武瑠がゴーストになってから3日が過ぎた。今日は休日で学校は休み(もっとも、今の武瑠は行くことを少し渋っているが)。武瑠は茶の間で己の眼魂を見つめていた。
「残りの眼魂は武蔵さんを入れて15個・・・」
少ないようで、意外に多い数字。武瑠は三日前の、戦いを終えたあとのことを思い返した。
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「武瑠殿・・・。いったい何をしておられるのですか・・・」
客間をうろうろと歩き回っている御成。だが、彼が心配している人物はすでに彼の目の前にいた。
「御成、俺はここだッ!」
しかし、武瑠が呼び掛けても全く気づいていないのか、何度も武瑠の前を素通りしていく。無理もないだろう。武瑠自身も自分が透けて見えるのだから。
「やっぱり、ゴーストの俺は見えないのかな・・・」
「バッカだなぁ。見えるも触れるもお前の気持ち次第なんだよ。気合いを入れろ、腰抜け」
「うるさいッ!」
「───ッ!? た、武瑠殿ぉぉぉッ!? い、いつの間にッ!?」
「え───?」
突然、御成が武瑠の方を見て叫ぶ。見ると武瑠の体は透けておらず、実体を持っていた。
「まったくッ! いったい何をしていたんですかッ! ノイズが出たと聞いて心配していたのですぞッ!!」
「え、いや、その・・・」
武瑠が言い淀むとまた体が透け、御成の目には写らなくなった。
「ヘタクソだなぁ。それぇッ」
「いてッ!?」
「た、武瑠殿ッ!?」
ユルセンに叩かれ実体化した武瑠を見て、また御成は驚きの声をあげる。
「た、武瑠殿。これはいったい・・・?」
「・・・御成。信じられないかも知れないけど、今から言うことは本当なんだ。俺、・・・死んだんだ」
「な、なんとッ!!?」
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(あのあと、すんなり信じてくれたのは助かったけど・・・)
武瑠は隣の部屋に続く襖の隙間から中を覗いた。そこにはハチマキを頭に巻き、机に向かう御成の後ろ姿があった。彼の回りにはクシャクシャに丸められた紙が散らばっていた。
「あと15個。武瑠殿が消滅する前に早く見つけなくてはッ! しかし、どうすれば英雄眼魂を集めることが出来るのか・・・? いえ、弱気になってはなりませんッ! なんとしてもその方法を見つけ出さなくては────」
ブツブツと何かを言いながら、紙屑を量産していく御成の姿を見て、武瑠はそっと襖を閉めた。
(苦労を掛けちゃってるな・・・。早く生き返らなくちゃな。それに響のためにも)
御成に事情を説明したあと、武瑠は響と連絡を取っていた。さすがに死にましたと言うことは出来ないため、一応無事だと誤魔化しておくのも忘れなかった。
(俺が死んだと知ったら、自分のせいだって絶対に思い込むだろうし・・・。それにしても、なんか電話越しにガヤガヤ聞こえたけど、寮に帰っていなかったのかな? とりあえず、しばらくは会うのを避けよう。念のため、アイツとも・・・)
「おやおや、難しい顔をして。どうしたんだい?」
「え───?」
気がつけば、客間に魔術師が座っていた。彼の手の中には武瑠の愛読書である『世界偉人録』が開かれている。
「・・・どうやって家に入った? というか、勝手に人の本を読みながらお菓子を食べるなッ!」
「別にいいじゃないか」
「・・・あぁもう」
そう言いながらバリバリと煎餅をかじる魔術師。武瑠は諦めたと言いたげに頭をかき、魔術師の前に座った。
「おっちゃん。英雄の眼魂を16個集めたら生き返るって、本当なんだろうな?」
「私を疑うのかい?」
「いや、そうじゃないけどさ・・・。あ、じゃあ、英雄ゴーストはどうやったら現れるの?」
「それは三つのものを揃えればいいのさ」
「三つのもの?」
「一つ目は英雄に関するもの。二つ目はその英雄に対する思いを持った人。最後は・・・、何か分かるかな?」
「え、俺が答えるのッ!? えっと・・・」
武瑠は武蔵ゴーストが現れた時のことを思い返す。
英雄に関するものは武蔵の刀鍔。英雄に対する思いを持った人は武瑠自身。最後の一つは、
