IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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第63話 清新の紺碧、混濁の青藍、無常の雄黄 ③

 どんよりと座り込む私ことセシリア・オルコットを、青々とした空は真上から日射しという熱で煽り、深々とした海は潮風を吐きながら嘲笑する。

 

 当然ながら、好きで一人で居る訳ではない。一緒に居たい人ぐらい、私にだってある。

 それが出来ない理由は至極単純で、「好きだ」「一緒が良い」等々、人間が自然的に抱く感情を私自身言葉に出せないから。

 

 そうして気持ちを隠す為に、相手に気づかれない為についてきた嘘は、今正しく自分の首を絞めていた。

 今、私は一夏に見て貰うべく水着を選び、そしてその水着を以てして浜辺にて猛アピールをする…という筋書きになっている。彼女の中では。

 

 一夏と箒が本気でデートしてる中、そんな私が邪魔出来る道理なんてどこにあろうか。

 大体が、いずれ本音に気付いて貰わねばならないのに、その彼女から気付かれない為に他の人間とデートするなんて馬鹿げている。

 

 故に私は友人たちと共に居るでもなく、皆から大部離れた堤防の上で体育座りをしながら一人黙々と考えるのだ。この美しいビーチにて本音と2人の時間を過ごすにはどうしたら良いか、と。

 

「ハァ…」

 

 この後に及んで「素直に全て白状する」という選択肢を考えない愚かな自分に、つい溜息が出てしまう。

 けれども、例え意気地無しと解っていても私は未だ本音に告白なんて出来ない。

 

「折角のビーチですのに…」

 

 この一言に尽きる。どれだけ頭を回しても名案なんて浮かばず、代わりに湧き上がるのは一人で何をしているのだという己への落胆のみ。

 

 

 

「セッシー、堤防で一人座ってると目立つよ~?」

 

 雛鳥の羽毛みたいに柔らかい声。それを聞いた私は目を丸くしながら声の主を見据えると、まるで開かれた瞼から鬱屈が排される様な感覚に襲われる。

 もう下らない思考なんて、頭のどこにも残っていなかった。

 

「オリムーと一緒に居なくて良いの~?」

 

 だが幸福も束の間、いきなり本音はその件について問い質してきた。

 当然、私の中では考えなんて纏まっていない。しかし…今彼女に対して抱いている感情だけは、今までのどんな感情よりも鮮明に把握出来ていた。

 その感情は今この瞬間、どんな思考よりも過去よりも未来よりも優先すべき、決して言い逃してはならないもの。

 

 こんなにも蒼く美しい場所で、こんな風にいつもみたく本音に会えて話せる事がただただ───

 

「嬉しいですわ」

 

「何が~?」

 

 天使に聞き返されて、私は己の失態に冷汗をかく。

 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿私の馬鹿、本当に言う愚者がどこに居ますか。しかも何の飾りも無くそのまんま。

 

 焦るなんて次元ではない。脳の溶けるふんわりとした状態から一気に硬質な流氷へ。心の急変に思考はまるで追いつかず、返せたのは反射に等しい言葉であった。

 

「い、一夏が箒とデート中でしたのでぇ!どうすれば良いか丁度本音から助言を…と…」

 

 考え無しに放った、心にも思ってない言葉。途中で私は「あ…」と後悔の声を出す事が出来たが、ここまで言ってしまえばもう遅かった。

 

「もぉ~セッシーは~。取り敢えず様子見たいから、オリムーとシノノン一緒に探そ~~」

 

「!」

 

 そう言って背を向ける彼女。

 同時に私の中で煮え滾ったのは、反射など介入する余地の無い先程の強き感情。

 

 私は再びその感情に突き動かされ、しかして反射では有り得ない確かな落ち着きを宿して本音の手を掴んだ。

 

「…セッシー?」

 

 そのまま私は彼女の手を引き、身体を引き寄せては真正面に向き直す。

 

