IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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第33話 己の価値(前編)

―――――6月3日(金)―――――

 

 IS学園人工島の中心点に位置するアリーナA。其処では決勝戦の火蓋が、今正に切って落とされようとしていた。選手、観客、教師に係員、皆無言のまま試合開始のブザーを待っている。

 

 しかしそんな中でも、デリーが気を配っているのは眼前のシャルル・デュノアだけだ。デリーは試合や周囲の空気などどうでも良さげに、ベラベラと大きな口を開閉する。

 

「いやぁよもやISTTの決勝戦で貴方と巡り合えるなんて、私何だか運命めいたものを感じてしまいますぅ!」

 

 デリーはそうやって前置きの様な言葉を繰り出すが、シャルルは先ず最初に気になる事を訊ねる。

 

「あの…話の途中で申し訳ないのですが、何故僕の名を?」

 

 確かに突然話の流れを切るのは相手に失礼だが、シャルルがそう感じるのも仕方無し。

 社長と愛人の間に生まれた身の上など、理由は色々あるのだろう。彼はフランス代表候補生であるにも関わらず、情報が一切公開されていないのだ。

 唐突なシャルルの問い掛けに、デリーは嫌な顔一つせずに答える。

 

「以前一度だけ、デュノア社の本社ビルに営業訪問させて頂いた事がありまして。その時、思わず性別を見紛う程の美少年の姿を偶然この目が捉えてくれました。それが貴方だった訳ですが、名前に関しては完全に盗み聞きでした。お許しを」

 

 シャルルは、無理矢理納得するように成程と小さく返す。

 そんなシャルルの言葉に覆い被さるように、試合開始のブザーがアリーナ全体を震わす。同時にグシオンがブルー・ティアーズに襲い掛かるが、デリーは調子を崩さずに喋り続けた。

 

 

 何やかんやで、シャルルはこのデリー・レーンと言う男と普通に会話を続けていた。

 無論初対面で見ず知らずの相手。一言二言話したら、機を伺って席を離れようと考えていた様だ。が、不思議と会話がスラスラと進んでしまった。流石に社を営んでいるだけはあると言う事だろうか、コミュニケーション能力はシャルルの比ではない模様だ。

 また大なり小なり、一夏の一件で鬱憤でも溜まっていたのだろう。どんな話でも聞いてくれるデリーに、シャルルもつい喉の疲れを忘れてしまっていた。

 

(この人に話せば、少しは楽になるのかな)

 

 シャルルがそんな考えに至った時には、既に口が開かれていた。

 

「あの…突然なんですけど、レーンさんって自分に嫌気が差した事ありますか?」

 

 今までとは打って変わって、今度は聞き出す側に回ったシャルル。しかしデリーは特に困惑した表情を見せず、瞼を強く閉じながらウーンと唸って過去の記憶を探る。

 

「申し訳ありません、私は特にないですねぇ。物事をプラスにしか捉えられないので」

 

「…ハハ…それは何と言うか凄く羨ましいです」

 

「シャルル様は何かご自身に嫌気が差す事でも?」

 

 デリーなら聞き返してくれると信じていたのか、シャルルはホッと息を吐きながら声を出す。

 

「…僕は僕が嫌いです。環境のせいだったとは言え、周囲の視線ばかり気にして、父親にも何ら反抗の意思を示せず。そのせいで…関係の無い多くの人たちを騙してしまった」

 

 己の身に起きた出来事を、詳細は伏せながら話すシャルル。彼が何の事を言っているのか、勿論デリーには解らない。それでもデリーは先程までのおちゃらけた雰囲気を一転させ、口元を下げながら黙って聞いていた。時々コクリと頷きながら。

 シャルルはデリーの態度に甘んじ長々と、そして段々と感情を乗せながら己への悪口を無限に湧いて出る溶岩の如く吐き出し続ける。

 

「そしてとうとう、起きてはならない事が起きてしまった。…バレちゃったんです、僕のしてきた事が友人に。けれど心優しい友人は僕の行いを密告するどころか、僕の境遇をどうにかしようと行動してくれたんです。…僕はそれで友人がどれ程苦しい思いをするのか、考えもしなかった。イヤ、目を逸らしていたんです。自分の事で頭がいっぱいで。…僕が此処に来なければ…僕さえ居なければ、友人は辛い思いをせずに済んだんです」

