IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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─────ハワイ沖

 海に浮かぶ石油プラントが如き実験施設にて、ナターシャは瞼を閉じていた。超技術の詰まった銀色の鎧を身に纏いながら。
 彼女に付き従う様に並んでいる同色の人型たちは、血肉も骨も持たない金属の塊。その中身が複雑怪奇である点は、人間と似通っているかもしれない。

 彼女とその「ISですらない彼等」を囲みながら忙しなく言葉を交わし合っているのは、ヘルメットを被った白衣の人間たち。

 ナターシャも研究員らには敬意を払っているし、今回の実験も必ず成功させたいと強く意気込んでいる。だが方針を固めた「更に上の連中」に対しては、私的な反感を持っていた。
 彼女はISを、何より今この身を包んでいる『銀の福音』を愛している。お国の為とは言えそれを戦争の道具として改造されたのが、感情的には嫌でしょうがないのだ。
 それだけではない。ただ人を殺める為だけに作られた、使い捨てに等しい銀色の人型8機。それを操るのが自分と福音であるという事実が、既に気に入らない。福音の姿形を模したこれらは単なる機械だが、まるで同じ福音を死地へと向かわせるみたいで。

 故に今、彼女は目を閉じていた。余計な感情を押し殺すべく、或いは現実から目を背けるべく。



「………?」



 最初にナターシャが覚えた違和感は、直ちに「あってはならない異常である」と頭の中で変換された。

 それは彼女でなくても、忙しいを超えて半ば狂乱状態に近しい程慌てふためく研究員たちを見れば判る。彼等もまた事態の打開を試みているのか、必死にホログラムやらキーボードやらを操作している。

 彼女のISが、銀の福音が彼女の意思とは関係なく動くのだ。
 スラスターは勝手に方向調整へと入り、ハイパーセンサーは勝手に目標を選定し、それに合わせて兵器も武器も起動し出す。

「これは……待ってお願いゴスペル!!言う事を聞いて!!」

 だが彼女の声も研究員たちの努力も虚しく、遂に福音はナターシャの意識をも飲み込む。
 それが最後の引き金となり、8機の無人機も従う様に起動する。
 
 そうして1機は8機を引き連れ、混乱から散り散りとなる人間たちを無視しては強力なエネルギーによって天高く旅立つ。
 プラントも人間も、海以外が瞬く間に小さく萎んでしまった。


 視界に入るISの撃滅。今、福音たちの中にはそれしかなかった。







第68話 弱き者たち

─────花月荘 大広間

 

 千冬たち教員が予てから警戒していた為か、そこが臨時の作戦会議室となるまで時間は掛からなかった。

 今この空間には千冬、昭弘たち専用機持ちと無人機、そして束しか居ない。他の生徒とIS兵装関係者たちは、旅館の地下にて待機している。

 無論、SE切れや負傷等による昭弘たち戦闘員の帰投も想定される為、何名かは千冬からの連絡後にいつでも出れるよう待機している。陸上自衛隊衛生科が到着するまで、応急的な処置は彼等の仕事だ。本来ならそれはIS学園教員らの範疇だが、どうやらそうも行かない理由があるらしい。

 

 

(…束を見ても変化は無し、か)

 

 束に対して特段の反応も示さないタロたちを、チラと見る昭弘。やはり、実物を見て思い出せるものでもないらしい。

 

 もし思い出せたとしても、昭弘に両者の再会を喜ぶ余裕はない。こうしている間も、脅威は着実に迫っているのだから。

 

「時間が無いのでさっさと状況説明に入らせて貰う。アメリカ・イスラエル合同開発下の第3世代型IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が2時間前、ハワイ沖にて試験中に暴走した。怪我人の報告は今の所無い」

「数は福音本機とその無人随伴機、合計9機だ。衛星が算出した結果としては、2時間後には当空域を通過する事が判明した」

「君たちにそれらの迎撃を命じる」

 

 楯無も言っていた、昭弘にとって最も来て欲しくない未来が現実となってしまった。

 

 だが自棄に浸る暇すらなく、どこから突っ込むべきかと昭弘は考えていた。千冬の言葉には疑問が幾つも生じてしまうが、時間が無いと言われてしまえば1つか2つに絞り込むしかない。

 昭弘とラウラ以外の専用機持ちらは、余りの急展開に未だ混乱から戻れていない様相だ。

 

「何故オレたちなんですか?そう言うのは航空自衛隊の範疇だと思うんですが…」

 

