IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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今回も過去回想です。







第65話 未来への道筋 ②

─────7月21日(木) 放課後

 

 本校舎を出て直ぐ、様々な建物へと枝分かれしている小道を異なる歩幅で進む昭弘とシャルロット。

 各々の行先はアリーナだが、同じアリーナなのかは現時点では判らない。

 

「前から疑問だったんだが、お前ラファール持ってて大丈夫なのか?フランスのモンだろう?」

 

 今や代表候補生でもないシャルロットが、一国にとって貴重な国力でもあるISコアを持ってる事は、確かに由々しき事態だ。

 

「大丈夫。『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』は単なる試験機、つまりフランスに実戦配備されてないISコアな訳だから、所有はあくまでデュノア社なんだよ」

 

 全世界に国の戦力として配備されているISコアは322機。

 だがデュノア社や倉持技研等の保有する試験用ISコアは、この戦力には含まれない。もしデュノア社の保有する試験用ISコアまでそのままフランスの戦力となれば、世界の均衡が崩れ去る。

 故に残りは試験用ISコアとして各企業が保有し、IS委員会監視の元で各国と平等に商取引を行わねばならないのだ。

 

「だがお前はもうデュノア社の人間じゃないだろう」

 

「それもご安心。カスタムⅡのコアは学園の一時保有って事で、デュノア社と盟約されてるからね。だから僕がいくら使おうと、IS学園から借りてるって事になるのさ。後は勝手に戦闘データが溜まっていく」

 

 これに関しては当時、男性IS操縦者としてのシャルロットを未だ世界に知られたくなかった、デュノア社の思惑が絡んでいたのだろう。学園側で所有・保管をすれば、情報が漏れるリスクも大幅に減らせる。

 

「問題は期間なんだよね…。最短でも半年以上で、後はカスタムⅡの戦闘データ収集量による…らしいけど」

「確か来年には倉持技研だかアメリカの大企業だかがデュノア社を吸収するって話だけど、そうなったらラファールは…」

 

 普段から明るくナルシズムに入り浸っている楽天家。そんなおちゃらけたイケメン女子の面影は、沈んだ声と表情からは見て取れない。

 

「……愛着か?」

 

「そりゃあこの子とも長い付き合いになるからね」

 

 半ば無理矢理ISの英才教育を受けさせられたとは言え、それでも苦労して手に入れた力なのだ。そしてその力と共に、彼女は此処IS学園にて今日まで成長してきた。手放したくないに決まってる。

 それにラファールは、今は亡き実母には及ばなくとも、シャルロットにとっては母親に近い存在なのだ。彼女の思い込みもあるのだろうが、ラファールを展開する時に優しく包まれる感覚がするのだとか。

 

 だが、遅かれ早かれラファールは返さねばならない。コア関係の契約は吸収元にも引き継がれるだろうし、向こうも戦闘経験値の詰まった試験機は回収したいだろう。

 そうなれば、シャルロットは名実共にただの一生徒となる。

 

 それらを踏まえた上で、昭弘は彼女に言葉を贈る。

 

「どれだけ離れようと記憶は残る。お前がラファールと共に培った技能、知識、栄光、そして飛んだ感覚。頭と心に残ったそいつらは、お前を支え続ける」

 

 暖かい、そして的確な激励の言葉だ。意識せずそういう小粋な事が言える昭弘を、彼女はいつもの如く小憎たらしく思ってしまう。

 

 だが昭弘が放ったその言葉は、シャルロットの深淵に危難にも似た何かを芽生えさせる。

 

 昭弘の言葉は解釈を変えれば、シャルロットにカスタムⅡはもう必要無いとも取れる。

 即ち、彼女の未来を暗示する言葉。

 自分のISを失ったお前は、それによって得て来た「これまで」をどう使うのか。頭と身体へ染み込んだ「ISとの時間」に支えられて、お前は何処に行くのか。

 それがお前の「価値」になるのか。

 

(……僕の価値って…何処に通じるんだ?)