 今の私の表情は、本音にしか解らない。何となく笑っているのは自分でも解るが、私の表情筋は不慣れに震えている様な感じがした。そう、これはきっと初めての表情だ。

 

 すると今度は彼女の両手を私の両手で以て包み込み、更に身体ごと顔を近付ける。

 そうして捻くれた私なりに、素直に言い放った。

 

「波打ち際を2人で、ゆっくりと歩いて探しましょう?時間はたっぷり御座いますわ」

 

 私をその瞳に捉えたまま、彼女は時間が止まったみたいに固まる。

 その停止から目覚めた後の表情は、普段通りの、普段以上の花満開な笑顔だった。

 

「うん!」

 

 私たちは砂浜に続く近くの階段へと、私の言葉通りゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 塩という物質をふんだんに含んだ、純粋ではない然れど美しい水。人の力無しに長大な帯となって砂浜に繰り返し乗り上げるそれは、無機物なれどまるで生きた宝石の群れだ。

 その上を、或いはその中を無邪気に駆け回る天使をずっと見つめながら、私は塩水の帯と砂浜との境界線をゆっくり歩いている。

 

「セッシーもホラ~~!ひんやりしてキモチーよ~!」

 

「ハイハイ」

 

 天使もとい布仏本音の手招きに、抱き締めたい衝動を抑えながら私は静かに従う。

 一歩、また一歩と進み、砂の大量に混じった生温かい浅瀬から、漸く水らしさを感じる膝から上程の深さまで到達する。

 今日初めて、そして久しぶりに浸かる海水。

 

 

「…ところで本音?」

 

 

 その冷たい塩水のお陰か漸く普段の冷静さを取り戻してきた私は、ずっと本音に言っておきたかった事柄をやっとの事で口に出来た。

 

「何ですのその水着は!!?」

 

「えへへ~、可愛いでしょ~?」

 

 いや、えへへ~ではなくて…。本音が愛らしいのは事実だが、着る水着にも限度があろうに。アルトランドやその他諸々より余程衝撃的な外見に、何故誰も突っ込まず普段通り接していられるのか。

 端的に述べると、ソレは露出部位などほぼ無い「着ぐるみ」である。全体を覆う色は黄色、胴体の前面は獣の腹部を模しているのか白く、頭部に付随しているのは角の如く尖った獣の耳。

 

「ほ、本当にソレ、水着ですの?」

 

「素材的にもちゃんと水着だよ~~!凄いよね~最近の水着~!全然暑くないし~」

 

 凄いで片付けてなるものですか!一体何百年後の話です!?水着とは本来水の中を泳ぐ為にあるものではないのですか!?

 と、今までの私なら取り乱すだろうが、ここで彼女のペースに乗せられてはならない。本音を本気に想うのなら、お世辞ではなく正直な感想を伝えなくては。

 いや実際、余りの衝撃に心は未だ乱れまくってはいるが、そこは奥に押し留める。

 

「確かに、本音らしいユニークな水着ですわね。ですがやはり私たちは乙女。水着くらい、自分を可愛く美しく見せるべきでは?」

 

 私の意見を聞いて、本音は笑顔の種類を変える。まるでこちらの心境を当ててみせようと、そんな冗談めいた笑顔に。

 

「セッシーはそんな私が良かった~?」

 

 その言い方は少し卑怯ではないだろうか。冗句の類いで言っているのか本当に私の心を見透かしているのか、判別が出来ない。

 なら私としても、冗句と本心を織り交ぜるとしよう。

 

「まぁ、見ているだけで暑苦しいその水着よりかは…」

 

「分かった~!じゃあ脱ぐね~!」

 

 は?え?脱ぐ?

