IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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前回の前書きで書き忘れていた事を、こちらの前書きに書かせていただきます。

皆さん1年近くも待たせてしまい、申し訳ありませんでした。
久しぶりの連投開始で、指が震えます。







第61話 水着に秘める ②

 10着。

 

 短い時間で、一夏が鈴音に見繕った水着の枚数である。

 

 女に性的興味なんて一切無い一夏だが、それでもやはり可愛いものは可愛い。見慣れた幼馴染というハンデを含めても、鈴音は一夏にとって誰よりも可愛らしい女の子だ。

 故にアレも似合いそうコレも似合いそうと、自身の想像と実際の水着とを照らし合わせたくもなろう。

 

 衣服であれ何であれ、悩み選び抜く事こそ買い物の醍醐味。そう考えている鈴音にとっても、今この状況は少しワタワタして大変だが楽しいものだった。

 

(……メッチャ見られてるし)

 

 今この瞬間までは。

 ラックの物陰から、物色する一夏と鈴音を恨めしそうな視線で射抜こうとしているのは、鈴音と同じ一夏の幼馴染である箒だ。もしこの場に本音が居れば「しののんデジャブデジャブ~」等と言いそうだが、もう先程のセシリアなんて箒の頭には無い。

 「また他の女とイチャつきやがって朴念仁」「さっさと選び終えろこのセカンド幼馴染」的な事を思っているんだろうなと、鈴音は箒の陽炎の様に揺れる瞳を見てそう結論付ける。

 

 だとしたら嫉妬に関しては完全に箒の勘違いである。

 

(まぁでも、箒とは一夏の事でバチバチやってきたし、今更何言っても信じて貰えないわよね…)

 

 それと並行して鈴音は自身が知り得る各々の相関図を整理し、どう動くべきか決めようとする。

 

(えぇと?箒は一夏と昭弘の事が好きで、一夏は昭弘の事が好きだけど箒の事は…どうなんだろ。当の昭弘は誰が好きなのか不明…なァーもう紛らわしい!)

(……よし、昭弘が来るまでこのまま待ちましょう。箒には悪いけど、もう少し一夏に水着選び手伝って欲しいし、それに箒の事だからどうせなら一夏と昭弘2人に選んで貰いたいだろうし。一夏にとっても昭弘居た方が良いっしょ、何であれ。昭弘も何やかんや箒と一夏の元に戻ってくる筈)

 

 そう答えを密かに出した鈴音は、自身の完璧な気遣いに我ながら感服したのか得意気に水着の選定を続けた。

 

 

 

───5分後

 

「こっちよりかはこっちの方が良いかも…ってどうしたの鈴?冷や汗凄いけど」

 

「え!?い、いや普通の汗だし!さっきから暑いわよねこのモール!」

 

「オレはそんな事ないけれど…」

 

 完全に失策であった。

 まるでわざとらしく見せびらかす様に一夏との物色を続行した鈴音(箒視点)は、今正に箒から凄まじく高密度の凝視光線を受けていた。まるで喉元に何かの切っ先を突き付けられる程の視線に、流石の鈴音も恐怖の透液を身体中から噴出させてしまう。

 

(てゆーか直接言いにくれば良いじゃない!何でその場から動かずずっと睨んだままなのよ!?)

 

 一夏の前で事を荒立てたくないからである。その辺りは多少成長した箒だが、逆に言えば角を立てずに交渉等が出来ない口下手とも。

 

 それはさておき、このまま蛇睨みが続けば彼女の精神が持たない。

 

(もう昭弘居なくてもいいから、適当に理由付けてこの場から去ろっか。いや、でも…)

 

 やはりそれは何か違うと鈴音は思った。

 理に欠けるものと彼女も解っているが、昭弘と一夏、箒の意識をどちらか片方に傾けてはいけない。学園生活とISバトルを通して芽生えたその意思に、鈴音は逆らえなかった。

 

 一刻も早く箒の殺気から逃れたい、しかして昭弘も居なくてはならない。それら2つに支配された鈴音の次なる行動は早かった。

 

