IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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水着購入回です。恐らく私が最も描きたかった回の一つかもしれません。
よって結構長い回になりますので読む際はどうか心の準備を。

一話一話によっては後書きに「おまけ話」もあったりしますので、気になる方は読んでみて下さい。
(注)本当にやりたい放題な話が多いので、ダルいという人はスルーをお勧めします。







第一章 の終 IS学園~臨海学校~
第61話 水着に秘める ①


─────7月10日(日)

 

 男が3人、夫々異彩を放つ無数のテナントに挟まれた通路にて、自分たちをより引き立たせる様な装飾品を流し見ていた。

 木机の様に程よく焼けた肌、獣に噛まれたみたいに所々破れたジーンズ。そして自信の現れから纏っているのであろうタンクトップからは、ギリシャ彫刻の様に分厚く引き絞られた肉体が周囲を威圧している。

 

「オイ見ろよアレ」

 

 内一人が、そんな言葉を漏らしながら他2人の視線を己の視線の先へと誘導する。

 何の変哲も無い水着売り場には、女子の集団が声を黄色くしながら各々商品を物色している。女遊びに慣れている男たち3人から見ても、上位に入る美人ばかりだ。

 

「ヘェ」

 

 だが、この季節なら然程珍しい光景でもない。まるでそんな事を示唆する様に3人の視線は美少女たちを通過し、その集団に紛れ込んでいる「ソレ」に集中した。それとも、引き寄せられたのだろうか。

 途端、3人の表情は一様に感服と挑戦を滲ませた不敵な笑みへと変わる。それ程までにソレの肉体は完成されていた。

 

 ソレを見ているのは男たちだけではない。

 性に飢えた女はソレの容姿に心を濡らし、子供は指を指しながらデカイデカイと興奮の声を張り上げ、この季節に備えてきた若人たちもソレの五体を己が目に焼き付ける。

 

 

 180後半の巨躯には一つ一つ形の異なる生きた鋼鉄が永住しており、青年の身体を一回りも二回りも大きく見せる。特に凄まじい筋肉の箇所…というものは最早無く、腹筋胸筋背筋上腕筋前腕筋三角筋僧帽筋等々諸々全ての筋肉が各々独創的なアプローチを仕掛けてくる故、比べようが無く「全て凄まじい」という表現しか見当たらない。それでも敢えて「どの箇所が一番か」と問い詰められれば、「胸筋」と答えざるを得ない。青年の上半身は黒のタンクトップ一枚だが、当然にして自然とばかりに胸はその頼りない布地からはみ出ており、今にも突き破りそうだ。まるで活発な火山活動によって隆起していく地盤の様に。

 では下半身はどうなのかというと、こちらも戦力的には拮抗していると言って良い。特大のカーゴパンツであるにも関わらず、大腿筋はその布地に己の姿形をハッキリと浮かばせ、大殿筋は尻の形状を隠す事も出来ない下着とズボンをこれ見よがしに嘲笑している。だが、カーゴパンツも最小限の仕事はこなす。流石にそれらの下部に佇んでいるであろう下腿三頭筋等までは拝めなかった。どの道これまで焼き付けた視覚情報を元にすれば、恐らく想像の斜め上な筋肉量である事は容易に想像出来るだろうが。

 

 

 

 そんな周囲の視線が誰に集まっているのか見当の付いている生徒たちは、ニヤついた顔を昭弘に向けては水着の物色に精を出す。

 彼女たちの気分を前へ上へと駆り立てているのは、再来週に控えた「臨海学校」に相違ない。高校生活最初の課外授業、しかも行先が海ともなれば、生徒の高揚感は測定器を突き破る。

 

(海なんて毎日飽きる程見ているだろうに…どんだけ海好きなんだ)

 

 周囲の上がるに上がった気分に付いて行けないのは、誰であろう昭弘であった。誘われて来たのは良いが、こうして皆の物色に混ざってみると改めて昭弘自身水着への無関心さが浮き彫りになる。

