IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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おまけが長すぎる







第63話 清新の紺碧、混濁の青藍、無常の雄黄 ①

─────7月23日(土) 午前

 

 高低差の判らない緑生い茂る山々に、長々と巻き付いては離れてを繰り返す道路の上を、5台の大型バスと3台のトレーラーそして1台の大型トラックが列をなして往く。

 

 

 

 そんな観光と軍事演習を後先考えず連結させた様な集団の1台、丁度列の真ん中に位置しているバス内部は、喧騒に包まれていた。少女の差程大きくない囀りも、30人近くも集まれば絶え間無き鶏の合唱と化す。

 

 

「晴れなかったらどうするつもりだったんだろうなコイツら」

 

「晴れたんだから良いじゃねぇか」

 

 朝である事とやかましさの二段構えに苛立っているのか、そんな嫌味を口にするラウラ。隣の昭弘は騒ぎと小愚痴を聞きながら、終わりの見えない青空を窓から宥める。

 こういった騒がしさを予期していたからこそ、ラウラは昭弘と共に最後列角側を陣取ったのだ。箒と一夏には悪いが、座席が早い者勝ちだった事はラウラにとって僥倖であった。

 角隅を陣取った所で耳に入る音量は左程変わらないが、心理的には大部楽になる。

 

「クラス毎に別車両なのが唯一の救いだな、凰まで居たら騒音で死ぬ自信がある。教官も怒号の一つや二つくれてやれば良いものを」

 

「今日一日くらい、生徒の心を解放してやりたいんだろう」

 

 昭弘はそう言うと、変わらぬ様で違う森や茂みの流れを再び眺め始める。窓に映ったその仏頂面は、然れど春の陽射しを受けた様にどこかぼんやりとしていた。

 

「…今日はらしくないな昭弘。悪いとは言わんが」

 

「ああ。色々と疲れちまってな」

 

 今見ている景色に己の存在を溶け込ませる様に、小さく答える昭弘。

 

 何故そんなに疲れているのか。今この場でそんな事を訊く程、ラウラも無神経ではない。

 「ビースト」。MPSと一体化する危険性すらある、リスクの大き過ぎる能力。それを使ってでも強くならざるを得ない程の理由が、昭弘にはある。

 それ程まで大それた先の事に、日々思考の大部分を費やしているのだ。ラウラには想像も出来ないが、疲れない筈が無い事だけは予想可能だ。

 

「ラウラは嫌か?今日の海水浴は」

 

 ずっと不機嫌な美少年に気を配る昭弘。

 確かにこの騒音で満たされてる空間には嫌気が刺しているラウラだが、海は別段好きでも嫌いでもない。どころか、今回に限っては少し楽しみですらある。

 

「初めてだが、別にそんな事は無い。昭弘と居れば何処だって楽しいさ」

 

「プレッシャー掛かる事言ってくれるな」

 

 笑いながらまるで女の子を口説き落とす様にそう言うラウラに対し、満更でもない彼の様子を確認した昭弘もまた安心する。

 

 昭弘は今、良い具合にリラックス出来ていた。止まない黄色い騒音も、不思議と心地良い。

 

 だがそれも、ラウラの次なる一言で心に暗雲が差し込む。

 

「何故連中まで付いて来るのかは気になるがな」

 

 少年の親指が指し示すは、昭弘たち1組が乗るバスの直ぐ後方を走る桃色大型ウサトラックだ。

 

「もしもの時の護衛…か。無人ISを全機連れてくるにしては弱い理由だな」

 

 彼等の管理責任は千冬にあるが、いくら彼女とはいえこんな方針があるかとラウラは勘繰っている様だ。

 そしてそう思っているのは、間違いなくラウラだけではない。はしゃぐ生徒たちも、頭の端では疑問に思ってるだろう。

 

「大体あのトラックは何だ?車内のIS反応を完全に遮断すると聞いたが…そんな代物いつ学園は手にした?何よりあのカラーリングはどうにかならなかったのか?近くを走るこっちが恥ずかしい…」

 

「…学園側にだって、生徒に言えない事の1つや2つくらいあるだろう」

 

 ラウラの疑問をそうサラリと躱す昭弘。ラウラには悪いが、今は昭弘もその一件について余り考えたくないのだ。

 

 そう返されてしまえば、ラウラも思考を中断するしかない。

 いや、それ以上にラウラの意識を逸らすモノが窓の外に映ったと言うべきか。

 

「おっ、見えたぞ昭弘」

 

「ん…」

 

 広葉の日陰に覆われた斑模様のアスファルトが、突如として白い日向一色へと変わる。

 同時に深き森が晴れ、高めのガードレール先には青黒く輝く無限の平面が広がっていた。

 

「キタキタキター!!」

 

「織斑せんせーい!窓開けても良いですかぁ!?」

 

「あのずっと奥にある砂浜かな」

 

 大海原が見えた事で生徒たちの喧しさが更にもう三段階上がり、車内のボルテージは今や最高潮を迎えていた。

 奇声に耳をやられ顔を顰めるラウラに対し、昭弘は動じる事無く己が瞳を満たす光景に集中していた。そうして各々の感想に釣られる様に、昭弘もまた小さな感想を漏らす。

 

「……丸いんだな海って」

 

 海に囲まれたIS学園に居て尚、昭弘はまるで今知ったみたいにそんな言葉を零す。

 

 事実、今知ったのだ。昭弘には、海を眺める余裕なんて無かったのだから。

 

 

 

 そうして目的地に到着し、総勢150近くの生徒たちが5台のバスから続々と降り始めた。

 

 

 

 

 

 『花月荘』、それがこの旅館の名前らしい。

 

 実際に間近で眺めてみると本当にデカい。

 デカい建物なんて何度も見て来たが、今回はまた話が別だ。オレは旅館なんて行った事もなければ、こういう本格的に和風な木造建築物とも縁が薄い。

 この大きさで周囲には民家が点々としかないともなれば、いよいよ以て静かだが厳かな存在感が凄まじい。基本的に屋根瓦は黒、壁は白で統一されていて、縦よりも横にデカい感じだ。似た様な建物が奥の方にも散らばってて、屋根付きの廊下で夫々繋がれている様に見えた。玄関の直ぐ傍には、ダンベル代わりに丁度良さそうなサイズの石で囲われた池がポツリとあって、その傍には竹藪(だったか?)が。