「それが…」

 

 千冬は沈痛な面持ちになると、プロジェクターが映している作戦マップを切り替える。日本列島の周囲には、多数の赤点が不気味に点滅していた。

 

「福音暴走と同時に、日本の防空圏にも多数の未確認ISが出現。今現在、そいつらに戦力を割いているのだ。それでも尚足りないとの事で、先程山田先生以下他の教員らも応援の為飛び立った所だ」

 

 千冬が残っているのは作戦司令の為、そして昭弘たちが突破された時の最終防衛線という事だろう。

 

「未だ睨み合いに留まっているが、いつ攻撃を受けてもおかしくない危険な状況だそうだ」

 

「…成程」

 

 となると、やはり衛生科の到着もそれなりに遅れるだろう。

 そしてもし未確認ISとの睨み合いが撃ち合いに発展すれば、その分怪我人も出る。最悪、花月荘に救護人員を割けなくなる場合も覚悟せねばなるまい。

 

 

 昭弘は、本件の元凶であろう相も変わらずニコニコ顔な兎耳女をチラと睨む。昭弘の予想が正しければ、恐らくその所属不明機は束が保有する無人IS『メテオ』だ。()()たちのスペックなら、10機と少しで日本の保有航空戦力と拮抗する。

 仮に隣接する各国が増援を出したとしても、束が新たな妨害戦力を投入して終わりだろう。

 

 すると今度は、いち早く混乱から回復したセシリアが質問の挙手をする。

 

「織斑先生、暴走したのは最新鋭の第3世代ISなのですわよね?でしたら…ハワイから日本まで4時間というのは、少々時間が掛かりすぎと思うのですが…」

 

 本来この距離なら、3時間でもエネルギー節約の為かなり速度を落としている方だ。

 そこを突かれた千冬は、顔を顰めて頭を掻く。

 

「……先ず無人随伴機の説明をさせてくれ」

 

 どうやら、短く纏めるには難しい事情がある様だ。

 

「情報によると、ISでないこれら無人随伴機は、アメリカが予てから計画していた「戦術特化型無人戦闘機『音檄』」だ。詳しい技術は秘匿されたが、スペックは平均的な第3世代機を遥かに超えるそうだ」

「多目的用途やエネルギー効率、状況判断能力等々ではISの足下にも及ばん単純なAIだ。だが福音の強力なデータリンクの元、超短時間における戦闘では無類の強さを発揮する。故に戦闘空域まで移動する際だけは、司令塔である福音が特殊なワイヤーで運搬しなければならない。…何故福音が遅いのかあとは解るだろう?」

 

 確かに今の人類に作れるのはISコアの劣化品だけだが、用途さえ限定すれば如何様にも化ける。その最たる例こそエネルギー効率を完全に無視した、音檄という超短期決戦型モデルだ。

 目標の識別や戦局の変化、敵情報の更新も、福音のデータリンクあってこそなのだろう。

 そういう意味では、広域超高速データリンクこそ福音最大の武器とも言える。

 

「音檄の最も注意すべき点は「自爆」だ。敵を仕留め切れないとAIが判断した場合、エネルギーが切れる前に目標へ突っ込み、大爆発を起こす。勝って生き残ったとしても、機密保持の為に自爆する。…早い話が、ミサイルみたいなものだ」

 

「…」

 

 どうにも胸糞の悪い話に、静かに聞き入るパイロットたちは更に気分を沈める。

 たかが機械と言えども、同じ機械である無人ISとそれなりに接して来た昭弘たちからすれば、そう易々と割り切れるものではない。

 

 その中でも人一倍沈み込む鈴音は、特にそうなのだろう。アレだけジロと交友を深めてきたのだから。

 人型のAIという時点で、ジロたちとの区別なんて彼女にはつけられない。

 

 

 千冬もメンタル上鈴音は厳しいと、今になって考えてしまう。

 だが、今や代表候補生でもないシャルロットにも、無茶な説得を以て参加して貰ったのだ。代表候補生である鈴音に拒否権は無い。

 それだけ敵の戦力は強大だ、それこそ大国を相手取る程に。一人が欠けるだけでも、作戦の成功確率は大幅に下がる。

 そうなれば束が言った通り、大勢の人間が犠牲となるだろう。

 

 とここで、沈んだ空気を変えるかの様にゴロが質問をする。

 

《織斑教諭、我々ハ他ノISトコア・ネットワークガ繋ガッテオリマセン。戦闘下デノ連携ハ困難カト思イマスガ》

 

