IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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第40話 日常へ(後編)

「…何だ織斑一夏。取っ組み合いなら昼休みにしてくれないか?」

 

 相手はそう言いながら、冷ややかな視線をこれでもかと一夏へ注ぐ。

 それでも一夏は動じず、凍てついた瞳をしっかりと見据えた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒさん…くん?」

 

 一夏は椅子に座しているラウラの視線に合わせる為、膝と腰を曲げて屈む。

 何をする気なのかと、昭弘はその巨体を割り込ませる準備をする。

 

 すると一夏は徐に眼鏡を外すと、何とソレをそのままラウラの顔面に掛けたのだ。

 

「……はぁ?」

 

 空気が抜けた様にただただ困惑の声を漏らすラウラ。

 その理由を、一夏はあくまで真剣な眼差しで説明する。

 

「眼鏡を掛けたままじゃ失礼だから外させて貰ったよ」

 

 本人は至って真面目に言うが、正直突っ込み所てんこ盛りな説明であった。

 

(何故机に置かないんだ…)

 

(大体眼鏡を掛けていたら失礼な状況って何だ?)

 

(無断で相手に眼鏡を掛ける方が余程失礼かと思いますが…)

 

 昭弘、箒、セシリアが的確な感想を心に留める。

 

 

 各々の心境など読める筈が無い一夏は構わずラウラだけに全神経を集中させ、勿体ぶる様に長い間を置いてからその頭を下げる。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ殿。今までにおける非礼の数々、申し訳ありませんでした。……ただそれだけを伝えたかった」

 

 心に充満している罪悪感を全て乗せる様に、ゆっくりはっきりと一文字ずつ丁寧に発音する一夏。それは余計な説明や言い訳を、敢えて取り外している様でもあった。

 

「織斑一夏…」

 

 一夏の想いが伝わったのか、ラウラの瞳から冷気が消え失せる。

 代わりに宿っているのは、未だ頭を下げ続ける一夏に何かを伝えようとする明確な意思。

 

 果たしてその言葉は―――

 

「チャック空いてるぞ」

 

「!?」

 

 言われてハッとした一夏は、頭を下げた状態でそのまま己の股間へ視線を這わせる。社会の窓は、目覚めの朝を迎えた様に全開だった。どうやら1組の皆は、眼鏡を掛けた一夏の顔面に気を取られ過ぎていて気付ける事にも気付けなかった様だ。

 それを確認した一夏は、謝罪の姿勢のままラウラに視線を戻すと―――

 

「………イヤン」

 

 真顔でそう言い、一夏以外のクラス全員を爽快なまでに転倒させた。

 立っていた者は見えない何かに突進された様に倒れ、座していた者は重力が傾いた様に椅子から落ちる。

 

 箒とセシリアの下敷きになっている昭弘は、グチャグチャな頭の中でどうにかこうにか思考する。

 

(一先ず仲直り…って事でいいのか?これは)

 

 ラウラが一夏を赦したのかは何とも言えない。

 だが色々と吹っ切れている今のラウラにとって、一夏を敵視する理由も無い。

 

 これを期に、今後少しずつ2人の関係性が改善されていけばと思わずにはいられない昭弘であった。

 

 

 何はともあれ、昭弘も皆も少しずつこの「新しい一夏」に慣れていくしかないだろう。

 そしてそれが、きっとまた新しい日常になる。

 

 

 

 一夏の一悶着も過ぎ、漸くSHRが始まろうとしていた。

 しかし未だクラスメイトが1人足りない事に、殆ど全員が気付いていた。その存在は、異性に飢えている彼女たちにとって正に目の保養とも呼べる超絶美男子シャルル・デュノアくんである。

 一夏の時以上に心配し、オロオロし出す彼女たち。

 だが担任である織斑千冬先生と副担任である山田真耶先生が入室すると、嫌でも背筋を伸ばすしかなかった。

 

「今日は諸君に転入生を紹介する!」

 

「「「「「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!??」」」」」

 

 驚かない筈が無い。先月に続いて今月もと来た。訳が分からない彼女たちは様々な憶測や噂を投げつけ合うが、千冬の鋭い一声によって遮られる。

 

「ようし今だ!入れ!」

 

 荒々しい千冬の声に服従するが如く、その生徒はそろりと引き戸を開ける。

 普段から見慣れている黄金色の髪、愛らしい素顔。そこまでならば、彼女たちも黄色い声を張り上げるだけだろう。

 声を上げれなかった理由は、その生徒が女子の制服を身に纏っているからだ。

 

