IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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セシリアにだけやたら辛辣な昭弘すき。


第22話 一夏の焦燥

―――――5月14日(土) 07:03―――――

 

 土曜の朝であるにも関わらず、昭弘たちはアリーナBでタッグトーナメントに向けた練習に励んでいた。流石にこの時間帯なら、他の生徒は未だ布団に籠っている様だ。

 

 そんな中、箒、鈴音、セシリアの3人が、スタンドで一夏に対し熱心に指導をしていた。お世辞にも上手な教え方とは言えないが。

 

 そんな勢いに任せる彼女たちへ、昭弘が冷風を送る様に物申す。

 

「…お前ら自主練でもしてろ。オレが教える」

 

 その一言を聞いて頭が混乱していた一夏は歓喜の表情を浮かべるが、熱の下がらない女衆は反発する。

 

「何よ昭弘。また一夏を独り占めする気?」

 

「魂胆が見え透いているのですわ。そんなに独り占めしたいのなら、せめてもう少し言葉を選んで立ち回ったらどうですの?」

 

 どうやらセシリアや鈴音にとって、昭弘は一夏に立ち塞がる壁として認識されている様だ。

 当の昭弘は堪ったものではないので、反論すると言うかあしらう。

 

「何故そう言う話になる?それとオルコット、「言葉を選んで立ち回れ」だぁ?今のお前こそ言葉を選んでもう少し解りやすく教えたらどうだ?」

 

「アラまぁここに来て粗探しですの?心の狭い男ですわね」

 

「こんな野蛮人如きの言葉に反論出来ないのか?貴族令嬢様?」

 

「はぁ?野蛮人風情相手をする労力すら惜しいだけですわ」

 

「だぁもうッ!喧嘩するなら別のアリーナ行ってよね!」

 

 もう嫌と言う程見てきた昭弘とセシリアの口論に、鈴音が割って入る。

 

 そんな中、隙を突いた様にシャルルが一夏の傍まで赴く。

 

「一夏。良ければ僕と一緒にどう?射撃武器について色々と教えられるかもしれないし」

 

「お、おう喜んで!」

 

 今の状況では一夏にとって正に好都合だ。

 

 しかし、念の為に箒の顔色を伺う。

 こういう時箒が機嫌を損ねると言う事を、流石の一夏も学んだらしい。理由は当然解っていないが。

 

「シャルルとフィールドまで下りるけど…い、良いよな?箒」

 

 そう恐る恐る聞くも、箒の返答は驚く程淡白なものであった。

 

「別に良いのではないか?」

 

 むつける訳でもなければ、反発する訳でもない。一夏は安心と言うよりも、一周回って不気味なものを感じた。何も裏が無ければいいのだが。

 

 

 箒も、余りに淡白過ぎる自分自身に驚いていた。それは恐らく、好きな異性が2人居ると言う特殊故。心の余裕と言うよりも、以前の様な一夏一人に対する独占欲と言うものが薄れているのだ。

 今の彼女は、もう一夏だけを意識する訳には行かないのだから。

 

 

 

 一同は、一夏とシャルルによる訓練をスタンドから眺める事にした。

 シャルルのIS名は『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』。全体的に橙色の装甲は頭部以外の大部分を覆っており、ブルー・ティアーズや甲龍と比べると幾らか重厚感がある。更に背部から伸びる4本のウイングが、当機の存在感をより激しく主張していた。

 

 早速、両名はフィールド上で楽し気に斬り結ぶ。

 そんな2人を、鈴音とセシリアは苦々し気に見下ろす。何を男同士で楽しそうにと。

 

 そんな2人とは対照的に、昭弘と箒はシャルルの実力や機体性能を冷静に分析していた。

 

「ラファールのカスタム機か。20種に及ぶ武装を収納出来る、膨大な拡張領域が主な特徴だな。機動力こそ第3世代機に多少劣るが、その手数の多さは脅威だ」

 

 どうやら昭弘は、第3世代機以外の専用機をも粗方調べ上げている様だ。

 隣に居た箒は、ISスーツが食い込んだ昭弘の麗しい肉体に顔を赤らめながらも自身の見立てを述べる。

 

「近接戦においても、十分な実力を備えている様だな。一夏が未だ慣らしとは言え、彼の剣戟と互角とは…」

 

 多彩な武装に十分な近接戦闘能力。

 2人の分析を合わせると、シャルルのラファールは専用機の中でも全方面に特化した機体と言える。

 

ドヒュゥゥーーッ!!