 閉鎖空間でのタッグマッチなら兎も角、非限定空間における多対多の戦闘下では標的の共有や位置関係の把握、その他複雑な連携が必要になる。距離が遠すぎると、ハイパーセンサーで視認するにも限界がある。例え無人ISだろうと。

 

「それに関しては、そこのメルヘンチックな輩から聞いてくれ」

 

 千冬に呼ばれ、ピョンと可愛らしく敬礼する束。どうやら秘策はある様だ。

 

「やっと束さんのターンだね☆」

 

 下がった千冬に代わり、夢見る少女の如く軽い足取りで進み「ハイ注目」と視線の中心に立つ束。

 

「束さんが君たち5体のネットワークを復活させてあげるよん☆」

 

 そうして彼女は、昭弘たちにも解るよう簡易的に説明しだした。

 

 彼女によると、戦闘一回分に限り無人ISのネットワークを此処にあるISに繋げられるとの事だ。制限時間は20分と短いが、規格が違うISコアとゴーレムコアのネットワークを繋げるとなるとそれが限界らしい。

 つまりは、20分以内にかの福音飛行隊を倒さねばならない。

 

 そして、グシオンともネットワークを繋げられる。

 

 無論、グシオンに純正ISコアが使われていると知られる訳にもいかないので、その辺りは束も口八丁で押し通してくれた。「擬似ISコアだろうと自分なら繋げられる」等、天災だからこそ信じて貰えるのだ。

 ただ、昭弘がこれまで行ってきたIS同士の「通信」に関しては当初束も失念していたらしく、「詳しい技術はオレにも解らないで押し切って」と無茶苦茶な事を言われたそうな。それでずっと持ち堪えてるのだから凄い。

 

 

 そうして束の説明が終わり、千冬が最後の締めに入る。

 

「尚、言うまでもないが本作戦、ISのリミッターは解除させて貰う。そして配置も踏まえた作戦内容、及び敵機の詳細な性能・兵装だが───」

 

 

 

 

 

 

 作戦内容を伝えられた後、シャルロットは漸く混乱から解放されていた。

 

 だが混乱から覚めて待っていたものは、激しい腹痛と内から込み上げてくる寒気であった。

 こんな場所で、しかも何の前触れも無く実戦に駆り出されるなどと、夢にも思わなかったのだ。

 

 嫌な思いなら、今までに数多く味わってきた彼女。だがその悪寒は、それらすら生易しく感じてしまう程冷たく鋭く彼女の内側を傷つける。

 何年かぶりだった、亡き母の面影がこんなにも頭に浮かぶのは。そうでもしなければ、とても耐えられたものではなかった。

 

 大泣きしながら駄々を捏ねれば、部隊から外して貰えるだろうか。遂にはそう考えていた時だった。

 

 

「あ…」

 

 シャルロットの視線の先に、鈴音とジロが居た。そこが大広間を出て直ぐの所であると知り、シャルロットは自身が旅館内を一周してきたのだと気付いた。

 何か話さねば。そんな思いに駆られても、先程の鈴音を見た後では何を話せば良いのか。

 

 だからか、鈴音とジロに気付かれない内にシャルロットはその場を離れようとする。

 

 

「……アンタは怖くないの?」

 

 

 鈴音がジロに放ったその言葉を聞いて、シャルロットは立ち止まる。

 

「自分の仲間を…殺す事になるかもしれないのよ?」

 

 ジロたち無人ISに、恐怖という概念は存在しない。だがジロは、彼女に対してそうは答えなかった。

 

《ソレデ人間ガ助カルノナラ構イマセン。モシ音檄ニ感情ガアッタトシテモ》

 

 そう淡々と答えるジロに、鈴音は侮蔑する様な哀れむ様な顔をする。

 

「…何で人間の為に、自分の仲間をそう簡単に殺せるの?」

 

 言い方が悪かったと、言った後になって鈴音は後悔した。これではまるで、ジロが冷血漢みたいだ。

 だがそれでもジロは未だ淡々と、そしてどこか力の籠もった口調で答える。

 

《殺セマス、人間ノ為ナラバ幾度デモ》

 

 大切な存在の為なら容赦無く切り捨てる。ジロはあくまで気高く、罪悪感の欠片も無さそうにそう言い切った。

 そんなジロを見ていて、鈴音は自身が酷く矮小に思えてしまった。

 