「………ちょっと待ってなさい一夏」

 

 そう告げた鈴音は、ショップ全体をグルリと見渡す。それで短髪の巨漢を視認すると、目標目掛けて猛ダッシュ。

 この後、店員に優しく注意された鈴音であった。

 

 

 

「結局昭弘にも選んで貰うのね」

 

「だって10着よ?」

 

 ほぼ半強制的に連れて来られ当惑し切った昭弘を他所に、何事も無かった様に水着選びへと戻る一夏と鈴音。

 

「いや待て。何故誰よりも疎いオレにしたんだ?」

 

「女の水着は男に選んで貰った方が確実なのよ………オグッ!!?」

 

 突如、鈴音は蹲る様に腰を激しく曲げる。震える右手で下っ腹を抱え、強く食い縛られた上下の前歯が何かを訴える様に唇からその姿を現す。

 

「ちょ…何か急にもよおして来た…ゴメン!一旦抜けるわ!」

 

 そう言って昭弘を呼んだ張本人である鈴音は、近くの店員に水着10着分を預けてショップ外へと飛び出す。

 

「あの子さっきから汗凄かったんだけど、やっぱり我慢してたんだね」

 

「ならせめてオレを呼ぶ前に行っとけっつの」

 

 取り敢えずその場で待つ事にした男子2人であった。

 

 

 

 迫真の演技を見せつけ館内を一周してきた鈴音は、姿勢を低くしながらショップへ再度侵入。更には水着を預けた店員をコッソリ呼び止め、無事回収した。

 そうして店奥のラック等が乱立し酷く入り組んだ所で一人、立ち尽くしながら呟いた。

 

「アタシってホントイイ女ね」

 

 額に汗を滲ませながら、台詞と共に徒労感を表現する鈴音。

 それでも、彼女は今確かに心安らいでいた。あの3人が揃った事、箒にとっての「一番」が2つ揃った事実に対して。

 

 鈴音が惹かれるのは、そんな篠ノ之箒なのだから。

 

 

 

 鈴音が便意をもよおした事で、どうにかこうにか昭弘と一夏に水着選びを頼み込めた箒。

 

「にしても、女の子ってそんなに男の子に選んで貰いたいものなの?オレが女だったら同性と一緒に選ぶけど」

 

「さぁな…」

 

 聞いての通り、誘い文句はそのまま鈴音の言葉を使わせて貰った箒。

 

 さっきこそ鈴音を酷く疎ましく感じていた箒だが、結果的には彼女のお陰で昭弘と一夏が丁度良く揃ってくれた。誘い文句についても、鈴音に感謝すべきだろう。

 

 何やかんやで、箒は時々こうして鈴音に助けられる。昭弘と更識簪の事で一人勝手に思い込み沈んでいた時も、彼女はさり気無くフォローしてくれた。

 今回の件と言い彼女は助けたつもりなんて無かったのだろうが、実際箒は助けられたと毎回感じている。

 

(一夏を狙うライバルとは言え、何かお礼をしたい所だな)

 

 想い人たちと水着を選びながらライバルの事をも想ってしまう彼女は、成長したというより単に甘いだけなのだろうか。それとも…。

 

 

 

 箒と一夏が、何度も持ち替えては睨む様に見比べる3着の水着。昭弘はその光景を眺める事しか出来ない。

 夫々形や色が違うのは解るが、違うから何だというのか、似合うとは何なのか、抑々何が正解なのか、昭弘には全てが解らなかった。

 

「ホラ、昭弘も仏像みたいに突っ立ってないで選びなさいな」

 

「ん?……ああ」

 

 冷たい手で優しく撫でる様な一夏の一声で、昭弘は思考から引き戻される。

 視界の中央、赤ん坊を抱き抱える様な一夏の両腕の中には3着の異なる水着が。その隣には、箒が強ばった表情のまま昭弘を注視していた。

 

「……この3着から選べばいいんだな?」

 

「う、うむ。手数を掛けてすまぬが…」

 

