IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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今回、筋肉要素10%程度。しかも姿は無し。
早く昭弘の肉体をネットリとしたタイピングで描きたいです。


第54話 変化か、演技か(後編)

―――――格納庫―――――

 

 検査が終わり、数十分の拘束から解放されたジロにおずおずと声を掛けてきたのは、研究リーダーの井山だった。

 

「もしかして、疲れてるかい?」

 

《元ヨリ我々無人機ニ、疲労ハ存在シマセンガ》

 

「ナハハ!そりゃそうだ!いやねぇ、声のトーンが普段より低い気がしたからさ」

 

 井山は自身を笑うが、存外的外れでもないのでジロは何も言えなかった。

 

 それだけ、鈴音との初対面は堪えるものがあったと言う事だ。

 恐怖を含めた警戒の眼差し。異形を目の当たりにした時、人間は皆揃ってああいう目をするのだろう。

 そう考えただけで、ジロは己が人でも生き物でもないと言う事実に直面させられる。

 

(昭弘殿の気持ちが、解った気がする)

 

 存外、自分たちと昭弘は似た者同士なのかもなと、ジロは同じく格納庫内に点在している機械肢たちを見回しながら思った。

 

 集音機が黛の声を拾ったのは、そんな時だった。

 

「井山さん。ジロなんですけど、一旦リフレッシュも兼ねて外に出しません?」

 

 確かに、昨日学園側からそう言った類の許可は下りている。無論、誰か一人随伴した上でだ。

 

「格納庫周辺だけならまぁ…」

 

「外の空気吸わせるだけですって」

 

 息なんてしていないが。

 

 黛の顔は期待に満ち満ちていた。

 整備科生であり新聞部副部長でもある黛の考えている事なんて、井山には察しが付いている。

 大方、人工島を出歩くジロを学園新聞の一面記事にでも載せたいのだろう。『復活の無人IS、島の風を感じる』みたいな見出し文と共に。

 

 実際、彼女の左肩から袈裟懸けられている一眼レフカメラが、先程から自己主張も激しく黒光りしている。

 

 

 

 と言う訳で、上空から見て格納庫の左側、初めて外に並ぶ林道へと足を踏み出したジロ。

 少し距離を置いた所では、随伴名目の黛がカメラを構えている。

 

 普段から格納庫内で環境音や生徒研究員らの話声の中に晒されてたジロ。

 外ならもう少し静かかと思っていたが、そうでもなかった。波の音や虫の鳴き声、特にこの時期だとニイニイゼミの鉄を爪で引っ掻く様な音が酷く五月蠅い。

 空も黒々とした雨雲に覆われているので、特に解放感を覚える事もなかった。

 

 これ以上は大した気分転換にもならないだろうと判断したジロは、その場で格納庫の方角へと回れ右をしようとした。

 

 その時だった。

 

 

 

 林道の中に1本だけ高く鎮座しているケヤキの根本で、小さく体育座りする鈴音。制服の袖で擦り過ぎたのか、その目は酷く充血していた。

 

 鈴音はただただ自身を侮蔑していた。身勝手な理想を一夏に押し付けようとしたから、今の一夏を真っ向から否定したから。

 

 だが一番の理由は、現実に負けてしまった自身の弱さだった。

 あの時、鈴音は昭弘に言った筈だ。「どんな一夏でも愛してみせる」と。鈴音にはそれが成せる確固たる自信があったし、昭弘もそんな彼女を激励してくれた。

 それが、実際に接してみればアレだ。話し方や性格は勿論、相手の気持ちに立って折り合いを付ける様な一夏なんて、鈴音には到底受け入れられなかった。

 

 幼馴染と言う名の根は、想像以上に彼女の心の隅々にまで張り巡らされていた。

 明るくて強くて格好良くて男らしい正義漢、それでいて鈍感で単純でお馬鹿。彼女にとっての一夏なんてそれ以外なかった。

 そしてそれが偽物で、一夏ももう偽りたくないと思っているのならば、鈴音の心に張った根は黒く腐りやがて癌細胞へと変質する。

 

 ずっと偽物を愛していた。それが何を意味するのか、鈴音は真に理解したのだった。

 

 

《ドウサレマシタカ?》

 

 人間ではない不気味な声を聞いて、鈴音は尻を叩かれる様に立ち上がり、充血した目を尖らせて振り向く。

 反射的な行動だったので、聞き覚えのある声だと思い出した頃には、その者の顔が眼光の先にあった。

 