「周りばかり気にして、言われるがままに生きて、そして人に迷惑を掛ける。そんな人として価値の無い僕に、存在意義なんてあるんでしょうか?」

 

 シャルルは最後に自身を強く否定すると、感情のマグマが底を突いたのか力なく項垂れてしまう。対するデリーは何ら変わらない。腕を組み口をへの字に曲げ、静かに呼吸をしているだけだ。

 初めて、2人の間に静寂が割り入る。そんな彼等に相反して、フィールド内での銃撃戦は苛烈さを増すばかり。

 ガヤガヤと歓声が飛び交う中、デリーはニカッと普段の笑顔を取り戻すと優しい口調で沈黙を破る。

 

「シャルル様。高々中小企業の長である私は、貴方様に偉そうな事を言える立場に御座いません。ですので私の助言も、Z級映画の脇役で出演している5流俳優の台詞だと思って聞いて下さい」

「人間は必ず、何かしらの価値を持っているものです」

 

 シャルルは、もっと別の言葉を期待していた。しかしデリーの口から溢れた言葉は、平たく言えばありきたりな言葉であった。思わず落胆する気持ちを、表面に出さないよう努めるシャルル。

 そんな美少年を尻目に、デリーは更に言葉を付け加える。

 

「私も社の長となってそれなりに経ちますが、少なくとも利用価値の無い人間は見た事がありませんでした。利用価値だって価値の一種でしょう?居なきゃ困る事に変わりはないのですから」

 

 シャルルは益々理解出来なかった。利用価値だなんて、そんなの「物」と一緒ではないか。

 しかし、シャルルはデリーの言葉を否定できなかった。彼を気遣ったからではない。理解出来ないからこそ、頭の中に強く粘着して離れないのだ。

 

―――人間は必ず何かしらの価値を持っている

―――利用価値も価値の一種

 

「…先程も申しましたが、私の言葉はどうぞ忘れて頂いて結構に御座います」

 

 その様子は小難しく考えるなと、大人が子供に諭すみたいであった。そんなデリーの念押しによって、シャルルは随分と長い間デリーの言葉を脳内で 反復していた事に気付く。

 シャルルの熟考を中断させたところで、デリーはまたさり気無く助言を述べる。

 

「何はともあれ、その御友人と今一度会ってみてはいかがでしょうか。貴方様も含めた大勢の御学友と会話を交わせば、御友人の心持ちも少しは楽になるかと」

 

 デリーが言い終わると同時に試合終了のブザーがけたたましい電子音を奏で、勝者を称えた。それに気づいたシャルルは周囲に釣られて力強く拍手をし、デリーは渋りながら乾いた拍手をするだけだった。

 

 

 

 

 

―――――6月6日(月)―――――

 

 雨上がりのジメジメとした曇り空の下、シャルロットは憂鬱さを身体全体で表現しながら寮へと足を運ぶ。雨水に寄って潤された草木や土の匂いが、彼女の鼻腔の奥へ進入していく。

 担任を敵に回したかもしれないと言う恐怖。周囲や一夏に対する今後の身の振るまい方。しかしそれらは、彼女の中で激しくうねっている「ある感情」に比べればそこまで大きなものでもなかった。

 その正体は、恐らくは自身への失望。

 

―――しらばっくれ、黙り込み、そうまでしてのうのうと助かりたいのか。明日には一夏まで尋問されるかもしれない状況で

 

(いつもそうだ。無価値だ何だ言いながら、結局僕は自分が一番かわいいんだ)

 

 正に恥知らず。ただ父親の命令通りに動き、ただ一夏の優しさに乗っかり、その結果がこの状況だ。

 ではどうすれば良かったのかなんて、今更考えた所で何になると言うのか。自分が何を望んでいるのかすら、良く解っていないのに。

 

 帰路だけを見下ろしながら自虐を繰り返していたシャルロットは、気付けば寮の正面玄関口へと辿り着いてしまっていた。それにより彼女は、ルームメイトである一夏の事へと強引に気持ちを切り替えようとするが…。

 

「そろそろだと思ってたぜ」

 

「あ…」

 

