IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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最近投稿が遅くてすみません。もしかしたら、今後も執筆の時間が取れなくなるかもしれませんが、何とかしようと思います。

んでもって大変お待たせしました!次回からようやくタッグトーナメント本戦です!ほんとテンポ悪くてごめんなさい。
私自身描くのが楽しみ過ぎてワクワクしています!

昭弘が誰とタッグを組むのかは、次回へのお楽しみと言う事で。

追記:肝心な事を書き忘れていましたが、ラウラvsセシリア&鈴音、原作と大部異なります。


第23話 決戦まで

《おんやぁ☆久し振りぃ!いっくん!》

 

 余りにもあっさりと連絡が繋がり、呆気に取られていた一夏は少し遅れて挨拶を返す。

 

「おっ、お久しぶりです束さん!」

 

 積もる話もあるのだろうが、これから一夏が話す束への頼み事は他人に訊かれてはならない話だ。

 懐古に浸る心を抑えて、人気の無い場所で早速本題に入る一夏であった。沈み切った表情をそのままに。

 

 

《フムフム…お安い御用だね☆》

 

 一夏が言い放った無理難題を、束はお使い事を頼まれるが如く簡単に引き受けた。

 

「あ、ありがとうございます!…けど、本当に可能なんですか?」

 

 懐疑心が拭えない一夏に対し、束は自信満々に返す。

 

《この「天災兎様」に不可能は無ぁい☆ただし…》

 

 無論一夏も、束がただで引き受けてくれるとは端から思っていない。彼女が条件を口に出す前に、一夏は条件の受け入れを仄めかす。

 

「オレに出来る事があるのなら…」

 

 一夏の言葉を聞いて、束は電話越しに口角を釣り上げる。

 

《ホント!?じゃあ言うね?》

 

 そして、束自身の計画とは全く関係の無い己の我儘とも私欲とも言えるようなお願いを、彼女は一切の遠慮も無しに口にする。

 

 

 

《箒ちゃんと結婚して、いっくん》

 

 

 

 

 

 

―――――5月15日(日) 06:09 アリーナB―――――

 

 フィールドの端っこで、1人の重装騎士が佇んでいた。それを纏うは無論の事、昭弘・アルトランドである。

 

 地に足を着いた彼は頭の奥深くへと響く耳障りな男の声を思い出しながら、刃渡り1m以上にも及ぶマチェットを見つめる。

 グシオンの拡張領域に空きがあった為、先日追加武装としてデリーに頼んだ代物だ。

 

 幅15cmはあろう刀身は真っ直ぐに伸びており、刃先と切っ先の間だけが奇麗に反り返っていた。

 

 先ず昭弘は強度を試すべく、その巨大マチェット『ギュスターブ』を思い切り振り下ろす。

 

ブォゥンッ!!

 

 突風の様な風切り音と共に、マチェットはグラウンドに奇麗な切れ目を残した。別段目立った刃毀れ等も無い。

 

(良いなコレ。重さや頑強さは勿論だが、何よりバランスが良い。…名前は兎も角として)

 

 ハンマーやハルバートとは異なり、柄が短く大部分が長く頑強な刃体によって構成されているマチェットは近接攻撃からも身を護りやすい。

 

 昭弘はそのまま暫くの間ギュスターブを振り回し、ある程度慣れて来た所で本命に入る。

 

(さて、後はコイツの「単一仕様能力(ワンオフアビリティ)」だな)

 

 昭弘は今現在、マッドビーストを緊急時以外使わない様命じられている。

 

 しかし緊急時に己の能力を制御出来ない様であれば、それこそ身も蓋も無い。第一、発動の基準や条件さえ未だ曖昧な部分が多いのだ。

 何よりセシリアの存在だ。本来、親友(ライバル)である三日月に対する感情からも解る通り、昭弘は元々負けず嫌いな性分だ。そんな彼は以前よりも着実に力を付けているセシリアに対し、少なからぬ焦燥感を抱いていた。このままでは負けると、もし単一仕様能力を通じて“何か”を得られるならばと、そんな事を考えているのだ。