 

 知能指数が大きく低下した私の脳にそれらの単語しか浮かんでこない中、本音は既に砂浜へと戻って着ぐるみ擬きを脱ぎ払っている。

 

 中から現れたのは…天使。それは先程からしつこく使っている比喩などではなく正真正銘、生美しい素肌を存分に晒した本物の天使だ。

 

「2つ買っちゃった~!」

 

 色こそ同じ、黄色い水着。だが生脚全てを晒し、腹部を晒し、両腕も背中をも曝け出したその姿は、本音の雰囲気を大人の女性へガラリと変える。

 大人っぽ過ぎるのを抑えるべくブラとパンティに宛がわれたフリルが、本音が普段から醸し出しているセクシーとキュートを更に高次の層へと引き上げる。

 

「えへ…どう?」

 

 可愛い以外に何と答えれば良いのか。そう直で思いながらも、私は的確な感想を探っては本音の佇む砂浜へ進む。

 そして驚く程早く到着したが、何、この私に「可愛い」以外の詳細な感想が見当たらないなんてそんな事―――

 

「可愛いですわ。とても、とても…」

 

「それだけ~?」

 

 全くである、長年英才教育を受けてきた人間の発言ではない。我ながら本音関係で動転するとすぐこうなる脳味噌が恥ずかしい。

 だが今の言葉は間違いなく、今まで彼女に接してきた中で最も誤魔化しの無い素直な言葉だった。

 

 そんな訳で我を忘れた馬鹿丸出しのまま本音を見つめる私に、彼女は潤う瞳を少し脇へと反らしながら言葉を贈る。

 

「セッシーも可愛くて奇麗だよ」

 

「!」

 

 嗚呼、そうであった。私は本音に見て貰う為に、この水着を選んだのであった。大海原の色に、ブルー・ティアーズの色に似せた、深い蒼に染まったパレオの水着を。

 

 では何故?どうして本音に見て貰いたいと感じた?セシリア・オルコット、お前は何の為に今この場に居る?

 

「……ねぇ、セッシー」

 

 ずっと本音を視界の中心に収めては固まる私に、本音は答えを言い渡すかの様に訊ねる。

 

 

「セッシーって…誰が好きなの?」

 

 

 だろうと思った。2人で浜辺を歩こうと私が提案した時から、或いは防波堤で会った時から、若しくはそれよりも前から、彼女は薄々感づいていたのだ。私が一夏を愛しているのではない事に。

 それどころか、私が本音を愛している事すら、もう彼女自身お見通しなのかもしれない。先程からあれだけ露骨な言動を繰り返しては、そう思われても仕方ない。

 それでも、私がちゃんとした言葉で答えない限り、本音の中で確信は芽生えない。

 

 私はそんな彼女の質問と私自身の自問に対する答えを、もう既に知っている。

 

 忘れもしない、入学式の日、高慢ちきな私がクラスメイトから顰蹙を買っていた1年1組の教室。

 そこで私はこの子と出会った。私の唯一尊敬する「あの人」とはまるで異なる、持ち前の愛らしさと優しさと自由奔放さで振り回してくるこの子と。

 休み時間が来る度に何の打算も無く話し掛けににてくれた彼女だったが、あの頃の私はそんな彼女を適当にあしらう事しか出来なかった。一夏という存在に、アルトランドを排除する事に夢中だったが為に。そして「あの人」から愛を教わらなかったが為に。

 

 愚かだった。自分自身で作った孤立の壁なんて気にもせず接してくれた事が、私に向けてくれた心からの笑顔がただ嬉しかったのに、馬鹿みたいに気付かないで。

 思えば私はあの頃から、素直ではなかったのだ。最初からそんな本音の事を誰よりも気に掛けていたのに、最愛の殿方を見つけた等と勝手に思い込んで舞い上がって。やっとその事に気づけたのは、ISTT中にベンチで彼女と話してからだったか。

 何が「大きな太陽に隠れた小さな太陽」だ。最初から私にとっての太陽は、この子だけだったと言うのに。

 

 成程、これは確かに捻くれているにも程がある。

 

「……私は」

 

 今の私なら、本音に「好きだ」と伝えられる。小さい声量なら盗み訊かれる事もありませんし、私の精神も自分でも意外な程落ち着いている。

 けれど───

 

「………ごめんなさい。今はまだ、言えませんわ」

 

