IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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【PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)】

 ISの機動に必要不可欠な装置で、全てのISに搭載されている。
 物体の動作には、常に「慣性(他から力の作用を受けると現在の運動状態も変化すると言う性質)」が働いているが、これを取り消す為の装置(即ち空中機動の際にISが受ける重力や風圧等を取り除く為の装置)である。これと大小の推進翼が、ISの空中における加減速や静止行動を可能としている。
 PICは搭乗者の思考によってマニュアル操作が可能であり、それにより複雑な機動を行う事も出来る。例えばPICを弱めて慣性が働く様にすれば、ISは重力に従って降下・落下していくがそれを応用した空中機動も可能である。


第27話 すれ違う羨望

―――12:31 アリーナA

 

 ピット内にて、やはり気分が滅入っている鈴音に対しセシリアは再び声を掛ける。

 

「…鈴、「目の前の試合に集中しろ」と言いましたが…ソレは無視して頂いて結構です事よ」

 

 あくまで優し気にそう言うセシリアに対し、鈴音は控えめに反論の目を向ける。じゃあ試合に集中しなくていいのか、と。

 

 すると今度は一変。セシリアは語調を強める。

 

「自由に戦ってみなさいな。一夏の事を考えるも良し、溜まった鬱憤を箒にぶつけるも良し」

 

 セシリアがそう諭すと、鈴音は考え込む様に少しだけ俯く。そんな我儘が、試合中に許されるのかと。

 またも難しく考え込む鈴音に対し、セシリアは間を置いて再度口を開く。

 

「もっと貪欲で我儘で自由な貴女を見せて下さいまし」

 

 セシリアのその言葉は無理に慰めるものでもなければ、強要するものでもなかった。

 

 しかし何処か温かさを感じるそれは、自然と鈴音の脳内に定着していった。

 

―――…良いんだ、そんなアタシで

 

 何も気負う事はない。

 今心の中に貯めている全てを、相手にぶつければ良いのだ。

 

 

 

 

 

 同時刻。ラウラは既に聴取を終えていた。

 

 聴取と言うよりも、身体検査と言った表現の方が正しいかもしれない。結果も特に肉体的、精神的な異常は見られなかった。シュトラールの方も同様で、VTシステムはその役目を果たした様に綺麗サッパリ無くなっていた。

 

 聴取らしい聴取と言えば、精々VTシステムが搭載されていた事実をラウラ自身知っていたのかと言う事だけだった。無論、ラウラの答えはNOだ。

 

 

 当のラウラは今、入念なストレッチを行っていた。

 彼はISスーツのまま脚を180°左右に開き、そのまま上半身全体をペタリと床に付ける。

 

 ラウラの身体の柔軟さに感心する反面、不安を隠せない箒は声を掛ける。

 

「…本当にシュトラールは大丈夫なのか?」

 

 今、シュトラールの拡張領域にはレールカノン、ワイヤーブレード、プラズマ手刀が詰め込まれている。

 しかしこれらはシュトラールのコアによって拡張領域ごとロックが掛けられており、ラウラ自身も使用出来ない常態なのだ。それは即ち、武装を取り出す事も他の武装を捩じ込む事も出来ないと言う事だ。

 

 かと言って当アリーナは言わずもがな本番中、他のアリーナも2・3年生が明日以降の試合に備えて貸切っている。シュトラールの慣らし運転は出来ない。

 

 ラウラがまともにシュトラールを動かしたのは、一夏をブン殴ったあの一瞬だけだ。

 つまり実質次の試合がぶっつけ本番と言う事になる。

 

 

 これからの戦いに憂いを隠せない箒に対し、ラウラは少々ぶっきら棒に微笑み掛ける。

 

「どうにかなる」

 

 箒はラウラのそんな根拠無き言葉よりも、彼の表情に目を奪われていた。

 そこには今迄の何処か虚し気なモノは無く、その瞳に映し出される紅い大空は何処までも純粋で、そして美しかった。

 

