またしても火花勃発か!?
―――――6月24日(金)―――――
「わ~!皆やってるやってる~~」
本音が態々そう口にするまでも無く、毎日皆ちゃんとやっている。
研究員の格納庫での拘束時間は毎日10時~19時まで。生徒は平日放課後16時~19時まで、土日祝日は10時~19時まで参加可能だ。
格納庫での情報収集に尚も四苦八苦している昭弘は、本音の思わぬ登場につい二度見する。
「布仏?生徒会はどうした?」
「早く終わったんだ~。さ~て!今日は何から始めようかな~」
時刻は未だ17時を少し回ったばかりなので、確かに早い。
それと口ぶりからしてどうやら彼女、仕事が早めに片付いた日は毎回見学に参加していると見えるが、今回は何について見学しようか特に決めてない様だ。
迷っている本音には申し訳ないが、昭弘にとってこれは丁度良かった。
「もう直ぐシロの検査が始まる。良かったら一緒に見学してかないか?その時、オレが解らない所を軽く解説してくれると尚助かるんだが」
「お~いいね~!」
昭弘の交友関係は狭い。ゴーレムの引継ぎも基本的に整備課教員と研究員に対してなので、整備科生との親交は浅い。
今の昭弘にとって本音の様に交友関係が広い人間は、傍に居てくれるだけで何かと助かるのだ。何より見学組に混ざり易くなる。
こうしてシロの研究に混ざる事となった昭弘と本音であった。
今回は専らコアの調査のみに絞られる様だ。その為かは解らないがシロに繋がれているコードも少なく、上背部に1本と頭部(と思しき部分)に1本だけ。
人員は研究員が数名に監視役の教員が1人、生徒が昭弘と本音を含めて5人だ。
《手短ニ済マセテクレ。今日ハ気分ジャナイ》
脚を伸ばして床にペタンと座しているシロは、お生憎にも不機嫌そうだ。心なしか、深紅のボディがより赤みを帯びている様にも見える。
「そう言わんでくれよ。ジッとしているのは大変だろうが、僕たちも仕事なんだ…」
自己中心的な客をあやす様に、1人の研究員がシロを宥める。
そのやり取りを横目に、整備科教員が淡々と開始を告げる。
「毎度の事ながら、研究の為だろうとコアや義体に何らかのプログラムを流し込むのは厳禁です。では初めて下さい」
《1時間以内ニ終ワラナカッタラ勝手ニコードヲ引キ抜クカラナ?》
「はいはい…」
記憶を失う前の様に荒い口調で軽く脅すシロだが、もう慣れたのか研究員は適当にそれをあしらう。
今回の研究法は、言うなれば「数学の問題」だ。研究員が計算式を提示し、シロが口頭で答える。
その時、コア或いは拡張領域内に何らかの反応が検知出来ないかと言うものだ。
思っていたより空気もピリピリしていないので、昭弘は本音に小声で訊ねる。
「布仏、研究中はオレらもシロに話し掛けて良いのか?」
「大丈夫だよ~。ただ、研究員さんとシロが何か話し合っている時は空気読んでね~」
「分かった」
「もう一つ確認したい事がある。領域は「コアの一部であって一部ではない」と更識は言っていた。その理由を訊いたら「領域はISコアの中で唯一人間に観測可能な部分だから」と答えられた」
「そうだね~。兵装を量子化して出し入れするなんて、ISコアじゃなきゃ不可能だし~。けどもし領域が本当にコアの一部だとするなら、とっくにコアの中身なんて解明されてる筈なんだよね~」
「だが拡張領域や主領域の先は、何か「壁」の様な物で遮られている。まるで部屋分けされてるみたいにな」
「オレが今気になっているのは、その領域っつー部屋の広さだ。ラファールの様に、種類によっては広大な拡張領域を持っているISもあるだろう」
単に領域を広く設定しているのかコア自体の容量が大きいのか、それとも更に別の仕組みがあるのか。
そのどれが正解なのかで、昭弘にとってのISコアの定義も変わってくる。
「広さはぜぇ~んぶ同じだよ~!」
思わぬ解答に、昭弘はメモ帳の上を走らせていたペン先の動きを止める。
「ザックリ言うと~、ラファールの場合拡張領域内をより隙間なく埋める為の機能にコアのエネルギーを割いてるんだ~。要は「広いか狭いか」じゃなくて「どれだけ詰められるか」って事だね~」