「…」

 

「…」

 

 箒には昭弘の困惑が手に取る様に解った。

 当然だろう、育った環境が流血硝煙入り混じる冷たき渾沌である昭弘には、水着なんて哀しい程縁遠い存在だ。店に入った直後を思い返すまでもない。

 それでも昭弘に選んで欲しいなら尚の事何かしら助言をせねばならない箒だが、痺れる様な胸の高鳴りを抑えるのでただただ精一杯であった。

 

 

 腫れ上がる様な赤い顔で緊張の眼差しを向けて来る彼女。

 そんな期待の輝きを見せられても、お洒落に無頓着どころでない昭弘にはやはり決め難い。どれを選んでもハズレな気がするし、逆に正解な気もする。こんなにも難しい事を平然と為している皆には感服すら覚える。

 もう山勘で選んだ方が、何に悩んでいるのかも解らない現状より幾分マシかもしれない。だがそんな彼女の相談をあしらうが如き所業、この男に出来る筈も無い。

 

 

 さっきから見てればてんで煮え切らない2人に、一夏は聞こえない程度の小さな溜息を吐く。

 人の気持ちなんて一夏には未だ解らない事ばかりだが、昭弘が箒に箒が昭弘に向けている感情の正体には誰よりも近付いている。

 

「チョット」

 

 故に昭弘と箒が何故硬直しているのか想像出来てしまっている一夏は、先ず片方の硬直を解すべく耳打ちする。

 

「昭弘?こういうのは本能のままチョイスすれば良いの」

 

「……野蛮だな」

 

「海では女もそれを求めてるよ。どうせ女の水着なんて裸に近い格好なんだから、男のアンタが理性で選んだってしょうがない」

 

 なんてのは一夏の実体験でも何でもない、単なるイメージだ。男の身体である一夏に女の水着は着れないし、女の生肌を見ても何とも思わない。それでも、昭弘の為に一夏は演じ続ける。

 そこからギアをもう一段回上げる様に、一夏は更に甘く粘質の強い声で昭弘に囁く。

 

「想像して?水着姿の箒を。一つに束ねられた瑞々しく滑らかな黒髪、長いそれによってもっと際立つ彼女の白い裸体…豊満な乳房に、凝縮されたウエスト、そして丸く弾力のありそうな臀部。そんな彼女が身に纏っているビキニは?」

 

 艶めかしい吐息に乗せる喘ぎに近い声、そしてそれらによって繋げられる性の芯を揺さぶる言葉。

 

 気が付けば昭弘の両手には3着の水着が乗せられていた。

 赤、白、黒。どの水着も女性の下着であるパンティとブラジャーそのままな、胸から下の腹を広く曝け出したモノだ。

 

(………これを着けた…箒)

 

 シンプルで飾り気の無い、しかしだからこそ彼女の細くとも肉質なボディを際立てようソレら。

 頭の中を良く凝らして、想像上の箒の裸体にソレらを着せる昭弘。

 

 先ずは黒い水着を身に着けた箒だ。普段から打鉄を乗り回してる彼女には似合うと踏んでた昭弘だが、実際に想像してみると意外な程何も感じなかった。

 

 次に白い水着だ。此方は黒とは逆にそこまで似合わないだろうと高を括っていたが、それは大きな間違いだった。汚れを知らなそうな純白が、恥ずかしそうに顔を赤らめる箒を、より可愛らしくより美しくそしてより生々しく仕上げていた。

 そんな箒を想像し、昭弘は少しだけ情の中枢が熱くなった様な気がした。これが、一夏の言う本能なのだろうか。

 

 

 最後に赤の水着。

 

 想像した瞬間、昭弘の五体が謎の痺れにより動きを止める。

 炎の様に夕焼けの様に、或いは血の様に紅いその水着に裸体を委ねる箒。もっと激しい何かに例えるなら情熱の紅。一見クールな箒の中に潜む熱き心を知っている昭弘にとって、その紅に身を重ねた箒はおかしい程に自然であった。

