IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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千冬がカッコいいと思った(小学生並みの感想)


第21話 居場所

 銀髪の全体的にみすぼらしい少年は、今日も自己否定しながら下らない雑用をこなしていた。

 普段から下を向いている少年はいつも通り白いアスファルトを見下ろしていると、女の影がそこに出来上がった。

 今日もされる。少年は身体への衝撃を覚悟しながら諦めた眼差しで見上げる。するとそこには見た事無い女が仁王立ちしていた。

 何もしてこない、何も言ってこない、女はただ少年を真っ直ぐ細部まで観察する様に見据えていた。

 虫けらの自分をそんな真剣に見ていて楽しいかと少年が思っていると、女はやっと口を開いた。

 

 今日からお前たち全員を鍛え上げる、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――5月13日(金)―――――

 

「中止になったクラス対抗戦の景品なんだけど、全クラスに「学食スイーツ1ヶ月間食べ放題券」配る事になったらしいよ?」

 

「マジ!?良かった~」

 

 登校中、曇天を仰ぎ見ながら鏡と相川の会話に聞き耳を立てるラウラ。最初こそ鬱陶しく感じていたその姦しさも、慣れれば存外にも悪くない様だ。

 

 しかしそんな彼女たちを見ていると、ラウラは己が如何に異質な存在なのか思い知らされる。

 

 平和な空間で、安寧を胸一杯に享受し、それを当たり前として日々を過ごす。正に彼女たちは、本来人類が目指すべき居場所を体現していると言っても良い。

 そんな、誰もが恋い焦がれている居場所に疎外感を抱いてしまうラウラ。そう考えると、やはりラウラも根本的には昭弘や少年兵たちに近しいのだろう。

 

(…アルトランドの苦悩が解った気がする)

 

 ラウラは密かに昭弘を称賛した後、己の目的をもう一度見つめ直す。

 

(楽園を楽園として心置き無く謳歌する彼女たち。楽園と言う空間に居ながらも、戦場を心から遠ざけられないアルトランド。そして教官、貴女にとってこの楽園は一体どんな場所なのか。「私の部隊」から離れる程のモノなのか。もしそうだとしたなら、私は貴女の何を見れば?)

 

 そんなラウラの声なき独り言は、相川によって遮られる。

 

「ラウラ大丈夫?いつにも増して眉間に皺が寄ってるけど…」

 

 心配する相川と鏡に対し、ラウラは普段通り物静かに答えようとする。が、丁度いいとも思ったので2人に「ある事」を訊ねてみる事にした。

 

「…なぁお前たち。もし織斑教諭がIS学園から居なくなったらどうする?」

 

 唐突なラウラの問い掛けに対し2人は互いの顔を見合うが、その後腕を組んで考え始める。

 すると、先ず初めに鏡が己の考えを口にする。

 

「正直泣いちゃうかも。けど1週間も経てば、また普段の私に戻るんじゃないかな」

 

 千冬の事を普通に慕ってると言っていい回答であった。

 鏡の答えに異を唱える様に、相川も続く。

 

「私は一生立ち直れないかな。「世界で一番憧れてる人」だし」

 

 冗談ではない低く真剣な声で、相川はそう答えた。どうやら彼女の千冬への慕情は、通常より2段も3段も上の次元にあるらしい。

 

 2人の回答を聞いたラウラは、それがどうしたと訊き返される前に答える。

 

「それだけ織斑教諭を大切に想っているなら、もっと日々を噛み締めて生きろよ?」

 

 ラウラの余計なお節介とも取れる言葉に対し、2人は馬鹿正直に「はーい」と返事をする。

 そんな2人に対し、ラウラは心の奥で謝罪する。

 

(すまないなお前ら。私は今日、お前たちの想いを真っ向から踏み躙る行動を起こす。…本当にすまない)

 

 そんな心の謝罪が、彼女たちに聞こえる事などある筈もなかった。

 

 

 

 

 

―――放課後―――

 

 既に日も沈みかけて曇り空が更に薄暗くなっている頃、昭弘は職員室へとその巨体を向かわせていた。「放課後、職員室に来てくれ。職員全員が出払ったら連絡する」と言う千冬の言葉通りに動いていた昭弘は、職員室前まで来て足を止める。

 

「どうしても考え直してはくれませんか」

 

 声の主はラウラであった。普段の厳格さが微塵も感じられない弱々しい声に、昭弘はただならぬ何かを感じた為か不本意ながらも盗み聞きに出た。

 

「何度懇願されても答えは同じだ。私は此処IS学園を離れるつもりはない」

 