 建物の位置であれ飾りの配置であれ、全体的に統一感はあるが非対称的な感じだ。散らばってると言うか。

 

「和の文化を知らなさすぎなアルトランド、旅館で皆さんのご迷惑とならないよう気を付けなさいな?無知の世話をする程、暇ではないでしょうから」

 

 馬鹿が通りすがりにそんな()()()()助言をくれたが、ムカついたので何も返さなかった。

 

「しゃぶしゃぶでワタワタしてたセシリアが言っても、説得力ゼロよ?」

 

「あ、あの時は単に知識不足だっただけですわ!今回は念入りに作法等も調査済みですので!」

 

 全く以て一夏の言う通りだ、オレもオルコットにだけは言われたくない。

 

 

 

 着物を着た美人な女の人(ここの責任者だろうか?)との話が済んだのか、織斑センセイ以下教師陣が生徒の引率を再開した。

 オレたちは責任者らしきその人にはつらつと挨拶をした後、仄かな木の香りを鼻孔から全身へと染み渡らせて奥へと進んだ。

 

 

 

 ロビー付近では長かった行列も、廊下を進めば進む程各部屋に吸い込まれて短くなっていく。

 終いには館の一番奥側、行列は最早列ではなくなっていた。

 

「着きました!ここが男子の部屋「桔梗の間」ですよ」

 

「どうも」

 

 クタクタになりながらも最後まで引率してくれた山田センセイには、感謝の言葉も見つからない。それだけオレたち3人の男子部屋は入口から遠かった。

 理由は解る。1組はまだしも、他クラスは酷く男に飢えていると予想される。大群で男子部屋に押しかけられたら旅館に迷惑だし、最悪一夏とラウラの貞操が危うい。出来る限り部屋は離した方が良い。

 おまけに「オレ」も居れば、少なくともオレに慣れてない他クラスの連中は無理に近寄っては来ない。態々織斑センセイが同室になる必要も無いって訳だ。近くで見張ってはいるんだろうけどな。

 

 

 

「すぅんごい景色。車内から見た比じゃないわ、飛び込んで来る感じ」

 

「あんな砂と水しかない所で、半日間も何をすると言うのだ?」

 

「行ってからのお楽しみ。昭弘は何かリクエストある?」

 

 「高価な部屋」っつーのはIS学園の寮部屋みたいなのを指すもんだと、旅行に縁の無いオレは勝手に認識していた。この部屋に入るまでは。

 床は絨毯ではなく畳、室内を細かく分けているのは格式高いドアじゃなく襖、部屋の中央には黒く素朴なテーブルがポツンと、それを囲むのは脚の無い不思議な形の椅子。一夏とラウラが立っている所はテラス…か?壁には場違い感を隠す様に埋め込まれている巨大な液晶テレビ。他、冷蔵庫とか諸々。

 それでも汚れや傷なんてのは無く、ただ居るだけで心が安らぐ不思議な力がこの部屋にはあった。そして理解した、これもまたある種の「高価」なんだと。

 

(マクマードのおっさんの趣味って、やっぱカネの掛かったものだったんだな)

 

 圧倒されてばかりでボーッとそんな事を考えていたからか、オレは一夏への返答に大きく間を置いちまった。

 

「阿頼耶識があるから海水には深く浸かれない…とだけ言っておく」

 

「海に入れなくても、楽しい事はいっぱいあるから」

 

「何なら私と旅館に残るか?女共の奇声も聞かずにゆっくり出来るぞ」

 

 それもアリだ。1日目はあくまで自由行動に過ぎんのだから、無理して海行く必要も無い。

 が、一夏は呆れの表情をこれ見よがしに見せつける。確かに買った水着を着ないのはカネの無駄ではあるが…。

 

 どっちにしろ、オレの答えは最初から決まっていた。

 

「悪くはないが、今は「海」を知りたい」

 

 さっき車窓から眺めた海、その時点でオレの好奇心は揺るがなくなっていた。頭じゃない、求める身体と心に、人を引き寄せる海の意思がピッタリと合わさった様な、そんな感覚だ。

 

 その好奇心は、オレの中にある別の欲求を前へ前へと引っ張る。あの大海原を背にした、赤い水着姿の「彼女」はどんなものか。

 それで知れるのなら知りたい、オレが彼女に抱く感情の正体を。

 

「チッ…なら私も行くか」

 

「ほんと昭弘好きだよね」

 

「るさいッ」

 

 そう吐き捨てると、早速ラウラは静かに着替え始めた。無理せず休んでいろとも思ったが、友が一緒ならそれに越した事は無いんで何も言わないどいた。

 ここはお言葉に甘えるとしよう。

 

「日焼け止め塗り忘れないようにね。特に色白のラウラ」

 

「ここまでする必要あるのか?」

 

「あるの」

 

 着替えながらそんなやり取りを進める一夏とラウラ。

 生徒会長が言うには、旅館で水着に着替えたらそのまま浜辺へと直行して良いらしい。随分寛大な気がするが、旅館ってのはどこもこうなのか?

 取り敢えず2人に続いて、オレも肉体を圧迫している衣服を脱ぎ始める。一言据えてからな。

 

「2人は先に行っててくれ。オレは駐車場でコイツを組み立ててから行く」

 

 浜辺で組み立てると、砂が入り込んで面倒臭そうだからな。

 

 

 

───30分後

 

 本来なら簡易的に組み立てられるソレも、慣れていないせいか大部時間が掛かっちまった。

 

 オレはソレを右肩に乗せ、左手にはパラソル、今そんな状態で浜辺へと下っている所だった。折角の海だ。焦るとまではいかないが、浜辺での時間を無意味に削りたくもないので、オレは早歩きで向かった。

 最初は海パン一丁で移動して大丈夫かと身構えたが、まぁこれだけ浜辺が旅館から近ければOKなんだろう。

 

 実際、歩いて5分と掛からず白い砂浜が見えてきた。そこも旅館同様IS学園で貸し切り状態、案の定生徒でごった返していた。

 これじゃあ誰が何処に居るのか判らんが…まぁいい、先ずは適当な場所にコイツらを設置しないとな。

 

