比企谷八幡のエゾノー生活   作:秒速123km

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分かっていたことですが、八幡と八軒が紛らわしい…。
サブタイはサンボマスターさんの曲名をお借りしました。数曲しか知らないにわかなので、多分今回限りです。


第2話 青春狂騒曲

 八幡は、あまりの疲労に精も根も尽き果てていた。遂にはグラウンドに倒れ込む。

 

「おいそこの1年!ヘバってんじゃねえぞ!」

 

 先輩の檄が飛ぶ。しかし八幡は起き上がれない。既に体力の限界を迎えているのだ。どうしてこんなことになったのか、話は数時間前に遡る。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「じゃあ、比企谷くんの実家も非農家なんだ?」

「おう。相沢や八軒と一緒だな」

 

 放課後、八幡は仲良くなったクラスメイトと学内を歩いていた。獣医志望の相沢に、進学校からエゾノーに来たという変わり種・八軒勇吾の二人である。

 

「八軒くんは?何でエゾノーに入ったの?」

「…寮があるから。帰らなくて済むから」

 

 答えにくそうに話す八軒。

 

「俺もそうだ。寮があるからこの高校にした。あとはエゾノーに親父の知り合いがいるからだな」

 

「え、誰?」

「轟先生」

 

 マジか…と驚く二人。轟先生はアメコミのヒーローのようにムキムキな体育教師で、入学式でも強烈な存在感を放っていたのだ。

 

「おう!寮に帰んのか?」

 

 声を掛けてきたのは同じクラスの駒場だ。体が大きくいかにも体育会系といった出で立ちである。既に野球部に所属しており、春休み中から練習に参加しているそう。

 

「おまえらも野球部どうよ?」

「俺、スポーツ嫌い…」

「僕も苦手だな〜」

 

 八軒と相沢は敬遠する。八幡もそれに倣うつもりだったが、実家で小町に言われた言葉が頭をよぎった。

 

『小町、スポーツマンが好きなんだよねー。爽やかだし。お兄ちゃんも高校じゃ運動部に入ってみたら?』

 

「俺、やってみようかな」

「お、マジで?んじゃ行こうぜ!」

 

 八幡はこの時の自分の決断を3年間後悔し続けることになる。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「これで今日の練習は終わり!1年はグラウンドの整備してから帰ること!以上、解散!!」

「「「「ありがとうございました!!!」」」」

 

 HPがゼロに近い比企谷は、半ばグロッキー状態である。そんな比企谷に、駒場が声にかける。

 

「言い忘れてたけどウチの野球部、超ハードだから」

「もっと…早く…言えよ…」

 

 1日で退部を決意した生粋の文化部・八幡。しかし、ヘタレな八幡に一度出した仮入部届けを撤回する勇気はなかった。またエゾノーは部活必須であり、全ての部活が運動部であることを知ったため、どの部活もキツいのは一緒だろうと諦めた。

 こうして比企谷八幡は野球部に入部したのである。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「もうダメだ…死ぬ…土に還る…」

「大げさだな」

 

 学生寮の自室のベッドの上での八幡の弱音を、軽く返す駒場。同じだけ運動した筈の駒場はけろりとしている。

 

 ちなみに八幡と同室なのは、同じ野球部の駒場に、実家が養鶏農家の常盤(ときわ)恵次(けいじ)だ。常盤は自身も鶏を連想させる小柄な風貌である。どちらも同じクラスだ。

 

「ちなみに明日の体育はマラソンだからなー」

 

「早朝と夕方に家畜舎実習もあるらしいぞ。5人ずつ8班に分かれて一週間交代で家畜の世話をするんだと」

 

 常盤と駒場の追い討ちにいよいよ八幡は参ってしまう。

 

「常盤…俺の荷物からマッ缶取ってくれ」

「この黄色いコーヒーか?うおっ!お前どんだけ持って来てんの!?」

「6ダースくらい。北海道には売ってないから、小町…妹に頼んで送ってもらった」

 

 あまりの数に同室の二人に若干引かれたが、八幡は気にせずマッ缶を一気に飲み干す。

 

「あ〜、疲れた体に糖分が染み渡る。もう一本飲もう」

「…なあ、これ一本貰っていいか?」「俺も」

 

