モンド・グロッソ部門受賞者の「動き」を模倣するシステム。搭乗者の精神状態や強い願望、ISが受けたダメージ量等、様々な条件が重なった時にだけ発動する。
搭乗者の保護と言う名目で発動されるが、発動中はISコア側の主導権が著しく強まり搭乗者の意識が反映されにくくなる。
未発達且つ制御不能な未知のシステムであり搭乗者やその周囲が受ける被害も考慮してか、アラスカ条約に於いては使用、研究、開発全てが禁止事項と定められている。
但し、もしこのシステムを搭乗者が完全なる制御下に置いた場合は、功績として「特例措置」が認められる場合もあるとされている。
突如シュバルツェア・レーゲンから滲み出て来た漆黒の泥。
それは繭の様にラウラを包み込み、再度形状を再構築していった。
しかしそんな過程は既に一夏の記憶から消え去り、彼はレーゲンの“今の姿”に意識の全てを集中させていた。
―――…千冬…姉?
レーゲンの剣、レーゲンの構え。それらを見てその名を思い起こした瞬間、グツグツと煮え滾った何かが胸の奥から出口を求めて膨張して行く。
―――……メロ……やめろ
駄目だ、このまま叫ばずにいたら胸が破裂する。
そして遂に、熱湯の様なソレは言葉となって一夏の口から激流の如く放出された。
「ヤァァァメェェェロォォオオォォォオォォオオォォ!!!!!」
《一夏!?》
叫んだ時には、無意識に白式のスラスターに火を付けていた。
シャルロットの驚きに彩られた声も、今の脳を震わすことはない。
―――お前がッ!お前如きが「あの人」を真似るなッ!!ソレはオレノォォォッッ!!!
一夏の顔面に張り付いていた“笑顔”は、荒れ狂う憎悪によって消し去られた。まるで最初から無かった様に。
突如変貌したラウラとレーゲン、発狂しながらそれに突っ込む一夏。どう見ても異常な事態を目の当たりにした観客は、混乱とまでは行かずとも大なり小なりざわつき出す。
そんな中、泥の中で何か光るモノを捉えた昭弘はレーゲンの「目と思しき部分」を凝視する。
そこで煌めくモノが何なのか確認した途端、行動を起こすべく立ち上がろうとするが―――
ストン
昭弘の右肩に謎の力が加わり、そのまま座席へと押し戻される。
昭弘が歯軋りしながら後部座席に振り向くと、そこには今もなお昭弘を押さえつけている張本人が。
「何処へ行こうと言うのかな?」
楯無はそう笑みを浮かべながらも、昭弘を押さえ付ける力を緩めてはくれなかった。
例え昭弘でも、その道のプロである彼女の気配に労無く気付くなんて無理難題だ。
だが昭弘はそんな楯無の忍者っぷりに感心する間もなく、激しく睨み返す。
「…放してくれないすか?(万力かよ動けねぇ)」
「一般生徒は危ないから教員部隊が到着するまで待っててね?」
ぐうの音も出ない正論だ。不確定要素が多すぎる今、悪戯に乱入すればどんな事態になるか分かったものではない。
加えて、楯無は昭弘に少なからず疑念を抱いている。この様な行動に出るのも必然だ。
だがその間にも、フィールドの状況はどんどん変化していく。
突っ込んで行った白式はレーゲンの猛反撃を食らい、遂にSEが切れてしまう。その光景は、昭弘の焦燥感を煽るには十分だった。
「…そんなにオレが信用出来ないすか?」
「アナタでなくとも、一生徒が出しゃばった所で状況が悪化するだけよ」
「…アンタにとっちゃ生徒の安全が第一じゃなかったんすか?」
「言い方を変えようかしら?一生徒が向かった所で犠牲が増えるだけよ。2人には悪いけど、部隊が来るまで耐えて貰うか上手いことピットに逃げ込んで貰うしかないわ」
言論による奮闘も虚しく、楯無は一向に考えを改める気配など無い。
昭弘が諦めかけたその時―――
ガシッ
どよめく観客を掻き分けながら、その少女は辿り着くや否や楯無の右腕を掴む。
楯無にとっても昭弘にとっても「意外過ぎる人物」に、2人は大小の差はあれど似た様に目を丸くする。
「簪…ちゃん?(な、何でぇ!?)」
最愛の妹から久方ぶりの接触を受けて、困惑しつつも嬉しさで大いに浮き足立つ楯無。
ゴーレム関係で少しばかり面識はあるものの、今この状況で簪が絡んで来る理由が解らない昭弘。
そんな2人の反応を意に介さず、簪は楯無に告げる。
「お姉ちゃん…この手を放して…!」
何と簪が付いたのはまさかの昭弘側。流石の楯無も「え?」と首を傾げる。
しかしそこは生徒会長。「妹が自身の味方をしてくれない」と言う寂しさをどうにか心の奥へと追いやる。
「え…えーと簪ちゃん?彼は今あのフィールドに乱入しようとしているの。生徒会長として、一生徒にそんな危険な行為をさせる訳には…ね?」
そんな態度を貫く楯無に対し、簪は心中で呟く。
(…完璧な貴女に私の気持ちなんて……どうせ解らない…!)
