IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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ちょっと長いです。


第60話 1%の…

─────昼休み

 

 10分だけの休み時間とは違い1時間近くにも及ぶその時間は、一日の大半を体力と知力に費やす生徒達にとって正に安らぎの時。

 それは、此処IS学園に留まる話ではない。

 

 今日も今日とて、普段と同じ顔触れが昨日とは違う会話で互いを楽しませ、普段通りの光景を意図せずに再現していく。

 

 しかしそんな中、学食と言う空間の1%を黒々とした異が侵食していた。

 人数は3人、位置は角奥と言うのもあって全体的な食堂の雰囲気はいつも通りだが、それが自分たちの制服と相補的な黒服の巨漢とあっては気にしない訳にもいかない。

 

 

 だが昭弘たちが気に掛けているのはそんなSPではなく、SPたちが護っている2人だ。

 

「きっと大丈夫よ、アタシの助言完璧だったし」

 

「オレも完璧な助言したから、別に要らなかったのに」

 

「後は彼女次第…ですわね」

 

 黒服衆とは少し離れた席で昼食に箸や匙を伸ばしながら、一夏たちは自信有りげに、それでいて心配そうに言葉を零し合う。どうやら、自分たちが全く同じ助言を与えていた事に気付いていない様子だ。

 そんな中、箒が昭弘の腕を肘で小突く。

 

「大会の時もそうだが、あの馬鹿スーツは本当に大丈夫なのか?」

 

 馬鹿スーツとは恐らくデリーの事だろう。「大丈夫」と言うのは、間違いなく頭の事だろう。

 さっき授業中に叫ばなければ、箒からここまで言われる事もなかったろうに。

 

「……今更心配した所でどうにもならん。黙って見届けるしかない」

 

「それは解っているが…」

 

 何せ己の損益しか頭に無さそうな男なのだ。故に昭弘も、堂々と大丈夫だと箒に言えなかった。

 そうでなくとも、その外見を目にすれば誰だってまともには思えないだろう。

 

 堅物な箒なら尚の事だ。その性格プラス、真面目な武人である父親から厳しく育てられたのだから。

 

 

 

 SP3人は保護対象者2名を背に、学食全体に絶えず警戒の眼差しを走らせている。

 当の2名は、当然ながら食事中だ。時々互いに視線を送りながら、何を話そうか考えながら、時間を気にしながら、金髪の男装少女とトマトスーツ男は手と口を懸命に動かしていた。声だけ発さずに。

 

 

 学食に来てからそんな類の沈黙が2分程続いたが、遂にと言うかやはりと言うか、大人であるデリーが雑談の口を開いた。

 

「…何か話して下さいよ」

 

(えぇ…)

 

 先に口を開いたかと思えば、あくまでシャルロットに話題を任せようとするデリー。

 彼としては、昭弘からの言いつけを守っているつもりだった。守っていなかったら、今頃言葉の絨毯爆撃を彼女へ降らせているに決まっている。

 

 だが当のシャルロットは、予想と違う展開に困惑する。知った様な口かもしれないが、普通こんな時は大人から色々と話題を振ってくれるものだと彼女は思っていた。

 

 それでも、一番最初に話すべき重要な事なんて、彼女は最初から決めている。寧ろ、デリーの促しは良いタイミングだったのかも知れない。

 

「……あの、僕のコレ…どう思いますか?」

 

 そう言いながら胸元に手を当てるシャルロットを見て、デリーは彼女が自身の男装について正直な感想を求めていると予想する。

 

 にしても、「どう」とは輪郭がぼんやり過ぎる。男装の完成度を評価すれば良いのか、それとも「男装が趣味の娘」について何か物申せば良いのか。

 だが、デリーの困惑もまた一瞬だ。フォアグラにナイフを切り込ませながら、心のままの感想を言い渡すだけだ。

 

「…んまぁ貴女が好きなら別に良いんじゃないですか?」

 

「…」

 

 両者の間に、再びいつ終わるとも解らない沈黙が訪れる。

 シャルロットは、眼下で未だ変わらず薄い湯気を立ててるアメリカンミートピザに視線を落とす。気不味さで腹なんて減らないが、会話の続かない現実と向き合うよりはマシだった。