 八幡があんまり美味しそうにマッ缶を飲むので、二人とも興味が湧いたようだ。八幡が了承したので、二人ともマッ缶に口を付ける。と同時に吹き出す。

 

「「甘っ!!」」

 

 二人の間で八幡は『糖分バカ』と呼ばれるようになった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 それからの八幡の学校生活はひどく忙しくなった。特に家畜舎実習の当番になった一週間の忙しさは、ブラック企業もかくやというほどであった。

 

 まず朝の5時に起きて、家畜舎実習を行う。午前中に実習授業で畑を耕す。夕方にまた家畜舎実習。そして実習でも同じ班になった駒場と共に、野球部の練習に途中参加。

 

 そして現在は、娯楽室で卓球に勤しんでいる。といっても八幡はもうクタクタなため、見ているだけだ。同じくクタクタな八軒が、元気いっぱいなクラスメイトたちにツッコミを入れる。

 

「なんで1日中体動かしたあとに卓球する体力があるんだよ!」

「「卓球は別腹です!」」

 

 平然と応えるエゾノー生たちに、八軒は化け物どもめ…と毒づいて部屋から出ていく。八幡も同感であった。

 

 卓球をしているのは駒場と、同じクラスで実習も同じ班の稲田多摩子。

 

 多摩子はクールで合理的な性格で、顔もその性格を表すように凛々しい。体格は女子の中でも小柄。しかし丸々と太っており、輪郭と体型がまるで卵のようである。八幡を含め男子からはタマゴ、女子からはタマちゃんと呼ばれている。

 

「ふぅ、ちょっと休憩」

「お疲れさん、タマゴ。これ飲むか?」

「頂くわ」

 

 八幡が差し出したマッ缶をグイッと一気のみする多摩子。

 

「へぇ、美味しいじゃない。この甘さ、私は好きよ」

「おお、マッ缶の良さが分かるか!そうだよな、マッ缶最高だよな!やっぱコーヒーは甘いのが…」

 

 珍しくマッ缶が誉められたため、気をよくした八幡。満面の笑みで自分のマッ缶に対する美学を熱く語っていると、多摩子が自分の顔を凝視していることに気づく。

 

「どうした?俺の顔に何か付いてるか?」

「いえ…比企谷、あなたいつもニコニコしてればもう少しマシに見えるだろうに、と思ってね。いつもの腐った目じゃなくて」

「やかましい。俺の目は一生直らねえんだよ」

 

 多摩子は小さな声で呟く。そうでもないみたいよ、さっきのあなたの顔みたいに、と。

 

「なんか言ったか?」

「なんでもないわ」

 

 多摩子は、ところで…と話題を変える。

 

「あなたの好きなタイプってどんな子?」

「なんだよ、藪から棒に。そうだな、妹かな」

「シスコンとは恐れいったわ、シス谷くん」

「誰が暗黒卿だ」

 

 画像見るか?と携帯を取り出す。小町と二人でディズニーランドに行ったときの写真だ。

 

「可愛らしいわね。あなたと兄弟だとは思えないくらい」

「俺もそう思うよ」

 

 多摩子はなにやら考え込む。そして八幡に尋ねる。

 

「男ってこれぐらいの体型の子が好きなの?」

「体型?人それぞれだと思うが…太ってるよりかは痩せてるほうが好きなやつが多いんじゃね?」

「比企谷も?」

「まあ、そうだな」

 

 そう、と呟いたきり、また考え込む多摩子。

 

「なんだよ、好きなやつでも出来たか?タマゴ」

「そうね…出来たかもしれないわね」

 

 え、マジで?と驚く八幡を尻目に、多摩子はまた小さく呟く。『こういうのをギャップ萌えっていうのかしら』と。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そしてあっという間に慌ただしい日々は過ぎ、明日からGWに突入する。去年の八幡であれば家でひたすらのんびりしていたが、今の彼は野球部。連休中も練習である。

 

 灰色の青春にため息を吐いていると、多摩子に声を掛けられる。

 

「比企谷、GWの最終日、予定ある?」

「いや、その日の練習は午前で終わりだけど…なんで?」

「ばんえい競馬を見に行かない?」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そしてその約束の日。八幡は帯広競馬場にいた。アーチのところで待ち合わせだと告げられたため、今はタマゴを待っているところである。

 