「…アンタの迷いの無さが羨ましい。恐怖に身を任せて震えているだけの、自分の事しか考えていないアタシとは違う」

 

 

 

「僕も怖いよ鈴ちゃん!」

 

 

 

 予期しない方角からの予期しない大声に、不意を突かれた鈴音は振り向く。

 シャルロットのそんな声は、まるで長い我慢から解き放たれたかの様であった。

 

「僕なんてもっと矮小だ……僕はただ、死ぬのが怖いだけなんだから……」

 

 母の姿を思い出してしまう程の悪寒の正体、シャルロットは恥を忍んで鈴音に告げる。真に自分の事しか考えられないのは自分だ、と。

 現にシャルロットは今さっき逃げようとしていたし、いざ作戦が始まれば逃げないとも言い切れない。

 

「僕だけじゃない。きっと皆種類は違えど、何かしらの恐怖は持っている筈だ。それでも戦えるのは…!」

 

「もっと怖いものが何なのか、知っているからだよ」

 

 相も変わらず、気弱で情けなさを感じる震えた声だった。今にでも逃げ出しそうな程の。

 だが今恐怖に負けて戦いから逃げれば、もっと酷い恐怖が大顎を開けて待っているのだ。だからシャルロットは、逃げる訳に行かない。

 シャルロットは、鈴音に知って欲しかったのだ。後のもっと恐ろしいモノを考慮すれば、自分の様な小心者でも辛うじて踏み留まれると。そんな自分より遥かに強い心を持っている鈴音なら、きっと戦い抜けると。

 

「デュノア…」

 

 シャルロットの言葉を聞いて漸く、鈴音の瞳に少しだけ光が戻った。その光は、少なくとも出撃するには十分な輝きであった。

 

 勇気と、恐怖の更に奥に潜む恐怖が、鈴音の背中を叩いたのだ。

 

 

(…私からすれば、アナタ方こそ寧ろ羨ましい。恐怖に立ち向かう事が出来るのは、アナタ方人間だけなのだから)

 

 ジロはそう思うと、今この瞬間も戦っている鈴音とシャルロットを見詰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 箒と一夏は口数も少なく、外で爽やかな海風に当たっていた。

 穏やかな海を優しく見下ろす青空、あと1時間半もすればあそこが戦場になるなんてとても思えなかった。

 

 2人がここに居るのは、それに対する心の準備が必要だからだ。

 

「ねぇ箒」

 

 先に声を上げたのは一夏であった。

 

「もしも……束さんがオレと昭弘と箒、3人の仲を裂こうとしてきて、オレがそれを防ぐ為に束さんを消そうとしたら───」

「箒は()()()()?」

 

 冗談で言ってる顔ではなかった。

 海を見る眼光は嘗て箒が見た中でも群を抜いて鋭く、瞳は黒く濁った血の様に光沢がなかった。声は地響きの如く低く、必ず言った通りに成すという覚悟が伝わってくる。

 

「ッ!何故そうなるのだ!?」

 

 当然、箒は感情に任せて声を荒らげ、一夏の肩を強く掴む。突然で脈絡の無い問い掛けに対してではない。

 何故、そんな誰かを切り捨てる様な事を言うのか。そんな状況には決してさせないし、なったとしても束と一夏、どちらかを斬り捨てたりする筈無い。

 

 互いの瞳は、輝きも色も対極であった。

 選ばない、見捨てない、全てを拾おうとする箒の目。どんな親しき者だろうと邪魔する者は排除する、一夏の目。

 

 すると、一夏は力無く笑った。いつから自分はこんな容赦の無い手段を選ばない男になったのだろうか、と。

 

「…箒、専用機持ちの中でオレは一番弱い。これくらい非情にならないと…オレはきっとまともに戦う事すら出来ないの」

 

 あの時ジロを串刺しにした感触は、今も生々しく一夏の手に残っている。その度に苛まれる、自分は斬ってはならないものを斬ったのだと。

 だからこそ優先順位をつけて余計なものを切り捨てる位でなければ、一夏には音檄を斬る事なんて出来ない。彼もまた、鈴音と同様の痛みを患っているのだ。

 

 さもなくば、一夏は昭弘と箒の為になる様な戦いが出来ない。

 

「一夏…」

 

 とうに冷たく研ぎ澄まされている一夏の心を垣間見て、箒は恐怖以外に焦りをも覚えた。この戦い、何の覚悟も出来ていないのは自分だけではないかと。

 

