IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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第63話 清新の紺碧、混濁の青藍、無常の雄黄 ②

 浜辺の何処に逃げようと、衰える事のないビーチの賑わい。

 

 サマーベッドで寝転がっているオレは、今この瞬間だけはそれを少し忌々しく思う。

 それだけ、この寝ると座るのいいとこ取りって体勢はかなり居心地が良い。おまけに日光はパラソルが防いでくれるし、サングラスのお陰で砂浜の反射光にも攻撃されず、暑さも差程気にならない。どころか時々カラっと乾いた風が吹くくらいだ。

 これでもう少し静かなら、言うこと無しなんだが…なんてのは贅沢か。

 

 

 だがリラックスしてばかりもいられん、どっかのタイミングで箒に…。

 

 伝えようと思えばいつでも伝えられる。紅い水着にそれなりの高身長、数少ない男である一夏と一緒ともなれば、探すまでもなく箒を見つけられる。何なら今も見えている。

 だが今更伝えて何になる、とも思っていた。本来なら会って直ぐ言うべきだってのは、オレにも何となく解っている。

 仮に言えそうなタイミングがこれからもあるとして、何と伝えるべきなんだ。未だ箒に抱くこの感情を理解出来ていないオレが。「似合う」と言って終わりか、それともどこがどう似合うか詳細に言えばいいのか。

 或いは逆に、それら感想を彼女に面と向かって伝えれば、この感情の正体も解るのだろうか。

 

 ……いや、そもそも考えるだけ無駄なのかもしれん。

 箒はオレじゃなく、一夏と一緒に居るんだからな。それが彼女の答えなら、オレの感情が解っても、何を伝えても意味なんて無い。

 ただ箒と一夏を困らせるだけだ。

 

 それでは駄目だと分かっていても、どうしてかそんな風に考えちまう。

 

 

 

 

 

「あーもうホント疲れた」

 

 オカマに群がる可哀想な女の子たちをどうにかやり過ごして、オレはこれでもかって程に伸びをした。

 姉さんに群がってる方がまだ有意義だよって、別れ際に言っときゃ良かった。

 

 んで未だ何も動けてない此方も哀れな女の子に、オレは仕方なく声を掛けてあげる。

 

「箒、今昭弘一人」

 

「…それがどうした?」

 

 え、この期に及んでまだそーゆー事言う?箒の良い所でも悪い所でもあるけど、流石に今回ばかりは後者。強情すぎ。

 

「「私の水着姿どう?」くらい言ってきたらって。今日まだ会話すらしてないでしょ?」

 

「いや……しかし昭弘も、先のバレーで疲れてる様だし……」

 

 はぁ…我が幼馴染ながら何て情けない…。剣の神様が泣くよ?恋愛の神様に笑われるよ?

 

 ってあーあ、ボヤボヤしてるから今度はラウラに昭弘取られたじゃない。

 そんな絶望感漂う顔する位なら、もっと行動しなさいよ箒。

 

 昭弘も昭弘だよ、このヘタレ筋肉。箒がオレと一緒に居て、嫉妬心の一つも湧かない訳?

 さっさと箒に話し掛けるなりすれば良いのに、何小難しく考えてんだか。

 

 

 ……アンタたちがそのつもりなら、オレにも考えがあるんだけどね。

 精々今の内にウジウジしとくが良いよ。もう何時間か経てば互いのビキニの感想どころか、本心を晒せ出さざるを得ないシチュエーションに追い込んでやるんだからさ。

 

 

 

 

 

 ビーチの賑わいはその種類を変えていた。少女らの纏まり無く延々と続く会話音から、特定の間隔で歓声が上がる観衆的な音へと。

 今、砂浜の至る所でビーチバレーが行われていた。

 

 幾度と無く往来する球体と、それを追う半裸の少女たち。それらを傍から眺めていようと、何かしらの感想に浸る事は今の私には難儀だ。

 我々無人ISの、本臨海学校への同行。理由は既に織斑教諭から聞き及びはしたが、我々が態々同行する必要性は見出せなかった。即ち、何か別の故があるのではと、余計で意味の無い憶測に思考を割いてしまうのだ。

 

