今回はちょっと短めです。
それではどうぞ。
その日の朝、大天空寺を包み込む空気は重苦しい物になっていた。
いつもの食卓。しかし、そこにいるはずの、いつものメンバーは揃っておらず、並べられた料理は調が作った物だけだった。。
「…………」
「……調、何か考え事か?」
周りが朝食をほぼ無言で食べているなか、箸が進まずにいた調に、彼女の前に座っていたヴラドが問いかける。
調は何でもないと答えるのだが、
「あの少年たちの事か?」
「…………ッ」
『あの少年たち』。
ヴラドが言っているのが一体誰なのか、調は聞かなくても分かっていた。
「少年、武瑠は部屋に閉じ籠り、方や少女、クリスはドレイクを連れて訓練室にて修練。やっている事は違えど、どちらも自身を責めている。
無理もない。何せ、大切な仲間の一人が、自身のすぐそばで居なくなったのだからな」
それは昨日の話……ヴラドが言っているのは東京スカイタワーがノイズに襲われた日の出来事。
どういった神の悪戯か、どういった運命の廻り合わせか。その日、その場には戦う事が出来ない響と未来が遊びにいっていたのだ。
もちろん、武瑠たちはすぐさま駆けつけた。
しかし、多数のノイズがその行く手を阻み……その日、小日向 未来が行方不明、武瑠と響にとっての太陽が消えてしまった。
「幼き頃からの友とはとても繋がりが深く、だからこそ、失ったときの虚無感は計り知れないものだ……だが、何故無関係のそなたが気に病む?」
「……それは、なんとなく分かるから。
……いや、多分分かってない。わたしはまだ失ってないから。でも、それでも何か出来ないかと「その必要はない」……え?」
「その必要はないと言っているのだ。ああいった場合、己で立ち上がるか、他者が立ち上がらせるかの二つだ。
クリスは前者。もう立ち上がり、己が出来ることをやっている。
武瑠は後者。だが、それをするのはお前ではない。
案ずるな。あの僧なら、武瑠を立ち上がらせることが出来ようぞ」
そう言われるが、調はどうしても心配してしまい、それを再度ヴラドに注意される。
調だけじゃない。その場にいる誰もが心配しているのだが、その役目は自分ではないのだと、アナスタシアでさえ、静かに武瑠が戻ってくるのを待っている。
……だがしかし、同時にヴラドに対して、あることを思っていた。
(((甚平姿で説教しても……威厳もくそも無いな……)))
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同時刻のシミュレーションルーム。
そこで倒れ伏すクリスの手には何時も使用するガトリングやボウガンは無く、代わりに二丁の拳銃型アームドギアが握られていた。
「まったく……アタシを呼び出して何かと思えば、ガンカタを教えてほしいなんて……そろそろ理由を聞かせてもらおうじゃないか」
そう言って、銃を担ぎ、クリスを見下ろすドレイクの問い掛けに対し、クリスは痛みを堪え、立ち上がりながら答える。
「……また、アイツが泣いてたんだ……あたしらに、心配かけないように、一人で泣いてたんだ……ッ!