普通科でこの事を知っている人間は、驚く程少ない。
彼女たちにとって、拡張領域とは兵器を出し入れする為の「箱」に過ぎない。より多くの兵装を収納出来るなら広い、そうでないのなら狭い。
戦士にとってはそれだけ解れば十分なのだ。
にしても、ISコアとはやはり摩訶不思議な存在である。
コアから発せられるエネルギーは科学者の手によっていくらでも変換出来るのに、此方からコアの中身を覗く事は叶わない。何と理不尽で非科学的な一方通行なのだろう。
(やはり拡張領域も、コアのエネルギーによって機能している…か)
本音から今学んだ事を、頭の中でゴーレムへの質問に作り替える昭弘。
そしてタイミングを見計らって、昭弘はシロに問いを投げ掛ける。
「シロ。お前たちの拡張領域は、ISで言うとどの程度の性能だ?」
《先月コイツラニ訊イタガ、普通ノ打鉄ト何ラ変ワラナイト言ワレタ。ソウユウノハオレジャナク、客観的ニ比較シタ研究員ニ直接訊イテ欲シインダガ?》
「すまない。手間なのは承知している」
「立て続けで悪いがもう1つ。じゃあ何の為に、お前たちはISコア内に拡張領域を持っている?お前たちは両腕のビームカノンが主な兵装で、領域内は空だ。第二世代機レベルの拡張領域を空のまま維持するなんて、エネルギーの無駄じゃないのか?」
それに関しては、今格納庫に居る者全員が抱いている疑問であった。使い道の無い拡張領域の維持なんて、どう考えても無意味にしか思えない。
無論ここに派遣されているのは、世界でもトップクラスの科学者たち。その気になれば、拡張領域に割いているエネルギー比率を0にする事も可能だ。
だが拡張領域の存在理由が解らない以上、無闇に弄るのも危険。もしかしたら、それがゴーレム暴走の引金になる可能性も否めない。
そして当のゴーレムであるシロにもその理由は…
《知ルカ、コッチガ訊キタイクライダ。自分デモ消セナイ目障リナ「ポケット」ダ》
との事だった。
結局、今回も特に目立った反応が検知される事は無かった。
しかし、昭弘はゴーレムコアに存在する「空き部屋」がどうしても気掛りだった。
何故なら、ゴーレムを創ったのがあの天災だからだ。あの天災が、無意味な機能を態々組み込むとはとても思えない。
(やはり鷹月の言う通り、拡張領域に関しては更識の意見も訊いておきたい所だな)
「…てな訳で、どうか協力してくれないだろうか布仏」
「いいよ~」
「速答で助かる」
またしても本音に頼み込む事になり、段々と頭が上がりにくくなる昭弘。
だが、昭弘だけなのと簪の親友である本音が居るのとでは、簪の反応もまるっと変わってくる。
本音自身も、ゴーレムコアの拡張領域はずっと気になっていたのだ。
―――アリーナD
《今…忙しい。…出てって》
フィールドで打鉄弐式を巧みに操りながら、簪は昭弘と本音の頼みを一蹴する。
対して昭弘は、ピット内の通信端末に向かって負けじと声を張り上げながら食い下がる。
「ゴーレムの事がより深く解れば、お前にとってもメリットは大きい筈だ。だから頼む。一言だけでも個人的な感想でも構わん」
しかし簪は構う事無く飛び続ける。
回線によって届けられる昭弘の声も、今の彼女にとっては頭に響く雑音でしかない。
そのやり取りに、本音が割り込む。声を大にして、尚且つ普段の笑顔を絶やさずに。
「かんちゃぁ~ん!意地張ったって人間は「1人」にはなれないんだよぉ~!」
雑音の中を貫通してきたその言葉によって、簪は機体の動きを止める。戦闘態勢は完全に解かれ、両腕はだらりと垂れ下がり、簪本人の眉間には深い皺が寄っていた。
その様は果たして憤っているのか、それとも悲愴に浸っているのか。
―――どうしてそんな事を言うの本音。アナタなら私の気持ち、解ってくれると思ったから。だから「秘密」を話したのに…
「兎も角、嫌なら嫌でいいよ~。無理には誘わないし~」
そこで、ピットからの無線は途切れた。
本心のまま断った筈の簪には、何故か発散し難い胸糞悪さだけが残った。
