IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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なかなか好きになれない人って居ますよね。だって同じ人間だもの。


第43話 CORE Ⅲ

―――――6月24日(金) 放課後―――――

 

 格納庫にて、鏡ナギは1人小さく葛藤していた。

 

 格納庫内の角隅にはちょっとした休憩所が設けられているのだが、そこで彼女にとってお目当ての人物たちが談笑していた。1人は研究リーダー井山、もう1体は水色に白い水玉模様の少し派手なボディを纏った無人ISサブロである。

 研究員の中で最も話し掛け易い井山と、ゴーレムの中で最も快活なサブロ。彼等の穏やかで知的な会話に混ざればきっと思いがけない知識が脳内に溜まるだろうと、この『整備士の卵』は期待していた。

 

 が、人生とはそう都合良い事ばかりではない。時には苦手な人物と空間を共有せねばならない事もままある。

 今回もその通りで井山とサブロは何も2人きりで話し込んでいる訳ではなく、鏡の苦手とする人物も会話に混ざっていた。昭弘である。

 

(弱ったなぁ…)

 

 鏡にとって昭弘が居るとなると、会話に切り込むのは中々に難しい。

 だが目的への道に困難は付きものであり、進むには壊すなり飛び越えるなりするしかないのもまた事実。

 鏡は意を決して切り込む事にした。少々大袈裟だが「虎穴に入らずんば虎子を得ず」とでも言うだろうか。

 

「どーもー御三方。何の話してるんです?」

 

「鏡ちゃん!流石に休憩かい?」

 

「はい。何か目疲れちゃって」

 

《無理ハナサラズニ》

 

 井山とサブロの反応を見て好感触を覚える鏡。予想通り、この1人と1体(2人)はかなり話し掛け易い部類に入る。

 昭弘も特に機嫌を損ねた様子は無い。

 

「いや実はね?今更ながらサブロくんに義体の事色々教えようと思って。記憶を失ったとは言え、汎用人工知能の癖して自分の身体の事良く解ってないみたいでさ。そのついでにアルトランドくんにも色々教えてあげようかってね」

 

《ドウモスミマセン。僕ガ馬鹿ナバカリニ》

 

「…オレもスンマセン。井山さん休憩中だってのに」

 

「いいよいいよ、昨日も言ったじゃない。黙ってジッとしてるの苦手な性分なの」

 

 となると鏡にとっては好都合かもしれない。義体についての話なら、それに指令を出すコアの働きに関しても何かしらの説明や解釈がある筈。

 ISコアに関する新たな知識は、どんな些細な事でも整備科を目指す者にとっては喉から手が出る程欲しい。

 

「じゃあ私もついでにご教授させて貰っても?」

 

「勿論だとも!女子が居ないと華が無いからね」

 

 と言う訳で輪に入れて貰えた鏡。

 

 ところがこの後、鏡の期待は無慈悲にも握り潰される事になる。

 

 

 

 

「時にサブロくん。君は自身の義体を量子化してコンパクトに纏められないだろう?それは君のISコアに「主領域(メインスロット)」が無いからなんだ」

 

《主領域…》

 

「そう、巨大なISを格納する為の領域だね。兵装を出し入れする、拡張領域と似た様なものだと思って貰えれば良いよ」

 

 例えば白式の場合、待機形態が白のブレスレットに変化するが、これは白式の大部分を占める装甲・スラスター・ウィング等が量子変換によって主領域に格納されているのだ。

 

 機能こそ拡張領域に似ているが、用途の違いから大きく異なる点も存在する。

 拡張領域は何度も兵装を出し入れする「武器庫」の様な役割を担い、事前に登録した兵装なら上限まで自由に格納可能だ。だが主領域はISの携帯を容易にする為だけに存在し、IS以外の物を格納する事が出来ない。

 戦闘時用の機能と非戦闘時用の機能と言う、根本的な違いがあると言う訳だ。

 全体のイメージとしては、ISコアには中心層と外層があり、外層にまるで小部屋の様に設けられているのが主領域と拡張領域である。これらがコアの一部なのかどうかは諸説あり、度々議論が起こる。

 

 簪から色々と教わっただけあり、流石の昭弘もそれ位の事は知っているようだ。

 だがゴーレムたちに主領域が無い事は、どうやら初耳だったらしい。

 

「鏡。主領域ってのは取り入れたり外したり出来るのか?」

 

(えー私に訊くの?しかもそんな今更な事を?)

