IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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今作の千冬に読心術はありません。







第64話 心は深海

───20:09

 

 辺りの暗さが示す通り、砂浜で真夏を謳歌していた生徒たちは今や旅館の中だ。

 

 汗と塩を洗い流し、腹も十分に満たしたIS学園生徒たち。

 後は各部屋で色恋話に花咲かせるか肝の凍る話で更に涼むか、卓球で汗をかいた後再び浴場にて身体を清めるか、過ごし方は様々であろう。

 

 

 此処「桔梗の間」においても、各々が各々の時間を過ごしていた。

 

 数枚重ねた座布団の上に踵を置き、聳え立つ両足目掛けて頭を何度も持っていく昭弘。繰り返す度、腹の肉が波打つ。

 重しを握り締め肘を伸ばしたまま、手の甲を目線までゆっくり上げる一夏。遅い振り子と化した腕は、三角筋に重い痛みを与える。

 2人の吐息と汗により、部屋内に湿気が充満していく。

 

(己が肉体への執念とは恐ろしいものだな)

 

 布団に身を投げ欠伸をしながら、呆れと敬服の混じった視線を2人に向けるラウラであった。

 

 

 

───21:01 再度、桔梗の間

 

 ノルマを消化し、入浴で汗を流してきたオレたちは今、意外な人物を部屋に迎え入れていた。

 

「さぁて、恋が思考を支配する時間になってきたな諸君」

 

 織斑センセイは缶ビールを片手に、そんな第一声を放ちながら当然の様に仕切り始める。恋愛に疎いオレには言ってる意味が解らない。

 

 それだけならまだしも、突然の来訪で困惑しているオレとラウラは、非常事態かと身構えていた分余計に反応に困った。朝が苦手なラウラに至っては、明日に備えてすぐにも寝たいのかあからさまに嫌そうだ。

 対して流石は弟といったとこか。姉の奇行を完全に予想していた一夏は、準備万端って感じだ。

 

「…織斑センセイ、一応今は課外授───」

 

「よし、では先ず一夏からだ」

 

 オレの余計な忠告を無視し、早速センセイは意中の相手が居ないか情報収集に出てきた。

 

「昭弘が一番好きでーす。ハイおしまい」

 

「あぁ…そういう話なら、私も昭弘が好きですが」

 

 そいつは嬉しい限りだ。

 

 だが即行で色恋話を終わらせた一夏とラウラに対し、センセイは溜息を吐く。「違うそうじゃない」と、心の中で言ってるのだろうか。

 オレに気になる相手が居ないと前回の焼き肉で把握している彼女は、開始1分でもう話が終わってしまうと危惧している様だ。

 

「…お前ら男としてそれで良いのか?花の園に身を置きながら」

 

「はい」

 

「全然問題なくない?」

 

「…」

 

 絶句に陥るセンセイ。それはまるで一夏とラウラの性別自体すら疑っているかの様相だ。

 女のアンタに男の何が解るんだと、オレとしては小さな反論を送りたい所だ。

 

 その後、今度はオレにまるで憐れむような視線を送る。

 

「…気にするなアルトランド。男にモテる事は恥なんかじゃない」

 

 「だから気にしてねぇ」と言おうとした所で、一夏の言葉に遮られる。

 

「女にモテる事も恥じゃないよ姉さん」

 

 弟から思わぬ意趣返しを食らう織斑センセイ。いや彼女の場合、笑い事でもないので冗談では済まん。そろそろ危機感を覚えないと、一生独身まで有り得る。それがどうヤバイのか、オレの知識からは何とも言えんが。

 それを解った上で、一夏は嫌味ったらしく続ける。どうやら、一夏的にはさっさと姉にご退場願いたい様だ。

 

 やはりアレ以降も相変わらず、姉の事は余り快く思ってないのだろうか。

 

「姉さんこそ誰か気になる子は?オレたちにばかり言わせるの?」

 

 途端、センセイはオレを短く睨む。「今だけは口を縫っておけよ」と。

 そんな事せずとも、態々こんな所で口に出すオレじゃない。寧ろ一々そんな視線送ってたら、余計に怪しまれるぞセンセイ。

 一夏の奴、最近どうにも鋭いというか、唐変木っぷりが薄れてる感じがするからな。

 