 

 そうして昭弘の中枢にある「何か」も、その水着の紅に煽られる様に熱を帯びていく。

 紅い三角から広がる箒の生肌は、貫く様に官能的であったのだ。白い水着をも超える程に。

 

 あの時と同じ感覚だった。「あの夢」から覚めた後、寮の廊下で箒に出くわした時の、彼女を異性として強く意識する感覚。男の昭弘が女の箒を見た感覚。

 

 

 それは即ち崩壊の予兆であった。

 

 

 昭弘の中の箒が、どんどん塗り替えられていく。

 黒い一纏めの長髪が淡いクリーム色の二つ縛りに、武人の鋭い目がやんちゃそうな大きい目に、不愛想から小さくはにかんだ笑顔が満面の笑顔に。

 遂に箒は、永遠に癒える事など無い甘く深い傷を負った昭弘の心によって変えられる。その傷を負わせた張本人の姿へと。

 

───嗚呼、良く似合う。世界中の誰よりも

 

 昭弘の今にも涙してしまいそうな低い震え声を聞いて、ラフタは当然と言いたそうにニカッと笑った。

 

 本当に似合う、美しい、可愛らしい。口に出せばお世辞以下なその言葉たちが、本当の事なんだから仕方ないと昭弘の脳内を埋め尽くす。

 

 いやきっと赤に限らずどんな水着でも、ラフタに着せた瞬間「一番」であり「唯一」となってしまうのだろう。

 サファイアの太平洋を背にした水着姿の彼女は、世界中の財宝を掻き集めてもまるで足りない輝きを間違いなく放つのだ。

 

 

 いつか見たかった、ラフタの水着姿を。そして願わくば自分も海パン一丁の裸体となって、そんな彼女を抱き締めたかった、彼女に抱き締めて欲しかった、今生の別れとなってしまったあの日みたいに。

 

 これだけハッキリと目の奥で映っているのに、何故それが叶わない、何故声が聞けない、何故これ以上近付けない。

 

 何故、ラフタはもう居ない。

 

 

 

「昭弘!」

 

「!」

 

 突然ラフタの声が聞こえて現実に引き返してみれば、目の前には昭弘の右上腕を掴んだ箒が、一夏と共に心配の水面を瞳へ浮かべながら見上げていた。

 

「…大丈夫か?」

 

「……ああ大丈夫だ。少しボーッとしててな」

 

「…」

 

 だが、箒はバツが悪そうに視線を落としてしまう。やはり水着選びなんて、昭弘はやりたくないのだとそう思っているのだろう。

 

 それを察した昭弘は、自身のぶっきらぼうな部分に上書きするが如く、ぎこちない笑顔を浮かべる。

 

「安心しろ、もう決まっている」

 

「何っ!?本当か?」

 

「ああ、ちょっと待ってろ」

 

 一気に視線を上げて目を輝かせる箒に昭弘はそう言った後、白い水着と赤い水着を見比べる。

 何度も何度も大袈裟に見せつける様に見比べるその様は、自身を驚かせる為にわざとやっているのだろうと箒に思わせる。

 

 その実、本気で昭弘は悩んでいた。

 恐らく昭弘が好む箒の水着姿は「赤」だ。だがそれはラフタも同じ、いや箒以上と言っても良い。それではまるで、箒がラフタの劣化版みたいではないか。

 では「白」の水着にするのか。

 

(…たかが布切れじゃねぇか)

 

 そうと解っていても昭弘は躊躇ってしまう。箒の水着は本当に「赤」で良いのかと、後悔しないだろうかと。

 

───……ラフタは関係無い、オレはただ箒の為に選ぶだけだ

 

 そう、心を沈めるが如く呪文の様に重ね重ね自身へと言い聞かせ、遂に昭弘は決心する。

 

 彼は「赤色の水着」を選んだ。

 

「そ、そうか!昭弘は「赤」が私に似合うと言うのだな……ブツブツ」

 

 途中からフェードアウトする様に小声で何か言っている箒。だが口調や表情からして、別段赤い水着を嫌がってる訳ではない様だ。

 