 と思っていた矢先。

 

「じゃな↑いですよシャルロットすぁん!」

 

 数秒前の冷たい感想を帳消しにするが如く、デリーは陽気に声を張り上げる。

 

「あの時の初対面、僕の勝手な勘違いにしてもですよ?いや分かりませんて普通に。誰がどう見たって双子の弟か兄だと思うでしょう。今に至っては劇団のガチな男装レベルですし…」

 

 大袈裟だ。自身の思考と判断力に過剰な自信を持つ男は、己の目が節穴だと言う事にも気付かない。

 

「お陰で大恥ですよぉ~。昭弘殿にも平手打ちされますしぃ」

 

「アハハ…すみません…」

 

 ウダウダと駄々っ子の様に苦情を述べるデリーに対し、シャルロットは軽く謝罪する。

 だが、デリーの明るげなノリツッコミに照らされたのか、彼女の表情や声色にも清々しさが戻っていく。上げて落とすの真逆とはこんな感じなのだろうか。

 そして「好きにしたら良い」と言うのも、デリーにとっては単なる冗談などではなかった。

 

 

 その後、尚も比較的明るい声調をそのままに、シャルロットはデリーに説明していく。男装は当初から趣味だった事、学園側にも周知済みだった事、何の悪気も無くそれら嘘と真とを言葉巧みに織り交ぜながら。

 

 

 明るく、時折小さな嘘を混ぜても尚、着飾らず自然体な彼女。

 自分と居る事が、そこまで嫌ではないのだろうか。そして自分は、そんな彼女を両目に焼き付けて何を感じているのだろうか。

 考えた所で仕方が無いそれらを一旦頭から追い出し、デリーは今言うべき短い言葉を零す。

 

「充実してるみたいですねぇ」

 

 先月ISTTで会った時の、まるで捨てられた子猫の様な儚い気を纏っていた彼女。あれからよくもここまで変われたものだなと、デリーは改めて子供の持つ底知れぬパワーに驚嘆する。

 

 そんな彼の何気無い言葉が、シャルロットを「次に話すべき言葉」へと誘導する。

 彼女は温まり過ぎたエンジンを一気に冷却する勢いで、表情を真剣なものへと変える。

 

「……ありがとうございました」

 

 シャルロットが真顔から放った感謝の言葉。

 唐突と言うのもあったが、感謝される事にまるで心当たりの無いデリーは、瞼を立て続けに開閉させる。

 

「貴方の言葉が無かったら、僕はずっと思い違いをしたままだった。今もこれからも、自分は無価値な人間なんだと」

 

 そう言われてデリーは思い出す。正直助言になるかも怪しい、何気なく放ったに等しい言葉だった。

 勿論将来有望な若者がプラスの方面に変われたのは、彼だって嬉しい。生産性の向上にも繋がる。だが切っ掛けを作るよりも、それを活かす方が何倍も難しい。

 故に彼はこう答える。

 

「それらの要因をものにしたのは、他でも無い貴女の力ですよ」

 

 それは彼女を気遣っての言葉ではなく、デリーにとっては混じり気の無い客観的事実に過ぎない。

 

 大人に褒められた事が純粋に嬉しいのか、シャルロットはばつが悪そうに頬を薄っすら赤く染める。

 

 

 恥ずかしそうな彼女を気にしないまま、デリーは尚もペラペラと話を進める。

 

「僕もオカルトは信じない口ですが、縁を感じずにはいられませんよねぇ。何度も貴女と会って、良く解らない内に養子縁組ですからねぇ」

 

 窓の外、大きな積雲を押し退けた日差しによって色彩を強く放つ、別の校舎や転々と散らばる植栽のコロニーを眺めながらそう言うデリー。

 何度と言うより2~3度だが、確かにデリーとシャルロットは会った。会って、変化の素を与えて来た。

 

 シャルロットもデリーの事なんてまだ殆ど知らないが、反応をしっかり表情に出すタイプの人間だと思っていた。

 だからか、全くの無表情でそんな事を言う彼が、酷く新鮮に思えた。

 

 