 白光りした鋼鉄の身体、人間に似せた手足、細い腰、そして戦闘機の様に尖った顔。

 名前は確か『ジロ』だったか。

 

「…何の用?」

 

 先の初対面、態度の悪さは鈴音も十分に自覚している。

 そんな自身に態々話し掛けて来るなんて、何か企んでいるのか昭弘と同様単なるお人好しなのかと、鈴音は勘繰った。

 

《失礼、泣イテイルノカト思イマシタノデ》

 

 どうやら後者の様だ。

 

「…泣いてないし(今は)」

 

 鈴音はその一言で突き返すつもりだった。

 

 しかしジロは、そのまま鈴音の側へゆっくり近付くと、先程彼女がそうしてた様にケヤキの根元へ腰掛ける。

 去ろうとも考えた鈴音だが、最早歩く気力も無いのか、そのままジロの隣に座り込んでしまった。

 

 

 3分程両者の間で沈黙が続いたが、そう言う空気が苦手な鈴音は堪らず口を開く。

 

「…放っといてくれていいのよ?こっちも信用してないしさ」

 

《ソノ点ハ私モ重々承知シテオリマス。シカシ、貴女ハ私ガ訪レテモ此処ニ残ラレタ。ソノ理由ヲオ聞カセ頂キタイ》

 

 どうとでも誤魔化せる質問であった。それでも、鈴音はそうしようとは思わなかった。

 それ程までに彼女の心の中身は、杯から零れ落ちる寸前であった。相手が機械でもいい、この胸の内に溜まったモノを流し出してしまいたい。

 さもなくば中身が溢れ返り、心は杯としての役割を失ってしまう。そんな気がしたのだ。

 

「……いいわ、話したげる。一から十まで全部ね」

 

 もうどうでも良かった。誰に何を知られようと。

 

 

 

 宣言通り、鈴音は自身と一夏の出会いから全てを話し終えた。そして勿論、先の出来事も。

 

「…未練ったらしいでしょ?アタシは今でもずっと過去の一夏に囚われているの。偽りだと解っていても」

 

 乾いた笑いを含みながら、鈴音はそう言い放った。

 だがそれ以上の失態が、彼女の口から生々しく語られる。

 

「そうとも知らずに昭弘の言葉を鵜呑みにして、楽観した結果がこれよ」

 

 鈴音も一夏の事を言えなかった。彼女も又、昭弘の言葉に囚われている部分があったのだ。それが無ければ、鈴音は一夏の更生に手を貸さなかっただろう。

 

「アタシ…もう解らないの。一体「どの一夏」が本当の姿なのか」

 

 そこで、鈴音の長き話は一度途切れる。

 それを受け継ぐ様に、ジロが機械音声に言葉を乗せる。

 

《……結局凰殿ハ、何ヲドウサレタイノデスカ?》

 

 ジロの当たり前な質問を聞いて、鈴音は悲しそうに少し声を荒げて答える。

 

「そんな事…解ってたら最初からこんな所で蹲ったりしないわよ!」

 

《デハ私ガ、凰殿の行動指針ヲ今示セバ良イノデスカ?》

 

「!」

 

 ジロの何気ない問いに、鈴音は気付かされる。言われてみればそうだ、それがジロに話した理由だ。

 

 いつもそうだ。2組では気丈に振る舞っている鈴音だが、自分で考えても解決への糸口すら見つからず、人知れず誰かに頼っている。昭弘がその好例だ。

 助言が無ければ、彼女は弱い心を前へと向ける事すら出来ないのだ。

 

 鈴音は思った、「もうそれじゃ駄目だ」と。ただ助言通りに動くだけの存在なんて、操り人形と何の違いがあろうか。

 

 だから鈴音は言う。今の時点で良いから、自身が心の奥底から思っている事を。

 

「…いえ、辛うじて解っている事があったわ。このまま一夏と絶交なんて御免って事よ」

 

 かなり大雑把ではあるが、確かな鈴音の望みであった。鈴音は、一夏を嫌いになった訳ではなかったのだ。

 

「例え偽物でも、得体が知れなくても、アタシが愛した男だもの。こんな終わり方は駄目よ」

 

 相変わらず俯き気味だが、鈴音の目に幾らか生気が宿った様に、ジロには感じられた。

 

