IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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第43話 CORE Ⅷ

 地上の格納庫へと戻って来た、昭弘たち一行。

 

 先程タロとジロが目覚めて直ぐ、早速彼等の創造主について整備科教員から聴取が為された。

 結果は「一切記憶に無い」だ。サブロたちと同様、覚えているのは自身の機体識別名だけだった。

 コア・ネットワークも、やはり切断されたまま。

 

 そんな中、井山たち研究員らは早速次なる研究の準備を進めている。

 

「流石に今日はもう休んでは?」

 

 休む事を知らない井山を、心配した昭弘はそう制する。

 接続実験は成功し、コアに関する新事実も幾つか発見出来た。せめて一息ついても良いだろうに。

 

 対して井山は小さく笑うも、応じはしなかった。

 

 これ程「強いAI」なのに、何故「技術的特異点」が起きないのか。どうすればコアの中身を観測出来るのか。

 と、確かに他にもまだまだ解らない事だらけではあるが。

 

「オレたちが学園に居られる期間は、残り1ヶ月と少し。その間に1つでも多くの事を解明したいんだ。それが、科学者(オレたち)の使命だからね」

 

 どうやら簪の存在が、井山たちの心に更なる火を灯した様だ。遥かに年下のIS乗りに良い恰好されては、科学者としての面目も丸潰れだろう。

 流石の昭弘でも、そんな井山を止める手立てはない。

 

「それにさっきのサブロのアレは、一体何だったのやら…」

 

 突然倒れ込んだと思えば、直ぐに再起動して記憶の一部を手にしていた。

 それは嬉しい事なのだろうが原因が解らない以上、井山にとってはちょっとした不安材料であった。

 

「…はい。オレの名前を聞いても何一つ思い出さなかったのに…何故あの時急に」

 

 まるで自分たち科学者みたいに小難しく考え出す昭弘へ、井山は一つの仮説を言い渡す。

 

「…彼等がどこまで人間に近しいのかは解らないけど、記憶の戻り方は人それぞれだ。名前や顔と言った直接的な情報じゃなく、過去と似た様な体験や光景によって思い出す事もある。…さっきサブロのカメラアイには、過去を思い出す様な何かが映ったんじゃないかな。なーんてちょっと軽く考え過ぎかもだけど」

 

 そこまで言うと、井山は準備組の下へと戻って行った。

 タロも、何かの拍子で思い出したりするのだろうか。自身の事、昭弘の事、そして創造者である束の事。

 行く行くは束の計画の全容も思い出してくれたらと、思わずにはいられない昭弘であった。

 

 

 

 簪は格納庫全体を呆然と見渡していた。

 

 3体のゴーレムに2体の打鉄零式が加わった無人機と人々が言葉を交わし入り乱れるその場所は、まるで人間とロボットが共存する未来の理想郷に見えてしまう。

 

 再び現実世界(ネットワーク)へと舞い戻って来たタロとジロ。

 彼等は今何を考えているのだろうか、何を感じているのだろうか。社会を拒絶してきた自分と、どんな所がどう違うのだろうか。

 

 簪は今になって色々と考えてしまう。

 

「お前の一声が作り上げた光景だ」

 

 そう言いながら昭弘は簪の隣に立つ。

 嬉しい言葉だが、違う。義体が無ければ、装置が無ければ、そして皆が居なければタロとジロが解放される事は無かった。

 簪のやった事など、単なる意見具申に過ぎない。

 

 だからこそ簪は言わねばならない。

 

「…悪くはない…かもしれない。「皆で何かを成す」って…」

 

 皆で成す。簪にとってそれは湧き水の様に新鮮で、想像以上に甘美なものだった。

 

 だがその言葉は、昭弘にとっては凍てついた刃そのものであった。

 

「オレ以外の皆…だがな」

 

「?」

 

「タロとジロを助ける為に、お前や皆から色々教わった」

「だが結局無駄だった。ただ見ていただけで、オレは何も出来なかった」

 

 俯きはせず、前を見ながら無表情でそう言う昭弘。どうやら、今回ばかりは流石に厳しい現実に痛め付けられた様だ。

 当然、自分なら必ず救える等と己惚れていた訳ではない。ただ、余りに無力な自分が腹立たしいのだ。

 