アリーナDを出た昭弘と本音は、遣り切れなさそうに格納庫へと戻って行った。
「すまない布仏。折角一緒に来てくれたのに、時間が無駄になっちまったな」
「ううん。かんちゃん最近ゴーレムちゃんたちと良く話してるから、もしかしたらって思ったんだけどね~」
話していると言うより一方的に話し掛けられているだけなのだが、そこは突っ込まないでおく昭弘であった。
それよりもこの際だ。もっと別に、簪の事でいくらでも本音に訊きたい事はある。
「…布仏よ。更識の奴、一体過去に何があった?何故ああも打鉄弐式を1人で創り上げようとする?」
本音は少し間を置いた後、困り顔で笑って返した。
「……ゴメンね~アキヒー。私だって、かんちゃんにはもっと色んな人と接して欲しいよ~?けどそれに関しては、かんちゃんと私だけの秘密なんだ~」
「いや、無理ならいい。…仲が良いんだな」
昭弘が静かにそう感想を述べると、本音は大きな胸を更に張り上げながら誇らしげに返答する。
「そりゃあ~幼少期からの幼馴染だも~ん!」
「幼馴染か…」
時々現れるその単語は、毎回昭弘にある種の羨望を抱かせる。
もし自分にもそんな存在が居たなら、もっと違う角度から世界を見る事が出来たかもしれない。この学園でも、もっと上手く溶け込めたかもしれない。
と昭弘は想像してみる。幼少の頃、虫ケラの様に殺された仲間たちが、もし生きていて億が一にも自分の傍に居たならと。
「アキヒーどうかした~?」
小動物の様に首を傾げる本音に、昭弘は溜め息の様に深呼吸して落ち着き払う。
「…イヤ」
そうしてやっとこさ格納庫に辿り着くと、何やらさっきよりも騒がしい事に気付く昭弘と本音。
何かあったのだろうかと、警戒しながら騒ぎの中心に駆け寄ってみる。
「アラ!本音にアルトランドくん!」
昭弘たちに気付いた、恐らくこのちょっとした喧騒の原因であろう人物。
昭弘はその人物を見るや否や、一目見て判る程には表情をこわばらせる。昭弘にとって、セシリアとは別のベクトルで苦手な人物だ。
「生徒会長~!お疲れ様で~す!」
「…どうも」
IS学園生徒会長であり簪の実の姉でもある『更識楯無』は、人だかりを丁重に掻き分けながら昭弘と本音の元に向かう。
その人気ぶりは、恐らく「生徒会長」と言う肩書だけではない。その若さにしてロシア国家代表であり抜群のスタイルと美貌、そして身体全体から発せられる圧倒的カリスマ性。
研究員は勿論の事(仕事をして頂きたい)普段見慣れている筈の生徒たちも、つい一目拝みたくもなるのだろう。
「何々~?2人してデートォ?」
「生憎オレはモテないんで」
「私も好きな人居ますんで~」
と、ここまでは良い。昭弘の予想通りだとするなら、厄介なのはここからだ。
「ところでアルトランドく~ん?最近やたら格納庫出入りしてるって訊いたけどぉ…いつから?」
始まった。相変わらず昭弘への懐疑心は消えてはいないらしい。
これは楯無の探りだ。
昭弘が格納庫を出入りするようになったのは一昨日の水曜日からで、恐らく楯無自身もその事はとうに知っている。つまり昭弘が、例えば「月曜日からです」と答えれば即座に「嘘」だとバレる。
その結果楯無の中では「何故嘘を付いたのか」となり、昭弘への疑念はますます深まるのだ。
どの道嘘を付く理由等無い昭弘は、正直に答える。
「一昨日からですが、何か?」
「ふ~ん…。まぁそれはそうとして、ちょっといい?」
そう言うと楯無は昭弘の腕を軽く掴み、格納庫から連れ出そうとする。
更なる質問責めを警戒していた昭弘は、少々呆気に取られる。
「暇だったら本音ちゃんも来て。皆に
「ほ~い!」
「てな訳でアタシ一旦出ますんで!迷惑掛けてゴメンちゃい!」
自身の登場によって軽く騒がせてしまった事を、周囲に謝罪する楯無。
出て行こうとする彼女に対し、整備科生と研究員は一様に「エ~」と残念そうな声を上げる。
そんな訳で急遽、格納庫腋にある人気の少ない所へ連れて来られた昭弘と本音。
1分でも長く情報収集がしたい昭弘の心情は、決して穏やかでは無い。
「手短にお願いします。急いでるんで」