 デリーのその姿から、シャルロットは今回の対面における肝の様なものを見出す。デリーの「内側」だ。

 それは今気付いたと言うより、面会を知った時から芽生えていた漠然とした不安がはっきりしただけだった。

 一昨日も昨日も、そして今この場面でも、彼女が無意識に最も気に掛けていたのは「デリーの感情」であった。

 

 だから彼女は訊ねる。例えそれでデリーが困惑しようとも構わない。一番大事なのは、娘に対する父親の気持ちと、父親に対する娘の気持ちだ。

 

「…デリーさんはどう思っているんですか?僕の父親になる事」

 

 予期せぬ質問に驚いているのか、それともいずれ訊かれると踏んでいたのか、変わらず無表情のまま振り向くデリーからは読み取れない。

 

 シャルロットの父親になる事をどう思っているかなんて、寧ろデリーが訊きたいくらいだ。何せただ天災に命令されたから、父親になっただけなのだ。

 1ヶ月以上にも渡り、仕事の合間にどれだけ考え抜いても、デリーは父親となる自身の心持が解らなかった。

 

 当然、損益に基づいた考えなら幾らでも答えられる。だがそれは、シャルロットが求めている答えではない。

 ではどう答えるべきなのか。父親になりたいと答えるべきなのか嫌だと答えるのか、シャルロットを気に入っていると答えるべきか否と言うべきか。

 

 どれだけ悩み考えた所で、自分の心情を意図的に操作出来る訳が無い。損得の亡霊に取り憑かれているこの男とて同じ事。

 ただ正直に言うしかないのだ。例えそれが、中途半端な答えだったとしても。

 

 だからデリーは、結局ずっと変わらなかった自身の本心だけを吐き出す。得体の知れない固形物から、原液だけを抽出する様に。

 己の父親像は想像出来ずとも、頭に潜む感情くらいならどうにか観測出来る。

 

「ただ大人として貴女を放ってはおけない、だから父親になる。…それだけですよ」

 

 デュノア社本社で見かけた時の、何もかもに絶望して社会を見限った顔。ISTTで話した時の、若くして己の可能性に見切りをつけた悲痛なる声。

 例え今は多少良き方へ向いているとは言え、そんな子供を野放しには出来ない。それは彼の中にある利益追求99%とは対を成す、ごく1%の父性本能に似た義務感であった。

 

「大人が子供を導き、子供が大人に導かれる。やがて子供も皆も益を得る為の、世の摂理です」

 

 それは彼にとって、好きとか嫌とかそう言った次元ではなかった。常に衣服を纏うが如く、当然の事に過ぎないのだ。

 

「……そうですか」

 

 シャルロットは彼の言葉を聞いて、そして無表情に切っ先の如く細く浮かべた微笑みを見て、真顔に再び熱の籠った血を通わす。

 

 奇妙な心地良さであった。それは、母と今生の別れを遂げて以来、久しく感じていない密かな安らぎに近いものだった。

 干渉する訳でも価値観を押し付ける訳でも、増してや娘を利用する訳でもない。ただ子供を「子供」として見てくれている言葉、乾いた様で確かな生命の息吹を帯びた言葉。

 「大人に近い子供」としての「子供らしさ」を知らない彼女だからこそ、彼の言葉は心に響いた。

 

「だから何時でもどこでもどんな内容でも、気軽に連絡して下さい。なるべく出るようにはしますよ。僕から電話してもいいですし」

「父親になると口にした、言わば言質を取られた以上、僕は父親として最低限の事はしなきゃなりませんからね」

 

 笑顔でもなく、嫌々でもなく、淡々と自身にとっての「当たり前」を口にするデリー。それは無感情故ではない。子供との会話に慣れていない彼は、演技でないが故にそうなってしまうのだ。取引相手になら、幾らでも偽の笑顔を振り撒けると言うのに。

 

 そこで漸く確信に似たものを覚えたシャルロットは、同じく正直な気持ちを返す事にした。

 まだまだ互いに知るべき部分は多いし、それにより関係が拗れる事もあるのかもしれない。しかし今後どう転ぶか分からないのなら、今の気持ちに身を任せるしかない。

 

「…貴方が父親で良かった……………“父さん”」

 

 この人となら上手くやっていける。そう思った瞬間、彼女は自然とデリーをそう呼んでいた。それはまるで、父親に甘える子供の様に。

 