 箒もラウラと同じ様に大空を覗いてみる。

 当然その時の自分がどんな表情をしているのかは箒には分からないが、感じたモノはラウラと一緒であった。

 

―――折角のバトルだ、楽しもう

 

 あの大空の下に出てしまえば、やる事は皆同じ。力のぶつけ合いだ。その事実は、箒の頭中に発生している靄を晴らすには十分だった。

 

 

 

 

 

 フィールド上空にて箒は葵を中段に構え、ラウラは左目を覆っているアイパッチを外す。

 後は待つだけだ。

 

 箒の狙いはブルー・ティアーズ。重装甲高機動型にカスタマイズされた打鉄は、ティアーズの様な弾幕を張るタイプの方がやり易い。

 ラウラも箒がティアーズを狙う事は分かっている。

 

ヴーーーーーーーーーーーーッ

 

 ブザーと同時に、早速箒とラウラは各々の獲物に対して突っ込もうとする。

 

 が、先んじたセシリアの行動に箒はたじろぐ。

 ビット6機全てを甲龍の護衛に付けたのだ。

 これでは、弾幕量の減ったティアーズを狙う意味が少なくなる。近接格闘型であるシュトラールも、ビット相手では不利。

 

 箒はやむ無く狙いを甲龍へと変える。

 基本的に箒との連携攻撃はしないラウラも又、甲龍からティアーズに目標を変える。

 

ガギィィン!!

 

 打鉄の葵と甲龍の双天牙月が勢い良くぶつかり、そのまま鍔迫り合う両者。

 そんな常態で鈴音はほくそ笑み、同時に全てのビットが再びティアーズの元へと戻って行く。

 

 再度ティアーズに向かいたい箒だが、位置的に甲龍がティアーズを背にしている。そんな常態で鍔迫り合っていては、そう易々とは動けない。

 

「チッ!」

 

 箒にとっては余り嬉しくない試合展開となってしまった。

 

 

 

 

 

 やるべき事は最初から決めていた。それは疾く飛ぶ事。瞬時加速と同じ位、いやそれよりもっと疾く。

 白式を殴り抜けた時、ラウラは理解していた。己の左目が最も活きる、最高の「単一仕様」を。

 

―――――単一仕様能力『ゴルトロム』発動。

 

 左目の瞳が黄金色に輝き出す。

 

 直後、観客はシュトラールの姿形を捉える事が出来なくなった。

 シュトラールの居た空間は次の瞬間には過去の場所となり、シュトラールの輪郭が生み出した無数の黒い線と黄金色の一本線を残した。

 

 

 セシリアは己の目を疑った。

 バイザー越しに映る黒き小さなISは、瞬時加速を使った訳でもない。なのにそのISの速度は瞬時加速と同等かそれ以上、更には上下左右前後縦横無尽にフィールド内を駆け巡るのだ。

 しかし高機動用バイザーを付けているセシリアは、どうにかシュトラールを目で追えていた。

 

 彼女はスラスターを無駄なく放出させながら相手との距離を一定に保ち、4機のビームビットを周囲に展開させていた。

 ミサイルビットはこの試合では使わない。追尾能力があるとは言えあの超機動を追えるとは思えないし、何より制御するビットが増えるだけだ。脳波でコントロールする以上、増えれば増える程ビットの動きは鈍くなる。

 

(速度にしてはエネルギーの減りが少な過ぎますし、スラスターの勢いも無さ過ぎる)

 

―――…アレが単一仕様能力?

 

 少ないエネルギーでの超音速機動を可能にする能力。即ち「エネルギー変換効率の大幅な改良能力」なのではと、セシリアは予想する。

 

(未だ攻撃を仕掛けて来ないのも、機体の動きに慣れる為…?)