 だがその一件への思考が何よりも優先されてしまう為、私は「海」という景色を目の当たりにしてもただ立ち尽くす事しか出来ない。

 この様な時こそ何かしらの指示があれば、余計な思考を閉ざせるものを。

 

「タロー!行ったよー!」

 

《ハーイ!》

 

《今度ハ余計ナ穴ヲ作ラナイデ下サイネー》

 

 だからか、皆様と楽しげにボールを追い掛ける能天気な馬鹿4匹が、今は酷く羨ましく思う。

 私にも奴等の様に思考を切り替える術が備わっていればと、思わずには居られない。

 

 

「アンタ…石像じゃないんだからさー」

 

 そう言いながらも声を掛けてくれる鈴音殿。貴女にも限られし「時間」があろうに、お人好しな事だ。

 

《御心遣イ、感謝シマス》

 

「別に。少し休もうと思ってたら、近くにアンタが居たってだけ」

 

 成程、ならば私も先ずは地べたに座すべきであろう。直立する私を見上げては、休憩する彼女の首も疲れようもの。

 そう小考した私は、背を丸める様に体育座りした。

 

 

 

 しっかり今日という一日を満喫している事に、アタシ自身ビックリしている。アイツの「助言」のお陰もあるのかな。

 けどだからこそ、何だか今日は皆と接し辛い。

 

 皆一見楽しそうだけど、やっぱどこかピリピリしてる。それだけ明日の演習を強く意識してるって事よね。

 そうでない連中だって、箒と一夏はデート中、昭弘やセシリアも何となく話しかけ辛い感じだし。

 

 そんでこうしてジロの所に来た。何か消去法みたいになっちゃったけど。

 

「今日もやる事ない?」

 

《ハイ。先程モ今モ、明日ノ事ニツイテ思考ヲ巡ラセテイル所ニ御座イマス》

 

 ジロの頭部から漏れる音声には、表情無しでも隠しきれない深刻さが現れてた。

 

「なら一緒ね。アタシも明日の事ばかり考えてる」

 

《シカシ、今ノ鈴音殿ニ緊張感ハ見受ケラレマセンガ》

 

 やっぱりそう見えてたか。

 まぁ、そう。アタシは皆と比べても決定的に欠けたものがあるし。それでも…いえ、だからこそ落ち着いていられるんだろうけど。

 

「だってアタシ、将来の事とか何も決めてないし。だから明日の演習をいくら考えても緊張しないのよ」

 

 そうは言っても正直な所分かんない、先を見据えてる人の心境なんて。ただ、将来のビジョンが無いアタシは緊張しない、だったら逆の人は緊張する。簡単にそう考えただけ。

 

 明日の事、もしかしたらジロは別の思惑について悩んでいるのかもね。それでもどっちにしろ、やっぱりもう少し楽に考えて欲しい。

 

 アタシと同じで、ジロにも目的が無い。そんな事、いつも格納庫前で言葉を交わしていれば嫌でも解る。それを知った時は、「自分だけじゃない」って卑しい安心を覚えたっけ。

 だからこそ、ジロだけ沈んでアタシだけ浮かれてるのは、何か嫌だった。折角の臨海学校…てのはアタシの価値観の押し付けだろうけどさ。

 それに、偶にはアタシが励まさないとね。

 

「先の事が決まってないアタシとアンタは、何だって目的に出来るって言ってんの。そう考えてみれば、不安も結構薄まるもんでしょ」

 

 よし、アタシにしては言いたい事をかなり上手く纏めた様に思える。周りの事ばかり難しく考えてるから、ネガティブになんのよ。

 

 だから自分の事をもっと考えれば、ジロも少しは気が楽になるだろうと、そう考えていたこの時のアタシは本当に思慮が浅かった。

 

《…アリガトウゴザイマス。シカシオ言葉ナガラ、鈴音殿ハ根本カラ勘違イヲシテオイデダ》

 

 ジロは音声に何の震えも起こさないで、そのまんま文字通り機械的にそう返してきた。

 

《“目的”トハ、複雑ナ思考回路ヲ持チ、ソシテ“限ラレタ時間”シカ生キレナイ人間ニダケ持ツ事ガ許サレルモノ。コアモ身体モ半永久デアル我々無人ISニハ、決シテ生マレヌ意識デス。故ニ、今ハ目的ガ無イダケノ鈴音殿トハ、根底ノ在リ方カラ異ナリマス》