 

 そんな中、2人は突如フィールド上に現れた『漆黒のIS』に目を奪われる。

 しかしドス黒いボディの上を揺らめく美しい銀髪を見た彼等は、それが誰なのか一瞬で把握する。

 

「チッあの馬鹿…」

 

 昭弘はそんなラウラを確認すると、急いで直近のピットへと向かう。

 

「昭弘!私はセシリアたちを留めておく」

 

「スマン!頼む」

 

 去り際に、昭弘はそう叫ぶ。

 セシリアと鈴音は、未だにラウラへの敵意を解いてはいない。感情的になって、これから昭弘が「しようとしている事」の邪魔をされては敵わない。

 昭弘はその辺りを理解してくれている箒に、心の中で短く感謝する。

 

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ…!」

 

「何?アイツが一夏をブン殴ろうとした奴?…丁度良いわ、一夏に加勢するついでに軽く痛め付けておこうかしら」

 

「待て2人共!」

 

 そんな案の定今にもピットへ駆け込もうとする2人を、箒は必死に宥めようとする。

 そして、この場において考えうる最良の言葉を思い付く。

 

「い、一夏があんな奴に遅れを取る筈がなかろう!ここは一夏を信じて見守るべきだ」

 

 その言葉は、一夏を愛している彼女たちを留めておくには十分であった。

 

 

 

 折角のシャルルとの楽しい一時を邪魔された一夏は、憎々しげにラウラを睨み付ける。

 

「…何の用だよ?」

 

 半ば投げやりにそう訊ねる一夏に対し、ラウラはどこか得意気に言い放つ。

 

《織斑一夏、私と戦え》

 

 そう言われると、一夏は不安気なシャルルを見つめる。

 一夏自身は戦っても良かったがコイツ如きの為に態々シャルルを困らせたくはないし、シャルルと訓練を続けていた方が遥かに有意義だ。

 そんな一夏は、あくまで口調を荒げずに答える。

 

「嫌だね。する理由がねぇよ」

 

 しかし、無論ラウラは引き下がらずに右肩の長大なカノン砲を向ける。

 

《お前にはなくても私にはある!》

 

ドァォオンッ!!

 

 相手の許可なく一方的に放ったソレは超高速で白式目掛けて飛来する。余りにも突然の砲撃に対し、反応すら出来ない一夏は直撃を覚悟した。

 しかし一夏が予想した衝撃は、傍に居たシャルルがラファールのシールドによって防いだ。

 

 そんなシャルルを睨みながら、ラウラは毒付く。

 

《…ヤルのか?フランスの第2世代機(アンティーク)風情が》

 

 そんなラウラに対し、シャルルも口調を強めて返す。

 

《ドイツの第3世代機(ルーキー)よりは戦えると思うけど?》

 

 シャルルの意趣返しを火蓋に、ラウラは瞬時加速で突っ込んで来る。他の飛び道具を警戒していた2人は、ラウラの予想外な突進に対してまたもや反応が遅れてしまう。しかし…

 

ガギィィインッ!!!

 

 まるで先程のシャルルの動きを焼き増した様に、「巨大な影」がシールドを翳してラウラの突撃を防ぐ。その巨体の後姿を拝んだ一夏は、喜色を取り戻してその名を叫ぶ。

 

「昭弘!!」

 

《アルトランドくん!?》

 

 

 

 2人の異なる反応に対し、昭弘は無機質なツインアイを一瞥だけ後ろに向けると再びラウラに相対する。

 

「チィとおイタが過ぎるんじゃないか?ボーデヴィッヒ」

 

 通信越しに聞こえる昭弘の少しくぐもった声を聴いたラウラは、自嘲する様に口角を釣り上げる。

 

《…ハッ!お前が正しいよアルトランド。そりゃあそうだ、私の様な「鼻つまみ者」に肩入れするメリットなどお前には無いものなぁ?友達でもないなら猶の事なぁ!?》

 

 ラウラの少し演技掛かった返答を聞いた昭弘は、キッパリと否定の意思を示す。

 

「オレが乱入した一番の目的はな…ボーデヴィッヒ、お前と一度戦ってみたかったからだ」

 

《…何?》

 