 

 

 

 

 ザザァーン、ザザァーン。IS学園で絶えず鳴り響いている在り来たりな波の音が、クリーム色に輝く砂浜を色も無しに彩る。そしてその砂浜により、天上の青空は更に濃く深く蒼々と染まる。

 暑さが痛さに変換される程熱い砂の絨毯を駆けるは、色とりどり千差万別な水着を纏う女子高生たち。熱砂も日射も気にせず笑顔で今を動く彼女たちは、美しい生肌と煽情的な肢体も相まって正に地上に降り立った妖精。

 その空間に10秒でもいいから身を置きたいと感じるのは、男である以上致し方無い性だろう。

 

 その中で一際グラマラスな生娘が一人。

 しなやかな黒髪は白い肌をより白く、白い生肌は黒髪をより黒く美しく仕立てており、極めつけの紅いブラとパンティは肉質な裸体をより官能的に見せていた。

 

「…」

 

 彼女は頭のポニーテールをゆらゆらと揺らしながら、それなりの高身長を活かす様に誰か人を探している。

 

「!」

 

 どうやら見つけた様だ。彼女は不安気だった表情を喜色溢れる笑顔へと変える。

 も一瞬で、彼女はお目当ての青年を視界に収めた途端、表情をピタリと固まらせる。

 その様な事態に陥ったのは彼女だけではない。小鳥の様に愛らしく活気の籠った声を上げていた少女たちも、まるで見えない器官が機能した様にクルリと振り向く。

 

 視覚が青年を捉えた途端、サファイアの海もダイヤモンドの砂浜も青空も水着も、全てが視界から二の次として排除された。

 

 

 筋肉とは一々言うまでもなく“肉”だ。タンパク質、アミノ酸、それらが集合して出来た有機物の域を出る事はない。

 青年を見ていて、少女たちはその絶対不変の原則を思わず疑いたくなってしまった。輝いているのだ、青年の全身を余す事無く覆っている肉が。太陽光を海よりも砂浜よりも強く反射するそれは、最早肉というより宝石か金属、有機物というより無機物。だが今も確かに生物的に脈動しているその様を見れば、やはり一周回って肉体と断定するしかない。或いは、有機物と無機物を芸術的に掛け合わせた“何か”。

 無論、ただ皮膚の光沢が凄まじいだけではない。今にも浅黒い皮膚を突き破りそうな胸はビーチの誰よりも巨大で厚く、その下で10か12くらいに割れている腹筋たちはそんな胸筋を恨めしそうに見上げている。腕は鉄骨そのもので力瘤は艦上CIWS、二の腕は105mm砲弾、僧帽筋ランチャーからは既に三角筋ミサイルが射出されていて、前腕は幾重にも重ねた日本刀だ。

 脚に至ってはそれら金属諸々全てを潰して潰して何百個も重ねた様に、太く歪に皮膚へと浮き上がっていた。それは色も相まって、何百年と生きた立派な巨木に等しい。実際、長い年月を跨いでその大きさへと鍛えられた事は見ただけで判る。

 まるで形状の異なる、しかして等しく硬質的に光を反射する上の筋肉と下の筋肉。それは正に、脂肪という不純物を徹底的に排している事の表れであった。

 

 そんなガタイの男がVパンツ一丁の姿、()()()()()()少女たちなら圧倒もされよう。

 終いにはサングラスまで掛けているともなれば、何かのサプライズで訪れたビルダーか映画スターかと見紛うだろう。

 

 

 呆気、驚愕、羨望、そんな未だ硬直しているIS学園1年坊たちの冷め止まぬ注目の中、短髪の筋肉青年は肩に乗せていたサマーベッドをビーチの適当な場所にズシンと置く。

 

 そして丁度近くに居た箒たちに対し、一言だけ詫びた。

 

「悪い、待たせた」

 

 

 

 

 女の身である私から見ても、ビーチで身体を弾ませている同級生らは可愛らしくてセクシーだ。危機感を抱く程に。

 

 だがそんなもの、今や私の頭からは綺麗さっぱり吹き飛んでしまった。

 私がずっと妄想、待望していたあの昭弘の裸体。その肉体美をこの現実世界で見てしまえば、彼女たちの水着姿なんて些細な問題だ。

 何を食べてどんなトレーニングをすればこんな肉体が出来上がるのか疑問だ。と、昭弘を見て幾度も思った事を今最も強く思ってみる。

 

 ………私よ、いい加減何か喋ったらどうだ?いつまで硬直している?もっと色々と訊くべき事があるだろう?サングラスとかサマーベッドとかパラソルとか。茹でダコになってる場合ではないぞ。

 

 もっと言うなら、それらをも凌ぐ最も優先して訊くべき事が、私にはある。

 

「色々と言いたい事はあるんだけどさ昭弘、先ずその真っ白なサマーベッドと可愛らしいパラソルは何?」

 

 鈴音に先を越されてしまった。

 

「え?何何サングラス?もしかしてカッコつけてるの?僕に対抗意識燃やしてるの?」

 

 ふざけるなよデュノア、昭弘はそんなカッコつけとは無縁の存在だ。貴様と一緒にするな。

 

 だが実際、サングラス姿の昭弘が格好良いのは確かだ。私からすれば、鼻血どころか全身の血が噴出するくらいに。

 

「ベッドとパラソルは織斑センセイから…な。新しいの買ったから要らないんだと。オレとしても海水には浸かれんし、暇な時用にあったら便利かと思ったんだが」

 

 鈴たちと一緒によーくベッドを見てみると…成程確かに、上背面の当たる部分に阿頼耶識用の穴が2つ空いてある。恐らく自分で開けたのだろう。

 これは正しく昭弘専用のサマーベッドだ。

 

「サングラスもセンセイの助言で買ったんだ、日射しは目に悪いってな」

 

 いや、それに関しては絶対似合うから勧めただけだろうあの人。何をやってるのだ教職者。

 

「今皆様が思っている事をそのまま代弁しますが……アルトランド、貴方は本当に高校生なんですの?サバ読んでたりしません?」

 

「オレはどう見ても高校生だろうが」

 

「どこからどう見ても高校生ではないので私は今の疑問を投げ掛けたのですが…」

 

