―――――6月25日(土) 格納庫―――――
パイプ椅子に太々しく凭れ掛かる、銀髪の美少年。
彼を取り囲むのは、井山を中心とした研究員に整備科生とその卵たち、その中で頭1つ飛び出た昭弘である。
昭弘の誘いに嫌気も見せず乗った少年は、喜々として自身の周りに立つ大人たちを不思議そうに見回していた。
「さっきも言ったがラウラ、気分が悪くなったら直ぐに切り上げる」
あの時の体験、誰よりもラウラが一番思い出したくないだろうと考えたが故の言葉だった。
心配性な昭弘に、ラウラは辟易と多少の高揚感を味わいながら返す。
「大丈夫だと言ってる。過ぎた事だし、寧ろ今となっては良い体験だった」
どうやら大丈夫そうなので、この日を心待ちにしていた井山が最初の質問に踏み切る。
「さてじゃあ早速。ボーデヴィッヒくん、君は当時VTシステムによって意識が囚われてたと思うんだけど、その時の記憶はあるかな?」
「ああ。周囲は暗闇で何も見えなかったが、意識はそれなりにはっきりしていた。視覚と聴覚が無く、だが何故か外の状況は把握出来たんだ」
ラウラの返答に合わせながら、皆iPadの液晶に添えていた指を物凄い速さで動かす。
外界に反映されなくなっただけで、意識自体はあった。視覚・聴覚情報以外の手段で、レーゲンがラウラに外の状況を教えていた…と、そんな内容を皆入力していた。
「じゃあ2つ目だけど、レーゲンのコアから何かしら接触はあったかい?」
「最初は私を嗾ける様な誘導する様な、そう行った類の言葉を投げ掛けて来た。だが何故か1人だけ姿が見えていた昭弘の言葉によって私の意識が変わると、僅かな抵抗の後しおらしくなって消えた。すると暗闇が晴れて、気が付いたらシュトラールを身に纏っていた」
「コアの権限を維持する為、操縦者の精神状態を保つ必要有り。何故かアルトランドくんだけ見えていて、言葉も聞こえた。…か」
すると、居ても立っても居られなくなったのか他の整備科生も質問に混ざり始める。
「レーゲンを動かしている感覚はあった?」
「一切無かった。身体は暗闇で静止していて、レーゲンが勝手に動いていた感じだ」
となると、少なくともレーゲンを操作していたのはコアと言う事になる。これはゴーレムたちと同じだ。
ここで、誰しもが最も気にしている質問を本音が一番乗りで繰り出す。
「何か~、主領域とか拡張領域に違和感とか変化はあった~?」
今までも凄い食い入り様だったが、更なる目力を入れながら皆ラウラに集中し始める。
「泥に包まれる直前、兵装が拡張領域へと強制的に格納された。機体が二次移行した後も拡張領域にロックが掛かり、兵装を出し入れ出来なくなった。今はもう解除されたが」
「主領域までは何とも言えんが、二次移行後も特に異常は見られなかった…と(本国から)解析結果が届いている」
「うーん…」
その後も、事細かな質問は続いた。
一通りの質問が終わり、ある程度の推測を立てようと小議論を繰り広げる研究員と整備科生たち。
そんな中、昭弘は近場の自販機で買った缶ジュースをラウラに投げ渡す。
「協力感謝するぜラウラ。あんだけ熱心に話し合っているって事は、相当重要な情報だったんだろうさ」
「お前には世話になりっぱなしだったからな。それに比べればこの程度、どうって事は無い」
嬉しい事を言ってくれると思った昭弘だが、そのラウラから思わぬ指摘が飛んで来る。
「…それより昭弘。篠ノ之と織斑が寂しがってたぞ。今日も訓練の誘いを断ったそうだな?」
確かにここ数日、ゴーレムの事で頭が埋め尽くされてた昭弘は、放課後は勿論空いてる時間は全てコアの勉強に費やしていた。よって、同じクラスであるにも関わらず会話も殆どしていない。
と言う事実を、昭弘は今更気付かされた。
「お前が今何をしてるのか詮索はしない。だが私も含めて、お前と一緒に居れないのは寂しいぞ」
「それは、すまないと思っている。…色々あってな」
「詮索はしない」と言ったラウラだが、何も事情を話してはくれない昭弘を見て、煮え切らない想いを溜め息として吐き出す。
丁度その時、ある程度の推測に至ったのか井山がラウラの元へ戻って来る。一応、旧レーゲンの持ち主である彼にも井山たちなりの説を話しておきたいらしい。