他クラスである簪は、ラウラを詳しく知っている訳ではない。
しかし、彼が何らかのコンプレックスで苦しんでいる事は何処と無く察していた。似た様なコンプレックスで苦しんでいる簪にとって、ラウラに何らかのシンパシーを感じても不思議ではない。
そんな感傷が、彼女をこの様な行動に駆り立てたのだろうか。
そうして簪は、自覚無き必殺の一言を楯無にぶつける。
「…もし放さないのなら…もう貴女とは一生口をきかない」
その一言を聞いた楯無はガーンと言うグランドピアノみたいな効果音を頭に響かせ、ショックの余りつい右手への意識が疎かになってしまう。
その一時の弛みを、昭弘は決して逃さなかった。
「あっ!コラ!!」
スルリと楯無の手から逃れる昭弘。勿論、簪への感謝の言葉も忘れない。
「助かったぜ更識妹!借りが出来たな!」
楯無がそんな逃走劇を許す筈も無く、自慢の身体能力を使って追おうとする。彼女に掛かれば、コバエだろうと隼だろうと逃げられはしな―――
「ヂョッ!!簪ちゃん!?」
簪は楯無を真正面から腕ごとホールドし、その場に留めようとする。傍から見れば、少し微笑ましい光景だ。
そんな素人程度のホールドなど、楯無なら意図も容易く抜けられる筈だが。
(?…何でこの人、少し鼻息荒いの?)
今楯無の中では、「妹に抱き付かれる」と言う嬉しさと「生徒会長」としての責務がせめぎあっていた。
管制塔から、既に千冬はピットへと指示を飛ばした。現状区画シールドとハッチへの異常は検知されてない故、待機を維持せよと。
しかし、未だ観客スタンドには敢えて放送を流していない。今の所レーゲンの形状が変わっただけで、明確な脅威とは断定し難い。先に仕掛けたのも白式で、レーゲンは反撃したに過ぎない。
それに、今回は各国のVIPも馳せ参じている。彼等に悪い心証を抱かせない様、穏便に済ませたいと言うのが千冬の本音だ。
いや、本音はもっと別にあるのだろう。
自身の姿に変貌したレーゲン、それを見た途端別人の様に怒り狂う一夏。今すぐ専用回線で2人に問い詰めたい気持ちを押し留め、千冬は事態収集の最適解を探る。
《織斑先生!到着しました!!》
「アリーナ外周からピットに続く導線は確保しておいた。道が狭いようなら多少破壊しても構わんッ!」
《了解!》
管制塔から、千冬は現着した教員部隊に指示を飛ばす。万が一に備えて、ピット内まで部隊を派遣しておく。
そんな中、千冬の視界が「ある人物」の姿をフィールド上に捉える。
―――数分前 ピット内にて
丁度昭弘が駆け付けた時、待機を指示されたピット内では皆池を泳ぐ鯉の如く右往左往していた。
そんな中今にも飛び出して一夏たちを助けたそうに拳を握っていた箒は、一早く昭弘の存在に気付く。
それに釣られて、他の整備科生も昭弘を見やる。時間の惜しい昭弘は彼女たちを見渡した後、自身の考えを口にする。
「…「非常通用口」を使って、オレが生身で出ます」
「「「「「…はい?」」」」」
入っていきなり突拍子もない事を主張し出す昭弘に対し、整備科生たちは上ずった声を漏らす。
確かに、ピット内にはフィールドへと続く通用口がある。センサーが反応する事で通用口のシールドだけ一時解除され、通過すれば再びシールドが起動すると言うシステムだ。無論、フィールド側からは一切反応しない。