 それは聞き返すと言うよりも、反射的に放った一言であった。突然の告白に頭が追い付かなかったラウラは、短い単語を発する他なかったのだ。

 

「悪いか?友人の技量が気になっちゃ、闘技場(フィールド)で戦闘への欲求を満たしちゃ」

 

 最後に、昭弘は止めの一言を発した。

 

「ま、勝てない相手に戦いを挑むのはお前にとっちゃ無謀に過ぎるか」

 

ブツン

 

 ラウラは謎の音を脳内に響かせると、ターゲットを一夏から昭弘へと変える。

 しかしラウラの顔にずっと張り付いていた陰鬱な笑みは消え失せ、代わりに無邪気な笑みが浮かび上がっていた。

 

 まんまと乗ってくれたラウラを見て、昭弘はフルフェイスマスクの中でほくそ笑む。

 一夏とシャルルへの通信も忘れない。

 

「つー訳だ。オレが押さえておくから2人は訓練に集中してくれ」

 

《う、うん!ありがとうアルトランドくん!》

 

 シャルルは、快活に感謝の言葉を述べるが…。

 

 

 一夏は先程の喜色溢れる表情を消し飛ばし、ただ茫然と立ち尽くしていた。

 その引き金となったのは、先程昭弘が「一番の目的」を言い放った時だった。

 

 「昭弘が割って入ってラウラを遠ざけてくれた」と言う客観的事実は今の一夏に映らず、暗黒の思考が別の主観的事実を網膜に映し出していた。またしてもラウラに昭弘を奪われた、と。

 

《一夏ッ!!》

 

 そんな一夏を現実に引き戻すべく、シャルルが声を震わせる。

 

 まるで永い眠りから意識を取り戻したかの様に、一夏はシャルルへと振り向く。

 

《と、取り敢えず僕たちは下がっていよ?》

 

 シャルルは白式の手を掴み、後方へと下がる。

 しかしグシオンから離れれば離れる程、一夏の表情は険しさを増していく。その瞳には、仲睦まじそうに見つめ合う昭弘とラウラの姿が映っていた。昭弘の表情はマスクで見えないが、一夏にはそう見えてしまった。

 そして一夏は、思ってはいけない事を思ってしまった。

 

―――こんな事ならさっきボーデヴィッヒをぶっ潰しとけば良かった

 

 

 

「(『シュバルツェア・レーゲン』…ドイツの最新鋭機か)おっとそうだ、ボーデヴィッヒ」

 

 相手の機体名を確認した後、昭弘はラウラにある提案を言い渡す。

 

「射撃武装は無しにしないか?一夏とデュノアに流れ弾が飛んじまう」

 

 しかしラウラは、その提案を嘲りながら却下する。

 

《知るか!当たる方が悪いだ…!?》

 

 ラウラは最後まで台詞を言えず、反射的に腹部を両腕で防御してしまう。その交差させた両腕には、グシオンリベイクの武骨で鈍重な右足が減り込んでいた。

 

「もうとっくに始まってるんだぜ?撃つ気満々なら先にヤクザキックなんて食らうんじゃねぇよ」

 

 昭弘が更に挑発すると、ラウラは歯を食い縛りながらも笑みを浮かべる。戦いの快楽にその身を委ねる様に。

 

《ミスったのは貴様だアルトランド。今のが正真正銘最後のチャンスだったと言うのに近接武器を使わないとはなぁ!》

 

 

 序盤レーゲンは下手に接近せず、高機動を活かしてグシオンを翻弄しようとする。しかし、グシオンはその場に佇んだままだ。

 業を煮やしたラウラは、背後から擦れ違い様に右手の「プラズマ手刀」をお見舞いする。

 ソレを読んでいた昭弘は、振り返りながら左手に腰部シールドを持ってガードする。更にその動きを読んでいたラウラは左手のプラズマ手刀も発動させ、グシオンの顔面に向かわせる。そのジャブ並みに速い突きは奇麗に直撃する…が。

 

 直ちに引き抜こうとした手刀は、あっさりとグシオンの右手に捕まってしまう。

 

(早いッ!)

 

 両腕が塞がったラウラは、またしても驚愕に支配される。

 

(背中に…腕!?)

 

 既にグシオンの右サブアームにはハルバートが握られており、ラウラの予想通りの軌道でソレは振り下ろされる。

 

ギィン!