 

 さっきまで能天気だったシャルロットは、その事に気付く。

 ラファールに乗っては、戦って闘ってタタカって来たシャルロット。そんな彼女の中に在るは「戦士」としての価値だけ。

 何がしたいかより己の人としての価値を重要視する彼女にとって、将来へ続く選択肢は今その一本道なのだ。

 

 結局シャルロットは、亡き母親の面影に縋るが如く、己だけの力である専用機の存在に甘えていたのだ。それが己の選択肢を狭めるとも知らずに。

 愛機と共に飛び続けていれば、IS学園という日常に身を任せていれば、自然と答えは見えてくる。その考えが甘すぎたのだ。

 いや、自分自身についての考えが足りなかったのだ。それが如何に大切なのか解っていながら、デュノア社から解放された緩み故か楽な方へと思考を傾けてしまっていた。

 

「…シャルロット?」

 

 昭弘に言われて、初めて彼女は己が立ち尽くしている事に気付いた。丁度、今来た道が2本道へと変わる分岐点であった。

 

(あっ……そうか、僕アリーナBに行くんだった…)

 

 そうして彼女は、今昭弘が立っている道ではないもう1本の道へと弱々しく方向転換する。

 

(…行って…どうするの?)

 

 このまま進んで、ISを動かして、それで何になると言うのか。それはただ単に現状の己の価値に満足して、この道1本に諦めるだけではないのか。

 

 そう考えると、彼女はそれ以上先へ進めなかった。

 

 

 

「シャルロット、先ずはISに乗れ」

 

「!」

 

 

 

 葛藤故にたじろぐ彼女を見透かしていた昭弘は、そうスッパリと一言切り込ませてから続ける。彼女が何に悩んでいるのか昭弘には分からないが、今はそれしかない事だけは解っていた。

 

「今あれこれ考えたってどうにもならん。無心でIS動かして、一旦頭を空にしろ。臨海学校はもうすぐなんだぞ」

 

「…」

 

 平常心を取り戻せ。昭弘の言葉からそんな念じを読み取ったのか、シャルロットは耐える様に瞼を閉じながら一歩を踏み出し始める。

 その閉瞼は、またしても昭弘の声に動かされてる事への悔しさをも内包している様であった。

 

(…気楽で居るのって…難しいんだね、鈴ちゃん)

 

 今になって鈴音の気持ちが真に理解出来た彼女は、先日の己に酷い羞恥を覚えた。

 

 

 そんな足取りの彼女を見送りながら、昭弘は思った。彼女は彼女自身を超えられるだろうか、と。

 

 自分の価値を自分にとって納得の行くものへと変えていく事は、ただ強くなるより困難を極める。自分を外側から見つめ、優れている部分をどんどん見つけては強化し、それらがどれだけ向上したか正しく評価する必要がある。そして最終的に、彼女の本心がその中から道を決める。

 それはシャルロットにとっては、ある意味「究極のナルシズム」と言えるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

───アリーナD

 

 陽の光当たり動く度に煌めくサファイアの人型は、ドーム中を流星の様に飛び回る。周囲にはコバルトブルーの彗星が10本、小判鮫の様に追従しては流れ星の如く尾を引いていた。

 大きさも形も違う曲線軌道を何度も描きながら、更にはその10の物体を脳波だけで操っていると聞いたら、殆どの人間が耳を疑うだろう。

 

 そんな少女の「並列思考」は、靴紐を結ぶのと同じく出来て当たり前のスキルであった。

 本を読みながら友人と話す、液晶携帯を弄る際は必ず何かの片手間か授業中に、朝歯を磨きながら髪を整える。これらは少女の日常における並列思考のごく一部。

 

 日常の枠を越えた本当の訓練レベルでは更に凄まじい。ISを纏い飛びつつビットをも操りながら、両手のマニピュレーターだけ解除し生身の手でボタンを付ける等軽い裁縫をこなす。という、これもごく一部。

 

 それらを毎日繰り返してきた。毎日、毎日、前に進めた実感があっても無くても、同時思考高速思考のし過ぎで一日が異様に長く感じようと、頭がパンクしては何度もISを区画シールドに激突させても。

 

 

───見える

 

 セシリアは更にビットの配置を変える。ミサイルビット2機を己の両脇に浮遊固定させ、他8機のビームビットを乱雲の中に張り巡らされてる雷の如く激しく動かす。

 セシリア自身も動きながら…ブルー・ティアーズ本体も動かしながら。

 

 何度も宙返りする彼女を他所に、8機のビットはツチグモの様にちょこまか動きながらダミーへと迫る。

 

───解る

 

