IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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今回はガッツリ人間ドラマだけです。
少し長めです。


第43話 CORE Ⅴ

 楯無の揶揄いを蹴散らした昭弘は、簪がああなってしまった原因を訊き出す。姉である楯無なら何か知っているかもしれない。

 全てを知っている本音に訊くのが一番だろうが、簪とだけの秘密とあっては仕方が無い。

 

「ここ最近で思い当たる事と言えば、やっぱり白式の開発かしらね」

 

 楯無の話を要約するとこうだ。

 

 元々打鉄弐式は『倉持技研』が開発を行っていたのだが、一夏の存在が明るみに出てからは専ら白式の開発に着手するようになった。

 即ち、打鉄弐式は完成の日を迎える事無く開発が凍結されたと言う訳だ。

 

 専用機開発には莫大な予算が掛かる。たかが民間の一研究機関が同時期に専用機を2機以上開発するなど、人員も資金も到底足りない。

 ではどちらを優先するかと言うと、当然ながら希少性の高い方である。男性IS操縦者がどれだけ希少で価値ある存在なのかは、今更説明するまでもない。

 

 また、元々打鉄弐式は他の専用機と比べてもかなりのコストが嵩んでいた。

 故に白式が完成した後も、他の専用機開発が優先された訳だ。

 

「あんなに泣き崩れた簪ちゃん、初めて見たわ。アタシも本当頭に来ちゃって、一時は殴り込んでやろうかとも思ったわよ」

 

 専用機を持つ国家代表だからこそ理解出来る気持ちを、楯無は遣りきれない様子で吐露する。

 簪に限らず、代表候補生にとって専用機はそれだけ特別な存在なのだ。自分だけに扱う事が許された力であり、何より今までの「努力の象徴」でもあるのだから。

 

「勿論それで簪ちゃんが白式や織斑くんまで恨むのは、お門違いだとは思う。けど、あの娘の心情を考えると…「恨むな」なんて簡単には言えないわ」

 

 力と栄光。それは目的の先で待っている、ある種の到達点。

 それを失った簪の絶望感は、最早察するに余りある。目的を果たす意義の大半を、失ったようなものだ。

 一度それだけ絶望したと言うのに、尚も1人食い下がる簪。しかもその相手は未来科学の結晶体『IS』。

 

 その学園随一と言っても過言ではない強靭な精神を持つ簪に対し、昭弘は尊敬を通り越して畏敬の念すら覚える。

 

「…何故あんなにも1人に拘るのかは、アタシにも解らない。確かに開発凍結騒動以降、孤独に拍車が掛かった印象は受けるけど…その前からあの娘は他人との関わりを避けていたわ」

「元々重度のコミュ障ってのもあるけど、何と言うか、何でもかんでも1人でこなそうとする節が強い娘だったわ。誰も信じず、自身への手助けを毛嫌いしていた」

 

「後ね~楯無様はかんちゃんの事溺愛してるんだけど~、かんちゃんはちっとも楯無様と仲良くしてくれないの~」

 

 敢えて話さなかった楯無だが、割り入った本音にそうあっさりとバラされる。

 楯無は不満そうに顔をしかめながら、無意味に後頭部を掻き始める。

 

「…ええその通りよ。自分では言いたくなけど、姉妹仲は最悪の一言ね。本音ちゃんの言う通り、アタシが一方的に溺愛してるってだけよ。もうここ数年、姉妹らしい会話はしてないわ」

 

「…心当たりは?」

 

「全っ然。気が付いたらアタシを避けるようになってて」

 

 無償の愛を注ぐ姉、そんな愛に気付きもしない妹。

 

 そんな楯無と簪の関係は、束と箒のそれと酷似していた。

 そう、箒は多少改善されたと言っても、未だ心の奥で密かに火を灯している。姉への―――

 

「!」

 

 もしやと昭弘は思った。

 楯無と簪、束と箒は、姉妹を結ぶ想いの矢印が似ているに過ぎない。

 だがどこまで一致しているのか、確かめてみる価値はある。もしかしたら、簪を突き動かす「源」の正体が解るかもしれない。

 

「…突然ですが生徒会長。アンタ、自分の専用IS…もしかして自分1人で作り上げましたか?」

 

「?…「設計」はアタシ1人だけど…それが?」

 