 となると選択肢は絞られる。

 過去の一夏を奇麗さっぱり忘れ、あくまで学友として関係性を再構築する。今の演じているのか本当の姿なのか解らない一夏を、頑張って愛する。この2つしかない。

 

 後はどう謝るかだ。

 

「…ありがと、ジロ。大分楽になった。後は自分で考えるから、もう行って良いわよ」

 

 変わらずのむつけ顔でそう言いながら、手を行った行ったと振る鈴音。

 

 人間とは不思議な生き物だと、ジロは改めて思った。声に出した所で、他人に話した所で、状況が変わる訳でもない。

 なのに、ジロに話す前と今とでは、鈴音の顔色も声も違っていた。

 

 同時に、このまま去って良いものかともジロは考えた。何かもう一言二言で、鈴音の望みが叶う確率を上げられないかと。

 そこに大それた理由は無かった。人間が困っているのなら、可能な限り助力する。昭弘がそうする様に。

 それがジロたち無人ISだ。

 

《“愛”ガ何ナノカ、性ノ無イ私ニハ理解ガ及ビマセン。故ニ恋愛モ友愛モ、何ガ違ウノカ解リカネマス》

 

「…何が言いたい訳?」

 

《…私ニトッテ愛ノ解釈ナド、「人ヲ大切ニ思ウ心」デシカ無イト言ウ事デス。貴女ガ織斑殿ヲ放ッテオケナイノデアルナラ、ソレモマタ愛ナノデハナイデショウカ》

 

 機械特有の抑揚が無い、それでいて力強さを感じる物言いであった。

 

「ッッ」

 

 だがその言葉は、鈴音の頭内で大きく弾け、思考の曇りを四方へと吹き飛ばした。スッと頭が晴れ、憤慨も僻みも幻滅も呪縛も、負の感情全てが裏返っていく。

 

 漸く、鈴音は解った気がしたのだ。何故、あそこまで一夏を拒絶したのか。自身が一体何を恐れていたのか。自身にとって、織斑一夏とは何なのか。

 

《…凰殿?》

 

 立ち上がる鈴音。

 そんな彼女を見上げたジロも又、従う様に腰を上げる。もう表情が晴れているとまでは言い難いが、充血の残ったその目は梃子でも動かなそうにしっかりと前を見ていた。

 

 行かなくては。成すべき事を成す為に。

 

「…一夏に告白してくる」

 

 鈴音の顔に、恥じらいの赤は無かった。

 

《…》

 

 その「告白」が何を示しているのか解らないジロは、黙って鈴音を見送る事にした。

 何だって良かった。先の言葉が鈴音の助けになったのなら、ジロはそれで。

 

 だが立ち上がっても、鈴音は中々足を踏み出そうとしない。代わりに、彼女はジロを真正面に捉えると、深く頭を下げた。

 

「2度目になるけど、ありがとね」

「そして…ゴメンナサイ。アンタたちの事、誤解してた。只の機械だって…」

 

 機械と言う点は何も間違っていないと考えているジロにとって、それは赦すも赦さないも無い事だ。

 だが、何と返すかもう決めていたジロは鈴音に顔を上げる様促した後、右手を彼女の身長に合わせて突き出した。

 先程喧しく感じていたニイニイゼミの声が、今は曇天も退くのではと思う程に青く澄み渡って聞こえる。

 

《デハ是非、友好ノ証ヲ。貴女ガ宜シケレバ》

 

 宜しいに決まっている。鈴音はそう笑って、同じく少し高めに右手を差し出して「証」を結んだ。

 

 大きく硬く冷たく、どこか華奢な手を握って、鈴音は格納庫でジロを見かけた時の既視感が何なのか漸く解った。

 

(…そっかコイツ、どことなく白式に似てるんだ)

 

 太陽光の様に眩しい色、刀を握る為かより人に近い形の手、細い身体。そんな白式の特徴を、ジロも又持っていた。

 

 勿論、意図して似せた訳ではないのだろう。

 けれどもその外見的特徴は、鈴音を懐かしい気分にさせた。まるで以前の一夏を見ている様な。

 

 

 

「凰さん…最高のネタをありがとう。御馳になりやす」

 

 木陰から鈴音とジロを覗く新聞部副部長と言う名の出歯亀は、涎を垂らしながら握手の瞬間まで何度もシャッターを切った。

 

 

 

 時刻を同じにして、場面は再び格納庫正面側へと戻る。

 アリーナDへと続く、長く幅広い歩道。その上に最寄り駅の如く点在するベンチに、一夏は腰掛けていた。

 

