IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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クソみたいに投稿が遅くなって申し訳ございません・・・。

ただその分、怒涛のテンポで話を進めました(当人比)
けど、短文で相手の強さを表現するのって難しいですね。


第26話 続行

 先の事態をレーゲンの暴走とは汁程も思っていないVIPたちは、能天気な感想を互いに溢し合う。フィールドに乱入した昭弘の事も、何らかの演出程度に思っているのだろう。

 

 そんな中スコールは不機嫌を隠そうともせず、腹の底から空気砲の様に大きな溜め息を吐き出す。

 

「期待して大損ね。所詮は「弟」って訳かしら」

 

 やはりスコールは、今大会で一夏の実力を見定めておくつもりだった様だ。場合によっては、自身の部隊に引き入れる算段もあったのかもしれない。

 他の誰よりも戦闘に精通している彼女の事。恐らく今回の試合で、一夏の限界がある程度解ってしまったのだろう。

 

「姉が異常過ぎるだけで、アタシは織斑くんもいい線行っていたと思うが?」

 

 申し分程度に一夏を擁護するトネードだがそんな事でスコールの機嫌が変動する筈もなく、舌打ちを響かせながら脚を組み換える。

 そんな妹に対し、トネードは冷たくあしらう様に言い放つ。

 

「先に帰ったらどうだ?」

 

「…残るわよ。VIPの途中退館って何かと面倒だし」

 

 そんな渋々としたスコールとは対称的に、トネードは普段の無表情が崩れる程度には上機嫌だった。

 

 己の意を貫く為に、自らの命をも白刃の前に差し出す。

 その有り様は大人の命令でしか己の命を賭けられない少年兵と比べると、明らかに異質と言えた。トネードはそんな異を放った元少年兵に、改めて不思議な魅力を感じたのだ。

 

 そんな彼の恍惚な瞳は、今昭弘が居るであろうピットを射抜く様に見つめていた。

 

 

 

 ピットに戻った昭弘の胸部には、箒の額が重々しく寄り掛かっていた。彼女は涙を流しながら、両手の拳を昭弘の盛り上がった胸筋に何度も力無く叩き付けていた。

 

「もう「あんな事」…2度としないでくれ」

 

 余りに真っ当な反応。

 しかし、昭弘はこう言った反応に不慣れであった。前の世界、常に生きるか死ぬかの極限空間に身を置いていた彼からすれば、箒の取り乱し様こそ異常そのもの。

 

 ラウラに右肩をスパンと叩かれてどうにか気を取り直した昭弘は、取り敢えずこの場面に相応しかろう言葉を模索する。

 そんな3人の傍から見れば青春真っ只中なやり取りを、整備科生たちはニヤつきながら流し見していた。

 

「……心配掛けた…スマン」

 

 そう言い、昭弘は己の武骨な手を箒の肩に優しく添える。

 それでも尚、箒の涙腺から流れ出る滴は中々治まらなかった。

 

 

 

 箒が落ち着いた所で、2人は一夏の様子を見に行くべくピットを出ようとする。

 

 しかしそんな昭弘と箒をラウラは静かに制する。

 

「気持ちは解るが、今はお互い次の試合に集中すべきではないのか?」

 

 それを聞いて、昭弘と箒は似た様に押し黙る。

 一夏の気絶が単なる疲労だと言うのは、既に昭弘も箒も聞き及んでいる。だが、あの発狂の後なのだ。今精神状態の不安定な一夏に会ったとしても、互いの心が痛むだけだろう。その心傷は、確実に試合にも影響を及ぼす。

 どの道今の2人には、あんな常態の一夏に何と声を掛けたら良いかまるで解らなかった。

 

 

 そんな時、ここぞとばかりにピットに千冬が現れる。

 彼女は凶悪な笑みを浮かべながら昭弘を視線で射止め、親指で自身の後方をクイッと指し示す。

 

 昭弘は諦めながら千冬の後に続く。

 

 

 

 管制塔に連れられた昭弘を待っていたモノは、千冬と教員部隊からの度重なる叱責であった。

 

