─────7月7日(木) 日中帯 面談室
広大なるIS学園校内、そこに幾列も何重にも並ぶ廊下の1つに、その部屋はあった。
入口にはSPが2人、金髪が目を引く砕けた雰囲気の男と、毛髪の無い生真面目そうな黒人が夫々サングラス越しに目を光らせていた。
更に室内には、図太いガタイの初老のSPが。
彼等3人がお護りするは、室内で今面談を始めたばかりの男女2人、正確には七三分けの男の方だ。
「昭弘くんはどうでしょう。学園の皆様に御迷惑をかけてませんか?」
「真面目で信頼の厚い青年ですよ彼は」
「それは何よりです」
前置きを手短に終わらせたデリーに対し、千冬は早速昭弘とグシオンについて切り出した。
「ただ失礼ながら、擬似MPSに関しては大きな欠陥が見られます。搭乗者と繋がったまま、何時間も意識が戻らない等と…」
千冬はあくまで、デリーを睨まない。代わりに、ただ真っ直ぐ見透かす様に彼を見据える。白状するならそのまま根掘り葉掘り聞き出し、しらを切るなら証拠のデータを見せて追い詰めるまでなのだろう。
だが、デリーは変わらず飄々と進める。
「成程、その様な事が…。ですが既に説明している通り、アレは言わば人機一体を旨としています。彼の意思で深く繋がれば、その分元の意識への浮上には時間が掛かる。逆に言えば、深く繋がらなければいいだけの話です」
「昭弘くんを悪く言うつもりはありませんが、要は彼の意思次第という事です」
「ではせめて深く繋がれない様、制限を設けるべきだったのでは?」
「それは現状、我々の技術力では不可能です」
そこに、千冬は更なる粗探しの杭を打ち込む。
「そんな不確定要素のあるMPSに、アレ程の重武装を施したのですか?義手義足の製造販売会社でしかないアナタ方が」
グシオンのコアが純正のISコアである事も、デリーが束と内通している事も、ましてや兵器を戦場に売り捌いてる事も、千冬が直接問い質した所で「証拠が無い」の一言で終わりだ。
故に彼女は、新たな情報或いは矛盾点を炙り出すやり方に専念している。
「それはISだって同じでしょう」
その一言で一気に流れを変えられた為か、千冬は口を閉じてしまう。
未来科学の結晶たるISも、決して暴走しない保証など無い。VTシステムによるレーゲン暴走が、その好例だろう。そのISをアレだけ重武装化し放題なのに、MPSだけ重武装禁止というのはおかしい。
それ以外にも、デリーは持論を展開する。
「そんなISだらけの環境に劣化版であるMPSを放り込むのなら、自己防衛の為にも重武装化させるのが常道と僕は思いますが」
「…」
詭弁の様に聞こえるが、それは間違いなくある種の正論だ。どれだけ厳重に管理しようと、可能性を0にする事なんて出来やしない。
なればこそ、いざという時その脅威から身を守る術が必要だ。それができぬのなら、何の為の専用機だろうか。
「武装の製造元」に関しては、千冬は訊かなかった。まさか「自分たちで製造している」等とデリーが言う筈もないし、別の回答を用意している事も想像に難くない。
そんな若人2人の様子を、黒服に身を包んだ老戦士はただにこやかに見守っていた。
その後も2人の対談は続いたが、結局T.P.F.B.の裏側を暴くには至らなかった。
そうしてとうとう、時間がやってきてしまった。デリーにとってはごく普通の2時間、千冬にとっては余りに短すぎる2時間であった。
「…最後に1つ、よろしいか?」
だが、まだ最後の一弾を千冬は隠し持っていた。デリーという人間の本質を見抜けるかもしれない、最後の質問をだ。
「デリー・レーンさん、アナタにとって「紛争」とは何ですか?」
ピタリと、今までずっと笑顔だったデリーの表情が固まる。そこに商人としての面影は無く、普段人間が一人で居る時の真顔だけがあった。
デリーはそのまま数秒静寂を堪能した後、静かに語り出す。
「……「永久機関」とでも言いましょうか」
永久機関。ISですら未だ成せていない、エネルギーを必要としない魔法の様な動力変換装置だ。
何故紛争をそう呼ぶのか、千冬が訊くまでもなくデリーは語り出す。
「「人を傷付けてはならない」…人々がそう教えられ防ごうとしても、必ず世界の何処かで紛争は起こります。信仰、思想、人種、国境、資源、それらが存在する限り、即ち人類が在る以上紛争が絶える事はありません。そしてその紛争により、必ず利益を得る者が存在します」
