IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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 不味い・・・投稿ペースがどんどん落ちている・・・。というか今回めちゃくちゃ難産でした。
 文字はやたら多いのに話が全然進んでないように見えるのは、私だけでしょうか。


第4話 英国貴族の逆襲(前編)

―――

 

阿頼耶識。

 

長も含めて、皆ソレを身体に付けていた、皆ソレに助けられていた。

 

故に「誇り」とまでは行かずとも身体の一部。大事な大事な身体の一部。

 

故に隠すべからず。家族の為に己が為に、恐れず堂々と視線に晒せ。

 

―――

 

 

 

 

 

 予鈴が鳴り響く中昭弘が教室の引き戸に腕を伸ばすと、中から一人の女子生徒の声が。それ程大声でもないが、声質には多少の憤りが乗っている様に感じられた。

 

 昭弘と箒は戸を引いて教室内を伺う。そこには、一夏に詰め寄っている女子生徒の姿があった。

 昭弘から見たその少女の外見は、金髪で先端がドリルの様になっており、身長は高くも低くもないといった感じだ。服装は他の生徒のそれとは少々異なり、少し長めのスカートを穿いていた。青い瞳がよく目立ち、前頭部には青い飾り物を付けていた。顔は恐らく美人?に入るのだろう。

 

「まぁ!このイギリスの代表候補生である『セシリア・オルコット』を知らないと仰るのですか!?」

 

 先程から明らかに困惑の表情を見せている一夏。

 昭弘はその巨躯をゆっくりと一夏とその少女『セシリア』の方へと向かわせる。

 その昭弘の動向を、周囲の生徒は不安気な表情で凝視している。

 

 昭弘としては、一夏とは仲良くやっていきたいと思っていた。折角の高校生活だ、男友達が一人も居ないなんて寂しすぎる。

 

「オイ、何があったか知らんが予鈴も鳴ったろ?その辺にしとけ」

 

 一夏を庇う様に2人の間に割って入る昭弘に対して、セシリアは一夏に対してのソレとは比べ物にならない険しい表情で昭弘を睨みつける。最早敵意に近い表情だった。

 

 数秒経つと、セシリアがゆっくりと口を開く。

 

「アラアラ、誰かと思えば()()()()()でしたか」

 

 昭弘に対する第一声がソレだった。

 それは箒の耳にも確かに届いた。箒は、先程からセシリアに対して多少なりとも憤りを感じていた。一夏に馴れ馴れしく近づいているかと思えば、やたら高圧的な態度で一夏を見下ろしている。

 それだけならまだ辛うじて我慢できた。しかし、昭弘に対しては上から目線どころか鼠扱いだ。先程から自身を何かと気にかけてくれている昭弘を、そんな言葉で貶したことが箒は許せなかった。

 

 憤怒の表情でセシリアに迫ろうとする箒を、昭弘は左腕を翳して制した。

 

「そいつはどういう意味か聞いてもいいか?」

 

 その疑問に、嘲笑しながらセシリアは返答する。

 

「そのまんまの意味ですことよ。貴方、ニュース等ではT.P.F.B.に保護されたなんて発表されてますけれど、どこまで本当なんだか…」

 

 そう返されて昭弘は表情を曇らせる。そう、確かにそれは束とT.P.F.B.で考えたシナリオにすぎない。

 

「…証拠はあんのか?」

 

「そうだ!貴様の妄想で昭弘を貶めるな!」

 

「ええ証拠はございませんわ。しかしT.P.F.B.の黒い噂は、私も聞いたことがあります。噂の中には年端もいかない少年を使って、非道な人体実験をしてるとか。大方、貴方もその一人では?」

 

 セシリアの言っていることは証拠も何も無い、ただの噂だ。しかし、事実だ。

 

 だが、これ以上口を出すつもりも無い。

 昭弘は別に、自分がモルモットと言われたことは特に気にしていない。彼が気になったことは、セシリアがT.P.F.B.の「悪事」に関する証拠を持っていることだった。が、特にその様子もないので、後は自身への罵声罵倒を授業の本鈴まで聞いているつもりだった。