 水に浸かる際、水分を多量に含んだ衣服によって身体が沈まない為、或いは衣服を濡らして風邪をひかない為。水着を着る理由は昭弘も理解しているが、そんな布切れを買うのに何を皆ここまで興奮しているのかは解らなかった。

 抑々が、海水に浸かる事の何が楽しいのか。昭弘も足だけ海に入った記憶はあるが、特に大きな感動も覚えなかった。地球という異界の地で、ただ突き進む為に前を見ながら冷たい水を無感情に踏み抜いた、それだけだ。

 

 

 そんな水着売り場の入り口でずっと突っ立っている昭弘を見ながら、箒は2つの感情に苛まれていた。

 

 一つは劣情。

 今朝昭弘と会って以降、彼女の顔面は日焼けに失敗したが如く真っ赤に茹で上がったままだ。

 昭弘のタンクトップ姿。無論初めて見る訳ではないが、平静を保つには及ばなかった。陽光によって丁度良く焦げた、分厚い、意中の雄の生肌。それが視界の端に少しでも侵入するだけで、自身の中に潜む雌という芯が熱せられ膨張する。

 それを少しでも抑えるべく挙句の果てには、肉付きの良いシマウマを狙うライオンの心境が解った気がする等と、わざと見当違いな事を考えてみたりする有様だ。

 

 もう一つは遣る瀬無さ。

 昭弘は今も普段通りの仏頂面だが、常に彼を意識し見ている箒には判る。どうやら、水着の物色に乗り気でないらしい。

 そんな丁度エスコート出来る好機にも関わらず、彼女の足は昭弘の方へ一歩も出ない。かの劣情が邪魔をして。

 

「動かなきゃ始まらないよ?」

 

「ヌォ!?」

 

 前触れ無く耳元で囁く男の声によって、夢見心地から現実へと叩き戻された箒は、お手本の様に身体ごとグルリと振り返る。

 

「い、一夏」

 

「放っとけないって顔に出てる」

 

「…」

 

 乏しい表情でそう言う一夏に、箒は無言で返してしまう。間違いなく当たっているのに、いつまでも尻込みしている自分が悪いのに。

 

「ホラ、そういう訳だから進んだ進んだ」

 

「待て!私は別に…」

 

「ハイハイ」

 

 一夏という外力により、硬直してた箒の脚は漸く昭弘へと進み出す。そのまま箒の背中を手押しする一夏は止まらず、終いには昭弘の目の前にまで押し遣られる。

 

 今日箒にとって初めての、昭弘との至近距離。視界全体を昭弘の筋肉が埋め尽くす。

 ただでさえ赤かった箒の顔は、今や熟した果実よりも紅く火照っていた。

 

「?…どうした、一夏に箒」

 

「昭弘の水着、オレと箒で選んだげる。こんだけ種類が多いと、1人でなんてとても探す気にならないでしょ?」

 

「…まぁ」

 

 昭弘の返事を聞いて、ハイ決まりと手の平と平を叩く一夏。

 因みに一夏は、他の誰よりもいち早く自身の水着を選び終えている。トランクスタイプの無難なヤツだ。水着に対して特段の拘りは無いのだろう。

 それで自分だけ余裕綽々だからか、今の状況を妙に面白がっている様子。

 

 こうして昭弘の水着探しという、長く掛かりそうなあっさり終わりそうな探検が始まった。

 

 

 その後、既に候補があるのか早速店奥へと消えた一夏に対し、箒は昭弘にどんな水着が似合うか想像していた。先にイメージを固めてからその通りの水着を探す算段らしい。

 だが、これがまた悪手だった。それは詰まる所、水着姿の昭弘を想像するという事。あの煽情的な肉の城を覆い隠すものが、海パン一枚のみ。一瞬でもその姿を思い浮かべただけで、顔面に上昇した血液が更に鼻孔へと集まりそのまま噴出してしまいそうになる。

 そういう訳で一人、悶々としては気を静めまた想像して悶々するという悪循環に陥っていた。失礼だが今日の箒、結構馬鹿である。

 

「すまんな、箒。毎度毎度、レゾナンスに来るとお前らには迷惑ばかり掛けちまう」

 

