大幅に手直ししたのはISTT編までで、それ以降は少し追加描写を加えたり読点を減らしたり段落を増やしたり、と言った程度です。
どうにかシャルロットのキャラが固まってきた様な気がします。
―――――7月5日(火) 1年1組―――――
陽射しが大小の積雲によって遮られていても、この季節だと8時を少し過ぎた現時点で既に中々暑い。
だのに外気温が30℃に達していないともなれば、冷房も付かない。
そんな中、教室中を氷点下にまで冷却する勢いで昭弘は凍てついた視線を照射する。
標的は、女子に囲まれた男姿のシャルロットだ。なんたらグラムに上げるべくツーショットをお願いされたり、このクソ暑い最中ハグを強要されたりしている。
だが当の本人から以前の様な困惑の表情は見て取れず、寧ろ悪路を行くAWD車宜しく得意気でさえある。
ルームメイトに男装を披露して以来、ほぼ毎日半強制的に自室で男装させられた彼女。その結果、どうやら男装が趣味と言う「偽装」がそのまま「真」となってしまったらしい。
今のシャルロットは、自身に向けて女子たちが放つ瞳の煌めきと歓声の虜となってしまったのだ。
「次「顎クイ」やって!」
「えぇ?しょうがないなぁ」
言葉とは裏腹に、嬉々とした声で要望に応える彼女。
気合いの入れようが、スパイをしていた時よりも遥かに上なのがまた皮肉だ。
眉は元より僅かに太く直線的で、唇の色も更に薄めに、メイクも肌のツヤを抑える様にしてある。ここまで来ると髪もバッサリ切りかねない。
メッシュ編みの革ベルトは太く黒光りしていて、バックルは自己主張激しく金に輝いてる。
そんな調子に乗りまくりなシャルロットへの呆れを隠す様に、昭弘は参考書を広げて予鈴を待つ。同時に、あんな馬鹿馬鹿しい光景見る位なら普段より遅く来れば良かったと、後悔するのも忘れない。
ラウラは勿論、箒や一夏ですら引きつった笑みを浮かべている。彼等の視線を見てると、関係の無い昭弘まで恥ずかしくなってしまう。
すると、谷本を連れたシャルロットがにこにこ面で昭弘の眼前を通過しようとする。
「おやぁ?そこで寂しそうに参考書を読み耽っているのは入学3ヶ月も経って未だにモテない昭弘くんじゃないかぁ!」
優越感に浸っているのが丸わかりな発言を、普段の優しげな口調で吐いてくるシャルロット。
だが、まるで目の前に誰も居ないかの様に昭弘はただ文字を追う。
隣席のセシリアがまだ来てないのが、せめてもの幸いだ。居たら間違いなくシャルロットに便乗してきただろう。
「これから5分だけ谷本さんと擬似デートしに行くところでさぁ。いやーモテる男は大変だよぉ…あっ、僕女だった(笑)」
昭弘、当然これもガン無視。
昭弘の頭では今どんな罵声罵倒が行き交っているのか、考えない方が良さそうだ。
「シャル、少し言い過ぎじゃない?頭ひっぱたかれるよ?」
宥める谷本だが、尚もシャルロットは調子を爆走させる。
「あーしまった!そう言えば谷本さんは元々昭弘くんのパートナーだった!確かにこんな横取りみたいな事したら嫉妬に狂った平手が飛んでき―――」
ガタッ!