 疑問に陥る彼女たちの反応に怖気づきながら、その転入生は自己紹介に入る。

 

「皆さん初めまして…じゃあないですよね。改めて名乗らせて頂きます。『シャルロット・デュノア』と申します」

 

 つまり彼は、実は彼女であったと言う事だ。

 

 昭弘と一夏とラウラ以外、最早声すら出ない。人は突発的な出来事に身体の筋肉が硬直してしまう事があるが、今の彼女たちは正にそれだった。

 それより何よりシャルロットが今最も説明すべきは、男装でその身を覆っていた理由だろう。

 その事を訊かれるまでもなく彼女は訳を話す。

 

「先ずは、何故僕…私がずっと男装していたのかを話したいと思います。それは―――」

 

 やはり勇気が要るのか、シャルロットは間を置く様に口を閉ざす。

 その間、いくらか落ち着きを取り戻した箒やセシリアは様々な憶測をする。が「よもや男装が趣味な訳ではあるまい」と、その思考だけは見事に一致していた。

 確かに余りに単純且つ阿呆らしい理由だ。

 しかし―――

 

「―――趣味だからですッ!!」

 

 そのギャグみたいな理由が当たってしまうだなんて、一周回って誰に予想出来ただろうか。

 

 今クラスは「3つの反応」に大別されている。

 未だに彼女が女性である事を信じられず、放心状態の者。

 下らない予想が当たり、身体の力が抜ける者。

 そして「では何故男性としてずっと振る舞ってきたのか」と言う疑問を抱く、怖いくらいに冷静なごく少数の生徒。 

 シャルロットは、そのごく少数が抱く疑問に答える。

 

「最初は冗談半分で、直ぐに正体を現すつもりでした。けど、皆完全に私が男だと信じ切っていて言い出し辛くて…。もっと言うなら私自身、その状況が凄く楽しくて…」

「けどいずれはバレる事。…そう考え始めたのが、つい先週でした」

 

 説明する彼女に対し、千冬も弁護に加わる。

 

「言っておくが我々教師陣も、デュノアが女性である事は最初から知っていた。故に彼女はIS学園まで欺いていた訳では無い」

 

 学園の規則でも、女子が男子の制服を男子が女子の制服を着てはならない等とは一言も書かれていない。

 

 シャルロットは千冬の釈明に軽く頭を下げた後、今度はクラスメイト全員に対して重々しく頭を下げながら謝罪の言葉を述べた。

 

「今まで皆さんの事を騙していて…本当にッ!申し訳御座いませんでしたぁッ!!」

 

 大きくはっきりとしていながらも、恐怖と羞恥で酷く震えた声であった。

 もし赦して貰えなかったら。そんな不安が、彼女の繊細な心を握り潰そうとしているのか。

 だが今の彼女はその場に立ち尽くすしかない。出来る事と言えば、ずっと自身を凝視しているクラスメイトたちの瞳を見回す事だけ。その瞳には、各人様々な感情を秘めている様にシャルロットには思えた。

 

 とここでもう一人、シャルロットを弁護する者が現れる。真耶だ。

 

「その…デュノアさんも言葉には出しませんが、悪気があった訳じゃありません。ただ男装して皆が喜ぶ顔を見たかっただけ…それだけなのではないでしょうか」

 

 受け入れるしかない。真耶の言葉には、そんな真意が見え隠れしている様に思えた。

 シャルロットに対しても、変貌した一夏と同じく時間を掛けて慣れて行くしかないのだ。未だに混乱している彼女たちだが、落ち着けば自ずとその結論に行き着くだろう。行き着かねばならない、と言った方が正しいだろうか。

 赦すか赦さないかは兎も角として。

 

 しかしここで千冬が、また更なる混乱を生む余計な一言を口から滑らしてしまう。空気を和ませようとしたが故の一言であった。

 

「そう気を落とすな。美少年なら未だボーデヴィッヒが残っているだろう?」

 

 それは正に、本日4度目となる青天の霹靂であった。千冬と生徒のラウラに対する認識の差異が、生み出したが衝撃。

 ラウラが男性であると言うクラスの一部しか知り得ない情報は、この時あっさりとバラされた。

 

 天使は彼女たちの手から滑り落ちた。だが彼女たちの手には、それと引き換えに新たな天使が舞い降りたのだった。

 

 身の危険を感じたラウラは、周囲に向かって焦り気味に念を押す。

 

「オイ!貴様等!大声を出すんじゃな―――」

 