 駄目だ…皆わらわらと昭弘の周りに集まってきた。当然か。個々の感想はどうあれ、目立つものには自然と人が集まる。

 こうなってはもう私も昭弘に近寄れない。皆の背中が、昭弘を護る冷たい要塞に思えてくる。

 こういう時だけ全面に出てくる自分の内気が嫌になる。

 

「しょげないしょげない。チャンスはまた来るよ」

 

 落ちる私の左肩に、優しい形をした一夏の手がふわりと乗る。それはまるで、弱った雛鳥を慎重に包み込む様な。

 

 ……まさかな。朴念仁の一夏に限って、私の昭弘への劣情を知ってるなんて有り得ん。どうせまた何か勘違いでもしてるんだろう。

 

「……あ、そうだ一夏。私の水着…どうだ?」

 

 だがよし、一夏には訊く事が出来たぞ、さり気無く。なんだ、やろうと思えばやれるではないか。

 さぁどんな反応を示すのだ一夏。またいつもの鈍感ぶりを炸裂させるのか?それとも───

 

 …………それとも、何だ…?

 

「それを訊く相手はオレじゃないでしょ?」

 

 まるで諭す様に物腰柔らかにそう言い放つ一夏の顔は、寂しそうな笑顔で満たされていた。

 

 普段なら「はっきりしろ!」とどつく私だが、そんな儚げな顔をされては何も言えないし出来ない。

 いいや、それもまた少し違う様な気がする。私はどういう訳か、一夏の言葉を否定しようという気持ちが湧いて来なかった。

 

 

 一体何を何処まで知ってるのだ一夏。

 

 

 




・おまけ



 箒に言いそびれちまった。
 会って直ぐ伝えようと思ったんだが…切り出し方がどうにも解らず、そのままオルコットたちに囲まれた。タイミングを逸したオレのミスだ。

 だが時間はたっぷりあるし、次の機を待つか。


「おおそうだ昭弘。貴様が選んだこの「包帯水着」、悪くないぞ?動き易いし暑くもない」

「そりゃ水着だからな」

 オレが選んだとはいえ、実際に着るとなると大分印象が変わるもんだなと、ラウラを見て思った。上タンクトップ下ハーフのスパッツ、女性用の競泳水着に近いそれには満遍なく巻かれた包帯が精巧に描かれていて、一瞬大怪我でもしたのかと錯覚する。
 似合うのかはやはりオレには分からないが、少なくとも周囲の女子は引いている様に見えた。見た目が大火傷してる様で痛々しいからだろうか。事実オレもそうで、選んだ事を少し後悔してしまった。
 店頭に並んでるのと身に纏うのとでこんなに違うんだから、この包帯柄は凄い。そこまで計算して描かれてるんだ。

 何にせよ、本人がウキウキならそれで良いだろう。


 ……んでもう一人、さっきから偉く暑そうに息を荒らげている、馬鹿みたく上下スウェットを着込んだシャルロットにオレは仕方なく目を向けてやった。放っておくと熱中症でぶっ倒れそうだしな。

「おぉーーっと!?気になるかい昭弘!僕がどんな水着を着ているのか!待っていたよ…皆の視線が君の一点に集中するこの時をね…!」

 何もそこまで聞いていないが、僅かに気になるのも不本意ながら事実だ。

「僕の超絶目立つカッコカワイイ水着を間近で見て、己の無力感を味わうがいいさ!」

 お前の水着を見て一体何に無力感を味わえばいいんだ。
 とかオレが思っている間に、シャルロットは目にも止まらぬ速さでスウェットを一気に脱ぎ放った。状況が状況だから、格好付けてるのか暑すぎて一刻も早く脱ぎたかったのか判別が難しい。

「「「「「…」」」」」

 ビーチ全員の視線がオレからシャルロットに移る。オレンジ色のド派手な水着を着たシャルロットに。
 その水着は……「帯」だ。両腕を除く全身に太めの帯を何度か巻き付けただけの、言葉にすれば至ってシンプルな代物だ。胸とか下とかはしっかり隠されているが、腹と脚全体は素肌と帯との同幅な縞々模様だ。露出度が高いと言うべきか低いと言うべきか、議論の余地がありそうではある。直ぐ顎下の胸部には、金色のリボンが不釣り合いにピシッと付いていた。
 デザインした奴の顔が見てみたいもんだ。ラウラの包帯水着と何となく方向性が似ているし、同一人物が作ったのかもな。

 ドヤ顔で左手を腰に当て、クールなポーズを決めるシャルロット。この後女子たちから詰め寄られるのを確信しているんだろうか。
 実際、オレも衝撃を受けている。眼球が飛び出る程に目を見開いている他の女子共も、きっとそうだろう。

 少ない布でどれだけ着飾れるか…か。ビーチでのオシャレがどういうものなのか、オレは今新たな知識を付ける事が出来た。

「………アレ?」

 だが砂浜を満たしたのは黄色い歓声ではなく青黒いどよめきだ。そんな自身の予想と違う状況に戸惑ったのか、シャルロットは声を漏らす。
 どうやらオレが得た知識は誤りだったらしい。代わりに得た教訓は、水着は単に着飾れば良いものではないって事だ。それはシャルロットより水着の方に意識が行っちまってる皆の様子を見れば、一目瞭然だ。
 早めに勘違いを是正出来て良かった。はっきり言って、あんな水着オレは絶対に着たくない。

 だがもう一つ、他にどよめきの重大な要因があった事を、布仏の一言でオレとシャルロットは思い知る。

「格好いいけど、アキヒーの後じゃぁね~~」

 だ、そうだ。皆もそれに対し納得の仕草を見せる。

「………オォゥフ…オォゥフ…」

 布仏のまるで悪気が無いからこその無慈悲な一言を受け、シャルロットは槍か何かで腹を貫かれた様に腰を折り、両手両膝を地へと付ける。
 別にコイツと競ってるつもりは一切合切無いんだが、オレの水着の方がインパクトがあって格好良かったらしい、自分で言うのも阿呆みたいに恥ずかしいが。となると、オシャレってのもいよいよ解らん。こんなん、どこにでもある黒い海パンだと思うが。

