薄気味の悪いピンク色のブレザーを羽織る男が一人、社長用らしきデスクに居た。そこに座している訳でもなく、普段のにこやかさを困惑の表情に変えながら液晶携帯を片手にデスク周辺を彷徨いている。
「いきなりそんな事言われましてもねぇ~」
そう、液晶画面の向こう側から面倒事を押し付けてきた相手に悪態をつく。
《デリーく~ん☆私がお前の会社にもたらした利益、忘れてないよね~?》
安くも効果的な脅し文句だった。実際、技術提供によるT.P.F.B.への貢献度は計り知れない。
この桃色スーツ変態七三男デリー・レーンに、良心が痛むと言った感情は薄い。が、相手が持つ絶大な力、今後における更なる技術提供の可能性も考慮すると無下には断れないのも事実。
「しかしですねぇ~。養子だなんて言われましてもぉ、僕に何のメリットが~?」
成程そりゃ断りたくもなる。脳容量の99%を利益追求に当てる男には、余りに縁遠い話だ。
電話の相手は僅かに残った優しさからか、取って付けた様なメリットをデリーに話してやる。
《実はその娘IS操縦者なんだよね☆MPSの性能向上に何か役立つかもよ?》
更に、今度は口調を豹変させて続ける。
《但し、ISのコア情報までは聞き出すなよ?どうせその娘も知らないとは思うけど》
そして再び子供の様な口調に戻る。
《だからお願~い!デリーちゃんしか頼めそうな人居ないんだよね☆戸籍とか学費とか養子縁組とか、面倒なのはこっちで調整しとくからさ!》
どの道デリーに拒否権は無い。それを差し引いても彼は断らない。強大な力を持つ者との関係性は、良好であるに越したことはないのだから。デリーに負けず劣らず、ふざけた相手ではあるが。
よって首を縦に振るしかないデリーは、「社会勉強の一環」と自身に言い聞かせ思考をプラスへと切り替える。
「アーハイハイハイ分かりましたってば。後で写真と名前送って下さいなったらもう」
デリーの返答を聞いて相手は「決まりィ☆」と叫び、通話を切った。
1分後、デリーの人情の様に薄っぺらいノートPCに一通のメールが届く。早速その中身であろう写真と氏名を確認しようとする彼だが―――
「社長、ミューゼル様からお電話で―――」
「ハーイッハイハイハァァァイッ!!!」
事務員にも秘書にも見える女からそう通達されるとデリーは喧しい程元気良く返事をし、メールを後回しにする。
女が口にした名は、今デリーにとって最も大事なクライアントだ。
メールの事など忘れる勢いで、デリーは毒々しいスーツをあらゆる方向にはためかせながら受話器を片手にヘコヘコする。
そして6月。
デリーがメールの中身を確認したのは、IS学園から戻った後だった。そこに載っていた写真と名前を閲覧した瞬間、デリーの脳内をあらゆる信号が突き抜ける。
名は『シャルロット・デュノア』。1000人に1人居たらいい程の美少女で、濃くも和かな印象を受ける金色の髪を持っていた。
本来なら大好きな美少女を見た事で酷く興奮するデリーだが、この時は違った。彼はこの少女と会った事があるのだ、それも2回も。
デリーは一先ず、脳味噌に残っている記憶と少女に対する認識を整理する。
(観客席で会った時は男だった筈…)
記憶の情報とメールの情報が食い違い、ウーンウーンと唸るデリー。しかし簡単且つ都合のいい答えが見つかったのか、頭蓋骨の中を豆電球が明るく照らす。
「双子かぁ!!」
そうだそうに違いないと、デリーは自身が導き出した答えに絶対の自信を秘めた。
―――――6月12日(日)―――――
「この数日間、誠に……御迷惑を御掛けしました」
4対1と言う異色のISバトルも終わり、ピットに集まる5人の戦士と2人の観客。
場の雰囲気は夏の川辺よろしく清々しいものだったが、その中で1人重々しく深々と腰を折るのは一夏であった。
謝罪の相手は彼以外の6人全員。何に対しての謝罪なのか、列挙していたらキリがない。今までの愚行、としか纏めようがない。
謝罪された6人は、皆一様に困り果てた笑みを浮かべていた。その表情には謝罪された事への嬉しさ、多少の動揺、そして何より「謝罪される資格などない」と言いたげな自責の念が見て取れた。