 

 …「そんな事無い」と、言えないのが悔しかった。寿命が存在しないんなら、「生きている内に何か成そう」なんて意識も生まれない。

 けれどそれとは別に、アタシの口はこの状況を打開しようと必死に足掻いた。ジロたちが「機械」である事を、認めたくなかったんだ。

 

「けどみんな、アンタたちの事は…」

 

《ハイ、昭弘殿モ我々ハ人間ト同様生キテイルト、ソウ仰ッテ下サイマシタ。私モ嬉シク思ッテオリマス》

《デスガ、ヤハリ我々ハ人間ニナドナレマセン。ISトシテ生ミ出サレタ無機的人工物デアル以上、先ニ広ガルハ途方モ無ク膨大ナ時間ト、ソコニ残サレル自我ダケデス》

 

 …アタシは自分の思い上がりを恥じた。ジロたちの事を、理解したつもりになってたんだ。

 言葉を話せる、自我を持ってる、アタシたちと同じ様に思考する。ただそれだけで人間と同じなんだと、勝手に決めつけて。何かを成す為に必要な肉体すら、彼等には無いのに。

 知った風になって、強引に励まそうとするからこうなるんだ。アタシと同じ様に、気楽に構えれば良いだなんて。

 

 けどだって───

 

「…そんなの…虚しいわ」

 

 生きる目的が生まれないなんて、ただ日々が無情に過ぎていくだけじゃない。友人ならさ…そんなの認めたくないじゃない、励ましたくもなるじゃない。

 それでも…アタシが悪いの?ロボットに中途半端な同情を抱いて、余計な事言ったアタシが…。

 

《虚シクナド。我々ノ側ニハ、イツモ人間ガ居ルノダカラ。無限ノ可能性ヲ見セテクレル、アナタ方人間ガ》

《故ニ私タチハ人間ヲ何ヨリモ尊ク感ジ、ソシテ尽クソウト思エルノデス》

 

 ……皮肉な話ね。「無限」の名を持つISが、自分たちじゃなくアタシたち人間に無限の可能性を見出すなんて。

 結局アタシたちは、有限だからこそ何かを成そうと必死になれる。必死になれるから、何かを生み出せる。

 そんなアタシたちを尊いと言ってくれるジロは、本当に人間が好きなんだろう。同時に、決して人間にはなれない事も、他の誰彼以上に理解してるんだろう。

 

 そう考えると、今もああして楽しんでる無人機たちが、無性に物悲しく見えてしまう。彼等がどんなに人間らしくても、アタシたちとの間には絶対に崩せない隔たりがあるんだから。

 …それか、きっとアレは───

 

「…なら尚更、明日の事なんて気にせず皆の輪に入ったら?人間が尊いと思うんならさ」

 

 アナタたちの事なんて未だ僅かしか解ってないアタシが言っても、説得力なんて無いかもしんない。けどジロと同じく目的を持てない彼等だって、だからこそ人との時間を謳歌しているのではないか。

 

《…》

 

 アタシのそんな言葉を聞いて、ジロは黙り込んだ。紅く光る横一線のバイザーを、瞼を閉じる様に消灯させながら。

 

 けどそんな沈黙もアタシの予想より長くはなく、直ぐにまた紅い光を一の字に灯した。

 その表情すら無い鋼鉄の仮面は、アタシを真正面に捉えていた。

 

《……鈴音殿、今ノ私ハ───》

 

 ジロの言葉はそこで途絶えた。迫る人影を捉えたからだ。

 その余りに見慣れた人影は、当然アタシも把握した。話し込み過ぎたせいか、背後に立たれるまで気付かなかった。

 

「アンタたち、暇ならちょっと手伝って貰える?」

 

「…は?」

 

 今では珍しくニカッと笑いながら、一夏はアタシとジロの肩に手を置いた。

 けどその視線は次なる獲物に狙いを定めるかの様に、波打際で玉を追いかけるタロたちに向いていた。

 

「ゴメンね、鈴とアンタたちが適任なの」

 

 

 

 

 

 

 勝手に考え込んで勝手に沈んでいたオレの元へ、女子の集団から逃げてきたラウラが息を荒げてやって来た。

 他クラスの連中は皆どうやら、水着がダサい程度じゃ男への飢えは収まらんらしい。

 

「しまった!」

 

「厄介な所に…!」

 

 ラウラがオレの影に隠れた事で、女子の猛追も止む。オレはラウラにとってセーフティゾーンか何かなのか?