《それはどう見方を変えても鈴が悪いだろう》

 

「…なのかな」

 

 液晶携帯を右頬に当て、事の顛末を昭弘に相談していた一夏は、意外な回答に少し驚く。

 

《当然だ。折角一夏が前を向いてるって時に、冷水ぶっかける様な事言いやがって》

 

 どうやら今回の一件、完全に昭弘は一夏寄りに徹するらしい。

 それでも、一夏は弱々しく自身を否定していく。

 

「けど鈴が言ってる事、結構当たってると思うの。変わろうと思った最大の切っ掛けは、やっぱ昭弘だし」

 

 それを聞いて、昭弘は声を低くした。

 

《お前はオレの傀儡だとでも?》

 

「…」

 

 一夏は口を噤んでしまった。

 

 はいと答えたら、まるで昭弘が悪者みたいになってしまう。だがいいえと迷い無く答えられる程、今の一夏は自身を信頼出来る状態でもなかった。

 

《ハァ……突然だが一夏、レゾナンスで飲み物買ってこい。製作メンバー全員分だ》

 

「…嫌よ」

 

《じゃあお前はオレの傀儡じゃねぇよ》

 

 それは簡単な、去れど間違いのない証明であった。一夏は昭弘の言いなりなんかじゃない。嫌な事は嫌だと、ちゃんと拒否出来るではないか。

 

《あのな一夏。人間ってのは様々な人や物事に影響される生き物なんだ。オレだってお前から影響を受けてる》

 

「…初耳なんだけど?」

 

 驚いた様な小姑の様な圧を込めて、一夏はそう返す。

 

《お前が居なけりゃ、鈴とも知り合えなかった。それだけじゃない。お前が料理の話を頻繁にするようになってから、オレも食生活には気を付ける様になった》

 

 あくまで今の一夏は、様々な影響を受けた結果に過ぎない。それを「もう止めろ」と言うのは、それこそ人格の否定或いは強要だ。

 その持論だけは絶対に崩さない昭弘は、最後一夏に念を押す。

 

《いいか一夏。向こうから謝ってくるまで、鈴の事は放っておけ。アイツに非があるんだから、それが筋だ。…他には?》

 

「……ううん、忙しい時にありがとうね昭弘」

 

 そう笑顔で締め括った一夏は、液晶に浮かぶ赤い終了ボタンを押すと、直ちに真顔へと表情筋を引き締める。

 

(…ゴメンナサイ昭弘。やっぱり鈴を放ってはおけない)

 

 そうして鈴音を追うべく彼女が去って行った林道の方角へ振り向くと、もう目の前には息を切らした二つ縛りの少女が居た。

 

 

 

 右手で左肘を抱きかかえ、一夏は無言のまま睨み付ける様に鈴音の息が整うのを待つ。

 鈴音はそんな一夏を見て内心怖じ気付くが、荒息を殺した後更に深呼吸をして、心を静める。

 

「…先ず始めに、さっきは酷い事言ってごめんなさい一夏。…本当に」

 

 彼女は身体の前で左手と右手を重ね、頭頂部を一夏へと向けた。

 

「そうね、赦すけど凄く傷付いた。…それで?まだ言いたい事あるんじゃないの?」

 

 一夏は軽く息を吐いて見せながら、鈴音にさっさと口を動かす様促した。

 

 対して鈴音は上がる気持ちを押し込む為に瞼を強く閉じ、手で胸を擦って肉を纏う心の脈動を抑えようとする。

 だが幾ら頑張っても変わらないので、観念して言葉にする事にした。

 

 

 

「…アタシね、ずっと一夏の事「好き」だったの。その…誤解の無い様に言うとね、異性としてアンタを「愛」してたの」

 

 

 

 それは鈴音にとっては積年の、だが一夏にとっては余りにも思いがけない愛の告白であった。流石の朴念仁でも、ここまで直球に言われれば理解せざるを得まい。

 

「………えーと…ちょっと待って貰える?」

 

「…うん」

 

 案の定一夏が混乱し出したので、鈴音は言われた通り大人しく待った。

 

 一夏が思考を正常へ戻す事で先ず気付けた部分は、それが過去形である点だった。

 そこを念頭に置いて、一夏は続きを促す。

 無論、ずっと幼馴染で友達だと思っていた相手が自身を男として好きだったなんてと、本来なら昔を思い返してみたい。が、今は我慢だ。

 