 クラス対抗戦での襲撃と今回の事態、2度に渡っての独断行動。更には、試合中のフィールド上に生身で侵入すると言うとんでもない暴挙。怒られない筈が無い。

 

 昭弘の行動はあくまで結果的に上手くいったに過ぎない。それがどれだけ英雄的に見えようと、規律を破った事への罰は与えておかねば他の生徒まで規律を軽んじかねない。

 

「昭弘・アルトランド。今大会に於いてお前個人への景品は全て取り消しとする。更に反省文を30枚、期日までに提出せよ」

 

「…分かりました」

 

 千冬から言い渡された罰を、昭弘は静かに受け止める。

 少々甘い罰かもしれないが妥当な落とし所だろう。昭弘を大会から棄権させれば、相方である谷本まで迷惑を被る事になる。

 

 

 長い様で長い説教が終わり、教員部隊が全員退室したタイミングで昭弘も最後に管制塔を出ようとする。

 

「アルトランド!」

 

 千冬に強く呼び止められ、ゆっくりと後方を振り向く。昭弘の瞳に映ったモノは、深々と頭を垂れる千冬の姿であった。

 

「…ありがとう、ラウラを解放してくれて。…今度何か奢らせてくれ」

 

 千冬が今回、一番言いたかった言葉がソレだった。管制塔からもハッキリと見えたのだろう。千冬の今迄見た事無い、長いトンネルを脱したかの様なラウラの清々しい表情が。

 その想いは、昭弘の独断行動や危険行為に対する憤りを軽く凌駕していた。

 

 そんな千冬に対し、昭弘は軽く会釈する。大した事はしてないとでも言いたげに。

 

 

 

 大会はこのまま続行する形となった。

 レーゲンの暴走に関しては、殆どの観客からは「二次移行が完了するまでの一時的な不具合」程度の認識だ。怪我人や設備の異常等も、報告は無い。

 第一2・3年生の試合、それを査定する各企業、学園内に出店している各テナント、今この時も試合を待ち侘びている一般観衆やVIP。そして今迄この大会の為に動いてきたカネ、これから動くであろうカネ等々。

 それらを考慮すると、流石に「IS1機の異常」程度で大会を中止にする訳には行かないのだ。

 

 

 

―――保健室

 

 寒さすら感じない深淵から、一夏はまるで逃げる様に浮上する。

 ある程度浮上するとパッと外界の景色が映る様になり、同時に五感も甦った。

 

「一夏!…良かった、本当に只の疲労だったんだね」

 

 そんなシャルロットの一言で、一夏は漸く今まで自身が気を失っていた事に気付く。

 そして、既に分かりきっている事を意味もなく彼女に訊ねる。

 

「…試合は?」

 

 その質問に、シャルロットは目を逸らしながら答える。

 

「…僕たちの負けだよ」

 

 レーゲンはラファールの放ったグレースケールがトリガーとなって、VTシステムを発動させた。しかし、その時点でもSEは未だ僅かに残っていたのだ。

 そのSE残量は二次移行が完了した後もそのまま継続され、最終的にSEの残っていた機体はレーゲン改め『シュバルツェア・シュトラール』だけだったと言う訳だ。

 

 「そうか」と一言だけ静かに呟いた一夏は、シャルロットのある異変に気付く。先程から、一夏と目を合わせようとしないのだ。それはまるで、話したくない相手と同じ空間に居る時の反応と似ていた。

 恐らく彼女も、一夏とどう接すれば良いのか解らないのだろう。彼女の目に映るのは、もう今までの一夏ではない。一夏の明るくて優しい外壁の内に隠れた翳りを知ってしまった以上、もう今迄の様には接し難い。

 

 当然、一夏も先の試合での一件を詫びようとはしていた。しかし、同時に謝ってどうなるのかとも感じていた。

 一夏が犯した愚行は、ガチガチに固めた外面による謝罪で済む問題ではない。己の激情のせいで勝機を逃し、シャルロットの考えも録に聞こうとせず、更には生身の昭弘の存在も考慮せずに零落白夜を発動して突撃すると言う危険極まりない行為。

 