 

 だとしたら今が攻め時ではある。

 だが、ビットを誘い込んでいる様にも見える。あの超越的なスピードなら、不意を突いてビットを破壊する事は十分可能。若しくはビットに無駄撃ちをさせて、ビームを消耗させる狙いもあるのかもしれない。

 

 故にセシリアはビットを自身の周囲に配置し、牽制射撃に勤めた。

 

 

 相手はあのセシリア。恐らく此方の単一仕様にも勘付いている筈。

 ラウラはそんな予想を立てながら、ティアーズからの牽制射撃を躱していく。

 

(にしても凄まじい。本当に牽制射撃なのか疑いたくなるな。…昭弘が警戒するのも頷ける)

 

 牽制射撃と言っても、相手の銃口はアサルトモードのスターライトMkⅢとビームビット4機の計5門。例え実力者でも、これを突破出来る人間はそうざらには居ない。

 ただし…。

 

(そろそろアレを試してみるか)

 

 ラウラとシュトラールは例外だが。

 

 

 突如として突っ込んで来るシュトラール。

 しかしセシリアは動じずに、ビット2機とライフルの3門から光線を放つ。

 シュトラールは身体を捻る様にソレらを躱し、ティアーズの下方を取ろうとする。

 そんな動きを先読みしていたセシリアは、残り2機のビームビットでシュトラールの軌道先を狙うが―――

 

―――!?

 

 シュトラールが空間を“蹴った”。

 

 そのままバネの様に上方へとジャンプしたシュトラールは、ティアーズに向けて足刀を勢い良く突き出す。

 

 これはAICを超高速戦闘向きに応用したモノだ。

 「手」若しくは「足」を進行方向に向け、手先足先だけが空間で停止する様にAICを発動させる。これによりまるで空中で着地した様な挙動をISが取り、タイミング良くAICを解除する事で空間を蹴る事が出来るのだ。

 だがこれは超高速機動中におけるPICの微調整が必要であり、超絶的な技量とセンスが要求される。

 

 余りの速さに迎撃する余裕等無いセシリアは、どうにか身体を反らす。直後、黒い装甲で覆われた足刀がセシリアの眼前を下から横切る。

 

 

 最善のタイミングで放った渾身の一撃。

 ソレを躱されたラウラは、改めてセシリアとティアーズの回避力に戦慄する。中距離戦で右に出る者が居ない彼女の強みは、そのズバ抜けた回避力にもある様だ。

 

(だがこれならどうかな!?)

 

 ラウラはティアーズ直上の空間に左手をつき、しゃがむ様に折り畳んだ左肘と右膝を思い切り突き伸ばす。それにより生み出される超音速の鋼踵が、セシリアの頭頂部に迫る。

 

 しかしシュトラールの右踵は、ラウラが欲した手応えとは大分異なった。

 シュトラールの動きにもう対応し始めていたセシリアは、連続して回避行動を取ったのだ。更にはビームビットによるカウンター付きで。

 

 蹴りはティアーズの右腕装甲に命中したが、シュトラールも又ビットの放ったビームを浴びてしまう。

 威力の低いビットからの光線だと言うのに、SEがゴッソリ持って行かれた。

 

 見た目の通り機動力と柔軟性に重きを置いているシュトラールは、拳部足部以外の装甲が極めて薄い。

 その分、通常のIS以上にSEの消費が激しいのだ。

 

 

(何て威力ですの!?装甲で受けたと言うのにこのダメージ…)

 

 

 互いが互いに直感した。短期決戦になると。

 

 

 

 

 

 箒は甲龍からの度重なる斬撃を、どうにか葵と追加装甲で凌いでいく。

 

 そんな技の応酬の真っ只中、甲龍から通信が入る。

 

《アンタ結局どっちを選ぶのよ?》

 

「ッ!」

 

 突然の問い掛けだが、箒はその質問に心当たりがあった。更には、誰にも聞かれぬよう専用回線で問い質して来ると言う事は…。

 