 

 今度は昭弘が既視感のある兵装に顔を歪ませてしまう。

 ソレは強いて言うなら「縄」、もっと誇張表現するなら「触手」とでも言えば良いだろうか。レーゲンの左腰に付随しているユニットから伸びた3本のソレらは、先端の刃でハルバートを完璧に防いでみせた。

 

(『バルバトス』のテイルブレードを思い出すな。念のため左手のサブアームは隠しておいて正解だったぜ)

 

 昭弘は直ちに左サブアームを繰り出して、その手にグシオンハンマーと言う鉄の塊を呼び出し振り下ろす。

 

 だがレーゲンは右腰のユニットからも3本のワイヤーブレードを出現させ、先程と同じようにハンマーを防ぐ。

 

 グシオンは4本の腕が塞がれ、レーゲンもこの至近距離でレールカノンを打てば衝撃でダメージを受ける。

 

 しかしそんな膠着状態も長く続かなかった。

 ラウラは右手のプラズマ手刀と6本のワイヤーブレードを引っ込めると同時に、右肩を引いて身体を真横に逸らす。その帰結として体勢が崩れたグシオンに蹴りを放ち、左腕の束縛を解く。

 

 

 その後、空中で幾度となく激しく斬り結ぶ2機。

 目まぐるしいまでに交差する、プラズマ手刀とハルバート。その斬り合いにワイヤーブレードやサブアームまで加われば、最早異形の怪物同士の戦いだ。

 

 しかし、昭弘の中にある疑問が生じ始める。

 無論の事、昭弘はレーゲンの事も粗方調べている。レーゲンが搭載している特殊兵器の事も然り。未だにラウラがソレを使わない事が、昭弘は不思議でならないのだ。

 

 

 

 代表候補生でありレーゲンの情報を網羅しているセシリアと鈴音も、その不可思議を感じ取っていた。

 

 そんな中イマイチ状況を把握出来ていない箒を見かねて、セシリアは自ら説明に入る。

 

「平たく言えばレーゲンの特殊能力ですわ箒。1対1の勝負では反則級の力を発揮する能力なのですが、何故それを使わないのか…。まぁしかし、いずれは使うでしょうからどんな能力かは観てみれば解りますわ」

 

 

 セシリアが言い終えたタイミングで、鈴音は思い出したように口を開く。

 

「そう言えば、結局一夏たちは戦わずに終わっちゃったわね…」

 

 少し残念そうな鈴音に対し、箒は今の状況を肯定する。

 

「寧ろそれが良いのだろう。正直一夏とボーデヴィッヒは、余り関わらせない方が良い気がするしな」

 

 箒の余りにも平和的な意見を聞いて、鈴音とセシリアは先程の好戦的な自分自身を恥ずかしく思ってしまう。

 

 今の昭弘とラウラの様に、戦うのは良い。だが争いは、起きない方が良いに決まっている。

 

 

 

 互いの剣先を交互に繰り出しながら、ラウラは忌々しくグシオンを見つめる。

 

 飛び道具を封じている今のグシオンに勝つことは、ラウラにとって造作も無い事だ。それが、レーゲンの特殊能力なのだから。

 では何故能力を使わないのか。それは恐らく、射撃兵装を使わずに向かってくるグシオンの姿勢そのものにあるからだろう。射撃兵装を使わない相手にこの能力を使うのは卑怯だ、と。

 

 結局ラウラは、ここでも千冬の幻影に囚われているのだ。もっと言うなら、千冬を目指しているラウラにとってこの特殊兵器そのものが不要なのだろう。

 

 そんなラウラのジレンマを見破ったかの様に、グシオンは滑腔砲を構える。

 いきなり約束を破って来た昭弘に対して激怒する間もなく、ラウラは反射的に「両手」を前方へと掲げてしまう。

 

 瞬間、グシオンの動きはピタリと停止してしまう。同時に、昭弘から専用回線で通信が入る。

 

《何故、最初から使わなかった?》

 

 『|AIC《Active Inertial Canceller》』慣性停止結界。手を翳すだけで相手の動きを完全に封じる事が出来る、レーゲン専用の特殊兵装だ。

 無論、射程距離や集中力等発動には様々な条件が必要になるが、一度発動に成功すれば無類の強さを誇る。

 

