ヒゲをピコピコと動かしながら注文を取りに来てくれたオーナーさんに、僕たちは急いでテーブルに広げたメニューに目を落とした。
けれど、思考がおしゃべりモードになってしまっていて、そしてなにより沢山あるカレーのメニューから食べたいものを選ぶのがとても難しい。
「あうぅ~。どれも美味しそうで迷うかぉ……」
「お肉の気分しぃ。ん~でも、お魚も捨てがたいしぃ」
「決められないのにお腹ばっかり空くよぅ」
三人が三人共うんうんとうなりながら、メニューと睨めっこしていた。
本当にどうしよう。いつまでもオーナーさんを待たせてしまうのも悪いと思ってしまって、その焦りが更にどの料理にするかを迷わせてしまう。
ちらりと上目で二人を見ると僕と同じ様に眉根を寄せて居て、二人も自分の注文で手一杯のようだった。これじゃあ相談するのは難しそう。
あ、そうか。簡単な方法があった。
「オーナーさん、ちょっといいですか?」
オーナーさんに呼びかける僕の声に、驚いた様に顔をあげる二人。
その顔には焦りと、少しの不満が浮かんでいるようだったけど、大丈夫ってことを伝えるために、笑顔を見せておいた。
「はい。お待たせしました。ご注文ですか?」
声を掛けてくれたオーナーさんに、僕は首を横に振る。
「ごめんなさい。どれも美味しそうでまだ決まってないんです。なので、オーナーさんの今日のおすすめがあれば聞きたいと思って」
呼んだ理由を説明すると、しぃちゃんもかかおちゃんも納得いったように小さく拍手をしてくれた。
オーナーさんは僕の質問に、ふむ、と小さく呟いてから、伝票の挟まったクリップボードを小脇に抱えた。考え事をする時の癖なのか、ピコピコと動く立派なヒゲをしごきながら目を閉じた。
「今日は漁師から穫れたての魚介類を仕入れましてね、川魚よりは海魚が良いでしょう。魚の他、一緒に揚がった貝や蟹なんかもおすすめです。
お肉ですと入荷したばかりで今は熟成をしている途中です。お出しする事自体は出来ますが、やはり少し胸を張っておすすめとは言い辛いかもしれません。
野菜はどれも新鮮そのもので、私のスパイスを一番味わって頂けるかと」
『やっぱりどれも美味しそうで迷う~~!』
オーナーさんのおすすめはやっぱりどれも美味しそうで、少し選択肢の幅は狭まったけど、その分悩みも増えてしまった。
そんな僕たちを見かねたのか、オーナーが楽しそうに口の端を吊り上げた。
「そうですね。皆さんの中で、辛いのが得意でない方はいらっしゃいますか?」
オーナーの呼びかけに、かかおちゃんがおずおずと手を上げた。
「全く食べられないわけじゃないけど、あんまり辛いのは苦手なんだかぉ……」
「それでは、魚と大根を使ったあまり辛くないカレーはいかがでしょうか。
それとエビを使ったちょっとスパイシーなカレー。揚がった中に今が旬の『天上エビ』がありましたので、ぜひ食べて頂きたいですね。
お野菜の中で、カレーと相性抜群のほうれん草を使ったカレーもおすすめです。野菜がメインですのでヘルシーですし、辛さを抑えてもスパイスの芳醇な味わいがより引き立って楽しんで頂けると思いますよ」
オーナーの軽快な口調から語られる説明で、まだ見ぬカレーに思いを馳せる。
知らずの間にゴクリと唾を飲み込んでいて、気が付けばかかおちゃんもしぃちゃんも同じ様に期待に目をキラキラさせながらつばを飲み込んでいた。
『それでお願いしますっ!!』
異口同音で注文を口にする僕たち。そんな反応にオーナーはニコリと目を細めた。
「……それと」
「?」
少し時間を置いて、オーナーが口を開いた。
「ラッシーもよろしいかと。カレーの辛さを和らげますし、カレーの味わいを更に深めてくれますよ」
『ラッシーも追加で!』
間髪入れずに再びハモった僕たち。
とその時、僕のお腹から子犬の寂しさを訴えるような音が響いた。
「あうぅ~……」
注文が決まるタイミングが僕のお腹の限界だったらしい。
周りにいるみんなにはっきり聞こえたであろうことを瞬時に理解して、耳が熱くなるのを感じた。
「ふふっ。――それでは、しばしお待ちくださいませ」
微笑みとともに僕たちのテーブルを後にするオーナーを尻目に、僕はあまりの恥ずかしさにテーブルに突っ伏したのだった。