 昭弘からの謝罪で、漸く箒は焦熱地獄が如き無限ループから引き揚げられた。

 

「あぁイヤ!気にするな」

 

 そこで言葉が途切れた事に、箒は心底から重い溜息を排出したくなった。もっと話したい事があるのに、それを口で言葉に出せない自分自身が酷く滑稽で愚かしい。

 

 あの日、昭弘から「イイ女」と言われて以降、これまでをも上回る勢いで箒は彼を異性として意識していた。そんな箒の性愛を数段上へと弾き上げてしまった、今も解き放たれている昭弘の雄の身体。今現在、彼女はこれ迄の様に昭弘と自然な会話が出来なくなっていた。

 異性への耐性すらない己を心中で鞭打つ箒。何でも良い、在り来たりな話題でも良いから何か言葉にしなければ。でないと自分は不甲斐無さ過ぎてこの場から逃げ出してしまうかもしれない。

 

 

「これしかない、って感じ」

 

 

 箒が劣情に焦がれて更には自責に冷やされてから、気付けば早3分が経っていた。

 軽快な言葉と共に戻って来た一夏の右手には、ハンガーに掛かった1着の水着が。

 

「───」

 

 ソレを脳が視覚情報として認識した瞬間、箒の中からは熱も冷気も同時に消失した。

 

 無いのだ、その海パンには、大腿部を覆っている筈の布が。今一夏が持っている海パンは、局部と臀部しか隠せる部分が無い「Vパンツ」だ。

 そして柄、黄色の布地に黒の斑点。見るからにド派手で獰猛そうなその色が、昭弘の陰茎と引き締まったお尻だけを隠すのだ。それ以外の全部を、生まれたての肉体を日差しと海と砂浜に晒して。

 

 想像の再生時間、凡そ20秒。その短い時間で箒の身体深くに常在していたマグマはチャージを完了し───

 

 

 

───一気に爆発した。

 

 

 

「ばっ、ばばばば馬鹿か貴様ァァ!!?こ、こここんなイカガワシイものッ!!昭弘に着せれる訳ないだろぉがぁ!!?」

 

 溶岩宜しく真っ紅になりながらそう言い、箒は一夏からハンガーごと乱暴にその水着を引っ手繰る。

 対する一夏はほんの少しの困惑を滲ませた後、抗議の声を漏らす。

 

「えぇ?絶対昭弘に似合うのに…」

 

「駄目っ!駄目だ!!裸同然ではないか!!それなら絶対こっちの方がマシだッ!」

 

 そう自信満々に言い放ったかと思えば、箒は直ぐ傍のラックに掛かってあった黒のトランクスを右手に掲げた。

 

「えーウッソー地味ぃー。ホントにそれが昭弘に似合うと思うー?」

 

 箒は思った、同じトランクスを購入した一夏に言われたくはないと。どの道、彼女にはこれしかないのだ。

 トランクス姿の昭弘ですら想像しただけで頭がショートしかけたからこそ、箒はVパンだけを意識的に排除していた。想像ですらそれなのに、Vパンを穿いた実物の昭弘を目にしたら自分はどうなってしまうのか、思い浮かべるまでもなく目に見えている。

 だがそんな動揺している箒を無情にも一夏は一旦放置し、次なる段階へと進む。

 

「じゃあ最後は昭弘に決めて貰いましょうか」

 

 まるで鶴の一声を聞いてしまった様に、箒は恐る恐る昭弘に振り返る。

 視線の先には、顎に拳を当てて悩む昭弘が。

 

「……オレは一夏が持ってきた水着の方が好みだ。動き易そうだしな」

 

 もし浅瀬を歩く場合、大腿部に布の無い方が水の抵抗も少ないのではないかと、そう昭弘は考えた様だ。

 

 対する箒、沈黙、そして静止。眼球だけが、箒の時間が止まっていない事を証明する様にカタカタと震えていた。

 

「決まったとあっては、早速試着して会計済ませちゃおう」

 

「ああ、良い水着をありがとな一夏」

 

 またしても勝手に進める一夏。今度こそは我に返って反応出来た箒は、最後の悪足掻きに打って出る。

 