 彼は正に対極であった、シャルロットの知る父親とは。

 

 命じず縛らず、しかし見放す訳でもない、ただ大人としてそこに居てくれる。時には自分の事を子供として、そして間もなく大人の階層へと足を進める高校生として、ピシリと諭してくれる。

 それこそが、大会の時にも感じた安心の正体であった。服装を見る限り変な人ではあるし、人として捻れた部分もあるのかもしれない。だが少なくともシャルロットは、デリーと話していると安心出来るのだ。

 

 少し照れくさそうに再びピザへ意識を向ける彼女に対し、デリーも答える。

 

「好きなように呼んで下さい。デリーでもパパでもダディでも」

 

 

 と、ここで彼女は「呼」と言う単語で思い出した。それは言わば、デリーの養子となる彼女自身の名前である。

 それはそうだ、いつまでも「デュノア」と名乗る訳にも行くまい。同じ苗字とは、親子としての大きな証の一つだ。

 

「あの……父さん。僕はいつから『レーン』を名乗れば?」

 

 彼女は残り半分にも満たない昼休みの時間を惜しむ様に、そうデリーに訊いてみた。

 

「あーそうですそうです!今日はそれに関しての書面も持ってきたんです↑」

 

 そう言ってデリーがビジネスバッグから取り出したのは、養子縁組の同意書だ。これにシャルロットが直筆でサインしなければ、養子縁組は成立しない。

 

 本来なら実親の同意も必要なのだが、現在シャルロットとアルベールらを結ぶ血縁関係は、書面上もデータ上も存在しない。アルベール自身も、もう血縁を主張してはいない。

 それとアメリカでの国籍関係等諸々も合わせて、束の裏工作に抜かりは無い。その詳細については、余り深く探らない方が良いかもしれない。

 

「今日僕が学園から去るまでに、これを書き上げて下さい。んで僕がこれをその他の書類と共に家庭裁判所へ提出して申し立てて…成立するまで大体1ヶ月と少し位ですかねぇ」

 

 つまりそれまでは、彼女は『シャルロット・デュノア』のままと言う事になる。

 

 シャルロットとしては丁度良かった。

 アルベールの事は大嫌いだが、彼女はこの苗字、即ちこの名前で学園生活を送ってきた。そう思い返すと、苗字だけとは言え惜しむ気持ちはある。

 何より、新しい名前を貰い受ける事への心の準備も必要だった。故に時期的にも、学園生活の区切りでもある夏休み明け2学期から名乗れた方が、気持ちの切り替えとしては良い。学園側もその方が楽だろう。

 

 

 その後も、シャルロットは頭に貯め込んでいた沢山の話をデリーへ贈った。

 

 学園での出来事、友達の事、そして自分の事。

 残り少ない時間で一つでも多くデリーに知って欲しかったシャルロットは、見てくれも気にせず早口で捲し立てた。

 

 

 

 そして、一先ずの解散を告げる予鈴のチャイムが、優しく食堂を揺らした。

 

 

 

 

 

───放課後 アリーナA

 

 時間の経過と共に人が増えていくピット内で、ISスーツのまま準備運動に肉を伸ばす昭弘。

 

 既に実技見学、千冬との面談も終えているデリーは、その隣でSPに囲まれながら疲れた首をあらゆる方向へと曲げ伸ばしていた。

 

「…シャルロットに言わないって事は、本職が薄汚いものだって自覚はあるんだな」

 

 面談と言う形式すら無視して、昭弘はデリーにシャルロットの事について触れる。

 

「そりゃ言える訳ないでしょう」

 

「…いつまでも隠し通せるのか?」

 

 振り向かず、昭弘は柔軟体操に精を出しながらデリーに問う。

 対してデリーは、同じくISスーツのまま柔軟体操をしているピット奥のエロティックな女子生徒たちから、漸く昭弘へと視線を戻す。

 

「ご安心下さい。彼女は世界の影に触れる事無く、このIS学園で大人になって行く事でしょう」

 

 娘への哀れみと慈しみ、似ている様で相反するそれらの感情が、その言葉に込められていた。

 知らぬが仏とは良く言うが、それは見方を変えれば箱庭に閉じ込めているとも取れる。

 