「人類さえ在れば、エネルギーを送らずとも争いは起き、それにより誰かが得をする。惑星規模で見れば、それは立派な準永久機関と呼べるのではないでしょうか」
世界の、人類の根本は何百万年経っても変わらない。デリーの長い例えには、そんな重みが乗っていた。
それでも尚、紛争を正当化なんて出来ない千冬は続けて問う。
「それで何人死のうと、アナタは「世の常」と割り切って肯定するのか?」
「肯定も否定もしません。僕はただ、傷ついた人々を有償で癒やすだけです。僕と対を成す武器商人も同じです。銃を欲している人間に、有償で兵器を提供する」
当然の摂理である様に、揺るがない持論である様に、デリーは自身と武器商人を同列の存在であると述べた。それは己を卑下する様でもなければ、誇る様でもなかった。
まるで、デリーを武器商人と疑う事自体、何の意味も無いかの様な。
「……現状兵器でしかないISも、所詮その永久機関の一部である…と?」
「その一部に組み込まれるのを避けるべく、篠ノ之博士はISコアの生産を止めたのでしょう?」
最後に、そんな若々しく濁りの無い男の声が、無情に室内を満たした。
─────7月23日(土) 22:29
再びの湯泉から上がり浴衣を纏った千冬は、険しい表情のまま共用廊下を歩いていた。話しかけたら凍てついてしまう程、鋭く静かに。
既に意識を切り替えた彼女は、初めから予定していたかの様にデリーとの会話を脳内再生していた。
千冬は考える。明日の事、銀の福音、アフリカでの紛争、亡国機業、ISとMPS、無人IS、昭弘の事、そして束の事。
既に答えは出た筈だった。束の目的はISによってMPSを打倒し、ISの有用性を確固たるものにする、と。
だがデリーとの対談を思い返すと、その答えに待ったが掛かる。ISの有用性を示し、一体それで何になると言うのか。ただ今までと変わらず、人殺しの道具として先進各国に独占されるだけではないのか。それでは、紛争地域に投入されるのと本質的には同じではないのか。
(MPSの衰退、そしてISという抑止力強化による戦乱の鎮火?…いや違う、アイツにそんな思慮は備わっていない)
抑も、束は今のISに何を望んでいるのだろうか。ISが兵器として抑止力として君臨する今、束は何を思い何がしたいのだろうか。
(ISは既に兵器となった、束の「夢」はそこで終わった筈だ。では今度は何を……?)
今の千冬には、束の考えが何一つ解らなかった。歳を取り大人になり、社会という歯車の中で余りに多過ぎる知識と経験を吸収した千冬には、もう束と過ごしたあの頃の様な思考が出来なくなっていた。
束を中心に据え、一つ一つ形も中身も違う事柄たちを闇雲に熟考していた千冬は、己がどこまで歩いていたかも忘れていた。今彼女が立つ場所は、自身の部屋をとうに通り過ぎていた。
そこで意識を現実に引き戻した千冬の視界に、少年の姿が入り込む。廊下の一番奥、大窓の手前に備えられたソファチェアに一人腰掛ける、黒髪の少年が。
「座るぞ」
「……好きにすれば?」
一夏のそんな了承を得るまでも無く、千冬はテーブルを挟んで向き合うもう片方のソファチェアに腰を落とす。
深い思惑は無かった。彼女にとっては久しぶりな、実弟との2人きりの時間だ。この貴重な機会を逃すまいと、思考とは別に心が判断した。
「眠れそうにないか?」
「ただ一人になりたかっただけ…と言ってもアナタはどかないんだろうけど」
「すまんな」
少し儚げな苦笑を漏らす一夏に、千冬は姉らしく無遠慮に、然れどどこか控えた口調で訊ねていく。
「桔梗の間でも思ったが、少し冷たくなったな一夏。私に対して」
すると一夏は、無言で眼鏡のフレームを弄る。だが闇夜へと視線を反らすという事は、やはり心当たりがあるのだろう。
漆黒の中に居する、灯籠で山吹色へとぼんやりライトアップされた池には、模様だけ判る錦鯉が小さき世界を徘徊していた。
「そりゃ面白い存在じゃないさアナタは。剣一本にあの手この手を加えて強くなろうとする、オレにとっては」
ネチネチとこびり付く様な口調で、淡々と吐き捨てていく一夏。
だが千冬は悲観していなかった。黒い憎悪を内側に溜め込まれるよりかは、100倍マシだからだ。
「僻みか」
「そこまではいかない。オレにも剣術家の血が流れているってだけ」
昭弘に諭されたからこそ、ISと剣を心底愛しているからこそ、剣一本でIS乗りの頂に立った姉が妬ましいのだろう。