 ちなみに今日と同じく午後から練習が休みになったGW初日、八幡は駒場から今日と同じくばんえい競馬場に誘われていた。しかし同じところに二度も行くのが億劫であったため、断ったのだ。

 

 その日の夜に駒場から聞いたところによると、八軒と、駒場の幼馴染で同じクラスの御影アキとの三人でばんえい競馬を見たそうだ。八幡は、あんな可愛い幼馴染がいるとはこのリア充め、と内心毒づいた。

 

 そんなことを考えている内に、多摩子との待ち合わせ時間を過ぎた。しかし多摩子は見当たらない。八幡がキョロキョロと周りを見回していると、トントンと肩を叩かれる。八幡は多摩子だろうと推察し、振り向く。

 

「遅かったな、タマ……ゴ……?」

 

 そこにいたのは、ものすごい美人だった。理知的なクール系美人とでも形容すべき顔立ち。小柄ながらも整ったスタイル。八幡は思わず見とれてしまう。

 

「す、すいません。人違いでした」

「人違いじゃないわよ」

「は?」

「あなたのクラスメイトで今日一緒に競馬場に行く約束をしていた、稲田多摩子よ」

 

 フリーズする八幡に構わず、その美人は続ける。

 

「早く行きましょう、比企谷。ばんえい競馬、見るんでしょう?」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「マジでタマゴなのか?」

「だからそう言ってるでしょ。しつこいわね」

 

 二人でばんえい競馬を観戦しつつも、八幡はまじまじと隣の女子を見つめる。芸能人だと言われてもおかしくない超絶美人だ。

 

「いやだって、お前もっと太ってただろ。少なくともGW前は」

「ダイエットしたのよ。おかげで貧血気味」

「最早トランスフォームだろ、それ。というか、それなら無理矢理痩せなくても…」

「私だって痩せたくなかったわよ」

 

 八幡はますます訳が分からなくなった。ならばなぜ痩せたのか。そう質問しようとするが、周りの歓声とガチャガチャという金具の音に遮られる。レースがスタートしたのだ。ばんえい競馬は馬が金属製のそりを引きながらレースをするため、大変うるさい。

 

 結局なぜ痩せたのか聞くことができないまま、二人で数レースを観戦した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「いやー、面白かった。ばんえい競馬って迫力あるな」

「そんなに楽しめたのなら、誘った甲斐があったわ」

 

 夕暮れ時、競馬場からバス停へ向かう帰り道、二人は肩を並べて歩く。多摩子の美人さに、すれ違う人も目を奪われる。

 

「結局、タマゴはなんで俺を誘ったんだ?ばんえい競馬の面白さを布教したかったとか?」

 

 八幡の何気ない質問に、多摩子はため息をつく。美人

 

「ったく、ニブ谷が。ちょっとくらい気付きなさい」

「なんだその不名誉なあだ名は?反射神経は人並みだと思うぞ?」

 

 多摩子はいっそう大きなため息をつく。

 

「回りくどいことは私に似合わないわね。比企谷、目を瞑りなさい」

 

「ん。これで良いか?」

「ええ、そのまま動かないでね…」

 

 身長の低い多摩子は、八幡の肩に手を置く。そして精一杯背伸びをする。

 

 

 

 次の瞬間八幡は、唇に暖かい感触を味わった。

 

 

 

「…?……っ!!?っ!?!!?」

 

 唇を塞がれているため、声にならない叫び声を上げる八幡。そんな八幡に構わず、多摩子はキスをし続ける。たっぷりと10数秒キスをして、多摩子は唇を離した。

 

「これで分かったでしょう?私が痩せた理由」

 

八幡は混乱して何も答えられない。顔を真っ赤にして固まっている。

 

「返事はまた今度で良いわ」

 

 そう言って、多摩子はすたすたと歩いていく。少し離れてから思い出したように振り返る。そして、

 

「今の、私のファーストキスだから」

 

 と、なんでもないように言った。その間も八幡は固まったままであった。

 

 そして多摩子の姿が見えなくなってから、ようやくぽつりと呟いた。

 

「俺もだよ…」

 

 

 




ヒロインは痩せたタマゴ。これがアリなのかナシなのか、正直僕も分からない(後藤輝樹)。
感想で教えて頂けると嬉しいです。
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