IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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この話では、打鉄弐式はまだ出てきません。

打鉄弐式作りなのですが、人数が増えようとやはりそこはIS製作。それなりの長丁場になるかと思いますので、日常的な小話と並行して進める形になるかと思います。

で、色々と考えてみたのですが、「どれだけ順調に進んでも臨海学校までには完成しないだろ打鉄弐式」ってなりました。もしかしたら、本格的な描写は臨海学校(福音戦)が終わってからと言う可能性もあるかもです。ご了承下さい。平日は放課後しか作業出来ないってのがね…。
なのでごめんなさい。楯無と簪の完全な仲直りは、臨海学校よりも後になる可能性が高いです。まぁ、後は簪が楯無の想いや反省に気付くだけみたいなもんですし、最早いざこざと言うレベルではないかもしれませんが。






そう言えば、臨海学校の詳細な日時っていつでしたっけ?
まぁいいや、夏休み前位で(適当)


第44話 名前

 阿頼耶識システム。

 とある世界のとある時代に開発された、人機一体を旨とする有機デバイスシステムである。

 詳しい原理は省略させて頂くが、操縦者の脊髄とマシンとを有線で繋げ、操縦者の意識をマシン側に移す。こう言えば解り易いだろうか。

 結果、20m近くにもなる人型マシンの五体をまるで操縦者自身の手足の様に操る事が可能になる。

 

 

 それが何の因果か、一人の天災科学者によって再びその機能を果たす事となる。

 高性能PS(パワードスーツ)であるIS(インフィニットストラトス)。その動力部であり、あろう事か自我を持つとも言われているISコア。

 そのコアと操縦者を繋げる為の架け橋として。

 

 ISの名は『グシオン』、操縦者の名は『昭弘・アルトランド』であった。

 

 

 科学者は知っていた。ISと操縦者が深く繋がり過ぎた場合、最終的にどうなってしまうのか。

 それでも止められなかった。

 青年と出会った、阿頼耶識を目の当たりにしたその瞬間から、彼女の中で錆びれていた歯車は光沢を帯びて再び動き出したのだ。

 

 全ては物心ついた頃から「終着点であり始発点」として定めていた、人が持つには過ぎた「夢」の為だった。

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

―――――6月25日(土)―――――

 

《昭弘殿。結局ノ所、私タチハ何ト呼バレルベキナノデショウカ》

 

 其処は若々しい草木が放つ初夏の匂いと人の臭い、そして機械のにおいが入り交ざるIS学園格納庫。打鉄弐式製作メンバーが決まって少し経った頃だった。

 次なる研究の為に機材を運び回る昭弘へ、タロが唐突にそんな事を訊ねて来た。

 

 昭弘はそのモニターらしき機材を壁際に置くと、少しの間考えた後に答える。

 

「何って…タロは『タロ』でジロは『ジロ』だろう?」

 

 昭弘の安直な回答に対し、タロはやれやれと言いたげに首を左右に振る。どうやら、そう言う事を訊きたかった訳ではないらしい。

 

《ソウ言ッテ頂ケルノハ嬉シイノデスガ、私ヤジロニモ「種別」ガ欲シイノデス。打鉄零式デモゴーレムデモナイ、新タナ「種名」ト言イマスカ》

 

 また随分と突拍子の無い事を言い出すなと、昭弘は困惑する。

 だが言われてみれば、タロもジロも打鉄零式とは言い難い存在なのかもしれない。義体こそ正にその通りであるが、実際に思考し動かしているのはゴーレムコアだ。

 人間の脳髄を持ちながら身体は機械である者を、人間以外に分類するのは些か早計に過ぎる。タロについても同様の事が言えた。

 

 ではゴーレムと呼ばれるべきなのかと言うと、そうもいかない。義体自体は打鉄零式だからだ。

 ゴーレムボディと打鉄ボディは人型である外見的特徴こそ似ているが、設計思想からして何もかもが異なる。

 先ずゴーレムボディだが、そのゴツい四肢と胴体からも見て取れる様に「戦闘」が主な目的にある。極太の前腕は大出力のビーム砲2門を収納させる為であり、丸々と隆起した上腕と胸背部は絶大な膂力を持たせる為だ。

 対する打鉄ボディは、「動かす」事を目的に作られた実験機である。先ず歩行をより人間らしくする為、骨格も人工筋繊維も平均的な成人をベースにしている。膂力も空中での機動力も現行の打鉄並にはあるが、ゴーレムとは比較にもならない低スペックだ。

 

 これなら確かに、タロ・ジロ用の新たな分類を考えた方がいいのかもしれない。

 

 だが、残念ながら昭弘は命名なんてした事が無い。

 故に、口を右手で軽く覆いながら小難しく考え始める。

 『身体は打鉄零式でありコアはゴーレムである、義体の用途から見ても分類が難しい存在』。ここまでは昭弘も纏められたのだが、その中から名前として抽出する事が出来ないでいた。

 

《昭弘殿ォ~マダデスカ~?》

 

 頼み込んで来た張本人であるタロは、退屈そうに寝転がっていた。どうやら今直ぐ命名して貰うつもりの様である。

 