 

 小声で尋ねてくる昭弘を内心面倒に思う鏡。昭弘とは極力最小限の接触で且つなるべく短時間で知識を得たい彼女にとっては、いきなり嫌な展開だ。

 だが今、井山とサブロは熱心に質疑応答を繰り広げている。彼等の邪魔をして時間をふいにするよりは、鏡に訊く方がずっと手間も少ない。

 その事を理解した鏡は、なるべくいつも通りの口調で仕方無く説明する。

 

「それは不可能です。機能のON/OFFなら出来ますけど」

 

「それはどう言う事だ?」

 

「(そこからかぁ)主領域も拡張領域も、コアからのエネルギーによって機能してますからね。そのエネルギーを断てば機能しなくなります」

 

「成程。そんじゃあゴーレムたちのコアに新しく主領域を作る事は出来ないんだな?」

 

「そうですね」

 

 漸く昭弘の質問が一旦止み、今度こそ意識を井山へと集中させる鏡。

 

「少なくとも君は得た情報に対して何かを「感じ」た後、自分で考えて行動しているだろう?」

 

《ハイ、ソノツモリデス。…僕ニハ皆サンノ様ナ「脳味噌」ガアルト言ウ事デショウカ?》

 

「流石にお肉で出来た脳味噌は無かったねー。恐らく代わりにあるのはそれを模した「機械の脳」だ。一先ずはそう覚えて貰えば良いよ」

 

 機械の脳。頭の弱いサブロにも理解して貰う為、井山はそれだけを伝えた。

 

 実際、深く考えない性格のサブロはそれで納得したが、果たして昭弘は納得しただろうかと鏡は自身の背中が何か冷たいものに撫でられる様な感覚に襲われる。

 

「鏡。抑ISコアの中身はブラックボックスの筈だろう?何故、機械の脳があるなんて言い切れる?大体機械の脳ってのは何なんだ?」

 

(だから何で私に訊くねーん!?)

 

 先程から井山の話にまるで集中出来ない鏡。

 無視すると言う手も有るには有るが、昭弘に対してとことん小心者な彼女にそんな度胸は無かった。

 

「そう断定するしかないんですよ。これ程豊かな感情と知性を持つなんて深層学習(ディープラーニング)、その基本構造である「NN(ニューラルネットワーク)」以外考えられませんので」

 

「深層学習…確か機械学習の一種だろう?多くのデータを機械に見せて法則性を見出ださせるとか言う」

「機械学習の場合、データの特徴(例えば画像データが“細長い身体の生物”ならヘビ)を事前に入力しておかねばならないと聞いた。そうでもしないとコンピュータが判断出来ないとかで」

 

 機械学習。

 昭弘が言ったように、機械に複数のデータを見せ、それらの中に潜む「ある種のパターン」を見つけ出させる手法だ。それにより文字通り「機械に分け方を学習」させる。学生の勉強で例えるなら、馬鹿の一つ覚えに何でも丸暗記させるのではなく「AがCならばBになる」と言った論理を学ばせる事だ。

 

 「分け方」とは要するに“はい”か“いいえ”だ。選び方とも言える。実はこれこそが、人間における「判断」の根幹でもある。

 判断全体を「木」に例えるとこうだ。無数の枝先に散らばる細かな“二択”は思考して選ぶ(分ける)度に一本の枝へと纏まり、最終的な物事の判断である「幹」となる。

 日常的な具体例として「ドライブに行く行かない」と言う判断一つにも、クルマの状態、天候、現在時刻、掛かる時間、自身の体調、目的地、一人で行くか誰かを誘うか、どんな服を着て行くか等々、分ける事の連続なのだ。

 

 機械にも同じ分け方を備えさせれば、早い話より人間に近い複雑な思考が可能になると言う訳だ。

 

 昭弘の言っていた「データの特徴の事前入力」は、分ける為の「判断軸」をデータ毎に事前入力せねばならないと言う事だ。

 

「NNは…ザックリとしか教わっていないが「機械の思考」には絶対不可欠なもの…とだけ聞いたが?(チラ)」

 

(ホントにザックリ。……ハァ、答えろって言うんでしょ?)