「…確かに私は昭弘と一夏の狭間で揺らいではいる。…ハッキリしない女だと罵りたいなら好きにしろ」

 

 剣戟を続けながらも、箒はそう言い返した。心理攻撃には動じないと意思表示する様に。

 その後も口八丁による挑発が来るのかと箒は身構えたが、鈴音の反応は予想と大分異なった。

 

《…アンタが羨ましい》

 

「は?」

 

 一体自分の何処をそう感じたのかと、箒は忙しなく斬撃を繰り出しながら眉を潜める。

 

《羨ましいわよ。“一夏以外”を好きになれるアンタが。「異なる恋」で悩めるアンタがっ!》

 

 鈴音が言葉を発するにつれ、双天牙月も又重々しく伸し掛かって来る。彼女の鬱憤を体現するかの様に。

 

 鈴音にとって、一夏こそが異性の中での唯一無二。もし自身の内に秘めた激情を、一夏が受け入れてくれなかったら。それでも、彼女は一夏1人を愛し続ける事が出来るのだろうか。

 そんなジレンマを抱えた鈴音は限りなく苦しそうで、そして少し誇らしげにも見えた。

 

《アンタも幼馴染なら解るでしょう!アタシの気持ちが!》

 

 箒にとってそんな鈴音は、例えるなら研ぎ澄まされた刃。

 どんな異性が現れても揺らぐ事の無い、余りにも真っ直ぐで哀しい程純粋な想いを秘めた彼女を、箒はつい尊敬してしまった。

 

 そして鈴音が箒を羨む様に、箒もそんな鈴音を羨ましく思った。

 鈴音にとっての初恋は、もうその時点で刃が完成されていたのだ。その刃に一夏しか映らない程に。

 だからか、箒は次の言葉を吐き捨てずにはいられなかった。

 

「…まるで解らないな」

 

《何ですって!?》

 

「貴様だって解らないだろう。想い人が2人居る私の苦痛が」

 

《何処が苦痛だって言うのよ!?》

 

 2人の想いは、何処までも平行線を辿っていた。

 それを知った箒は、まるで諦めた様に言葉を返す。

 

「もう十分だろう凰、衝撃砲を使え!」

 

 箒は、鈴音が意識的に衝撃砲の使用を避けている事に気付いていた。

 

 だが鈴音は聞く耳持たない。

 重装甲である箒の打鉄に対しては、衝撃砲よりも双天牙月の方がSEを削り安いのだ。白式が打鉄に対してそうであった様に。

 

 

 

 

 

 シュトラールは鋭角軌道と曲線軌道を組み合わせながらティアーズに迫る。

 ティアーズはそんなシュトラールを近付けさせまいと、出来るだけ広範囲にビームをばら蒔き続ける。その内2発がシュトラールに命中し、SEを大きく削り取る。

 

 しかし、ティアーズの方もビーム残量はビットライフル合わせて残り僅か。シュトラールのSEを削り切るには足りない。

 小型且つ超音速、そして予測が難しいシュトラールの軌道は流石のセシリアでも命中させるのに難儀していた。

 その必然として、ビームの消費も激しくなる。

 

 止む無しの打開策を思い付いたセシリアは、中空に静止したままビームビット4機に意識の全てを集中させる。

 

 

 ラウラの瞳には、露出部を覆う様に身を丸めて防御体勢を取るティアーズの姿が映った。その周囲には、砲身を外側に向けながら超高速で旋回する4機のビットが。

 

(こちらの攻撃を誘っているのか。ビーム省力の為とは言え大胆なマネを…)

 

 確かに相手が近ければ近い程、飛道具の命中精度は高まる。

 だがそれは同時に己の身も危険に晒す事になる。

 

(強みである回避力を捨ててまで当てに来るか。面白い)

 

 

 セシリアの予想通り、シュトラールは彼女を包囲する様に電光石火の如く飛翔する。その軌道は宛ら音速のピンボールを彷彿とさせる。

 どのタイミングで打撃をデリバリーするのか伺っているのだろう。

 

 ビームビットは、一発撃つと多少のリロード時間が必要になる。よって4機同時にビームを発射するのは避けたい所。

 その事を念頭に置きながら、セシリアは唯々待つ。シュトラールからの攻撃の瞬間を。

 

 そして「その瞬間」はあっさりと訪れる。

 

―――止まった!!?