 

 無論の事、自身の考えは千冬にも伝えてある。結果として、フィールド上に誰も居ない事と終了後に必ず身体検査を受けると言う条件付きで、使用を許可された。

 

 早速、昭弘はあの時の感覚を思い出そうとする。

 しかし忌まわしい記憶が、昭弘の思考を遮る。あの日、昭弘はやむを得ない状況だったとは言え家族(タロ)を手にかけてしまったのだ。思い出したい筈がない。

 それにあの時、グシオンと同化した昭弘は半分本気で家族を殺すつもりで戦っていた。そんな狂戦士に、進んでなりたくはないと言うのが彼の本音であった。

 

 それでもやるしかない。

 クラス対抗戦でさえ、あの様な襲撃が起きたのだ。それ以上の規模である今回の催し物では、何が起こるか分かったものではない。その際、強いに越したことはないのだ。

 そう自身に言い聞かせ、嗚咽を我慢しながらも再び意識を集中させる昭弘。

 

 

 今、昭弘とグシオンリベイクは阿頼耶識によって繋がれている。それは間違いない。

 ではシンクロ率99%と100%を隔てる「1%」とは、一体何なのか。

 

―――オレ自身がグシオンに

 

 ふとそんな言葉を、昭弘は思い出す。

 もしあの時呟いた己の言葉通りだと言うのなら、99%と100%は何もかもが異なる。99%の状態が「グシオンを纏った昭弘」ならば、100%の状態は正しく「グシオンそのもの」なのだ。

 昭弘はその事を踏まえて頭の中をクリアにする。そして、あの時の激情の正体について熟考する。

 

(…そう、色んな感情が蠢いてはいたがオレは最終的に何もかもぶっ壊したくなって。気が付けばオレは、己の破壊衝動を感情と共にグシオンへと委ねた)

 

 その結論に至ると、今度は「グシオン」と言うMPSについて考えを巡らす。それは、強いて言うならグシオン本来の在り方とでも言えば良いだろうか。

 このMPSは一体何の為に創られたのか。

 流石に束の考えまでは昭弘にも測りかねるが、兵器として纏う以上用途は絞られる。それは無論の事、戦う為である。そんなグシオンのコアに、もし自分と同じ様な破壊衝動があったのだとしたら。阿頼耶識と言う名の管を通じて、己とグシオンの破壊衝動が重なり合ったのだとしたら。

 

 その答えに行き着いた時、既に昭弘とグシオンに変化が訪れていた。

 グシオンの在り方を思えば思う程、破壊衝動に想いを寄せれば寄せる程、昭弘は己が人間なのか機械なのか判別がつかなくなっていった。

 そして…

 

―――――シンクロ率100%。これより、単一仕様能力「マッドビースト」を発動します

 

 機械的なアナウンスと同時に、あの時の激痛が昭弘の脳内に襲い掛かる。

 頭を押さえる余裕などなく、早速フィールドを破壊すべくハルバートを掲げるグシオン。

 

(まだだ、まだ動くな…!)

 

 制御に必要なのは、要するに破壊を実行に移すタイミングと何を破壊するかと言う対象を己の意思で見極める事だ。

 

―――2分後に70m先の地面を抉る

 

 そう己の中に目標値を設定するが。

 

ボォゴッ!!

 

 位置は正確に叩いた。しかし2分近くは破壊衝動を押さえられず、1分30秒程で身体が自然と動いてしまった。

 

(…もう少し慣れる必要がありそうだな)

 

 そう思いながら、昭弘は懸命にグシオンと言う名の狂獣を制御し続けた。

 

 

 

(…今度はどうやって戻るかだな)

 

 前回途中で意識を失ってしまった昭弘は、元に戻る方法さえ未だに解っていない。

 

 

 これに関しても様々な方法を試してみた昭弘であったが、結局グシオンのエネルギーが切れるまで解除される事はなかった。

 エネルギーが尽きない限りは、グシオンを待機状態にすら戻せない。案外不便である。

 