しかしその通用口のスペースは精々「人」一人分。ISを纏った状態ではとても通過出来ないのだが…
「そうか!昭弘ならMPSをその場で展開できる!」
次の試合に備えて別のピットで待機している鈴音とセシリアも、同じ事を考えているだろう。未だフィールドに飛び出して来ないのは、整備科の先輩方が必死に押さえているからだ。
昭弘はそのまま通用口へと向かう。
しかし、整備科生は勝手にやってきて勝手に進める昭弘を制しようとする。
「ちょっと待ちなさい!…アナタまさか「自分ならどうにか出来る」なんて思ってるんじゃないでしょうね?」
対し、少しだけ間を置いて昭弘は先程のレーゲンを思い返す。レーゲンの目と思しき部分。そこから、黒い泥とは異なる「透明の雫」が流れ出ていた。
それが何なのか、どんな物質なのか昭弘には解らない。それでも直感したのだ。ラウラをあのままにしてはおけないと。
だから昭弘は進みながら振り向かずに答える。
「オレはただ「御節介」を焼きたいだけなんですよ。所詮は「自分の為」にやっているんです」
(昭弘…)
より多くの人を、より効率的に救う。この男『昭弘・アルトランド』には、それが出来ないのだ。
自分の目に映った仲間をどうにかしてやりたい。それが全てで、名も知らぬその他大勢は後回しなのだ。
「センセイ方には「アルトランドに脅された」とでも伝えて下さい。では…」
そう言って、昭弘は通用口の前に立つ。
その時の昭弘は、箒の知るどの昭弘とも違っていた。目つきは憂いや後悔を抱いている様に生気が無く、しかし足取りは普段以上に堂々としていて、口元は覚悟でも決めた様に強く噛み締めていた。
そしてシールドを抜け、フィールドに足を踏み入れた昭弘を見て箒は思わず戦慄してしまう。
(昭弘?…何故グシオンを纏わないんだ?……待て…駄目だ…!)
駆け出そうとする箒を、整備科生たちは必死に止める。
「アンタは専用機持ってないでしょーが!?」
そんな当たり前な事実を聞いて尚、箒は必死に藻掻いた。今彼女の脳裏には、肉塊と化した想い人の姿が鮮明に映し出されていた。
既に地上に降りているレーゲンを、昭弘はフィールド端から注視する。
昭弘の予想通り、どうやら危害を加えられない限りレーゲンは攻撃して来ない様だ。
しかし、昭弘が生身で居る理由はそれだけではない。千冬の姿を模したアレは、未知数な点が多過ぎる。もし昭弘がMPSを展開すれば、その時点で攻撃対象と見なされるかもしれない。
第一アレはラウラがレーゲンを操っているのか、レーゲンがラウラを操っているのかそれすら解らない。
白式はSEこそ尽きたものの、まだ展開常態を保っていた。ラファールも今のところ無事な様だ。
何やら専用回線を用いて話し合い…と言うよりも一夏が一方的に怒鳴り付けている様に見えるが。
《シャルロットォ!!ラファールのエネルギーを寄越せッ!!》
「!?」
確かに、ISからISにエネルギーを送る事は可能ではある。しかし余りに突然で脈絡の無い要求に、シャルロットは思わず身を竦める。
《奴はオレと白式の「零落白夜」でしか倒せねぇッ!!》
意味が解らない。一体何を根拠にそんな事を言い出すのかと、シャルロットは初めて一夏に懐疑心を抱く。
それでも最終的に今まで培ってきた一夏への信頼が勝ってしまい、シャルロットは彼の要求を飲む。