 

「ゼェ…ゼェ…勝手にどっか行くな昭弘!逃げ回りながら貴様を探すのがどれだけ大変だったか!」

 

 デカいんだから簡単に見つかるだろうと思ったオレだが、ああそうだった、横になってたから見つかりにくかったのか。それに加えて、遮蔽物の無い砂浜で逃げ続けるのは酷だったろうに。

 これはどうも悪い事しちまった。

 

「スマン。サマーベッドの心地良さを試したくてな」

 

 何であれラウラも来たし、オレもそろそろその辺ブラついてみるか。もう十分休んだ…いや、今は誰かと一緒に居たい気分になっていた。

 一人で黙っていると、また無駄に考え込んじまう。

 

 

 そんな訳で、砂浜を歩き回るオレとラウラ。

 

 ただ、このままオレと居たら、ラウラは海の楽しさを何も知る事無く一日が終わってしまう。折角オレに合わせてビーチまで来てくれたんなら、何でも良いからラウラにも楽しんで欲しいもんだ。

 オレとしても、遊べる時に遊んでおかないと損だしな。

 

 

 とか考えながら周囲を見回していると、ビーチバレーとは異なる一つの集団を目にする。棒を持った1人を、複数人が囲っている様だった。

 

「行ってみるか。見た限り面子は1組だけだし、ラウラがしつこく迫られる事もないだろう」

 

「……まぁなら」

 

 そういう訳でオレたちが足を運ぼうとするよりも早く、オレの巨体に気づいた相川らが手を振る。

 

「昭弘さんも、レッツスイカ割りですよー!」

 

 また聞き覚えの無い単語が出てきたと、オレは少しの興味を携えて近づき、ラウラは面倒そうに顔を顰めながらオレに続く。

 

 

 

 

───数分後

 

 相川たちの説明も終わり、早速競技に挑んでみた後の事だった。

 昭弘は目隠しを外して一人立ち尽くしていた。冷や汗を混ぜたその表情は「やっちまった」と、己の失態を後悔するものだった。

 手に持つヒノキの棒は、まるでスナイパーに撃ち抜かれたかの様にボキリと折れていた。

 

「凄い衝撃だったねアキヒー!アキヒーが打った砂場、アリーナみたいになってるよ~」

 

 砂を被り尻餅をついていながら、何ともなさそうにそんな感想を零す本音。

 

 すると今度は、砂の中から生まれた様にムクリと起き上がった相川が、スタスタと昭弘の元へとその身体を進める。活気を吸われた様な無表情で。

 

「あ…すまない相川。折っちまった」

 

「…いえ……棒は予備が腐る程あるのでご安心を。…それより昭弘さん」

 

 そう言い、砂まみれのまま昭弘の右肩にポンと平手を乗せる相川。

 

「すみません!やっぱアナタはゆっくり観戦していて下さい!」

 

 相川必死の懇願を聞き、昭弘は誰に言われるでもなく周りに倒れ伏す有象無象を見渡す。そこには衝撃によって巻き上がった砂を浴び、未だ砂浜と同化しかけているラウラたち。そして昭弘から少し離れた所には、砂を被りながらも傷一つ付いてないスイカが。

 怪我人が出なかっただけ良かった。

 

「……そうさせて貰う」

 

 そう相川の言葉を素直に聞き入れ、昭弘はその場で皆に何度か頭を下げた。

 何はともあれ、スイカ割りが予想より遙かに難しい競技だという事だけは深く理解出来た昭弘であった。

 

 

 

 

 オレが起こした暴発からすぐ、まるで何事も無かった様にスイカ割りが再開された。彼女たちの遊びに対する執念と切り替えの早さには、畏敬の念すら抱く。

 

「オオッ!悪くないよラウラ!」

 

 端から見るとフラフラで、とても悪くない様には見えないが…オレはアレより酷かったのか。

 

 だがラウラも割と楽しそうだし、その辺りは良しとするか。

 この様子なら、皆にラウラを任せても大丈夫だろう。スイカ割り以外にも、彼女たちなら海の面白さを色々とラウラに教えてくれる筈だ。少なくともオレよりかは遥かに詳しいんだからな。