《オイソコノ裏返ッタクロゴキブリ。皆サンヲ手伝ウ事デ、ナケナシノ存在意義ヲ少シハ見出シタラドウダ》

 

 タロに罵声を浴びせながら、ジロが床を踏み抜かん勢いでズンズンと歩んでやって来た。彼の場合ガシンガシンだろうか。

 白銀にギラつくボディの隣には簪も居る。

 

「何…してるの?」

 

「ああ、タロたちの分類名を考えていてな」

 

「分類名…」

 

 昭弘に釣られる様に、今度は簪まで悩み始める。

 一度疑問に思った事柄は、解けるまで熟考を止めないタチである簪。彼女が昭弘と同じ状況に陥るのも、無理はなかった。

 

「打鉄零式にもゴーレムにも名前負けしない、それでいて由来が解り易い…ブツブツ」

 

「抑々、本来通常のISコアだけで動かす事を目的とした打鉄零式。それをほぼ人間の脳髄に近しいゴーレムコアで操っているのだから、全く新しい別個の存在として位置付けるべき…ブツブツ」

 

《御2人共。我々ノ為ニ何モソコマデ御悩ミニナル事ハ…》

 

 宥めるジロだが、昭弘と簪は止まらない。

 終いにはノートまで取り出しそれを地べたに広げ、箇条書きで候補を上げ連ねる始末だ。

 昭弘も、ハッキリとしない物事を嫌うタチだ。ゴーレムなのか打鉄零式なのか曖昧なまま切り上げるのは、不本意なのだ。

 

「アキヒーもかんちゃんも、床と睨めっこしてどうしたの~?珍しい昆虫でもいた~?」

 

 作業が一段落した本音は、そう言いながらトテトテと歩み寄って来た。

 

《脚2本欠損状態ノ裏返ッタ巨大ゴキブリデシタラ此処ニ居マスガ》

 

《サッキカラ煩イナァ》

 

 ジロがしつこく放つタロへの罵倒を聞き流しながら、本音は蹲る昭弘と簪を横から覗き込む。

 そこにあるノートと書かれている内容だけで、本音は2人が何をしているのか概ね把握する。

 

「名前~?」

 

「そんな所だ。タロとジロのな」

 

「ゴーレムでも…打鉄零式でも…私たち的には納得出来ないし…」

 

 昭弘と簪はそんな風に言いながら、本音に期待する様な縋る様な眼差しを向ける。

 常日頃から色んな渾名を考えている彼女ならこの苦境を脱するに足る名を言い渡してくれるのではと、2人は思っているのだ。

 

 2人のそんな意図が丸見えだった為、本音は渋々腰を下ろすと胸ポケットから黒のボールペンを取り出す。

 

「えっとね~…「ゴーレム」と「打鉄」を足して2で割って『ゴーガネ』でいんじゃない?」

 

 秒で考え付き、カタカナで大きくノートに名前を書き記す本音。

 

 何の捻りも由来も特に無い名前だからか、昭弘と簪の反応は微妙なものだった。

 ただまぁ本音らしいと言えば本音らしいし、小難しく考え過ぎて長ったらしい候補しか挙げられなかった昭弘たちよりは大部マシと言えた。

 

 何より、タロたちの反応が中々に好感触であった。

 

《呼ビ易クテ良インジャナイデスカ?》

 

《単純且ツ覚エヤスイ、素晴ラシイ名称カト》

 

 他でもない本人たちがこう言うのだ。却下する訳にも行くまい。

 

 とは言え、やはり由来の無い名称はただ発音する為の単語に過ぎない。

 何故タロ・ジロをゴーガネと呼ぶのか、その理由を深く考える必要はあるだろうと、昭弘と簪はまたも眉間に深い堀を作りながら考え始める。

 

 となると先ずゴーガネを和名にするか英名にするかだが、これはすんなり和名で決まった。

 元のボディが日本製である事、タロたちも基本的に日本語で話す事。そして、昭弘たち3人が日本人である事が理由だ。英語を習っていない訳ではない彼等だが、由来を含んだ英名までは流石に作り難い。

 言語の違い、即ち文化の違いと言う「壁」がそこにはあった。

 

「「呉雨芽根」なんてどうかな~。あ、少し捻って「呉雨芽・根」でもいいかな~」

 

「本音…真面目に」

 

「む~真面目だよぉ~」

 

 ノートを様々な漢字で埋め尽くしていく、本音と簪。

 そのページとタロ・ジロとを見比べながら、昭弘はどの文字が最適なのか頭の中で探る。

 束から日常的に使う漢字は粗方教わってはいるものの、それまでは触れる機会すら無かった文字だ。まだまだ、名付けとなるとそう簡単には行かないらしい。

 

 中々しっくり来る漢字が無いからか簪と本音が止む無く携帯端末で調べ始めた頃、「ゴーガネ」と何度も読み返す昭弘の脳内にふとある漢字が浮かぶ。昭弘がタロたちを見て感じているモノを、文字が代弁する様に。

 

「…『郷鐘』でどうだ?」

 

 そう声に出しながら、漢字をノートに書き記す昭弘。

 