 そんな昭弘の問い掛けに対し、ラウラも約束を違えた事に関して小言を繰り出そうとする。しかし良く良く見てみると、グシオンは滑腔砲を逆向きに持っていた。

 ラウラはしてやられたと思いながらも、昭弘の問い掛けに答えようとする。

 

 しかし言いたくないのか何と答えれば良いのか解らないのか、言葉が上手く出てこない。

 そんなラウラに対し、昭弘はグシオンのマスクを解除しながら言葉を贈る。

 

《…()()()、もう好きな様に戦ったらどうだ?ISってのは、自分の「好き」が許される存在だろう?》

 

 ラウラはその聞き慣れない言葉を、心の片隅に閉じ込めておく。

 そして、AICを使ってしまって気分が萎えたのか昭弘の素顔を見て心が落ち着いたからか、ラウラは戦闘態勢を解いた。

 

「…今日は引き下がるとしよう。中々楽しいバトルだったぞアルトランド」

 

 そう言ってピットに戻ろうとするラウラに対し、昭弘は最後の疑問をぶつける。

 

《何で一夏に挑もうとしたんだ?》

 

「…“任務”兼“私怨”だ」

 

 私怨に関しては昨日千冬から話を聞いている。任務に関しても、一夏に挑んだ事を鑑みれば白式のデータ収集であろう事は昭弘にも予想出来た。

 成程確かにそう考えると、ラウラにとってこの戦いは憎き一夏を痛め付け更には白式のデータ収集も可能。正に一石二鳥と言う訳だ。

 

 と、そこでラウラが何か言いたそうに、しおらしくモジモジとしている。

 そうして落ち着きなく手を腰に当てたり頭に持って行ったりした後、ラウラは少し照れくさそうにしながら次の言葉を放った。

 

「…()()…私を「友人」と言ってくれた事…その、悪い気はしなかったぞ?」

 

 

 

 

―――同日 20:01 128号室―――

 

 ここ最近一夏の様子が可笑しい。口数は以前よりも減り、笑い方もどこかわざとらしい。

 

 さっきまでそんな事を考えていた自分自身が酷く懐かしいと、今シャルルは感じていた。

 

 そう彼…いや彼女は、今さっき浴室で一夏に正体がバレてしまったのだ。

 いつかバレると彼女も思っていたのだろうが、それがこんなに早いとは彼女の動揺からしても予想出来なかったに違いない。

 

 

 時間がある程度経過し落ち着きを取り戻した一夏は、何故この様な行為に至ったのかシャルルに訊ねた。

 

「アハハ……全部話すよ」

 

 バレてしまったものはしょうがないと、シャルルはなるべく手短に己の目的と境遇を纏める。

 

 

 彼女の目的…と言うよりも彼女の父親の目的が、一夏と白式のデータ奪取にあったのだ。

 大手IS企業『デュノア社』の代表取締役を務めていた彼女の父親は、男性操縦者である一夏に近付かせるべく己の娘を男装させてIS学園に転入させたのだ。男装させたシャルルを、会社の宣伝の為に利用する目的もあった。

 それだけでも余りに無茶苦茶な内容であった。

 

 更に胸糞が悪いのは、シャルルの扱いであった。正妻が子供を産めない体質であった為、シャルルの父『アルベール』は自身と愛人の娘であるシャルルに目を付けたのだ。

 

 父の愛人である母親と2人暮らしだったシャルルだが、母が他界してからはデュノア家に引き取られた。それから監獄の様な日々が始まった。

 「愛人の娘」と言う立場上社内でも居場所が無かったシャルルは、今迄一切面識のなかった父親の命令通りに日々を過ごしていた。

 更にIS適性が高いと判明してからは、テストパイロットとしての過酷な訓練を強いられて来たと言う。

 

「…父の会社もよっぽど切羽詰まっていたんだろうね。僕にこんな無茶な男装をさせてまで、データの奪取なり会社のPRなりを画策するんだから」

 

 その後、彼女は諦めた様な笑みを浮かべると己の心境を述べた。

 

「今となってはもうどうだっていいんだけどね。正体がバレた以上、本国に強制送還されるか最悪「裁判」にかけられるだろうし」

 

 今一夏の胸には、様々な思いが去来していた。

 

 何処にも逃げ場がないシャルルへの哀れみ、理不尽を突き抜けるが如き外道を貫く父親への怒り。

 しかし父親の指示とは言え、シャルルの行為はれっきとした犯罪だ。その事実を誰にも報告せずに隠せば、最悪一夏まで同罪になりかねない。

 未だ子供の一夏にはそんな小難しい事など頭に無く、あるのはシャルルを助けたいと言う思いと、『昭弘』を頼るか否かと言う判断基準だけだった。

 

(やっぱ先に昭弘に相談した方が…いやけど)

 

 一度昭弘の事を考えた途端、一夏の脳裏にあるシャルルへの思いは段々と昭弘一色へ滲んでいく。

 

―――昭弘には報告しない方が良いぜ?