「ならせめてその色合いだけは変えさせろ!派手過ぎる!」

 

 そう言ったかと思えば、先程一夏が物色していたメンズコーナーへドタバタと赴き、またしても黒無地の海パン(V)を持って来た。

 

「だ、そうだけど昭弘はどう?」

 

「柄は確かに黒のが良いかもしれん」

 

 色合いは割とどうでもいい昭弘だが、目立たないのならそれに越した事はない。

 

「だってさ。良かったね箒」

 

 ドヤ顔を決める箒に、一夏が温和にされど突き放す様に言葉を贈った。

 

 その後、男性用試着室の方から「お披露目は浜辺で」と一夏の声が聞こえてきた。

 否、聞こえてしまった。

 

(ドヤ顔している場合ではなかった…)

 

 浜辺に着いたら、どうしようも無く昭弘の裸体を拝む瞬間がやってくるのだ。

 カクンと力無く首だけを垂れる箒。せめて昭弘の水着姿を目にしても気絶してしまわない様、凡そ2週間みっちりと想像という名の妄想を繰り返し、昭弘の素肌に対し少しでも耐性を付けておくしかない。

 

 だが、自身の選んだトランクスをアレ以上昭弘に強要しなかったという事は…そういう事だ。

 

 

「一夏ぁ。どの水着が良いか意見聞かせて欲しいんだけど」

 

「男子諸君ー、僕に似合いそうな可愛くてそれでいて昭弘以上の凛々しさが滲み出ている水着探してるんだけど…」

 

 ハンガーラックの影からひょっこり顔を出してきた鈴音とシャルロットは、棒立ちのまま項垂れる箒の姿を捉える。

 

「…どしたのよ箒」

 

 すると、箒は頭を持ち上げては虚ろな瞳を2人に見せる。

 

「……ISに匹敵する武力が、この世にはまだまだあるのだなと思ってな」

 

「「?」」

 

 言葉に憂いを乗せる事で、無力感を身体全体へ表出させる箒。

 

「昭弘と一夏なら、今は試着室だ。ラウラは知らん…」

 

 試合で負けた後の様な悲哀漂う疲労感をそのままに、箒は白いカーテンを指差す。

 

 鈴音とシャルロットは軽く礼をし、細い指が示した方向へとパタパタ進んで行く。

 そして何の遠慮も躊躇も無く、男の香りが充満する試着室へ足を踏み入れる。

 

「ちょっと入って来ないでよエッチ」

 

「アンタにだけは言われとうないわ元ラッキースケベ」

 

「昭弘ー、そろそろ一夏借りてくけど良いかい?僕の野望の為に」

 

「もう少し待ってろ、それと勝手に個室を捲るな、あと出てけ」

 

 カーテン奥から四者の声が流れてきたのを確認すると、箒も地中に沈んだ意識を地上へ掘り起こそうと務める。

 

(…私も自分の水着を探すか)

 

 

 

 

 

 

 次々と場面が移り変わる、各々の水着選び。今度は箒と本音だ。

 否、その様子を時折視界に入れながら水着を選ぶ振りをするセシリアだ。

 

 彼女もまた水着が決まっていないが、上下青で統一という部分までは辿り着いており、候補もいくつか見出している。

 

 難関はその先だ。本音に、どの水着が似合うか最終的に選んで貰わねばならない。

 ただ聞けば良いだけなのだが、この素直になれない令嬢にはそれが至難なのだ。そうこうしている内に、箒に先を越されてしまった訳だ。

 

(私が悪いとはいえ早くして下さいな箒!物色する振りって中々に疲れますのよ!?特に腰が!)

