IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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第37話 戦う理由

 千冬に模擬戦の約束を取り付けた昭弘たち3人。

 

 

 次に彼等は学園寮エントランスホールにて、今作戦に相応しい戦士を選りすぐる。

 

 因みに昭弘の欲する戦力は4人と言った所だろうか。当然、かのブリュンヒルデを相手取るのだ。複数掛りとは言え相当の実力者でなければ、戦力の天秤は大きく傾いてしまう。

 そして人選の肝は、己が戦闘スタイルを確立している者でなければならないと言う点だ。これは一夏への説得に重要なファクターを占めるのだそうな。

 更には、よりやる気のある者の方が好ましい。要するに一夏への想いが強い者だ。2年生や3年生にはもっと実力の高い人間も居るのだろうが、関係無い人間まで巻き込むべきではないと言う見解に至った。

 少なくとも今回の模擬戦、千冬に勝つ事が目的ではないらしい。

 

 それら全てを加味すると、自ずと人選は絞られてくる。それが誰なのか昭弘は口頭で並べる。

 

「一先ずの人選は箒、セシリア、鈴音、シャルルの4人…でいいか?」

 

 昭弘の提案に箒もシャルルも首を縦に振りながら同意したが、シャルルは一点だけ気になる事がある様だ。

 

「ボーデヴィッヒさんや相川さん、谷本さんが外れる理由を訊いてもいい?」

 

 ラウラに関しては、箒が事細かに答える。昭弘にばかり喋らせて自分だけずっと黙っているのが、それなりに気になっていたのだろう。

 

「ラウラが却下された一番の理由は、シュバルツェア・シュトラールをドイツに一時預けているからだ。他のISを動かせられるのかは知らんが、どの道専用機でなければ実力を出し切れないだろう。それに一夏とは知っての通りの仲だ。手を貸してくれるとも思えん。セシリアが昭弘の為に動かないのと同じ道理だ」

 

 昭弘はそれを聞いて苦笑を漏らした後、小さく溜め息を吐きながら続く。

 

「最後の一言が余計だが、ラウラに関してはそう言うこった。相川は、閉鎖空間において1人を多数で迎え撃つ戦術には向かないだろう。谷本もISの能力的にシャルルと被っちまう。それに、味方が多すぎても却って連携が難しくなる。4人が妥当な所だとオレは考える」

「それにラウラって訳じゃないが、2人共一夏と特別仲が良い訳でもない」

 

 成程、一応理に叶った人選…なのだろうか。

 

 しかし気になる事はまだまだある。

 その一つは、何故昭弘は模擬戦に参加しないのかと言う点だ。実力ならばセシリアと並ぶ学年トップである筈なのだが。

 抑々、何故一夏を更生させるのに再度の模擬戦が必要なのだろうか。そして、当の本人である一夏は何故参加させないのか。理由を知らない者からしたら、頭に幾つものはてなマークが浮かんでしまう。

 それらをちゃんと把握し理解している箒とシャルルは、昭弘に期待の眼差しを送る。

 

「じゃ話術は任せたよ?昭弘」

 

「話術とまではいかないが努力する」

 

 どうやら結局昭弘が一夏を説得するらしい。それと模擬戦にどんな因果関係があるのかは、現時点では此処に居る3人と千冬しか知らない。

 

 そうして、三者三葉と言った具合で3人はその場からばらけていった。

 昭弘は鈴音の下へ、箒はセシリアの下へ、シャルルは一夏の部屋へ。

 

 

 

 

 

「…成る程ね」

 

 舞台は更に切り替わり、130号室。

 そこで昭弘の説明を一通り聞き終えた『凰鈴音』。その説明には、当然一夏の本性も含まれている。

 

 普段から彼女はここ昭弘の部屋に出入りする事が多かったのだが、大会が迫ってからはその機会もめっきり減ってしまった。故に2人でこうして話すのは中々に久しい。

 更にはラウラの一件で立場的に対立気味となる事も少なくなかったので、2人ともこの空間でのやり取りに奇妙な新鮮さを感じ取っていた。

 そんな感慨に浸るのも短く、昭弘は鈴音に早めの返答を求める。

 

「皆や織斑センセイのスケジュールも考えて、決行は明後日の日曜日だ。…どうだ?引き受けてくれるか?」

 

「…」

 

 鈴音は口を開いてはくれなかった。しかし、それは昭弘が頭に思い描いていた通りの光景だった。

 最初の発言通り彼女も平静を装ってはいるのだろう。が、頭の中は恐らくミキサーの様な物でグチャグチャに扱き混ぜられている。

 今まで彼女が接し、そして強く感じていた織斑一夏と言う存在。それらが偽りだと知らされて「はいそうですか」とすんなり受け入れられる程のドライさは、流石の彼女も持っていない。

