IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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皆さん新年明けまして・・・ですね!
今年も今迄通りに行こうと思っている次第に御座います。
出来れば年末までに「この回」を投稿したかったのですが、中々上手く行かないものですね・・・。

と言うかタッグトーナメントに関して大分「オリ要素」詰め込んじゃってますが、まぁ気にせず読んで頂けたら幸いです。


第一章 の3 IS学園~タッグトーナメント~
第24話 開幕(前編)


―――――5月某日 IS学園屋上―――――

 

「んで?話って何だよ箒」

 

 中途半端にわた雲が掛かった夕焼け空のたもとで、一夏は屋上に呼び出した張本人である箒にそう訊ねる。勿論の事、張り付けた笑顔は絶やさない。

 

「私とお前との間に、前置きも糞もあるまい。単刀直入に言うぞ」

 

 そうは言ったものの、箒は今から口に出そうとしている己の言葉に、絶対の自信が持てなかった。

 

 

 

―――――更に日付は遡る 布仏本音の部屋(相方外出中)―――――

 

―――オリムーとアキヒーをね~

―――…本音、私は何をどうしたら?

―――う~~~ん……今は難しく考え込む時期じゃないと思うな~。だってシノノン、まだ自分の本心が全然解ってないんでしょ~?

―――…そう…だな

―――私もお馬鹿だから~、的確な助言とかは出来ないけど~…好きな人に告白するのって凄い勇気と言うか「力」が必要だと思うんだよね~

―――(…「力」か)

―――あっ!筋トレとかそっちの意味じゃないよ~。上手く説明出来ないけど~~、今は自分を見つめ直す事が重要じゃないかな~、好きな事に打ち込むとか~。そうすれば気持ちも整理出来ると思うし~

―――…そう…なのだろうか

―――あと、これだけは忘れないでねシノノン。もし告白してお付き合いするのなら、最終的には2人の内どちらかを選ばなきゃならない。それが私の自論かな~~

 

―――

 

 

 

 本音のそんな助言を、箒は「篠ノ之箒としてもっと強くなる事」と解釈した。

 一人の異性を選び抜き、「好きだ」と伝える簡単かつ難行を極める行為。それらを実行へ移すには、多大なる勇気と確固たる意思が必要だ。

 篠ノ之箒として強くなる。その答えは1つしかなかった。彼女が幼少の頃から、徹底的に刷り込まれてきた剣の道。自分を象徴するものであると同時に真っ直ぐで、潔くて、力強くて、そして単純にして深いソレを、箒はいつしか心の奥底から愛する様になっていた。

 それを極めれば、選び抜いた一人の異性に「好きだ」と言える様になるのだろうか。

 

 或いは無理なのかもしれない。剣で恋愛が成功するなんて、普通に考えれば馬鹿馬鹿しい。

 

 だが、この状況でここまで言ったのならば最早伝えきるしかない。

 それは自分の答えが見つかるまで、一夏が他の誰かに靡かない為の言わば「釘」。それでも、ただ釘を刺すだけでは拘束力に欠ける。

 故に、条件と約束とを融合させるのだ。そうなると箒も条件を満たす必要があるが、それで構わない。条件が困難な程、達成すれば約束の拘束力は増す。

 

 だから箒はこう言う。

 

「もし今回のタッグトーナメントで私が優勝したら…卒業するまで他の誰とも付き合うな!」

 

 そう、人差指を一夏の眼前へと差し向ける箒。

 困難は百も承知だ。代表候補生でもない自身が優勝等と。

 だが人はそうした困難を乗り越える事でしか、己の強さを確認できない。

 

 問題はここからだ。それは朴念仁である一夏がこの約束をどう解釈したかだ。

 箒は眼力を強め、しかし瞳を小刻みに震わせながら一夏の返答を待つ。

 

 一夏は笑顔を絶やさぬまま数秒程固まった後、高らかに笑いながら言い放った。

 