 その答えを聞いた昭弘は小さく息を吐きながら俯いた後、本音へと視線を移す。昭弘の目に映った本音は、凍てついてしまう程悲しげな目をしながら力無く頷いていた。

 その反応が最後のピースとなり、簪が1人に拘る理由と言う名のパズルは昭弘の中で漸く埋まった。

 

 

 

 簪が孤独を貫く訳。

 それを聞いた途端、地蔵の如く押し黙る楯無。驚いていると言うより、唯々悲痛に顔を歪めていた。

 その表情は、血の繋がっている妹の事を何も解っていなかったと言う、自虐が見え隠れしている様にも昭弘には思えた。

 

「…本当、馬鹿よねアタシ。可愛い可愛いってただ一方的に愛でるだけ愛でて、あの娘の気持ちなんて只の一度も考えなかった。嫌われるのも当然よね」

 

 対して昭弘は、楯無の感傷に付き合う事無く淡々と現状だけを伝える。

 

「アンタの事が嫌いなのかは、まだ何とも。それより、簪は何が何でも打鉄弐式を1人で完成させるでしょう」

 

 楯無でさえ1人でやったのは設計だけで、実際には色んな人の手を借りている。

 それを途中からとは言え1人で成したなら、それは姉である楯無に並んだと言う証明になる。あくまで簪の中ではの話だが。

 

 楯無はそんな昭弘の言葉で我に返る。

 確かに打鉄弐式は、兵装やスラスター、装甲と言ったハード面は概ね仕上がった状態で簪に引き渡された。

 だがそれらハードを機能させる為のプログラミングやシステムの微調整と言ったソフト面こそが、IS作りの本懐。

 簪はそれを全て1人でやると言うのだ。

 

「そんなの…不可能に決まってるじゃない!ISのソフト面を1人で作るなんて…一体何年掛かると思ってるの!?」

 

「…じゃあどうするんです?」

 

「止めさせるわ!そして皆で創り上げるのよ!あの娘だけのISをッ!」

 

 楯無の言う通りだ。

 抑ISとは、人との繋がりが大前提の分野。それだけ開発面でも生産面でも市場面でも、扱いが複雑なのだ。IS製作では尚の事。1人でなど、どれだけ時間があっても足りない。

 だが問題は簪をどう説得するかだ。「ISは皆で力を合わせて作るものだ」…果たしてそんな言葉で彼女は納得するだろうか。

 第一に姉の力を借りる事こそ、簪が最も忌避する事ではないだろうか。

 

(…アイツがもう少し、繋がりの大切さを理解してくれりゃぁな)

 

 ISコアと同じだ。人は繋がり無くして、自己を保つ事など出来ない。

 

 コア・ネットワークなら、簪の様な個体はどうなるのだろう。

 ネットワークに存在するのに、他者との接触を一方的に拒む。だが他者を認識可能な世界では、例え1人だろうと誰も意識しないなんて不可能だ。誰と接する事が無くとも、それらと自己とをどうしても比較してしまう。

 

 社会がある以上、他者を意識してしまう以上、人は「真の孤独」になどなれない。簪だって今日までずっと姉の事を意識してきた筈だ。

 どうしようも無く、この世界(ネットワーク)で繋がっているのだから。

 

「!…何処へ行くのアルトランドくん」

 

「アリーナDに、もっぺん戻ります」

 

「ならアタシも行くわ」

 

 有無を言わさず続こうとする楯無に対し、昭弘は彼女に向けていた背中を隠す様に振り向く。

 

「…気持ちは解りますが堪えて下さい。今のアイツに姉であるアンタが会っても、多分良い状況にはならない。アンタだって解っているんでしょう?」

 

「…」

 

 何も言い返さないと言う事は、楯無も悟ったのだろう。

 無理なのだ、妹を愛し過ぎている楯無では。冷たい刃の様な、厳しい言葉を簪へと突き刺す事が出来ない。

 

 今度こそ去ろうとする昭弘を、楯無は再度呼び止める。

 

「一体何が、アナタをそこまで突き動かすの?」

 

「決まってるでしょう。オレ自身の目的に、アイツの力が必要なんですよ。それに…」

「オレは無駄が嫌いなんだ。真の孤独になんてなれないのに無理して孤独を貫こうっつーとんでもない無駄、見逃す訳には行かないッス」

 

 只でさえお節介焼きな性分と、効率性に重きを置く昭弘。

 今の状況において、そんな彼を止める事は至難だ。

 