だが、千冬に少し冷たく接してしまうのはそれだけが理由ではなかった。
「ただ、オレは以前みたいに、アナタを崇拝もしてなければ憎んでもいない。…つまりは弟として、どう接すれば良いか解らないの」
恥ずかしそうにしながらも、一夏は池から千冬へと真っ直ぐに眼差しを戻していた。
千冬はそんならしくもない弟を見て、安心にも似た小さな笑いを零す。
「何だ一夏。つまりはさっきの接し方で果たして良かったのかと、そうお前も思っていた訳か」
「…」
うんとも言わなければ頷きもせず、一夏は再び池の鯉に目をやった。視線が合った気もしたが、鯉が何か答えてくれる筈も無く。
「いいんじゃないか?お前の自由に接すれば」
別段千冬も、どんな風に接して欲しい等要求はしない。家族で裏だの表だの、もううんざりなのだ。
一夏には、その自由が解らなかった。
中身が女だから、他人に対してもその通りに接している。その度に思う、誰に対してもそんな接し方で本当に良いのかと。
前の自分が偽りであり、今の自分は偽りでない、それは彼も解っている。
だが姉である千冬に対して、もし一夏の自由に接して良いと言うなら、はっきり言って男口調の方が楽ではある。弟である以上、やはりそれが自然だ。そうなると、結局姉に対しては己を幾許か隠す事になってしまうのだろうか。
或いはどれだけ口調を変えようと、千冬が一夏の本心を知ってる以上、己を隠している事にはならないのだろうか。
女として接するかも男として接するかも、本人の自由。だとすれば自由と本心は必ずしもイコールではないのだなと、この時少年は思った。
想像が足りないのだ。本心で家族と接する日常が、どの様なものなのか。その上で己が行使する自由とは何なのか。
「…姉さんは今のオレを…本当のオレをどう思ってる?」
よって、逆にそう情けなく問い返すしか無かった。レゾナンスの一区画で箒に訊いた様に。
偽りとは言え嘗ての自分を最も身近に感じていた千冬ならと、そう思ったのだ。
彼女は少しの間固まった後、外は見ず、腕を組んで瞼を閉じる。
今目の前に座る少年は、紛れもなく彼女の弟だ。だがその内に詰まった人格は、これまで共に過ごしてきた者のソレではない。
千冬が今の一夏について解っている事は、剣とISが好きだという事だけ。後はどんな同性が異性が好きなのか、目標や将来の夢は何なのか、抑もどこからが“男”でどこまでが“女”なのか、何も解らない。
「……解らん」
だからそう答えるしかなかった。
だが千冬にとってそのはっきりとしない回答は、何も知らないまま弟を溺愛する事よりも遙かに勇気が必要だった。
「…そう。いずれは解るといいね」
一夏の一言に、落胆は別段籠もってなかった。
それはまるで、一夏自身にも言い聞かせている様だった。
(いずれは…か)
その「いずれ」という言葉に、千冬は一部の暗礁を覚える。
千冬には、今直ぐにでも理解せねばならない相手がいる。束の思考・思想、何を欲していて何を不要としているのか、何が一番大切なのか、それらを理解しなければ最悪世界中の人間に影響が及ぶ。
千冬にはその自信が無かった。自身の弟の事ですら、彼女は理解出来ていなかったのだ。ブリュンヒルデとはいえ、自信を無くすのも仕方が無い。
そんな何も返さない千冬に、一夏が言葉を贈る。
「姉さんも案外、オレと同じ唐変木なのかもね」
「…かもな」
同じ血が流れてる故、否定出来ないのが千冬には少し腹立たしかった。
だが、一つだけ解った事が生まれたので、千冬は構わずそれを一夏にぶつける。
「取り敢えず一夏、私を「姉さん」と呼ぶのは止めろ。今まで通り「千冬姉」にしてくれ」
「嫌だよそんなこっ恥ずかしい。さっき自由に接して良いって言ったじゃん」
「そこだけは別だ、お前には千冬姉と呼ばれたいんだよ私は。そこに理由は無い」
中々に頑なな千冬。だが一夏自身、そこまで呼びたくないという訳でもない。ただ少し恥ずかしいだけだ。
どの道埒が明かなそうなので、ここは一夏が先に折れてやる事にした。
「はぁ…千冬姉」
「うむ」
漸く姉弟らしい事が出来たからか、千冬は結構気分を良くした。心なしか、少しだけ一夏の事が理解出来た様な気がした。
そして一夏も、いざ姉をそう呼んでみると存外に楽だった。
偶には、強引に接してみるものなのかもしれない。
(…そうか)
もう一つ、千冬には解った事があった。
(一緒に居なければ…解る筈もないか)