 だから敢えて一夏はこう言う。

 

「…ごめん、シャルロット。出てってくれないか?今は一人で居たいんだ」

 

 今の自分と一緒に居た所で、彼女が苦しいだけだ。そう思い至っての発言だった。

 

「……分かった。また来るね?」

 

 そう優しく言い残し、彼女は保健室を後にした。

 

 常勤の保険医が別の生徒に付き添っている今、そのカーテンで仕切られた空間には一夏一人が残されていた。

 

 しかし望んでいた筈の一人の時間は、ラウラに敗北したと言う厳しい現実を思い出させる。

 その現実は、彼を絶望の淵へと沈めんとばかりに重くのし掛かる。

 

 

 昭弘や箒との今後の関係、婚約の件、そして自身のアイデンティティの喪失。それらの問題は、一夏一人で抱え込むには余りに重すぎた。

 しかし、今更どの面下げて昭弘に相談しようと言うのか。ラウラに敗北した自分自身に、昭弘は愛想を尽かしているに決まっている。

 例え相談出来たとしても、自身の勝手な判断で押し進めたシャルロットの一件まで打ち明けてしまえば、確実に昭弘から激しい叱責を受けるだろう。それを切っ掛けに、もしかしたら嫌われてしまうかもしれない。

 

 一夏のそんな考えは流石に下降思考が過ぎる。しかし端から「昭弘から見た自分」をそう思い込んでいた一夏は、項垂れながら頭を抱えることしか出来ない。

 

 相手がどう思っているかなんて、相手にしか解らないのだから。

 

 

 

 

 

―――トーナメント 第2試合(Bブロック)

 

 少しの時間を置き、漸く再開されたトーナメント戦。

 

 既に試合は大きく動いており、半ば大詰めに差し掛かっていた。

 

《そぅらそぅらこんな程度!?「専用機持ち」様ッ!》

 

 打鉄相手に、鈴音は存外にも苦戦を強いられていた。

 

 相手は2機共打鉄であり、装備も「追加装甲+IS用重機関銃『ブローニングXM2020』+アサルトライフル『焔備』」で統一している。両機共近接ブレード『葵』を取っ払っており、その分取り回しの良いサブマシンガン『FN P90』を装備。

 

 基本的に甲龍は、こうした中距離で弾幕を張る相手が苦手だ。

 加えて千冬の教育が予想以上に行き届いている為か、相手の実力も相当だった。どれだけ甲龍が距離を取ろうとしても逆に距離を詰めようとしても、相手はそれに応じて中距離を保ち続けた。

 

 しかし鈴音を追い詰めていた大本の原因は、やはり彼女自身の心境にあった。

 

―――一夏

 

 その名に支配されていた彼女の頭は、戦闘と言う高密度な状況に暗雲を落としていた。まるで鈴音と甲龍の繋りが、その名前によって遮られているかの様に。

 ブルー・ティアーズによるビットの援護があって尚、鈴音は気迫で相手に押されていた。

 

 

 

 鈴音の不調を既に感じ取っていたセシリアは、4機のビームビットを甲龍の元に向かわせていた。そんなティアーズを支えるのは、スターライトMkⅢと2機のミサイルビットのみ。

 しかし―――

 

《ダァッ!何故当たらない!?》

 

 アサルトモードのティアーズとセシリアを相手に、弾の飛ばし合いで優位に立てる事はなかった。どんな角度どんなタイミングで引き金を引いても、弾道は空しく線を引くばかり。

 

 そして止めとばかりにセシリアは相手の死角からミサイルを撃ち込み、SEを削り切る。

 

《駄目かぁ~~!》

 

 相手の落胆した声に耳を傾ける間も無く、セシリアは直ちに甲龍の援護に入る。

 

 

 

 険しい表情でピットに戻って来たセシリアと鈴音。どうにか試合には勝てたが甲龍のSEは2%しか残っておらず、ティアーズもSEが大きく削れていた。

 

 セシリアは鈴音の不調の原因を、ある程度予想していた。

 突如として豹変し、遂には気を失ってしまった一夏。そんな想い人の現状を、心配しない人間が何処に居ようか。

 それはセシリアとて同じ事。単に彼女は、気持ちの切り替えが上手いに過ぎない。

 