「なんだそんな約束かぁ!大丈夫だってIS学園(ここ)じゃあどの道そんな余裕無いしさ!」

 

 しかし、箒は一夏のそんな返答を聞いて内心不安がる。本当に間違った解釈をしていないだろうかと。

 

 その満面の笑顔から、一夏の真意を垣間見る事は出来なかった。

 

 

 

 その後2人の噂は尾ひれを付けて拡大していき、終いには「優勝したら織斑くんとお付き合い出来る」と言うとんでもない解釈を生み出してしまったのだった。

 

 

 

 

 

―――――5月30日(月) 早朝―――――

 

 IS学園人工島の中心地点であるアリーナAスタンド席にて、生徒たちは真剣な面持ちでフィールドの中心を注視していた。

 彼女たちの視線の先には、水色のISを身に纏った髪まで水色の少女がマイクを携えて中空に佇んでいる。然れどまるで違和を感じさせないオーラは、流石国家代表且つ生徒会長と言った所か。

 

 彼女は自身を囲んでいるスタンドを得意げに見回した後、なりふり構わずに怒声を吐き出す。音割れ等一切気にも留めないその一声は、まるで楯無が普段溜め込んでる鬱憤を吐き出すが如くアリーナ全体のスピーカーから飛び出して来た。

 

《これよりぃッッ!!!『第7回 IS学園学年別タッグトーナメント』開催しまァァァァッスッッッ!!!》

 

 

 

 

・IS学園学年別タッグトーナメント 通称『ISTT』

 

 トーナメントと言う形式上、先ずはその本戦に到達するまでの予選だ。それを含めて本日より1週間、じっくりと時間を掛けて戦い抜く事がISTTの凡その概要である。

 1年生は操縦者志望・整備士志望問わず全員選手として強制参加となり、2年生・3年生も普通科は操縦者として整備科生は整備士として参加する事となっている。

 

 「より実戦的な集団戦術の育成」と言う趣旨の下、タッグマッチと言う形式を取っている。

 

 整備科生の場合は、30機と言う限られたISを如何に効率良く運用させるかが主に評価される。その30機の内、ISは打鉄とラファール・リヴァイヴの2種類のみ。搭乗する生徒に合わせて機体のセッティングも変えねばならず、その上エネルギーや銃弾の補充等も含めるとかなり急ピッチな作業が求められる。

 即ち整備科生にとっては主にそれら量産機を使用する1年生の予選こそが、寧ろ本番なのである。

 

 そんな中で教師陣は全ての生徒を戦術面整備面において事細かに評価せねばならず、この1週間は正に激務中の激務なのだ。

 

 評価を付けるのは教師陣だけではない。就職の控えている3年生に対しては各国IS関連企業の監査員が厳正に評価し、本大会でスカウトされてしまう事も。

 各国の重鎮や資産家、大企業の取締役クラスも顔を出しに来る。

 

 1年生の場合予選を勝ち抜いた少数のみが、2・3年生の場合は抑々選手自体が少ないのでそのままトーナメントに進む事となる。

 其々のトーナメントは5日目が1年生、6日目が2年生、最終日が3年生となっている。

 

 景品は優勝ペア、準優勝ペア、3位入賞ペアにのみ与えられる。準優勝3位入賞の景品は決まっているが、優勝ペアには本人たちの欲する物を何でも1つだけ贈呈される。

 当然限度はあり、男子とのお付き合い云々と言った願い事も残念ながら却下されるだろう。

 

 

 

 昭弘の試合はまだまだ先だ。4つ全てのアリーナで試合が行われているので、練習も出来ない。

 しかし少しでも情報を集めたい昭弘は、スタンドから試合を観戦していた。彼の周囲には箒、ラウラ、谷本らが座している。

 

 一定間隔で銃弾を撒き散らしながら淡々と試合を進めていく2機のラファールを、彼等は黙って見つめていた。

 

(…気不味っ)

 