 

 正確には、シュトラールは止まった訳ではない。そのまま足刀で突撃するのではなく、ティアーズの直近で一度空間を踏んだのだ。

 

 そして、セシリアの予測結果が再度頭中に現れる。

 

(この一撃で決める気ですか!?)

 

 本来打撃とは、地面を蹴る事で威力を増幅させるもの。

 左足で空間を踏みしめ、それによって生まれた力を右脚へと送り届けたシュトラールの蹴りは、最早今迄の比ではない。

 ラウラ自身も、ビームを食らう前提でこの攻撃手段に出ている。シュトラールのSEがギリギリ持つと踏んだのだ。

 

 刹那、セシリアは考える。

 

―――ビット4機による一斉射撃に出るか?しかしその後、こんな至近距離でライフルが間に合うのか!?

 

 セシリアの下した決断は……「当てれる時に全部当てる」だ。

 

 

 直後、シュトラールの足刀がセシリアの背部に減り込むと同時に、ビットが放った4本のエネルギー体も又シュトラールに全弾命中する。

 

 

 余りの膂力に、ティアーズは大きく前方へ吹っ飛ばされる。

 

 ギリギリ仕留め損ねたシュトラールは、最後の一撃を加えるべく超音速でティアーズに追い縋る。

 ここで仕留めないとビット4機のリロードが間に合ってしまい、猛反撃を受けて終わりだ。

 

 吹っ飛ばされた事でシュトラールとの間に距離が生まれたセシリアは、身体を反転させながら即座にライフルを構えようとする。

 アサルトモード時特有の短銃身がシュトラールを捉えた時には、既に黒き左爪先がセシリアの間合いに入ろうとしていた。

 セシリアは冷静にビームの着弾予測点を見極め、引き金を握る。

 

 目を見開き、奥歯を激しく噛み締めるセシリア。

 鋭い眼を更に釣り上げ、歯を剥き出しながら口を大きく開けるラウラ。

 

 そして黒鋼の脚と黄緑色の熱線が交差し、両者の眼前に迫る。

 

 タッグマッチに於いては公平性の為、先にSEの尽きたISが自動停止するよう設定されている。

 

 先に動きを止めたのは―――

 

 

 

《シュバルツェア・シュトラール!SEエンプティ!!》

 

 セシリアはバイザーの手前でピタリと静止する、シュトラールの爪先を冷汗混じりで凝視する。

 近接格闘メインのISにこれ程追い詰められる等、彼女にとっては初めてだ。

 

 射撃兵装による弾幕と近接格闘、どちらが有利なのかは語るに及ばずだ。ましてやセシリアクラスの実力者が相手となると、近接格闘で勝つ事は不可能に等しい。

 だのにこの僅差。セシリアは思わず肩の力が抜けてしまう。

 

 数秒程経ち漸くシュトラールを動かせる様になったラウラは、左脚を静かに下ろす。

 

《あの時のリベンジをと思ったんだがな、流石だセシリア・オルコット。さぁ、私のパートナーを撃ち伏せに行くがいい》

 

 しかしセシリアは今も尚剣を振るい続ける両者を見詰めながら、ラウラの提案を却下する。

 

「そうしたい所ですが、私の割り込む余地がございませんわ」

 

 そんな何処か満足気な笑みを見せるセシリアに習い、ラウラも箒たちの戦いに目を向ける。

 

《成程。貴様の判断は合理的ではないが間違ってもいない。どの道、敗者である私に口出しする権利はない》

 

 勝者であるセシリアが、箒と鈴音の戦いを見届けたいと言っているのだ。なればこそ敗者であるラウラは、その言葉に従うまで。

 

 

 

 

 

 躍動的に双天牙月を振るう甲龍に対し、打鉄は一閃一閃無駄なく葵を振り抜いて行く。

 迫る双剣を受け流し弾き返し、そして時に装甲を利用しながらやり過ごす箒。

 

―――強い筈!アタシの想いの方が…強い筈!