 気の利く返答が思い浮かばないのか、押し黙る織斑センセイ。不味いな、段々と雰囲気がどんよりしてきた。

 オレも何か言った方が良いか…いや、もういっその事…。

 

「実はオレ、気になる異性なら一人できました」

 

 言葉はオレを中心に輪を作り、曇り空を蹴散らす様に部屋中へと広がった。

 

 そうして声が部屋の隅々へと吸い込まれた所で、漸くセンセイとラウラが反応を大声に変えた。

 

「何だ!隅に置けん奴だなアルトランド!この7月で何があった!?」

 

「信じられんッ!どんな女にも動じなかった貴様がか!?」

 

 2人共取り乱しすぎだ、少しは一夏の落ち着きぶりを見習ってくれ。

 そんなに意外か?オレに気になる異性が居て。

 

 それより、こっからどう話を繋ぐか。

 今のところ正直、オレと箒の事は誰にも言いたくはない。一夏も居るしな。だからこの後の質問攻めにも、答えずにどうやり過ごすか…。全く、考え無しに話題をぶち込むもんでもないな、自ら追い詰められに行くとは。

 そう今さら頭を巡らせていると、織斑センセイが手を翳す。

 

「待て!私が当ててやろう」

 

 それは困る。仮に「箒」と言われたら、オレは「違う」と返す事が出来ん。「箒はただの友達だ」…嘘であっても、そんな言葉は言えないし言いたくもない。

 つまり、素直に白状するしか選択肢は無い訳だ。オレはそういう方法しか持たん。

 

 そうオレが覚悟を固めていると───

 

「『オルコット』だろう?」

 

 あ?

 

「解るぞアルトランド、素直に認めたくない気持ちは解る。私から見てもお前とオルコットは、常に啀み合い競い合ってきた仲だ」

「だが「嫌よ嫌よも好きのうち」という言葉があってだな、そういうのは段々と気持ちが裏返るものなのさ。強く意識している事に変わりは無いのだからな」

 

 キリっと締まった顔でそう言い切る織斑センセイ。

 オレの両隣ではそれぞれ、一夏が懸命に口をへの字に曲げて笑いを堪え、ラウラが尊敬する相手に何と言葉を返そうかとタジタジしていた。

 

 オレか?オレは余りに大きいショックと絶望によって、怒りの感情すら飲み込まれちまった。

 

 な ん で よ り に よ っ て オ ル コ ッ ト な ん す か 織 斑 セ ン セ イ 。

 

「……もう出てってくれ」

 

「何だ照れ隠しか?安心しろ誰にも言わん」

 

「分かったからさっさと行きなさいよアンタ」

 

 そうオレを援護してくれた一夏は、半ば強制的に織斑センセイを退室させようとする。

 センセイはもう十分とばかりに、ニヤ付きながら大人しく出て行った。

 

 

 桔梗の間では体育座りで項垂れるオレを中心に、青く重々しい空気が充満していた。闇夜で静かに轟く波の音が、それを助長する。

 

「一夏、ラウラ。オレってオルコットが好きなんだとさ…」

 

「まぁ…気を落とすな昭弘、そう見えているのは間違いなく教官だけだ。色々と強引でブレーキの効かない人だから…。それにあの人も、常日頃から我々と共に居る訳ではない」

 

 ラウラの正論に同意だ。担任とはいえ所詮教師、生徒と接する機会の9割以上が授業。クラスの人間関係なんて把握し切れないし、そんな織斑センセイを悪く言う気もない。

 けどな、落ち込みたくもなるんだよ。このオレが、あのオルコットを、異性として、気にしている…勘違いも程々にして欲しい。まるでオレが啀まれるの大好きな変態みたいじゃねぇか。

 

 箒への想いだけは知られたくなかったオレだが、これはこれで精神へのダメージがえげつない。

 

「ま、面白いから勘違いさせておきましょう。誰にも言わないみたいだし、ほっといても昭弘にデメリットは無いでしょ」

 

「そりゃあ…まぁ」

 

 「面白いから」っつー部分が癪だが、その通りではある。それに、オレは「はいそうです」なんて一言も言ってない。勝手に思い込むあの人が悪い。

 

