─────7月24日(日)
昨日とはまるで違う様相を呈しているビーチ。
波打ち際には複数の揚陸艇が乗り上げており、砂浜には同じ数だけのコンテナが等間隔に並べられていた。
その周囲にはPCやら液晶パッドやらを忙しなく弄る、積荷の関係者と思しき作業員たちが。スーツを着た責任者と見られる者も、何名かが教員と話している。
整列しながらそれら準備を待つ生徒たちの表情は、こちらも昨日とは打って変わって緊張一色に染まっていた。
(このまま何事も無く終われば良いが)
そんな事ばかりを思う昭弘は一人、周りとは種類の異なる緊張を表出させていた。今の彼は、幾つか予期している中でも最悪の事態が訪れぬよう、ただ祈るしかない。
「さて諸君、各種武装の準備が整った。一般生徒は各教員の指示に従い、交代で兵装を試せ。専用機持ちはその間に、追加パッケージのインストールを済ませておくように」
千冬の号令によって加速していく時の流れは、心ここに在らずな昭弘を置いていく。
意識だけを別方向へ回し、時間に従い淡々と入力作業を進めていく昭弘。
T.P.F.B.から送られてきた追加武装は、どうやら新たなシールドパッケージの様だ。
これまでの腰部シールドとは違い、外見は円形から倍の大きさの縦長へ。先端と思しき部分は鋭く、盾というより極太の大剣と言った形状だ。その見た目は、嘗て昭弘が使っていた「シザーシールド」に近いものがあった。
「『サルコクス』ねぇ…」
面倒臭そうに呟く昭弘。従来の腰部シールドを取り外さねばならない為、ハッキリ言って二度手間なのだ。
だが防御面積は倍増、更には近接攻撃に使える代物でもある為、装備しない訳にもいかない。
「進んでる?」
暇そうに声を掛けてきたのは一夏であった。無人機たちは例のトラック内にて待機しているので、話相手も居ないのだろう。
代表候補生でもない彼だけは、倉持技研から何の追加パッケージも送られて来ないのだ。
グシオンの新武装も、追加パッケージとは言えない程に単純な代物だが。
「いや、微妙だな」
「何か手伝う?」
「…すまんが特には」
「…」
暇を潰せない事が分かり、思わず溜息を漏らす一夏。
その落胆に更なる別の落胆を重ねながら、一夏は近くに座り込む。
専用機の中で何の追加装備も無いのは、一夏の白式だけだ。唯でさえ武装が機械刀一本しか無いスペックで、この上更に武装面で差がついてしまっては、一夏が焦るのも納得だ。
それだけではない。
───カッ!
海岸から数キロ離れた大海原上空で巨大な光が現れ、昭弘と一夏は振り向く。その後、数秒程遅れてドォンと鈍い音が浜辺に届く。
どうやら相川の駆る打鉄が放った、IS用の新たな銃型兵装らしい。サイズはGAU-0より多少大きい程度だろうか。
「…射程は少なくとも4キロ弱、爆発範囲はザッと半径1キロってとこか。どんな仕組みであの小さい砲弾があんな爆発生むんだか」
敵にどんな損害を与えるのかは不明だが、範囲攻撃は対IS戦を想定すれば理に叶っている。アレならどんなに相手が素速かろうと、それなりの距離さえあれば関係ない。
他にもSEに反応する対IS半誘導型長距離狙撃用徹甲弾や、従来より更に薄くより強度の増した新型装甲等々、谷本たちが装備しては大空へ飛び立とうとしている。
唇からはみ出ない程度に歯噛みしながら、それらを映す瞳に恐怖の火を灯す一夏。
量産機ですらこれだけのスペックを有する時代が、もう直ぐそこまで来ているのだ。
(オレと白式の存在意義って…)
一夏がそんな陰鬱に支配されるまで、そう時間が掛かる筈も無く。それはまるで「昭弘と箒の助けになりたい」と息巻いていた自身を、心底から嘲笑うかの様であった。
「…」