 故にセシリアは、在り来たりな言葉を贈るしかなかった。

 

「心配なのは私も同じですが、今は目の前の試合に全神経を注ぐべきかと。きっと一夏も、そう望んでおられる筈ですもの」

 

「……ごめん」

 

 短くそして力無く返事をする鈴音。

 そんな彼女を見てセシリアは、自分の言葉が所詮は付け焼刃と気付かされる。

 そして遂に、セシリアはそれ以上の言葉を思い付かなかった。彼女も又、鈴音と同じ苦しみを携えているからだ。だからこそ鈴音の気持ちは痛い程解るし、解るからこそ安易な言葉を掛け辛いのだ。

 それらの言葉に何の効力も無い事に、同じく苦しむセシリアは気付いてしまったのだ。

 

 

 

 

 

―――トーナメント 第3試合(Cブロック)

 

 昭弘はセシリアたちの試合と比べると、安定した結果を出せていた。

 グシオンリベイクのSEはある程度余裕があり、谷本とラファールリヴァイブもこれと言った不調は見られない。

 

 彼等も一夏の容態は気掛りなのだろうが、上手い事気持ちを切り替えられている様だ。

 

「ウォォォォアアアァァァァッッ!!!みっちゃん!グシオンめっさ怖いって!!あと谷本ラファールが死ぬほど邪魔!!」

 

 サブアームに携えたミニガンと滑腔砲で敵のラファールにビームと炸裂弾を撒き散らしながら、もう片方の打鉄を追い回すグシオン。

 マチェットとハルバートを構えた相手に追い回されれば、そんな奇声を上げたくもなるだろう。そんな打鉄の搭乗者はグシオンに銃口を向けたくとも、谷本からの執拗な弾幕に妨害されてしまう。

 

《いやマジゴメンて!こっちも躱すので手一杯…あ》

 

 『みっちゃん』の奮闘も空しく近くで起爆した炸裂弾の破片を浴び、SEが尽き果てる。

 

「みっちゃーーーーーんッ!!!おのれィ!私一人でも凌ぎき…て無理無理無理ィィィィ!!!」

 

 

 その直後、試合終了のブザーがもう怖くないよと優しくみっちゃんと相方の耳を撫でた。

 

 こうして圧勝とまでは行かないが、昭弘と谷本は上々な滑り出しを見せた。

 

 

 

「いやはや余裕でしたね♪」

 

 そんなあからさまに慢心している谷本を、昭弘は軽く叱責する。

 

「1回戦目であの実力なんだぞ?準決勝では更に手強くなる。優勝するまでは気を引き締め続けろ」

 

「ヘイヘーイ」

 

 そう気だるげに生返事をする谷本。

 試合時の真剣さから大分普段通りの意識に戻って来た彼女は、チョクチョクと気になる事を口から漏らし始める。

 

「にしても織斑くん大丈夫ですかね。気を失った事じゃなくて…」

 

 谷本がその後言わんとしている言葉を先読みするが如く、昭弘は言葉を返す。

 

「オレも何処と無く嫌な予感はしていたんだ」

 

「仲悪かったですもんねーあの2人。けど何であそこ迄怒り狂ったんですかね?」

 

 一夏は千冬の姿を模したレーゲンを見た途端、ああなった。

 その事実を思い返すと、やはり昭弘の脳裏には一夏が過去に発した「あの言葉」が浮かび上がる。

 

―――千冬姉を…

 

 千冬をどうしたいと言うのだろうか。守りたい、超えたい、それとも…。

 

 いくら予想を立てた所で、本人の口から直接聞いてみない限りは答えなど出ないだろう。そしてそれは、今の昭弘には叶わない。

 

 

「レーゲンと言えば、二次移行格好良かったですよねぇ!まさに覚醒って感じで!」

 

「新機体の名は『シュバルツェア・シュトラール』と言うらしい。間近で見たが、地面を蹴る時の動きが最早人間そのものだった」

 