 脳内がそんな状態では、答えられるものも答えられない。

 

 そんな彼女の混乱を少しでも和らげようとするが如く、昭弘は無言の鈴音に代わって口を開く。

 

「気持ちは分かる。だが、お前だって予感の様なものはあった筈だ」

 

 千冬に化けたレーゲンを目の当たりにして、不自然な程発狂する一夏。保健室で見せた豹変も、最後のトリガーとなったのは鈴音の「優勝」と言う単語だ。それから時を待たずして、千冬への挑戦と来た。

 これらを目撃してきた鈴音が、何も憶測をしない筈が無い。レーゲンに対する発狂は千冬に対する異常なまでの執着、優勝と言う言葉に対する反応は勝利延いては力への強い渇望。

 確証など無くとも、人はそうやって推察し思い込む事で自分だけの情報に変換してしまう。

 

「……ハハッ当たってたんだ、アタシの一方的な思い込みが…」

 

 鈴音は力無く嗤う。今までの一夏を愛してきた自分自身を、軽くあしらって見せる様に。当たって欲しくはなかったのだろう、下らない思い過ごしでいて欲しかったのだろう。

 

 だからと言って一夏を諦めきれる筈もない。少しずつ頭の混乱が引いてきた鈴音は、昭弘にある確認をする事とした。

 今までの一夏を、彼女の大好きな一夏を、出来る事なら取り戻したいから。

 

「…その模擬戦とアンタの説得が成功したら、一夏は…私の知っている一夏はどうなるっての?」

 

 その問い掛けに、昭弘は答えたくなかった。鈴音に厳しい現実を突き付ける事になるからだ。

 だが例え鈴音がどんな反応を示そうと、どの道言うしかない。昭弘自身、何も言わずに鈴音を参加させるのは彼女を騙している様で気分が悪い。

 

「……性格の方は、大きく変わってしまう可能性が高い。それだけならまだしもモノの考え方、価値観、他者への接し方までも変わってしまうかもしれん。だが…」

 

 一夏と共に居た日々、それら全てが嘘偽りと言う訳ではない。ここから先は、昭弘のそんな淡い希望で満ち溢れていた。

 

「変わらないもんだってある。何もかも偽物だって言うなら、きっとオレは一夏と友達にはなれなかった。そこに何の根拠もないのは分かっているが、友人を信じるのにいちいち細かい根拠も必要ないだろう?」

 

 基本的に不愛想な昭弘は、表情の変化もまた小さい。しかしそれはあくまで小さいだけで、実際は事細かに変化している。

 目の前の鈴音には、先程からそんな昭弘の表情が目まぐるしく変わっているのが特に良く分かっていた。

 

 昭弘を見ながら鈴音は思った。自分は今どんな顔をしているのだろう、と。

 もう自身の知る一夏が戻る事はないと聞いて、奈落より深く落胆しているのか。それとも、全てが変わる訳ではないと聞いて胎内にいる赤子の様に安堵しているのか。

 

「……ねぇ昭弘。アタシ今どんな―――」

 

 気になった鈴音は、つい途中まで訊ねてしまった。今の自分の表情が判れば、答えられる気がしたからだ。

 逆に言えば、それ程までに彼女は悩んでいた。眼前の人間に、彼女自身の気持ちを教えて貰おうとする程に。

 

 だが昭弘は恐らく答えてくれないだろう。鈴音のそれは、思考の放棄と同じだからだ。昭弘の重苦しい眼光が、その事を無言ながらも物語っていた。

 

―――アタシは一夏を愛せるの?どんなに変わっても?

 

 遂に鈴音は、そう自身に問い掛けるしかなかった。しかし、その簡潔な問い掛けで答えは出ているのだ。あとはそれを声に出すだけ。

 ただ、鈴音にとってそれは酷く勇気が必要であった。この件に応じると言う事は、今日この瞬間までの一夏と自分の関係に永遠の決別をする事になる。

 そう思うと、どうしても声が出なかった。

 

 そんな彼女をずっと見ていた昭弘が、遂に再びその大きな口を開いた。そして重々しく、それでいて何処か優しい声が鈴音の脳を揺さぶった。

 

「大丈夫だ、鈴」

 