あたしはアイツの悲しむ姿をもう見たくねぇッ! だから強くならなくちゃいけないんだッ! 強くなくちゃッ! アイツの隣に立てなきゃッ! アイツを助けることなんて出来ねぇんだッ!」
ギラギラと光るクリスの瞳に、ドレイクはがむしゃらに大海を駆け巡った過去の自分を重ねる。
「いいねぇ……その目、嫌いじゃないよ。
けど、アタシとやり合うのはここまでだ。何せ、アタシばっかと相手してたら変な癖がついちまう。だから───」
「ここからは私よ」
二人しか居なかったシミュレーションルームに第三者の声が響き渡り、扉から入って来たのはヴィイを抱え、冷気を纏ったアナスタシア。
彼女は二人の元まで歩み、ドレイクに軽く御辞儀をし、それを受けた彼女も軽く御辞儀をした後、アナスタシアにその場を譲るように数歩下がった。
それを確認したアナスタシアは改めてクリスと向かい合う。
「御機嫌よう。野蛮なお猿さん?」
「……てめえ、喧嘩売りにでも来たのか? 残念だが、あたしは忙しくてね。お前の相手をする暇なんて無いんだよ」
「あら? 一旦休憩を挟もうと思ってたけど、そんな事を言える元気があるなら大丈夫そうね」
「何言ってんだ? まるで今からお前が相手をしてくれるみたいな言い方だな」
「……そのまさかよ」
アナスタシアの言葉に、クリスは思わず眉を寄せ、一体何を企んでいるのかと彼女を問い詰める。
まあ、二人は犬猿の仲なのだから無理もないだろう。
そんなクリスに対して、彼女はこう答えた。
───ただのストレス発散よ。
「…………はあ?」
「武瑠、まだ部屋に閉じ籠っているわ。彼を元気づけたいけど、でもそれは私の役目じゃない。だからこそ、何も出来ない自分にイライラしているの。
簡単な話よ。私は貴女でストレス発散。貴女は私で訓練。WIN-WINな事だと思わない?」
「思わねぇな。少なくとも、目の前でサンドバッグにするって言われたらな……ッ!」
「嫌なら必死に抗いなさい。
それじゃあ行くわよお猿さん───弾丸の貯蔵は十分かしら?」
「ハッ! ───粋がるなよ御嬢様がッ!」
●●●●●●●●●
一方、大天空寺の地上にある武瑠の部屋。
本が散らばり、衣服が脱ぎ捨てられたその部屋は、まるで外の世界を拒絶するかのように暗い闇に閉ざされていた。
そんな世界に一筋の光が射し込み、開かれた扉から元気な声が部屋に響き渡った。
「たーけーるーどーのーッ! 朝ですぞッ!」
声の主は御成。しかし、部屋の主である武瑠の返事はなく、本人は部屋の隅に座り、光が消えた瞳で虚空を眺めていた。
されど御成は武瑠のそんな状態を気にせず、そのまま部屋の中に入り、閉められたカーテンを開いて、閉ざされた部屋を光で照らした。
「さぁさぁッ! 寺にいる者、一日の始めは修行に限りますッ! 武瑠殿も一緒にやりましょうッ!」
「…………とけ」
「さぁッ! 服を着替えてッ! 始めは座禅からしますかな? それとも滝行なんていかがでしょう? 残暑の残る今の時期にはちょうどいいと───」
「ほっとけって言ってるだろッ!」
武瑠の叫びが部屋に響く。その声には怒りの他に悲しみや自責の念が込められていた。
「何をやっても無駄なんだよ……力を持っても、何も守れない……響も、未来も……何が自分を信じるだ……無力な自分を信じたって……」
そんなときだった。
ぽん、と武瑠の頭に御成の手が優しく置かれ、彼は武瑠の頭を優しく撫で始めた。
「武瑠殿は無力なんかじゃございません。今までだって、いろんな人々を助けてきたではありませんか。
確かに、小日向殿は居なくなりました。
ですが、人の人生というものは得るものよりも失うものが多い。そうでなくても、何も失わないということは一切ありません。
だからこそ、失ったものではなく、今あるものを数え、それを守っていくのです。
大丈夫。武瑠殿には武蔵殿をはじめとした多くの偉人という心強い仲間がいる。雪音くんや立花殿、櫻井女史など、多くの味方がいる。
そして───武瑠殿の心には、先代の魂がある。
武瑠殿は決して一人ではない。皆で守れば、もう何も失うことはないのでございます」
「………………」
「無論ッ! 拙僧も非力ながら力をお貸ししますぞ。拙僧と武瑠殿の仲では御座いませぬか」
「…………じゃあ、ちょっとだけ頼む」
そう言った武瑠は御成の方に身を倒し、彼の胸に顔を埋めた。はじめ、御成はいきなりの事に戸惑ったが、彼の嗚咽に気づき、すべてを悟る。
「拙僧の胸で良ければ、いくらでもお貸しします。
今は名一杯泣きなさい。武瑠殿はまだ子供なのですから」
その言葉を皮切りに、武瑠の泣き声が部屋に響きはじめる。
それから五分間。武瑠が泣き止むまで、御成は彼をそっと抱き寄せ、彼の背をゆっくりと優しく撫で続けたのであった。
次回はいよいよ彼女が出ます。
……がそれまでまだ時間がかかりますので御了承ください。
次回『歪鏡! シェンショウジン!』