ありふれた職業で世界最強(女)と文字使い(ワードマスター)   作:アルテール

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テストの点数がそこまで良くないのに更新していくスタイル。どうもアルテです。

ようやくここまでたどり着いたかなぁと思うこの頃。
次回は多分ハジメの豹変にいけるかな?と思います。
今回はギャグ一割、シリアス9割です。

そんなわけで、どうぞ( ´ ▽ ` )



奈落の底で少女は叫ぶ

冷たい感覚で意識が目覚め始める。

息苦しく、しかしどこか浮遊しており、ザァーとまるで水が流れているかのような――

 

(――ま、ずい!!)

 

日色は目が覚めると同時に水上らしき上へと慌てて泳ぐ。

何とか水上から顔を出すことに成功し、近くの川岸から川から上がることに成功する。

 

「ゲホッ!ゲホッ!……死にかけたな」

 

日色は気道に入った水を吐き出すため数回咳を行い、荒い息を整える。

あのまま意識が覚めなければ溺死していただろう、不幸中の幸いか。しかし全身が地下水という低温の水にずっと浸かっていた為に、服は濡れ、体を冷えているためこのままでは低体温症になり結局危険なのだが。

日色はそれを理解しているため、服を脱いで絞っていく。

そうしてパンツ一丁になったあとは、人差し指に技能『魔力筆』を使い、【火種】の魔法陣を書いていく。

文字魔法を使えば一瞬で炎を起こすことはできるがここで魔力を6分の一も消費するわけにはいかない。

 

「……こんな時に自分の才能に反吐が出そうだ」

 

本来【火種】の魔法はその辺の子供でも十センチ位の魔法陣で出すことができる簡単な魔法なのだが魔法適性ゼロな日色にはたった一つの火種を起こすのに一メートル以上の大きさの複雑な式を書かなければならない。

十分近くかけてようやく完成した魔法陣に詠唱で魔力を通し起動させる。

 

「求めるは火、其れは力にして光、顕現せよ、【火種】……チッ、やはり魔法適性がないというのは不便だな」

 

そう毒づきながら日色は発動した拳大の炎で暖をとりつつ、傍に服も並べて乾かす。

 

「しかし……ハジメはどこだ?まさか俺よりも流されたのか?」

 

暖かな火に当たりながらハジメの行方を考えるが今の状況では答えはわからない。暖をとったことで霧がかかった記憶を思い出し、何とか二人共即死は免れたことに日色は安堵の溜息をこぼす。

服が乾ききったので日色は再び服を着て、出発することにした。今最優先なのはハジメの捜索だ。どの階層にいるのかはわからないが迷宮の中であるのは間違いない以上、どこに魔物が潜んでいてもおかしくない。ハジメと早く合流しなければ日色にとってもハジメにとっても危険だ。

 

そんなわけで日色は腰に差してある剣の存在を確認した後、ハジメと合流するため川沿いから捜索を開始した。ハジメも同じように流されている可能性が高いからである。

日色は物陰から少し視界を確認したあと、少しずつ進んでいく。日色の原作知識では奈落の魔物はどいつもこいつも化物だらけなのだ、正面衝突になってしまったら瞬く間に殺されてしまうだろう。……原作のハジメの心を折った爪熊なんて論外である。

 

そうしてスネ○クの如くコソコソと移動していると、視界の端の通路で何かが動いた気がして慌てて岩陰に身を潜める。

 

そっと顔だけ出して伺うとそこにはピョンピョンと長い耳を携えた白い毛玉が――

――ということを認識した瞬間、日色は再び岩陰に顔を戻し、小さく誰にも聞こえないようにため息を吐く。

 

(……最悪だな)

 

さっき見ただけで何の魔物化が日色には理解できた。

 

白い毛玉、長い耳、さぁわかる人にはわかるだろう。

 

『なんでこんなところにイっちゃんことイナバちゃんと同種族がいるんですかねぇ?』

 

我らのウサギちゃんことイナバちゃんの登場である。といっても同種族だと思うので別人ならぬ別兎なのだが。

イナバ、それは原作にいた重要な回復アイテム『神水』を飲み、魔王化したハジメに憧れた最強のウサギちゃんである。『神水』を飲んだことで知能が上がり、魔王に憧れたことでウサギの強者になるため、そして強くなるキッカケをくれた魔王に一言お礼を言う為に旅を始め、最終的に『谷口鈴』の仲間になったのだ。