 そう心の中で吐き捨てるは無言が苦手な谷本。

 基本的に口数の少ない3人に加え、試合も先程から単調だ。そんな中、谷本は何か話題を見つけるべく奮闘し始める。

 

「そ、そう言えばラウラと篠ノ之さんが組むって、何か以外だよねー!」

 

 谷本の何気ない一言に対し、ラウラは無言を貫くが箒は静かに答え始める。

 

「一夏は先にデュノアと組んでしまったのでな。セシリアも本音も昭弘も既に相方が埋まっていてな…」

 

「それで「ぼっち」のラウラを選んだと」

 

「い、いやそう言う訳では…」

 

 何ら悪びれもせずにすまし顔でそう言う谷本に対し、箒はラウラの顔色を伺いながらそう返す。実際谷本の言う通りなのだが。

 そんな反応を見て、ラウラは彼女たちに聞こえる様舌打ちを響かせる。

 

 そんな会話劇に、昭弘も参加する。

 

「スマンな箒。今のグシオンは、打鉄よりもラファールと組んだ方が色々としっくり来るんだ」

 

 基本的に近接抜刀術を得手とする箒は、今回の大会においても基本武装として近接ブレードが付いている打鉄を使うつもりでいる。

 防御型で性能的にも安定している打鉄だが、昭弘のグシオンリベイクとはどうも相性が悪いらしい。

 

「…フン、それは何よりだ」

 

 そんな予想以上に機嫌を損ねた箒に対し、昭弘は首を僅かに傾げる。確かに昭弘は組めば優勝も狙える程の実力者だが、それにしたって随分な態度だ。

 箒の事を良く知らない谷本も、自身と昭弘のどこに落ち度があったのか困惑しながらも考える。

 

 結局谷本の奮闘も虚しく、雰囲気はますます重苦しいものになってしまった。

 

 そんな雰囲気が数分程続くと、昭弘は徐に立ち上がる。

 

「一夏を探してくる」

 

()()か。ご苦労な事だ」

 

 ここ最近、昭弘は一夏の様子が気懸りだった。ラウラの発言通り、探しに行くのも今回が初めてではない。

 

(試合観戦で情報でも集めてりゃ、ちっとは気も紛れると思ったんだがそうも行かないか。…やはりオレがラウラを気に掛け過ぎたせいか?いやそれにしても…)

 

 決して一夏と接しなくなった訳ではないが、それでも昭弘は一夏から避けられている様な気がしてならない。確信こそないが、何か隠し事でもしている様な。

 それと反比例するように、一夏がシャルルと一緒に居る時間は増えていった。未だにシャルルへの警戒心を解いていない昭弘は、シャルルが一夏に何か良からぬ事を吹き込んでいるのではと不本意ながらも考えてしまう。

 

 若しくは自身の知らぬ所でずっと一夏と共に居るシャルルに対し、妬みにも似た感情を多少なりとも抱いているのかもしれない。親しい友人が自身を差し置いて他の知人と仲良くしているのは、男女問わず面白い光景ではないだろう。

 友人の友人とは面倒な存在だと、この時昭弘は思った。

 

 

 

「行っちゃったね。まさか篠ノ之さんまで付いて行くとは…」

 

 谷本が意味もなく状況の変遷を述べると、ラウラも谷本に訊ねる。何を隠そう谷本だって、数多くと言うか1学年の殆どを占める一夏ファンの一人だからだ。

 

「お前は行かなくて良かったのか?」

 

「うん、今は少しでも情報が欲しいし。ラウラは良いの?愛しのアルトランドさんにコンビの篠ノ之さんもほっぽいて」

 

「「愛しの」は余計だ。織斑一夏とはなるべく顔を合わせたくないのでな。それなら弱者の試合だろうと情報収集に勤しむ方がマシだ」

 

「ラウラってホント織斑くんと仲悪いよねー」

 

 谷本が呆れ気味にそう言うと、一夏の話から少しでも早く脱したいラウラは不自然に話題を逸らす。

 