 

「さっきは残念だったねアキヒー。凄さなら間違いなくアキヒーが優勝なのに~」

 

「それで優勝なら別のスポーツになっちまうな」

 

 布仏は本当、いつでもどこでもこのテンションを維持出来るのは誇張無しに見習いたい部分がある。状況がどう変わろうと、それを楽しんじまうのはある種の才能だ。正にオレとは対極の存在だろう。

 さっきの爆発でも一人だけケタケタ笑ってやがったからな。

 

 それなのに、今日の布仏には奇妙な違和感があるような。

 いつもの笑顔に間延びした声。水着姿は少し独特だが見かけ上、特に気になる点も無い。

 

 その違和感が何なのか、時間を要する事無くオレは気付いた。

 

「今日はオルコットが一緒じゃないんだな」

 

 オルコットが海好きなのかは分からんが、布仏と楽しそうに水着を買い漁っていた様子から、今日という日を心待ちにしてたのは確かだろう。

 そのオルコットが折角のビーチで、布仏の近くにすら居ないのは不可解だった。いくらアイツが素直じゃないとは言え、行動くらいは布仏と共にすると思ってたんだが。

 

「だって折角のビーチなんだよ~?オリムーにアタックするチャンスなのに、私とばかりくっついてたら勿体ないよセッシー」

 

「……そういう助言をオルコットにくれてやった訳か」

 

「そ~」

 

 そりゃ布仏と一緒に居辛くもなるわな。大方、「それもそうですわね!」とか勢いで言っちまったんだろうな。

 

「ラウラそこでストップ!向きはそのまま!」

 

「む、ここかッ!」

 

ボゴォッ!!

 

 硬い外殻がヒノキ棒の重い一撃によって弾け、赤い中身が血肉の様に晒される。

 直後に来るのは、ラウラたちが高らかに上げる歓喜の声だった。

 

 だがオレの意識は、もうスイカとそれを囲う皆から離れていた。

 

「…布仏はどう思ってるんだ?」

 

「勿論、時間が許す限りセッシーと居たいけどさ~~」

 

 奇麗な即答だった。笑顔も声の調子も一切変えずに放たれたその言葉は、何だか聞いていて無性に悲しくなった。

 今も我慢してるんだろうな、オルコットが居ない寂しさを。それも、オルコットの為を思って。

 

 それが見るに堪えないオレは、言わずには居られなかった。

 

「…オルコットの奴、一夏と一緒には居なかったぜ」

 

 言った後、オレは見た事の無い布仏の表情を目の当たりにして驚く。いつもの笑顔から真顔へと崩したんだ。そのままオレを見ながら斜めに傾く顔は、明らかな疑問の仕草だ。

 アレから時間も経った、今はもしかしたら一夏と一緒に居るのかもしれん。だがきっとそうはならない理由を、オレは無表情で見つめてくる布仏に話す。

 

「一夏は最初っから箒と一緒だ。いくらオルコットが必死でも、そんな2人のデートブチ壊す真似はしないだろう」

 

「……じゃあセッシーは今、誰と何処で何してるの~?」

 

「それを確かめたいなら、尚の事オルコットを探しに行ったらどうだ?それくらい良いだろう」

 

 本当の事を言うより、多分こっちの方が良い。どっちにしろオレが教えんのは野暮だ。

 

 布仏はほんの少し俯いた。角度こそ小さいが、オレの目の位置からじゃ彼女の表情を窺い知る事は叶わなかった。

 オルコットに伝えた助言を余計であったと悔いているのか、尚行かないと意地になってるのか。

 

 だがその俯きも短く、顔を上げた布仏はまたいつもの可憐な笑顔に戻っていた。

 

「アキヒーごめ~ん。ちょっと外すね~」

 

 そう言って布仏は、自由気ままな野良猫の様に去って行った。コソコソって訳でも慌ただしい訳でもなく、まるでいつもの事であるみたいに。その様子だけで、誰に会いに行くのかは言われるより鮮明に解る。

 相川たちはオレが上手く誤魔化しといてやるか。

 

 