 

閑話休題

 

そんなわけでそんなウサギと同種族の魔物と日色は出会ってしまったのだが正直言って逃げようかと思っていた。

あのウサギの固有魔法は【天歩】、あの雫が使っていた[+縮地]や空中に足場を作る[+空力]の技能を手に入れることができ最終的には最終派生技能[+瞬光]を手に入れることができるのだが日色からすれば悪夢でしかない。

 

あの一蹴りでハジメの腕を砕くことができる化け物と戦う?――アホか。

 

そう思って日色はその場から離れたいのだがここは一本道であるここで離れても回り込んで進むことしかできないし、あのウサギは一向に動こうとしない。もしかしたらあの先にハジメがいるかもしれないのだ、ここで逃げるのは得策ではないだろう。

 

(やるしかない……か)

 

日色は静かに近くの手頃な小石を拾って、数度ポンポンと片手で空中に放った後岩陰から地面に鼻をつけてフンフンと嗅いでいる蹴りウサギの少し先の地面を狙って石を投げる。

 

「キュウ?」

 

コツッと日色が投擲した石は綺麗な放物線を描き、見事蹴りウサギの前へと落下し物音を立てる。突然の物音に蹴りウサギが石が落下した地点に振り向いて――

 

「――――ッ!」

 

――瞬間、日色が音も無く背後から剣を引き抜き襲いかかる。

踏み込みは右足、体勢を少し下げ全身のねじれと鞘走りを利用した斬撃を蹴りウサギの首筋目掛けて叩き込む。

 

――我流刀術【天閃】

 

日色の作戦は勿論不意打ち一択である。そもそも光輝(アホ)のようなステータスならば正面からの戦闘も立ち回り次第で戦えるかもしれないが日色のステータスでは不可能である。だからこその背後からの首筋への一撃である。ベヒモスのような巨体ならばいくら日色の【天閃】でもかすり傷が限界だが蹴りウサギならば話は違う。例え斬り裂く事ができなくても吹き飛ばし壁にぶつけることぐらいはできるはず――ッ!!?

 

「キュッ!」

「なっ!?」

 

が、直後。蹴りうさぎはまるで背後に目があるかのように紙一重、地を蹴り空中を宙返りしたことで日色の斬撃を避けたのだ。その俊敏な行動に日色は目を剥いてしまう。

蹴りうさぎは宙返りをした体勢のまま、つまり日色と上下が逆の体勢でこちらを見ていた。

その瞬間日色の背筋に嫌な予感が奔る。

 

もはや無意識に近い。日色は半歩足を下げ崩れた体勢だが強制的に回避を行う。

 

そして、蹴りウサギが霞んだ。否、消えた。

 

さっきまで日色がいた場所を後ろに残像を残して砲弾の如き蹴りを放つ。

おそらく逆さまの状態で()()()()()()()()地上へ隕石の如く落下したのだろう、避けられたのはもはや奇跡に近い。爆発するように着弾点が抉れ、日色はゴロゴロと転がり、蹴りうさぎから距離を離す。

 

しかし顔を上げた先には余裕の態度でゆらりと立ち上がる蹴りウサギの姿が悠々と存在していた。

その姿に日色は悔しげに小さく舌打ちをする。

 

(まさか……背後からの不意打ちを避けられるとはな)

 

やはり、奈落の魔物には化物しかいないことを再認識する。

日色はいつ襲ってくるかわからない蹴りうさぎの襲撃に注意しながら文字魔法の準備に入る。

このような敵に通用する武器は日色には文字魔法しかない、が。

 

(問題は……何の文字を書くかだな……)

 

そもそも文字魔法は現状地面に書かなければ効果を発揮しない、しかもここで下手に意味のない字を書いてしまえば一瞬で頭蓋を破壊されお陀仏だ。

一撃で対象を殺す文字が必要だ。しかし『死』等という直接殺せる魔法は数日前試しに使ってみたが書く事が出来なかった為使えない。

 

(あれで……いくか)

 

そう思い、日色は人差し指を動かして――

 

「きゅい!」

「チィッ!」

 

――瞬間、再び地面を爆発させながら日色に突撃する。奴の狙いは日色の頭だ。

が、それを読んでいた日色は自ら己の足を払い、崩れるように倒れることで蹴りうさぎの蹴りをかわす。

しかし――

 