昭弘も、沈む一夏を無言のまま見詰める事しか出来ない。こんな時に言葉の一つでも掛けれたら良いのだが、火力差が揺るがぬ事実である以上、何を言っても付け焼き刃の慰めだ。
故に、黙ってただ作業を進めるしかなかった。
一夏を無視する訳ではないが、昭弘も全体の事と自分の事に集中せねばならない。
いつ何処でどんな事が起こるのか、そして昭弘が実力的に最も警戒している「彼女」はどんなパッケージを装備するのか、それらがどうしても昭弘の中で先行する。
焦っているのは昭弘とて同じだ。
だから彼は作業の合間、つい視線を向けてしまった。
たった今インストールが済んだ、新たな力を顕現させるセシリアへと。
「来なさい、『Maximum Tears』」
静まった湖の如くそう一言放つセシリア。
するといつもの通り、ブルー・ティアーズが彼女の五体を覆う。その装甲装飾及びスラスターに変化は無い。
それ以外は全てが違っていた。背部には合計にして8つの鱗の様な羽が、上下横二列に並んで2枚のウイングを形成しており、元々あった6枚のウイングはその存在感を薄めていた。腰の両脇には、従来の比ではない巨大なミサイルビットが無骨に付随していた。
その威圧感たるや。ビットと思しき鱗は兎に角大きく、一機あたり全長2m近くあるそれは容易に極大火力を連想出来るものだった。
口を大きく開ける、目を見開く、余りの存在感にどうしようも無く困惑する、一周して苦笑を漏らす等々、それぞれが異なるながらも盛大な反応を示す生徒及び関係者たち。
まるで雀の群れに一羽だけ鷲が居るかの様な途方の無さだ。
昭弘も例外無く反応を示す。
未だ佇んでるだけのそれを見て、彼は改めて深い戦慄を覚えた。
あれ程大型且つ多量の兵装、いち高校生に操れる筈がない。等と言った常識から来る希望的観測は、今の昭弘には一切無かった。あのセシリアなのだから。
そんな昭弘を鋭く一瞥だけしたセシリアは、そのまま砂煙を四方に巻き上げては青いボディを大空へ溶け込ませていた。
いつも通りに空を切り、総計10機のビットを展開しては追従させるセシリア。
「ッ」
だがそれら膨大な質量だけは如何ともし難く、ただ追従させるだけでも頭かキリキリと痛む。それは引き連れるというよりも、10匹の人食い鮫に追われる様な感覚であった。
セシリアは痛みを消し払う様に頭を激しく振り、燕の如く飛翔しながら2機のミサイルビットを両脇へ、8機のビームビットを狙った空間へと走らせる。
大粒の雫たちは、セシリアが思い描いた道を想像通りの速度で飛び抜けて行った。複雑に張り巡らされた水路を、水が流れる様に。
「ツッ!!」
だが肝心のビームは出さず、それだけ機動を試すと即座に地上へ戻って来た。
見世物ではないのだと皆理解している。にも関わらず、浜辺は拍手喝采に包まれた。
射撃まで拝めずともアレだけの技能を見せつけられては、別段不自然な事でもない。
当のセシリアは、素肌の見える至る所から多量の汗を流していた。
彼女にとっても予想の範疇なのだろうが、やはり脳への負担は相当なものらしい。
だが、流れ出る汗の大半は恐怖から来る冷や汗であった。彼女は
これは今までの様な、代償も無しに底力を引き出せる代物ではないのだと。
(感覚は今ので凡そ解りましたわ。後は二次移行さえ成せば…)
進化に値する操縦者だとISが認めれば、二次移行は自然と成される筈。そうセシリアは考えていた、そうでなければ困るのだ。定められた確かな方法なんて、世界の誰にも解らないのだから。
その二次移行を成したとして、その後果たして自分の脳は生きているのだろうかと、本当に昭弘を超えられるのだろうかと、情けなくもこの時セシリアは思った。
まだ完全には操り切れていないセシリアを見て、昭弘は無意識に胸を撫で下ろしてしまった。
そして、彼は新武装のインストールを急いだ。
