏だけでなく昭弘も好きになってしまったのだが、どちらを選ぶべきか」と訊けば、それでいいのだろうか。そうなればセシリアだって一夏を狙っているのだから、「昭弘を選ぶべきだ」と言われて終わりだ。

 

 長らく熟考した結果、漸く一番相談するのに最適な人物が箒の頭に浮上した。

 

(…機会があれば『本音』に相談してみよう)

 

 今はもう、明日に備えて寝る事しか出来ないのだから。

 そう自身を落ち着かせようとも、やはり箒は中々意識を切り替える事が出来ないでいた。

 

 初恋の呪縛を振り解いてでも、異性として愛してると認めざるを得ない。それ程の相手が、この日遂に箒の中で新たに誕生してしまったのだ。箒の心に去来せし混乱は、最早想像を絶するものなのだろう。

 

 

 しかしその強大な混乱の渦中に確かな「嬉しさ」が混ざっている事を、今の箒に認識する余裕など無かった。




と言った回でした。
セレーヌさんは完全にオリキャラです。名前は洋楽アーティストから取りました。皆が皆、ルームメイトが同じクラスメイトだと違和感バリバリかなと思ったので、他クラスの生徒をぶち込みました。ただ、他クラスの生徒だと鈴音や簪以外は流石に分からないので、今回の様な形となりました。

それと、本来はニュースの内容も細かく描写したかったのですが、そうなると全体的な恋愛描写が「大きく断絶されてしまう」と判断したので、今回は割愛させていただきました。
よって、今回は少し構成に工夫を凝らして、ニュースの内容だけ次回に持ち越したいと考えております。ニュースを使ってどうしても描写しておきたい内容がありますので。無論、ニュースを観ている間の昭弘、箒、ラウラのやり取りも、しっかり描写しますのでご安心を。

なので次回は、今回とは打って変わって大分「堅苦しい」内容になるかと思いますが、ぜひ読んでいただけると幸いです。


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