 セシリアはより過激に動き始める。実戦の様にライフルを構えながら。

 サーキットでシケインを攻めるが如く小刻みに飛び、同時進行でビット8機が一斉に黄緑の熱を放つ。

 

 8本の熱線は全弾、ダミーの的を貫いた。

 

───これなら勝て

 

 「る」と言い終える前に、ある青年の姿がセシリアの脳裏を遮る。

 

 動きを止めてしまったセシリアに倣う様に、ビットたちも静止画の様に固まる。先程の超常機動なんて全て嘘であった様に。

 

 セシリアが拳を握り締めると、ティアーズもマニピュレーターを握り締める。

 

 

 

 溜息混じりにピットへ戻って来たセシリアは、そのまま近くのベンチへ軟体生物の如くストンと腰を落とした。

 

 一昨日、どうにかビット8機を高速で操る事が出来る様になったセシリアは、更に2機のビームビットの追加を決断した。作業は前回と同じく本音に手伝って貰った。

 そして現在に至る。

 

 ただ考え無しに増やしているのではなく、数に合わせて運用も変えている。

 先の様にそれ程動かす必要性の無いミサイルビットをティアーズの傍で浮遊固定させれば、10機全機を高速操作するよりも負担が軽くなる。

 

 実際にそれを納得の行く形に出来たかは別だが。

 

(まだ完成には程遠いですわね。動く敵を狙えなければ意味などありませんし、それに可能ならもっと俊敏にビットを操りたい所)

 

 セシリアの克己的な思考は、後の武装『マキシマム・ティアーズ』を想定しての事だろう。その巨大さたるや、現在のビットが道端に転がる枝に見える程だ。

 

 

 それはあくまで客観的に見たセシリア自身の現状だ。今セシリアを蝕んでいるのはそんな一つの事実だけでなく、彼女自身の心持である。

 どんなに自身を追い込んでも、いつも同じ不安に行き着く。

 

 

───それで昭弘に敵うのか

 

 

 これまでセシリアは2度、昭弘の操るグシオンと相対し戦ってきた。持てる全てを出し尽くして慢心をかなぐり捨てて、彼女ともあろう者が見てくれも気にせずに。

 だが結果は敗北、続く2度目も実力的には恐らく負けていた。

 

 IS学園に入学するまで、勝利などあって当然の称号だった絶対強者『セシリア・オルコット』。その彼女が味わった2度にも渡る苦渋、その毒々しい黒緑色の液体を飲ませて来た『昭弘・アルトランド』という存在は、彼女の心に深いトラウマの根を下ろしていた。

 

 そして逆に、そのトラウマに救われたりもしていた。

 以前のセシリアならすぐ傲りに支配され、中途半端な現状に満足していただろう。実際それで勝てたのだから。

 だが今「敗北」への恐怖に支配されているセシリアには、油断も妥協も存在しない。昭弘に勝てる方法が僅かにでも残ってるならそれを時間の限り突き詰め、蟻の巣穴並に小さな敗北の可能性があるならそれを念入りに埋める。

 その恐怖から生まれる天井知らずの向上心と勝利を求める精神性は、嘗てとは別の階層へとセシリアを成長させていた。

 

 そんな成長、今のセシリアに自覚出来る筈も無く。「昭弘を超える」という最初の目標を明確に定めてしまっている彼女には、それを為す事でしか己の強さを確認する術がないのだ。

 

 

 俯くセシリア。こんな風に沈んだ時、彼女は本音の姿を想像する。陰鬱も癇癪も、全てを優しく包み込んでくれそうな彼女を。

 例えば今みたいな時だ。憂いを滲ませるセシリアに何と声を掛けて良いのか解らず、それでも健気に手に手を重ねていてくれる本音。そのまるで頭を撫でる様に力みの抜けた手は全てを受け入れてくれそうで、その垂れた目に収まった澄んだ瞳は全てを赦してくれる。

 それはセシリアを、どんな夢よりも夢見心地な気分にしてくれる。最強への近道もライバルへの畏怖も葛藤も苦痛も、全て放り出して縋り付きたくなる。

 

 彼女には、そう言った衝動への耐性が無かった。

 

 更にその衝動は、セシリアの奥深くに潜む本心を引きずり出しに掛かる。

 本音に会いたい、会って話したい、そうして真正面から「好き」と伝えたい。

 