専用機持ち全員のインストールが完了して直ぐの事だった。
生徒及び関係者全員の恐る恐るな視線は今、突如として上空から飛来し波打際に突き刺さっている「巨大な人参」に集中していた。
それら個々人の異なる反応なんて知った事かとばかりに、人参の主はハッチが開くと勢い良く飛び出してきた。
「おーーーまーーーたーーーせーーーちぃぃぃぃぃちゃぁぁぁぁぁぁんッ!!!」
「待ってないッ!!!」
「ギャァァァァス!!」
束が真っ先に向かって行ったのは彼女の大親友でもある千冬だったが、千冬は挨拶代わりに束の顔面へアイアンクローをお見舞いする。その挨拶には久方ぶりに親友に会えた嬉しさと、今まで姿をくらましていた事への憤り、そして疑念が混在していた。
とても痛そうに悶える束だが、どこか小慣れた感じが伝わって来る。昔から、彼女たちにとってはじゃれ合いの範疇なのだろう。
だが他の教員たちは当然警戒一色だ。天災が来る、それ即ち事の起こりの前兆だからだ。
他は皆、混乱から更に一段階上がって阿鼻叫喚の様相だ。良くも悪くも世界一の有名人なのだ、興奮しない訳にも行かない。
「一夏、貴方確か篠ノ之博士とはお知り合いでしたわよね?」
「ええ、相変わらずって感じ」
「へ、へぇー普段からあんななのね…」
「親しくなろうとは思えんな…私の苦手なタイプだ」
「何というか有名人だからかな…近付き難い雰囲気があるよね」
何も知らない一夏たちは呑気な感想を言い合う。
だが束がこれ迄にしてきた事、今も尚画策している事。それらにフィルターを取り払われている昭弘にとって、束は本当の意味で人の形をした天災にしか見えなかった。
「イタタ…ちーちゃん束さんの事大好きだからっていきなり激しすぎだよぅ…」
「ああ、お前の事は今も昔も大好きだよ。訊きたい事は山の如しだが、今日はまた何しに───」
千冬が言い終わるより先に、束は視線を変えていた。千冬から、一般生徒たちが居る奥の砂浜へと。正確には、その集団から束へゆっくり歩いてくる一人の生徒へと。
束を普段から覆っている笑顔は消え失せ、その下に潜んでいる真顔がそこにはあった。
対して昭弘は暖かい表情で、束へ向かって来るその少女を見守っていた。天災とはいえ束にもまた妹が居り、妹にとって天災はどこまでも姉でしかないのだ、と先程までの自分へ言い聞かせる様に。
「姉さん」
箒は震えながらも真っ直ぐな瞳のまま、真顔の束に相対した。どんな感情をどれだけ秘めているのかまるで読めない、そんな顔をした実の姉へと。
少しの間見つめ合うと、束は再び満面の笑顔を装着して箒に挨拶しようとする。
「やぁやぁ!お久しぶり箒ちゃ───」
だがそれよりも、箒の方が早かった。彼女は笑顔の束も挨拶も気に留めず、流れる様な動作でその身体を束の身体へと埋める。
「?」
妹からの意外で突然な抱擁に、束は喜ぶ以前に笑顔のまま固まる。
「先ず最初に…この前は冷たい態度を取ってしまい、ごめんなさい。それと…」
「会いたかった…。今までずっと…本当に会いたかったんだ…姉さん」
閉じられた瞼からは、小さい雫の一粒がタラリと流れては光の帯を作っていた。
涙ながらに再会を喜ぶ妹に対し、束は尚も笑顔で止まったままだ。
そうして十秒程経つと、離れる気配の無い箒を束は引き剥がし、漸く口を開いた。
「うん!束さんも会いたかったよ☆」
「そ・れ・よ・り!今日束さんがこんな羽虫共の前に現れた理由を説明するね!」
束は台本を読み上げる様にそう言い放ち、指をパチンと高く響かせる。
その音が合図だったのか単に刻限だったのか、空に再び“何か”が見えた。
菱形のソレは人参と同じく一直線に降ってくると、今度は砂浜にザクッと突き刺さった。
「じゃじゃ~~ん!!箒ちゃんへの誕生日プレゼントだよぉぅん!!」