 

 時折目線にそんな念を練り込むセシリア。

 

 

 

 当然、本音と箒も一定間隔で此方を覗く瞳についてはとうに把握している。

 

「なぁ本音。多分だがセシリアの奴も、水着選びを手伝って欲しいのでは…」

 

「駄目駄目~~、セッシー何着か候補持ってたもん。後はオリムーに選んで貰わないと~」

 

 本音の突き放す様な反応を聞いたがしかし、箒もまた納得する。

 これだけ多くの大小様々な布の中から選び抜いた数着。最後の1着は、意中の相手に選んで貰うべきだろう。それは正に、勝負水着を複数枚本音と共に厳選している今の箒が同じく目指す状況だ。

 

 デートスポットが同じと来たら、やはり手段も似通うものなのだろうか。

 ここで「セシリアの意中の相手が一夏ではない」事に気付けていれば、本音に満点を与えてやれるのだがと、別に嬉しくもない満点を取れた箒は何も言えず苦笑いする。

 

 何であれ、箒は本音を行かせるべきと考えていた。本音のファッションセンスが抜群なのは、箒自身先程から強く感じている。少し独特ではあるが。

 そんな本音をいつまでも独り占めは忍び無い。

 

「行ってやってくれ本音、私としてはこの3着で十分だ。感謝する」

 

「えぇ~?もうちょっと回ってみようよぉ~、もっと良い水着あるかも~」

「それにセッシーはしののんにとってライバルでしょ~?」

 

 箒もセシリアが誰に想いを馳せているのかまでは分からないが、ここは本音に合わせておく事にした。誰が誰を好きなのか好きでないのかなんて、箒自身余り積極的に言い触らしたくはない。

 それに、誤解とはいずれ解けるものだ。

 

「ライバルなら尚の事対等でないとな。それにセシリアは、ライバルである以前に大切な友人だ」

 

 箒は鋭い剣の如き仏頂面を屈託の無い笑顔へと変えながら、そう言ってのける。言葉に嘘偽りは無い。

 そんな顔でそんな事を言われてしまえば、流石の本音も断れない。

 

「しののん成長したね~~。よしよし~」

 

 余った袖で頭を撫でに掛かる本音に対し、箒は赤面しながら再び仏頂面へと戻る。別に褒められる事でもないので、高校生にもなって撫でられた事が二重の意味で恥ずかしかった。

 

 

 

「セッシー、捗ってる~?」

 

 先の箒と本音のやり取りなんて露程も知らぬセシリアは、念が届いた等と心の奥で歓喜の旗を立てる。

 が、その喜びも束の間。何と言葉を返すべきかごく短い間に熟考する。当然、ここはちゃんと本音に一声掛けなかった点を先ず詫びるべきだろう。

 セシリアが素直になれればの話だが。

 

「丁度良かったですわ!実は今凄く悩んでおりまして…」

 

 セシリア自身も泣きたくなる、情けない返答であった。

 一夏に対しては比較的素直でいれたのに何故本音相手だとこうなってしまうのか、これはもう論文を数枚認める必要があるかもしれない。

 

 今はそれ以上にもっと先決すべき事柄がある。

 セシリアとしては本音に一着を選んで貰いたい。問題は、それを彼女にどう上手く説明するかだ。まさか「貴女を一番お慕いしてるので貴女が選んで下さいまし」なんて、このセシリアが言える筈も無い。言えたらこの上無く素晴らしい事だが。

 

 そうしてどうにか「最善の妥協案」が間に合ったセシリアは、それを今口にする。

 

「一夏以外の誰かに選んで貰いたくて」

 

「オリムーじゃなくて良いの~?」

 

「その考えこそ安直かと。どんな水着なのか事前に存じ上げていては、海辺で晴れ姿を披露する際に驚きも少なくなってしまうでしょう?」

 

「あ~、確かにそうとも言えるね~」

 

 我ながら渾身の出来ではないかと、心の中で評するセシリア。

 彼女の言い分を聞いて、案の定本音は納得してしまった。

 

 

 そんなこんなで、女性用試着室近くのラック脇にて4着の水着を見比べるセシリアと本音。

 

 とここでセシリアは、この提案の重大な欠落に気付いてしまう。それは本音が、一夏の目線に立って水着を選ぶであろう事だ。それもその筈、本音からすれば一夏に見て貰う為の物色なのだから。

 つまりこのままではこの水着選び、本音のセシリアへの意識が介入せずに終わってしまう。

 

(早く上手い事言い包めなくては!)