「…分かったわ。但し監視はさせて貰うわよ?」

 

「どうぞお好きに」

 

 愛する妹を得体の知れない男と2人きりにする等、姉として言語道断と言う事だろう。

 

「で?布仏は?」

 

「残るよ~。何となくだけど、親友の私まで付いて来たらフェアじゃない気がするし~」

 

「…そうか」

 

 どの道その方が良いのかもしれない。

 本音まで来れば、「説得の為に連れてきた」と変に勘繰られるだろう。

 

 友人の好きなようにやらせる、余計な言葉は本人を惑わせるだけだ。それが今も昔も変わらない、本音のスタンスであった。

 だからこそ本音は、今でも簪の親友でいられるのだろう。簪にとってはどんな助言も、毒にしかなり得ないのだから。

 

「……アキヒー、かんちゃんの事宜しくね~。あの娘…あんなだけど凄く良い娘だよ」

 

「解っている」

 

 本音は、昭弘がこれからどのような説得をするのか解らない。だが本音だけが知るその揺るぎない事実は、昭弘にも知っておいて欲しかったのだ。

 

 昭弘は本音の言葉を深読みする事無く、ありのまま受け止めた。

 

 

 

―――再 アリーナD

 

 昭弘が丁度ピットに着いた頃、運良くも打鉄弐式の機動調整は終わっていた。

 簪も既に制服姿へ戻っており、作業をしている様子も特に無い。

 

「…何?」

 

 が、簪の反応は北風の如く冷たかった。

 1人で居たいのに何故1人にしてくれないのか、さっきから一体何なのだ、そんな心境なのだろう。

 

 それでも昭弘は動じない。「何?」を無視して言いたい事を言うだけだ。

 

「そんなに、姉ちゃんに並びたいのか?」

 

 瞬間、遠目からでも判る程に簪は青褪める。そして青白い能面を般若の如き形相へと変貌させ、静かに問う。

 

「……本音…から…聞いたの?」

 

「いや?布仏はしっかりお前との約束を守っていた。生徒会長から色々聞いて、憶測を立てたらそれが偶々当たっちまっただけだ」

「真っ先に親友を疑うんじゃねぇよ」

 

 今度は歯軋りし出す簪。その八重歯はままならない現実に突き立てているのか、それとも最初に親友を疑ってしまった自身に突き立てているのか。

 

 そんな簪にまるで構うこと無く昭弘は続ける。

 

「この世界に生まれ落ちた以上、完全に1人で何かを成すなんて誰にも出来やしねぇよ」

 

 昭弘は、ピットの壁をコンコンと軽く叩きながら語る。

 

「今お前が使っているこの施設。造ったのは誰だ?」

 

 次に昭弘は、簪の右手中指に填められている待機形態の打鉄弐式を指差す。

 

「そいつを途中まで作ったのは誰だ?」

 

 そして指を下ろしながらも昭弘は続ける。今度はまるで、視線で全てを差す様に。

 

「お前がいつも作業時に使っている端末は?衣服は?胃袋に収まる動植物の原料は?それらを作ったのは誰だ?」

「お前もオレも生徒会長も、見知らぬ誰かが作り上げた「何か」に頼らなきゃ何にも出来やしねぇんだよ」

 

「…」

 

 簪はただ黙る。俯いているせいで表情は判らない。悔し涙で瞳を潤しているのか、憤りに任せて表情筋を皺くちゃにしているのか、それとも無表情に戻っているのか。

 

 昭弘はこれを好機と見たのか、そんな状態の彼女を諭そうとする。

 

「お前だって心の何処かでは気付いてるんじゃないのか?」

 

 昭弘には、簪にそう言い切れるだけの根拠があった。

 一昨日、状況的に仕方が無かったとは言え、簪は昭弘の勉強を手伝う代わりに打鉄弐式の機動確認を頼んだ。そして昨日と今日は、昭弘からのアドバイスを元に打鉄弐式の機動修正を行っていた。

 この時点で、簪の歪な拘りは既に崩壊している。「昭弘」と言う要素が介入しているからだ。

 最初から昭弘の頼みを断っていれば、そうはならなかった筈だ。

 

 簪は、尚も口を固く閉ざす…かに思えたが―――

 

「……アルトランドくんには…解らないよ…。偉大な姉を…持つ者の…苦しみが」

 