身体の芯から冷え込む、辺り一面暗黒の世界。そこでラウラは、今迄得た事の無い達成感を味わっていた。
間も無く叶う、「千冬の様なブリュンヒルデ」になると言う夢。後は有象無象をこの力で圧倒すれば、自分は『織斑千冬』として完成する。
そんなラウラに気になる事が一つ。それは、自分から相手を攻撃する事が出来ない点だ。
しかし、ラウラ自身は既にその理由に辿り着いていた。
程無くして、ラウラの眼前にその“不完全な答え”が現れる。
何も見えない真っ暗な世界で、「その男」だけは何故かハッキリと姿を捉える事が出来た。
ラウラはレーゲンのコアが放つ言葉を素直に聞き取り、昭弘の下へと赴く。
未だ迷いを抱いたまま。
突如、昭弘に向かってゆっくりと移動するレーゲン。
しかし、昭弘はあくまでその場を動かない。どの道逃げられないし、何より逃げたくはないのだろう。
そして遂に千冬の姿を模した巨大なレーゲンは、昭弘の目と鼻の先に佇む。
そんなレーゲンの顔を、昭弘は突っ立ったまま下から覗き込む。目の部分からは、やはり涙かどうかも解らない透明な液体が止めどなく流れ出ていた。
「……苦しいのか?ラウラ」
昭弘は心配そうに、だがどこか申し訳なさそうにそう訊ねる。
千冬の姿を模しているレーゲンを見て、先程から昭弘の中である考えが芽生え始めていた。
結局ラウラは、千冬の様になりたかっただけなのではないのか。
今迄自分が行ってきたお節介は、ただ単にラウラを悩ませ苦しめただけだったのではないか。
今も尚流し続けている透明な雫と、自分からは攻撃しないと言うその行動原理は、昭弘からすれば今も悩んでいる事への裏返しとしか思えなかった。千冬の様でありたい、去れど学園の皆を傷つけたくはない、と。
それでも、昭弘には彼を悩ませる事しか出来ない。
「…すまないラウラ。どうなりたいかはお前が決めるしかないんだ。だから…」
そう言うと、昭弘は両腕を左右に大きく広げながらラウラに「究極の選択」を言い渡す。
「好きにしてくれ。これからお前が起こす行動に、オレは文句を言うつもりはねぇ」
例え自分の命が朽ち果てようと、それがラウラの「本望」に繋がるのなら昭弘はそれでも構わなかった。
そんな昭弘の真意が伝わったのか、レーゲンは巨大な機械刀「雪片」をゆっくりと振りかぶる。
「シャルロットまだか!?急げッ!!ボーデヴィッヒをぶっ飛ばすッ!!」
「昭弘オオォォォォォォォッッ!!!」
「篠ノ之さんッ!教員部隊が着いたから落ち着いて!」
「アンタたちいい加減退かないと中国拳法お見舞いするわよ!!?」
(アルトランド…)
其々がどんな想いを胸に抱こうと言葉にしようと、ラウラの意思が変わらない限りその剣は振り下ろされる。
昭弘の意思が変わらない限り、彼の鮮血はフィールドを濡らす。
この一太刀を振り下ろせば、ラウラは織斑千冬として終われる。もしかしたら自身の命も終わるかもしれないが構うものか。例え一瞬でも、織斑千冬になれるのだから。
昭弘が居る限り、自分は延々と悩み続ける。それだけ昭弘の「言葉」は大きい。昭弘の言葉により、これ以上悩みと迷いに苛まれる位なら…。
―――昭弘を殺したくなどない。だがお前を殺せば…きっと私の迷いは消える。「この居場所」を諦める事が出来る。どうせお前だって…私と居て楽しくなど無かったろう?