 

 …そう、それだけなら良かったのだ。それだけなら昭弘も特に思うことは無かった。この後、セシリアが去り際に発する「ある一言」さえ無ければ。

 

「全く、もしそれが事実だとするならばT.P.F.B.には憤りを通り越して、最早哀れみさえ感じますわ。背中にそんな薄汚いモノを施術してまで、ISに勝ちたいのかしら?」

 

 その一言で、遂に激情が我慢を突き破った箒はセシリアに掴みかかろうとする。一夏も憤慨しながら立ち上がり、セシリアに迫る。

 

 が、二人の行為は未遂で終わることとなる。その原因は、昭弘が纏っているその雰囲気にあった。

 普段から鋭いその目つきは更に研ぎ澄まされており、眉間の皺はこれ以上ない程深く刻まれていた。口は閉じたままだが歯を食い縛っているからか、頬筋は歪な形に浮き上がっていた。両掌には堅い拳が握られており、指と指の間からは爪が掌に食い込んでいるからか血が滲み出ていた。

 そう、それは静かながらも、誰の目にも明白な程昭弘はキレていた。

 

 昭弘の禍々しい威圧感に、セシリア以外凍てついた様に動きを止めていた。中には小刻みに震えだす者や、涙を浮かべる者まで。

 こんな巨漢が暴れだしたらどうなってしまうのか。想像するだけでも身の毛がよだつ様な光景が、クラスメイト達の脳裏を過る。

 

 

 

キーン、コーン、カーン、コーーーーン

 

 

 

 本鈴に導かれる様に、クラスメイトはハッと意識を現実に引き戻す。直後、千冬と真耶が威圧感を切り裂く様に入室してくる。

 

 箒が昭弘の席をチラリと見ると、そこには先程の剣幕が嘘の様な仏頂面の昭弘が座していた。

 セシリアも特に動じた様子は無く、高慢ちきな表情を崩さずに自席へ座していた。窓際の最前列という、昭弘とは丁度対角に位置する席であった。

 

「さて、では早速だが1時限目の授業を始める…と言いたい所だが、実は未だ決めていないことがあった」

 

 今思い出したように、一旦授業を中断する千冬。

 

「『クラス代表』についてだ」

 

 クラス代表とは、一般的な学校で言う学級委員みたいなものだ。最大の違いと言えば、学級代表としてISによる『クラス対抗戦』に参加するくらいだろうか。

 更に言うとこのクラス代表、一年間そのクラス全体の指標となるのだそうな。つまりは、クラス代表の実力次第でそのクラスへの評価が変わるという訳だ。だがIS学園にはクラスごとに優劣をつける風習は別段無いので、そのクラスに合った指導方針が為されると思って貰えれば良いだろう。

 

「とまぁ、以上が大まかな内容だ。自推・他推は問わん。まぁ私としては自推して欲しいが、他推された者も拒否権は無い」

 

 千冬の説明を聞き、暫くクラス中に沈黙が流れるが、一人の第一声を皮切りに次々と挙手の波が起きた。

 

「はい!織斑くんが適任だと思います!!」

 

「私も!」

 

「…ってオレかよ!?」

 

 こうなるのも無理はない。一夏は全世界から注目されているただ一人の男性IS操縦者(イレギュラー)。しかも俗に言うイケメンでもある。

 今のところ代表候補生であるセシリア以外クラスメイト一人一人の実力が分からないのだから、他推となれば自身の興味がある人物に指を向けるのが人の心理だ。

 

 先の一件ですっかり怯えられている昭弘は、誰からも推薦されなかった。

 セシリアもまたクラスメイトからの印象が宜しくないのか、同様に推薦されることは無かった。あれだけストレートに差別発言をしたのだから、こちらも当然と言えば当然だが。

 

「お待ち下さいまし!納得が行きませんわ!!」

 

 何か言われるんだろうなと想定していた千冬は、セシリアの抗議の声に耳を傾ける。

 