 が、尚も簪は目を点にしながら昭弘を見る。

 

「?…いや、昭弘の喝が無かったら…私は自分の考えなんて…ずっと言えなかったし…」

 

 その言葉が慰めでない事は、未だ不思議そうに昭弘を見る簪の表情を見れば解る。

 

 昭弘は己の発言を恥じた。

 そうだった、人の成す事は全て繋がっていて、それらがまた新たな目的を達成するのだった。昨日、簪に言ったばかりの言葉ではないか。

 その簪に気付かされては、これはもう小さく己を嗤うしかない。

 

「…そうだったな、悪かった」

 

「…別に…悪くは…ないけど…?」

 

 

 

 ゴーレムも全員目覚めた所で、いよいよ簪の専用機『打鉄弐式』作りについてだ。

 作業場所はアリーナDとなる。本校舎から遠いが利用している生徒はやはり其処が圧倒的に少なく、ピットにて大人数で作業しても邪魔にならない。

 人員は先ず昭弘と本音、それに四十院たち整備科生十数名だ。格納庫での研究見学は完全自由参加型なので、彼女らが抜けるのは何ら問題にはならない。但し本音は生徒会、四十院は部活があるので参加出来る時間は限られて来るだろう。

 何より一番の問題は―――

 

「ゴーレムの参入は…色々と解決すべき問題が…ある」

 

 難色を示す簪。

 先ず、タロとジロは当面の間格納庫から出られない。同じゴーレムコアとは言え、義体は今回が初起動となる打鉄零式だ。調査すべき事はまだまだ山積みである。そして2体の見張り役として、少なくとも1体はゴーレムが格納庫に残らねばならないだろう。

 第一、ゴーレムの研究もまだまだ道半ばだと言う事を忘れてはならない。

 残った2体のゴーレムも、千冬や整備科教員から何かしらの許可が必要になる事は確実。距離的に最も遠いアリーナDでしかも一生徒の専用機作成の手伝いともなると、最悪監視役の教員を数名同行させる事になる。

 

「だが完成にはゴーレムの技術が必要なんだろう?詳しい事は解らんが」

 

「……うん。けど、最悪…1体でも来てくれれば…どうにか」

 

「ご安心を。もう既に織斑先生から、今さっき許可を得ました」

 

 いきなり第3者の声がした方向に、2人は振り向く。

 

「流石は鷹月だな。オレらが地下に降りている間、織斑センセイに許可を貰いに行ったってとこか?」

 

「ご名答です。ただ、織斑先生ったら余りにあっさり許可を出すので、念の為地上に残っていた整備課の先生にも訊いてみたんです。それで話し合った結果、1体だけならって事になりました」

 

 そんな鷹月に感謝の一礼を送る昭弘と簪。だがそれ以上に、2人は千冬の大雑把っぷりに一抹の不安を覚えた。

 無論許可の早い方が2人にとっても助かるが、「現場監督責任者としてそれで良いのか」とも感じてしまう。

 千冬の忙しさには昭弘も一応の理解を示すが、ゴーレムを信用し過ぎだ。

 

 

 

 後はゴーレムたちの返答だが当然―――

 

《ヤリマショウ!ヤリマショウ!》

 

《アノ簪ガ他ノ人間ト協力シ合ウ光景ハ面白ソウダ》

 

《私モ是非参加サセテ頂キマス。未ダ「人」ニ慣レテオラズ重大ナコミュニケーション障害ヲ患ッテイルデアロウ簪殿ニハ、私タチノ様ナ補佐役ガ必要デショウカラ》

 

 となった。

 

「…やっぱり、コイツら…余り好きじゃない。…ウザイ」

 

「お前と親しい証拠だ」

 

 そう諭す昭弘により、簪はどうにか少しだけ機嫌を戻す。

 

 と、そんな2人と3体に黒と白のコントラストが近付いて来る。ゴーレムボディと比べて全体的に鋭角的なその2体は、細身ながらも貫く様な威圧感がある。

 

《ジロ、コノ方ダ。私タチガ目覚メル切ッ掛ケニナッタ人ラシイ》

 