先ず何故視覚が奪われたかだが、これはコアがレーゲンを直接操るのに必要な措置だったからだと考えられる。
ラウラとコア、2つの視覚情報があったら指示系統が混乱してしまう。
それと合わせて、何故コアはラウラの意識を残していたか、願望を維持させようとしたか。
これは結論から言うと、旧レーゲンのISコアが無人IS用に作られていないからだ。ラウラを体外へと放り出さなかった事からも、それは強く頷けるだろう。
搭乗者の意識が途絶えた状態では願望も読み取れない、願望(搭乗者が望む形)が読み取れないと機体の形状も維持出来ない。
だから意識をなるべく正常に保たせる為、外の状況を視覚・聴覚情報以外の方法で伝える必要があったのではないか。起こった結果だけを、頭に直接流し込むみたいに。
そこまで述べ終えると井山は一旦区切り、呼吸を整えてから再び続ける。
「そして何故、アルトランドくんの姿と声だけが君に見聞き出来たかだけど…」
固唾を飲んで、井山の推論を待つ昭弘とラウラ。
どれ程壮大な理由があるのか、予想も付かないのだろう。
「ぜぇーんぜんさっぱり解んない!」
昭弘は頭をカクリと落とし、ラウラは椅子の上で腰を折り畳む様に倒れ込む。
「ゥオイ!」
「最後まで引っ張っといてそれですか…」
「だってどんなに皆で意見出し合っても、理に適った答えが出ないんだもの。女子に至っては、2人の愛が生んだ奇跡だとか腐った意見まで出始めたしさぁ」
軽く引く2人。だが根拠も無しに「昭弘の想いがラウラに届いた」なんて、科学者ともあろう者が結論付けられる訳も無い。
故に解らないとしか答えられないのだ。
それが科学の限界であった。持っている知識と尤もな理由が噛み合わなければ、理論は成り立たない。
それこそ感情的になった人間が、何をするか予測出来ないのと同じ様に。
「…まぁ解らないならそれで良い。もう行くぞ」
「見てかないの?折角これからコアとボディとを繋げる方法話し合う所なのに」
「ゴーレムに興味が無い訳では無いが、研鑽の時間を削いでまで見学するつもりは無い」
そう言い残し、ラウラは缶ジュースを喉奥へ流し込みながら去って行った。
「駄目だー!関連性が見つからなーい!」
整備科の2年生が降参する様に泣き言を叫ぶと、1年生も釣られる様に肩を落とす。井山たち研究員も、唸りながら頭を掻き回すばかりだ。
ラウラの貴重な体験談を脳内に叩き込んだ一同だが、状況はいまいち好転しない。
皆で立てた仮説はこうだ。
VTシステムを使った、通常コアと義体との接続。それにより、コアへと流れ込む操縦者の
この構図自体、延いては「コアの意思」と「人間を模倣したAIの意思」を融合させたものが、ゴーレムコアの正体ではないかと言う事だ。
つまりゴーレムコアが義体に接続されない原因は、VTシステムの異常か、或いはコア自体に義体の形状とそれを動かすイメージが無いからではないかと言う事だ。
となると問題はどうやってVTシステムを作るか、どうやってコアに「イメージのデータ」を流し込むかだ。
方法は手当たり次第に模索したが、やはりそのどちらも既存の技術では実現が難しい。
残った手掛かりは「無意味に空いてる拡張領域」であった。旧レーゲンで起きた強制的な兵装の格納からしても、何かしらの関連性があるのでは。
…となったのだが、そう易々とは見つからない。
専門家である彼等彼女等ですら頭をフル回転せざるを得ないのだから、当然昭弘にも解る筈が無い。
その時、まるで今この状況を待っていたかの如く1人の生徒が控え目に割り入る。
「…あ……あの…」
(!…簪)
そんな昭弘の驚きは、周囲の大き過ぎる驚愕によって覆い隠される。
今日までただこそこそと見学していただけで、意見なんて一言も口に出さなかった更識簪。その彼女が何の前触れも無く挙手したなら、視線だって集まる。
「…えと…何かな?」
困惑しながらも発言を促す井山。
今だ呆気に取られる周囲を恐れているのか、簪は眼球を左右へ振りながらおずおずと自身の考えを述べる。
「……その、コアと操縦者の関係…について…1つ、言わせて貰っても?」
皆よりも早く呆気から目覚めた井山は、訳も解らないままどうぞと許してしまった。
「じゃ…すみません…。…順を追って説明…します」