一夏の闇に気付けなかった、或いは見て見ぬ振りをしていた、そう思っているのだ。
しかし―――
「許す!」
誰よりも早くそんな状態から脱し、そう言ってのけたのは鈴音だった。気持ちの切り替えが早くズバズバと物事を言ってのける彼女には、その時一番必要な言葉が解るのだ。
鈴音の見えない糸に引っ張られ、千冬も箒もシャルルもセシリアもそして昭弘も、鈴音と同じ笑顔を見せる。
何であれもう過ぎた事。これからの一夏にとっても昭弘たちにとっても、過去を振り返るのはごく偶にで良いだろう。
昭弘たちの良好な反応を確認した一夏は、再び深く一礼した。
一夏の謝罪後、一同は解散した。昭弘とシャルロットをピットに残して。
無論偶然などではなく、昭弘からの申し出だ。建前としてはピット内の軽い後片付けであるが、真の理由は他にある。
ただその時、箒が不満そうに頬を膨らませていたのを2人は知らない。
「で、国籍はどうなったんだ?」
建前上の後片付けを律儀にこなしながら、昭弘は最初の質問を送る。
一瞬答えるか迷うシャルロットだが、答えない理由もないと悟り口にする。昭弘と似た様に、律儀に小箒で塵を掃き集めながら。
「…アメリカだよ、黙っててゴメン。国籍に関しては昭弘から訊かれなかったから…」
先に謝罪と軽い言い訳をする彼女だが、昭弘は特にそれを咎めもせず質問を続ける。
「国籍は一夏から言い渡されたのか?だとしたらいつだ?その事は教員たちも知ってるのか?」
「い、一遍に訊くねぇ。…6月8日、一夏が無言でメモを渡してきたんだ。丁度織斑先生と山田先生に呼び出されてから2日後って事になるね」
「当然、
ケロっとした顔でとんでもない事を暴露する彼女。
もし一夏が6月8日に束から国籍取得完了の連絡を受けていたなら、シャルロットは5月16日から6月8日まで無国籍状態だったと言う事になる。
なのに学園を追い出されなかったのは、履歴書に記載されたままだった「フランス国籍」のお陰だろうか。フランス本国から籍の確認が取れずとも大元の履歴書にそう記載されている限り、短期間の内は学園から追い出す訳にも行かないだろう。
一応IS委員会からも「シャルロット・デュノア、女性、フランス」と言う履歴書で「合っている」と、言質も取っている。
恐らくこれに関しては、束からの差し金か圧力があった。
千冬と真耶が6月6日、彼女の国籍に触れなかったのも未だ履歴書がフランス国籍のままだったからだ。
要するに、色々と有耶無耶な期間だったのだ。そんな事、一生徒である昭弘があれこれ考えた所で仕方が無い。
それが分かっている彼は、さっさと頭を切り替えて別の質問に移る。
「んでお前、クラスの連中にはどう弁明するつもりだ?」
途端、固まった彼女の手から小箒と塵取りが滑り落ちる。
そうして10秒程だろうか。固まった後に彼女は頭を抱えた。
「完全に忘れてた…」
「阿呆」
そう言って、昭弘は両手の乗った彼女の頭を軽くパチンと平手打ちした。
唸ろうと呆れようとどうにもならないので、急遽2人はその場で一策を講じる事にした。
「ほ、本当にそれで大丈夫かなぁ」
「喧しい。男装していた理由としては一番無難だろうが」
話は纏まった様だ。後はクラスの皆に弁明し、誠心誠意を以て謝罪すれば丸く収まる。
と言いたい所だが、実はまだある。
寧ろここからが本題であった。
それを確認する為、昭弘はシャルロットに話し掛ける。先の質問とは違い、低い声に更なる重みを乗せながら。
「…答えは見つかったのか?」
再びシャルロットは身体の動きを止める。先程よりも長く、まるで周辺の機器と同化する様に。
しかしその後、気が動転する訳でもなく彼女は儚げな笑みを浮かべながら答える。いつか答える時が来ると、覚悟していた様に。
「…昭弘に必要と言われて、その期待に応えていく内に気付いた。僕はずっと…父から必要とされていたんだ」
余りに手遅れな気付きであった。実父に会えない、会う気も起こらない今となっては。
「勿論父は、ただ僕を利用していただけだと思う。それでも僕が居なければ、会社の行く末も無かった」