 その一言だけだった。それは一体何に対しての「大丈夫」なのだろうか。一夏の事か鈴音自身の事か、それともその2つを含めた全てか。

 しかし、鈴音がそれらに思考を割く事などなかった。代わりに湧いてくるのは、安心と勇気。

 低く太く身体の芯まで優しく響く昭弘の声、確かな安らぎを与えてくれる「大丈夫」と言う短き言葉。その2つが合わさるだけで、何故か自分の事を強く信じられるようになる。

 

 もう鈴音に迷いは無かった。

 彼女は小さく笑った後、いつも振り撒いている勝ち気な笑顔を昭弘に見せる。

 

「…どんな一夏だって愛してやろうじゃない!」

 

 鈴音は暗雲を吹き飛ばす勢いでそう答えた。つい昭弘も釣られて顔を綻ばしそうになるが、出来るだけ無表情を維持しながら確認する。

 

「本当にどんな一夏でも受け入れるんだな?」

 

 すると鈴音は、どこか寂しそうな笑顔になりながら答えた。

 

「…人って変わるもんでしょ?変化を怖れてちゃ前に進めないわ。一夏も、アタシもね」

 

 人間は生きている限り変化し続ける。変わらないものなんてない。変化が大きいか小さいか、それだけだ。昭弘も、その人間としての大前提からは逃れられない。

 それでも、昭弘は最後に1つだけ言っておきたい事があった。

 

「さっきも言った様に、決して変わらないものだってある。一夏とオレたちの交友関係は今後もずっと変わらないし、変えさせはせん」

 

 人は変わる。かと言って関係性まで変わるのかと言うと、必ずしもそうではない。友は「友」だ。それを大切に思う気持ちは誰だって変わらない。

 

 

 そして2人は、漸く同じ様に笑った。

 

 

 

 

 

 昭弘が鈴音を誘っているのとほぼ同時刻。寮の外、人気のない通りには小綺麗で存在の浮いたベンチがポツンとあった。

 其処で箒は、昭弘が鈴音に説明していた内容をそのままセシリアに話していた。じめっとした蒸し暑い闇夜の中、セシリアは時たま小さく相槌を打ちながら箒の説明を最後まで静かに聞いていた。

 そうして長い話が漸く終わると、箒は途端に無言となってセシリアの返答を待った。

 

「…」

 

 しかし、セシリアは無表情で口を閉ざしたままだ。彼女の沈黙に、箒はねばついた唾を飲み込みながら耐えていた。悩む素振りすら見せないのが、逆に恐ろしいのだろうか。

 普段から口数の少ない箒も、こういう沈黙には慣れていなかった。彼女はどうにかこの嫌な沈黙を打破しようと頭の中でその場凌ぎの言葉を見繕うが、箒がそうこうしている内にセシリアが沈黙を破ってしまう。

 

「……何と、仰ったらいいやら。とても不思議な感覚ですわ。自分でも意外な程、心に受けたショックが小さくて…」

 

 そんな言葉を聞いた箒は思わず声を漏らしてしまうが、間も無く納得する。

 ここ最近、一夏の様子が可笑しい事など1組全員が知っている。当然、セシリアならその原因を頭の中に幾つかの候補として挙げていた筈だ。

 つまりは、セシリアの嫌な予感の一つがそのまま当たってしまったに過ぎないと言う事だ。

 

 それも要因の一つなのだろうが、セシリアは次なる言葉に別の要因を挙げた。

 

「我ながら情けない話です事ね。確かに一夏と過ごしてきた時間は、箒や鈴とは違って短いものでした。想いの強さに時間など関係ないと、考えていた私が甘かったのでしょうか…」

 

 セシリアも一夏の事は強く愛していた。

 それでも、セシリアは幼少期から永い時間を過ごしてきた幼馴染ではない。

 故にか、一夏がどう言う存在なのかセシリアには箒たち程イメージが固まっていないのだ。一夏に大きな変化が見られた所で、「信じられない」と言うより「そんな一面もあるのかも」と言った思考の方が強くなるのだ。

 

 それにしたって、先におけるセシリアの沈黙はやはり違和感が残る。ショックが小さいにしては、発言までの間が長過ぎやしないだろうか。

 それは、ショックが小さいのに言葉が見つからないと言う矛盾にある。

 その矛盾を解消する為か己の気持ちを整理する為か、セシリアは尚も話を続ける。

 

「私はもしかしたら、入学した時から揺れ動いていたのかもしれません」

 

 その言葉に心当たりがあるのか、箒は自身の予想をそのままセシリアの台詞に後付けする。

 

「…入学当初から一夏の本性が、セシリアの脳裏には少なからずあったと?」

 

 しかしセシリアは首を縦には振らなかった。頭を斜めに傾けながら、別の回答をセシリアは考えた。

 