 遅かった。

 

 彼女たちは、男装したシャルロットを初めて目の当たりにしたあの時の歓声をそっくりそのまま再現したのであった。

 

 

 

 休み時間。混沌に塗れたSHRも終わったのだが、1組は未だに先の空気を引きずっていた。その証拠に、シャルロットとラウラはクラス中から質問攻めに会っていた。

 だが雰囲気からして、誰もシャルロットを咎めている様にも思えなかった。

 

 その人だかりを避けながら、鈴音は普段通り堂々と1組へ入室してくる。目的は当然一夏だ。

 ほろ甘い緊張を胸に秘めながら、彼女は一夏の座席へと向かうが―――

 

「白式の機動力と派手な外見、ISバトルで活かせないかね」

 

「機動性なら兎も角、派手な外見は寧ろ不利になりそうだがな」

 

「いっその事、射撃武装を追加してみては?」

 

「セシリアには申し訳ないけれど、銃は遠慮しておくよ。織斑先生程ではないけど、剣術はオレにとって最大の長所だからね。銃を手にしたら却って動きが疎外されちゃう」

 

「一夏と白式の長所を活かせる新しい戦術に、白式の派手さが大きな鍵になるのだろうか…」

 

 白式の事で熱心に語り合うのは他ならぬ一夏、それに昭弘、箒、セシリアであった。社交性の高い鈴音は、普段なら躊躇なく会話に割り込んで来るだろう。

 それが出来ない理由は、余りにも普段と懸け離れている一夏の雰囲気と、4人が放つ真剣な空気があるからだ。

 

(何その眼鏡!?悪いけど全然似合わない…。と言うか本当に立ち直ったの?凄く落ち着いてると言うか)

 

 しかしずっとたじろいだままなのも情けない話。どんな一夏も受け入れてみせると、誓ったあの日の彼女は何処へ消えたのやら。

 それに気づいた彼女は、恥も外聞も捨てる事にした。何でもいい、会話に入れる一言が無いだろうか。

 そう考えて思い付いた一言を、鈴音は会話への材料とした。

 

「派手な外見を活かすならタッグマッチでの陽動役なんて良いんじゃな~い?」

 

 正直、却下されると鈴音は思っていた。今の言葉は、会話に入る為の足掛かりに過ぎなかったからだ。

 しかし4人の反応は違った。まるで見た事のない新種の生物を発見した様な、そんな目を4人は鈴音に向けていた。

 そして鈴音からして見ればダサい眼鏡を掛けた一夏がゆっくりと立ち上がり、鈴音と対面すると―――

 

「それだ」

 

「は?」

 

 一夏は鈴音の後ろに回り、両肩をガッチリ掴むとそのまま彼女を自身の席へと連れ、そこに座らせる。

 一夏は座った鈴音の両肩に手を置いたまま、自身は立ちながら宣言する。

 

「皆、オレは決めたよ。今後オレはシングルマッチを捨て、タッグマッチ一本に絞る事にする。その事に気付かせてくれた鈴ちゃんに、どうか盛大なる拍手を頂戴な」

 

 一夏の奇行に動じる事なく昭弘たち3人はノリノリで拍手をする。それだけ一夏にとっても3人にとっても、陽動は盲点だった様だ。

 鈴音はと言うと、肩を掴まれて席に座らされるまでの記憶が曖昧なのか、ただ茫然としていた。

 

(これがあの一夏…?)

 

 正に先程昭弘たちが抱いていた感情そのものだった。もし今その言葉を声に出していたとしても、昭弘からは「慣れろ」としか返って来なかっただろう。

 

 果たして鈴音は、この落ち着いている割に良く喋る少しお姉さん口調の入った伊達眼鏡一夏に慣れる事が出来るのだろうか。

 

 

 

―――放課後

 

「織斑一夏くん!シャルロット・デュノアちゃん!」

 

 帰りのSHR直後。千冬が高らかにそしてにこやかに2人を教壇へと呼び出した。隣で立つ真耶も、不気味な程にニコニコしていた。

 

 一夏とシャルロットは水の様に重たい溜め息を吐いた後、膝をガクつかせながら立ち上がる。これまで行ってきた事を大いに自覚している2人は、控えめに言っておぞましい事が起こると予測しているようだ。

 普段の彼女から乖離した満面の笑みのまま、千冬は無慈悲に告げる。

 

「行こうか!生徒指導室へ!」

 