 そんなこんなで段々と気分が軽くなってきたオレに、一夏がさっきの続きを持ち掛ける。

 

「それで?結局誰なの?昭弘が気になる子って」

 

 そう訊ねる一夏の顔は、いつものポーカーフェイスから離れた不自然な程の笑顔だった。まるでオレの恋心を丸々全て見透かしてくるみたいな。

 

 もしそうだとしたら、オレが箒に抱く想いを一夏が知っているのだとしたら…オレはどうすればいい。今後どう、一夏と接すればいいんだ。

 そう考えると、オレもまた随分と我儘なのが解る。あんな想いを持ちながら、3人の仲が変わらない事も願ってるんだからな。

 

 そんな悩みに妨害されて「言えない」すら言えないオレに、一夏から再度の言葉が贈られる。

 

「大丈夫だよ昭弘。仮にアンタが箒を好きだったとしても、オレの一番はずっと昭弘だから」

 

「…」

 

 あの日以降、いや会った頃からずっと、一夏はオレを慕ってくれている。箒と同じ位、下手したらそれ以上にだ。

 それがどういう感情から来るものなのか、一夏にとっての「一番好き」が何なのか、結局の所オレにもよく解らない。男としてオレが好きなのか、女としてオレが好きなのか。

 変わってからの一夏は、どうにも表情が乏しいからな。誰にどんな感情を抱いているのか、判別が難しい。

 

 それでも一つだけ、胸を張って言える事があるんだが、ラウラに先に言われちまった。

 

「私も一夏も、さっき教官に答えた言葉に嘘偽りは無い。…恥ずかしいから何度も言わせるな」

 

「…ありがとうな2人とも。オレも一夏とラウラが好きだ」

 

 ただの友達でないのは、箒だけじゃない。一夏もラウラもそして鈴たちも、「単なる友達」なんて一人も居やしない。

 そういうのは誰が一番だとか、そんな風に決められるもんじゃない。

 

 そうオレとラウラでしんみりしていると、何か思い出した様にラウラの方から「あ」と空気を震わす。

 

「結局、教官は何しにここへ来たのだ?」

 

 今になって思ったが、それだ。アポ無しで押し掛けたと思ったら、少し喋った後あっさり出てってくれた。その真意が良く解らん。

 

「……気を紛らわせに来てくれたのかもしれん。明日は大事な演習だしな」

 

 話が脱線している事を気にも留めず、オレはラウラと共に下らん事柄へと思考を費やす。

 

 

 そんな空気の中でも、一夏は変わらずオレをただ見詰めていた。無理に笑っている訳でもない、それでも何だか不自然な笑顔のまま。

 自分の事にとことん愚鈍なオレは、それを友へと向ける視線としか見なせなかった。少しの違和感を抱きながらも結局、友であるオレに見せる笑顔…としか。

 

 

 

 

 

 

「すまないが少し「待った」を」

 

 ババ抜きの最中、遠慮気味にそう発したのは箒だった。

 3人にとってババ抜きは、あくまでこの後に待っている「大富豪」の前座に過ぎない単純なゲームだ。

 

「直ぐ終わる。鈴、悪いがテラスへ…」

 

「?」

 

 「そんなゲームで何故待ったを」とセシリアとシャルロットが思っている間に、箒が鈴音を連れてってしまった。テーブルには、裏返された手札がぽつんと残った。

 これでは手札を覗き放題だが、2人とも律儀に待つ事にした。

 

 

 コソコソと襖を閉める箒。

 とは言えその薄さは彼女も承知の上で、何を話しても恐らく居間に漏れるだろう。あくまでこれら一連の行為は、箒の気恥ずかしさから来る心情的なものに過ぎない。

 

(もう…じれったくない?)