束の言葉を皮切りに、紅い菱形は大小の金属音をギチギチとたて、腕・脚へと変形し最終的に紅い人型となった。
それはISであった。
「束さん特製!第4世代型IS『紅椿』!ホラ見て見てー?外見も色合いも名前も、箒ちゃんにピッタリで超かっこいいでしょ!!」
すると今度は、箒と一夏を何度も交互に見始める束。
「ウンウン!いっくんの白式ともお似合いだよこりゃあ☆やっぱ紅白は映えるッ!」
それはまるで、花嫁となる娘とその花婿とを見比べているかの様であった。
そんな言動を聞いていた一夏は、真夏の砂浜ですら一直線に凍てつく程の冷たい視線を束へ飛ばした。
第4世代という単語を聞いてから、本日一番の喧騒がビーチ全体を満たしていた。
第3世代機ですら未だ量産化に至っていない今の人類にとっては、正に新種のエネルギーを発見したが如き驚きであろう。
おまけに天災直々の試作機と来れば、間違いなく現存するISの中では最強クラスのスペックと言えよう。
「本当に良いのか箒、あのISを受け取って」
そんな喧騒から少し離れて打鉄を見つめている箒に、昭弘がそう訊ねた。
「…確かに姉さんの思惑は解らないし、私如きが乗るには過ぎた代物かもしれん」
沈んだ面持ちでそう返した後、箒はまるで水底から浮上した様に笑って更に付け加えた。
「それでも私は紅椿に乗ろうと思う。少しでも成長出来る可能性があるのなら、意固地になっても仕方が無い。それに折角の姉さんからのプレゼントなのだ、ちゃんと乗りこなして姉さんを喜ばせてやりたい」
「「その時その時の力を最適に使え」だろう?昭弘」
箒の言葉を聞いて、己のお節介が余計であったと気付いた昭弘は「そうか」と小さく笑った。子の成長を喜ぶ親はこんな気持ちなのだろうかと、18か19の青年は生意気にもそんな感慨に浸っていた。
そうして箒は打鉄に手を添えると、別れの言葉を贈った。
「今まで本当に世話になったな打鉄。君たちから教わった事を、私は生涯忘れない」
そう言って軽く会釈をする箒に、束が先居た所から急かしの声を掛けてくる。
「箒ちゃんまだー?早く最適化させてよー」
「ハイ!今戻ります!」
走り戻る箒に続き、昭弘ものしのしと歩み続いた。
束の裏技によりフィッティングは一度飛ぶまでもなく終了し、一次移行が済んだ紅椿は早速大空へと羽ばたいた。
束の説明によると、紅椿最大の特徴は全身を覆っている「展開装甲」にあるらしく、状況に応じて変化した装甲が近接攻撃・防御・スラスター全ての機能を果たすそうだ。
射撃戦にも特化しており、突きをレーザー攻撃として放つ刀剣「雨月」、斬撃の形そのものをビームとして周囲に放つ刀剣「空裂」が一刀ずつ存在する。極めつけは背部にある2機のビット兵器と、最早撃ち合いだろうと死角無しだ。
機動力他基本性能においても現行の専用機ほぼ全てを凌駕しており、極めて高度な操縦者支援システムも備えている。
(…確かにとんでもなく速い。攻撃手段も多過ぎない程度に充実している)
それが昭弘の抱いた感想だ。一夏たちも恐らく同意見だろう。
あくまで「最初に抱いた感想」だが。
(それでも「一番」とは言い難い。機動力はシュトラールの方が上、全体的な攻撃力もブルー・ティアーズには及ばない)
それが後から抱いた正直な感想で、一夏も似たような事を感じていたらしい。
「何ていうかさ…箒の実力にそのまま紅椿の性能を上乗せしたって感じよね。勿論、箒が打鉄に乗るよりかは断然強いんだろうけど」
「オレも同感だ」
それでも、同様の感想を抱いているのは専用機他実力者だけで、一般生徒や研究員ら関係者はその性能に大いに興奮していた。
超高性能である事に間違いは無い。だが束が作ったにしては、少々大人しめというか「とんでもなさ」に欠けると、そう昭弘は感じた。
(…紅椿の事、まだ何か隠してやがるな?)