 

 必死に瞼を閉じるセシリア。だがどれだけ頭を振り絞っても、出てくるのは冷や汗ばかり。

 

 

 対して本音。表面上は普段通りにこやかだが、その心境は複雑だった。

 この中から、一夏が好みそうな一着を選び抜く。それによりセシリアが浜辺で喜ぶ顔を見られるなら、本音としては嬉しい事だ。

 だがそれを為すには、自分の感情を定位置に沈めねばならない。「この水着を纏ったセシリアは…」という、己の情動を。

 

 この中から理想の一着を選んでも所詮、在るのはただ一夏に「似合う」と言われて喜ぶセシリアと、その水着を選んだ「友達」である自身への感謝だけ。

 

 本当は一夏の為では無く、本音自身の為にセシリアの水着を選びたい。本音の心に咲く花が似合うと感じた水着を、セシリアに着て欲しい。

 それは言ってしまえば本音の我儘であり、セシリアの想いを無視した身勝手な着せ替え人形ごっこだ。

 

 一夏目線だろうと本音目線だろうと、選んだ所で本音に待っているのは傷心。

 その結末を思い浮かべた本音は、とうとう「逃げ」に走ってしまった。セシリアの心を蔑ろにするのも、本音の選んだ水着で一夏が喜ぶのも、そんな彼を見てセシリアが喜ぶのも、本音の望む所ではない。

 

「……ゴメン、やっぱり私には選べないや~。どれもセッシーに似合いそうだし~」

 

「…そうですか。まぁ?この私に似合わない水着なんて、端からありはしませんが」

 

 まさかの厳選拒否に、セシリアの内心は。

 

(不味いですわ不味いですわ不味いですわ何か何か何か考えなさい私考えるのですのよ本音に選んで貰う方便を今一度…)

 

「力になれなくて…本当にゴメンね~」

 

 そうして本音はいつもの笑顔を貼り付けたまま、セシリアに向けていた顔をゆるりと反対側へ転換させようとする。

 

(んーーーーー……ハッ!)

 

 閃きがセシリアの脳内を照らしたと同時に、彼女は無我夢中で直近のハンガーラックに手を突っ込む。その勢いたるや頸動脈を狙う貫手の如しだ。

 

「これにしますわ。この4着から選ぶのも最早面倒ですし、そもそも私に着こなせない水着なんて御座いませんわ」

 

 その色も駄目形も駄目駄目な水着が視界端に入り、本音は動きを止める。

 だが僅かな時間の静止の後、普段からは考えられない機敏な動きでツカツカとその水着に近付く本音。

 

 そして笑顔のままそのダサい水着をセシリアからブン取ると、元あった場所へ乱暴に戻す。

 尚も笑顔のまま、本音は優しい口調を変えずに言い放った。

 

「厳選の続きしよ~セッシー」

 

 本音のファッション魂に火がついたのだ。そしてその炎により、先の暗い思考も瞬時に焼き尽くされてしまった。

 

「そ…そうですわね」

 

 狙い通り事が運んだとは言え、普段と変わらぬ筈の本音の笑顔に悪寒を覚えたセシリアであった。

 

 

 

 そうして渾身の勝負水着を選び終えた2人。

 

 後は最終試練、試着室にて水着姿を直接本音に見て貰わねばならない。当日一夏に見せるという体裁なのだから、実際に着てみてどうなのかはやはり本音とセシリアで確認する必要がある。

 セシリアはそれが偉く緊張するのだ、もう本音に晴れ姿を見せる事が。

 

 よって、本音の一言はセシリアの張り過ぎていた心を大いに緩めた。

 

「セッシーどうせ似合ってるから、見せなくても大丈夫だよ~~」

 

「えっ?あっ…左様…ですか」

 

 そう言い、本音はずっと隠す様に持っていた自身の水着を握り締める。

 

 本音もさっきまでは、自分一人で選んだ水着を試着室でセシリアに見て貰おうと思っていたのだが、セシリアの意見で考えが変わったのだ。

 好きな人に、魅せたい時魅せたい場所で、己の水着姿を見せたい。

 

 だから本音も、今は青い水着姿を纏ったセシリアを見ない。それは最初に海辺で拝んでこそ、より己の心を鮮やかに満たすものだから。

 

