新年早々から閑話休題って…。
―――――6月某日―――――
ラウラ及びシャルロットの性別が学園中に知れ渡った今、またしてもルームメイトの入れ替えが必要になった。
流石に職員もうんざりしているだろうが、それは生徒たちも同じだ。ルームメイトが変わると言う事は、即ち日常そのものが変化する事に近い。それが何度も続けばやがて精神は疲弊し、学園生活にも支障が出るだろう。
よって変更点はラウラそしてシャルロットの入れ替えだけと言う、最小限のものに留められた。
そんな部屋替えが恙無く終わって、早くも1日が経過したある日の夜。
―――212号室
ここは元ラウラの部屋。つまり、現在におけるシャルロットの部屋だ。
「イヤーにしてもお互い大変だよねー。何度も部屋の面子変えられてさー」
「そ、そう…だよね。……ゴメン」
不満を漏らす相川にシャルロットは謝罪するが、当の相川は不思議そうにシャルロットを見る。
「何でシャルが謝る訳?」
「(もう下の名!?)いや…だって僕が男装していたせいだし…」
「まぁそれもそうか。騙しおって!このこのぅ!」
そう茶化しながら、相川はシャルロットを指先で突く。おどける様に笑うシャルロットだが、自身が気負わない様に気遣う相川の意図が読めてしまったのか笑みに少しの曇りを宿す。
ガチャ
笑い声を遮る様に響くドアの開閉音を聞いて、2人共同じ方向に目を向ける。
「ナギっちお帰りー」
「お、お帰りなさい…」
「ふぃー今帰ったぜよー」
鏡はそう返すと、だらしなく自身のベッドへと仰向けに横たわる。
「ゴーレムの研究ってそんなに疲れるの?ナギたちは基本見学するだけでしょ?」
「疲れる疲れる。格納庫中行ったり来たりだし、研究の邪魔にならない範囲で質問したり手伝ったりしなきゃだから精神的にも疲れる」
「ヒェー、整備科志望は大変だねぇ」
他人事感丸出しで労いの言葉をさらりと送る相川。
すると鏡は仰向けのままシャルロットに視線を移す。数秒だけ見詰めると、瞳を虚ろなものに変えながら相川たちとは反対の方へと寝返る。
釣られる様にしょげるシャルロットに、相川は耳打ちする。
「ラウラと離れ離れになっちゃった事、思った以上にショックデカいのよナギっちは。貴重な男子生徒だったからねぇ」
「悪いけど暫く辛抱してね?」
「丸聞こえだっつの清香。私疲れてるだけだから、デュノアさんも余り気にしないでね」
「う…うん」
また気を遣われてしまったシャルロット。
この新しいルームメイト2人は良い人たちだ。ただでさえ3人部屋でメンバーも変わると言うのに、快くシャルロットを迎え入れてくれたし邪険に扱ったりもしない。
だがそれが、却ってシャルロットの良心を抉る。自分と言う異物が同じ空間に居るだけで、彼女たちの精神を擦り減らしているのではと考えているのだ。
日常の変化とは、それだけ疲れるものなのだ。
何かしてあげたい。この状況でそう思う様になるのも、シャルロットなら必然と言えよう。与えられてばかりはもう御免被る。
そしてあったのだ。シャルロットだからこそしてあげられる事が。
早速、思い至った事を実行すべく彼女は自身のクローゼットを漁ってバスルームへと向かう。
数分後再び部屋に入って来たシャルロットの姿を見て、先ず相川が口をあんぐりと開放する。
そのままシャルロットは鏡のベッドへ向かうと、左向きに横たわる彼女の隣へ同じ姿勢で横たわる。
振動で気付いた鏡は、何事かと思いながら身体を反転させる。
鏡の目に映ったのは金髪の王子様だった。
IS学園指定の学生服をキッチリと身に纏い、パチリと開いた大きく曇りの無い瞳に鏡の疲れ果てた顔面を映し出していた。
「…」
「い…いつもお疲れ様ナギちゃん」
硬直したままの鏡に対し男装したシャルロットはぎこちない笑顔を浮かべ、普段より低い声を作って頭を優しく撫でる。その破壊力は絶大で、疲れ切った鏡の表情は見る見る内に生気を帯びて行く。
「…もう死んでもいいや」
「イヤ死なないでよ!?」