 「間近」と言う単語で思い出したのか、谷本はまたしても話題を変える。

 

「と言うかアル兄、よく生身でフィールドに乱入しましたよね。目茶苦茶怒られたでしょ?」

 

「それはもう。ただまぁ、お前には連帯責任だのペナルティだのは無いから安心しろ」

 

「良かった~」

 

 互いにそう笑いながらも、昭弘はある2つの大きな感情に苛まれていた。

 ラウラが「自分」を見つけられた事は昭弘も嬉しいが、それと対をなす様に崩れ堕ちていく一夏への憂いも同じ位大きい。それらは例えるなら、昭弘の心に生じている熱風と冷気。

 一体そのどちらに意識を向ければ良いのか、今の昭弘には解らなかった。

 

 

 因みに谷本の昭弘に対する「呼び方」は、苗字呼びがいい加減面倒臭くなったからだそうだ。「さん」も付けて8文字では口も疲れる。

 名前で呼べばいい気もするが、そこは彼女なりの拘りでもあるのだろう。

 

 

 

 

 

―――トーナメント 第4試合(Dブロック)

 

 フィールド中空に、4機のISがブザーを待ちながら佇んでいた。

 

 そんな中、日本の代表候補生である簪は最新の専用機に身を委ねていた。

 打鉄の後継機である第三世代型IS『打鉄弐式』。ボディは全体的に水色で、両脇にロケットの様な非固定ユニットを夫々浮遊させていた。

 武装は背部の連射型荷電粒子砲『春雷』と、対複合装甲用超振動薙刀『夢現』の2つのみ。

 

 実はこの機体、未だ完成形ではないのだ。

 話によると何らかの要因が重なった為に、開発が途中で頓挫したとか。

 しかし専用機とは言え未完成の機体で此処迄勝ち上がって来た戦績は、見事としか言いようがない。

 

 それだけの実力があって尚、簪は安心したいが為に相方の横顔をチラリと覗き込む。

 打鉄を纏った本音はそんな簪の視線に気付くと、いつも通りの笑顔を見せてくれた。

 

 簪はいつも親友が見せてくれるこの笑顔が大好きだった。彼女の笑顔を見た後だけは、不思議と手の震えが止まるからだ。

 改めて簪は、本音とペアを組めた事に感謝を示した。

 

(…打鉄弐式と私の実力を信じよう。本音だってついてる。それに…どんな理由であれ本音はオルコットさんではなく私と組んでくれた。その事実を前にして、みっともない試合はしたくない)

 

 この時だけ、簪は姉への劣等感から解放されていた。彼女の頭は、フィールドでいつも自分の傍に居てくれる親友の存在に埋め尽くされていた。

 

 

 そんな彼女たちの善戦を願うかの様に、試合開始のブザーが高らかに鳴り響いた。

 

 

 しかし…。

 

 

 

 時は過ぎ去って試合も後半。簪は無意識に歯軋りを続けていた。

 それは単に苦戦故か、それとも先の自信に満ち溢れた自身に対してのものなのか。

 

 だが簪は別段調子が悪い訳でもなく、その辺りは本音も同様だった。

 にも拘わらず、SE残量は相手の方が僅かに上。

 

 今迄予選で下してきた相手とは、明らかに次元が違っていた。

 それは単に強いと言うのもあるが、「戦い方」が一癖も二癖も異なっていたのだ。更に言うなら、とてもISらしい戦い方と呼べる代物ですらなかった。

 もっと具体的に例えるならまるで「フィールド全体が襲い掛かって来る」かの様な、そんな感覚を簪と本音は覚えた。

 

《カンちゃん!!》

 

 区画シールド沿いに居た本音は、弐式に執拗な波状攻撃を仕掛けている相手の打鉄を狙おうとする。

 

ドガァンッ!!!

 

 突如、本音の居た直ぐ近くの区画シールドが爆炎を吐き散らし、彼女を地面へと吹き飛ばす。

 彼女は地面に激突する直前で体勢を立て直すが、今度はその地面から爆炎が上がり更に打鉄のSEを削り取る。

 

(このままじゃ負ける!)