―――けどオレ一人でどうこう出来る問題じゃ…

―――出来るさ。何たってオレは『ブリュンヒルデ』の弟なんだからな

―――…それは関係無いだろ

―――それに良いのか?ここで昭弘に「良いとこ」見せておかないと本当に愛想尽かされちまうぞ?唯でさえクソッタレのボーデヴィッヒに入れ込んでるんだからな昭弘の奴。ここは一つ「オレ一人でもどうにかなる」って形だけでもアピールしとかないと

―――…

―――ほーら見ろ反論しない

―――…じゃあ何をどうしろって

―――「あの人」が居るだろ?世界中の誰もが知っているあの人さ

 

 心の中でそんな鬩ぎ合いをしている内に、一夏はある「悪魔的な事」を思いついてしまう。しかし恐らくそれは人としてやってはいけない事だと、一夏自身も自覚している。

 しかしどの道千冬や他の教員に報告した所で、シャルルが犯罪者として本国に強制送還される可能性は高い。

 

 すると一夏は、まるで縋るような目で己を見つめているシャルルに気付く。

 一夏は先程の陰鬱な表情を満面の笑みで直隠すと、シャルルに再び向き直る。

 

「…良しッ!オレが何とかしてやるよ!」

 

 完全に諦めかけていたシャルルは、一夏の思わぬ反応に対して首を傾げる。

 

「良い方法を思い付いたんだ。…ただその代わり、一つだけ確認しときたい事がある」

 

 

 

 シャルルは一夏の言う「確認」を聞いた後、特に迷う素振りもなく肯定の意を示す。

 

「…うん、僕は構わないよ。母の居ないあの国に未練はないし、犯罪者として生きていく位なら…」

 

「…良し」

 

 一夏は短いその一言を発すと、シャルルの肩にやさしく手を置く。あの時、昭弘が自分にそうした様に。

 

「オレが護ってやるよ。女を護るのは男の使命みたいなもんだからな」

 

 一夏にそう言われると、シャルルは安心した様に口許を綻ばせる。

 

「…ありがとう。一夏って優しいね。僕は君から白式のデータを盗もうとしていたのに…」

 

 その「優しい」と言う言葉は、一夏の心を深々と抉った。

 自分は優しくなどない。シャルルの事を本気で想っているのであれば本来なら昭弘に一度相談すべきなのに、自分の焦りを優先して勝手に押し進めてしまった。

 そんな事を考えながら、一夏は視線を逸らして小さく頷く。

 

「それと…一夏にだけは教えるけど、僕の本名は『シャルロット・デュノア』って言うんだ」

 

 今までタイミングを見計らっていたのだろう。『シャルロット』が自身の真を曝け出すと、一夏も改めて自身の真を口に出す。

 

「そんじゃこっちも改めて『織斑一夏』だ!宜しくなシャルロット」

 

 そんな2人は、異性同士である事を忘れるが如く固い握手を結ぶ。

 

 シャルロットは、一夏の先程の様子などすっかり忘れ去っていた。

 そんな彼女が今一夏の中で犇めいている翳りなど、よもや観測出来る筈もなかった。

 

 

 

 一旦寮を出た一夏は、ある人物に連絡を取るべく携帯の液晶をスライドする。

 該当人物の名前が現れると、液晶をタッチする。

 

 

 液晶画面には『篠ノ之束』と表示されていた。




少しずつ成長する箒ちゃん。
IS学園特記事項にある外部からの干渉うんぬんだと、単なる「問題の先伸ばし」になってしまうので、天災科学者にお願いする事にしました。その代償が、昭弘・箒・一夏の関係性を更に複雑にしていきますので、今後も是非御期待ください。
無論、シャルロットの問題もこれだけでは終わりません。

と言うか早くトーナメント本戦まで進めなきゃ。
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