「彼女の為になるのなら、僕は喜んで嘘を付きますよ」

 

 そんなデリーに、昭弘はほくそ笑みながら物申す。

 

「食堂でのやり取り見た限りじゃ、お前に隠し通せる様な器用さがあるとも思えんがな」

 

「…否定はしません」

 

 デリーもまた苦笑する。

 デリー自身、彼女の前では社の長ではなく、一人の父親としての心を曝け出さねばならない。その際、隠すべきものを自然に隠す自信があるかと訊かれれば、今の彼は否と答える。

 彼は未だ、彼の中で僅かに存在する「人を想う」感情に慣れていない。

 

「バレたとしても、得意の口八丁で説き伏せます。彼女の思考をプラスへと導く為にね」

 

 そこで昭弘は柔軟体操を止め、笑みを無表情へと変えながらデリーに振り向く。デリーを映すその瞳には、小さく波打つ憤りが見えた。

 それを察知したSPたちは、サングラスの内に潜む鷲の如き眼光を昭弘へと照射する。

 

「そんな子供に優しい男が、何で子供を食い物にする?」

 

 シャルロットも武器を手に取る少年兵も、同じ子供である事に変わりはないだろうに、何故同列に見れないのか。

 昭弘はそれが腹立たしく、そして疑問であった。

 

「今のご時世以上に、これからはそれが一番利益になるからですよ。だから僕は、これっぽっちも優しくなんてありません」

 

 子供は未来の遺産などと抜かしながら、実際はその子供を戦地へと誘っている。

 酷い矛盾の様に聞こえるが、恐らくシャルロットに言っていた「益」とは“そう言う意味”も含んでいるのだろう。正しく育つべき子供が正しく育ち、世に益をもたらせば、やがてそれは巡り巡ってデリーの益へと繋がる。

 少年兵は直接的な利益、シャルロットは遠い未来の間接的な益。経済的に見れば、それだけの違いしかないのだ。

 

 唯一違う点こそ、実際にシャルロットに出会ったが為作動した、1%の感情なのだ。

 そのごく小さな感情しか持たない男に居心地の良さを感じてしまうとは、シャルロットも大概奇人なのかもしれない。或いは悪しき干渉さえ0ならば、そこには1%の優しさしか残らないと言う事だろうか。

 

 ただ、やはり情よりも金。恐らくデリーのその一点だけは、未来永劫変質する事などないのだろう。早い段階からその図式と一体化している彼にとって、情が金を上回るには時が経ち過ぎたのだ。

 例えシャルロットによって父性本能を覚えようと。

 

 

 相も変わらず、憎らしい程に商人気質なデリー。

 

 なのに普段の嫌悪感が湧いて来ないのは、先のデリーとシャルロットの会話が頭から離れないからだろう。

 ごく僅かに残っていた、人としての情。どれだけ薄く小さくともそれを垣間見てしまっては、昭弘もデリーをただの屑呼ばわりなんて出来ない。

 その姿が嘘であれ真であれ、一度脳内に溶け出してしまえばもう取り除く事なんて無理なのだ。

 

 昭弘は知りたくなかった、下衆野郎のあんな一面なんて。いずれ敵になるとも判らない、何も思う所は無い仕事仲間なのだと、割り切れなくなってしまうから。

 優し過ぎる昭弘は、相手に情を抱けば必ず躊躇する。

 

 心を覗いた、心を通わせた人間と敵として相対した時、彼は斬り掛る事が出来るのだろうか。

 

 

 

「父さーん!」

 

 ピットの入口から高く柔らかくも良く通る声が聞こえたので、2人はくるりと振り向く。

 向かって来るは金髪の美少年…を演じる事に悦を感じているシャルロットであった。

 

「シャルさぁん!どうしました↑?」

 

「LINE交換。別れの挨拶前に済ませておこうと思って」

 

「ああ!僕も失念してましたぁ↑!」

 

 そう言って、互いに液晶携帯を出し合う未来の養親子。

 

 その光景を、昭弘はしっかり目の奥へと刻む。

 これが2人にとって最後の対面となってしまった時、鮮明にこの親子2人を思い出せる様に。

 