 今その想いを伝えて、本音からどんな答えが返って来ようと、私はきっと駄目になってしまう。

 これで良いのだ。今は自分自身の為に、感情を抑えるのだセシリア・オルコット。行く行くはそれが本音の為にもなる。

 

「…そっか」

 

 彼女は答えない私を糾弾する事無く、いつもの優しい声でそう一言返した。

 

 歯痒い、歯痒すぎる。これだけで、今日という一日はもう何事も無く過ぎ去っていくのか。こんな、何の進展も無いまま。

 

 と油断していた私に対し、本音は唐突に再度口を開いた。私をしっかり見据えた彼女の顔は、恋する乙女の赤を宿していた。

 

「…あのね?因みにね~?私の好きな人は───」

 

ザッ

 

 私は既に動いていた。

 言わせてはならない、決して。

 大丈夫、未だ名前は聞こえて来ない。少し乱暴で本音には本当に申し訳無いが右手で塞ぐ、その小さい口を。大声で本音の言葉を遮る手もあったが、動き出してはもう遅い。

 

 だが余りの焦りから身体は思った通りに動かず、駆け出した私の両脚は2~3歩の時点で絡まってしまう。

 

「あっ」

 

 そのまま私の乳房が彼女の更に大きい乳房に接触し、本来なら私だけ顔面から倒れ伏す筈の地点に、本音も重なって共に転倒。

 私が上から覆い被さる形になってしまったが、彼女への被害は最小限に抑えられた筈。倒れ伏す瞬間、有能な私は咄嗟に左手を彼女の後頭部へと回し、更には右肘、右膝、左膝を地に着ける事で体重を極力掛けない様にしていた。

 

(…………?)

 

 だが私の想定にない、妙な感触がある一点に生じている。

 それがどうしても気になった私は漸く瞼を開けるが、眼前には限界まで拡大された本音の瞳が。故に、感触の正体を視認する事が出来なかった。

 

 想定外が生んだ動揺から帰還した私は、妙な感触が“唇”から生じているものだと知る。

 余りに慣れない感触だからか、自分の唇が何に触れているのか把握するのに時間が掛かってしまった。

 

 把握したのは対面する互いの顔の位置関係からだ。私の右目の直ぐ側には本音の左目、即ち鼻の側には鼻、では私の唇に触れているモノは───

 

 

 

 

 

 本音の“唇”だ。

 

 

 

 

 

 言葉を話す、食物を口にするしか生まれてこの方使ってこなかった己の唇。

 そんな“ファーストキス”の触れ心地。食パン、衣服、そして羽毛布団、それら柔らかい物たちとはまた違ったヤワらかさ。フルーツの様に瑞々しく、然れど生温かく、まるであるべき所に収まるかの様なフィット感。

 だがそれら完璧な心地良さを生み出せるのは本音以外に有り得ないと、私自身に強く思わせるナニカ。それをもっと知りたいと、もっともっと深く唇を唇にねじ込ませ───って

 

「ウ゛ォ゛ワ゛ォゥッッッッッ!!!!!」

 

 私は淑女らしさなど海にぶん投げる勢いで奇声を発し、即座に本音から退いてみせる。

 

 だがもう色々と遅かった。

 余程派手な転倒だったのだろう、既に周囲は生徒たち野次馬に囲まれていた。

 

 

 

 

 

 スイカ割り組が解散した後、やはり気になったオレは布仏とオルコットを探していた。箒にも会わずに何をしてるんだと己を小馬鹿にしながら、な。

 

 んでもってまさか歩いた先に、オルコットが布仏を押し倒している光景に出くわすとはな。予想の斜め上過ぎて、ドン引きはしないが反応に困った。

 本人は不可抗力を主張しているが、それでも事実は変えようがない。…あ、オルコットの奴泳いで逃げやがった。

 

 だがオルコットも布仏も、赤くなってた原因は恥ずかしさだけでもあるまい。どちらも嫌な、或いは後悔している様な顔とは程遠かった(皆に見られた事だけは後悔してそうだが)。