 

 そんな本音の天使すら凌駕する笑顔を浴びたセシリアは、疑問を吹っ飛ばした後、空になった頭の中で飛び跳ねながら号泣し拳を天へ掲げていた。

 

 事が上手く運んだだけではない、聖母の笑顔を至近距離で拝めた。彼女はそれに対する達成感と悦楽に同時襲撃されていた。

 

 今まで哀しい程に縁遠い存在であった、本来向けるべき人が向けてくれなかったその笑顔は、いつもながらセシリアを心地良さの極地へと誘う。

 

 

 




・おまけ



 シャルロットは参っていた。欲しい水着が一向に見つからない。

───男っぼいか可愛いか、どっちかに絞れば?

 それが一夏のアドバイスだった。要するに「多分そんな両極端を揃えた水着なんて無いから諦めなさい」と一夏は遠回しに言ったのだ。

 解っている。本来ならシャルロットだってとうに諦め、一番の妥協案である「可愛い水着」を探している頃合だ。

 ここがこんなにも広くそして病的なまでに品揃えが豊富でなければ、早い内に諦めもついていた。
 男性用ですら普通の店の倍近く種類があり、デザインも最先端どころか下手したら近未来的ですらある。猿の尻尾が付いた海パン、男性用のパレオ等。
 女性用のビキニもそれに比例するが如く膨大だ。それこそ極小の布膜からフルボディスーツまで、エロスからプリティまで、果ては最早ドレスじゃないかってのまで事細かに揃っている。

 こんなの諦め切れる筈がない。
 きっとどこかにあると、手前から奥まで端から端まで探してしまう。

(せめてイメージさえ固まってればなぁ)

 見つからない最大の要因はそれだった。
 男の様に格好良く、女の様に可愛らしい。それが具体的にどんな形状なのか、まるで想像が頭の中に浮かんで来ない。
 ならば感覚だけを頼りに片っ端から品々を見回るしかない。

 そして現在の有様だが、もうここまで来たら戻れない。どんなに辛くともここで諦めたら、今までの40分間が水の泡だ。

 必ず探し出す。
 建築物無き一帯を照らす太陽、青空に鎮座する巨神の如き入道雲、その青空よりも更に蒼い太平洋、そしてそれら全てにより一面が白き宝石と化す砂浜。
 そんな中、美少女たちの眼差しを浴びない選択肢が何処にあろうか。注目の的とならない理由が逆にあるだろうか。いや、無い。

 この臨海学校、主役は自分だ。ゲジ眉マッチョやオカマイケメンの出る幕など皆無。

(いょぉし!こうなったら例え皆に置いてかれようと2時間でも3時間でもこの店に居座ってやるぅ!)

 改めて気合いを入れ直し、飛び出さん程の炎を瞳に宿した瞬間───

 彼女の視界端を、銀の長髪が横切る。
 ラウラ・ボーデヴィッヒ。シャルロットにとっては「美少年」という立ち位置を脅かす危険な、然れど自然と人を惹き付けてしまう点に奇妙な羨望を抱いてしまう存在だ。

 だがそれ以上に、ラウラがハンガーごと持っている水着だ。
 そう、凡庸な感性を持った人間なら決して選ばないであろうソレが、シャルロットの網膜に斜め脇から突撃する。



 彼女の脳内を、橙色の図太い霹靂が一束穿いた。



(コレだ)

 見えたのだ、形を成したのだ、一致したのだ、彼女の欲していた水着が。

 なれば善は急げと、シャルロットはラウラが向かって来た方角へと小走りする。
 あんな水着が置いてあったのだ、近くのハンガーラックに「同系統」の水着がある筈。残りは彼女の第六感だ。

(クフフヒヒ。昭弘め、今の内に素知らぬ顔で注目を集めるがいいさ。来週の砂浜、女子の視線の中心に立つのはこの僕だ!)