 まるでこれから旅行にでも行く様な、ハツラツとした語調だった。

 シャルロットは早速下瞼に涙を溜めたまま、一夏は眼鏡のフレームを摘まんでぎこちなく動かしながら返事をした。

 

「…アイ」

 

「…優しくお願いネ?」

 

 観念して付いていく2人に、昭弘は哀れみの視線を向けながら見送った。

 

 

 この日、3時間もの間生徒指導室が貸し切り状態となったそうだ。

 超防音対策が施されているにも関わらず、ほんの僅かにだが解読不能な怒声が室内から漏れていたと言う。

 

 

 

―――19:10 学園寮屋上

 

 夏至も近いからか、19:00を回っても辺りは草木の輪郭を視認出来る程には明るかった。

 若々しい男女の声は、その薄暗さを時間に逆らって保持するかの様に屋上から周辺へと響き渡る。

 

「にしても、一夏からあのボーデヴィッヒに謝罪するなんてな」

 

 箒は出来る限り真顔を維持しながら、他愛もない会話を繰り出す。

 

「千冬姉に囚われない以上、もう彼と敵対する必要もないからね。まだ、そう簡単に仲良くはして貰えないかもだけれど」

 

 一夏は少し寂しげに笑いながらそう答える。3時間近く怒られていた割に、立ち直りは早い。

 ラウラだけじゃなく、クラスメイトとの仲もだ。以前の様な関係に戻るには、やはり短くない時間が必要だろう。性格であれ何であれ、変化によるそう言った弊害は必ず大なり小なり起こるものだ。

 箒も未だ変化に付いて行けてない人間の一人だ。

 

 そんな大きく変わった一夏から急にこうして呼び出されては、何事かと身構えるのも無理らしからぬ事。

 一夏も雑談を早々に切り上げ、箒にある事を訊ねる。

 

「ゴメン箒。突然こんな事訊いたら酷く動揺するかも」

 

「箒って、「好きな人」…居たりする?」

 

 箒はその時、ただ一夏の顔を見ていた。レンズ縁から覗く彼の瞳は正確に箒の瞳を捉えていて、眉も目も口も奇麗な並行を保っていた。

 突然の質問、そして一夏の透き通る様な表情。それらを前にして硬直してしまう箒。

 だが少しずつ脳神経が回復していくと、目を逸らしながら彼女は考え始めた。居ると答えるべきか居ないと答えるべきか。

 そう悩む理由は一夏を想っての事じゃない、自分を想っての事だった。ただ単に、本人の前で答える勇気が無いだけなのだ。

 

 だが居ないとも答えられない箒は、結局そのまま押し黙ってしまう。

 

「…箒ちゃん?黙るって事は“居る”って言ってるのと同じじゃないカシラ」

 

 そう言われて箒は「しまった」と再び一夏へ振り向く。同時に、一夏の朴念仁らしからぬ言動に悪寒の様なものを感じる。

 

「お前いつからそこまで分かるように!?」

 

「いや馬鹿にしてるでしょ、オレだってその位は察せるの。それと、誰が好きなのかまでは見当も付かないから安心して」

 

 箒は胸を撫で下ろした。バレずに済んだと言うのもあるが、一夏が朴念仁のままである事に奇妙な安心感を抱いた様だ。

 

「ただそれが知りたかっただけさね。昭弘を連れて来なかったのもそれが理由」

 

 そう言い、一夏は先に立ち去って行く。

 

 

 一人残された箒は、一夏の後に続く訳でもなくぼんやりと現れてきた星を見上げていた。何となく、意味も無さげに。

 

 ただ、一人になる事で考えられる事もあるようではあった。

 

(昭弘と一夏。本当にどちらかを選べる日は来るのだろうか)

 

 本音から言い渡された助言。それを為す力を得る事が、箒の目的であった筈だ。

 だが実際、片方を選んでどうなると言うのか。例え告白出来たとして、振られればそれまでだ。その後は友人にすら戻れない。仮に2人が結ばれても、もう片方への恋愛感情は捨てねばならない。

 そうなる位なら、もうずっとこのまま昭弘と一夏を想い続けた方が幸せなのではないか。そんな考えが、今の箒にはあった。

 

 その様な考えが芽生える時点で、箒は本来得る筈だった強さをまるで得られていないと言う事になる。

 

―――このままじゃ駄目だ。もっと強くならなければ。もっと…もっともっともっと……

 

「ッ!」

 

 我に帰ると、箒は自分自身を酷く侮蔑した。ほんの一瞬だけだが考えてしまったのだ。姉である篠ノ之束の事を。彼女に一言頼めば、至極あっさりと自身が望む力を与えてくれるのではないかと。