 お互いの想いをどこまで確かめ合えたかはオレの知る所ではないが、何も100%でなくても良い。互いの心を、時間掛けて少しずつ確かめ合えればそれで。

 完璧に解り合うなんざ、人間には過ぎた領分だ。

 

 そして同じ景色を目にしなければ、同じ音を聞き入れなければ、同じ空気を吸わなければ、互いの少しすら確かめる事は出来ん。

 だから人は、大切な人と一緒に居ようとするんだ。

 

(…確かめるべく動け、か)

 

 オレはさっき布仏に言った言葉を自身に言い聞かせた後、大切な事を行動で教えてくれた彼女に、一方的な感謝の念を送った。

 

 

 

 

 鈴音は腕を組み、長い砂浜を歩きながら考えていた。

 一夏の作戦に喜んで参入したはいいものの、いざ取り組んでみると中々に難しいものがあった。

 本当は無人機たちと相談したかったが、彼等も彼等でやるべき事があるので仕方なく一人こうしていた。

 

(後から連れて来る箒についてはもう考えてあるとして……問題は昭弘よね。どういう理由付けで「小島」に待機させるか…)

 

 言わずと知れたであるが、昭弘は鋭い。相当理に叶った誘い文句でなければ、間違い無く怪しまれる。かと言って正直に企てを話せば、最悪断られて終わりだ。

 

 等と考えていた矢先だった。

 

「鈴、ちょっといいか?」

 

「……ふぇ?」

 

 日射にやられながら浅瀬と砂浜を行ったり来たりする鈴音に、問題の巨漢が話しかけてきた。

 

 

 




・おまけ



 ビーチバレーのコートを幾つかセットし終えた私は、生気が抜ける様な溜息をついていました。
 疲れからではなく、憂鬱から来るものでした。

 私は「海」が少し苦手です。はつらつとはしゃいでいる生徒たちを見ていると、更なる陰鬱が心を満たします。
 学生時代、青春らしい青春をまるで送れなかった私にとって、この「青春そのもの」と言える空間はどうにも馴染めません。
 寧ろ苦痛とも言えます。今の私は教師、生徒たちがトラブルを起こしたり逆に巻き込まれたりしない様、神経を尖らせねばなりません。教師の風上にも置けない言葉ですが…本来楽しい空間で生徒たちと楽しめないのは、正直中々に辛いです。

 そういう意味では、職務と娯楽をきっちり両立出来てる織斑先輩が羨ましくあります。

 或いは、学生の頃から今現在まで変わらず青春を渇望する私の稚拙さが恥ずかしいです。

(…駄目ですよ真耶!これは仕事なんですから…切り替え切り替え!)

 そう一人黙々と葛藤しながら砂浜を歩いている私の視界に、ある集団が飛び込んで来ました。更にまるでその集団から逃げる様に、オルコットさんが凄まじい速度で泳いでいました。
 当然私は駆け寄ります。「何かトラブルでもあったのでは」という至極教師らしい理由と、ある人物がその集団に紛れていたからという非常に個人的な理由を携えて。
 
 アルトランドくんです。アルトランドが、集まりの中に紛れていたのです。

 恋愛経験どころか異性と接した事すら殆ど無い私には、男性への耐性がほぼありません。「教師」という心の切り替えが無ければ、話しかけられただけで言葉が継ぎ接ぎになってしまう程に。

 それでも彼に近付く理由は、お恥ずかしながらアルトランドくんが私の好みど真ん中だからです。

 当然、向こうに私と付き合う意思はありませんし、私も生徒と淫らな関係を築こうだなんて思いません。
 ただ、彼が卒業するまで待つ…なんて覚悟も無い訳で…。けれどッ───

「アルトランドくん!何かあったんですか!?」

 ほんの少しくらい、青春を味わいたい。そんな我欲と教師としての務めに挟まれていた私は、そうアルトランドくんに訊ねました。

「山田センセイ。いや……これは…(女同士でキスしてたなんて言えねぇよな…)」

 彼の困惑は手に取るように分かりました。
 嗚呼、やっぱり焼肉屋で私の好みの男性像を聞いてしまったから、嫌に意識してしまっているのでしょうか…。織斑先輩が憎い!