 解放された様な破顔から、謀を推し進めるが如く不敵な笑みへと表情をシフトするシャルロット。

 だが抑々が、これだけ男装にドハマりした大元の要因が他ならぬ昭弘の助言なのだから、シャルロットの対抗心が何やら虚しく思えてしまう。

 そして───

「あった」

 神の思し召しか、彼女の想像と寸分違わぬ水着がそこにはあった。




───数分前

 ラウラの不機嫌という名の火山弾は、今や積雲を突き抜けた。つまり既に噴火済みである。
 それでも女子たちの興奮には何の影響ももたらさない。

 一々言葉にするまでも無く、ラウラは髪が脹脛まで届く程の長さでしかも童顔、更には子供の様に低身長。アイパッチを除けば、男女どちらから見てもとても可愛らしい見た目をしている。

 そんな彼が、クラスの女子と共に衣料品系の店に出向けばどうなるか。必然として女子による「着せ替え祭り」が始まる。

「ラウラ次こっち!…あーでもこっちのフリルも捨てがたい!」

「イヤイヤ、ラウラきゅんはスク水でしょどう考えたって」

 もう何度目になるだろう、相川と谷本の小競り合い。

 当然の事、ラウラは彼女たちの薦める水着なんて一つも試着していない。
 元より、生み出されたその瞬間から兵法しか学んでいない彼だ。衣服であれ水着であれ、ファッションの何たるかなんて1ミクロンも知らないし興味も無い。
 故に服飾関係に対する羞恥心も無いのだが、だからと言って試着する気も毛頭起こらない。適当な水着をとっとと試着してさっさと会計を済ませたいラウラからすれば、只管に面倒なだけだ。

 だが、相川らの反応を観察して段々と状況が見えて来たラウラ。

(…こいつら私で遊んでいるな)

 そうと解ればラウラもプライドの鬼だ。
 これまで提示されてきた10着以上もの水着。それらを着て女子共を無駄に喜ばせる位なら、少なくともその10数着だけは絶対に着ない買わないと彼は心に定める。

(いやどうせなら、やられた分キッチリとやり返すべきだろう。馬鹿共の悦が瞬時に青褪める様なとんでもない水着を買ってやる)


 そんな最中「この男」がこの場に居合わせたのは、偶然の一言で片づけるには生温いタイミングであった。

「コレなんてどうだ?」

 昭弘がハンガーごとソレを掲げた瞬間、女子一同先程の喧騒が一瞬で萎み、ついでに登っていた血も下へと引き返す。
 有り得ない、信じられない、先を行き過ぎ、次元を間違え過ぎ。それら全てが合わさって最終的に「凄い」としか言い様のない、しかして言葉に出来ない、どう反応すれば良いのか判らない、作り笑いすら出せない、そんな水着だった。
 もし昭弘が狙った訳でなく素でこの水着を提案したのなら、服を買う際は必ず誰かと一緒に行った方が良いとその場の女子全員が満場一致で思った。

 そんな女子たちの反応を見て、ラウラは口角を上げて昭弘からハンガーを貰い受ける。

「これにする。でかしたぞ昭弘、流石は心の友よ」

「本当にこれで良いのか?」

 半ば悪ノリでその水着を挙げた昭弘だが、彼には「似合う」等といった感性自体が解らない。ただ色がラウラの髪と同じだったから、何となく選んだだけだ。

 そんな念を押す昭弘に乗っかる形で、相川もラウラを制する。

「そ、そうだよラウラ。もう少し…考え直してみたら?」

 確かに機能性に優れているかは何とも言えないが、そもそもラウラには軍隊仕込みの遊泳能力がある。水着の機能性なんてごく微量の差でしかない。
 よって、最早水着なんて何でも良いラウラは相川の制止を振り切る。

「では早速試着だ。全く楽しみでしょうがない」

「ちょっ、待って。さっきはアタシたちもやり過ぎた、マジでゴメン。だから早まらないで、待って待って待って待ってああああああああああ!!!」

 ズンズンと試着室へ進むラウラ、狼狽える女子一同。
 
 何故皆がこの様な状況に陥っているのか、当然ながら昭弘には解らない。


 無知は罪などとよく言うが、この様に時と場合によっては最強の武器と成り得るのかもしれない。
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