 その後、再度グシオンのエネルギー補充を行った昭弘は、他の生徒が来るまで()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

―――――5月16日(月) 09:21 1時限目―――――

 

 1年1組の教室内で、真耶の優しくもハキハキとした教鞭の声が響き渡る。

 

 ラウラはその声に耳を傾けながらも、己の任務について頭を悩ませていた。一夏と白式のデータ収集は未だに一歩も進まず、ラウラはこの学園に翻弄され続けている。

 

 つくづく自分は餓鬼だと、ラウラは思い知らされる。

 友好的な外面を作り、一夏とある程度会話をすればすんなり事が進むと言うのに。それが出来ないからこそ、ラウラはIS学園で孤立気味なのだろうが。

 

 やはり、どうにか一夏と模擬戦でもするのが一番手っ取り早い。だが一夏はラウラと戦いたがらない。

 ではどうするべきかと、ラウラは更に頭を捻る。一夏をその気にさせるには。

 

(…やりたくはないが、奴と親しい人間に危害を加えるなんてのはどうだ?)

 

 確かにそうすれば、激昂した一夏はラウラに戦いを挑む。

 しかしもしそれをやれば、クラスメイトが持つラウラへの反感はより一層強くなるだろう。

 

 ラウラも嫌われる事には慣れているが、やはり躊躇ってしまう。

 もし自分がそんな事をしでかせば、自分と親しい昭弘や相川たちにまで迷惑が掛かるのではないか。それが原因で、昭弘たちから嫌われてしまうのではないか。

 そんな友人と言う甘美な存在に惑わされし心を、ラウラは激しく揺さぶる様にリセットする。

 

(切り替えろラウラ。友人よりも任務だ)

 

 そう自身に言い聞かせると、早速標的とする人物を頭の中で選定する。一夏とより親しく、それでいて自身の実力を誇示出来る程の強い相手を。

 

 

 

―――12:06

 

 時は昼休み。しかしながら、タッグトーナメントの迫ったこの時期にもなると人の流れも変化していく。

 そしてここアリーナAにも、流れの変化に乗じた人間が1人。

 

 セシリアはアリーナAのフィールド中央にて、静かに佇んでいた。

 既に自身の専用IS『ブルー・ティアーズ』を纏っていた彼女は、徐にビットを3機射出する。

 

 トーナメントまでの猶予を考慮するなら、恐らく今日中に目標値を達成しなければならない。動きながらの「ビット3機同時操作」を。

 

 今日に至るまで、彼女は自分でも解る程努力してきた。ISによる機動訓練は勿論の事、授業中に至っても携帯を駆使して並列思考を鍛え上げて来た。

 その努力に意味があったのか無かったのか、今日で決まる。

 

 セシリアは目を瞑り、もう一度ビットについて見つめ直す。

 自身がビットと一緒に、大空を翔るイメージ。そしてそれを実行する為に必要な「並列思考(能力)」。何故2機までは可能で3機からは駄目なのか。

 

 そこでセシリアは、遂に一つの結論に至る。それは「3機のビットを操る」のではなく、「自分自身もビットとなり4機で空を飛ぶ」と言う考え方であった。

 

ドォォォォゥゥンッ!!

 

 その考えに触発される様に、セシリアはティアーズのスラスターを一気に吹かせた。

 セシリアに追従しているビットの数は。

 

(3機共付いてきている…!)

 

 先ず第一段階は成功するが、本題はここから。

 セシリアはフィールド中央付近に浮遊している的を睨むと、全スラスターをそのまま吹かせ続る。

 

―――操ろうと思うな

―――ビット…BT…ブルー・ティアーズ。そう『ティアーズ』とは、その名の通り「涙」。己の体液の一部

―――共に翔んで当たり前、後はリーダーである自身が並列思考(能力)を用いて制御するのみ!

 

 己が思い浮かべるイメージに、己が追い求める戦闘並列思考を寸分違わず重ね合わせていく。

 

 

バシュシュゥッッ!!