《フム、確カニ謎ノ気迫ヲ感ジル様ナ》

 

 2体はそう言うと、簪に対して跪く。

 その光景はまるで、昭弘がサブロたちに土下座した時の唐突さを思い出す。

 

 何故片膝を着いてるのか大体は予想出来てる簪だが、かと言って戸惑いは隠せなかった。

 

《…貴女ガ居ナケレバ、我々ハ未ダ目覚メル事ナド無カッタデショウ。感謝ノ気持チガ過ギテ、言葉モ見ツカラナイ所存デス》

 

《自分モジロト同ジ思イデス。貴女ニハ一体、ドンナオ礼ヲシタラ良イヤラ…》

 

「い…いいよ…お礼なんて…。私はただ…切っ掛けを…作っただけだし…」

 

 しかしタロたちは尚も頭を上げようとしない。自分たちが低位の存在であると認める様に。

 

 更には、そんなタロたち2体の平伏を当然視するかの発言をシロが放つ。

 

《ダガオレタチハ所詮命無キ無人機。本来ナラ使イ捨テラレルダケノ存在ダ。ソウ考エルト、コイツラノ頭ガ上ガランノモ納得ダ》

 

「!」

 

 シロの何気無く放った言葉は、冷たい弾丸となって昭弘の心臓を撃ち抜いた。

 自分たちに命は無い、だからこの身全てで人間の楯となり矛となる。シロの言い放った言葉は、詰まる所そう言う事だ。

 

 改めて、ゴーレムたちが自分自身をどう認識しているのか思い知らされた昭弘。

 

 そうして、昭弘は改めて許せなくなった。“あの時”の昭弘自身を。

 そう感じた時には、昭弘も又鏡映しの様に同じくタロとジロに対して跪いていた。

 

《?…何ヲシテイルノデスカ昭弘殿》

 

 純朴な疑問を呈するタロ。まさか機械である自身に向けて跪いているとは、露程も思わなかったのだ。

 

「…2つ、謝らせて欲しい事がある」

「先ず1つ目は、お前たちを死なせてしまった事だ。特にタロ、もう聞いているかもしれないがお前はオレが直接殺してしまった。…本来ならそれは、謝って済む問題じゃない事は承知している。それでも、やはり謝らずには居られない。……すまなかった」

 

 その謝罪に対し、2体共何も言う事は無かった。

 案じてくれたのが嬉しかったのか、理解不能過ぎて呆気に取られているのかは、その無機質な鉄仮面とバイザーからは読み取れない。それらの形状も相まって、その無表情さはまるで遥か遠方を見詰める鳥だ。

 

 だが昭弘は構わず続ける。この2つ目の謝罪こそ、昭弘にとっての本題だ。

 

「2つ目は…オレが何も知ろうとしなかった事だ」

「オレはお前たち“5人”が襲撃して来たあの時、お前たちを絶対に殺すまいと思っていたつもりだった。だが本当は違った。真に心の奥底では、お前たちを殺してもいいと思っていた。現に最後の最後、オレはタロを殺めた」

 

 それはやむを得ない状況と言うのもあったが、それ以前に昭弘はタロたちの命を多少なりとも軽んじていたのだ。「所詮は機械だ」と。

 

 どれだけ人間らしい思考と感情を持とうと、結局は人工的な無機物で人間を真似ているに過ぎない。本当の心なんて何処にも在りはしない。

 そんな風に、ごく自然に家族として受け入れる一方で、自分たち人間の命には届かない存在と心の片隅では見なしていたのだ。あくまで人間よりも低位と言う大前提が、ゴーレムを大切に思う昭弘の中にあった。

 彼等無人ISが何なのかを、考えなかったが為に。

 

 そして、もうそんな自分とおさらばする時が正に今なのだ。

 

「だがな、今なら違うと実感を持って言い切れる。お前たちは確かに生きている

 

 「生きている」。皆が持っている単純で当たり前な言葉に、昭弘は想いの全てをブチ込んだ。

 

 模倣が何だと言うのだ、機械が何だと言うのだ。道具の様に記憶を消された彼等は、それでもちゃんと覚えていた。記憶を失う以前、自分が「どんな」だったかを。

 大切な事は、記憶を消すだけでは忘れようの無い事は覚えていたのだ。

 今この時も、サブロの様に何らかの切っ掛けで思い出そうとしている。

 