「実力から言って、イギリス代表候補生であるこのセシリア・オルコットがクラス代表を務めるのは明白。それを偶然ISを起動させたに過ぎない男風情だの実験動物だのに、任せる訳には参りませんわ」

 

 何故この娘は余計な一言を滑らせるのだろうと、クラス全員が思った。皆自分が悪いかの様に恐る恐る昭弘を見るが、特に先程のような剣幕は無い。

 箒はただ腕を力強く組んでいた。セシリアに掴みかかりそうになるのを必死に抑える様に。

 

「…オイ、取り敢えず実験動物っての止めろよ」

 

 昭弘を事ある毎に侮辱するセシリアに、目一杯の憤りを低く強く言葉に乗せる一夏。

 

 これ以上は不毛だと判断した千冬は、ため息交じりに声を割り込ませる。

 

「…ふむ、織斑が他推でオルコットが自推か。ならシンプル且つ公正な手段として、ISによる模擬試合(バトル)でクラス代表を決めるとしようじゃないか。2人ともそれで異存は無いだろう?」

 

 本当にシンプルな方法であった。

 だが、抑々がクラスの指標を決めるのが本来の趣旨なので、千冬としても苦肉の策なのだろう。

 

「上等だぜ。クラス代表とかはよくわかんねぇけど、クラスメイトのことまで馬鹿にされて引き下がれるかっての!」

 

「私もそれで構いませんわ。クラスの皆様に、私の実力を示す良い機会ですわ」

 

 二人が了承したところで、千冬が「他に自推者居ないかなぁ」と縋る様な眼差しを教室中に数秒送った後、懇願虚しく誰も挙手しなかったので泣く泣く締め切りに入ろうとする。

 

 

 

ダンッ!

 

 

 

 突如、教室の右後方から大きな打撃音が聞こえた。

 クラスメイトが振り向くと、昭弘が両手を机に当てながら立ち上がっていた。掌からの出血はもう止まっているようだったが、その顔には真剣な眼差しがあった。

 

「織斑センセイ、今更ながらオレも自推していいすか?」

 

 少し遅れた申し出に、クラス中が困惑の表情を見せる。

 

「…一応、理由を聞いてもいいか?」

 

 そう聞かれて昭弘は自身の阿頼耶識を右手でなぞり、どうしたものかと頭を捻る。

 

 昭弘が自推した目的はクラス代表になることではない。その模擬試合においてセシリアを叩きのめし、先程のことを謝罪させることこそ真の目的である。

 昭弘はあのプライドの塊のような女がそう簡単に頭を下げるとは思っていないので、どうすべきかずっと考えていたのだ。その矢先に、このクラス代表決定戦という提案が舞い降りてきた。

 しかし、昭弘はクラス代表になる為この戦いに参加する訳ではない。ただセシリアを謝罪させる為に、この模擬試合を利用しようとしているのだ。だからこそ、昭弘は理由を聞かれてたじろいでしまう。

 

 がしかし、直ぐに頭の靄を振り払い馬鹿正直に理由を述べた。

 

「そこの高慢ちきなお嬢様をブッ飛ばしたいって理由じゃ、ダメですかね?」

 

 セシリアを指差した状態で、不敵な笑みを浮かべながら千冬を真っ直ぐに見据える昭弘。

 千冬も昭弘を射抜く様な鋭い視線で返したが、やがて彼女も種類の同じ不敵な笑みを零し昭弘に返答する。

 

「いいだろう。その自推を認めてやろう」

 

 無論当のセシリアは昭弘と同様、机を両手で叩きながら千冬に物申す。

 

「織斑先生!彼の自推を取り消して下さいまし!この男はただ、己の憂さ晴らしの為にクラス代表決定戦を利用しようとしているに過ぎませんわ!クラス代表となる意志すら無い者に、自推する資格などありはしませんわ」

 

 が、セシリアの物申しを嘲るかのように箒が勢いよく手を挙げる。

 

「先生!私は昭弘を推薦します」

 

「なっ!?貴女どういうつもりですの!?」

 

 予期せぬ方角からの奇襲に、セシリアは金のドリルヘアーを大きくはためかせて振り向く。

 