 乙女の園『IS学園』には似つかわしくないテノールボイスが、玄関先のエントランスホールから聞こえてくる。振り向くと、シャルロットが頭に思い浮かべた通りの人物『昭弘・アルトランド』の姿があった。彼はテーブルに参考書を広げながら、ソファチェアにドカッと腰を落としていた。

 彼の言う「そろそろ」とは、此処に座っていれば彼女に会えると言う事だろう。寮の出入口は、正面玄関と非常用の裏口しかない。そして当然、寮生が出入りするのは基本的に正面玄関だ。

 互いに顔を見やると、昭弘の方から「ちょっといいか」と二声目を掛けてくる。

 

「…全部話してはくれないか。お前、一夏と何があった?」

 

 そんな言葉を掛けられるがシャルロットは…

 

「…」

 

 口を閉ざしたままホールを素通りしようとする。

 瞳を半開きにしながらのそのそと進むその姿は、憂鬱さだけでなく確かな疲弊も感じ取れる。既に聴取を受けたばかりであるシャルロットにとって、これ以上色々と問い詰められるのはまっぴらだろう。

 加えて彼女は、昭弘と深い仲でもない。自身の秘密を話したくはないだろうし、話す必要もない。他人にバラされても敵わない。

 

 そんな心境でホールを抜けようとする彼女に対し、昭弘は尚も落ち着いた口調で声を掛ける。

 

「何があったか知らんが、そんなんじゃ状況はいつまで経っても好転しないぞ」

 

 流石のシャルロットも、その言葉でつい足を止めてしまう。

 その通りだった。自分の境遇を唯一知っている一夏は、今やまともな状態ではない。一夏以外誰も自身の境遇を知らない現状では、全ての問題を自分一人で解決せねばならないのだ。

 他の誰かに、悩みや境遇を打ち明けない限り。

 

(一人でなんてそんなの僕には…)

 

 なれば自分から行動を起こすしかない。情報は、一人で占有するのと他人と共有するのではまるで価値が違ってくる。その考えに至ったシャルロットは、昭弘が座っているソファへ静かに顔を向ける。

 

「…誰にも言わないって約束してくれる?」

 

 そう念を押すシャルロット。そもそも何に悩んでいるのか、彼女自身整理が出来ていない。

 昭弘がそんな彼女の心境が解っているのか定かではないが、返した言葉は肯定でも否定でもなかった。

 

「断言は出来ん。話の内容による」

 

 シャルロットはそう返されて、再びその場を去ろうと足の角度を変える。しかしその状態で数秒程静止したのち、意を決したように昭弘の下へと赴く。

 

 何故昭弘に話そうと思ったのかは良く解っていない。四の五の言っていられない状況が、彼女の心を激しく煽ったのだろうか。

 それとも、諦めに似た何かによるものか。

 

 

 

 昭弘の部屋に上がったシャルロットは、まるでトレーニングジムにでも迷い込んだような錯覚に陥る。

 何処を振り向いても、彼女の視界には必ず何かしらの筋トレグッズが飛び込んで来る。IS学園の寮部屋はかなり広い筈だが、正直ビジネスホテルの部屋の方が広く感じられる程昭弘の部屋は筋トレ器具で埋め尽くされていた。

 空調設備によって換気されているにも関わらず、空気中で混ざり合ったであろう汗と鉄の臭いが未だ僅かに残っていた。

 

 もう自身の部屋に対する客人の反応に慣れている昭弘は、さっさと話すよう促す。

 

 言葉とは便利なようで、案外不便なものでもある。事情を知らない人間に一から説明する際は、それが特に顕著だ。

 シャルロットはその事を念頭に入れながら、先ずは自身がこの学園に転入した理由から話し始める。

 

―――デリーさんとの会話は省こう。…あの人の言葉だけは自分で考えたい

 

―――以下省略―――

 

 そうしてどうにか、シャルロットは己の性別も踏まえて全てを説明し終える。これでデリーとの会話以外、昭弘とシャルロットは情報をほぼ完全に共有した事になる。

 ちゃんとその共有が出来ているかの確認も踏まえて、昭弘は本件の肝である出来事をぼそりと口に出す事で纏める。

 

「性別偽装を無かった事にする為のデータ改竄。及び実父、デュノア社、フランスとの関係証明の抹消…か」

 