 千冬が冷たくあしらうが、ラウラは食い下がる様に理由を訊ねた。何故そうまで此処に拘るのかと。

 別にラウラだって、IS学園の生徒や教員を侮辱している訳ではない。ただ、人には適材適所があると言いたいだけなのだ。

 

 そのまま、千冬の返答を待たずにラウラは続ける。

 

「貴女だって解っている筈だ。貴女にとっても私や私の部下たちにとっても、此処は貴女が居るべき場所ではない」

 

 遠回しに、ラウラは「もう一度我が隊の教官を勤めて欲しい」と言っているのだ。

 

 千冬は一時期ドイツ軍に出向しており、そこで1年間教官を務めていた。そんな千冬の教官としての能力は、今のラウラがそのまま物語っている通りだ。

 事実、ドイツ軍はIS学園以上に千冬と言う人材を欲しているし、千冬自身も此処で教鞭を執るより新米軍人を鍛え上げる方が向いていると感じてはいる。

 

 最後に追い討ちをかける様に、ラウラは千冬を諭そうとする。

 

「此処が本当に貴女の居場所なのですか?「厳しくも優しい教師」と言う仮面を被ってまで、居る意味があるのですか?」

 

 2人しか居ない職員室内に鈍痛の様な沈黙が流れる。先に声を発した方が斬られるかの様な、抜け出したいのに抜け出したくない沈黙。

 昭弘は自身の吐息を響かせない様、空調音と同化させようと呼吸を小さくする。

 

 千冬が言い返せないと確信したラウラが踵を返した時、千冬は斬撃をものともしない調子で語り出す。

 

「私はな、ISと言うパワードスーツの本質をより多くの人間に知って欲しいのだ」

「抑止力としての核兵器が意味を成さなくなった今、それをたった467機のISコアに頼らざるを得ない先進各国」

 

 もし仮に何処かの国、何処かの地域で467機のISを上回る戦力が備わってしまったら。抑止力は消え失せ、その国の思うがままの「破壊と暴力」が世界を覆い尽くすだろう。

 しかし「IS至上主義」と言う思想が蔓延している今の世界では、その危険性に気付ける人間自体極めて少ない。

 

 その話を盗み聞いていた昭弘の脳裏に、ある戦慄が一瞬だけ浮かび上がる。それは、先日のニュースでも報道された第2の人型兵器「MPS」の存在であった。

 未だその実態は報道されていないが、今やアフリカでは戦闘ヘリの上位互換としてMPSは優位性を確立している。

 

(……まさかな)

 

 それでも、どんなにMPSが進化しようと兵器としてISを凌ぐ事など有り得ない。昭弘は自身にそう言い聞かせながら、頭の靄を振り払う。

 

「無限の可能性と言っても絶対数が限られている現状、有事の戦力としては数的限界がある。そんな今大切なのは、ISをより深く理解した上で“ISこそ絶対”と言う固定概念を払拭する事なのだと私は考える」

 

 千冬がそこまで答えると、ラウラが千冬の代わりに結論を述べる。

 

「…だから未来を担う子供たちに、その事を教えたいと?」

 

「そうだ」

 

 千冬は短くそう返すが、ラウラはやはり納得し切っていない。

 そんなラウラの心境を察した千冬が、今度は“居場所”について語り出す。

 

「それとなラウラ、私は何時だって仮面を被っているぞ?ひたすらに冷静で合理的な教官としての仮面、厳しくも優しい教育者としての仮面、姉としての仮面、友としての仮面、世界最強(ブリュンヒルデ)としての仮面。唯一被っていない時など、精々一人でビールを飲んでいる時くらいだ」

 

 人と接する時、人は無意識に仮面を被るものなのだ。

 

「居場所にしたってそうさ。この世に唯一無二の居場所なんて存在しない。今自分が無意識に仮面を被りながら人と接する空間。それこそが居場所の正体だ」

 

 だからIS学園も、家も、ラウラの部隊も、全て千冬にとって大切な居場所なのだ。

 

 そんな千冬の言葉は昭弘の心を照らし、そして大きく揺さ振った。

 鉄華団、束のラボ、そしてIS学園。夫々異なる人々と接して来たそれらの居場所に、優劣など付けようがないのだと昭弘は悟った。

 

 ラウラは再び黙り込むかと思われたが、性懲りもなく我儘を貫き通そうとする。引こうとしないその様は、まるで後方に狼でも待ち構えているかの様であった。

 

「…貴女の考えは良く解りました。ですがやはり、ドイツ軍(あそこ)こそが貴女の居場所だ。それ以外の貴女など、私は認める訳にはいきません」

 