 

 後は一夏がどの水着を選ぶかだが───

 

 一夏は顔全体隅々まで表情筋を連動させ、ポーカーフェイスを眩い笑顔に変えて言い放つ。

 

「奇遇ね、オレも箒なら赤って決めてたの」

 

「おおっ!何と!」

 

「…確定だな」

 

 最後の昭弘の一言で、箒と一夏は「おー」と歓喜の声を普通の声量で放ちながら小さく拍手する。

 

 

 再来週、赤いコレを身に着けた“己の全て”を披露する。その時その場に居る一夏と昭弘の反応を想像するだけで、先の羞恥に塗れた箒の心は見る見る内に回復していった。

 

 

 

 

 

「そうだ昭弘。箒と一緒に余った水着返してくるから、アンタ赤いの持って待ってて」

 

「?…分かった」

 

 確かに男2人で女性用の区画を彷徨くのは嫌な注目を集めるし、水着を持ってきたのは箒なのだから元あった場所は彼女が知っている。

 それより店員に任せれば良い気もするが、深くは考えない事にした昭弘であった。

 

 

 

「にしても、なんか勿体無い。この2着も絶対箒に似合うのに」

 

「なっ!?(また貴様は無意識に…)」

 

「何ならオレが買ってあげよっか?」

 

「いやそれは流石に悪い…。兎に角だ!私は一夏と昭弘が選んだあの水着だけで良いのだ」

 

「そ」

 

 他愛ない会話を事も無げに途切れもせず続けていく一夏と箒。言葉のキャッチボールは噛み合ったりそうでなかったりだが、それでもこの2人は一度会話が始まると中々止まらない。

 幼馴染故に為せる技だ。

 

 そうして会話の波に乗っていると、所定の水着コーナーに着いてしまっていた。

 箒は小さな目的を果たして息をつく半面、一夏との会話が途切れてしまい口惜しむ。

 

 

「……ねぇ箒」

 

 だが一夏は未だ会話を終わらせる気が無いのか、そう言ってハンガーを戻そうとする箒の動きを止める。

 

「やっぱり箒も、前のオレが良い?」

 

 それを聞いて彼女は既に動きが止まっている身体を、更にまるで時間そのものが停止したかの様にピタリと静止させる。

 

 数秒程そうして固まった後、辛うじて口だけは動かす事が出来た。

 

「…急にどうしたのだ?私は別に───」

 

「答えて」

 

 命じる様でも頼む様でもない調子で、ただそう短く一言だけ発する一夏。意味の無い問答の様に箒には思えた。もし箒が「以前の一夏が良い」と答えれば、一夏はそれに従うのか。そんな訳が無いからだ。

 だがその抑揚無く有無も言わせない調子で言われてしまえば、質問の意図を訊ねる前に答えてしまう箒であった。

 

「……今の方が話し易くはある」

 

 嘘ではなかった。実際、箒と一夏の間にある距離感はここ最近狭まっている。

 一夏から話し掛ける場面が増えただけでなく、彼が今迄以上に料理に精を出しているので、日々料理の腕を磨いている箒としては会話が弾むのだ。会話のバリエーションが増えたと言うべきか。

 

 だがその更に内側、心の距離は大きく変わってしまった気がした。長いとか短いとかではなく、距離の種類そのものとでも言えば良いか。

 

「………そっか」

 

 そう言って一夏は薄く笑った。それは嬉しさと哀しさを同時に表出させた、美しい笑顔だった。

 

 それ以上箒は何も言えなかった。

 

 今迄共に過ごしてきた事実は変わらないと、きっと一夏は一夏であると思っていた。一夏である以上、どんなに性格が変わっても彼を愛するこの想いは変わる事なんてないのだと。

 

 想いは、変わってしまった。

 