「そんな事より谷本、昭弘に迷惑を掛けるなよ?」

 

「んえ?いやいや、常日頃からアルトランドさんに迷惑掛けまくっている君が言うかね?」

 

 そう言われるとラウラ自身面目無いと自覚があるのか、彼は冷や汗と共に口を閉じる。

 

 ああは言ったラウラだが、どの道谷本ならそこまで問題ないのかも知れない。

 実は初日の実技演習以外でも、彼女は度々ラウラの教鞭を受けていたのだ。

 お互いルームメイトでない事を鑑みると、やはりそれだけ初日におけるラウラの指導が好印象だったのだろうか。

 

 どんな事でも貪欲に吸収していき、純粋にISと言う存在を心から楽しんでいる谷本。

 そんな彼女はラウラにとって特別な感情を抱く程ではなくとも、一目置いた存在となっていた。

 

 後は試合を通じてどれだけ伸びるかだ。そう言う意味では、昭弘が谷本を戦力としてどう扱うかにも懸かっている。

 

 

 

 世界が誇るIS学園の一大イベントである本大会。

 当然の事、学園敷地内に散らばっている出店の数もそれに比例するが如く膨大だ。それらの放つ様々な焼き物の匂いが大気中で混ざりながら、生徒や一般来訪者の鼻腔から内部へと侵入し食欲を掻き立てる。

 

 昭弘は一夏を探すと言う明確な目的を持ちながらも、初めて目にする「催し物」と言う存在につい意識が行ってしまう。

 

「ちゃんと探しているのか?」

 

「ん?…ああ」

 

 未だに御機嫌斜めの箒は、斬伏せる様に昭弘を注意する。

 

 流石の昭弘も業を煮やしたのか、箒が不機嫌である理由を問い質す。

 

「なぁ箒。オレだって心を読める訳じゃないんだ。ちゃんと言葉で説明して貰わなけりゃ謝るにも謝れんだろうが」

 

 そう聞かれるも、やはり箒は答えることなく眉を八の字に曲げて視線を反らしてしまう。

 そんな箒を見てそろそろ苛立ちが募ってきた昭弘は、口調を強めて更に問い質そうとするが…。

 

 

 生徒たちの黄色い声に釣られて、その方角を見やる昭弘。

 そこに佇むは「2人の美女」。どちらもサングラスを掛けているが、それでも尚美人だと一目で判る程整った顔立ちをしていた。

 1人は長いアッシュブロンドの髪にウェーブをかけており、上質な白を基調とした少々露出度の高いドレスを身に纏っていた。豊満な胸部を存分に生かしたそのコーデは、性別問わず振り向いてしまう事だろう。

 もう1人は同じアッシュブロンドの髪を左胸に束ね、黒のデニムパンツは生脚に密着しており、上半身は袖無しの白いYシャツに青いネクタイ。胸部は男性の様に平たいが、それ以外のプロポーションは隣の美女に負けず劣らずと言えた。

 

 2人は“何か”を探しているのか、頻りに首を左右に振っていた。

 しかし『Yシャツ』の方は昭弘と視線が合うと、そのまま首の動きを止める。そしてゆっくりとサングラスを外し、深紅の瞳を覗かせると優和な笑みを浮かべて歩を進める。

 

 柔らかな微笑みと紅い瞳に魅入られていた昭弘は、目前まで近づいてくるハイヒールの音で漸く我に返る。しかし、その時にはもう昭弘の目と鼻の先に彼女?の顔があった。

 

「君に会いたかった」

 

 呆気に取られる周囲、呆気に取られる箒、未だ状況の把握が出来ていない昭弘。それら一切をまるで意に返さず、彼女?は己の右手を昭弘の右手と重ねる。

 

「あ、いや……アノ…?」

 

 余りにも突然過ぎるスキンシップに、昭弘はらしくも無く動揺する。

 しかし彼女?は尚も続ける。まるで紅茶を匂いから熱までゆっくりと堪能する様に。

 