笑いながら紅椿を見上げる束を見て、昭弘はそう判断した。理由や根拠なんて無い、短い間だが束と過ごした昭弘の直感だ。
テスト飛行が終わり、地上に舞い戻ってきた箒と紅椿。その表情は晴れやかとは言えず、消化不良を訴える様なモヤっとしたものだった。
(…姉さんが作り上げた通り、凄い機体だった。だが本当に、私はコイツの全開を引き出せたのか?)
納得の行かない箒とは対照的に、束は拍手喝采で妹を褒め称える。
「さっすが束さんの箒ちゃん☆良い飛びっぷり良い斬りっぷりだったよん☆」
お褒めの言葉が、逆に箒の良心を傷つける。曇った箒の表情は、束への申し訳なさによって更に色濃く曇る。
初回とはいえ、あの程度の空中機動を束は本当に喜んでくれたのだろうかと。
「…」
「どしたの箒ちゃん?折角の紅椿お披露目だったのに元気無いぞ~?君と紅椿の相性ならほんのちょっと練習すれば、そこのデカいのも貴族っぽいのもあっとゆー間に超えられるのに~☆」
空気なんて知った事かと、ふざけた調子でそう言い放つ束。
その言葉に、昭弘とセシリアはピクリと瞼を震わす。彼等だけでなく、一夏たちですら睨む先は当然束だ。
これまで長い時間を掛けて積み上げてきた訓練と試行錯誤と葛藤、彼等彼女等はその全てを否定された気がしたのだ。
そろそろ箒も限界になって来た。耐えられないのだ、妹の事を大きく優れていると見せるその為に、周囲の人間があたかも劣っている様に言われるのが。
「……ごめんなさい」
姉に大した空中機動も見せられず、学友たちにも嫌な思いをさせてしまった。その両方に対して、箒はそんな弱々しい謝罪しか出来なかった。
無論、束にそんな妹の謝罪の真意なんて理解出来る筈も無く。
「も〜いっくんもボサっとしてないでさぁ、幼馴染なら少しくらい励───」
だが束が言い終わるよりも早く、一夏は動いていた。正確には、一夏を含めた皆が。
「オレたちはちゃんと解ってるから、気にしなくていいよ」
「全くですわ。めげても構いませんから、私たちにその申し訳無さそうな顔をするのはお止めなさいな」
「時間はたっぷりあるし、納得いくまで飛べば良いのよ。アタシらも付き合うし」
「皆…」
励まし以上の言葉を貰った箒は、再び瞳に黄金色の生気を宿し始めた。それはもう単純な構造をした回路の如く、あっさりと。
「は?何お前ら?」
そして束にとって、これ程面白くない事は無かった。
唯でさえ自分の思惑を邪魔されるのが大嫌いな上、束にとっての有象無象が束以上に妹の事を理解してる風なのが、吐きそうな程気に食わないからだ。
馬鹿みたいに理不尽で我儘な理由だが、それが彼女だ。
「姉である束さんが、箒ちゃんは良く飛べてるっつってんだよ?いっくんは兎も角としてお前ら羽虫如きガァァァボァッッ!!!??」
突如、束の顔面を真横から肌色の丸太が襲う。先端に拳を付けた、硬く太い肉の丸太だ。
一触即発の状況下、束にラリアットを決めてその場を制したのは昭弘だった。
「篠ノ之博士、近くに絶景の拝める隠れスポットがありますんで、オレがご案内します」
「ゴルァこのバカデカブツゥ!!離せやァ変態ィ!!痴漢ッ!!」
その細身からは考えられない程のパワーで抵抗する束だが、昭弘も負けじと筋肉の内に秘めしパワーを全開にする。