「どうも何も、私は昭弘がクラス代表に相応しいと考えたまでだが?他推なら文句もあるまい?」

 

「ッ!」

 

 セシリアは反論できなかった。一夏もまたクラスメイトからの他推により、クラス代表になろうとしている。そして先程千冬は、他推された者も拒否権は無いと言っていた。

 箒はそのことを逆手に取り、敢えて昭弘を他推したのだ。昭弘には先の借りもある。それにこのまま昭弘がセシリアに言われっぱなしと言うのも癇に障る。

 

 嬉しい援護射撃を受け、昭弘は微笑を浮かべながら箒に軽く会釈をした。

 

「…フンッ!まぁいいでしょう。どの道この私が勝利を手にすることは最早自明の理。その無謀な挑戦、受けて差し上げますわ!!」

 

 こうして1年1組のクラス代表決定戦が、1週間後に行われることとなった。

 

 

 

―――一時限目終了後 廊下にて―――

 

「…その、織斑先生宜しかったのですか?確かにオルコットさんの言動には問題があったかもしれませんが、もしアルトランドくんが勝ち抜いたりしたらクラス代表は彼ですよ?」

 

 真耶も、セシリアの昭弘に対する言動に憤りを覚えなかった訳では無い。しかし、私怨の為だけになりたくもないクラス代表に就任するというのは、誰の為にもならない。

 実際今現在1年1組の雰囲気は、決して良好とは言えない。セシリアと昭弘。存在感があって我の強い2人が険悪な状況では、他の生徒にとっても居心地は決して良くないだろう。

 

 対して千冬は、先程教室で見せた笑みをそのまま顔に再現する。

 

「山田先生、私は何も「勝った」者をクラス代表にするとは言ってないぞ?」

 

「では何の為に…?」

 

 真耶が当然の疑問を口にする。千冬は少し考える素振りを見せると、今度は悟りを開いた様な笑みを浮かべて言葉を放つ。

 

「…お互いの認識を改めさせるには、真っ向からぶつかり合うのが一番…とだけ言っておく」

 

 未だ納得しきれていない表情だった真耶を、千冬はそう締め括って宥めた。

 

 

 

―――同時刻 1年1組―――

 

 昭弘が自席にて参考書を読んでいると、何やら清々しい表情の一夏が声をかけてきた。

 どうやら伝えるべき事があるのか、改めて感じる昭弘の存在感に多少たじろぎながらも一夏は言葉を口に出す。

 

「アレだ…さっきは庇ってくれてありがとな!マジ助かった」

 

「気にすんな、オレもお前に話しかける切っ掛けが欲しかったんだ」

 

 昭弘の一夏に対する第一印象は、「掴みどころが無い」といった感じだった。昭弘が今迄出会ってきたどの少年兵とも違う。織斑千冬(世界最強)の弟と聞いていたので、もっと筋肉質で厳かな存在感を放っているのだろうかと思っていたが、そういう訳でもない。

 

「そういや箒と織斑は付き合いが長いのか?」

 

「おうよ!幼馴染だと自負するくらいには付き合いが長いぜ」

 

 その割には、箒の前で一夏の話題を出すと妙につんけんどんな態度になる。だがさっきのSHR後は、箒から話し掛けようとしていた。

 どうも2人の関係性が解らない昭弘。

 

「取り敢えず箒の席まで行ったらどうだ。積もる話もあるんだろう?」

 

「ってそうだ!オレまだ箒と何も話してねぇや!悪い!また後でな昭弘!」

 

 そう言って、一夏は箒の席に向かっていった。

 会話の内容が少々気になる昭弘は、そのまま自分の席から2人を眺めることにした。

 

 

 

―――昼休み―――

 

 昭弘は、束の指導のお陰で問題なく授業内容についていくことができていた。

 箒も特に問題は無さそうだが、一夏は現時点でもかなり厳しいようだ。

 

「全く何度も言うが、お前は本当に馬鹿だな。いくら参考書が分厚いとは言え普通電話帳と間違えて捨てるか?」

 