 

「2人で何話してんのー☆」

 

 そんな言葉と共にどこからともなく現れ、箒と一夏2人分の肩を抱きかかえたのは束であった。

 

「姉さん…」

 

「もー沈んじゃってさー☆箒ちゃんといっくんに掛かれば、福音なんてどーって事ないって☆」

 

 励ましの言葉の後、束は箒と一夏の手を取り、自身の手前で嫋やかに重ねる。決してふざけている様でないそれはしかし、無理強いする風でもなかった。

 

「いいかい?ISってのは難しく考えちゃ駄目なんだよ。より単純で強い真っ直ぐな感情を、無限の力へと変換してくれるんだ。つまりは箒ちゃんがいっくんの事を想えば想う程に、紅椿の力は天井知らずに膨れ上がる。OK?」

 

 箒もそれは授業で聞いた事がある。ISコアが自分たち人間の頭脳に近しいのなら、それと搭乗者が互いに影響し合っているのなら、ISは「感情の兵器」とも言えると。

 

 一夏を想う。箒にとってそれは勿論、今も昔も大切な感情だ。

 それだけでは駄目だから、束に対する微笑みもどこか弱々しくなってしまう。

 

「…オレの想いはどうなるんですか?」

 

 そんな箒と同じ心境の一夏は、微笑みどころか完全なる無表情で束に問い返す。

 

「勿論☆いっくんが箒ちゃんを想う心も大事だよ☆」

 

「誰を想うかくらいオレの自由でしょ?」

 

 そう束の言葉を一蹴すると、一夏は束によって箒と繋がれた手を解いた。

 だが、束の子供じみた笑顔が変わる事はなかった。

 

 全てを見透かしている様な若しくは、どんな感情を秘めているかまるで解らない束の笑顔。一夏はそんな彼女の表情が昔から苦手であった。

 一夏にとって今の束の笑顔は、そんな過去のどれよりも悍ましい気がした。内にて暴れる本心に、より強い蓋をしている様で。

 

「…もう行きましょう箒。オレたちもそろそろ準備しないと」

 

 今度は一夏の方から箒の手首を掴み、その場から去ろうとする。ずっと見てると吸い込まれそうになる、束の笑顔から離れる様に。

 

 だが箒は惜しむように、手を引かれながらも束を見詰めていた。

 その視線は見方を変えれば、束の笑顔に訴えかける様でもあった。何故アナタは何も話してくれない、どうして上っ面だけで自分と接しようとする。そんなにあの時アナタを拒絶した自分の事が許せないのか。

 

 そうして、箒が諦めた様に進む方へと振り戻った時だった。

 

 

「箒ちゃん」

 

 

 突如として余りに聞き覚えの無い低いトーンで呼ばれ、箒は再び振り向く。

 

 束は海の方へと顔を向けていた為、表情までは伺い知れなかった。

 

「……………ゴメン、なんでもないや」

 

「「…」」

 

 とてもそうは見えないが、先にそう言われてしまえば2人も前へ進むしかなかった。

 一瞬だけ期待の色に染まっていた箒の顔は、また暗雲へと戻ってしまった。

 

 

 

 そうしてやって来た、束一人の時間。周りに誰の一人も居ない、独り言すら聞かれない時間。

 

「何が「なんでもない」だよ」

 

 束が小さく呟いたのは、ただそれだけであった。

 その後、自身の甘さと昭弘の強大さを改めて思い知った彼女は、遂に思ってしまった。

 

 

───あの2人に、私の世界の「アダム」と「イヴ」は無理なのかな

 

 

 一夏がアダムで箒がイヴ、比喩だとしても大袈裟過ぎる例えに感じられる。

 

 もしそれが比喩なんかじゃないとするなら、束の理想とする世界はどんな世界なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 作戦の詳細を全て把握した昭弘は、その後も薄暗い大広間に座していた。昭弘なりに頭を整理している様だ。

 

 先ず第一に、やはり銀の福音はアメリカとイスラエルが「対MPS」を想定して作った、という事実が昭弘の中でほぼ確定した。

 

(音檄の性能も含めた、福音の異常とも言える火力と広域殲滅能力。アレは間違いなく、大多数の敵機を単機で討ち取る為のものだ)

 

 音檄の自爆機能も、その信憑性を裏付けている。話を聞く限りだと爆発範囲はMOAB(大規模爆風爆弾)と同等以上、熱量では優に凌ぐらしい。

 