「ハイ!ハイ!私も何かリクエストしたーい!」
どうやらシャルロットの目論見は上手く嵌った様だ。これで相川も鏡も、女としての潤いを再び取り戻す事が出来るだろう。
シャルロットが女である以上、偽りの潤いでしかないが。
昭弘の提案である「男装が趣味」と言う設定。まさかソレがこんな形で役に立つとは、昭弘は勿論シャルロット自身も予想出来なかったであろうに。
―――128号室
シャルロットと入れ替わるのだから、ラウラのルームメイトは必然的に一夏となる。
最小限の変更以前に、男同士である一夏とラウラが同部屋になるのは自然な道理であった(昭弘は、一人部屋にせよと言うIS委員会からの御達しがある)。
部屋は静寂に包まれていて、2人が放つ微量の環境音だけが不規則に空間を揺らしていた。
ラウラはベッドの上で只管キーボードを叩き、一夏もソファチェアにて黙々と参考書を捲っていた。
時折、一夏が度無しレンズの奥から光る歪み無き視線をラウラに向ける。しかしラウラはまるで一夏を居ない者扱いしている様に、ノートPCに意識を集中させていた。
それが嫌だったのか、一夏は遂に口を動かす事にした。
「そう言えば今日の晩御飯だけれど、オレが御馳走するよ。最近料理がマイブームで」
「要らん。私は昭弘と食堂で食べる」
あっさりと突っぱねられる一夏。だが、一夏にとってラウラの反応は予想の範囲内であった。あんな謝罪だけで仲良くして貰える等、己惚れる一夏ではない。
かと言って、彼は今後長い付き合いとなる新しいルームメイトだ。よって出来る限りは足掻いてみる一夏であった。
「…ボーデヴィッヒは千冬姉の事を抜きにしても、やっぱりオレの事嫌いかな?」
「ああ、私が最も嫌いとするタイプの人間だ。馬鹿で独善的で、目的も無い癖して無駄に暑苦しくて、何も知らない、面倒な輩だ」
「結構グサグサ突いて来るじゃない。けど今のオレは前のオレとは違うよ。その証拠に前のオレなら今事実を並び立てた君に対して、逆上して掴み掛かっていただろうから」
冷静にそう返されるとラウラは一旦ノートPCを閉じ、氷柱の様な視線を一夏に突き刺す。
「…貴様はただ変わった「フリ」をしているだけではないのか?」
「……何?」
ラウラの言葉を聞いて、一夏は先程の冷静さが嘘の様に動揺し出す。
「唐突な口調の変化、伊達眼鏡、自分はもう織斑千冬に執着していないと言う露骨なアピール。私からは無理して変わろうとしている様にしか見えん」
「先程の冷静な返答だって貴様が変わったからじゃない。「自分は変わったんだ」と思い込みたいだけだ。本当は私の胸倉を掴みたくて仕方が無いんだよ貴様は」
思い当たる節があるのか、一夏はラウラが並べた言葉を否定する事が出来なかった。
あの日、教室で昭弘に「無理をするな」と言われた時「寧ろ前より自由で楽だ」と答えた一夏。あの言葉に嘘偽りが無いかと問われると、首を縦には振れないのが正直な所だ。
だがラウラに掴み掛からないのは、何も我慢している訳ではない。前までの自分の落ち度として、受け入れているだけだ。
そう言い返さないのは、単に言い訳がましいと判断したからに過ぎない。
「…どの道、前の方がずっと無理してたのは間違いないよ。オレはもう、あんな「オレ」に戻るつもりなんてない」
「ほう。今も無理している事は否定しないんだな?」
「君だって何かしら無理してるんじゃないの?「自分はこうあるべきだ」…ってね」
意趣返しの様に一夏は問う。「自分の様に動揺しろ」と暗に命じているみたいに。
だがラウラは一切動じず、そして堂々と答えた。
「別に無理などしていないし変わってもいない。昭弘に気付かされただけだ。私は私だとな。だから今まで通り、悩み抜きながら前を行くさ」
自分がこうあるべきだ等と、ラウラには関係ない。
自分の本質に従って目的を見つけ出し、ただ突き進むだけだ。その道中いくら自身の事で悩もうと、最終的に本心が選んだモノに従うのみ。
「逆に訊くぞ織斑一夏。本当のお前は何処に居る?」
