IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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すみません。何か急に投稿したくなりました。


宇宙の兎に

―――――6月13日(月)―――――

 

 一切の照明器具が点灯していない、洞穴みたいに暗く無駄に広い空間。

 其処には、不気味に浮かぶ蒼白いホログラムが至る所に展開されていた。その気味悪くも何処か幻想的な光景を水族館みたいで綺麗等と心の中でほざいているのは、この部屋の主だけに違いない。

 

 そんな室内の主たる篠ノ之束は、無機質な空間で違和を放つ格調高いソファにドカリと腰を降ろしていた。気怠げな表情から察するに、一作業を終えて間もないらしい。兎耳を模した頭頂部の機械も、ダラリと垂れ下がっている。

 

 しかしある1つのホログラムが視界に入った途端、束は別人の様に真剣な面持ちへと変貌する。

 その視線の先には、巨大なホログラムによって形成された「アフリカ大陸」が。

 そして大陸内には、まるで鮮血を塗した様な真紅の矢印が点在していた。良く良く見るとその大小様々な矢印は、大陸内のある一点だけを向いていた。まるでその一点に集束していく様に。

 そしてその一点から弧を描く様に伸びた特大の矢印は、もう一方の大陸を指していた。位置的に中東か或いは欧州辺りを、大雑把にだが指し示していた。

 

「束様」

 

「ぅわぉ☆ありがとクーちゃん!」

 

 束と少し離れた所で紅茶を淹れていたのは、同居人であるクロエ・クロニクルだ。

 淹れ終えたので主の名を呼んだクロエだが、やはり怠いのか束はソファから動こうとしない。

 仕方無くクロエはティーカップと洋菓子の入った小皿を其々盆に乗せ、束の元へと持って行く。紅茶が溢れぬよう慎重にチョコチョコと歩く銀髪美少女の姿は、可愛らしい西洋人形を思わせる。

 

 

 それは水中で何の前触れも無く現れた小さな泡の如きに、ふと思い付いた事だった。

 クロエはそれを忘れない内に、その小さな口を動かす。

 

「そう言えば束様、どうして一夏様からの要求にああもあっさりと応じたのですか?」

 

 クロエにとって今更ながらも、どうしても気になる疑問だった。

 束が一夏に掲示した条件である箒との婚約だって、所詮は口約束。一夏がその気になれば、いくらでも反故にされてしまうだろうに。

 対して束が為した事は、彼女とは何の関係も無い女子学生の国籍及びその他諸々の情報抹消。更には新しい国籍の用意と来た。

 正直これでは、束がタダ働きしたも同然と言える。

 

 すると束は、美味しそうに紅茶を啜りながら答える。

 

「だってほらさ、いっくんのお陰でちーちゃんの詳細な戦闘力が判ったからさぁ」

 

 クロエはか細い首を傾げた。

 千冬の戦闘力、一夏のお陰、一体束は何の話をしているのだろうか。

 

「要するに、束さんの計画を進める上でちーちゃんはラスボスみたいな存在なんだよね。だからずぅっと、ちーちゃんの現時点における全開能力が知りたかったの。昔と今とじゃ数値にも大きな隔たりがあるだろうし。んでそれをいっくんに引き出して貰おうって魂胆だった訳。ちーちゃんちょっとしたブラコンだから、いっくんのお願いならすんなり本気出すって睨んでたし。その後の4対1は流石に予想外だったけれどね?」

 

「…ですが幾つか新たな疑問が生まれます。余りこう言う事を口にしたくはありませんが…千冬様とて生身なら幾らでも倒す方法があるのでは?それこそ、エイジェンタイプを5機程度送り出せば済む話です。それに先程の口振りからすると、束様は一夏様が抱く姉君への劣等感に最初から気付いていたと言う事でしょうか?」

 

 鋭いクロエだが、束はチッチッチと人差指を左右に振る。

 

「それじゃあダメなの。ISを纏った本気全力絶好調のちーちゃんを倒せなきゃ意味無いの☆」

 

 クロエはその理由を訊ねようとするが、束が一夏の件をも続け様に答えた為に遮られる。

 

「いっくんの劣等感だって知ってたもんね~。ISを動かせる事が判って近い内にちーちゃんに挑む事も、予想通り過ぎて笑っちゃったよ!」

 

(…まさかその為だけに、一夏様でも動かせるようわざとISコアを設定していた…?)

 

 クロエはその考えを口にしようとするが、やはり踏み留まった。流石に被害妄想が過ぎると、自身を戒めたのだろう。

 常人の被害妄想を実際にやっていそうな所が、天災の真に恐ろしい部分なのだが。

 

「ブリュンヒルデの実力も判って、おまけに口約束だけど箒ちゃんとの婚約も取り付ける事が出来た。束さんとしては寧ろ貰ってばっかで申し訳ないくらいだったよぉ。しくしく…」

 

 瞼を閉じたまま、クロエは束の嘘泣きに辟易しながらも口頭で要点を纏める。

 

「…そう言う意図も踏まえれば、束様にとっては十分釣り合いが取れていたと?」

 

「そゆこと♪それだけちーちゃんの限界能力は、束さんにとって眉唾物の情報なの。それに比べれば例え見ず知らずのメスガキだろうと、国籍の1つや2つ安い安い☆」

 

 更に付け足すと、一夏からしてみればタダ働き同然である束に対して多大な恩義を感じざるを得ない。

 故に口約束だろうと、一夏が箒以外の異性に靡く事は確率的にはかなり低くなった筈だ。

 

 しかし当のクロエはどうにも納得し切れない様子だった。確かに一夏の要求を飲んだ理由は解ったが、ただそれだけだ。

 全体と言うか大元と言うか、束が真に成そうとしている事がまるで見えて来ないのだ。

 