「ちょ、アル兄落ち着いて!」
立ち上がる昭弘に対し、谷本は両手の平を見せて制する。
「?…小便に行くだけだが?」
「あ…はい」
心臓に悪いとはこの事だ。野生動物が突発的に走り出した様な一瞬の緊迫が解けた谷本は、そう心に思ったまま胸へと手を当てる。
すると、異変に気付いた昭弘は教室中を見渡す。
「…阿呆んだらのシャルロットは何処行った?」
「今私の後ろで縮こまって震えてます」
試しに谷本の背後を軽く覗いてみると、成程確かに、先程の威勢が嘘みたく子鼠の様に震えるシャルロットが居るではないか。デート中、危機に瀕したら真っ先に彼女を放っぽいて逃げるタイプなのだろう。
「フン、情けねぇ」
今のシャルロットをそう一言で表現すると、昭弘は予鈴に間に合わせるべく早足で教室を出た。
SHRが早々に過ぎた次の一時限目は国語であった。
社会人になる為には必須とも言えるスキルである為、漢字とひらがなで複雑に構成された文字の羅列を必死に目で追い耳で追う生徒一同。
昭弘にとっては退屈な授業だが、己のスキルアップに繋がる可能性が僅かでもあるとなれば、周囲に釣られて必死になるしかない。
熱と湿気と張り詰めた空気のせいか、この1時限で酷く体力精神力共に消耗した1組一同であった。
だが次の休み時間、そんな悪夢の蒸し風呂時間なんて意に介さんが如く、シャルロットは昭弘の座席に向かって来た。
丁度良く、隣のセシリアも本音の席に移動している。
「いやー…さっきはゴメン昭弘。楽しくてつい…」
半笑い気味ながらも少し申し訳なさそうに眉尻を下げ、そう言ってくる彼女。
「最後が滑稽で良かったから赦してやる」
「アハハ…面目ない」
すると彼女は、再び表情に柔らかい笑顔を浮かび上がらせる。
「けどやっぱり、皆が喜ぶ姿は良いよね」
恐らく、尚の事なのだろう。今迄、母親以外からは負の感情しか向けられて来なかった、シャルロットにとっては。
そして更に「それに」と続く。表情は未だ笑顔のままだ。
「こう言う時くらいしか、昭弘からマウント取れないからね!」
毎度毎度、ISバトルでも精神面でも自身より優位に立ってくる昭弘に対し、シャルロットはまたそんな阿呆でしょうもない事を言い出す。良い子の外面を被っていた頃が懐かしい。
「…もうくたばれよお前」
「ホラ出た!何でいっつも僕に対しては当たり強いのさ!?」
「自分の胸に訊いてみな」
困り顔で鋭く突っ込むシャルロットに対し、昭弘は哀れな落ち葉を吹き散らす様に溜め息を吐いてそう告げる。
すると、昭弘の脇ポケットが突如として震え出す。
「あ、電源切らなきゃ駄目だよ昭弘」
「授業中は切ってる」
にしても短い休み時間に掛かって来るなんて、偶然とは言え凄まじいタイミングの良さだ。
そんな事を思いながら液晶画面を見た途端、昭弘の目の色が変わる。そして面倒臭そうに緑色の通話ボタンを押すと、慣れた具合で応対を始める。
「何の様だ?」
《―――――》
「明後日?…どういうつもりだ?」
《―――――》
「何?……分かった、本人に伝えておく」
昭弘は事務的な会話だけで手短に済ませ、そのまま逃げる様に通話を切った。
すると今度は間髪入れずに、シャルロットへと向き直る。そしてどう伝えるか数秒悩んだ後、さらりと言い渡す。
「…お前の新しい養父が、明後日IS学園に来るらしい」
「………んぇ?」
突然の急転直下な出来事に、彼女は確認する様に昭弘を二度見した後、間抜けな声と共に固まる。
―――昼休み
昭弘、千冬、楯無。この3人に都合の良い様に使われている此処は生徒指導室だ。
昭弘と楯無は今さっき買ったバーガーやら握り飯を、千冬は普通に弁当を頬張っている。
でだ、何故態々周囲から隠れる様にこの密室で昼食を摂っているのかは、彼女らの会話が勝手に物語ってくれよう。
「それで?どうして話してくれなかったんですか織斑先生?」
「そうっすよ。『デリー』の奴が訪問しに来るだなんて」
相手がブリュンヒルデである事を忘れる勢いで、昭弘と楯無は千冬を睨み問い詰める。
IS学園への来訪なんて、一週間前やそこらで受け付けられるものではない。居酒屋の予約とは訳が違う。
遅くとも来訪の1ヶ月前から連絡が必要で、そこから訪問人数や訪問者全員の顔写真・名前・来歴等が掲載されたデータの送付。
そしてその人物たちの来訪が安全かどうかを学園側で審査し、許可が下りればその旨を来訪予定者に通達、そこから滞在時間や学園内での行動範囲等を詳細まで話し合う。その上で、学園の警備会社とも綿密な情報共有が必要になる。