「強くて格好良くて少し馬鹿で、ヒーローみたいなアンタが好きだった。ガキっぽい感情だけど、それはアタシにとって代え難く大切なものだったの」

 

(馬鹿とは心外ね)

 

 そこで、鈴音の表情が変わる。頬の紅葉は消え、眉尻も不甲斐なく下がる。

 

「…だから今までのアンタが偽物だと昭弘から聞かされた時、その場で駆け出したくなっちゃった。じゃあこの愛は何だったんだろう…って」

「だからアタシは、どんな一夏も愛するって誓った。偽りの一夏しか愛せない事が、怖かったから」

 

「…それが出来なかったから、今のオレを拒絶してしまったの?」

 

 そこまで言われてしまえば、一夏でもそれ位の予想は可能だ。

 だが鈴音は首を横に振り、一夏の予想を否定した。更に眉尻を下降させ、眉間に色濃い線を残しながら。

 

「本当に怖かったのは、アンタとただの友達同士になる事だったの」

 

 そこに愛なんて存在しないから、一夏を諦めたくないから。

 友情など愛の劣化版に過ぎないと、そう考えていた鈴音は一夏が友達に成り下がる事を恐れたのだ。

 

「けど気付いたの、友情も愛なんだって事に。だってアタシ…さっきアンタと喧嘩した後、凄く苦しかったもん。以前のアンタと喧嘩した時と、同じ位」

 

 簡単な事だった。愛しているからこそ、大切だからこその苦しみだったのだ。

 

「だから…アタシにとっては結局一緒なのよ。昔の一夏も、今の一夏も。ただ、異性としてじゃないと言うか…上手く説明出来ないけど…」

 

 また柄にもなく小難しい事考えるんだからと、一夏はほんのり呆れる。

 

「要するに友達以上の存在、“親友”になりたいって事でしょ?」

 

 「あ」と、鈴音は深い森から抜け出した様に目を見開いた。

 

 やっと解ったのだ。

 今と昔、一夏は何が違くて何が同じなのか。彼女が一夏に抱いていた最大の違和感が何なのか。

 

 昔は異性として、今は同性として一夏を見ていたのだ。

 だからさっきは無意識の内に否定した。同じ性と性の間に、愛は芽生えないから。愛が芽生えなければ、恋じゃなくなるから。恋じゃなくなれば、ただの友達に成り下がるから。

 それら鈴音の中に巣食っていた固定観念が、彼女に拒否反応を起こさせたのだ。

 

 別に昭弘の事も、心の奥から嫉妬していた訳ではなかったのだ。ただ固定観念に突き動かされ、嫉妬したつもりになってただけなのだ。

 

 それが消えた今、一夏への拒否反応なんて微塵も無く、同性として親友として確かに一夏を愛している。同性として見てしまえば、男らしくないなんて糞みたいな価値観に縛られる事もない。

 そして一夏が持つ昭弘への想いも、素直に応援出来る様になっていた。

 

 ただ口調を変えただけで、演技だけで、こうなる筈がない。つまり今の一夏は、やはり本人が望んだ姿なのだ。

 

「けど、本当に良いの?鈴が言った通り、オレは無理に演じているだけかもしれないよ?」

 

 そう言いながらも、一夏に迷いなんて無かった。さっきの証明で解っているのだ。これが本当の自分であり、決して演じてるのではない事を。

 心が影響を取り込み、それにより生まれた願望に従っているだけだ。

 

 だからこそ訊かねばならない。それでも尚、鈴音には演技に見えるのかと。

 

 訊かれるまでもない。

 

「…いいよ」

 

 無理しているだなんて誰にも言わせない。

 

「親友で…いいよぉ…」

 

 鈴音は糸を噛み切る様に歯を剥き出し、潤う瞳を瞼で隠し、そこから涙の川を造りながらそう言った。

 

 改めて自分が腹立たしかったのだ。一夏が違う一夏を演じていると、勝手に思い込んでた自分が。

 悲しかったのだ。過去の一夏に、異性としての一夏に、初恋の一夏に別れを告げるのが。

 

 

 嬉しかったのだ。本当の一夏と、親友になれた事が。




要約:一夏くん、心は女の子でした。
一応言っておきますが、鈴ちゃんはノーマルです。因みに相川もノーマルです(好きになった千冬が偶々女だっただけ)。

愛とは定義の難しいものですな。そう思いませんか昭弘。

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