 

 そう思い至り、敵打鉄からの攻撃をやり過ごしながら簪は勝利への糸口を探すべく頭を振り絞る。

 

 しかし余りにも相手の動きが読めなさ過ぎて、簪は決定打が中々見出せない。

 こうやって戦闘への意識を疎かにさせる事も、相手の策略なのではないかと簪は思ってしまった。

 

(考えても仕方が無い!こうなったら一気に距離を詰めて、夢現でこの打鉄から捻じ伏せる!その後「トラッパー」であろうラファールを、本音と2人掛かりで…)

 

 そう今後のプランを固めた簪は、タイミングを見計らってスラスターを一気に爆発させる。

 

 そして相手に肉薄したその瞬間―――

 

ポイッ

 

 相手が自身に向かって投げ捨てたモノを、簪は数瞬遅れて理解した。

 

―――スタングレネード!?

 

 気付いた時にはもう遅く、大量の光が簪の視界に雪崩れ込む。

 結果として身体を丸める様に体勢を崩すが、相手は投げる瞬間に頭部を腕で覆っていたのか直ぐ様反撃に転じる事が出来た。

 サブマシンガンで軽く弐式のSEを軽く削った後、今度はIS用重機関銃のストックを使って弐式を地面へと叩き落とす。

 

ドォォゥン!!!

 

 すると轟音と同時に地面が爆発した。

 それらの連続攻撃に、残り少ない弐式のSEは耐える事が出来なかった。

 

《打鉄弐式、SEエンプティ!!》

 

 簪は歯噛みしながら、ズル賢い相手の打鉄を見上げる。

 しかし当然その打鉄はSEの尽きた弐式には見向きもせず、残った本音の打鉄へと向かって行った。

 そんな光景を見た簪は、トボトボとピットに戻りながら本音の奮闘を祈る事しか出来なかった。

 

 本音の実力は決して低くはないものの、代表候補生に届くレベルではない。彼女の打鉄も「追加装甲・葵・焔備にサブマシンガン『H&K MP7』2丁」と、特段穿った武装と言う訳ではない。

 

 そんな本音が残りSEの少ない状態で打鉄とラファールを相手取れる筈もなく、遂には試合終了のブザーが無慈悲な結果だけを告げる。

 

《打鉄、SEエンプティ!!勝者、『××××・〇〇〇』ペア!》

 

 

 例え代表候補生だろうと専用機だろうと想いが強かろうと、負ける時は負けるのだ。勝負に絶対はない。

 簪と本音は特段悔いがある訳ではなかったが、この試合を通じてその事を再認識した。

 

 

 簪は危機感を覚えていた。

 今後は代表候補生だの専用機だの、そんな肩書に甘える事は出来なくなる。一般生徒でも量産機でも、戦い方によっては猛者を食らえるのだ。木上から鹿を襲うクズリの様に。

 しかし、同時に良い体験をしたとも感じていた。これを切っ掛けに、打鉄弐式をより実戦向きに改良できるかもしれない。そうなれば、もしかしたら『(あの人)』を超えられるかもしれない。

 

 

 対する本音は、この戦いそして今迄の戦いを通じて気付いた事があった。

 それは結局ISに関わる以上、「操縦者としての経験」と「整備士としての知識」の両方が必要だと言う事。戦うにも知識は要るし、整備するにも戦闘経験が居る。ISに対する興味が人一倍豊富な彼女は、それらの経験・知識をフルに活用できる道がないか今模索しているのだ。

 普段何処かフワフワしている彼女も、やはりこういった所はれっきとしたIS学園の生徒なのだろう。

 

 

 

 何はともあれ、こうして昭弘と谷本の次なる対戦相手が決まった。




原作主人公が気絶している間に、とっとと進んじゃうタッグトーナメントくん。
ラウラの聴取やシュトラールに関しては、次回色々と説明を入れようと思います。

簪と打鉄弐式をも凌駕する「謎の強敵」現る。一体誰なんだ・・・?

次回、「セシリアVSラウラ」「鈴音VS箒」 乞うご期待下さい。

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