本当の一夏。今の一夏を貫き続けた先に、その答えは待っているのだろうか。
それとも今の一夏ですら前の一夏と同様、単なる偽りの姿に過ぎないのだろうか。
―――本当のオレの在り方。もっと突き詰めるなら、今オレが何をしたいのかと言うオレの本心
瞼を閉じながら深い思考の暗礁へと潜る一夏。
だがいくら考えても、結局同じ答えに行き着いてしまう。そんな自身の単純さに呆れながらも、本心は本心だ。素直に答えるしかない。
「…今本当のオレは、兎に角料理がしたくてしょうがない…かな?」
無表情のまま一夏はそう言い切った。
彼のしょうもない返答により張り詰めた空気が一転したからか、ラウラも腹の力が抜けてしまう。
そうして一拍子置くと、再び腹に力を入れ直して指摘する。
「何を言い出すかと思えばそれか!?馬鹿馬鹿しいッ!!」
「馬鹿馬鹿しいかもだけど仕方が無いでしょう?今この瞬間、オレが心から一番したい事なんだもの。それは即ち、現時点における本当の織斑一夏って事になるんじゃない?」
今度はラウラが言い淀む。
どうやら一夏は、ラウラが思っている以上に本心のまま今を生きているようであった。
それは、今の一夏にとって当然の嗜みでもあるのだ。偽りを捨て本心に素直でなければ、一夏は「一夏の強さ」を手にする事すら叶わないのだから。
無論口調や伊達眼鏡からして、多少強引に変わろうとしているのは確かだろう。
だがそれらも周囲が違和感を覚えなくなり、本人も「演じている」と思わなくなれば、立派なアイデンティティとなりうる。現に時偶入る「お姉さん口調」に関しては限り無く無意識に近い。
そう考えると、ラウラもダラダラと過去の一夏を引き摺る訳にも行かない。
それにあの独善的な正義漢擬きが一体どれだけ変わったのか、ルームメイトとして見届けてやるのもまた一興だろう。
「…気が変わった。お前の料理、食べてやっても良いぞ。食堂まで行くのも面倒だ」
ラウラの口調が少し柔らかいものになったからか、一夏もまた能面を小さな頬笑みに変える。
そして眼鏡のブリッジをクイッと人差指で持ち上げると、慣れない敬語口調で了解する。
「畏まりましたお坊ちゃま。で、何がいい?ドイツ料理は4品位ならマスターしてるけど…」
「折角日本に居るんだ。何か適当に日本料理でも出せ」
「ハーイ。えと…やっぱ魚かな?魚って今冷蔵庫に何あったっけ?…ブツブツ…」
張り切って準備する一夏を見ながら、ラウラはふと思った。結局一夏は一体何が切っ掛けでこうなったのかと。
(まさかコイツも昭弘が…?)
そんな予想を立てると、ラウラは自然と表情が緩くなってしまう。
(もし昭弘が関わったのだとしたら、特に懸念する事も無いか)
何故そう言い切れるのか、ラウラにも明確な根拠は無い。
ラウラ自身『昭弘・アルトランド』と言う人間に惹かれ、そして救われた人間だ。その実体験があるのだから、自然と信頼を置いてしまうのも尤もだ。
かと言って、決して思考放棄している訳ではない。少なくともラウラは、自身の考えをしっかり持っているつもりだ。
「にしても、少し安心した。オレとラウラ、結構仲良くやれるんじゃない?」
「あ!?勘違いするな!それとこれとは別で、貴様と戯れるつもりは毛頭無い!あと名前で呼ぶな慣れ慣れしいッ!」
「けれど本当にオレの事が嫌いなら、オレの作った料理なんて食べないでしょう?知ってるかい?ラウラ。世の中は興味があるか無いかの2択で、好きか嫌いかが決まるんだってさ。つまりラウラはオレの事が大好きって事♡」
「よぅし気が変わった。やはり食堂で食う」
「アララ、軍人ともあろう者が前言撤回かい?シクシク…お姉さん悲しいわぁ…」
「キッサッマァァァ…!」
こうして212号室と128号室の夜は、ゆっくりと更けて行った。
部屋内の喧騒を、優しく夜闇へと巻き込みながら。
シャルロットより、どちらかと言えばラウラと一夏がメインになってしまいました。
一夏が原作通りの性格だったとしても、男のラウラはこう言う感じの絡み方してきそうな気がします。