昭弘に強制連行される束を見て、機を逃すまいと千冬はこの場を収める。
「あー…最初に言っておくべきだったが諸君、博士は重度の人見知りなんだ。だから彼女の態度に関しても、余り気にしないで欲しい」
「てな訳で切り替えだ切り替え!残る時間を有効に使え!」
離れていく天災に雑言の一つや二つ放ってやろうと思っていた生徒たち(主に鈴音だけ)だが、千冬にそう締められては大人しく従うしかなかった。
「「ハァ…ハァ…ハァ…」」
演習場となっている砂浜から小さな松林を挟んで隣接する、ごく小さな砂場の様な入り江。全力で暴れた束と全力で押さえ込んだ昭弘は、そこで息を切らしては座り込んでいた。
すると、先に昭弘が束に向けて顔を上げる。
「てな訳で、久しぶりだな束」
対して束もまた顔を上げる。
「久しぶり」、色々と言いたい事も訊きたい事もあろう昭弘が放った最初の言葉。
それを聞いた束は、何故だか可笑しくてニヤリと口角を上げる。再会の喜びか単に昭弘が面白いのか、腕っ節で良い具合に仲裁した事を感心しているのか。
「…ま、久しぶりと言っといてあげるよアキくん」
「何か意外だったよ、会って早々掴みかかってくると思ってたから」
「…学園襲撃の一件なら別にもう憎んじゃいない、許しもしないがな」
「他に再会を喜びたい気持ちも訊きたい事も山とあるが、それは後回しだ」
すると昭弘は太陽を背に立ち上がり、巨人の如く束を見下ろす。
「“妹”は姉の人形じゃない。履き違えるな」
昭弘が何の事を言ってるのか解っていて尚、束は反省の色を見せるどころか鼻で笑ってみせる。
「ハッ、何?アキくん箒ちゃんの事好きなの?」
それだけは誰にも言いたくない昭弘、相手が束なら尚更だ。
知られて気を遣われるのも茶化されるのも、昭弘は御免だ。それだけは自分だけの問題にしたいと、昭弘は強く感じているのだ。
「アイツは今、アイツなりに“道”を選んで進もうとしてんだ。実の姉がその邪魔をするってんなら、見過ごせん」
学園を常に監視している束だ、箒の変化もある程度把握しているのだろう。
それでも昭弘の言葉を聞いた束の顔から嘲笑は消え、代わりに先程箒を見つけた時の真顔が再度表に浮かんだ。それは、事実を突き付けられて動じている風でもなかった。
「邪魔してんのはアキくんの方だよ。君さえ居なければ、箒ちゃんもいっくんもああならずに済んだのに」
だがそんな事態、束は最初から予測していた。昭弘が箒と一夏に少なからぬ影響を及ぼす事、それにより2人の関係性が変わってしまう事。
それでも昭弘をIS学園に入れたのは、箒に一夏とは別に友人を与えたかったからだ。IS学園でまで寂しい思いをさせたくなかったからだ。他の理由なんて、差程大きい割合を占めていない。
全ては妹への情を捨てきれない、選択というものを知らない束の甘さが招いた結果なのだ。
「……束よ。オレが居なくたって、箒も一夏もきっと変わっていた。人間てのはそういう生き物だ」
「そして家族は、その変化を受け止める義務がある。箒に対するお前の心境は知らんが、変わらず愛してるんならそれを妹に示せ」
「…何が言いたいん?」
「それくらい自分で考えな天災科学者」