「………何を馬鹿な」

 

 衝動から辛くも逃れたセシリアは、そう己を律する。

 

 世界最強。一人の人間が成し遂げるには高すぎる壁であるそれは、目的をも超越した「生きる意味」とすら言える。

 成すには技術も精神も向上させるしかない。時間の許す限り己を鍛え、戦い抜くしかない。

 

 本音に告白して振られれば、セシリアは必ず自身の精神に暗雲を作るだろう。逆にもし仮に受け入れられたとすれば、セシリアはきっと満たされ過ぎてしまう。

 絶望も充足も、セシリアは望まない。

 セシリアの望みは「世界最強のIS乗り」、それによる御家の保護と再興。そして頂を支配しより美の極まったセシリア自身を、本音に余す所無く披露する事。

 それら彼女だけの玉座に登り着くには、先ず始めに昭弘を凌がねばならない。

 

 今、セシリアにとっての愛の化身である本音に縋りついてはならないのだ。目的を果たすべく、甘えは時々、ほんの合間でいい。

 もうじき訪れる臨海学校こそ、その合間にすれば良いだろう。

 

 本音に心の内を伝える勇気が無い、その言い訳に聞こえるかもしれない。事実その通りでもある。

 だがどの道何でも良かった。セシリア自身普段から嘆いている“捻くれ気質”、もしそれで先の様な衝動から脱する事が出来るのなら。

 もしそれで、頂点へと手が届くのなら。

 もしそれで、昭弘を超えられるのなら。

 

 セシリアは喜んで、聖母が与えし優しさとも愛とも柔らかさとも無縁の豪火へと飛び込む。

 

 

 しかしこの時、彼女は気付いていなかった。その縛りが、IS戦にてどれだけ硬く太い枷となるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 100時間。

 この3ヶ月間、一夏がISを稼動させてきた累計時間だ。代表候補生の稼動時間と比較してみれば判るが、これはそこまで大した数値でもない。

 そしてこの稼動時間こそが、IS操縦者に最も不可欠な要素の一つとも言える。

 短いスパン、フィールドの予約が埋まっている、それら止むを得ない状況を加味しようとこの100時間という事実は大きい。

 

 当然、余った時間はISの勉学や剣術の稽古に余す事無く当ててきた一夏。教材は無数に書き殴ったメモや手垢が重なり皺だらけとなり、手の平に出来た豆からはこれまでに何度出血したのか想像に難くない。

 それでも、入学前からISの稼動時間が長く、今も尚時間を重ね続けている強者たちとの差は埋め難い。加えて白式の武装は、刀一つだけ。

 

 だが2対2以上の集団戦ならばその限りでない。寧ろ、白く目立って素早い白式だからこそ生きる、機動力を生かした「攪乱」がある。

 

 その新戦術を確立させるのに必要な能力こそ「空間認識能力」である。

 戦闘中、常に目まぐるしく変化する味方との距離、そして敵との距離。それらを一瞬で正確に把握し、自分がどう動いて誰を攪乱するのかコンマ秒で判断するには、これらの能力を鍛えるしかない。

 

 

 今この時間、一夏が自室にて黙々と取り組んでいるのがそのトレーニングだ。

 ソファチェアに座す一夏の指で弄り回されるタブレット、その液晶の中で動くのは簡易的な立体パズルだ。

 画面右上には制限時間が威圧的に赤く表示されており、時間内に解けなければ次へと進めない事が解る。それは数分などと悠長なものでなく、数秒単位の次元だ。

 進めば進む程、少しずつパズルの難易度が上がっていく。

 

(………頭痛い)

 

 そのゲームを今日だけで何時間プレイしているのか、一夏の虚ろな瞳は何も語ってくれない。

 最初の内は簡単で楽しく解けるそのパズルも、どんどん進めば脳を酷使させる。更には室内でジッとしているのも頭を使うのも苦手な一夏にとって、このゲームは竹刀素振り千本をも凌ぐ拷問であった。

 

 昨日の自分は超えよう。そんな強さへの執念だけが、どうにか一夏の精神を保っていた。

 

「あっ」

 

 が、精神力だけでパズルはどうにもならない。

 情けない声と共に見開く一夏の視線の先には「残り時間00:00」と、赤い文字が冷徹な現実を表示していた。

 

(…)

 