 

 セシリアは姿勢制御を懸命に行いながらも、確かにその光景を己の瞳に焼き付けた。3機のビットが、か細い光線によって的を撃ち抜いたと言う揺るがぬ事実を。

 

 祈願の達成であった。余りの嬉しさに己が英国淑女である事を忘れるが如く、彼女はらしくもなく両手でガッツポーズを取る。

 

(後は簡単ですわ。やり方さえ解ってしまえばビットが何機増えようと同じ事!)

 

パチパチパチパチ…

 

 すると彼女の後方から、僅かに鉄の入り交じった拍手が聞こえる。振り返るとそこには、甲龍を纏った鈴音が佇んでいた。

 

《流石は、次期国家代表最有力候補って所かしら?》

 

 鈴音にそう言われると、セシリアは控えめに笑みを溢しながら答える。

 

「恐縮ですわ」

 

《ああそれと。今後アタシの事は「鈴」で良いわよ?チームメイトなんだし》

 

「分かりましたわ。では私の事も「セシリア」とお呼び下さいまし」

 

 一度タッグを組んだことがあり、尚且つ代表候補生同士である彼女たちにとってチーム結成は割と自然な流れであった。

 彼女たち2人は、今回のタッグトーナメントにて必ず優勝しなければならないのだ。それは、ある根も葉もない噂が発端なのだが。

 

 それはさておきと言わんばかりに、セシリアは衝撃砲の運用方法がどうなったのか鈴音に訊ねた。

 

《ちょっと見てなさい?》

 

 そう言われ、鈴音の後方まで下がるセシリア。

 

デュルルルルルルルルルゥウン!!!

 

 セシリアの目に飛び込んで来たモノは、連射型に変更された衝撃砲であった。

 

《設定弄るのに苦労したわよホントにー》

 

「…成程確かに、衝撃砲対策をしている生徒には有効かもしれませんわね」

 

 散弾型と連射型では、射程距離も攻撃範囲もまるで異なる。

 

《それだけじゃないわよ?左肩のユニットは連射型、右肩のユニットは散弾型に設定しといたから戦闘中にいくらでも切り換えや組み合わせが可能な訳。後は本番までに、アタシがコイツをどれだけ使いこなせる様になるかね》

 

 衝撃砲最大の利点にして最大の欠点、それは相手からも自身からも砲身が見えない点にある。だからこそ、鈴音は今まで命中範囲の広い散弾型を採用してきたのだ。

 それをどう克服するかが、彼女の課題なのだろう。

 

 

 するとセシリアは突然反応を示すハイパーセンサーに釣られ、グラウンドを見下ろす。そこには、先日も目に焼き付けた漆黒のISが地に足を付けていた。

 映像を拡大するまでも無く、セシリアと鈴音はそれが誰なのか把握する。その人物をセシリアは冷え切った目で、鈴音は鋭い眼光で睨みつける。

 

 

「お取込み中失礼するぞ」

 

 シュバルツェア・レーゲンを纏っているラウラは、2人を見下す様に見上げる。

 そんなラウラをそのまんま見下す様に見下ろすセシリアと鈴音の反応は、異なるながらも良い反応ではなかった。

 

《まさかアタシたち2人と闘り合うなんて馬鹿な事言わないわよね?》

 

「イヤ、全くもってその通りだ」

 

 当てずっぽうで言った鈴音の予想が当たり、彼女たちは鼻で笑いながらお互いを見合う。

 彼女たちの反応を見たラウラは、断られる前に2人を挑発する。

 

「貴様らなど私1人で十分だ。数しか取り柄の無い国に、古い事に何時までも固執する国の代表候補生如きに遅れは取らんよ」

 

 沸点の低い鈴音は、今の挑発で十分だった様だ。

 

《ねぇセシリア、コイツ少し痛い目見ないと解らないんじゃない?》

 

 しかしセシリアは未だ一押しが足りないのか、鈴音を宥める。

 