 だが他人から与えられた力など、所詮は紛い物。その力で心まで強くなれるかどうかは全くの別問題だ。

 かと言って、どうすれば強い心を持つに至るのか見当がつかないのも事実。このままでは、箒はずっと弱いままだ。

 

 頭がごちゃごちゃしてきた箒は、再び星を仰ぎ見る。まるですがり付く様に。

 そして先程星を見ていた時の心情に、リセットするかの様に。

 

 

 

 一人歩きながら一夏は液晶携帯を片手に画面を開く。親指で液晶をなぞり、電話帳の中身を開く。

 ただし通話が目的ではない。

 

 単なる追憶、と言えば良いだろうか。

 

篠ノ之束

 

 その名を見る度、一夏は思い知らされる。今、自分の人生が一つの道へと縛られている事に。

 

(束さん、ごめんなさい。オレはまだ箒に告白する事は出来ない。自分が箒をどれだけ好きなのか、箒の好きな相手は誰なのか、見極めるまではね)

 

 約束とは言え、異性として好きかどうかも解らない相手に告白するのは後々互いに苦しむ。かと言って束との約束を反故にする訳にも行かない。

 そんな板挟みに、一夏は未だ苛まれていた。

 

(もし箒が箒の好きな相手と一緒に居たなら、オレの異性としての心は動くのかな)

 

 一夏自身、恋愛なんて経験した事が無い。

 嫉妬なら昨日まで嫌と言う程感じてきたが、果たしてその感情を箒が好きであろう相手に向ける事は出来るのか。

 そもそも箒の好きな相手なんて知る由もない一夏が、そんな事を考えた所で全くの無意味なのだ。

 

「アラ」

 

「ん」

 

 すると廊下で、一夏はばったりと遭遇する。見ているだけで安心感が芽生える、不愛想な大男に。

 

「昭弘じゃない。星でも見に行くの?」

 

「まぁな」

 

 しかしその後、昭弘は何処か照れくさそうに手を腰に当てながら一夏の予想を訂正する。

 

「付け加えるならオレと箒と一夏、3人で久しぶりに…な」

 

 途端一夏の迷いは心の隅へと逃げ去り、代わりに友愛が彼の心を満たし潤していった。

 もう一夏は一人で居る必要なんてない。今の一夏なら、どんな時でも昭弘と箒が居るのだから。

 つい自然と笑みを零してしまった一夏は、喜んで昭弘の提案に乗る。

 

「じゃあ最後の一人も探しに行こっか。案外もう屋上に居たりして」

 

「そんな都合の良い…。ま、行くだけ行ってみるか」

 

 そんなやり取りをしながらも、2人は箒の下へと足を急がせる。その様は焦りと言うよりも胸の高鳴りに突き動かされている様であった。

 

 

 昭弘と一夏が屋上に着く頃、既に辺りは真っ暗だった。その為、星はさっきよりもずっとはっきり見えていた。

 そして一夏の予想通り、箒も屋上に居た。今正に帰ろうとしていた彼女は少しの戸惑いの後、そのまま残る事にした。

 

 3人は無数に輝く星を目に焼き付けながら、ずっと取り留めの無い話を繰り返した。新しい日常を噛み締める様に。

 

 そして今はまだ3人で居られるこの一時を、他の何よりも尊ぶ様に。

 3人が見上げている星々だって、永遠の様に思えて永遠ではないのだ。

 いつかは終わりが来るからこそ、今を大切に生きねばならないのだ。

 

 

 それこそが、日常なのだ。




お待たせ致しました。一夏・シャルロット編、これにて終幕です。シャルロットとデリーは、いつかタイミングがあれば会わせたいと思います。
何と言うか、ラウラとシャルロットが転入してから、もう一年近く経ってしまいました。改めて、時間かかりすぎだなと、我ながら思い知らされました。けど、自分なりにどうにか纏められたのが気持ちよかった(小並感)

次回は、また人物紹介を投稿しようと思います。前回の人物紹介に居なかったキャラや、一夏みたいに色々と変化したキャラを、紹介しようと思います。読まなくてもストーリー上は問題ありませんが、それでも読んでくれる猛者が居てくれたら嬉しいです。
また、オリ武器等の紹介に関しては、私の趣向がたんまり詰まった自慰みたいなものですので、読む際はご注意を。

それと、今後も昭弘・箒・一夏の三角関係は、まだまだ続きます。乞うご期待下さい。

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