 

 箒に芽生えたもう1つの恋を羨む反面、自身の一途な恋の優位性をも欲すると言う矛盾。だがいくら箒を羨んだ所で、一夏以上の恋愛対象が2度と現れない事も鈴音自身解っていた。

 

 だからこそ、彼女は箒に対して証明せねばならない。自分こそが、一夏を一番愛しているのだと。その証明手段がISによる真っ向からの斬り合いと言うのは、鈴音らしいと言えば鈴音らしいが。

 だが必然か偶然か、この剣による証明は箒にとって何よりも重く伸し掛かる。

 

 

 両者共、剣戟だけで互いのSEを削り合っていた。しかし性格から考え方まで何もかも正反対な2人だと言うのに、不思議な程拮抗は崩れない。

 その様はまるで歪んだ鏡に自身を映しているかの様だった。動きは全く異なるのに、何かが似ているのだ。

 

ガギィィィンッ!!!

 

 剣戟の最中、両者の思考が偶然にも一致したのか1本の剣と2本の双剣が真正面から激突する。

 

 

 ギリリと金属音が脳内を掻き毟る中、箒は鈴音の瞳を見据える。

 腹立たしい程に、綺麗で真っ直ぐな瞳だ。

 この瞳に比べて迷いを抱えた自分の瞳は一体どれ程不安定で弱々しいのかと、思わず目を反らしたくなってしまう箒。

 そんな事、箒を見据えている鈴音にしか分からない。

 

 

 鍔迫り合いの最中、鈴音の視界は箒の瞳を中心に捉えていた。

 何故。迷っている癖に何故そんな強い眼差しが出来るのか。

 この瞳に比べて自分の瞳は一体どれ程狭く卑しく曇っているのかと、鈴音は思わず歯を食い縛る。

 そんな事、鈴音を見据えている箒にしか分からない。

 

 

 お互いそんな自身への不満をぶつける様に、鍔迫り合ったままスラスターを爆発させる。

 それにより互いの剣は益々けたたましい悲鳴を上げる。しかし互いのスラスターの出力が一致しているからか、双方ビクとも動かない。

 

 ならばと、2人がソレを思い付くのも実行に移すのもほぼ同時だった。

 

 鍔迫り合ったままでの瞬時加速。

 

ダァオオォォォォォォォォォゥンッ!!!

 

 余りに無謀、無鉄砲、大胆不敵。

 本来SEとは、IS本体のエネルギーを源に稼働している。エネルギーが減ればそれに比例してSEも減少していく。

 則ち瞬時加速の様なエネルギーを多量に消費する行動は、SEの大幅な減少に繋がるのだ。

 その瞬時加速同士でぶつかり合っている為、SEは二重の要因で加速度的に減少していく。

 

 それだけの圧力を互いに掛け合っていて尚、2機のISは中空に静止したままだ。

 背部脚部夫々のスラスターから放出される青白いエネルギー体により、鍔迫り合う2機を真横から観た光景は宛ら1匹の蝶を彷彿とさせた。

 

 

 しかし互いのSE残量が10%を切った時、唐突に「終わり」が訪れる。

 

 

 

バギンッ!!