 

 故にか、同じ空間に居る鈴音まで恥ずかしくなってくる。

 

 だが箒が既に宣言した通り、ソレはそこまで時間の掛かるものではなかった。

 

「ん…」

 

 そう目を逸らしながら箒が手渡して来たものは、お土産屋で包装されたであろう小袋であった。その直ぐ傍には、こちらも土産屋で書いたであろう箒直筆のメッセージが。

 触った感触からしてネックレスであろう小袋の内。上から少しだけ中身を覗いてみると、紫に近い桃色に輝く石がチラリと見えた。

 

「この辺で取れた石らしい…」

 

 そんな聞こえるかどうかの声で呟く箒。その様子からは、この時間まで渡すタイミングを掴めなかった事実が見て取れる。

 だが箒のそれも、未だ当惑が解けない鈴音には見破れない。彼女は訳も分からないまま、小袋に貼ってあるメッセージを読む。

 

 その短い一文を読んで、鈴音の中から当惑は一瞬にして吹き飛び、代わりに小さくも高密度に凝縮された喜びが中身を満たす。

 

『いつもありがとう』

 

 箒の思惑なんて鈴音には解らない。お礼を言われる心当たりも無くは無いが。

 だがその単純なる八文字は、解る必要性すら薄れさせた。ただ純粋な嬉しさだけが、気球の様に浮かび上がっていった。

 

「そ、それだけだ。さぁもう戻ろう」

 

 何と不器用で、強がりな少女なのだろう。まるで慣れてないだろうに、こうと決めたら誰であろうとこういう事をしてくる。それもこれも、親しい者たちに対して優先順位を付けられないが為。

 

 常に2つの最愛に苦悶し、揺れ動いたままそれでも前に進む。それは弱さと強さと、そして優しさがあるからこそ成せるものだ。

 羨望故か愛故か、鈴音はそんな箒が大好きだ。それこそ一夏に負けない位に。

 

「……大切にするわ」

 

「いや、だ、だからだな?別にそこまで大切にせんでも…」

 

「するの」

 

「…」

 

 その大好きな箒からこんなサプライズをされて、嬉しくない筈も無く。

 

 

 




・おまけ



 私がわざわざ男子の間に赴いた理由は他でもない、「知る為」だ。何をと問われるとそれは無論、「異性間」における関係性についてだ。
 教師たるもの、どの生徒がどの生徒をどう思っているのか、可能な限り把握しておかねばならない。それが異性同士ともなれば尚の事だ、最悪どんなトラブルに発展するとも分からんからな。

 というのは建前で、単に私個人のゴシップとして楽しむ為だ。女にとって、他人の恋愛話ほど面白いものは無い。
 そしてそれを聞き出すのに、こういった合宿的状況は何かと都合が良い。学園寮とは違い、教師も生徒たちの部屋へ自由に行き来可能だからな。

(一番知りたかったのは一夏のお相手だが、アルトランドのは予想外な収穫だったな。オルコットと断定するのはまだ早い…か)

 だが当たらずしも遠からずな感じはする。初対面での激突から互いを認め合い、今では何の因果か座席が隣同士と来た。
 ここまで数奇と来れば、どちらかが何かしら意識しても可笑しくはあるまい。
 
 その辺りを探る意味合いも含めて、次なる標的は男子共とよく一緒に居る4人だ。
 連中の事、どうせ4人集まって、一夏をどうにかする作戦会議でも立ててるんじゃあないか。そうだとしたら助言でもくれてやるか、一夏を渡さん事に変わりはないがな。


「あ、織斑先生」

 考えながら手当たり次第部屋を回っていたら、お目当ての4人が居座る部屋に辿り着いていた。
 最初に声を掛けてくれたのはデュノア…ってお前デュノアだったのか、一瞬どこぞの男子校生かと思ったぞ。何だその砕けた浴衣の着こなしと肩幅は、肩パッドでも入れてるのか?

 まぁそれはいい、ババ抜き中って事は暇なんだろう。篠ノ之と凰がコソコソとテラスから戻って来たのが気になるが、乱入しても問題あるまい。

「よ、調子はどうだ?」

 先ずは挨拶がてらそう訊ね、彼女たちの反応に対して切り込んでいくつもりだった。
 
「調子と言えば織斑先生。箒ったらさっきから妙にご機嫌でして…何か御存知でありませんこと?」

 のだが、オルコットが勝手に話題を持ち掛けては進めていく。

「だからそれは…今日ずっと一夏と一緒に居れたからで…」

 じゃあそれが答えだと思うが…随分と堂々だな篠ノ之。

「ど・う・だ・か。今日はどうにも言い訳がましいといいますか…」

 そうかぁ?篠ノ之の場合機嫌が変わる要因なんて、一夏以外無いと思うが。
 それより、一夏絡みの割に反応が薄くないかオルコット。篠ノ之が更に一夏との距離を縮めてしまったのやもしれんのだぞ、もう少し危機感というものをだな。
 凰もデュノアも、いまいちピリピリしていない。それとなく探りを入れたり会話の中に威嚇を混ぜたり、そういう女特有の息苦しい攻防は無いのか?面白くないぞ。