「オルコットと布仏が、激しく転倒しちまったんです。余りに派手だったもんだから、皆何事かと集まっちまったんです。それが恥ずかしくて逃げたんじゃないすかね、オルコットは」
「ああけど、誰も怪我とかしてないんで大丈夫っス」

 それを聞いて、私は一先ず安心しました。まぁオルコットさんに関しては、あれだけ元気に泳いでいますし大丈夫だとは思ってましたが。
 
「…」

「…」

 あぁぁぁぁぁ~~~~~!!青春らしい事って言っても一体何をすればぁ~~~!?アルトランドくんも私に苦手意識持ってるみたいですしぃ~~~!何か話す?それじゃいつもと同じじゃないですかぁ~~~~!!

 そ、そうだ!腕を組むくらいなら、例え教師生徒の関係でも許されるのではないでしょうか。い、いやけどそれはあくまで私個人の尺度であって、アルトランドくんが「セクハラだ」と感じればそれは立派なセクハラになる訳で…一応密着みたいなものですし…。
 第一男性耐性皆無の私が「男の中の男」である彼に触れて、正気を保てるかどうか…。

───!

 閃きの後、私は震える声を懸命に抑えながら、彼に再度の声を掛けました。

「あの…ア、アルトランドくん?じ、実は一つお願いが…」

「何すか?」

 触れただけで無耐性の余り私の心が焼け落ちてしまいそうな超肉体を前にして、私は手を震わせては耐水ポーチから液晶携帯を取り出す。

「思い出作りに、ツーショットなんてどうでしょうか!さっきから何人かと撮ってまして!」

 うん、嘘ではない。さっき2~3人の生徒と撮りましたし、嘘ではない。

「あーはい、構わないっスよ」

「ほ、本当ですか!?」

 私は拳を上げたい衝動を抑え、急いで準備をする。
 お、落ち着いて真耶、さっきやったのと同じですよ?ええと、先ずは自撮り棒を伸ばして…とその前に携帯カメラを自撮りモードに設定しないと…で、携帯を棒の先端にセット。あとは大海原をバックにすれば…。
 良し!我ながらスムーズな準備です!

 ただ、問題はここから…。

「山田センセイ、もう少し近付いた方がいいんでは?一応ツーショットなんすから」

 緊張の余り近づけない。もしそれで肌と肌が触れ合ったら…私、気絶する自信があります。私の純情っぷりを嘗めないで下さいアルトランドくん。
 で、でも、えへへ…。私は今どんなニヤケ面を晒しているんでしょう。年下でしかも長身で大人びたアルトランドくんと、ツーショットだなんて…。私今、人生で初めて明確に女としての喜びを感じているのが解ります。

 これ、もしかしてすごく青春してるんじゃないですか!?

 と、と、兎に角、気を落ち着かせて…足を3センチ…いや2センチだけ近付けましょう。これなら、画面にギリギリ2人が収まる筈。

 そう鼓舞する様に己に言い聞かせながら再び液晶を見てみると、林檎の如く赤く染まった私の顔と彼の精悍な顔が画面の殆どを埋めていました。
 
 
 そして画面端には、未だにバシャバシャと水飛沫を上げるオルコットさ───


「ごめんなさいアルトランドくんッ!やっぱりツーショットは無しで!」

「センセイ!」

 私はその場から走り去りながら、携帯やら自撮り棒やらをポーチへ仕舞い込むという、器用な事をしてのけました。
 そして波打際を爆走しながら叫びました。

「オルコットさぁぁぁぁぁんッ!!!何処まで行くんですかぁぁぁぁぁ!!?」

 無我夢中で両腕両脚を前後に振り、声を張り上げながら、私は辞世の句宜しく最後心にこの言葉を言い刻みました。


───さらば、私の青春
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