「私個人は、ISを動かす時…IS自体を人間の身体に置き換える様…イメージします。私の場合、私=大脳…コア=小脳・脳幹…そしてIS=肉体…と」
簪は未だ話の途中だが、整備科生たちはもう既に驚いていた。自分たちとは明らかに異質な発想であったからだ。
第一コアを小脳に置き換えている時点で、もう色々と可笑しい。「生身の様に動かす」とは言っても所詮機械だ。搭乗者には搭乗者の脳と肉体があり、ISは何処までも乗り物に過ぎずコアはその動力部でしかない。
簪のISの捉え方は、正に人機一体のそれだ。
「これを…操縦権が搭乗者からコアに移った…場合に当て嵌めて…考えます。行動の判断を下すコア=大脳…ISの形状を隅々まで把握し、運動を調節する搭乗者=小脳…その構図を成り立たせ、大脳であるコアのシグナルを義体へと送るVTシステム=脳幹…です」
確かにそう考えると、ゴーレムコアと義体との関係性は脳と身体のそれと酷似している。
対し、整備科の2年生が疑問を呈する。少し気が強そうだ。
「けど搭乗者にも意識と願望はあるんでしょう?そうなると大脳が2つある事になってしまわない?」
怖気付きながらも、簪は振り絞る様に答える。
「そう…ならない様…搭乗者の意識・願望を…コアにとって都合の良い様…維持させてたんです。大脳である…コアの指令通りに動く、「機能の一部」として成り立たせる…為。現に…話を聞く限りだと…搭乗者の意識が変わった途端、コア…による支配も終わった…」
途切れ途切れな言葉で説明する簪だが、相手も一先ずと言った具合で納得した。
だが問題はここからだ。
では空の拡張領域は何なのか、と言う点だ。
「ここで…拡張領域について…話します」
「空だろうと…拡張領域には…ちゃんと意味があります。私自身…拡張領域へのエネルギーを…遮断して飛んでみた事があるのですが…スラスター・センサー系・駆動系に、異常が…見られました」
研究員、整備科教員も含め、少なくないざわつきが起こる。「シンクロ率に領域は無関係」それが、ISに携わる者の基本知識であるからだ。
しかし素人なりに何か思い付いたのか、昭弘は簪の言葉に続く様に意見する。
「…まるでタイヤみたいだな。空気・空間がないと、形を保てないと言うか機能しないと言うか」
何気ない昭弘の言葉に「それだ」と気持ちの良い反応を示したのは『四十院神楽』であった。
「もしかして“脳室”じゃない?うろ覚えだけれど確か…頭の中で液体を循環させて脳の形状を保つヤツ。拡張領域にも、それと似たような機能があるんじゃないかしら?」
簪はゆっくり深々と頷く。
つまりコア内部のエネルギーは、ISを起動していない時も絶えずコアの中を巡っているのだ。何時でもエネルギーを送り出せる様に、ISを起動出来る様に。
その「流れ」を正常に保っているのが、誰にも観測出来なかった拡張領域の「真の機能」と言う訳らしい。
これまで拡張領域の「内側」をどれだけ調べても、物体の量子変換機能しか無かった。どの道、ISを兵器としてしか運用しない今日においてはそれだけ解れば十分であった。
故に「拡張領域を機能停止させた状態でISを飛ばせる」等と誰も考えつかなかったし、態々実験する必要も無かったのだろう。
もしゴーレムコアが「脳」と同じ構造だとするなら、拡張領域も同じ役割を有している筈である。
「旧レーゲン…にて起きた「兵装の強制格納」も、そう…考えてみれば…合点が行きます。…あの変異だけでも…相当なエネルギーを…使う筈だから」
変異へと消費される大量のエネルギーと、兵装の強制格納。その因果関係に気付けたのは、簪を除いて井山だけだった。
「そっかぁ!拡張領域に使ってるエネルギーも全て、変異へと回す様になってしまう。敢えて兵装を詰め込ませて鍵を掛ける事で拡張領域を無理矢理機能させ、そうなるのを避けたのか」
そう。旧レーゲンにおいても、変異する際拡張領域を懸命に維持していたのだ。
拡張領域こそが、コアの状態を保たせる。
今まで出てきた案の中でも、簪の考えは大いに試してみる価値があった。
この考え方を元にすると、拡張領域へと流れるエネルギーさえ操作すればコア全体の状態も変えられると言う事。つまりVTシステムにも何らかの影響をもたらすのだ。