 

 

 

 IS2機分の全開出力。

 例えIS用に拵えた機械刀だろうと、そんな圧力にいつまでも耐えられる事はなかった。

 そして甲龍が持つ極太の双天牙月、打鉄が持つ細身の葵。割れたのは、言うまでも無く後者であった。

 

 支えていたものが無くなった結果、両者は瞬時加速のまますれ違うしかない。

 箒は折れた葵に気を取られながら、鈴音はそのまま双天牙月を打鉄の装甲に滑り込ませながら。

 

 

 

《打鉄!SEエンプティ!!勝者、オルコット・凰ペア!!》

 

 

 

 アナウンスが鳴り響いて5秒程経過した後、会場全体から拍手喝采が止めどなく溢れ出す。

 

 

 鈴音は納得しきれていない表情をしながら、未だに折れた葵を見つめる箒に目を遣る。

 

 そんな徒競走で1位になれたが記録は縮められなかった様な状態の鈴音に、ティアーズがゆっくりと近付いて来る。

 

《…あんなキレの良い貴女の剣技は、私も初めて見ましたわ》

 

「……ううん、気持ちでは完全に負けてたわ」

 

 あの鍔迫り合いの後にこの台詞である。

 自分では分からないと言うのは末恐ろしいものだと、セシリアは良くも悪くも大いに呆れ返ってしまう。

 

《…本当に強情なのですから。貴女も箒も》

 

「どういう意味よ?」

 

《貴女と箒、何処か似ているなと思いまして》

 

 セシリアが何気なく放ったその小さい火の粉も、鈴音にとっては火山弾と同等だった。

 

「はぁ!?アタシがあんな根暗女と似ているですってェ!?」

 

 いつも通りの鈴音に戻った事を確認したセシリアは、クスリと小さく笑った。

 

 

 

 折れた葵は、正に箒の敗北を象徴しているかの様だった。

 

 今の彼女を支配している感情は「焦り」。それはまるで周囲が高みに登り詰める中、自分だけが後方へと取り残されている状況に似ていた。

 

 何がいけないと言うのか。やはり自分にも専用機が必要なのだろうか。いや抑々、自分如きに専用機を乗り回す資格があるのか。

 

 鈴音に負けたと言う現実は、どんどん彼女の思考をマイナス方面へと引っ張って行く。

 

 そんな箒を見かねたラウラは、脇から軽く肘打ちをかます。

 

《いつまでもウジウジするな。貴様がどれ程羨もうと、無いものは無いのだ》

 

 厳しい現実を容赦なく突き付けるラウラに対し、箒は悪態を付こうとするが…。

 

 箒の発言を遮ったものは、彼女の視界が捉えたラウラの震える両拳であった。

 

《悔しいのは貴様だけではない》

 

 当然である。誰だって勝ちたいに決まっている、負けたくないに決まっている。

 

 そんな人間なら誰しも抱いている当たり前の感情を思い起こし、箒は黙って俯く。今は悔しさに任せ、ただそうするしかないのだ。

 次に勝つべく。

 

 

 

 

 

 鈴音が羨む程の「2つの最愛」を持つ箒。

 

 彼女は、この2つの内どちらかを選び抜く強さを手に入れる事が出来るのだろうか。

 

 それとも最愛を2つ持っているからこそ、箒は強くなれるのだろうか。




昭弘から見て一番一途なのは箒、けどその箒から見て一番一途なのは鈴音と言うね。・・・と言うかまさかの昭弘未登場。
新しくカスタマイズされた衝撃砲に関しては、決勝戦で御披露目したいと思います。

PICの内容は確かこんな感じだった筈・・・です。
シュトラールの単一仕様能力とかその名前とか考えるのに、滅茶苦茶時間を削がれました。AICを上手く文章で絡めるのも、中々厳しかったです。

最後に、気がついたらUAが50000を超えててビックリ仰天しました。お気に入り登録者数もまさかの300超え・・・。
これも皆さんのご愛読のお陰です。本当にありがとうございます!今度はUA100000を目指せるよう、より一層努力しようと思います。

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