それだけの価値を、彼女は持っていたのだ。
その価値に何故今まで彼女は気付けなかったのか。
それは至極簡単な事で、何も考えてなかったからだ。
「自分に価値が無いだなんて、今思えば軽率だった。父が僕に求める価値を、僕自身が望んでいなかっただけだ」
人は常に人を必要としている。傍に居て欲しい、手伝って欲しい、教えて欲しい。しかしそんな欲求に、相手が必ずしも応じてくれるとは限らない。
シャルロットもそんな普通の人間に過ぎなかった故、父親から逃げ一夏の助け舟に乗り込んだ。
デリーの言う通り、価値なんて誰にでもあるのだ。
単に彼女自身、父親が彼女に見出した価値を価値と見なさなかったに過ぎない。だからずっと、自分に価値が無いと思い込んでいた。
では今の彼女は一体「何者」なのか。持っていた価値を自ら捨て去った彼女に、どんな価値が存在意義があると言うのか。
それを彼女は喜々として口にする。
「今の僕には、自分の存在意義なんて正直未だ良く解らない。けど一つだけ言える事がある」
「…此処IS学園には、昭弘の様に僕を必要としてくれる人が居る。父みたいに「物」としてじゃなく、「人」としての僕に価値を見出してくれる人が」
昭弘との親交、箒たちとの共闘を通じて、シャルロットは強く予感した。此処なら自分の新しい価値を見出せるのではないか、と。
「それに今の僕は、
生まれ変わった一夏を見て、彼女もまた感じたのだ。人はいくらでも変わる事が出来る。それでいて、自分と言う存在を保つ事もまた可能だ。
選択する事も自分を見つめ直す事も、当人の思考次第。今のシャルロットには、その力がもう十分に備わっていた。
それがシャルロットの答えだった。将来の為に自分の価値を知り、自分がどういう人間なのか理解していく。
それは正に、将来を選択して行くごく普通の高校生そのものであった。
そうしてやっと、シャルロットはデリーが放った言葉の真意に辿り着いた。
―――価値ある大人になる為、自分について考えるのを止めるなって事か。…最初からそう言ってくれればいいのに
振りの後片付けを終えた昭弘はシャルロットと別れ、今度こそ寮へ戻ろうとしていた。
「…まだ一夏とは一緒に居辛いか?」
アリーナ入口付近にてすれ違い様、所在無さげに佇んでいた箒に昭弘はそんな第一声を掛ける。既にISスーツではなく、学生が運動時によく身に纏っているハーフパンツとスポーツシャツ姿であった。
箒は浅い溜め息を短く吐きながら答える。
「…今日一日は一人にさせて欲しいそうだ」
明日からは本来の一夏、即ち今までとは別の一夏としてクラスメイトと接するのだ。やはり、それ相応の心の準備と言うものが要るのだろう。
その件には昭弘も理解を示している。だが昭弘が今一番知りたいのは、現時点における箒の情緒だ。
「お前はどうなんだと訊いている」
今訊かれたくない一言だった。箒にとって一夏の変貌は、決して生易しいものではない。
今まで愛してきた一夏が根こそぎ変わってしまうかもしれないのだ。不安でいっぱいに決まっている。力を込めて「大丈夫だ」と答えられる筈も無い。
「…大丈夫ではない。一人で居ると、明日への不安でどうにかなってしまいそうだ」
上瞼を落とし、虚ろな瞳を覆い隠す様にしながら箒は弱々しく答える。己に気合いを入れ過ぎると、それはやがて気負いへと変化し己を磨り潰していく。
箒にそんな状態に陥って欲しくない昭弘は、彼女の心を宥めんとする。
「そう堅くなるな。明日会ってすぐ、好きか嫌いか決めれる訳でもないだろう」
そんな言葉で心を撫でられても、やはり箒の様子は変わらない。彼女にとって先程の模擬戦が受験日だとするなら、一夏と対面する明日は正に合格発表日。
態々待っていたのも、昭弘と会う事で箒自身の緊張を和らげたかったからだ。
それでも心が晴れないのは、箒の我儘が直接の原因であろう。
そう彼女は今、出来る事なら昭弘と一夏と自分の3人で居たかったのだ。
―――もう誰かが欠けているのはウンザリなんだ
今まで通りの3人で居られる保証なんてない。だから箒は明日が怖いのだ。だから昭弘から何を言われても、心が癒されない。