 何にせよ、大人しく普通の水着にしときゃ良かったなシャルロット。

「「「あっ」」」

 と、シャルロットの水着姿を見てからずっと考え込んでいた一夏たちが、漸く何か思い出したのか洞窟から抜け出した様な声を漏らす。

「○.M.○evolution」

「西○○教」

「Hot ○○mit!」

 一夏、箒、鈴の順番にそんな単語が並べられる。
 だが顔を上げたシャルロットは、絶望感漂う表情のまま何の事やらと首を傾げる。他女子の何人かは「ああ」と理解を示すも、オルコットやラウラは聞き覚えが無いのか疑問の表情だ。

 当然、オレにもさっぱり解らん。





「おー凄い!5機揃ってる」

「あの黒いのと白いの初めて見たかも」

 浜辺に踏み入り注目を集めていたオレだったが、新たなどよめきによって掻き消される。颯爽と防波堤に現れた織斑センセイに対してでは無く、彼女がポールを持たせたまま連れてきた彼等に対してだ。

 当然「良い視線」だけじゃない、種類は十人十色だ。何せ人間に限り無く近い、人間じゃない無機物なんだ。元は襲撃者ってのも相まって、慣れてないなら警戒すんのが普通だ。オレだって相手が彼等じゃなけりゃ警戒する。

 そもそも何故砂浜に連れてきた?って話になるんだが…ちゃんと理由はあるんだろうなセンセイ。

「諸君!」

 上から呼ばれたんで、オレは理由を求めて彼女を見上げる。

「遊びついでで構わん、やって貰いたい事がある」



 どうやらタロたちを連れて行く条件として、彼等の「陸上身体運動、及び非限定空間での飛行能力」に関するデータを蓄積させて欲しいと、研究員からお願いされたらしい。
 詰まる所、コイツらと砂浜で目一杯遊べって訳だ。「面白そうだから」っつー理由じゃないだけでも、オレは心底安堵している。出力も最低まで抑えられているし、生徒がミンチになる事も無いだろう。
 当の織斑センセイはというと、ポールやら網やら一人楽しげに準備している。遊ぶだけで良いとは言え、見事な押しつけっぷりだ。

《オオッ、コレガ砂場ノ踏ミ心地カ》

《歩キ辛イナー》

 ボヤボヤしてる間に、早速興奮気味で歩き出すタロとサブロ。性格的にやんちゃなのはこの2人だ。口の悪さだけは雲泥の差だがな。

 先ずは皆の警戒を解く必要があるな。普通科志望の連中は、彼等と接した事すら無いのが殆どだ。

 て訳で、オレはタロたちに促した。

 今は無人機側の自己紹介だけで良いだろう、警戒してるのはあくまで生徒たちだ。後はそれぞれが追々…な。

《『タロ』デ~ス。嫌イナモノハ『ジロ』デ~ス》

《『ジロ』ト申シマス》

《『サブロ』デス!楽シイ事ガ好キデス!》

《『シロ』ダ。身体ハ紅イガナ》

《『ゴロ』デス。知的ナ方トノ語ライガ好キデス》

 5人の言葉が順々に浜辺へと響いて早々、オレは誰よりも早く「その事」を訊ねた。周囲の質疑を優先すべきと分かっていて尚。
 タロたちの身体から、絶え間無く流れ続けているそれについて。

「早速の質問で悪いんだが…その音楽は何だ?」

 今月に入ってからだ。格納庫とアリーナDでも、似たような音楽(相川曰くEDMというらしい)をコイツらは流していた。もっと早くに訊いておくべきだったな。

《エー曲ノ名称ハ───》

「違う。誰が言い出しっぺでどうやって入手したのか、どんな仕組みで流れているのか、何故流すのか、それが訊きたいんだよタロ」

 本当、一変に訊ねて申し訳ないとは思ってるんだが……良いとか悪いとかじゃなく、ただ気になる。

《私ノ名案デス。オ疲レナ研究員ノ皆様ヲ少シデモ癒シタク適当ニ流シタラ、存外ニ好評デシテ》

 タロか。それが行き過ぎて色んな場所で流す様になった訳か…よく苦情が来ないもんだ。
 だが確かに、今流してる様なスローテンポな曲は悪くないかもしれん。音量に気を付けさえすれば、割とリラックス出来そうだ。研究員の中にEDM好きが多いってのもあるんだろうけどな。

《御安心下サイ昭弘殿。我々ノ体内ニテ共有サレテイル楽曲ハ、全テ合法的ナ手段デ入手サレテオリマス。方法ノ詳細ハ───》

 それから長々と、恐らく本件の参謀だろうジロが懇切丁寧に入手経路を教えてくれた。専門用語が多すぎて全く解らなかったが。
 唯一再認識出来たのは、コイツらも天災が作っただけはあるって事だ。これ以上、隠された機能が無い事を祈る。

 お陰様で無人機たちに好感を持った奴と、尚更警戒心を強めた奴とに二分されちまった。こんな馬鹿馬鹿しい事で派閥結成なんざ御免だぞオレは。
 本当、余計な事訊かなけりゃ良かった。


 紹介も終わった所で、漸くタロたちの短い運動大会が幕を開けようとしていた。
 ただ郷鐘は兎も角として、ゴーレムは陸上運動に適した身体つきじゃない。脚より上半身のが太くデカいし、腕の長さも今回に至っては邪魔だ。
 ゴーレムたちがなるべく上手に身体を動かせるようオレも努力はするが、正直言って良いデータは期待出来ん。

 なんて色々考えたい所だが、初めにやる事がある。

「一応確認だが、走った事は?」

《ナイデスネェ》

 デヘヘと笑いながらそう答えるタロ。
 それはそうだ。毎日格納庫内で研究されてばっか、激しく動く機会なんて先ず無い。聞くまでもない事だったが一応な。

 だからこそ、データ云々を差し引いても、今日の運動は良い機会だとオレも思っていた。空を飛べるとはいえ、いざという時に地上で素速く動けるのならそれが良い。
 空中であれ地上であれ、状況ってのはどう変化するか解らないもんだ。