 そう言って顔を上げる簪。だが彼女の目は今にも泣き出しそうな程瞼がひくついているのに対し、口角は不自然な位に釣り上がっていた。

 彼女は、嗤っているのだ。

 

「何を…どう頑張っても…巨大な姉の影に隠れる…。何をやっても…いつもいつも…私は居ない者扱い」

 

 尚もクツクツと嗤いながら、簪は劣等感の裏に隠された気持ちを吐き出し続ける。

 そして吐き出す度、普段の吃音も鳴りを潜めていった。

 

「それだけなら…まだ良い。一番…嫌なのは、そんな私の…気持ちなんて解らないくせに、手を差し伸べてくるお姉ちゃん…」

「私は…奇麗で強くて格好いい…お姉ちゃんが大好き。けど…だからこそ屈辱的だった。あの人は…本当の「私」を見ずに、唯々誰にでも振り撒く様な優しさや哀れみを、私に向けるだけだった…!あの人にとって結局私は…あの人に集まる有象無象の取り巻きと…一緒だった」

 

 そこまで言い終えた途端、簪は卑しい笑みが乗った表情を再び鬼の形相に変え、喉が枯れる程の怒声を繰り出す。

 

「専用機を1人で作ったら、何年掛かるか判らない…そんな事解ってるよ!けど!お姉ちゃんに「私」を見て貰う為には…認めて貰う為には…意地でも1人で弐式を完成させるしかない!お姉ちゃんでも出来なかった事を…私は成し遂げたってッ!!」

「大好きなお姉ちゃんとッ!対等でいたいからッ!!」

 

 悲しい擦れ違いだ。

 互いに互いを愛しているのに、理解する事は出来ないだなんて。どれだけ、不器用な姉妹なのだろうか。

 

 だからこそ昭弘は思った。直ちに打鉄弐式を完成させるべきだと。

 何年も本来仲良き姉妹が擦れ違ったままだなんて、余りにも酷で無意味だ。

 

 昭弘は簪にゆっくりと近付いて行く。

 そして彼女の細い両肩をその巨大な両手で強く掴むと―――

 

「だったら猶の事ッ!手段を選ぶんじゃねぇッ!!」

 

 自身の何倍も強烈な怒声と剣幕を前にして、簪は鬼の形相を解いてしまった。

 

「所詮1人で何かを成すなんて幻想だ。だったら開き直って、姉以外の全部を利用しろ!オレを!ゴーレムを!布仏を!果ては整備科の連中もな!」

「そんでもって!姉の専用機よりもっと凄い、最強の打鉄弐式に仕上げてやれ!」

 

 普段からは考えられない程、真夏の砂浜より熱く説き伏せに掛かる昭弘。

 

 しかし簪は激しく首を横に振った。

 彼女は楯無と違って、何の人脈も無いからだ。コミュニケーション能力も大きく欠如している。

 

 だが、極めて単純な方法があった。

 

「ならお前がゴーレムの研究を、もっと積極的に手伝えば良い。お前の知識と代表候補生としての見解をフル動員させてな。「等価交換」って奴だ」

 

 それでも尚、簪は弱々しく首を横に振る。

 無理だ、自分には出来ない、人が怖い、姉の様なカリスマ性も一切無い。自分の様な屑に手伝える事なんて何も無い。

 

 そんな、自身を大いに過小評価しているであろう彼女に、昭弘は自身の正当な評価を贈る。

 

「…気付いてないのか簪。もうお前の「為人」に魅入られている奴が、もう5人も居る事によ」

 

 そう、その5人は決して哀れみから簪を構っているのではない。

 

「オレ、布仏、サブロにシロにゴロ。こいつらは皆、『更識簪』と言う人間に惹かれたんだ。それは疑いようも無く、お前の力に寄るものだ」

 

「…」

 

「だから自信を持て簪。お前には姉とはまた違った、人を惹き付ける力がある」

 

 そこまで言い切ると、頃合いと思ったのか昭弘は漸く簪の肩から手を離した。まるで、限り無く広がる大草原に解き放つ様に。

 

「…オレから言える事はこれで全部だ。後はお前に任せる」

 

 最後にそう言い、昭弘は背を向け去って行った。

 

 何事も無かったみたいに。

 

 

 

 ピット内で1人立ち尽くす簪は、物思いに耽っていた。

 