《安い挑発に乗る必要性は無くってよ、鈴。代表候補生の格が落ちますわ》

 

 しかし、ラウラは尚も傷口を探る様に挑発を続けた。

 

「おっと唯一貴様らに共通している点があったなぁ。多少見た目の良い「種馬」に欲情して尻を振る所とか」

 

 彼女たちへの煽り文句を極めて簡潔に纏めたその一文を、傷口へピンポイントに投下したラウラ。

 乙女心を貶され何より想い人である一夏をも侮辱されては、最早セシリアも宥められる側となってしまう。そして今この場に、2人を宥める存在は居ない。

 

 セシリアは歯を剥き出しにしながら嗤い、青藍色のバイザーを装着しながら言い放つ。

 

《…馬鹿ですわねアナタ。骨の1本や2本は覚悟なさいな?》

 

 

 

 

 セシリアと鈴音が特訓に精を出している間、昭弘は一夏たちと食堂で昼食を摂っていた。それは彼女たち2人がこの場に居ない事を除けば、一見いつも通りの光景であった。ラウラの雲隠れに関しても、昭弘にとってはいつもの事だ。

 

 しかし奇妙な事が一つ、一夏の様子だ。それはここ最近時々見せる微弱な変化ではなく、誰の目から見ても判る程の変化であった。

 

(今日はやたら静かだな一夏)

 

 そう思いながら、昭弘は黙々と食事を続ける一夏を見つめる。

 しかし一夏は昭弘と視線が重なると、まるで避けるように瞳を左右に逸らす。

 

 箒とシャルルも、心配そうに一夏を見つめている。一夏は2人に対しても視線を合わせようとしない。

 

 昭弘は思い切って一夏が今抱えているモノを聞き出そうとするが、食堂に駆けつけて来た女子生徒の一声に遮られる。

 

「みんなーッ!!アリーナAで転校生がオルコットさんと凰さんにISバトル仕掛けてるって!」

 

 その緊急連絡を聞くと、一夏は我に帰った様に立ち上がる。

 

「あの野郎ッ!…!?」

 

 そう激昂する一夏だが、無言で食堂を駆け出して行く昭弘の後ろ姿を見て頭の熱が一気に引いてしまった。

 直後、彼の脳内は謎の嫌悪感に満たされていく。それはラウラに対してか、それとも昭弘に対してのモノなのか。

 

 

 

 彼等がスタンドに到着した頃、戦いは既に終了していた。

 その光景を観て安堵する一夏とは対照的に、昭弘は血相を変えながらフィールドへと向かって行った。そんな昭弘を、一夏は尚も冷めた目で見つめる。

 

 結果はセシリア・鈴音ペアの勝利であった。

 ラウラはISを待機形態に戻したまま力無く座り込んでいたが、鈴音も近接戦で相当苦戦したのか息を荒らげていた。

 そんな中、既にバイザーを解除していたセシリアは無表情のままラウラを見下ろしていた。

 

 

《何とか勝てたわね》

 

「……ええ」

 

 セシリアは何処か納得が行かないのか、少し間を置いて返事をする。

 鈴音とは未だタッグを組んで間もないとは言え、2対1でどうにか勝利を捥ぎ取る事が出来たのだ。しかも甲龍のSEは枯渇寸前、レーゲンとは相性の良い筈のブルー・ティアーズも幾らかダメージを受けていた。正直言って、セシリアの追い求める勝利とは程遠かった。

 

 それにセシリアは、1つ気になっている事があったのだ。それを確認すべく、彼女は地上で俯いているラウラの近くに降り立つ。

 

《ちょ、ちょっとセシリア》

 

 鈴音もエネルギーの残量が心許ないのか、セシリアに続く様に降下する。

 ラウラの眼前まで来たセシリアは、ティアーズを待機形態に戻し片膝を付く。

 

「何故本気を出さなかったのです?」

 

「…何を言うか。私は全力だったぞ?」

 