「───瞳の紋章?」
「大正解だ。そんな君に次に出会うであろう、英雄のヒントを上げよう」
「マジでッ!? というか、そんなことが分かるのかッ!?」
「もちろんだとも」
魔術師は英雄のヒントを言った。
「『富嶽三十六景』や『百物語』を描いた、日本を代表する人物と言えば?」
「それって───」
幼い頃から世界偉人録を読み続けてきた武瑠は魔術師が言わんとしている人物がすぐに分かった。魔術師が持っていた愛読書をひったくり、その英雄のページを開く。そこに書かれていたのは『神絵師 葛飾北斎』。
「葛飾北斎・・・ッ! 次に現れる英雄は北斎さんなのか───て、いないしッ!?」
いつの間にか姿を消した魔術師。
だが、入れ替わるようにハイカラな和服の女性・・・、そう、あの宮本武蔵が茶の間に入ってくる。
「武瑠くん。そろそろ修練の時間よ」
「あ、もうそんな時間か」
史実では男性のはずだが、ユルセン曰く、彼女は『IFの可能性』。つまり、女性だったかもしれないというIFの存在らしい。しかし、その剣捌きは本物で、素人の武瑠でさえ魅了されてしまうほどだ。武瑠はそんな彼女に剣の指導を受けていた。
「今日もよろしくお願いします、武蔵さん」
「任せなさいッ! ビシバシ鍛えてあげるんだから」
武瑠たちは木刀を手に、中庭に出た。二人は向かい合い、一礼をして修練を始める。
結果はまあ、言うまでもないだろう。
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その日の午後。武瑠は葛飾北斎のゴーストの手がかりを求め、町に出ていた。しかし、そう都合よく見つかるわけがなかった。
「まあ、そうだよなぁ・・・「はあ」」
曲がり角のところで武瑠のため息と誰かのため息が重なる。横を見てみると、そこには武瑠が会うのを避けたい人の一人、小日向未来が立っていた。
「げッ、未来・・・」
「・・・人の顔を見て『げッ』はないと思うよ」
「ご、ごめん・・・」
(なんで会うのを避けようって決めた日から会うんだよ。早く逃げよう)
「・・・武瑠、何か隠してない?」
「───ッ!?」
幼馴染みからの鋭い一言に、武瑠の頬を冷や汗が流れる。武瑠は必死に誤魔化そうと考えるが、今の未来にそれは通じないだろう。
武瑠は観念して話すことにした。
「───そんなことが・・・」
「・・・・・・」
とある喫茶店に移動した武瑠たち。そこで武瑠の現状を聞かされた未来は言葉を失っていた。
「嘘、じゃないんだよね・・・?」
「まあ、普通はそうだよね。けど、今言ったのは本当の事なんだ。俺は死んでいる。生き返るために英雄の眼魂を16個集めないといけない」
「何個集まってるの?」
「まだ一個。そうすぐに集まるわけないでしょ?」
「それも、そうだね・・・」
「なあ、未来。頼みがあるんだけど」
「響には内緒でしょ? 分かってる」
武瑠の考えが分かっている。それは幼馴染みだからこそ出来る芸当だろう。
内心ホッとする武瑠。そんななか、未来はある決心をした。
「決めた。私もアイコン集めを手伝う」
「えッ!? な、なにを急に───」
「実はね、響も最近変なんだ。私に隠し事をしているの。武瑠なら何か知ってるのかなって思って聞いたの」
「そ、そうなんだ」
「で、響が隠し事をするなら、私も意地悪しちゃおうってわけ」
「いや、だからって俺を巻き込まないで───」
「響に全部話すよ?」
「是非とも協力してくださいッ!」
弱味を握られた武瑠は未来に逆らうことができなかった。
「よろしい。・・・で、早速だけど、次の英雄って葛飾北斎でいいんだよね?」
「魔術師の言っていたことが確かならね」
「だったら、多分これが関係あると思うの」
そう言って、スマホを操作した未来はあるサイトを武瑠に見せる。それはとある展示会の案内状だった。
「『日本絵画展』・・・。これと葛飾北斎にどんな関係が?」
「ここ、見てみて」
そう言って、未来が指差した部分は、
『特別展示 葛飾北斎自筆の作品』
はい。今回はここまで。
次回はオリジナルフォームの登場ですよ。