「やはり映像と実物では大分違うな。鍛え抜かれた「肉の要塞」が、制服越しでも良く分かる」

 

 そう言いながら、今度はまるで品定めする様に昭弘の周囲を回り始める。

 しかし彼女?の独壇場も、思わぬ方角からの横槍で一旦幕を下ろす。

 

「箒?」

 

 昭弘を背にしながら割って入った箒は、彼女?を鋭く睨みつける。

 

「何か御用でしょうか?」

 

 箒は声にドスを含みながらそう威圧する。

 

 そんなタイミングを見計らってか、後ろに控えていたドレス女も前に出る。

 

「ごめんなさいアルトランドくん。コイツ君の大ファンで…マッチョに目が無いのよ」

 

「一言余計だぞスコ…リィア」

 

 胸の平たい彼女?は再び昭弘に近付くと少し遅れた自己紹介に入る。

 

「申し遅れてすまない。アタシの名は『ロイ・ローエン』、資産家…とでも言っておこうか。こっちが『リィア・ローエン』だ」

 

「ヨロシク♡」

 

「…『昭弘・アルトランド』です」

 

 昭弘が取り敢えずと言った調子で名乗り返すとロイは先程以上に昭弘に密着し、彼の屈強な左腕を制服越しに撫でながら返す。

 

「本当は君と2人で出店でも回りたかったのだが、連れも居る様だしな。歯痒いが今日の所はこれにて」

 

 そう言い、ロイは憎々し気に自身を凝視する箒に目をやる。今にも飛び掛かってきそうな彼女を子供をあしらう様に鼻で嗤った後、ロイは昭弘に激励の言葉を贈る。

 

「君には大いに期待している。誰よりも深く繋がれた君とグシオンが有象無象を薙ぎ払っていく姿、是非この目に焼き付けておきたい」

 

 その言葉を最後に、ロイとリィアはその場から堂々とした足取りで離れていった。

 未だに2人を激しく睨みつけている箒は、昭弘の武骨な右手が己の左肩に乗った事でどうにか意識を切り替える。

 

「さっきは助かったぜ箒。ありがとうよ」

 

 そう言われて、箒は赤面する。

 

 だが行動の発端は、困ってる昭弘を助けたいなんて高尚なモノとは少し違った。煮えたぎる嫉妬と凍てつく様な占有意識に突き動かされ、気が付けば自身の体を割り込ませていた。

 

「私の方こそ、さっきはすまなかった」

 

 ここぞとばかりに、箒は今までの不機嫌を謝罪する。

 昭弘も不機嫌の原因は気になったが、助けてくれた事への感謝の方が大きかった。

 

「もういいって。たこ焼き…とか言うモンでも食って一休みしたら、もう一度一夏を探そう」

 

「う、うむ!」

 

 箒の機嫌が直ったのを確認した昭弘は、静かに笑みを零す。

 

 しかし、その後直ぐ先程の2人について昭弘は考えを巡らす。

 確かに昭弘自身は、ニュースによって世界中の人間に知られてはいる。だが記者会見を受けたのはたった1度のみで、それ以降一切メディア等には顔を出していない。

 そんな中、しかもISが台頭している今の時代において、あそこまで自身に固執する理由が昭弘には解らなかった。

 

 ロイ・ローエンにリィア・ローエン。

 彼女らが偽名を使っている等と露程にも思っていない昭弘は、律儀にそれらの名前を脳内に刻んでおいた。

 

 

 その後2人は結局一夏に会う事叶わず、気が付けば箒の試合が迫っていた。

 

 

 

―――アリーナC ピット内

 

 既に打鉄のセッティングを整備科に完了して貰った箒は、ISスーツのままベンチ脇で正座していた。瞼を閉じて外界の情報を一切遮断し、頭を巡っている雑念を一切取り払う。

 そんな中、同じく準備万端のラウラが箒の頭上から声を掛ける。

 