 よって、先ずはコイツらの身体を慣らす事からだ。一応汎用AIなんだから、その辺の学習能力も高ければ良いんだが…。


 オレが担当すんのはサブロだ。
 先ずは両脚による前後左右の運動、即ち走行と反復横跳びだ。それが終われば上下運動、ジャンプだ。その後に回転運動も加えたい。
 これら基礎運動をこなせば、後は勝手に応用へと当て嵌めていく…筈だ。

「取り敢えずは、オレと同じ様に動いてみてくれ」

《ハイ》

 オレはそう言って地面を勢い良く蹴り、そうして両腕及び両脚を曲げては交互に前後させ、走った。
 オレの動きと輪郭をはっきりと記憶したサブロは、早速それを真似るが───

「あー……」

 両腕が重すぎるもんで、腕を振る毎に身体が左右に大きくブレる。
 結果凄まじいフォームで、おまけに超重量だから速度も殆ど出なかった。砂浜で交互に並んだオレの足跡の隣には、より広く深く抉られた同様の跡があった。
 バック走は腕を振らない分、幾らかマシだったが。

 続いて反復横跳び。膝を曲げる以上、腕を下げたら手が地に着いちまうし、横に広げたらまたバランスを崩すかもしれん。
 なのでボクシングのガードみたく腕を畳ませたが、これは中々上手く行った。スピードこそイマイチだが、この巨体なら次第点だろう。

 次、上下運動(ジャンプ)。これは特別語る事も無い、ごく普通だった。腕を下げない限りは。

 最後に前転と後転、及びうつ伏せ状態からの横回転だ。
 前後転はスムーズだったが、横回転はどうにかこうにかって感じだ。これについても、クソデカい腕が邪魔をしていた。

 総評としては予想以上に動けてたが、オレとしてはもう少し速く走らせたい。
 走行は運動の基本の中でも基本だからな、活発なサブロだってより動けた方が楽しいだろう。

《ウーム、運動難シイデス…》

「そう落ち込むな。苦戦してんのはお前だけじゃないみたいだぞ」

 そう返しながら、オレは相川たちと共に戻ってきたシロとゴロを見遣る。カメラアイが虚しく潤っている様に見えたのは気のせいだろうか。

「いやぁ駄目駄目ですねーゴーレムちゃんたち。無駄にデカい腕が邪魔で邪魔で」

 ズバズバと正直に言い放つ相川たちの様子を見る限りだと、どうやらオレ以上に苦戦してるらしい。
 体格差の問題もあるんだろう。体つきがゴーレムに比較的近いオレはまだしも、細身の彼女たちとゴーレムとじゃ身体の動かし方に差異があり過ぎる。オレが3人共纏めて教えるべきだったかもな。

「元々そう作られていないんだ、仕方が無い」

「けど“あの差”ですよ?」

 そう相川が指し示す方角を、オレは渋々見向く。コイツが何を言いたいかなんて、一々予想するまでもない。

 何度も何度も、プロペラの如く連続でバック宙を繰り返す黒い物体。その正体は、タロ以外に居る筈もない。

「……未だ前転後転しか教えていませんのに…金メダリストも真っ青ですわ…」

《オルコット殿!次ハ何ヲスレバ!?》

「え!?えーと…」

 もう一つは、まるで何百回と経験してきたかの様な身体捌きで、一夏と箒が交互に滅茶苦茶な方角へと投げるビーチボールを全て拾う白い影。それも無論の事ジロだった。

「…AIとは凄いな」

《凄イノ定義ハ解リマセンガ、半分ハコノボディヲ作リ上ゲタ井山氏他皆様ノオ陰ニ御座イマス》

「そこは「それ程でも~」くらい言って良いのよ?」

 タロとジロはもう終わりそうだな、というかほぼ終わってるか。それは堤防の側で所在無さそうに突っ立っているラウラを見れば解る。


「はぁ…洋楽が映えますなぁあの2機」

《フン、アイツラハコウイウ時シカ調子ニ乗レンカラナ》

《少ナクトモタロカラハソンナ空気ガ滲ミ出テマスネ》

 だが見とれてる場合じゃない、せめて走り方だけでもどうにかせんとな。足を取られる砂浜で素早く動ければ、大抵の陸上で通用する筈だ。

 腕を下げたら地面に当たっちまうし、左右に広げると邪魔になる。万歳の状態でも重心が上に行って倒れ易くなる…となるとやはり両肘を曲げて固定させるか。マシになる程度だが、これが一番無難だ。

 他に何か無いもんかと、オレは僅かな雲だけが残る空を何となく見上げた。サングラスのお陰で日光は弾かれたが、青空を拝めないのがどうにも萎えた。
 それで外すかって時、直ぐ真上を海猫が一羽、向かい風に煽られながらスーッと通過した。

(あ…)

 翼を広げていた海猫を見て閃いたオレは、早速サブロたちに提案してみる事にした。


《オオッ!速イ速イ!》

《マァ…幾分カマシダナ》

 駄目元が思いの外上手く行った。
 上体をお辞儀の如く前屈みに曲げ、そのまま両腕をピンと後方に伸ばす。この一見ふざけた格好で走らせると、どういう理屈なのか存外速くて驚いた。多分だが、重心が低い位置で前後に分散されるから…だと思う。
 生身のオレたちよりかは遅いが、それでも十分速い。

 ただ…。

「……EDM流れながらだとシュールですよねあの走り方。3体並んでると特に」

「それは言ってやるな谷本」

 オレだけじゃない、皆必死に口を押さえている。どうして笑う事が出来ようか、アイツらが漸く掴んだ走法を…。
 そうだ笑うな、これは笑っては駄目なんだ、お前が教えたんだぞ昭弘。


《ダァーーーーッ!ハッハッハッハ!!見ロヨジロ!アイツラノ走リ方!ダッッッセェーーーーーッ!!》

《全クダナ、マルデ蠅ガ地面ヲコソコソト這ッテイルカノ様ダ》
 
 何でそうお前等は同じISに対して辛辣なんだと、オレは吹き出すのを我慢しながら堤防の上に居る馬鹿2人を睨み上げる。
 懸命に口をへの字に曲げては耐えている箒たちも、タロとジロを引っぱたいては咎めようとする。
 だが、タロたちの嘲笑は止まらない。それは開けっ放しの蛇口から、重力に従って水が流れ落ちる様な自然現象。本当に何て奴等なんだ…。