「ええ確かに全力ではあったのでしょう。しかし本気ではありませんでしたわ」

 

 セシリアの言葉に心当たりがあるのか、ラウラは再び押し黙る。

 

《それってどういう…》

 

 鈴音の疑問にセシリアは一旦右手を翳して制すると、今度は自身がそう思った理由を述べる。

 

「だってアナタ、今ホッとしているでしょう?負けたと言うのに。顔を見れば判りますわ」

 

 そう言われて、ラウラは表情を隠す様に右手を広げてさり気無く顔を覆う。

 

「更に言わせて頂きますと、戦闘中に観客スタンドを気にし過ぎですわ。誰かに観て欲しかったんですの?」

「…いいえ、それとも観られたく無かったのでしょうか?自分が人を痛めつける所を」

 

 セシリアは全て憶測で言っているのだが、ラウラはそれを無言のまま否定しない。

 

 

「ラウラッ!」

 

 その声を聴いた途端、ラウラは子犬の様に肩を震わせて座ったまま増々萎縮してしまう。何処か申し訳なさそうに。

 

 スタンドを飛び出してきた昭弘は、そのままラウラの下に駆け寄る。

 怪我が無い事を確認すると、昭弘はラウラにセシリアと鈴音へ謝罪する様促した。

 

 だが、ラウラは無言で俯いたままだ。それは意地を張っている様であり、ただ気力が無いだけの様にも見える。

 

「私はそこまで気にしておりませんわ」

 

《け、けどコイツがさっき言った「言葉」まで許すっての?》

 

 

 そんな中、グラウンドへ赴く者がもう1人。その黒いスーツに身を包んだ彼女は、溜め息と喘息を交ぜ合わせながら4人へと近づく。

 

 千冬を視界に捉えたラウラは「気を付け」の姿勢を取り、彼女を真っ直ぐと見据える。

 

「ったく私闘と聞いて飛び出して来たのに、もう折衝が纏まりつつあるじゃないか」

 

 千冬はラウラに目線を向けると、今迄彼に言った事のない命令を出す。

 

「ラウラ「謝れ」…なんて言わん。お前が謝りたいと思った時に改めて謝罪するんだ」

 

 普段の様な命令を心待ちにしていたラウラは、千冬の命令らしくない命令に対して表情を曇らせる。

 

「お前たちもそれで勘弁してくれないか?安心しろ、コイツはいつか必ず自分から謝る。信じてやってくれ。それに、反省文は嫌と言う程書かせる。コイツ1人にな」

 

 そんな千冬の言葉を聞いて、先程まで渋っていた鈴音も一先ず矛を収める。

 

 

 こうして今回のISバトルは一夏が介入するまでもなく、ラウラの自滅と言った形で幕を下ろした。

 

 

 

「一昨日の件と言いお前は本当に戦いが好きだな」

 

 昭弘が冗談交じりで皮肉を口にするも、ラウラは相変わらず口を閉ざしたままだ。

 

 しかしその皮肉の後、昭弘が中々口を開かなかったので自然とラウラはポツリポツリ言葉を紡ぎ出す。

 

「…なぁ昭弘。私はどうしたら良い?任務も、目的も、此処での生き方も、何もかもが中途半端な私は、一体“何”なんだ?」

 

 震えながらそんな言葉を絞り出したラウラに対し、昭弘も又力無く言葉を吐き出す。

 

「本当、難しいよな。此処で自分を保つってのは。周囲に合わせて本当の自分を偽るのも辛いし、かと言って本来のまま過ごすのもそれはそれで辛い」

 

 周囲の生き方や価値観に己を合わせ、尚且つ自分と言う存在を誇示し続ける。一見容易く思えるソレは、そう易々と出来る事ではない。風に従う草原だって、一枚一枚周囲と同じく揺れるしかない。

 

「けど織斑センセイも言ってたろ?唯一無二の居場所なんて無いって。それは逆に言えばどんなに居場所や価値観が変わっても、自分の中にある本質は変わらないって事なんじゃないか?」

 