 つまり彼女が男性に偽装し転入したと言う証拠の全てを、根こそぎ消去すると言う策略だ。

 女性として正式に転入し且つ学園生活では男性の恰好をしているとなれば、それは学園側が男装を容認していると言う事になる。

 つまり例え一般生徒が騙されていたとしても、教員側が最初から許可している事になれば問題にはならない。と言うのが、シャルロットと一夏の言い分である。

 

 そんな絶対不可能とも思える事を、一夏が誰に頼んだかまでは彼女も知らされていないと言う。

 しかし、不可能な事象を意図も容易く成し遂げてしまう途方さ。一夏があっさりと連絡を取れそうな相手。それらを加味すると、可能性が圧倒的に高い人間が一人だけ浮かび上がる。『篠ノ之束』だ。

 

(束の事は一旦置いておくか。首謀者である確証も無いしな。気になるのは、この計画の進行状況に対する一夏の反応だ)

 

 シャルロットの言葉通りなら、残った問題はクラスメイトへの釈明と彼女自身の新しい国籍くらいだ。

 今、彼女が無国籍の状態なのかは定かではない。ただ、IS学園はどの国家機関にも属さず他国からの干渉も受ける事はないと、アラスカ条約にも定められている。無論それはIS学園に在籍している限りだ。国籍が無ければその生徒の身柄を証明できる国が存在しないと言う事になるので、基本的に在籍扱いにはならないだろう。学費の問題もある。

 よって、シャルロットは既に新しい国籍を取得している可能性が高い(つまり束が既に手を回している可能性が高い)。

 

 それだけ計画が進んだ状況だと言うのに、一夏の“あんな状態”は確かに不自然である。

 

(大体、何故一夏は独断でこんな行動を?確かに教員たちに知られれば、コイツが犯罪者として国に送り返されるかもしれんがそれでも…)

 

 何故友人である自分達や担任を頼ってくれなかったのかと、昭弘は一夏に対して失望に似た感情を覚える。

 

 そうしてあれこれ考えながら、昭弘はグラスに注がれた緑茶を見詰める。3つ程浮かんでいた氷は半分以上溶け、草色の内容物は少しだけ薄くなっていた。

 話し出した頃からずっと俯いているシャルロットも、自然とテーブル上のグラスに目が行く。彼女は重苦しそうに、グラスの上部から垂れてくる水滴を眺める。

 

 そうしてとうとう昭弘は沈黙を破るかのようにグラスを引っ掴み、薄くなった緑茶を強引に喉へと押し込む。

 シャルロットに問い掛ける第一声が決まったようだ。

 

「…お前はどうなんだデュノア。クソみたいな父親と関係を断てて、犯罪者としての汚名も被らずに、嬉しいんじゃないのか?」

 

 昭弘は静かに、且つ無感情にそう訊ねる。対して、シャルロットも必死に無感情を装いながら言葉を返す。

 

「…何で、今そんな事を訊くの?」

 

 そう言われるまでも無く、昭弘だってシャルロットに口酸っぱく言ってやりたい事は滝のようにある。だが、今は目の前の男装少女よりも一夏の事が先決だ。

 

 昭弘の瞳には何処となく重なって映ったのだ。現状に対する、一夏とシャルロットの様子が。だから彼女が今抱いている感情の正体が判れば、一夏の心情の一欠片に触れられるのではないか。

 と言った思惑がある昭弘は「いいからさっさと話せ」と抑揚の無い声で促す。

 

「…うん、嬉しい。嬉しい筈なんだ。だけど…本当にこれで良いのかって、気持ちもあって」

 

 シャルロットは右手でくしゃくしゃと己の髪を激しく撫で回し、瞼を強く閉じる。そうしながら心の言葉を必死に探り、どうにか見つけた言葉を纏めようとする。

 

「僕は何と言うか、嫌になったんだ。自分が一番大事な癖に、周囲の事ばかり考える素振りをして自分の本性を覆い隠すのが。…いや、と言うより…ああ、何て言ったら良いか」

 

 そう悩む彼女に、昭弘は助け舟となる言葉を言い渡す。それは昭弘が偶然見かけてしまった、日常の光景。その一部から抜き取ったものだった。

 

「『ラウラ』みたいになりたいのか?」

 

 そう言われた途端彼女は撫で回す手を止め、目を大きく見開きながら顔を上げる。

 「何でその事を」と昭弘に訊く前に、彼女はどうにか纏まりそうな自身の感情を忘れてしまわない内に言葉として残す。

 

「…そうなんだろうね。周囲に流されず言いたい事を何でも言えて、色んな人から必要とされるボーデヴィッヒさん(彼女)みたいに」

 

(…必要とされるだと?)