 されど同時に、昭弘は視線に甘い願いを込める。戦争が、死が、親子を裂く事の無い様にと。

 

 

 自分みたいにならないようにと。

 

 

 

 

 

───ヘリポート

 

 まだ青空が支配権を握っている、夕暮れ時の少し手前。

 

 デリー、SP3名、そして理事長と榊原と千冬ら計7名は、別れの挨拶を漏れなく隅までと言った感じで済ませていく。

 

 白のラインが入った真っ青なヘリコプターは、斜めの陽光によって紫色に化粧直しが加えられている。

 それを目印にする様に、昭弘とシャルロットは離れた所から彼等の短い談笑を眺めていた。

 

「……色々とありがとうね、昭弘」

 

 満足気に昭弘へと感謝の言葉を述べながら、まるで太陽が海へと沈み行く様に深い感慨に浸るシャルロット。

 

 反して昭弘は、ただ気だけを地の底へと沈ませる。

 シャルロットとデリー、2人を会わせて本当に良かったのだろうかと、そう昭弘は今になって考えているのだ。

 

 昭弘だって、先の事なんて細かには予測出来ない。コンピュータでも何でもないのだ。だが近い未来、大いなる争乱は必ず起こる。そしてデリーは、間接的とは言えその企てに加担している。

 もしその争いが娘を巻き込みそうな時、デリーはどうするつもりなのだろうか、何を思うのだろうか。抑々、何も知らない娘に普段通り接する事が出来るのだろうか。

 そしてシャルロットは、実際に会って親子の言葉を交わした以上、父親の事を子供として頼る筈だ。父が裏で何をしているのかも知らずに。

 

 だから昭弘は負の方面に考えてしまう。会わない方が、合わない方が、互いの為だったのではないかと。

 

 すると途端にシャルロットが、上げた腕を大きく左右に振り始める。

 ヘリの搭乗階段をよく見てみると、理事長らに別れの挨拶を終えた余計なまでに目立つトマトカラーの男が、此方に対しても手を振っているのが判った。だが遠いせいか、表情までは見えない。

 

 デリーが先に手を下ろすと、シャルロットもまた腕を真横に下ろした。そしてデリーがどんな表情をしていたのか、まるでそれを予想する様に彼女は言った。

 

 

「…あの人と逢えて、良かった」

 

 

 昭弘の陰鬱で現実的な思考は、その言葉によって押し流された。

 

 その通りで、良かったかどうかを決めるのは昭弘ではない。他ならぬシャルロットとデリーだ。

 大事なのは今さっき、シャルロットが笑いながら手を振り、それに対してデリーも手を振り返した事だ。

 

 2人にとっては、それだけで十分なのだ。仮にシャルロットがデリーの正体に気付いていたとしても、取り乱したとは思うが根幹の部分は変わらなかっただろう。

 デリーがどんな顔で手を振っていても、例えこの先幸せじゃなくとも、今日の再会は2人が父娘として心から望んだ事なのだ。どんなに先が見えずとも、互いを引き合う「逢いたい」には逆らえない。

 そしてそれが達成されたのなら、何も悔いる事なんて無いだろう。

 

「…そうだな」

 

 昭弘は一言だけそう返した。

 子が親を、親が子を、自然と求める。互いにそれが成された事を、祝福する様に。

 

 

 

 青いプライベートヘリが、中空から上空へふわりと上昇していき、徐々に青空へとそのボディを溶け込ませていく。

 

 そうして姿が見えなくなるギリギリの所で、シャルロットは父親を乗せたヘリに対して再び小さく手を振った。




と言う訳で、日常編のラストを飾ったのはシャルロットでした。

千冬とデリーの面談は、後の小話で描写しようと予定しております。いつになるかは未定ですが。
テンポ悪くなる&面倒なので、今回は省略させて頂きました。



そして、何度目になるか分かりませんが大変お待たせしました。
次回からは第一章の最終編が始まり、漸くIS原作に戻ります。序盤は水着購入やら何やらで何話か挟ませて頂き、臨海学校はその後になります。
次回も何話か纏めて連投しようと思いますので、次の投稿までまた空けます。

お楽しみに。


※※2021年5月31日 修正完了
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