それは勿論、教職員全員が把握するものだ。
つまり千冬は、地下施設にてこの面子で話し合った6/26時点で、既にデリーの学園来訪を知っていたのだ。
「…悪かった、だが仕方無いだろう。相手も客人として来訪されるんだ。客人の許可も無しに、生徒へ情報を漏らす訳にはいかない。例えお前たちであっても」
T.P.F.B.も、あくまで表面上は真っ当な義手義足の製造・販売企業だ。
それがまとも且つ明確な訪問内容を持ち正式な手続きを経て来訪するとあっては、学園側も無下に断る訳には行かない。例えどんなに良からぬ噂があろうともだ。
「そんじゃあ、とっ捕まえて尋問するって事も…」
「無理に決まってるだろう」
昭弘と千冬の間に存在する、T.P.F.B.への認識の差。
昭弘にとっては、危険とまでは行かないが亡国機業と手を結んでいる組織だ。少しでも情報を得る為にも、せめて探りを入れる程度の事はすべきと彼は考えていた。
だが正式に来訪している客人にその様な根拠無き探りが気付かれれば、叩かれるのは学園側。それが、千冬もとい学園の考えだ。
つまりどの道、昭弘と楯無にデリーの来訪を話していたとしても、こちらからは何も出来なかったと言う事だ。
その点にはやむなく理解を示す楯無だが、かと言ってこのまま引き下がる訳にも行かない。
「…分かりました。ただし!織斑先生と昭弘くんは、アタシが探れない分しっかりと見張って下さいね?アナタたちなら、レーン氏と接する機会も多いでしょうから」
何気ない会話や様子の変化だけでも、手に収まる情報は少なくない筈だ。
「了解です、会長」
「……駄目元で、やれるだけの事はやってみる」
そうして、この場は一先ず解散となった。
―――21:05 130号室
男が2人、窓を全開にして踏ん張り声を上げる。
それでも尚、蒸し暑い季節に加え、室内は雄たちの汗と臭気により息苦しさが逃げてくれない。
ダンベルとのガチンコ勝負を終えた後、昭弘はプッシュアップバーとの肉弾戦に勤しんでいた。
昭弘は時々バーに憎々しげな視線を送りながらも足腰と背中を定規の様にピンと伸ばし、肘を90°以上曲げては戻す動作を何度も繰り返す。すると昭弘の体重によって、上腕三頭筋と胸筋は徹底的に苛め抜かれる。
回数を重ねるにつれて筋肉が傷付き悲鳴を上げるが、昭弘は止まってはくれなかった。
これを20回×15セット行い、セット毎に腕の位置や曲げ方も変えて行く。
それが終われば直ちに別の種目へ直行で、これらを夕方以降のいずれかの時間帯に行う。
昭弘が容赦しない奴ランキングベスト3の内、3位がシャルロット、2位がセシリア、そして堂々の1位が己の筋肉だ。
直ぐ傍で同じ様に鍛えている雄はラウラ…ではなく一夏だ。
元々昭弘の肉体に強い憧れを抱き、最近では「握力・体幹・脚力トレーニング」程度じゃ物足りなくなった彼は、2日に一度の割合で昭弘の部屋にお邪魔しているのだ。
一夏は昭弘とは逆にプッシュアップを先に終えた後、歯を食い縛っては上腕二頭筋を盛り上がらせていた。
12.5kgに及ぶ鉄の円盤2つが付いた鉄棒を握り締め、肘のみを使ってゆっくりと上げては下げてを繰り返す。それを右腕と左腕交互に、そしてプッシュアップ同様何セットかに分ける。
重しの総計は、鉄棒も含めた左右を合わせて50kg以上だ。
そうして計5種の、自分たちに課した拷問であり快楽でもあるエデンズタイムが終わりを迎えた。明日は更に別の数種目をこなさねばならない。
重要なのはここからだ。傷付いた筋肉を回復させる為、直ぐ様タンパク質と糖分を摂取せねばならない。
運動直後で胃がストライキ気味だが、鞭打たせて無理にでも押し込むしかない。
それが解っていた一夏は筋トレ前、既にありあわせを何品か作っていた。
スポーツ飲料を軽く飲んだ一夏は最後に、残った力を振り絞って総量1kgの肉を焼いていく。
昭弘はそんな一夏に感謝の言葉を贈ると、同じくこれから自身の肉体の糧となる食材にも感謝の合掌をし、先ずは緑鮮やかな食物繊維たちに箸を伸ばす。
「そう言えば明後日、シャルの養父さんが来るんでしょ?」
「…予定ではな」
昭弘から確認を取ると、一夏は一旦箸を置いて顎に人差指を当てる。
「…あの娘、実父から酷い仕打ち受けてたみたいだから、変な抵抗とか無ければいいんだけど」
そこは昭弘も少し気になっていた部分だ。そんなシャルロットが、親となる相手に果たして会おうと思うだろうかと。
それに追い討ちを掛けるが如く、更に大きな懸念が昭弘にはあった。