 自身の身勝手な価値観を捨て台詞に、ラウラは今度こそ踵を返して職員室を後にする。

 

 

 ラウラは昭弘を見ると、最初から気付いていたかの様に苦言を呈する。

 

「悪趣味だな。見損なったぞアルトランド」

 

 そう言われると、昭弘は罰の悪そうな顔をしながら言い訳を述べる。

 

「スマン。どうしても気になったもんでな」

 

 昭弘がそう返すとラウラは彼の傍まで近寄り、小声で念押しした。

 

「余計な事するなよ?」

 

「…」

 

「無言なら「YES」と受け取るぞ」

 

 最後にそう言うと、ラウラはそのまま昭弘の脇を通過して行った。

 その際、長く麗しい銀髪の先端が昭弘の右手を冷たく撫でた。更に念押しするかの様に。

 

 

 

 職員室に入った昭弘に対し急な呼び出しを謝罪した千冬は、給湯室にて茶を淹れている。

 対し、昭弘も同じく千冬に謝罪する。

 

「…すみません織斑先生。先の会話、聞いていました」

 

「気にするな。悪いのはお前を呼び出した私と、押し掛けてきたラウラだ。寧ろ話が省略できて楽だ」

 

 千冬のそんな言葉で、昭弘は話の内容をある程度予想する。昭弘があれこれ予想しているのを見越す様に、千冬も話を続ける。

 

「…さっきの口論、お前はラウラに何を感じた?」

 

 一見唐突なその質問も予想の範囲内だった昭弘にとっては動じるまでもない事なので、そのまま正直に答える。

 

「…織斑センセイに対して、異常なまでに執着していると言うか……」

 

 昭弘の答えに対し、正解だと言わんばかりに千冬は力無く頷く。

 そして自身とラウラの過去について、なるべく手短に昭弘へと伝えていく。

 

 

 

 落ちこぼれ。

 

 千冬が最初、ラウラに抱いた印象がそれだったと言う。

 とても信じられなかった昭弘だが、更に千冬の話を聞いていくと手の平を反すように納得してしまった。

 女尊男卑社会である今日、男性の身であり更には片目を患ったラウラが部隊内で孤立する事は最早必然と言えた。

 

 酷い有様だったらしい。雑用にも劣る仕事ばかり任されていたとか。

 

「だが何よりも酷かったのは、そんな環境を受け入れ何もかも諦めていたラウラ本人だった」

 

「…そんなボーデヴィッヒを救ったのが、織斑センセイだったと?」

 

 昭弘が核心めいた事を言うと、千冬は気恥ずかしそうに訂正を加える。

 

「過大評価だよ。アイツが勝手に吸収していっただけだ」

 

 それからのラウラは別人の様に成長していった。隻眼である事をものともせず。

 その常軌を逸した特訓内容と成長速度は、部隊の連中も心を入れ替えざるを得ない程だった。

 

 そこまで言い終えると、千冬は一段落したかの様に息を吐く。

 大分省略はしたのだろうが、以上の出来事が今のラウラを築き上げたと言う訳だ。

 

 絶望的な状況にいた自身に、手を差し伸べてくれた千冬。ラウラの瞳には、それこそ千冬が「救世主」の様にでも映っていたのだろう。

 

「…今のラウラはな、私しか見ようとしないんだ」

 

 ラウラの目的は「ブリュンヒルデの千冬」になる事ではなく、「千冬の様なブリュンヒルデ」になる事なのだ。そうなる為に、ラウラはひたすら「千冬」と言う存在を見つめ続けて来た。此処IS学園でも。

 

「だが奥底の本心は違う筈なんだ」

 

 その辺は、昭弘が一番良く解っている。ラウラの不器用な優しさを。だからラウラは昭弘や相川たちを無視する事が出来ないし、無意識に千冬以外の人間の事も想ってしまう。

 

 ラウラは恐らく揺れ動いているのだ。千冬と言う絶対的存在と、昭弘たちとの狭間で。

 

 

 漸く前置きが終わった所で、千冬は昭弘に自身の頼みを力の抜けた情けない声に変換しながら吐き出していく。

 

「頼むアルトランド。無能な私の代わりに、ラウラを私と言う呪縛から解放してやってはくれないか?」

 

 此処での千冬は、軍に居た頃の千冬ではない。ラウラがいくら彼女を見たところで答えは出ないし、優しいラウラでは「織斑千冬」になんてなれない。

 