明日になれば嫌でも分かる事なのに。今こうして憂いに浸っていても、未来が変わる事などないのに。
解っていても、箒は誰にも理解して貰えないであろう不安を一人で抱え込むしかなかった。
―――22:33
今日一日は一人にさせて欲しい。
海より深い謝罪と共に一夏からそう懇願されたシャルロットは、今昭弘の部屋に居る。青いストライプの入ったパジャマと僅かな湿り気を感じさせる髪から察するに、既にシャワーと歯磨きを済ました後なのだろう。
其処で彼女は昭弘から渡された「ある物」を手にしながら、当惑していた。
「あのぅ昭弘。これは…?」
「見りゃ解るだろう。寝袋だ」
そう説明されるシャルロットだが、彼女は何度もベッドの方角に目配せをする。
そんなジェスチャーを見て、彼女が寝袋での睡眠に抵抗がある事だけは理解した昭弘。
だがレディファーストと言う単語にまるで縁の無い彼は、中々に冷たかった。
「ここはオレの部屋でありオレがルールだ。それに従えないってんなら廊下で寝るか?」
「…ココデネブクロシイテネマス」
怯えながら、そして不貞腐れながら観念するシャルロット。
「一晩くらい我慢しろ。寝袋もちゃんと洗ってある」
「ハイ」
そう投げやりに返事をすると彼女は近くのソファに寝袋を敷き、渋々と巣穴に潜り込んで行った。
慣れない生地に包まりながら、シャルロットは今更になってある事を思い出す。
(…そう言えば家族とかどうなるんだろう。やっぱり誰かの養子…って事になるのかな?)
どの道、残り2年と数ヶ月はIS学園で暮らす事になっている。故に新しい家族の事なんて考える暇は、彼女にはなかった。確かに、近い内会う事もあるのかもしれないが。
(…考えるのはまた今度にしよう。先ずは明日を乗り切らないと)
明日、と言うよりも明日以降か。
形だけとは言えこの1ヶ月間、男性としてクラスメイトと接してきたシャルロット。そんな彼女は明日から、初めて女性として1組に立つのだ。
そう言う意味では明日からが新しい学園生活のスタート、とも言えるのではないか。
もっと家族の事について色々と考えたかったシャルロットは、惜しむ様に瞼を閉じた。
―――――6月13日(月)―――――
晴れ。雲一つ無い、透き通る様な青が何処までも続く快晴であった。
こんな日はきっと今を輝く女子高生も、その豊潤なる生命エネルギーを周囲へ解き放っているに違いない。
等と言った願望に近い予想は、ここ1年1組に至っては大きく外れてしまっている。皆暗い…と言うより、何やら落ち着きが無い様に見える。
原因は、今正に1組の教室へと向かっているクラス代表の存在にある。
実はこのクラス代表、先日担任とのISバトルで惨敗し、精神的に大きなショックを受けてしまった。故に心優しい1組の面子は、ちゃんと登校してくるかを酷く心配しているのだ。
しかしそんな彼女たちとは隔絶された様に、昭弘と箒は鋭い緊張感を纏っていた。
2人はクラス代表が本日登校してくる事を知っている。そして、彼が大きく変わってしまったであろう事も。
だから心配ではなく緊張していた。まるで久しく会っていない旧友との再会を待っている時の緊張感、と言えば想像しやすいだろうか。
セシリアも同様の緊張に襲われていたが、昭弘たち2人程ではないと言った所か。
そんな訳で彼等3人は、クラスメイトが入室する度にビクリとしながら引き戸へ視線を向けていた。
そしてSHRまで残り10分を切った頃。
カララッ
と音を立て引き戸の車輪が転がる。当然、昭弘たちも振り向く。
失礼ながら地味で特徴の無い黒髪。高くもないが低くもない、日本男児の平均的な身長。そして整った顔面。間違いない、その姿は正しく―――
「おはよう」
クラス代表『織斑一夏』であった。まるで別人の様なと付け加えておく。
以前の明るい一夏と比べると口調は年不相応に落ち着いており、顔もそれに合わせている様に無表情だった。かと言って暗い雰囲気でもなく、堂々と胸を張りながら自分の席へと歩いて往く。
しかし昭弘以下クラス全員、一夏の更に大きな変化に目を奪われていた。
(眼鏡?)