その簡単な答えに漸く辿り着いた千冬は、何処に居るかも分からない束の事を軽く思い返した後、一夏と少し話して部屋へと戻って行った。
───桔梗の間
もう夜も10時を過ぎた。窓を開けた部屋では、ラウラのか細い寝息が潮騒に紛れている。
一夏は今さっき池の鯉を見に行くとか言って、部屋を出て行っちまった。
かく言うオレも、中々に寝付けなかった。テラスの椅子に座っては、月なんかを眺めている。今日一日は大概誰かと一緒に居たもんだから、こういう時間は妙に新鮮だ。
満月を反射しては蠢く海を見ながら、波が砂浜を削る音を聞きながら、オレは今日という一日を噛み締めていた。過ごした楽しい時間の、どんな細かい事をも忘れない為に。
それと交互に考えているのは、明日の事だ。あの賑やかだった砂浜も、精神を潰す程に張り詰めるであろう、明日の事だ。
こんな事に思考を回しても無意味なのは理解している。明日に備えて体力を温存する為にも、ラウラみたいにさっさと寝るべきなんだろう。
だがきっとオレだけじゃない。それぞれが違う思惑を持っていたとしても、皆心持ちは同じ筈だ。緊張感に不安感、高揚感に充実感、そして将来への希望と絶望。
「楽園の今日」と「試練の明日」とを隔てるこの時間、心を平たく保つなんざ無理な話だ。
明日の演習、出来る事なら台無しにしたくはない。明日何かが起こるのではと人一倍用心出来ているのは、此処に居る面子ではオレと織斑センセイだけだ。警戒する事しか出来なくても、責任は重大だ。
(ISには皆の将来が掛かってるんだ。誰にも邪魔はさせん)
海辺全体を怪しく照らす、不気味な程にはっきりと輝く月を睨みながら、オレは静かに意気込む。
将来…か。オレには縁遠い話だ。
─────7月11日(水) 16:35 アリーナC ピット内
昭弘は強くあらねばならない、そして今よりもっと強くならねばならない。間接的とは言え自分が招いた失態を少しでも埋める為に、もう何を尽くしても止まらない「争い」に備える為に。
そして、強くなる以外何も出来ないが為に。
目的と呼ぶには余りに矮小過ぎるそれは、最早目的ですらない単なる枷と同義だ。殺し合いの為に強くなる事程、虚しい成長があろうか。
パイロットとしての意地が、戦士としての本能が、愛機への想いが、昭弘のモチベーションをどうにか保っていた。
昭弘のそれは、一見「ISが好きだから何となくでも頑張れる」今現在の鈴音と似ている。
───断じて違う
昭弘はそう強く心中へと吐き捨てた。
鈴音は、しょうもない罪滅ぼしが如く
それしか道が無い、引く事も止める事すら出来ない昭弘とは違うのだ。
では昭弘も鈴音と同様、何にも縛られてない状態なら果たして目的を掴めるのか。残念ながら、それは無理に近いだろう。
“目的”とは本来“自分”の為に達成するもの。自分の望みを知り、それを叶える為のもの。その場その場の御節介でしか動けない昭弘にとって、それは余りに縁遠い存在であった。
だが鉄華団無き今、誰も昭弘に新たな目的なんて与えてやれない。この世界における自分の望みは、結局の所自分で見つけるしかないのだ。
つまりは「言い訳」なのだ。自分はこの道に縛られてる、だから真っ当な目的が見つからない。その言葉を隠れ蓑に使っているに過ぎない。
或いは、いずれ「道」を見つけるであろう鈴音への僻み。
「フッ…鈴に言った通り、何でオレはこう悪い方に考え過ぎちまうかな…」
あの頃は道があったから、考えなくても前に進めた。そんな事解り切ってる筈の昭弘はそれでも、そう言葉にせずにはいられなかった。
そんな事をずっと考えながら動いていたからか、気付けば昭弘は再びグシオンを纏い、ハッチから覗く憎らしい程青い空を見上げていた。
大空の下には、既に甲龍とラファールが鉄獣を狩るべく待機していた。
鋼鉄の鎧を纏い、右手には鉄をも砕くハルバート、左手には肉ごと骨を切り裂くマチェット。
そして眼前には、フィールドへと続く“一本道”がただ無機質に無感動に続いていた。
昭弘は戦う、強くなる為に。強くなって更に戦う為に、命尽き果てるまで戦う為に。
昭弘にはそれしか無かった。ただ強くなるしか無かった。
夢でオルガが放った言葉とは裏腹にどれだけ気負い続けても、そこしか道が無い昭弘は只管に進み続ける。罪悪感と義務感に背中を押される様に、戦場という終着点に引き寄せられる様に。
お待たせしました。次回から完全に現在へ戻ります。