 これでもう本日6度目のコンティニューだ。

 ここ数日になって、確実に目標値達成への道のりが長くなっている一夏。そろそろ限界が近いのだろうか。

 

 

「まだやっとるのか……」

 

 一周回って称える様な声がした方向へ、一夏は少し驚いた様に振り向く。

 

「お帰りラウラ。ゴメンね気付かなくって」

「誰かと模擬戦?」

 

 随分と疲れた様子のラウラを見て、そう予想を立てた一夏。

 対して、ラウラはレッグバンドの形に待機しているシュトラールを外しながら答える。

 

「ああ、昭弘とな。私にとっては模擬戦が一番の鍛錬になる」

 

 そうだろう。ラウラとシュトラールの様な近接武闘派は、戦闘という場数に応じて動きが洗練されていく。

 

「……そっか」

 

 一夏はごく短い間だけラウラを見ると、再度液晶画面へと顔を戻す。パズルに取り憑かれているかの様な真顔だ。

 ラウラにとっては、それだけで十分一夏の焦りを感じ取れる。鍛錬と闘いによって日々確実に強くなっていくラウラが傍らに居ては、焦りを隠そうにも難しい。

 

 ラウラが解らないのは一つだけだ。

 

「……一夏、何の為にお前は強くなる?剣ではブリュンヒルデを超えられないと解っているのにだ。ただISが好きだから…というのは無しで頼む」

 

 本当のお前は何処に居る。あの日この部屋で同じ様にラウラが放ったその言葉が、一夏の脳内にて残響する。

 あの日もこの日も、結局一夏は同じ難題に行き着いてしまった。“今”何をしたいかではない、“将来”どうなりたいか。

 

 一夏にだって望みはある。一夏と昭弘と箒、3人でいつまでも楽しく学園生活を送る事だ。もし可能なら、鈴音たちも一緒に。要するに今この瞬間、IS学園での日常だ。

 だがそれは、現状を維持する停滞に過ぎない。

 

 ずっと千冬しか目指していなかった一夏には、今後自分がどうなりたいか何をしたいかなんて、触れる事すら難しいのだ。

 

 それに、一夏は世界にとって希少な男性IS操縦者。

 一夏個人が何を目指した所で、何処かのお偉いさんがその上から勝手にレールを敷くだろう。そこからは姉の庇護と国と世界による折衝か鬩ぎ合いだ。

 

(先は暗い……か)

 

 それでも思った、どうせ暗い未来しか待っていないならばと。そんな将来なんて捨てて逃げて、ただ己の心に従って道を歩いても良いのではないかと。

 それにより誰が迷惑を被ろうと関係無い。誰かに従い続ける人生こそ、一夏にとってはずっと“逃げ”だ。

 

 故に、一夏は将来というレールを蹴り崩す様に言い放つ。

 

「もし“何か”あった時、昭弘と箒の助けになりたいの」

 

 眼鏡を外し、ほんの僅かな唇の湾曲を見せて小さく笑う一夏。一見温厚に見えるその笑顔には、誰にも否定なんてさせない攻撃的な意志が見え隠れしている様に、ラウラには思えた。

 だがラウラは問う、友人である一夏の為に。

 

「起こるとも分からない事の為に強くなるのか?」

 

「…いえ、きっと起こる。オレには分かるの」

「特に昭弘にはね」

 

「…」

 

 何の根拠も無いその言葉で、ラウラは押し黙ってしまった。

 否定出来ないからではない、どう言葉を返せばいいのか解らないからだ。昭弘が何か大いなるものを抱えているのだと、何となく感じ取っている一夏に対して。

 

 その感慨を振り払うと、ラウラは更に問い質す。

 

「もし昭弘と箒が、貴様の助けを望んでなかったらどうする?それでも助けようとするならそれは一夏、貴様のエゴでしかないぞ」

 

 箒も昭弘も、自分の戦いに友人を巻き込む様な愚は何が何でも避けるだろう。他者を優先する彼等には、基本的に「助けて」が出てこない。

 

 そして誰よりそれを理解している一夏は、もうそんな言葉を言われた所で揺るがなくなってしまっていた。

 

「エゴでもオレには…それしかない」

 

 未だ一夏は寂しそうに笑ったまま、声だけを虚しく震わす。まるで将来なんて諦めている様に、それで構わないと腹を括る様に。

 昭弘と箒こそが全てある一夏自身を、臆さず堂々と大衆へ曝け出す様に。

 