「昭弘、アナタその養父さんと知り合いなんでしょ?実際どんな人なの?」
「…」
黙ってしまった昭弘。
既にあの電話から半日近く経つが、未だに昭弘の中には動揺の細波が残っている。選りにも選ってあのデリーが、シャルロットの養父になるだなんて。
デリーが善人か悪人かで言い表すなら、恐らく後者だ。
紛争に加担する武器商人と言う部分は勿論、服装は可笑しいし言動もまともではない。昭弘や少年兵たちの事も基本的には
昭弘もデリーと深く関わった事はまだ無いので断定は出来ないが、知っている限りでは「良い父親」になれるのか甚だ疑問だ。
「…ドライな変人…とだけ言っておく」
「…んーもっと解り易い例えって無い?」
一夏にはそう言うしかなかった。
武器商人である事を明かせる訳がないし、憶測だけで語るのも例えデリーと言えど抵抗がある。
結果として端的且つオブラートに纏めた表現が「ドライな変人」なのだ。
「兎も角、やっぱり皆でシャルの事フォローしましょうよ。不安と緊張でいっぱいだろうし」
「…ああ」
デリーからの連絡直後、シャルロットは「今日は一人で考えたい」と言っていたが、一夏の言う通り友人として放っておく訳にも行かない。
故に、今日は無理でも明日ならばと、言葉の抜け道を突いては明日へと備える昭弘と一夏であった。
辛うじて残さず晩飯を平らげ、腹を擦る以外何をするでもなく椅子に腰を落とす昭弘。
一夏も、昭弘と共に食器を洗った後、既に自身の部屋へ帰還した。
ピロリロリロン ピロリロリロン …
そんな携帯の音が部屋の隅々を震わせたのは、一夏が帰って30分か40分後くらいか。
今正にシャワーを浴びようとしていた昭弘は、舌打ちで着信音を一刀両断した後乱暴に携帯を拾う。
またしても相手はデリーだ。
「今度は何だ」
《何度も申し訳ないですぅ↑昭弘殿。…今、お時間大丈夫です↑?》
「…さっさと話せ」
どうにも内容が予想出来ない昭弘は、候補を複数個頭の中に並べた後、相変わらずムカツク口調の変態商人にそう促す。
《…デュノア嬢って、キツイ性格だったりします?》
候補の一つが当たってしまい、デリーへの助言による長電話を覚悟した昭弘は、液晶を耳に当てたまま溜め息交じりにソファへと背中から身を投げた。
同時に、デリーにも悩みや不安なんてものがあるんだなと、昭弘は失礼な事を思ってみた。
―――同時刻 212号室
鏡と相川が未だ機動訓練から帰って来ないのが幸いしたと、シャルロットは未だ制服を纏ったままベッドへ仰向けに倒れ込みながら思っていた。
これなら、どれだけ悩んでも邪魔をするのは静寂だけだ。
こう言う事があるから、シャルロットはオカルトじみた分野を信じずにはいられない。
まさかあのデリーが、自身の養父になるだなんて。
昭弘から聞いた時はただただ驚きしかなかった彼女だが、今はどうにか自身の心境が解ってきていた。
はっきり言ってシャルロットは今、決してデリーの事を歓迎してはいないし、直接会う事についても乗り気ではない。
あの日アリーナの観客席で、偶然にもデリーと出会い言葉を交わした彼女。
服装も含めて変人だと感じはしたが、シャルロットはそんな彼の言葉に助けられた。その点は勿論、人生の先輩として感謝している。
だが、彼女が知っているデリーはそのごく一部だけだ。残りの大部分、どんな邪心が潜んでいるとも判らない。
気の遠くなる様な永い間、父親から大人から虐げられてきた彼女にとって、とても安心してデリーに身を預ける気にはなれなかった。
今回だって、本当は昭弘に相談したかった。そうしなかったのは、彼が幼少期に両親を失っているからだ。
打ち明ける事で友人の心の傷に塩を塗るくらいなら、一人で悩み考え抜いた方がマシだ。
それにこれ以上、昭弘に借りを作りたくはない。友人だからこそ、彼とは対等で居たいのだ。
いやそれより何より、今度の再会は悩む程の事でも、皆に相談する程の事でもないのかもしれない。
(今更父親なんて、居ても居なくても同じか…)
学園生活を送る以上、学費は当然必要だ。奨学金も出来れば避けたい。その点に関しては、親と言う存在が必要ではある。
だがこの学園生活が終われば、シャルロットも成人の手前だ。その際の金銭的な援助があれば嬉しいが、親の愛を知る歳でもなくなっている。
どうせ、形式上の親子関係なのだろうから。
そんな冷たくも現実的な将来分析が出来上がっていた彼女は、デリーと会う時用の当たり障りの無い会話を、瞼を閉じながら考えるのだった。