 居場所に応じた仮面を付けても、仮面の内側にある素顔は変えようが無いと言う事だ。

 

「何も恐れる心配は無いと思うぞ?いくら織斑センセイを目指そうと、いくら友人を大切に想おうと、お前の本質は何も変わらない。不器用で口が悪くて優しい、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』だ」

 

 それが、人間と草木との決定的違いなのかもしれない。

 昭弘にそう諭され、ラウラは無言のまま曇天を見上げる。

 

 納得はしていない、安堵もしていない、悩みも残ったままだ。

 しかし昭弘が毎度言い残していく言葉は、ラウラの揺れ動く心に強い芯を残してくれる。その芯は揺れ動き悩む心を是正するのではなく肯定し、それでいて崩れない様に支える役割も果たしていた。

 

「…ありがとう昭弘」

 

 そう感謝の言葉を述べると、ラウラは静かな笑みを零した。

 

 

 一夏は未だフィールド上に残っている昭弘とラウラを、スタンドから見つめていた。鏡の様な潤いが一切無いにも係わらず、その瞳にはしっかりと2人の姿が映っていた。

 

「3人共無事で良かったな」

 

「ホントだよ。この時期に怪我なんてしちゃったら大会にも響くだろうし…」

 

 そんな箒とシャルロットの言葉は、今の一夏には入って来なかった。

 彼は一昨日からずっと、己の在り方について考えを巡らせていた。今この時も。

 

 突然言い渡された、幼馴染との婚約。その件について唯一相談出来る友人も、ここ最近ラウラと言う名の疫病神に付きっ切りだ。

 

 一夏は切望しているのだ。ラウラが来る前の、仲睦まじい3人の学園生活を。そうなれば昭弘はまた以前の様に接してくれるし、箒との婚約だってきっと的確なアドバイスをくれる筈だ。

 そこに何の根拠も無い事に気付いているのかどうかは、一夏本人にしか解らない。

 

―――ではどうしたらいい?どんな自分なら昭弘や箒と以前の様な関係に戻れる?……あ、そうか

 

 一夏はあっさりとその答えに辿り着いてしまった。

 

 今迄通り、明るくて快活な『織斑一夏』を演じれば良いのだ。箒との婚約も含めた全てを隠そう。大会が終わるその時までは。

 邪魔なラウラも、タッグトーナメントで徹底的に捻じ伏せる。その戦いで自分が一番『織斑千冬(ブリュンヒルデ)』に近しい存在だと思い知らせれば、心が折れて自分からIS学園を出て行くだろう。そうなればまた以前の様な3人に戻れるし、千冬も自身の事を見直してくれる。

 そんな上手く行くかも分からない浅はかな計画を、一夏は頭の中で勝手に押し進めていった。

 

 しかし解せない事が1つだけあった。それは、何故昭弘があれ程までにラウラを庇うのかと言う事だった。大切な友人が自身の忌み嫌う相手と親しく接するのは、確かに面白くないだろう。

 事実一夏は今の昭弘に対して、自分でも訳の分からない感情を抱く様になっていた。

 

「おい一夏。さっきから黙りこくりおって。言いたい事があるならハッキリ言わんか!」

 

 そう言って箒は一夏の背中に平手打ちを御見舞いする。

 しかしその頃には、もう一夏の切り換えは完了していた。

 

「ウゥオイッテェェッ!!」

 

 

 それから一夏は、大会でラウラと刃を交えるその時まで笑顔を絶やす事はなかった。

 

 

 

 

 




 その後、時はあっと言う間に過ぎ去り、学園最大の「一大イベント」が幕を開けようとしていた。

 この大会を通じて、ラウラは己に何を見出すのか。セシリアは昭弘を超えられるのか。一夏は何処まで堕ちるのか。箒は何を欲するのか。
 そして…昭弘は。


 夫々の想いはISによって具現化され、大空に無限の彩りを与えるのだろうか。

 それは葛藤を抱えている当事者たちにしか、見えないモノなのかもしれない。

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