レーゲンからの言葉に何ら抵抗感を覚える事無く、ラウラはその剣を無造作に振り下ろ―――
「今まで楽しかったぜ」
レーゲンの言葉は、今この瞬間だけはラウラに聞こえていなかった。ラウラをそんな常態に至らせた原因は、昭弘のそんな“ふとした言葉”にあった。
今この場で死ぬと言うのに、今までラウラに聞かせてきた言葉が水泡に帰そうとしているのに、何の悔いもなしにそんな言葉を言ってのけたのだ。
―――楽しかった?いやそんな筈は無い!少なくとも私はずっと苦しかった!こんな「空っぽ」な私なんかと居て楽しい筈が…
漸く、ラウラは“もう一つの答え”に行き着いた。そう、彼は空っぽなどではなかったのだ。
互いの違いを確認し合い、それを日々の糧として楽しむ。時にそんな己と他者との違いに苦しみ、自分の在り方について見つめ直す。それが悩みや迷いを生み出す。
ラウラの空っぽな中身は、昭弘たちと通じて得たそれらによってもう十分満たされていたのだ。更に言えば、自分の在り方について悩み考え苦しむ事こそラウラが『ラウラ・ボーデヴィッヒ』である確たる証拠だった。
それに行き着くや否やラウラの頭を侵していたグルグルは急速なる逆回転を始め、ラウラの心を支えてくれた言葉たちを蘇らせる。
この世に唯一無二の居場所など存在しない。
悪いか?友人の技量が気になって。
お前の本質は何も変わらない。不器用で口が悪くて優しいラウラ・ボーデヴィッヒだ。
―――今なら解る。昭弘と教官が紡ぎ出した言葉の真意を
昭弘も谷本も相川も鏡も箒も、此処でのラウラをラウラとして見てくれていたのだ。感じてくれていたのだ。
それらの言葉を思い返した後、再びレーゲンの声がラウラの脳内に響く。
それに対し、ラウラはいつまでもこれからも苦しみ藻掻く自身を笑う様に答える。
―――私の本質は変えようが無い。何処まで行ってもラウラ・ボーデヴィッヒであって、織斑千冬になどなれない。それに…
―――
ラウラ自ら導き出した結論を聞いたレーゲンは、それ以上声を上げる事など無かった。
レーゲンも気付いたのだろう。ラウラは織斑千冬にはなれないし、なってはならないのだ。
何故なら、同じになれないからこそ人は憧れる事が出来るからだ。
憧れが何なのか知ったラウラはその第一歩として試合を続行する為、昭弘の言葉を再度記憶から引っ張り出す。
それはラウラを今迄で一番悩ませ、同時に一番心に痕を残した言葉であった。
もう好きな様に戦ったらどうだ?ISってのは、自分の「好き」が許される存在だろう。
この瞬間、ラウラはIS乗りとして再度スタートラインに立った。
勝つ目的など、最初から必要無かったのだ。
好きな様に思った様に戦いたい。そんな本当の自分としての限界を知りたい。
それを実行する為に、ラウラは感じたままにレーゲンと言うISに自分を重ねて思い描く。
―――――VTシステム、「完全起動」を確認。「
VTシステムの神髄とは、「
それは悩み抜き、悩み続ける者でしか辿り着く事は出来ない境地だろう。
「終わりだボーデヴィッヒィィィッ!!!」
剣を振り被ったままのレーゲンに対し、一夏は叫びながら白式を突っ込ませる。
キュバァアッッ!!!