「それも…少しはあったのかもしれません。ただそれでも、真相を知る今この時まで、私が一夏を愛していた事実は変えようが御座いません」

 

 では何故セシリアは揺れ動いていたのか。何に対して心が揺れていたのか。強い芯を持つセシリアを惑わせていたのは何なのか。

 その存在を、セシリアは“光”に例えて答え始める。

 

「私にとって一夏は太陽そのものでしたわ。けれどもう一つ、私にとっての太陽が御座いましたの」

 

 セシリアの全てを温かく照らした、空一面に広がる太陽である一夏。

 それとは別に居た、一夏とは比較にならない程小さな小さな太陽。その存在を深く慈しむ様に、セシリアは語り始めた。

 

「最初は酷く鬱陶しく思っていました。一夏と言う太陽を全身で拝みたいのに、脇から横からか細い日光をチマチマと」

「…ですが時が経つにつれてその小さな太陽は、私にとって欠かせない存在となっていきましたわ。自由で気儘で、かと言って無理をする訳でもなくひたすらに正直で。小さくても何も偽らず隠さず本当の光を無意識に与えてくれるその太陽は、何にも代えがたい心地良さでしたわ」

 

 大きな偽りの太陽と、小さくとも真なる太陽。

 セシリアがそのどちらを選んだのか、次の台詞に全てが詰まっていた。

 

「そんな私の中で2つの太陽が逆転したのは、決勝トーナメントが終わった後でしたわ。…己を隠し続けてきた巨大な太陽は、その代償もまた大きかった。そしてそれを拝み続けて来た私も、何が正しいのか解らなくなりましたわ」

「けれども、小さな太陽は決して変わらなかった。私がどんなに道を見失っていても、変わらずにありのままで私を照らしてくれた。…もう分かるでしょう箒。私が何を言いたいのか」

 

 セシリアは長々と語ったが、箒でもごく簡潔に纏められる答えだった。要は、一夏以上に愛した人間が出来てしまったと言う事だ。

 当然、箒にはそれが誰なのかまるで分からない。

 

(……まさか昭弘ではあるまい。となるとデュノアか?いや、しかしとてもそうには…。大体奴は本当に男性なのか?いやいや!それならラウラの性別だって…?…??)

 

 頭がこんがらがって来たのか、箒は直ちに意識を引き戻す。今箒にとって一番肝心な事は、セシリアが千冬との模擬戦に参加するか否かの回答だ。

 

 箒はセシリアを急かそうとしたが、その必要はなくなってしまう。セシリアがあっさりと答えたからだ。

 まるで自身の愛を語り終えたら回答すると、予め定めていた様に。

 

「…引き受けましょう、箒」

 

 意外な返答だった。

 セシリアは一夏の事などもうどうでもいいと、箒自身そう考えていたからだ。先の話の流れ的に、そう解釈されても致し方ない。実際、一夏への恋愛感情から来るものでない事は確かだ。

 またしても何故に何故にと箒が考えていると、セシリアは自ずから理由を述べる。

 

「きっと私は、新しい一夏に恋愛感情を抱く事などもうないでしょう」

 

 偽りの太陽と言えど、セシリアはそんな一夏が好きだったのだ。

 

「では猶更この戦いに参加したくないのではないか?恐らくほぼ確実に、一夏は変わってしまうぞ?」

 

 疑問を呈する箒。対してセシリアは、何て事はないとでも言いたげに軽く笑ってみせる。

 

「それで宜しくてよ。いつまでも古い愛をズルズルと引きずるのは、私の恋愛道に反します。なので寧ろ私にとっては良い機会ですわ。…それに、一夏に教えてやりたいのですわ。自分を偽って生きていける程、世の中は甘くないと」

 

 それがセシリアの理由であった。

 参加の理由としては少し弱い気もするが、最大戦力が了承してくれた事で箒は一先ず安堵する。

 

 しかし箒はセシリアの話を聞いて以降、一抹の不安を覚えていた。まるでそれは、聴覚が捉えた病原菌によって思考全体が支配される様な感覚に近かった。

 

―――もし一夏が変わってしまっても、私は変わらず一夏を愛する事が出来るのか

 

 同時刻、別の空間で、鈴音が感じていた恐怖と同じモノを箒もまた感じ取っていた。

 永い時を共に過ごした幼馴染だからこそ、想い人への愛が変わってしまうのが怖い。例え一夏は一夏だと信じていたとしても。

 

 だがやはり、一夏がずっと今のままなのはもっと恐ろしい。

 箒はそうやって比較し、小さな恐怖を大きな恐怖で覆い隠そうとした。

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