 そして、脆弱さも知った。1人では、繋がりが無ければ、人間と同じく彼等も又存在し得ないのだ。

 彼等にとって「自分」を形成してくれるのは、「自分以外の何者か」なのだ。

 

「…だから本当に…本当にすまなかった。お前たちの事を、今迄何一つ知らなくて…」

 

 それが2つ目の謝罪だった。それはタロとジロだけでなくサブロ・シロ・ゴロ、5人全員に対してのものだ。

 

 すると今度は―――

 

《簪殿マデ》

 

 驚くタロを気に留めず、簪も昭弘に倣って片膝を着く。

 

「……うん…昭弘の…言う通りだと思う。だから…私も跪く。…アナタたちを…上から見下ろしたくはないから…」

 

《…ジャア僕モ》 《オレモ》 《私モ倣ウトシマスカ》

 

 サブロたちも、誰に対してかは分からないが同様に跪く。少なくとも此処に居る7人は対等であると、そう言いたいのだろうか。

 

 嘸かし異様な光景だったろう。人間に跪く無人機に対し、同じく跪く人間と言う構図。

 

 そうして七者が「対等」を表現してから何秒かが経つと、ジロが最初に立ち上がった。

 

《戻ルゾ、タロニ3馬鹿。何時マデモ昭弘殿ト簪殿ヲ跪カセル訳ニモ行クマイ》

 

 その言葉を契機に、ジロ以外の6人も立ち上がった。

 だが今度は介する言葉も無く、結局去ろうとする色鮮やかな義体たち。

 

 その中で空色の義体だけが、再び意を決した様に振り向いた。

 

《昭弘殿。…僕タチハ、生キテ良インデスネ?》

 

 何も変わらない無機質な赤いカメラアイからは、サブロの表情なんて読める筈も無く。去れどその言葉は、確かに昭弘の答えを求めていた。

 人間とは程遠い外見、人間の様な口調と言語能力。そんなもの関係無しに、昭弘は即答だった。

 

「ああ。死ぬまで生きろ」

 

 それ以外に、言葉が見つからなかった。

 

 

 

 タロたち5人が研究グループの下へと戻った後、簪は先程嵌っていた思考の渦へと戻る。目覚めた彼等と自分、一体どんな違いがあるのかと。

 

 その答えは「何も違わない」だ。

 簪も彼等も他者を認識し意識し、そして自分自身をも意識しなければ、生きて行く事は叶わない。

 人間にとって「生きる」と言う事は、単に心臓を動かし続ける事でも脳を回転させる事でもない。他者の存在を感じる事なのだ。

 

 今の簪にならそれが良く解る。

 当然、1人での作業は居心地が良かったし、人と会うのはやはり精神的にも疲れる。だが何時終わるとも分からない孤独な作業は、目的を果たせる気がしなかった。

 それが多くの人手を得て目的へ指先が届きそうになった今、簪は確かな「生」を実感していた。

 

「…生きる事って…大変…なんだね、昭弘」

 

「“死ぬ程”大変さ」

 

 

 脳と深層学習。それぞれ異なる「核」を持って生まれた、人間と汎用AI。

 

 だが、背負った宿命は同じだ。

 

 どちらの核も「己」と「他者」を形成しなければ消え行くのを待つだけの、弱くて脆くて、去れどこの世の何よりも尊い存在なのだ。

 

 

 

 

 

―――同日 夜 622号室

 

「アレ~?カンちゃん。ボムレンジャーのその回、グリーンが主役じゃなかったっけ~?」

 

「…うん。最近…グリーンはそこまで嫌いじゃないし…」

 

「へ~どんな心境の変化があったのやら~~」

 

「…うるさい」

 

 

 

第43話 CORE 終




また少し空けるかもしれません。
日常を程よく挟みつつ、打鉄弐式を完成させ、最終的には更識姉妹の仲直りまで行きたいと思います。1話1話投稿するか一気に投稿するか、悩んでる所存です。

それが終わり次第、いよいよ第一章クライマックスの福音戦へと突入したいと思います。

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