(眼鏡だ)
(メガネですわね)
3人は心中でそんな単語を呟いてみる。
当然一夏の視力は極めて良好であるし、眼鏡を掛けている姿なんて、このクラスの誰も見た事がない。
何故?どうして?もしかして寝惚けているのか?短時間で考えてもそんな理由しか浮かばない昭弘は、席に着いた一夏に第一声を掛けてみる事にした。
「おはよう一夏」
先ずは挨拶。対する一夏は重たそうな黒縁眼鏡のフレームを摘まんでクイッと位置を上げ直すと、静かに「おはよう昭弘」と返した。
「…どうした?その眼鏡」
「伊達眼鏡。昨日あの後、レゾナンスで購入してきた。税抜き1380円よ」
「…オレの聞き方が悪かったな、訂正する。何故眼鏡を掛けている?」
昭弘の右肩からひょこっと顔を出した箒も、昭弘の疑問に激しく同意する様にコクコクと頷く。
対して一夏は落ち着きをそのままに、されど何処か得意げに答える。
「先ずは形から…って言うだろう?」
確かに人は心を入れ替える時、その節目として髪を切る事もある。どうやら一夏も、それを模倣したつもりの様だ。
つまり昭弘たちが考えている様な、深い理由は無いのだ。
箒ももう居ても立ってもいられないのか、後先考えずに口を動かす。
「…邪魔、じゃないか?」
「正直かなり邪魔」
「なら外せばよかろうに!」
「いやだ。折角買ったのに勿体ない」
無表情ながらも、一夏は頑として眼鏡を外そうとしない。大した理由でも大した代物でもないのに。
しかし、セシリアは何やら面白そうに一夏を見ていた。
「私は案外似合うと思いましてよ?それに何事も試そうとするその姿勢、嫌いじゃありませんわ」
すると一夏はちょこっとだけ笑みを見せ、フレームを摘まんでこれ見よがしにクイクイ動かす。
「流石、セシリアは目の付け所が違う。だからって惚れちゃだめよ?オレは今IS一筋だもの」
「…勘違いしているようなので一応言っておきますが、前の一夏の方が万倍格好いいですわよ?」
呆れたセシリアにそう突っ返された一夏は、「アァン残念」と軽くしょげる。それでもメガネは決して外さない。
一夏が入室してからと言うもの、昭弘は謎の頭痛に襲われていた。一夏の余りの豹変ぶりに、頭が付いて行けてないのだ。
昨日までの自分を殴り飛ばしてやりたい衝動を、必死に抑える昭弘。何が「変わらない部分もきっとある」だ、今の一夏は最早完全に別人ではないか。
まるでその衝動を外へと逃がす様に、昭弘はつい口走ってしまった。
「無理をするな一夏」
机に手を置きながらそう言う昭弘を見て、一夏は首を傾げる。そして漸く静かになったかと思いきや、片手で口を覆って何かを考えていた。
漸く昭弘が何を言ってるのか理解すると、一夏はまるで聖母の様に優しく微笑み昭弘の手の甲に自身の平手をソッと乗せる。
「オレは無理なんてしちゃいないよ。寧ろこっちの方が前より楽だ。何と言うか…自由で良い感じなんだ。何より―――」
一夏は次の言葉への間を溜めに溜めた。余程大事な言葉なのか、それとも単なる気恥ずかしさからか。
そして意を決した。
「また皆とこうして話す事が出来る様になったんだから」
昭弘は己の発言を心底恥じた。先の言葉は、今の一夏への侮辱とも取れるだろう。
一夏は良い意味で変わってなどいなかった。変わって欲しくない所は、ピンポイントでそのままだった。それは勿論、箒やセシリアも感じ取っている事だろう。
昭弘は嬉しさに浸るのも短く、直ちに謝罪した。
「すまなかった一夏。無理をするな等と…」
一夏はそんな昭弘を赦す。昨日、昭弘たちが自身を赦してくれた様に。
―――謝罪………あ!
唐突に何かを思い出した一夏は、打ち上げられたロケットの様に勢いよく立ち上がる。
大きな歩幅でズンズン進んで行くと、ある人物が座する席でピタリと止まる。