 

 まるでシャルロット自身が誰からも必要とされてないかのような口ぶりに、昭弘は反応する。それを機に、今まで盤石であった昭弘のポーカーフェイスは段々と剥がれていった。

 

「一夏からあんだけ必要とされていながらよく言うぜ。大会前も大会中も、ずっと一夏がお前にべったりと張り付いていたじゃねぇか」

 

 言い切った後、自身の言葉に明確な怒りが混ざっていた事に昭弘は気付いた。

 昭弘は、ここ最近シャルロットに多少の嫉妬心を抱いていたのだ。まるで自分の事を避けるような一夏の行先は、いつだってシャルロット。昭弘にとってみれば、彼女が一夏を澄まし顔で独占しているようにも見えるだろう。

 だから先の彼女の発言が、昭弘にはどうしても聞き捨てならなかったのだ。

 

バァキン!!

 

 しかし次の瞬間、昭弘の瞳に映ったのはテーブルを思い切り叩くシャルロットの姿だった。両掌で叩かれたテーブルは小刻みに震え、互いの側にあるグラスの底を小突く。その時彼女は食い縛った前歯を剥き出しにし、眉間に皺を寄せ、両耳を紅く染め上げていた。

 動じる程ではないにせよ、こんなにも怒りに満ちた彼女の表情を昭弘は見た事がなかった。

 彼女は激情に任せて声を震わせながら、昭弘に言い放つ。

 

「何も分かっていないのはキミだよ!一夏にとって僕はいつも二の次だったッ!」

 

 そう言った後、今度はさっき以上に力無い声に戻り悲痛な声でつらつらと言葉を漏らす。

 

「解るさ…一夏の様子を見てれば。確かに彼はいつもにこやかな顔を向けて、楽し気に話してくれる。けどいつも何処かソワソワしていて、何か別の事を考えていた」

「一夏が激昂してシュトラールに突っ込んで行った時、保健室でキミの顔を見て豹変した時、ボクは確信した。一夏が一番必要としているのはアルトランドくん、キミだよ」

 

 頭の中がグルグルとシェイクされる感覚を、昭弘は覚えた。

 確かに昭弘は幾度となく一夏を助け、支えてきたのだろう。

 だが「一番必要」と言う部分が、昭弘にはどうにも理解出来ない様だ。何故なら昭弘にとっての友人は、皆等しく「友人」だからだ。そこに誰が一番必要だとか、そう言った競争の様なものは昭弘の中に存在しない。

 若しくは、それとは別に昭弘自身他人から必要とされる事に慣れていないだけなのかもしれない。

 

 大体が、本当に昭弘の事が必要なら何故あんなにも昭弘を避けるのだろうか。そんな考えも、シャルロットの次なる発言のせいで一旦頭の端へと追いやる事になる。

 

「もう分かったでしょ?僕は誰からも必要とされない無価値な人間なんだ…」

 

 その言葉の後、水分をふんだんに含んだ泥のように重たい沈黙がその場に流れる。

 しかし「沈黙の種類」は互いに異なっていた。シャルロットの場合、全てを言い切りもうこれ以上口を開く事はないと言った沈黙。しかし昭弘の沈黙は、思いを言葉にするべく頭の中で急速に言葉を作り上げているが為の沈黙であった。

 

 一夏が昭弘に抱いている感情、それは未だ解らない。

 だが目の前に居るヒステリーな根暗女の事は、少しずつ解ってきた様だ。昭弘の勝手な想像かもしれないが、恐らく彼女は誰かから必要とされたいのだ。

 そして彼女の望みと合致する様に、昭弘も今正に人の助けを必要としている。

 

 そうして言葉が出来上がると、昭弘は恥ずかしげもなくその言葉を口から声と共に出す。

 

 

後編へ続く


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