「僕が見た限りじゃ、箒は基本一夏と一緒に居たよ?考えすぎじゃない?」

「そーそ。てかそういうセシリアだって、アタシたちに何か隠し───」

「あー聞こえませんわー」

 あからさまに怪しい反応。よし、ここだ。

「何だオルコット、もしかしてアルトランドと進展でもあったか?」

ガダンッ!!

 全く予期せぬ方角からテーブルを叩く音が響き渡ったので、私は驚きの余り鳥の様にギュルンと首だけを篠ノ之へ向けた。
 彼女の手元には、ジョーカーの混じった手札が転がっていた。隣の凰も、凄まじい眼力でオルコットを凝視していた。

 そんなに…驚きか?オルコットが一夏以外と進展があって。

「…詳しく聞かせて貰えるか?セシリア」

 突然の剣幕でオルコットも当惑していたが、その後特に渋る様子も無く話してくれた。

「そう言えば、ここ最近私を見る目が鋭い気が致しますわね。かと言って関係性は委細変わっていませんが」

 やはりそうか、ここまで解れば半ば確定に近いだろう。アルトランドはオルコットに対し、一方的な想いを寄せている。
 だが鋭い奴の事、オルコットが一夏を好いているととうに知っているから、何も気持ちを伝えられずに関係性が変わらない…といった所か。
 成程、そんなアルトランドの心境も解らずにあんな軽率な発言をすれば、「出て行け」と言われても仕方が無いか。…すまん、アルトランド。

 篠ノ之と凰は、何やら安心した様にホッと小さく息を吐いた。
 いやお前ら、そこは寧ろ現状を嘆く所だろう。アルトランドとオルコットがくっつけば、その分一夏を狙うライバルが減るんだぞ。

「で、結局セシリアは僕たちに何を隠し───」

「だぁー誰とも何も御座いませんでしたわー」

 オルコットのそれも気にはなるが、今はもっと優先すべき事がある。
 
 それを話す事こそ、私がここに赴いた最大の目的でもあるのだ。

「…それで?篠ノ之以外の3人はいつまでカードと戯れている気だ?」

「「「?」」」

 一夏の事、表面に出ないよう努めているのか本当に気が抜けてるのか知らんが、今日という日をまるで活かせていない様に思える。
 見ていたぞ私は、凰、オルコット、デュノア、お前たち3人がビーチでどう過ごしていたかをな。見ていない時間帯も少しはあったが。
 
 別にどう動くかは彼女たちの自由だし、恋愛が全てでない事は当然だ。私が横槍を入れるものでもないだろう。
 だが、軽く背中くらいは押してやりたい。何もせず置いて行かれるのは、想像を絶する苦痛を伴うものだ。
 
 だから私ははっきりと言う。

「このままじゃ、一夏を取られるぞ」



 千冬の一言で、三者が三者とも異なる表情を露わにしていた。
 鈴音は引き攣った苦笑いを浮かべ、シャルロットは呆気に取られたのか目を見開き、セシリアは眉尻を下げたまま面倒くさそうに千冬を見る。
 唯一3人が共通して理解している点は、我らが1組担任の情報は随分と遅れているという事だった。

 本来なら「違う」と答えて終わりだが、問題は千冬がそれを信じてくれるかだ。
 だが一夏のモテ具合を熟知している彼女の事、何を言っても強がりと見なされる危険性が高い。

(どうしよ…)

(僕は兎も角、他の2人は一夏の事好きなのかな?だとしたら超可愛い僕の事もライバル視してるの?嫌だよそんなの…皆仲良くしようよ。男装した僕を取り合うのは全然大歓迎なのに)

 短い間にキィィンと脳内をフル回転させる鈴音とシャルロット。普段酷使しているPCの気持ちを、この時2人は理解した。

 そんな中、第一声を発したのはセシリアであった。

「お、織斑センセイには関係御座いませんわ…」

(ん?)