「もう5分前だ。準備しろ」

 

「…了解」

 

 そう声を落ち着かせながら返答する箒だが、内心は不安一色であった。

 ISによるまともな試合を一度も経験していない彼女にとって、ここから先は全くの未知なる領域。

 

 そんな箒の心情を察したのか、ラウラは気分転換も兼ねて「ある事」を訊ねる。

 

「…篠ノ之よ。お前は今回の大会で“何”を得たい?」

 

 ラウラの静かなる嵐の如く唐突な問い掛けに一瞬戸惑う箒だが、特に考える素振りもせずに答える。

 

「…篠ノ之箒としての「強さ」を得たい。…お前は?」

 

 箒にそう訊き返されると、ラウラは返答にもなっていない言葉を自嘲気味に返答する。

 

「……何だろうな」

 

 その時、ラウラの瞳はフィールドよりさらに遠くの大空を見つめていた。手の届く筈の無いソレを、ただ寂しげに、ただ儚げに。

 

 しかしそんなラウラを見た箒は、少しだけ勇気が湧いてきた。不安なのは自分だけではないと、独りではないと。ラウラのどこか儚げな表情が、今の箒にとっては何より心強かった。

 ただ同時に、そんなラウラに何の言葉も掛けてやれない自分自身を酷く情けなく思ってしまった。

 

 こういう時、昭弘なら何と言うのだろうか。

 

 しかし時間は無情にも過ぎて行き、気が付けば既にラウラは『シュバルツェア・レーゲン』を展開していた。

 

《何してる急げ!》

 

 箒は慌てて打鉄に乗り込むと、頭にパッと思い浮かんだ言葉をラウラに包装もせず贈る。

 

「ボーデヴィッヒ!その…不安を抱えている者同士、全力を出し切ろうッ!」

 

《あぁ!?試合前に何訳の分からない事言っとるんだ!変なクスリでも飲んだか!》

 

「なっ!?貴様「変なクスリ」とは何だッ!」

 

《じゃかしいッ!兎に角足だけは引っ張るんじゃないぞ!?》

 

「貴様こそ!慢心しすぎて墜ちるなよ!?」

 

 そういがみ合いながらも、2機の似ている様で異なる黒のISはフィールドへと羽搏いて行った。

 

 

 

―――同時刻 アリーナB

 

 ピットの更に奥へと続く格納庫内では、多数の整備科生が端末を片手にあっちへこっちへと引っ切り無しに往来していた。PICやら後付武装やら量子変換やら何やら、ISに関する単語が様々な方角から怒号と共に飛んでくる。

 

 そんな彼女たちの奮闘を、教師たちは事細かに手持ちの液晶端末へと入力していく。

 

 すると、2年の整備科生が谷本に急ぎ足で近付く。

 

「お待たせ谷本さん!セッティング確認して貰える?」

 

「あ、はい!」

 

 そんな戸惑いながらも気合い十分の谷本を、昭弘は微笑ましく眺めていた。彼女をしっかり鍛え上げたラウラには、昭弘も頭が上がらない。

 

(あんだけ熱心に教えられたら、誰に言われずとも応えたくもなる…か。オレも負けていられんな)

 

(ニシシシシ!優勝したら織斑くんとおっ付きっ合い~♪)

 

 確かに気合いである事に変わりはないが、欲望を高密度に詰め込んだ様な谷本の動機を、昭弘は聞かないでおいて正解だったのかもしれない。

 

 

 

後編へ続く




男ラウラやトネードに関しては、完全に私の“性癖”です。なので、あまり小難しく考えなくて結構です。・・・と言うかBLタグ付けた方がいいのかな・・・?
一夏とシャルは単に昭弘と別行動してるだけなので、どうかご安心を。攫われたりとかしていませんので。
まだまだ描写したいシーンが沢山あるのですが、それは後編に持ち越そうと思います。

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