「アイツは私の言葉には何も考えず従うだろう。だがそれでは駄目なんだ。アイツには自分の意思で、変わって欲しいんだ」

 

 IS学園と言う、ラウラにとって異質な居場所。そこで自身がどうなりたいのかどうありたいのか、それはラウラ本人にしか解らない。

 そしてそれらを実行に移すには、本人の強い意思が必要になるのだ。とても、他人に言われて成せる事じゃない。

 

 千冬はそこまで言い終えると、昭弘の返答を待つべく敢えて口を閉ざす。しかし昭弘から帰って来た言葉は、了承の言葉ではなかった。

 

「……態々オレに頼むって事は、「ボーデヴィッヒの友人」としてオレを信用しているって事ですよね」

 

 その雰囲気や風貌に似つかわしくない、筋金入りのお節介焼き『昭弘・アルトランド』。そんな彼にとってその様な頼み事は、寧ろ自分から望むところなのだろう。しかもラウラの友人として自身を頼ってくれると言うのだから、お節介心も燃え滾ると言うもの。

 そんな昭弘の答えは、言うまでも無く1つしか無かった。

 

「喜んで引き受けます」

 

「ッ!ありがとうアルトランド!」

 

 千冬は大いに感謝すると、昭弘の右手をしっかりと両手で握り締めた。

 

 彼女はこれまで、誰に対しても委縮した事はただの一度もない。だがこの時ばかりは、昭弘に対して多少ながらも委縮してしまった。

 

 

 千冬が固く熱い握手を解いた後、丁度昭弘は訊きたい事を思い出したので彼女に訊ねる。

 

「そう言えば織斑センセイ。一夏とボーデヴィッヒの確執について、何か心当たりはありますか?」

 

「…それは『第二回モンド・グロッソ』での出来事だろう」

 

 『モンド・グロッソ』とは、3年に1度だけ開催されるISの世界大会である。様々な部門に分かれており、総合優勝者にはブリュンヒルデの称号が与えられる。

 つまり、第一回大会での優勝者こそが千冬なのだ。

 

「…第二回大会では、センセイが途中で棄権したと聞きましたが。一夏と何か関係が?」

 

 昭弘もモンド・グロッソに関しては、束からある程度話を聞き及んでいる。

 しかし、詳しい真相に関しては一切報道されなかった。昭弘も又、真相を知らない人間の一人だ。

 

「…そうだ」

 

 それ以上、千冬はモンド・グロッソに関して昭弘に口を開こうとはしなかった。昭弘も「機密性の高い案件なのだろう」と察し、それ以上訊こうとはしなかった。

 

「ラウラも焦っているのだろう。一夏の剣術もISもそして雪片も、全てが私の生き写しだ」

 

 今のラウラを鑑みると、一夏に対して悪しき執着心が芽生えても不思議ではない。モンド・グロッソでの出来事が、それに拍車を掛けてしまったのだろう。

 個人に対する負の感情は、積み重ねられた分だけ肥大化していきやがて憎悪と化す。

 

 千冬はラウラの心境について予想を立てると、昭弘に“ある確認”を取る。

 

「ん?…なぁアルトランド、一夏もラウラを疎ましく思っているのか?」

 

「ええ、少なくともオレからはそう見えました」

 

 昭弘の返答を聞いて、千冬は手の甲を顎に当てながら考え込む。

 

 千冬を崇拝するラウラからしてみれば、千冬に最も近しい存在である一夏を妬ましく思うのは解らなくもない。

 しかし姉である千冬から見ても、一夏がラウラを疎ましがる理由はどうやら解らない様だ。

 

 この時、昭弘は勿論千冬自身も知る由など無かった。一夏が一体、どれ程千冬と昭弘に執着しているのかを。

 

 

 

 結局一夏の事が何一つ解らなかった昭弘は、歯痒い気持ちを押し殺す様に茶を飲み干すと職員室を後にした。

 

 

 そんな中、昭弘と千冬は今更な問題にぶつかった。

 

 

 

(…あんな頼み事をしておいて何だが、アルトランドは何か秘策でもあるのだろうか)

 

 

 

(…引き受けたは良いが、何をどうすれば良いんだ?)

 

 

 

 

 

((まぁ何とかなるだろう))

 

 猪突猛進な2人は、もう少し「慎重」という言葉を覚えた方が良いのかもしれない。




ラウラの過去や左目については、クライマックスでしっかりと・・・描写しますんで。一夏の過去と第二回モンド・グロッソに関しても同様です。

ラウラ・シャルル編、今までで最長になるかもです。・・・あ、もうなってる?

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