 

 先程余計な単語を口にしなければ良かったと、鏡は後悔と観念を同時に内包させながら答える。

 

「人間の神経細胞を機械的にマネたものだと思って下さい。詳細は省きますが、人間と同レベルの精密な「情報伝達・認識」能力を得る為に必要な技術なんです」

 

 視覚情報で例えるなら、目の前にヘッドホンがあるとする。

 視神経を通って運ばれた電気信号は神経細胞によって脳内へ伝達され、「これはヘッドホンだ」と脳が情報として認識する。

 だがヘッドホンの詳細な特徴まで視認するにはこの神経細胞を増やし、更にそれらを繋ぐシナプスをより強化させる必要がある。

 これをNNで再現するなら最初の「入力層」=目(或いは視神経)、次の「隠れ層」=神経細胞及びシナプス、最後の「出力層」=情報となる。

 

 脳と同様、複雑な対象を早くより正確に認識するには隠れ層を増やす事で対処出来るのだ。

 この隠れ層を大幅に増やしたものを、「深層学習(DNN(ディープニューラルネットワーク))」と呼ぶ。

 

「より人間の脳に近付けたDNNなら、一々事前にデータの特徴を入れる必要はありません。「~なら…である」と言った判断軸さえ、機械自身で生み出してしまいますから」

 

「…要するに大量のデータさえあれば、後は全部自分で考えて判断出来るって訳か。ゴーレムの持つ感情にも、やはり深く関わっているのか?」

 

「勿論。感情の主な発生源は、情報に対する反応と脳内で分泌されるホルモンの相互作用ですから。現代の技術なら、コンピュータ上でそれらを再現する事は一応可能ですよ。そして情報が詳細な程、感情の発生もより人間らしくなると言われています」

 

 深層学習、感情を模倣したプログラム。それらこそ、ISコアが持っている自我の正体と言えるのだろうか。

 

 どちらにせよゴーレムたちを見れば、人間と遜色が無い程の知性と感情があるのは一目瞭然だ。

 コア内部に本物の脳髄でも無い限り、鏡が言った「脳の代わり」となるシステムが必ず存在する。そう考えるのが妥当だ。

 

 

 結局、昭弘からの質問攻めに時間の殆どを注ぎ込んでしまった鏡。

 気が付いた時には、井山とサブロの会話は終わっていた。

 

「助かったぜ鏡。お陰で今日も色々と解った。お礼に、何かして欲しい事があったら言ってくれ」

 

「(いや別に無いし…)その…気持ちだけ受け取っておきますよ。ハハハ…」

 

「そうか…」

 

 少し申し訳無さそうな反応を示した昭弘は、研究チームの元へと戻って行った。

 

 

 休憩所に1人取り残された鏡は、身体中から空気が抜けた様に項垂れる。

 今にして思えばもう少し慎重に考えるべきだったのだろう。

 昭弘がここ最近平然と整備科に混ざっていた為に全く気に掛けていなかったが、彼は普通科志望だ。色々訊かれて、やり取りが乱れるリスクは当然あった。

 結果鏡は時間を無駄にし、苦手な相手との会話による精神的な疲労も蓄積させてしまった。

 

 昭弘にとっては有意義な時間だったのだろうが、鏡にとっては最悪の時間となってしまったのだ。

 

(…うん。悪い人じゃない…悪い人じゃないんだけれども!…やっぱ苦手だなぁ。異質な雰囲気がどうにも馴染めない。皆よく平然と話せるよなぁ)

 

 もしかして自分こそが異常なのかと、時々自分自身が恐ろしく思えてしまう鏡であった。

 

 結論から言うと、鏡は至って正常だ。

 彼女の杞憂とは裏腹に、昭弘とまともに話せる人間はやはり少ない。この学園ではどうしても異質さを隠せないその風体故か、価値観の相違故かは解らない。

 だが誰が誰をどう思うかなんて、いちいち的確な理由を定める事は出来ない。人間が一人一人違うとは、そう言う事だ。

 誰もが皆仲良しになれる訳ではない。

 

 だから鏡は別段気に病む必要はない。それは「人間」である証拠だ。

 

 

 

 天災と言う名の“1人の人間”が創り上げた、自我を持つ無人IS。

 彼等にも本来人間にしか持つ事が赦されない「人間らしさ」が、果たしてあるのだろうか。深層学習や感情の模倣だけで、そんな事まで再現可能なのだろうか。

 

 その答えは、宇宙の様に広大なISコアの中にしか無い。

 そして少なくとも、深層学習や感情プログラムだけで其処がピタリと埋まる事なんてありえないのだろう。

 

 

 

続く




主領域は完全にオリジナルです。
深層学習については、色んなサイトを調べまくって参考にしました。余り理解できませんでしたが。
教師あり学習・教師なし学習・強化学習まで説明すると、滅茶苦茶長くなるわサイト丸写しになるわで確実にグダグダになりますので、省略させて頂きました。

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