 なりたいモノもやりたいコトも無い、目標も無ければ勝ちたい相手も居ない、ただ昭弘への愛と箒へのアイだけが一夏の目指す未来を埋めていた。

 昭弘と箒の助けになりたいというのはそう、一夏の自己満足でもあるのだ。その自己満足も、昭弘と箒が一夏を疎ましく思っては満たされない。

 だから一夏は必死になる。いざという時ISで2人の役に立てるよう、己の力が必要とされるよう。愛する2人から、いつまでも愛されるよう。

 

 ISで為すべき事なんて、それだけで十分なのだ。それでほんの少しでも、空虚な心が満たされれば。

 そしてそれこそが、一夏にとっては別の意味でも生命線なのだ。昭弘を独占しようとする卑しい我欲から、逃れる為にも。

 

 

 ラウラは今度こそ何も言えなかった。言いたい事があり過ぎて纏まり切らないのか、本当に何も浮かばないのかすら解らなかった。

 ただ一つ言える事は、一夏のそれは決して「目的」などではないという事だ。成し遂げるというゴールが存在しないのだから。

 

 そんなラウラを見て、一夏は寂しげな微笑を解いては彼の肩を叩く。

 

「なーにこの世の終わりみたいな顔してんのラウラ。別にISが好きって気持ちに変わりはないし、嫌々特訓してる訳でもないよ?やりたい事だって今後見つかるかもしれないし」

 

 一夏はそう言ってソファチェアに戻ると、再びタブレットを手に持つ。

 

「さてと、そんじゃ気合い入れ直してコンティニューと行きますか」

 

 まるでラウラへ聞かせる様に独り言を放つ一夏の瞳は、嘘偽り無くやる気に満ち溢れていた。夜闇の水面に映る満月の様に。

 

 

 例え先が何も無い暗黒だろうと、ただ黙々と日々力を付ける。それも敵を倒す為でも、大切な人を護る為でもない、ただ定めた2人の一助になりたいという献身からだ。

 そこに達成なんてものは無い。昭弘と箒が生を全うするまで終わらないし、だがもしそうなれば今度こそ一夏に残るのは虚無だ。

 とても耐えられたものじゃない。千冬を超えた頂と、そこへの道のりがあるラウラには。

 

 だがラウラが一夏に抱いているのは哀れみではなく、同族的感情であった。

 その頂に到達した後は一体どうするのか、そこから何を成すのか、何が待っているのか、ラウラは何も思い付いていない。

 つまりラウラと一夏はただ立つ地点が違うだけで、そこから先が見えない一点においては何も変わらないのだ。

 

(……私も結局は───)

 

 それでも尚、ラウラはそこから先を決して頭に浮かべなかった。

 どんなに先が見えなくとも道が閉ざされていようとも、自分だけの強さを得るべく今も真剣に地道な鍛錬をこなす一夏。何も無くとも前に進むという、何を以てしても壊せない哀れで虚しくも硬い意志。

 

 一夏のそんな横顔から、ラウラは新たなる勇気を貰った。

 

(そうだ、それでも私は最強を目指す。そして頂に登り詰めたとしても、尚最強であり続ける)

 

 そうラウラは決意を新たにする。今まで以上に硬く、そして鋭いものへと。

 

 ラウラは揺るがない。これだけは、揺らいではならない。

 

 

 

 

 

 

───21:45 アリーナC

 

 フィールドの端から絶え間無くエネルギーの塊を放ってくる、四本腕の異形。

 打鉄を纏う箒は、息を荒げながらも最小限の動きでそれら閃光を躱していく。刀一本しか持たぬが故に。

 

 相手の武装、特徴、長所に短所。そして自分の実力と今纏っている“力”の種類。今正にエネルギーの雨を降らせてくる男から教わったそれら「状況に応じた力の使い分け」を、箒は実践に移していた。

 どんな相手にも対応出来る様に、どんなISも使いこなせる様に。

 

(…ミニガンは横ブースターで大きく避けた後…小スラスターで小刻みに躱していく)

 

 これを何度か繰り返す。来たるその“瞬間”を待ちながら。

 

(距離を潰すタイミングは───)

 

ダダォゥン!!