すると今までおちゃらけ気味だった楯無の表情が、まるで全部嘘であったかの様に真剣なものになる。威圧感も、昭弘が聴取を受けた時以上のものになっていた。
「君、一昨日辺りからアタシの可愛い可愛い大事な大事な簪ちゃんにやたらと絡んでるみたいだけど…何が目的?」
「…はぁ?」
答えるよりも先に素っ頓狂な声を漏らす昭弘。
いきなり真面目な面持ちになったかと思いきや、そこには「生徒会長」と言う肩書きを投げ捨てシスターコンプレックスを患う感情に支配された乙女の姿があった。
本音もそんな楯無を見て、呆れながらも何処か慣れた様子を見せる。
混迷とする頭を懸命に整え、昭弘は辛うじて平静のまま答える。
「…ISコアの事で色々と教えて欲しかっただけです。少しお節介な事を言ったりはしましたが」
「それって織斑先生とか山田先生でもいいわよね?あと「お節介」って何?詳しく聞かせて貰える?」
存外にしつこい楯無。昭弘への信用の無さと妹への行き過ぎた愛情が、彼女の中で最悪の化学反応を引き起こしていた。
昭弘はつい溜息が出そうになるのを抑えながら尚も答える。
「……2人にはこれ以上迷惑掛けたくなかったので。お節介に関しても、大した事は言ってません。他人を邪険にするなとか、そんな程度です」
「へぇ、じゃあ簪ちゃんには迷惑掛けてもいいと思ってた訳?」
「(本当に面倒クセェなこの人…)誰もそんな事言ってないでしょう?…悪いんですがそろそろ行っていいスか?アンタに構ってる暇ないんで」
話を強引に切り上げようとする昭弘に対し、痺れを切らした楯無はもう単刀直入に訊き出す事にした。
「と言うかアナタ、簪ちゃんに気でもあるんじゃないの?あの娘、同性のアタシですら抱き締めてあげたくなる程可愛いし」
昭弘は最早声を出す労力すら惜しいのかハァと重い息を吐いて楯無との空間を薙ぐと、無言のまま立ち去ろうとする。
「ちょっと!待ちなさ…イィッ!?」
本音の両掌によって、宛ら手拍子の様に両頬をバチンと一発噛まされた楯無は上ずった声を出す。
「楯無様~少し落ち着いて~?」
本音の一発によって普段の落ち着きを取り戻した楯無は、先ず昭弘に謝罪する。
「…その、ごめんなさいねアルトランドくん。アタシ、簪ちゃんの事になると結構な割合で我を忘れちゃうの」
本音を呼んだのはカモフラージュの為と言うより、先の様なストッパーとしての役割を想定していたようだ。彼女は更識家の事情を知る数少ない生徒であり、楯無の良き理解者でもある。
「ただ、悪いけどアナタをまだ信用していないのは本当よ。もし簪ちゃんに変な事したら容赦しないからね?アタシは何時でも簪ちゃんを見ているって事を忘れないでね?」
楯無が今回格納庫を訪れた目的は、それを昭弘に警告しておきたかった部分が大きい。
「…アンタの妹想いは嫌って程解りましたよ。肝に銘じておきます」
呆れを覆い隠す程の落ち着いた声で、昭弘は了承の意を示す。
「じゃあこれで」と立ち去りたい所だが、生憎そうも行かない。今度は昭弘が訊く番だ。
「…アンタの妹さん、過去に何が?」
すると普段の調子に戻ったのであろう楯無は、身体をくねらせながら茶化す。
「えぇ~?乙女の過去にそんながっつくなんて~。アルトランドくんったらス・ケ・ベ♡」
健全な男子生徒にとって、その様は正しく艶麗な小悪魔そのものだろう。
今回に限っては相手が悪かったが。
「じゃあいいッス格納庫戻るんで」
「あー!分かった分かったから!!話す!話すから待って!!」
昭弘の反応が自身の予想と大きく外れた事で、狼狽する楯無。だが昭弘に嫌な思いをさせた事への罪滅ぼしか、一応話してくれるみたいだ。
そんな2人を傍から見ていた本音の表情は、普段のニコニコ顔を数倍輝かしいものにしていた。
(この2人ホント面白~い。声出して笑ったら怒られるんだろうな~)
真に小悪魔なのは、もしかしたら本音なのかもしれない。
本音大活躍な回でした。
拡張領域もうろ覚えなので、こんな感じになっちゃいました。うろ覚え大杉問題。
と言うか、最近メインヒロイン(箒)が空気過ぎますね…。そろそろ出そうかな?