 どの道、クロエには氷山の一角を地道に叩いていく事しか出来なかった。以下の疑問の様に。

 

「…そんなにも妹君と一夏様をくっ付けたいのですか?」

 

「少なくとも元少年兵(アキくん)とくっ付くよりはマシでしょ?」

 

 その時の束は、分かりやすい位に視線を大きく逸らしていた。

 対してクロエは、小さいながらも憤りを覚える。この期に及んで未だ昭弘の事で白を切るのか、と。

 

 それを言葉に変えて吐き出す為、クロエは少しだけ語調を強めた。

 

「…束様。私も貴女との時間を無意味に浪費している訳ではありません。昭弘様の事で、何か隠している事くらい分かります。…昭弘様とグシオンには一体どんな秘密があるのですか?」

「それだけではありません。そもそも貴女は何を引き起こそうとしているのですか?どうしてISではなくMPSの強化・量産を図っているのですか?どうして大切な御友人である千冬様を倒そうとしているのですか?…貴女の最終目的とは、一体何なのですか?」

 

「…」

 

 束は目を逸らしたまま、石像の様に口も身体も動かそうとしない。

 そんな束の反応を目にしたクロエは、今度は語調を酷く弱めながら空気を冷たく震わせる。

 

「……私の事が、そんなにも信用出来ないのですか?家族なのに。…いいえ束様にとって私なんか、家族でも何でもないから…」

 

 そう言われると束は慌ててクロエに向き直り、今にも泣き出しそうな位に顔を歪める。

 そうして少しの間たじろぐと、どうにか言葉が見つかったのか束はクロエを優しく両腕で包み込む。

 

「違うよクーちゃん、家族だからこそだよ。余計な情報を与えて、今を生きるクーちゃんを苦しませたくはないの」

「だから…解って欲しい。私の計画が成功しようと失敗しようと、クーちゃんは私たちと変わらず過ごしていけるから…」

 

「…その中に昭弘様は含まれていないのですね」

 

「…」

 

 再び束は口を固く閉ざす。それはやはり、もう二度と昭弘とは家族に戻れない事への裏付けなのか。それとも、束でさえ予測出来ない未来だからだろうか。

 そんな頭の中に漂う濁りを振り払うべく、束は話の流れを強引に絶つ事にした。

 

「そぉれぇよぉり!クーちゃんそろそろお勉強の時間でしょ☆ナロとクロが待ってるよ♪」

 

「………分かりました」

 

 クロエはそう返事をし、寂しげな表情をそのままに退室した。

 その時、普段なら活気良く揺らめく彼女の銀髪が動く事などなかった。

 

 

 

 情けない溜め息を吐いた後、再び各大陸を表すホログラムに向き直る束。大小の赤い矢印を目でなぞりながら、束は状況を整理する。

 

―――残った仕事は箒ちゃんの身を護る為の新型機『紅椿』の完成。それとアメリカ・イスラエル(蛆虫共)が手掛けている邪魔な『福音』()()の始末くらいかな?後は亡国機業(働きアリ)が勝手に事を進める。それを見届けるだけ…

 

 しかしそこで、束の脳裏に昭弘の顔が浮かび上がる。

 完璧な計画、そして絶対的な成功への確信が束にはあった。

 だがあの男『昭弘・アルトランド』なら、土壇場で起死回生の一手を仕掛けて来るのではないか。ここ最近における学園での昭弘を監視してきた束は、ついそんな事を考えてしまう。

 当然ソレは、何の数値にも現れない予感以下の何かに過ぎない。

 

 束はらしくもなく根拠も確証もないソレに酷く怯えている自分自身に、数秒遅れて気付いた。

 

―――馬鹿なのかな?私は。例えアキくんが首だけで噛み付いて来ようともう世界は止まらない。あんな奴1人、敵になろうと味方になろうと何も変わりはしない

―――けど…生まれて初めてかもね。この天災である私が自分の事を小馬鹿にするなんて…

 

 そんな感慨に浸り、数年ぶりに苦笑を漏らす束。

 それは気持ちを切り替える為の笑みなのか、今の心情に入り浸っているだけなのか、束自身にも判別出来なかった。

 

 やがて束は徐に右手を上げると―――

 

パチン!

 

 と、親指・中指によるフィンガースナップを部屋中に響かせた。

 

 その音を合図に、無数の赤い矢印が大陸(ホログラム)中に溶け出す。

 青かったアフリカ大陸はあっと言う間に赤く染まり、欧州・中東を指し示していた巨大な矢印も同じ要領でユーラシア大陸を赤く侵食していった。それだけに留まらず侵食は北アメリカ大陸、南アメリカ大陸、オーストラリア大陸、そして日本列島まで進み、地球上に存在するであろう全ての陸地を赤く染め上げた。

 それにより、今さっきまで青暗かった室内はまるで夕暮れ時の様に赤暗く変色していた。

 

 その赤は流れ出た人の血を表しているのだろうか。それとももっと根本的な、人間の中に潜む“ナニカ”を示しているのだろうか。

 それは世界中何処を探しても、今この空間で指を鳴らした天災兎耳女本人しか知り得ない事だ。

 

―――そう言えばまだ計画の名前付けてなかったっけ

 

 突如そんな事を思い付いた束は、両手の人差指を左右の側頭部に当てながら猫撫で声で唸り出す。

 そして―――

 

「『コスミックラビッツ計画』…でいいんじゃね?」

 

 

 世界を巻き込む戦乱はまだまだ遠く、ナメクジの様に遅い。

 だがそのナメクジだって、ずっと這っていれば来たるべき所に辿り着く。

 

 その戦乱と言う名のナメクジが最後に落とした宝玉を手にするのは、天災『篠ノ之束』だ。


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