 

───ここ

 

 箒の読み通り、2本の滑腔砲から一発ずつ炸裂弾を放つグシオンリベイク。直後、数秒のリロードにより滑腔砲が止む。

 そこを突いてのブースター噴射、瞬時加速…と見せかけ曲線を描いて不意から相手との距離を詰める。ミニガンによる弾幕も完全に無視だ。打鉄の異名は「堅牢」、それに更なる装甲を増設しているこその無謀なる突貫。

 

 そして柄を握り締め、曲線軌道をそのままにグシオンの横っ腹へ刃を振るわんと構える…が、これもフェイント。

 グシオンにある程度近づいた瞬間、曲線軌道からの───

 

バォンッ!!

 

 瞬時加速。

 僅かな一瞬の内、加速が生むエネルギーを機械刀に籠めて打鉄ごとグシオンに突っ込む。

 

 

 

───30分前 ピット

 

 木刀による素振り。

 幼少の頃から毎日欠かさず箒が行っている、剣術の基礎鍛錬だ。

 厳格且つ剣の達人である父親により、型から全筋肉の力加減まで徹底的に教え込まれたそれは、美麗さすら感じる程に洗練されていた。まるで振り下ろされる一刀一刀に生命が宿っている様な。

 

 この鍛錬の良き所は、周囲に人が居なければ場所を選ばない所である。このピットの様に。

 

 もう一つ、それは一人でも出来る点だ。その際型が崩れぬ様に気を付けつつ、眼前に敵の存在を想像するも良し、敵が居ないのを有効活用し何か考え事をするも無心になるも良し。

 

 そして、ただ心のままに木刀を振りたいから振り続けるも良し。

 

(……やはり剣は良い)

 

 空を斬っている感触を身体全体で感じながら喜悦に浸る箒。

 彼女にとって日常の一部となってる素振りだが、それは振り上げる時も振り下ろす時も終わって息を荒げている時も、セラピーの様に彼女の心を落ち着かせる。

 

「良い音じゃねぇか」

 

 入口から響いた低く鋭い声に、夢中であるにも関わらず箒は直ちに素振りを中断して振り向く。

 

「昭弘…」

 

 心のままにというのは、彼と会うこの瞬間に対する心の準備も含まれていた。奥手な少女が意中の異性と会うのだ、誰しも緊張を和らげたくもなろう。

 

「悪い、待たせた」

 

「いや、いい。お陰で素振りの時間が取れた」

 

 その言葉を聞き、昭弘は仏頂面をはにかませる。

 

「…本当にお前は、剣が好きなんだな」

 

 箒の言葉だけではない、木刀による風音を聞けば、そうしてる時の箒の表情を見ればそんな事は解る。

 

 決まっている、箒は大好きだ、剣も昭弘も一夏も。そして───

 

「…ISもな」

 

 遂に箒は、そう白状した。

 遥か昔の幼い時から、ずっと心の何処かでは気付いていた。生身同士なら即生死に直結する真剣での立会も、互いにISを纏っていればそうはならない。

 どんな物理的衝撃からも己が身を護ってくれるISは、箒にとって何にも代え難く優しい存在だったのだ。IS学園に入るまでの辛い日々に擦り切れて、そんな大切な気持ちすら忘れてしまっていた。

 

 そこまで解れば、もう昭弘も勝手に結論づけるしかない。

 

「そのISを創った姉ちゃんの事も…結局は大好きって事だろう」

 

「………そうだ」

 

 短くそう答えると、箒は何かを思い出す様に木刀を眺めながら静かに笑う。まるでこれまでの自分を、宥めあしらうかの様に。そんな自分と、単純で真っ直ぐな木刀を比較する様に。

 

「どうしてこんな簡単な事に…今迄気付けなかったのだろうな。ただ好きなだけだったのに」

 

 心の余裕が無かったから、何に関しても素直になれなかったから、即ち自身が弱かったから。そんな事は既に箒も理解している。

 それよりもっと大切な気付きを、箒は吐露する。

 

「好きなら好きと、胸を張って言えばいい。本当に好きなのか解らないから、言う勇気が出てこない」

「強い弱い以前に、私は自分の事を何も解っていなかったのだ」

 

 強さとは、得ようとして得られるものではない。やるべき事を見つける為、自分という人間を知る。見つけたやるべき事をやり遂げる為、一つ一つ障害を乗り越える。

 そうやって自然と、強さとは身に付いてくるのだ。

 