 これが正しいのかどうかは、正直オレ自身怪しい所だ。会えるとも限らんし、布仏に問い詰められたオルコットがまた余計な事言うかもしれん。

 だがまぁ、互いに会いたがってんなら別に会わせたって良いだろう。後は馬鹿なオルコット次第だ。

 

 

 

 傍からは鮮明な、オルコットの愛。だが当の布仏は気付かない、か。人を好きになるってのは、やはりそういうものなんだろうか。

 誰であろうとも、自分への好意を知るにはやはり直接確認するしかないのか。いや、確認した所で相手が本心をそのまま言葉にしてくれるんだろうか。

 

 何故人間ってのは、己への好意にこうも気付かないんだろうか。己がその相手の事を好きでも尚。

 何故どっちも、好意を言葉に出来ないのか。

 

 そんな思考を纏めず箇条書きで羅列しているオレは、オルコットを探すべく人混みへと消え行く布仏を最後、一瞬だけ視界に収める。

 

 自身の事をどう思っているかなんて解らない、それでも尚オルコットへ会いに行く布仏を。

 それが出来るのは、自身の心が解っているからだ。

 

 当然それだけじゃなく、気になる相手へ対面しに行ける強さを持ってるからだ。

 

 

 




・おまけ



「右右!あーもうちょっと右!…そう!そのままゆっくり前進!」

 ブルーシートの上で甘い中身を護りながら静止するスイカに近づくは、目隠しをした布仏だ。さっきから野次の如く指示を飛ばしているのは、相川含めギャラリー全員だ。

「地面が揺れるぅ~~」

 だが事前に身体を軸に回転し平衡感覚を狂わせている布仏は、指示通り真っ直ぐには進めない。

「えいっ!」
 
 ドス…っと、彼女が振り下ろす硬く重いヒノキの棒も、空を切っては砂場を抉るだけだった。

 そんな具合で何度か棒を振り下ろす布仏だったが、谷本の持っていたタイマーが鳴り響いて強制的に終了となる。90秒、思ったよりも短い制限時間だ。

「また駄目だったよ~~」

「てな感じです!2人とも解った?」

 確認する相川に、オレとラウラは取り敢えず無言で頷いて見せる。
 ルールは解ったが…楽しいのか?コレ。スイカなんざ、さっさと切って食っちまえば良いじゃねぇか。それに、食べ物で遊ぶのもどうかとオレは思うんだが。
 ラウラも表情を見る限り、きっとオレと似たような事考えてるんだろう。

「……兎も角やってみよう」

「その意気です!」

 見てくれこそアレな競技だが、楽しいかどうかは実際にやってみなけりゃ解らん。


 鉢巻きで目隠しをし、既に目も回したオレは打つべき的に備え棒を強く握る。
 今自分が何処を向いているかは判らないが…何、指示通り進んで棒を振り下ろせば良いんだろう?身体のフラつきだって、体幹と脚に意識を集中させれば訳ない。
 前の世界に今の世界、どんだけグシオン激しく動かしてきたと思ってる。

 そうしてタイマーが数字を刻み出す。

「ハイ!じゃあそのまま左向いて!」

 左を向く。

「いや向きすぎ。ちょっとだけ右向いて!」

 右を向く。

「いや、あー…まぁいいや!そのままゆっくり直進で!」

 歩を進める。

「いやいやいや!!思いっきりカーブしてますって!回れ右です回れ右!」

 駄目だ、どうやら思った方向に進めていないらしい。想像以上に難しいな。

「アキヒー!そのまま左にカニさん歩きすればスイカの近くまで着くよ~~!」

 承知した。左足を真横に突き出して、右足も同じくそれに追従させる。オレはそれを繰り返しながら横歩きに務める。

「いやストップ!ストーップ!!」

 チッ、だぁもうじれってぇな。「ストップ」って事はここなんだろ?もう振り下ろすぜ。

「あっ、ちょ───」

バォッ!!



ズッパァァァァァァァァン!!!



 小さな集団の中心で突如、地雷でも暴発した様に砂煙が舞い上がる。その図太い柱の高さは5m近くにはなろうか。

 爆発によってそれだけの砂柱が立ったのだ、無論そのエネルギーも凄まじく、砂を纏った衝撃は水着の小集団を飲み込んだ。

 まるで鰯の群れがダイバーを取り囲む様に。
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