レーゲンは白式が突っ込むよりも教員部隊が突入するよりも早く、異音と同時に纏っていた泥を周囲に撒き散らした。白式はソレを避ける様に距離を取り、昭弘は衝撃で尻餅をついてしまった。
撒き散らされた泥は粒子となって中空へと消えて行った。しかし皆そんなモノには目もくれず、泥を撒き散らした張本人を注視していた。
その「銀髪の美少年」は、両足を僅かにクロスさせながら腰に手を当てて物静かに佇んでいた。新しい朝を迎えた様な、得も言われぬ爽やかさを全身から放ちながら。
纏っているソレは黒を基調とし、脚部も上半身も極めて装甲が薄く、一目見ただけでも異常な可動性が容易に想像できる程であった。その異形は、最早ISと言うよりも細身のサイボーグを彷彿とさせた。
そして左目の瞳を彩る黄金色の輝きは、まるで初めて外界を目の当たりにしたかの様にアリーナ全体を見渡していた。
訳が分からない昭弘は尻餅をついたまま、そんなラウラを見つめる。
そんな昭弘に対し、ラウラは事も無げに手を差し伸べる。
ラウラの右手を掴み、腕と腹筋に力を加えて起き上がる昭弘。
立ち上がってみると、ラウラが纏っているISの小ささがより浮き彫りとなった。
普段のラウラと身長はほぼ変わらず、先程のレーゲンとは打って変わって今度はラウラが昭弘を見上げている状態だった。
更にはレールカノンやワイヤーブレード、プラズマ手刀等武装らしい武装も見当たらない。
訊きたい事は山程ある昭弘であったが、一番最初に訊くべき事は既に決めていた。
「…もう苦しくはないのか?」
《…苦しいさ。左目もまだ少し痛む。…だがもういいんだ》
何がいいのか、昭弘には何となくしか解らなかった。
しかし今の胸を張ったラウラを見てしまえば、それが悪い事ではないと誰しもが気付くだろう。
「お前がそれでいいのなら、それでいいさ」
そう言って、昭弘はラウラの頭に手を置く。するとラウラは気恥ずかしさからか、顔をしかめて昭弘の手を払う。
《おっとこんな事をしている場合ではなかったのだ。下がっていろ昭弘》
「あ?何言って…ッ!?」
その光景は一夏にとって劇物に他ならなかった。
いつも己の眼前で昭弘を独占し、更には身の程知らずにも千冬を模倣する。
中でも一番許せないのは、千冬の姿を模倣しておきながらソレをあっさりと脱ぎ捨て、どこかサッパリとした表情をしているのだ。これが侮辱でなくて何だと言うのだ。
それを機に一夏の脳内は完全にオーバーヒートし、憎悪に任せて白式のスラスターを爆発させた。
今の彼にあるのは、ラウラに対する殺意のみ。
「オイ一夏!もういい!ラウラはもう大丈夫だ!」
しかし一夏は昭弘の制止を見向きもせず、白式の出力をまるで緩めない。
ラウラはまだ地面に足を着けたまま、迫り来る白式を静かに見据える。何かを待っているかの様に。
速さと身軽さ。
ラウラにとって己の戦闘スタイルを見つめ直すには、その2点さえ揃っていれば十分だった。それ以外の武装は、今の彼には寧ろ不純物。
何故ならラウラには、どんな速さをもモノに出来る
その左目でラウラは見極める。自身の短い腕が、迫る雪片弐型よりも早く白式に届く間合いを。
そして、一夏が鬼の形相でソレを大きく真横に振りかぶる瞬間―――
―――ここッ!!!
刃先が白式の後方を向いている、最も前面へのリーチが短い一瞬。
ラウラは左足で地面を思い切り蹴り、それをバネにする様に右拳を突き出す。ジャブとなったソレが一夏の顔面に届くまで、正にほんの刹那であった。
一夏の眼前を小さな拳が覆い隠した瞬間、絶対防御が無慈悲にも発動する。ラファールから貰った僅かなSEでその一撃に耐えられる筈もなく、今度こそSEの数値は0を迎えた。
当然一夏へのダメージは無い。だが肉体的な疲労からか怒りや憎しみから来る精神的な疲労からか、一夏の意識はバッテリーがイカれた様に途切れてしまう。
最後に彼が聞いた音は、冷たく鳴り響く試合終了のブザーだった。
「決めた。コイツの名は『シュバルツェア・シュトラール』だ」
―――――音声認識『ラウラ・ボーデヴィッヒ』。ISの再登録、完了。
ラウラ関係のゴタゴタは、これで9割近くが完了です。後はまぁIS学園に在籍する為の調整やらドイツとのやり取りやらが1割ですかね?兎も角、皆さん長々とお付き合い頂いてありがとうございました!
一夏もちゃんと救済しますんでご安心下さい・・・こんな終わり方しといて何ですが。
あと、色々追加設定ぶっこみすぎました。反省はしていません。ラウラの新機体、まだまだ特殊能力やら何やら隠されておりますので、是非期待して下さい。
次回、原作通り大会が中止になるか、それとも続行となるかはお楽しみと言う事で。