 だからこそ、昭弘は箒に問わねばならなかった。

 

「…なら何故、オレとの模擬戦を求める?何の為にお前は鍛錬を重ねる?もう自分の事を解り始めているのに何故、それでもお前は強くなろうとする」

 

 もう既に昭弘から見ても、箒は十分自分の事を理解している。

 弱い自分から脱却できたかはさておき、今の箒なら一夏に正直な想いを伝える事が出来るだろう。

 

 それでも足りないというのなら、箒もまた何か壮大な“目的”を見つけたのだろうか。自分の為になる、自分だけの到達点を。

 そう思う昭弘の心境は、嬉しさと寂しさの二色に満たされていた。

 

「……さっきはああ言ったが、まだまだ自分の事なんて解らない事だらけだ。どうして尚も強くなろうとしているのか解らないし、昭弘と立ち合おうと思った理由も解らない」

 

 どうやら彼女も、目的に辿り着くにはまだ途上の様だ。

 

 だがもう、感覚的には解ってきていた。箒自身が何を望んでいるのか。

 

「それでも…どうか頼む。剣だけではない、私はISも姉さんも好きだ。好きならば妥協は…中途半端は御免被る」

 

 そう言って箒は、頭を深く下げた。

 

 目指すべきものは解らなくても、彼女は何が自分の為になるのかもう薄々気付いているのだ。だから力と、それを自在に制御する為の強さを追い求める。

 ISとは力そのものであり、それを操る者こそ強さそのものなのだ。その2つをどこまでも深く突き詰めれば、ISの創造主である姉をいつか理解出来るかもしれない。要はそれだけなのだ。

 

 それが、箒なりの「IS道」なのだ。

 

「……いいだろう、全力で行かせて貰う」

  

 彼女の心意気と覚悟を受け止めた昭弘もまた、腹を括った。

 

───

 

 

 

 グシオンに激突するまでの刹那、箒の脳髄を電気信号が遮る。極限状態にでも陥ったかの様に。

 こんな事をしても劇的に強くなれる筈が無いし、何も変わらないかもしれない。だが変わるかもしれない、何かが解るかもしれない。

 そんな曖昧な事しか、戦闘中の箒には考えられない。

 

 だからこそこの刹那だけは、自分の本能に従っていた。

 昭弘と2人きりで、剣を用いた、ISバトルがしたい。そんな情欲と闘争心に支配された箒の形相はしかし、悍ましさ等無くただただ川のせせらぎの様な純粋さだけを秘めていた。

 

 それ程までに、昭弘との「この時間」は膨大な快然に満ち溢れていた。

 

 

───そうか

 

 

 快然の渦中、箒はまた一つ気付きを得る。この喜楽は、昭弘だけで成り立っている訳ではないのだと。

 大好きなISとそれを創りしISの体現である束、大好きな剣とそれを共に学んできた剣の化身である一夏、この学園で出会い共に高め合ってきた仲間たち。そして昭弘。

 それらが等しく揃っているからこそなのだと。

 

 

───本音、すまない

 

 

 どれか一つでも疎かにすれば、あっと言う間に翳ってしまうのだと。そこまで解ればもう、答えなんて待つまでも無かった。

 

 

───やはり私には、誰か一人なんて選べない

 

 

 昭弘を諦めはしない、一夏を決して一人にはしない、漸く得た新しい繋がりたちを疎かにはしない、束を例え世界が敵になろうと見捨てはしない。

 

 

───私は“全て”を選ぶ

 

 

 心中でそう叫んだ箒は、小さいながらも確かな己の強さを実感した。

 

 

 

 刹那。

 

 箒の指の動きを寸分違わずマニピュレーターが模倣し、彼女の想像通りに機械刀が振り下ろされる。

 

 防がれてもいい、打鉄自体の速度にそのまま斬撃速度を乗せ、後先考えずグシオンに鉄剣を叩き込む。

 

 

ガギイィィン!!

 

 

 それは果たして、当たった音なのか防がれた音なのか。

 

 

 確かな事は一つだけ。

 

 

 その一撃が「終わり」であり「始まり」であるという事。

 

 

 

 

 




次回から少しずつ臨海学校(現在)に戻り始めます。
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