そう一蹴する昭弘に対し、束はそれ以上問い詰める事が出来なかった。天災というプライド故からではない、妹に対する自分の何が不味いのかなんてとうに解っているからだ。
解らないのは、それをどう帳消しにするかだ。
解らないなら後回しとばかりに、入れ替わる様に浮かんできた言葉を束は昭弘にぶつける。
「…そうだよアキくん、束さんは箒ちゃんを愛してる。世界で1番ね」
「だから箒ちゃんの為にも、そして束さんの為にも言うよアキくん。箒ちゃんといっくん、もう金輪際2人の間に割って入らないと誓って欲しい」
箒と一夏の事で、束が何を画策しているかは昭弘にもさっぱりだ。もしかしたら紅椿と白式も何か関係しているのかもしれないし、一夏のIS起動も偶然ではなく束が用意していた必然なのかもしれない。
が、束の要求は昭弘も二つ返事で飲むつもりだ。百歩譲って仮に箒が昭弘と結ばれたとして、その先に待っているのは明るい未来ではない。
箒には一夏が相応しい。そんな事、束に言われるまでもない。
だからと言って昭弘が箒と一夏への接し方を変えるつもりは毛頭無いが。
「オレがあの2人に対して、友好を変える事はない。それだけだ」
「…で?誓うの?」
「ああ、誓おう」
昭弘の低く曇りない声による即答が、小さい砂浜を満たした。
束は昭弘を睨みながらもその返答を聞き入れた。
だが口だけとは言え一方的な約束はフェアじゃないと感じた昭弘は、前金として束に訊ねる事にした。
駄目で元々であるが、誓わせるのなら束にも誠意を見せて欲しい所であると昭弘は思っていた。
「代わりに教えろ束。お前は何の目的で此処に来た?お前の計画とどんな関係がある?」
すると束の顔は待ってましたと言わんばかりに普段の憎らしい笑顔へ変わり、重みの欠片も無い高々とした声で答える。
「タハッ☆そんなの箒ちゃんにIS届ける為に決まってんじゃん!!」
僅かでも期待した昭弘が馬鹿だった様だ。束はやはり、何も話す気は無いらしい。
話す気が無いのならそうさせるまでだと、昭弘は更に追及する。
「お前がタロたちを連れてくるよう織斑センセイに命じたのは知ってんだ、そんな理由でオレが納得すると───」
ピロリロリロン ピロリロリロン……
ウエストバッグに入れていた液晶携帯がそんな音と共に震え、昭弘は慌てるでもなく然れど機敏にソレを手に取る。
通話ボタンを押してみれば、千冬の怒号が昭弘の耳から脳内へ飛び込んで来る。
《緊急事態だアルトランドッ!!至急旅館へ戻ってくれ!!》
「ッ!……了解しました」
それだけ判れば十分とばかりに昭弘は通話を切り、追及を即行で中断すると旅館の方角へ猛ダッシュする。
「おっ、何か起きたんだね?束さんも行くぜ☆」
呑気にそう言いながら勝手に付いてくる束だが、今千冬の許可を貰う余裕なんて昭弘には無い。
(こいつ何をどこまで…)
故に疑念の眼光を向けながらも、束と並走するしか無かった。
だが一見動じていない束の表面とは裏腹に、彼女の脳内では策謀と激情が紙一重のせめぎ合いをしていた。
それはもう、このビーチに来た時から、箒の姿を目の当たりにしてからずっと。
(解んないよ私には……今の箒ちゃんに何て言えば良いかなんて)