「お~!何か奇麗な名前~!」

 

「うん…けど…どうしてこの漢字にしたの?」

 

 興奮する本音と素朴な疑問を投げ掛ける簪に、昭弘は側頭部を人差指で軽く掻きながら答える。

 タロ・ジロは、表情無き鉄仮面のままそれを黙って聞き入れる。

 

「結構感覚的なものでな、深い意味合いまでは考えてないんだ」

「ただ「鐘」については、一応考えてある。「鉄」のままだと、「戦うだけの機械」ってイメージが強いだろう。意思を持って思考する、タロとジロにはどうも似合わん」

 

「確かに…「鐘」ならそう言うイメージは無い…かも」

 

 この時、昭弘はちょっとした嘘を付いた。

 

 最初の閃きは、本音が口にしていた「ゴウガ・ネ」と言う読みであった。声に出さずそれを読み返していく内「ゴウガ・ナイ」→「ごうが・無い」となり、最終的には「郷が無い」となった。

 今この世界に故郷と言う場所の無い昭弘は、その読みに自然とそんな漢字を当て嵌めてしまったのだ。それはタロとジロにも言える事で、彼等も故郷に関する記憶が無い。

 そして皮肉にも、その漢字が美しい形と意味を持っている事に気付いてしまった。

 

 後は「鐘」についてだが、これは昭弘が述べた通りだ。

 

「…素敵な名前…だと思う。この2文字に…美しい…意味が沢山込められている…」

 

 「故郷の鐘」「居場所を鳴らす鐘」「何処からも受け入れられる音」等々、そんな言葉を簪は目を輝かせながら新しいページに書き挙げていく。

 その名はまるで「今は此処IS学園こそ彼等の居場所」と、暗に示しているかの様だった。

 鐘の音は、此処に居ると言う印なのかもしれない。

 

 

 昭弘は協力してくれた簪と本音に感謝を述べた後、早速井山たちにこの名称と由来を提案しに行った。

 彼にとっては人生初の命名だ。昂る気持ちは解らないでもない。

 

 井山としても、近い内にタロ・ジロをゴーレムでも打鉄零式でもない新たなカテゴリとして分類する予定だったらしく、昭弘が掲げた名前を快く受け入れてくれた。

 

 こうしてタロとジロは、新たなる無人IS『郷鐘』となった。

 

 

 

「…何故急に「種名が欲しい」なんて思った?」

 

 戻って来た昭弘は、最初から訊こうと思っていた言葉を今になってタロに零した。

 元々、タロには束の付けた名前が最初から記憶に在る。

 何よりタロたち5人を学園の友人たちと同等に思っている昭弘にとって、態々区別する必要性自体皆無であった。仲間と言う存在に、人種が関係しないのと同じ様に。

 

 昭弘の疑問に対し、タロは暫く間を置いた後スピーカーの音量を下げながら答える。

 

「…私ニモ良ク解リマセン。タダ…新シイ名前ヲ、皆様ニ付ケテ貰イタカッタノデス。我々ヲ助ケテクレタ、皆様ニ」

 

 感謝の気持ちのつもりなのだろうか。いや、だとしたら名前を付けて欲しいと言うのも奇妙だ。

 恐らくこれは、正真正銘タロにとって初めての「要望」だったのだ。

 

 そのままの意味であった。タロは新しい「名前」が欲しかったのだ。

 幾ら昭弘がタロを人間と同等に扱ってくれようと、それでもタロは人間ではない。鋼の身体を持ち、人工の魂によってそれを動かしている。

 例え『タロ』と言う名前があろうと、自分がどう言う存在なのか解らないのは恐ろしいものだ。

 それは、形を持つ者にとって逃れられない宿命。

 

 創造主が付けてくれた名と、命の恩人たちが付けてくれた名。今のタロにはその2つが必要であった。

 自分『タロ』は『郷鐘』であると、ハッキリと胸を張って言える為に。他者からそう認識して貰える為に。

 

「…そうだな。名前が欲しい理由なんて、誰だって「何となく」だよな」

 

 そんな事を頭の中で積み重ねる様に考えた昭弘は、ただそう一言だけそう返した。

 

 

 

 タロが研究員たちの下へ戻って行った後も、昭弘は機材を持ち上げながら物思いにふけっていた。

 

(自分がどんな存在なのか…自分が何者か…)

 

 昭弘には、タロの抱く恐怖が手に取る様に解った。まるで、タロの心と昭弘の心が共鳴し合っているが如く。同質の恐怖に同様の反応を示しているが如く。

 

 その恐怖に突き動かされる様に、背中の阿頼耶識を自身の太い指が撫でる。

 何故、今この時、阿頼耶識を気にしているのか昭弘にはまだ解らない。

 

 だが薄ぼんやりと気が付き始めていた。

 グシオンと深い所まで繋がる度、そして今も、昭弘は“自分”と言う輪郭が霞んでいく感覚に襲われていた。

 

―――タロは「タロ」であり「郷鐘」だ。では自分は?昭弘は「昭弘」であり「何」なのだ?




今日2話ずつ、明日2話ずつで投稿します。

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