 昭弘に言われて気付いた、否、最初から心の何処かでは解かっていた。昭弘も本音もゴーレムたちも、ただ心のまま簪を気に掛けてくれていた事を。

 簪はそれらから目を逸らし、逃げていただけなのだ。自分には何も無い、自分には不可能だと、言い訳が出来なくなるから。

 

 だが、皆に協力を仰いだ所でどうだと言うのだろう。一人で成さなければきっと姉から認めて貰えない、姉に認められなければ意味はない。

 

 

 昭弘が言っていた、何でも誰でも利用し成し遂げる事。

 それは、簪1人で成したとは言えない。

 

 いや待って欲しい、では「成す」とは何なのだろう。他者に丸投げする事か、意地を張って「1人」を貫く事か。

 どちらも違う筈だ。肝心なのは自身が望む最高の結果へより早く辿り着く為、ありとあらゆる方法を取る事だ。

 

 自分の持てる力の全てを引き出し、そして使えるモノを片っ端から使い尽くして。

 

 

 本音が口にした言葉「人間は1人にはなれない」、漸く簪はその真意に近付いた様な気がした。

 この世の全ては繋がっている。己の意志を突き通す限り、自分の力と他人の力の境界線なんて存在しないのだ。

 

 誰もが誰かの力に知らず知らずの内に助けられ、その繰り返しが社会と言う名のネットワークを辿って行き、いつしか自分1人へと収束する。そして自分も、誰かを助ける。

 

 だからこそ、簪が昭弘たちに魅入られた事は必然でもあったのだ。

 社会に繋がれている限りは、意識し意識され求め求められ助けて助けられる、その循環の繰り返しなのだから。

 

 

 それを悟った時、簪は―――

 

 

 

 ピットを出て通路を抜け、出入り口を潜って外へと出た先には楯無が立っていた。街灯に照らされた彼女の表情には、何処か物寂しさの残る微笑が浮かんでいた。

 

「…アナタの生き方、少し羨ましいわ。どうしてアタシも簪ちゃんも、もっと互いに面と向き合えなかったのかしら」

 

「さぁ?本人と話し合ったらどうですか?」

 

 楯無は、もう簪がある程度更生されたつもりでいる昭弘の言葉を聞いて、微笑を苦笑に変換する。

 

「まだ気が早いわ。後は簪ちゃんがどう受け止めたかでしょ?そんな事で話し合えるのは…例え上手く行ったとしてもずっと先よ」

「少なくとも今は見届けたいの。この先、打鉄弐式を作り上げる過程で簪ちゃんがどう変わって行くのかを。…今はきっと、その方が互いの為なのよ」

 

 さらりとそう言う楯無だが、最後の部分で僅かに声が震えていたのを昭弘は聞き逃さなかった。

 本当は今直ぐ駆け寄って抱き締めたい、泣きながら謝りたい。そんな気持ちに、固い戸を立てているのだろう。

 

 その時、ふと昭弘は楯無の目を見て思う事があった。

 

「…生徒会長。目、赤くないですか?」

 

 すると楯無はすっとぼける様に笑う。

 

「アラ?アタシの瞳は元々赤いわよ?」

 

「イヤ、充血してるって意味なんスが…」

 

「花粉症なの」

 

(…この雨季に花粉は余り飛ばないと教わったんだが)

 

 それ以上、昭弘は言及しない事にした。

 先のピット内での会話、楯無が涙を流しそうな部分はいくらでもあった。簪の気持ちを本当に何も知らなかった事への悲し涙、楯無の事が大好きだった事に対する嬉し涙。

 かの更識楯無でも、そんな風に泣きたい時くらいあるだろう。

 

 そう結論付けた昭弘は、格納庫のSCを返す為に本校舎へ向かおうとするが―――

 

「ありがとう。アルトランドくん」

 

「まだ気が早いのでは?」

 

 楯無からの感謝にそう返し、一度止めた脚を再び本校舎の方へと稼働させた。

 

 

 昭弘を見送った楯無は表情を普段通りの笑顔に切り替え、アリーナDへと再び振り向く。

 

「…さて、()()()()()にはどんなお仕置きが良いかしら?」

 

 

 

続く




次回、どうなる事やら…と気になる人も多いかもですが、また閑話休題を挟みたいと思っております。申し訳ないです。

次回は、楯無の言う「あの娘たち」についてのお話です。

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