 すると日常的な化学反応の如くピタリと止まったサブロたちは、真っ赤なカメラアイでタロとジロを一瞥すると、近くに転がってたビーチボールを徐に掴んでは投球フォームに入った。

 
 おっと、何か織斑センセイがらしくもなくはしゃいでいるな。気になるから行ってみるとしよう。




 小さな噴水の様に、砂浜が次々と破裂していく。

「オラオラどうしたぁ!?2人がかりでその程度かぁ!?」

 無人機にポールらしき物を担がせ、連れの山田センセイにネットを持たせてビーチへ訪れた織斑センセイは、嬉々として手際良くセットを始めた。んで、もっかい見てみればこの通りだ。
 以上、短い事の顛末だ。

「ハイ!この程度です!抜けても良いですか!?」

「DA・MA・RE!!ゲームセットまで男を見せろデュノア!」

「僕女なんで!愛らしくてか弱い女の子なんで!」

「良いからボールに集中しなさいデュノアッ!だーからアタシは昭弘とが良かったのよ!」

「そんだけは言わんでくだせェよ鈴音どん!」

 ビーチバレー。そのデモンストレーション兼織斑センセイのストレス発散に選ばれたのが鈴とシャルロットだ。どうも、一番近くに居たかららしい。

 鈴の闘争心はまだ健在だが、シャルロットは既にヘロヘロだ。開始からそんなに経っていない筈だが。
 こういう時だけ己の性別を主張してくる所が、奴らしく情けない。

 ルールを知らないオレは見学、皆は思い思いの相手を懸命に応援している。どちらも心持ちが違うだけで、観戦してるってとこは一緒だが。

「織斑先生イッカスゥーーーッ!!!」

「抱いてーーー!!」

 どうやらあの薄いビニールボールを、ネットの上から相手陣地に落とせば良いらしい。鈴とシャルロットの動きを見る限り、自陣は3回までボールに触れて良い様で、連続して同じ人間がボールに触れちゃ駄目みたいだ。そして最後の1回を相手陣地に叩き落とす訳か。

 にしてもだ、流石ブリュンヒルデというかよくあんな動きができるな。
 先攻(サーブだったか)は全て鈴シャルロット側、おまけに1ターン目は全て優しくボールを返している織斑センセイ、しかも2対1。だが今の所センセイ側は無失点。決して狭くはないコート内の何処にボールが飛んで来ようと、いとも容易く防ぎ返す。鈴もシャルロットも運動神経・身体能力はかなり良い筈なんだが。
 更にはボールをネット際まで高く弾き、そのまま自身も天高く跳躍してはボールに「力」を送り込む。

 バレーをやった事のないオレでも解る、あの動きは到底真似出来ん。

 結果、ビーチに出来上がるのは多数のクレーター。そんなレールガンから放たれた様なボールを受ける勇気は、シャルロットは勿論、鈴にも無かった。
 未だボールが破裂しないのが謎だ、どんな強度なんだ。SEでも張ってんのかってくらいだ。


 終わってみれば織斑センセイの圧勝。鈴とシャルロットはバテて呼吸を大きくしているが、それで済んだだけでも勲章もんだ。

「中々楽しかったぞお前ら。日陰でスポドリでも飲んでろ」
「そぉーらどんどん来いお前ら!何なら5対1でも良いぞー?安心しろ死にはせん!」

 いやセンセイ、確かに皆「観戦」は楽しんでいたが、きっとやろうとは思わんぞ?見てみろそのアンタが砂浜に作った無数のお椀。


 そのルールを覚えた今、オレは別だがな。

「おっ」

 新しい玩具を見つけた様な声を漏らすセンセイ。気がつけばオレは、授業時より真っ直ぐ勢い良く手を挙げていた。
 あんなもん見せられて大人しく引き下がれる程、オレは大人じゃない。戦いであれ何であれ、オレはこういう時の為に肉体を鍛えてんだ。
 アンタの人外パワーとオレの筋力、どっちが上か勝負と行こうじゃねぇか。

 後はオレに続く無謀上等な戦士が居るかどうか。最悪1対1も考えてはいるんだが。
 さぁ誰が来る、ラウラかそれとも……。

「ハイッ!!」

 お前か相川。

「うっ」

 嫌な予感が的中してしまったと、そう単語にもなってない声に乗せるセンセイ。相川が何を企んでいるのか、察しが付いているんだろう。
 鈴とシャルロットを相手に選んだ時みたいな適当ぶりが仇になったな。

「負けたらデートですからね~織斑せーんせ!」

 相川の大胆な要求に盛り上がるギャラリー、予想が一字一句的中して肩を落とすセンセイ。デートくらいしてやれよとも思ったが、教育者としては確かに難しいとこか。
 オレも何か条件を提示しようか一瞬悩んだが、特に何も思いつかなかったので止めた。

 所詮は口約束だが、この人は恐らく律儀にそれを守る、そういう人間だ。生徒からの信頼云々抜きにしてもな。

「相川は基本的にサーブと援護を頼む。防御と攻撃はオレに任せろ」

「はいよ!ハンドボール部の軽やかさ、見せてやりますよ!」

 てな訳で、オレもセンセイもそろそろ気持ちを切り替える。遊びだからこその真剣勝負だ。




 試合開始直後、ギャラリーの反応は一つに統一されていた。「人間は生身で砲弾を弾く事が出来るのだな」と。
 今やコート内は激しい砲撃戦と化していたのだ。

 相川がサーブを放つ、千冬がそれを優しく返す。その辺りから狂気の撃ち合いが開始される。

 未だ嘗めて掛かっている千冬が山なりに弾いたボールを、相川は同じく山なりに弾いてネット際へと装填。
 それを、自慢の筋肉が生み出す脚力を駆使して垂直に跳躍した昭弘が、脱力により極太の鞭と化した上半身の筋肉を撓らせボールを叩き落とす。

「ヌ゛ン゛ッ!!」

 先ずは試し撃ちなのか、視認不可のライフル弾は真っ直ぐ千冬へと牙を剥く。それは、ただ千冬のプレイを見様見真似で放った初心者の一撃とは思えないものだった。

「ツッ!!」

 千冬の両腕にて、余りの衝撃に形状を変えるビーチボール。痛みに顔を歪めながらも、平らに変形したボールを千冬は天高く上げる。自陣のネット際まで形を戻しながら降りてきたソレを、千冬はお返しとばかりに昭弘目掛けて撃ち下ろす。