「うるさいなぁ、もういいじゃねぇかその話は」

 

「解らないことがあったら、オレや箒だけじゃなくクラスメイトやセンセイにも教えを乞えよ?オレ達だってエリートって訳じゃねぇんだ」

 

 昭弘は今、箒と一夏と共に「学食」で昼食を摂っていた。

 因みに一夏と箒が「生姜焼き定食」なるものを券売機で選んでいたので、どんな料理なのか気になった昭弘も同じものを選んだ。

 今回は、一夏の周囲に不思議と箒以外の女子生徒が見当たらなかった。彼の真正面に「元少年兵の強面大男」が居るからだろう。一夏としてはゆっくりと食事ができてラッキーだと、心の中で昭弘に感謝した。

 

 すると昭弘の助言に対し、一夏が奇妙な返答をする。

 

「やっぱその方がいいかなぁ。まぁ山田先生なら兎も角、千冬姉には頼りたくねぇんだよなぁ」

 

 何故か一夏は、千冬の助力を頑なに拒むのだ。先のやり取りからも、姉弟間に確執がある様には見えなかったが。

 等と昭弘が考えていると、一夏は不自然に話題を逸らす。

 

「にしても意外だよなぁ。箒とアルトランドが知り合い同士だったなんてさぁ」

 

「昭弘とは今日が初対面だぞ?まぁその…色々あって仲良くなったのだ」

 

「そうだったのか!?下の名前で呼び合ってるし、凄い仲良く見えたからてっきり…」

 

 一夏のその一言で、先の言葉を予測してしまった箒は露骨に機嫌を損ねる。

 

「全く人の気も知らないで…」

 

 そして先程と同じく顔を赤らめながら、箒は聞こえるか聞こえないか程度の声量で呟いた。

 

「何か言ったか箒?」

 

「な、何でもないこの馬鹿!」

 

 そう言うと、箒は平手で一夏の頭を引っ叩いた。

 何が何だか分からないまま、一夏は波打つ瞳に激しい抗議と疑問を込めて箒に放った。

 

 段々昭弘も、2人の関係性が見えてきた。

 前世、三日月に対して想いを寄せている2人の女性が居たのだが、箒の一夏に対する表情はあの2人が三日月に向けるそれとよく似ていた。

 違う点と言えば、一夏が箒の好意に気付いていない所か。

 

 

「話は変わるけどさぁ、勝てるかなオレ。オルコットに」

 

「まぁ普通に考えて無理だろうな」

 

「…なぁ箒、そこはせめて「現時点では難しい」程度に丸めて欲しかったんだけど?」

 

 冷酷に敗北宣告を言い放つ箒に、一夏は軽く物申す。

 

 当然、昭弘も箒もしっかり一夏をサポートするつもりだ。

 一夏が勝つことはできないかもしれないが、何もそれで“死ぬ”訳じゃない。一週間もあれば一泡吹かせられるくらいにはなるだろう。というのが昭弘の考えだ。

 

 その分昭弘の時間は減るが、昭弘にとっては問題ない。

 昭弘は、一週間やそこらで自身が劇的に進化するとは思っていない。束の下で2ヶ月間みっちりとMPSの機動訓練を受けてきたので、今更1週間猶予を貰ったところで何も変わらない。

 

 それでも昭弘は、対策はしっかり立てようと考えていた。昭弘にとって、今回の模擬試合は絶対にセシリアには負けられないのだ。鉄華団(かぞく)の名誉のために。

 

 とここで、忘れない内に箒へ「先の礼」を伝えておく昭弘。

 

「さっきはありがとうな箒。あの他推がなきゃ、却下されて終わってただろうぜ」

 

「それこそ気にするな。()()()だ」

 

 そう返されてSHR後のことを思い出した昭弘は、仏頂面を柔らかいものに変える。

 

「…なぁ、いい加減箒とアルトランドの間に何があったのか教えてくれないか?」

 

「フンッ!お前にだけは「あの事」は死んでも教えん!!」

 

「なんでぇ!?」

 