 音檄一機が保有する敵駆逐能力、最終的な自爆による広範囲殲滅。正しく福音は、単体で大軍を相手取るべく作られた機体だ。そして駆逐対象も戦闘ヘリですらオーバーキルであり、紛れもなく準ISを想定している。

 それも自爆という無差別的な戦術を考慮すると、自衛というより敵地への先制攻撃といった印象が強い。

 

 昭弘からすれば、中央アフリカの何処かに配備されているMPSを狙っているとしか思えないのだ。

 

(だが新型MPSの確定的な情報は、まだ誰も入手出来て居ない筈…)

 

 確固たる情報が無くとも、これまでの出来事と現情勢から未来を予知する事は可能だ。アメリカの諜報機関だって、その程度造作もない。

 

 

 そしてそれらから来る事実が、改めて昭弘の頭を痛めつける。いくら束が感情的とはいえ、いくらでもISコアを作り出せるとはいえ、そんなISの大勢力ともなる軍用機を始末するだろうか。

 それとも福音の抹殺とは関係無く、何か別の目的があるのだろうか。

 

(抑々福音を倒す事は、オレにとって果たして正義なのか?)

 

 言わずもがな、暴走状態の福音を放置すればどれだけ犠牲者が出てもおかしくはない。旅館にも未だ多くの生徒が取り残されている。

 どの道福音は、最悪操縦者ごと仕留めねばならない。

 

 ただ、やはり煮え切らないのだ。

 事を起こしたのが束であれ誰であれ、このまま首謀者の思惑通り戦っても根本的な解決にはならない。そう昭弘は感じているのだ。

 

「……福音を倒した所で、手の平の上で踊るオレらを黒幕が笑うだけじゃないのか?」

 

 色々と考えが巡り過ぎ、まるで穴からはみ出た様に、ついそんな独り言を放ってしまった昭弘。

 

 

「今更何を言い出すかと思えば…怖気付いたんですの?」

 

「あ?」

 

 偶然にも昭弘の言葉を拾ってしまったセシリアは、聞き捨てならなかったのかつい口を挟む。

 

「黒幕が居たとしても、上等では御座いませんか。如何なる大空でどれだけ強く、美しく、気高く舞えるか。私たちIS乗りには、それだけ揃えば十分ですわ」

「それで大切な者を守れるのなら、私はいくらでも踊って見せましょう」

 

 何ら迷う素振りも見せず、猛々しくそう述べては去って行くセシリア。誰のどんな思惑があろうと彼女にとって戦いは戦いであり、為すべき事も変わらない。

 大望を抱いているセシリアは、それを遂げるべくどんな戦いだろうと通過し征するだけだ。

 だからこそ、迷いや恐れをどうにか押し殺せている。例えマキシマム・ティアーズという暴れ馬に四苦八苦している、今でも。

 そして…誰かを想う正の感情も、押し殺せてしまっている。

 

「…」

 

 ずっと先を見据えているセシリアに、昭弘は尊敬の混ざった遠い目を向ける。

 

 昭弘には、セシリアと同じ強い心持ちにはなれない。“未来の自分”が無い空洞には代わりに「他者の思惑・策謀」ばかり住み着き、それら負の思考に皆を守りたい気持ちもISを通じての闘争心も食い破られる。

 昭弘に残されたモノは、言われた通り機械的に敵を倒す義務感のみであった。セシリアも皆も、人の為に己の為に戦えるというのに。

 

 今自身のこの状態が嫌なのかどうかすら、昭弘には解らなかった。

 

「───はぁ…」

 

 やがて昭弘は背中の阿頼耶識に気を付けながら椅子にもたれ掛かり、眠る様に瞼を閉じた。

 

(昨日は良い一日だった)

 

 今という現実から逃げる様に、昭弘はもう戻れない昨日という過去へ想いを寄せた。

 この世の良き部分を二十四時間に凝縮した様な、心の洗われる一日。それでも過ぎ去りし日々と、昭弘は割り切ろうとしていた。

 

 だがあの小島での短い時間だけは、昭弘にとって単なる過去ではなくなっていた。あの時間は正しく到達点であり終着点であり、そして逃げ場でもあった。

 かの赤き水着を纏った少女との時間は、“生”そのものであったのだ。

 

 それが過ぎ去ったのなら、もう生すらも無い。

 

 

 

 そうして昭弘は初めて気付いた。

 自分も、いや自分こそ「真の弱者」なのだと。

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