 昭弘という名の電磁砲が放った砲弾と同等かそれ以上の速度で飛来するソレは、正確無比に彼の腕へと吸い込まれる。

ミシッ

「ンゥッ!」

 空気を入れただけのビニール袋に過ぎないそのボールは、水の様な質量を以てして昭弘の両前腕に襲い掛かる。皮膚が裂ける様な、長年掛けて鍛え上げてきた肉が弾け飛ぶ様な、骨が砕け散る様な感覚に耐えつつ、砂浜に踵をめり込ませながらも昭弘はどうにか凶器を弾く。

 下から上へ放物線を描きながら、ボールはコート外へと大きく弾き出されてしまう。

「とうっ!!」

 だが地につく瞬間、俊足で駆けつけた相川にどうにか拾われ、再度ネット側へ跳ね上げられる。
 そしてそれを、再び昭弘が巌の様な平手で弾き落とす。今度は千冬目掛けてではなく、コート内ギリギリのエリアへ。

 だがそれすらも、千冬は熱した鉄板の様な砂上へ身体ごとダイブし、あろう事か片腕だけで防いでみせる。獣じみた動体視力と身体能力だ。

 その非現実的な攻防がずっと続く。青空すら薄める光線の様な日照りの元、いつまでもいつまでも。
 歓声は上がらない。コートから発せられる強大なエネルギーが、それを許さなかった。


 試合が始まり、既に3分にはなろうか。未だ両陣営に点は入っておらず、さっきから撃っては弾いてが続いている。

「…一夏、どちらが勝つと思う?」

「やっぱ…姉さんじゃない?相川さん、そろそろ体力的に限界だろうし。…というか終わるの?この超人バトル」

 一夏の冷静な予想よりも、彼が最後に付け足したそんな不安に箒は同意を示す。
 今の千冬と昭弘は、少しの疲れを感じながらもノリノリだ。先に相川がバテたとしても、恐らく代わりの人員を千冬が半強制的に昭弘陣営へ入れて即続行されてしまうだろう。乗りに乗った人間とは、ブレーキが効かないものである。
 そうなると最悪、行く行くはギャラリー全員が相川と同じ状態に…なるかもしれない。

 そんな2人と周囲の不安を余所に、試合は漸く動く兆しを見せる。

 千冬が決めるつもりで放った、ネットのほぼ直下への一閃。
 それを斑猫の様な0秒加速で頭からダイブし、左腕をピンと伸ばしては弾く昭弘。すかさず相川は疲労を滲ませながらもそのボールを高く上げるが、ボールは陣を隔てるネットのど真ん中へ。

「「貰った」」

 天から降ってくる“勝利”を掴み取る様に、同時に飛び上がる昭弘と千冬。
 反らす背中、振り上げる片腕、そしてボールを叩くべく射出する手の平、何もかもが同じタイミングだった。

ヴァッチ”ィィィィィィンッ!!!

 両側から凄まじい圧力を加えられたビーチボールは円盤の様に変形し、そこから生まれた衝撃波が生徒たちを撫でる。玉に加わる力は五分、狙う先も全く一緒であった。
 だが昭弘の身長は180後半、腕もそれに応じて長い。その為かボールに触れている昭弘の手と千冬の手、微妙にだが前者の方が上の位置にあった。

 そうなると加わる力は昭弘の超筋肉+位置エネルギー。ネット直上にて変形するボールの行く先は……千冬の陣地であった。

ポス…

ワァァッ!!

 ボールが地に着いた途端、威圧感から解放された様に歓声を上げるギャラリー。まるでその一点が試合終了の合図であるかの様だ。

「ヤッタァァァアルトランドさん!!」

「おう、でかした相川」

 この試合にて酷使された筋肉に抱き付く相川。熱せられた胸筋もついでにペチペチと叩く。

「HAHAHAHAHA!!やるなアルトランドに相川!」

「さぁ続きだ続き!」

 千冬の二言目に「え?」と凍り付くギャラリーと相川。どうやら彼女は、この調子でゲームセットまで続けるつもりだったらしい。
 正直、皆もう満腹であった。流石にそろそろコートから離れて別の遊戯に身を置きたいのだが、この砲撃戦がこの場で続くとなると、気になって遊びに集中も出来ない。流れ弾が飛んでくる可能性もある。
 だがかのブリュンヒルデに、「もうバレー見たくないんで止めて下さい」と言える筈も無し。
 満身創痍の相川は尚の事、ここで勝ち逃げしたい所だろう。だが彼女が抜け出せば、代わりの生徒が駆り出される。

 誰も何も言えなかった。ただ一人、千冬を良く知る大人を除いては。

「織斑先生?そろそろコートを生徒に譲って下さいな?」

 笑顔で制する真耶に対し、キョトンとしながら千冬は反論する。

「何を言うか山田先生。まだゲームセットではないぞ」

 だが尚も笑顔を絶やさぬまま、真耶は意に介さず捲し立てる。世界最強なんて「言論」の前では無力、真耶はそれを解っているのだ。

「というかいつまでも教師がコートを独占しないで下さい、ボールが凶器と化していると自覚して下さい、他のコート立てるのも手伝って下さい、そしていい加減飽きました」

 有無を言わさぬ調子で正論を振り翳す真耶に、千冬は焦りを見せ始める。

「いや…だがな?今1対0でな?このまま止めたら私は…。だからせめて逆転するま───」

「お・り・む・ら・せ・ん・せ・い?」

「…」

 千冬が、あの世界最強が、試合にも勝負にも真耶にも完全敗北した瞬間だった。

「イエェェェェェ!!デートデートォ!!」

(山田センセイって時々強いな…)

 一人で勝手に大はしゃぎする相川。
 昭弘はもう少し続けたい気持ちもあったが、真耶の正論で目を覚ましつつ千冬を制した彼女に畏敬の念を示す。女は強しという言葉を聞いた事があるが、それはどうやらISや腕っ節の事ではなかったらしい。

 ギャラリーも千冬に勝ったコンビと真耶を称えつつ、そして心底安堵した。
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