それは、ゴーレムコア接続への突破口にも繋がる筈。
後は実証あるのみ。
未知なるゴーレムコアにおいて拡張領域へのエネルギー操作はリスクが伴うが、ここまで来て試さない訳にも行かないだろう。
「簪お前!やってくれると信じてたぜこんの野郎!」
「流石は私のかんちゃ~ん!」
「えっ…わっちょっ!?」
簪へと駆け寄る、昭弘と本音。
昭弘は簪の両肩を引っ掴むと、笑いながら前後へグワングワン揺らす。そのせいで眼鏡(の様な機械)がずり落ちそうになるが、簪は不思議と嫌そうではなかった。
「ほんと!更識さん凄すぎない!?」
「今日どころかここ2週間のMVPでしょこの娘!」
瞳の輝きを一層煌びやかなものにしながら、整備科生たちは簪へと詰め寄る。
簪は努めて愛想笑いを作ろうとするが、やはり戸惑いの方が先行してしまう。
今までこれ程多くの好意的な眼差しを受けた事があるだろうかと、簪は一瞬過去を思い返してしまった。
「毎回途中で抜けてくから、余りやる気無いのかと思ってたけど…ちょっと見直したわ。…と言うかこの際だから訊くけど、いつも早めに上がって何やってるの?」
俄然膨らんだ興味を示す四十院。
それに釣られて、他の生徒たちも捲し立てる様に訊ね始める。
それから逃れる様に、簪はチラと昭弘と本音の方を見る。
昭弘は普段の無愛想面でただ1回だけ頷き、本音はいつも通りニコやかに見詰め返す。
それはまるで簪を激励している様であり、「お前の口から言え」と叱りつける様でもあった。
簪はただ、2人を見る事で心を落ち着かせたかっただけだ。
だが2人のそんな反応は安心だけでなく、勇気と覚悟をも簪の中に芽生えさせた。
「打鉄弐式を…完成させようと…してるの」
暫しの静寂の後、再び大いに沸き立つ生徒たち。途中からとは言えISを作り上げる等、学生の内では滅多に関われない機会だ。
「ねね、私も手伝っちゃダメ?てか手伝わせて!後学の為にも!」
「私からもお願いするわ。今回の恩も返したいし」
四十院を筆頭に、自ら手伝いを志願する者たち。
彼女たちを受け入れると言う事は、「1人」と決別する事でもある。
だがもう、簪に迷いは無かった。
大好きな姉にとって特別な人間になれるのなら、もうこれ以上手段を選ぶ必要は無いのだから。
「……うん…良いよ。…但し…私の指示には…絶対に従う事。私も…納得の行く…ISを作りたい…から」
対し、皆は難色を示す所か「寧ろ上等」と言った具合の気合十分な返事をくれた。流石に整備科を目指している少女たちは、本気度が違うと言った所か。
その光景を見て昭弘は顔を綻ばし、本音も安心した様に一息つく。
そんなまるで芸能人をチヤホヤと取り囲んでいる様な雰囲気の中、井山が溜め息交じりに割り入って来る。
「ちょっとちょっと君たち、まだ一件落着ムードになられちゃ困るよ?これから実験する所なんだから。地下施設への通行許可も必要だし…」
と、更にそこへ整備課教員がやって来る。
「ご安心を、もう許可は取ってあります。但し実験の安全性は保障されておりませんので、研究員以外の同伴者は此方の方で選定させて頂きました」
仕事が早い整備課教員に、井山は萎縮する様に何度も頭を下げた。
同伴に選ばれたのは実験への糸口を作った簪、2年の整備科生、そして「何か起きた時」の為の昭弘とゴーレムであった。
「んじゃ行くか簪」
「うん……あの、あ…昭弘…くん?」
突然名前で呼ばれたので、昭弘は少し反応が遅れながらも「何だ」と静かに促す。
「……昨日は…あ…ありが…とう」
実にぎこちない感謝の言葉であった。普段からお礼を言い慣れていないであろう事が、容易く想像出来てしまう程の。
「…オレは言いたい事を言っただけだ」
きっと昭弘ならそう返すと予想していたのだろう。簪は、薄っすらとばつが悪そうな笑みを浮かべる。
事態が急変したのは、丁度その時だった。
《オイドウシタ!?サブロ!》
《大丈夫デスカ!?》
古いスピーカーから流れる様なゴーレムの声に一早く反応した昭弘と簪は、勢い良く声のした方角へ振り向く。
そこには、苦悶の声を漏らしながら座り込むサブロの姿があった。
サブロ、ここに来てまさかの暴走か!?
次回、乞うご期待を。