 恥ずかしそうにそっぽを向くセシリア。そんな彼女の言動を見聞きした箒は、ある予想に身を委ねる。鈴音とシャルロットも、何やら妙に演技掛かったセシリアを注視する。
 当然、千冬にとっては格好の突破口だ。

「関係大ありだ。一夏は私の弟で、お前たちは私の生徒なんだぞ?」

「わ、私にも考えがあるのですわ!御自身の生徒だからとは言え、子供扱いしないで下さいまし!」

「ハハハッ、子供じゃないか。恥ずかしくて、意中の相手に近付く事も出来ないなんてな」

 軽く笑いながら余裕をかます千冬、視線を外して口篭もるセシリア。
 だが、事の真相を知る箒には、攻防とも言えない一方的な勢力図が浮かんでいた。どうやら予想が確信に変わった様だ。

(千冬さんを弄んでいる…。セシリア、恐ろしい奴…)

 一番恐ろしい点は、セシリアが嘘を言ってはいない所である。千冬の脳内では勝手に「一夏」と置き換えられるので、このやり取りが成立しているのだ。
 だが、セシリアの思惑は何となく箒も想像出来ていた。
 本当にからかっている部分もあるのだろうが、恐らく千冬の矛先を自身に向ける為だ。そしてタイムリミットまで小言を聞き続けるか、あわよくばなぁなぁで終わらせるつもりなのだろう。その辺りは、申し訳なさそうな表情をしている鈴音シャルロットも多分察している。
 
 だが、セシリアも全てが演技なのではない。意中の相手になかなか近付けないという点は当たっている。

 そんなセシリアの内心なんて露知らず、箒は次なる考えを巡らす。
 セシリアだけに三文芝居を任せるのは、箒は勿論、鈴音もシャルロットも望む所ではない。騙されたままの千冬も哀れだ、彼女もただセシリアの事を思って言っているというのに。
 このまま終われば、どちらの為にもならない。

(…よし)

 伝えるべき言葉が、どうやら纏まった様だ。


「……あの…止めにしませんか?織斑先生。誰が好きだーとか、好きならばーとか」
「そもそも「誰を好きなのか」というのは、当人ですらよく解らない問題かと思います」

 そう切り出す箒に、千冬は意識を向ける。何となくだが、彼女が3人を擁護しているのは千冬も感じ取っていた。

「私もIS学園に来て、色んな人に会って色んな出来事に遭遇して、心の中が毎日の様に変化していきました。今日だって…」
「そんな、当人ですら把握が難しいのに「誰が誰を好きだ」なんて、他人が解る筈無いと私は考えます。私が一夏をどう好きなのか、未だ解らないのと同じ様に」

 そう言う箒に、「言う様になったじゃないか」と感心する千冬。
 状況や環境に応じて、心もまた変遷していくものだ。水源と重力が在る限り流れ続ける川の様に。

 不変の心なんて所詮は理想でしかない、教師もまた然り。そんな真理は、他ならぬ千冬だからこそ肯定するしかなかった。

(言われてみれば、私こそ正にそうじゃないか)

 千冬の心も、日々要因によって変遷してきた。有象無象の中にあった眩い一等星を、偶然にも見つけてしまったあの時然り。
 そんな千冬の本心は、一部を除いて未だ誰も知らない。皆、今まで見聞きして来た千冬の表面と先入観だけで、勝手に憶測を立てているに過ぎない。千冬が箒たちにそうした様に。

 まさかそれを箒に気付かされるとは、これは教師として猛省するしかない千冬であった。

「ハァ…分かったよ。もうこれ以上、妙な詮索やお節介はせん。悪かったなお前たち」

 どうにか引き下がってくれた千冬を見て、箒、鈴音、シャルロットはそれぞれ安心し切った様に小さく息を吐いた。セシリアは、小馬鹿にした様な視線をこれ見よがしに千冬に向ける。
 どの道、3人が箒の機転に感謝しているのは間違いないだろう。

 が、心の安寧はその一瞬であった。

「では何の話にするか……うん、よし。トランプに負けた奴が、自分だけの秘密を暴露するってのにしよう」

「「「「は?」」」」
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