 直向きに剣を振り、少し子供で、古臭くも女に守られる事を嫌う「男」。女の箒が惹かれたのはそんな一夏だ。

 それらは全て裏返ってしまった。他ならぬ昭弘と、そして自分たちが起因となって。今箒の眼前に立つこの「女の様な男」は、一夏であって一夏でないのだ。女だとか男だとか、人間である以上無限に高く聳え立つ性の壁すら頼り無く感じてしまう様な。

 そしてその壁は、箒にとって無くてはならないものだった。少なくとも恋愛には。

 

 それだけならまだ「友達」として諦め切れるが、変わらない部分も残ってしまった。箒がずっと追い求めて来た淀みの無い剣も、乏しい表情から時折見せる眩しく屈託の無い笑顔も。

 そんな一夏は最早ただの友達でも、男らしい幼馴染でもなかった。

 

 想いは変わってしまった、愛も変わってしまった。それでも───

 

「私にとって、お前はお前だ。そこだけは変わらんから、そんなに気にするな」

 

 この気持ちが何なのかは解らない。それでも今の一夏を、箒は確かに愛している。愛の中身は違えど、今迄と同じ位に愛している。

 

「…ありがとね箒」

 

 一夏は変わらず嬉しそうで哀しそうな清く整った笑顔で、彼女に感謝の言葉を贈った。

 

 

 

 一夏は将来、箒と結ばれねばならない。箒が知らなくとも、それは彼の中で決まった未来だ。

 それを抜きにしても、一夏は純粋に嬉しかった。こんなに変わってしまった、男か女かも判らない自分を、それでも箒が「織斑一夏」として大切に想ってくれている事が。

 

 一夏も箒の事はずっと変わらず大好きだ。そう、ずっと何一つ変わらず。

 

 故にこそ思ってしまった、自分では箒の「性」を男として埋める事が出来ないのだと。

 どんなに時が経ってもどんなに意識しても、一夏にとって箒はただの「幼馴染」でしかなかった。それだけでは、決して互いに満たされる事はない。

 何より箒自身の性が、本当の更に奥底では誰を欲しているのか、一夏だからこそ解っていた。

 

 結局、どんなに愛そうとしても愛されようとしても、互いの気持ちはどうしようもなく存在してしまう。

 自然の介入しない「せめて」では、例えそれが幼馴染だろうと異性を好きになる事は出来ないのだ。

 

 だからわざと「赤の水着」を昭弘と同じく一夏は選んだ。それがきっと箒と昭弘、互いの為になるのだと信じたから。あの2人なら互いを異性として愛し合えるから。

 一夏自身が箒に着て欲しかった「白の水着」では、きっと彼女は輝かないから。

 

 一夏がやってる事は、束の意に反している事なのだろう。

 だが昭弘と箒は、一夏にとって己の命より大切な存在だ。その2人が互いを欲するのならば、一夏はこれっぽっちも助力を惜しまない。先程の様に演技だってしてみせる。

 それにもう十分一夏は箒に好かれている。これ以上はどう頑張っても、一夏の“好き”も箒の“好き”も変わらない。

 

 どうせ最終的に箒と結婚せねばならないのなら、今はただ自分の望む様に動くだけ。それが一夏の下した結論であった。

 

 

 

───それでも箒、昭弘をアンタだけのモノにはさせない

 

 

 

 それとは別の欲求が、一夏の尊い望みを蹴落とさんと今も暗躍している。一つの完成形へと到達しつつあるそれは、箒に対しては決して抱けないものだった。

 

 昭弘を愛しているのは、何も彼女だけではないのだ。

 いや自分こそが昭弘を誰よりも愛しているのだと、時折一夏は思ってしまう。それは幼馴染である箒すら、敵視しかねない位に。箒との婚約を恐れてしまう位に。

 女尊男卑もIS中心の社会も、一夏にはどうでもいい事。それよりもっと大昔から在る「性の壁」という概念そのものが、一夏にとっては邪魔で仕方がなかった。

 

 

 友情と信頼に溢れていた、昭弘と箒と一夏の関係。

 

 その美しかった正三角形は今、大きく形を変えつつあった。

 

 他ならぬ愛情によって。

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