 久しぶりに逢った想い人には、暗い顔を見せて余計な心配させたくないのだろうか。乙女心とは何とも解らないと、昭弘は2人を微笑ましく眺める。

 

 だがほのぼのしてばかりじゃ居られない昭弘は、ふと頭の中を別の思考に切り替える。セシリアのことだ。

 当然だが昭弘は、今日という日を迎えるまでセシリアとは一切面識が無かった。何も、セシリアから恨まれる様なことをした覚えも無い。だから、昭弘はあそこまでセシリアに目の敵にされる覚えは無いのだ。

 それとも、単に差別意識が強いだけなのか。

 

 

 

 一方、セシリアも食堂にて一人で昼食を摂っていた。昭弘たちとは、中々に距離がある席だった。

 だが予想以上に騒がしい為、何処か別の場所で食べれば良かったとセシリアは小さな後悔を抱いていた。

 

 セシリアは今回の対戦者のことを思い浮かべる事で、周囲の喧騒を遮断しようとする。

 

(織斑一夏…唯一の男性IS操縦者だと聞き及び、それなりに期待していたのですが、品性の欠片も無いといいますか…まぁ確かに、結構ハンサムかもしれませんが)

 

 多少見下しながらも、セシリアはどこか楽し気に一夏の事を思い浮かべる。

 

 が、次の思考に移った途端セシリアの表情は泥の様に歪んだ。

 昭弘・アルトランド。やはり思い出しただけで、セシリアは腸が煮えくり返りそうになった。

 

(アナタ方『少年兵』は、“あの時”私から両親を奪っただけでは飽き足らず、今度はMPSなどと言う紛い物で崇高なISを汚そうなどと…!)

 

 セシリアは、心の底から「少年兵」という存在を憎んでいた。

 彼女の両親は、彼女が未だ幼い頃列車事故によってこの世を去っているのだ。その事故を引き起こしたのは少年兵を中心とした武装テログループだった。

 

 しかしセシリア自身も、頭では解かっているのだ。彼等少年兵は、何も自分たちの意思でセシリアの両親を殺した訳では無いということを。彼等に選択の自由など無い。大人の命令に背けば、その場で銃殺されるのだから。

 無論、昭弘自身に何の罪も無いことだって重々承知している。元少年兵だからと彼を侮蔑するのは、逆恨みも甚だしい。

 それでも、心までは完全に制御すことはできない。少年兵という存在を許そうが許すまいが、彼女の両親はもう戻ってこないのだから。どんな理由があろうと、実行犯であるという事実に変わりはない。

 

 昭弘とMPSにしてもそうだ。

 両親亡き後、セシリアは自身の家を「親戚共」から守る為に死に物狂いで勉強した。休む間もなく。友人を作る間もなく。悲しむ間もなく。

 IS操縦者としても脇目も振らず努力した。国家代表候補生という強力な肩書を得る為に。そして、最終的には『国家代表』という絶大な地位を手に入れる為に。全ては、家族との思い出が詰まった家の為だった。

 そうしてとうとう、彼女は頂きに手が触れられる距離にまで近づいた。その証が国家代表候補生の肩書だ。セシリアは歓喜した。自身の努力は無駄では無かったと。そして自身を此処まで連れてきてくれたISという存在に、最大限の感謝の意を示した。気が付けばISは、セシリアにとって無くてはならない心の支えとなっていた。

 それをたかが拾われた、しかも少年兵が操る「MPS」などと同じモノにされては堪ったものでは無い。

 

 

 どんなに頭では理解していようと、そんなことで「人の憎悪」は消えはしないのだ。

 

(昭弘・アルトランド。1週間後の模擬戦ではもう此処IS学園に居たくないと泣きべそをかくまで、徹底的に痛めつけて差し上げますわ)

 

 英国貴族セシリア・オルコットは、改めて自身の心にそう誓いを立てた。ドス黒い炎を、そのコバルトブルーの瞳に宿しながら。




 という話でした。セシリアは、原作とは大分違う性格にしてあります(多分)。
 あと、ごめんなさい。もしかしたら次中編後編で分けることになるかもしれません。

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