「ガッ!?」

 

それはあくまで直撃を避けたというだけである。蹴りウサギの一撃が日色の背後にある壁を砕き、その破片の数個が日色の胸に直撃したことで日色は肺から空気を吐き出しながら軽々と吹き飛ばされた。

日色は何度も転がるとようやく壁にぶつかったことで勢いが止まる。

 

「ゴホッ!ゴホッ!」

 

何度も日色は咳き込みながら必死に起き上がろうとする、おそらく今の日色に次の攻撃はよけられないだろう。体勢が崩れ、内蔵もいくつか傷んでいるかもしれない、むしろ骨折していないことが幸運だった。

次の攻撃で確実に日色の命は尽きる。

 

 

()()()――

 

 

「クソッ、ようやく倒せたか」

 

 

――次があるのなら、だが。

 

壁が抉れるように砕かれ砂煙が舞う中、その煙が晴れた先には一匹の蹴りウサギがいた。

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

――文字魔法『凍』

 

あの時、日色が蹴りウサギの蹴りを避けた時に、コッソリと文字魔法を書いておいたのだ。そして蹴りウサギが壁を蹴り、地面に着地した場所には文字魔法が書かれており、着地と共に発動、見事蹴りウサギの体を凍らせたのだ。

日色は油断せず恐る恐る蹴りウサギに近づき、ツンツンと剣で突いてみるが一切反応を示さない。

 

「氷を破壊して復活――は無さそうだな」

 

日色はどっかの漫画のように『それがどうしたァ!』かのように氷を破壊し、復活するのかと思ったがその可能性はないようだ。まぁ、そもそも『凍』の文字魔法によって蹴りウサギは血液ごと凍らされたのだ。酸素が運ばれなくなった為生きているはずがない。

 

日色は死んだ蹴りウサギをどうするか考えるが文字魔法『元』を使って元に戻し食料にするか考えたが魔物の肉は毒なのだ。回復方法がない現状では食べることはできない。

が、だからといってこのまま放置するのももったいないだろう。

 

「仕方ない……凍らしたままで持っていくか」

 

日色はそう呟いて凍った蹴りウサギを地面から剣を用いて切り離し、懐に収めることにし、再び歩を歩み始めた。

 

『予想以上にお腹が寒いんですけどぉおおお!や、やばいこのままだと、冷た~いアイス○ロッチになりそうなんですけど!』

 

自業自得である。

 

 

同時期、ハジメは慎重に慎重を重ねて奥へと続く巨大な通路に歩を進めていた。

 

「日色……どこにいるんだろう……?」

 

時は数十分遡るが、ハジメは幅五メートル程の川の川辺の岩に引っかかり下半身を川に浸けた状態で目が覚めた。

慌てて川から上がり、地下水という低温の水にずっと浸かっていた為に、すっかり冷えてしまった体を温めるため服を脱ぐことに少し躊躇しながらもえぇーい、ままよとばかりに服を脱いで絞り、錬成の魔法を使って【火種】の魔法陣を作り、暖をとって服を乾かしながら霧がかった記憶を思い出していた。

 

そう、朧げな視界の中、目まぐるしく変わる視界に唯一感じる体温の温かみ。そして日色の声。

 

あの時自分は日色に助けられたのだということを思い出した。寒気が体を走り、一気に血の気が引いていくのを感じたハジメは辺りを慌てて見渡すが日色の姿は見当たらず、服を乾かした後日色を探すために少しずつ移動しながらも日色を捜索していたのだ。

 

そして現在、正しく洞窟といった感じの通路をハジメは進んでいた。

 

低層の四角い通路ではなく岩や壁があちこちからせり出し通路自体も複雑にうねっている。二十階層の最後の部屋のようだ。

ただし、大きさは比較にならない。複雑で障害物だらけでも通路の幅は優に二十メートルはある。狭い所でも十メートルはあるのだから相当な大きさだ。歩き難くはあるが、隠れる場所も豊富にあり、ハジメは物陰から物陰に隠れながら進んでいるのだが未だに全体を把握できていなかった。

 

そしてハジメがそろそろ疲れを感じ始めた頃、遂に初めての分かれ道にたどり着いた。巨大な四辻である。ハジメは岩の陰に隠れながら、どの道に進むべきか逡巡した。

 

しばらく考え込んでいると、視界の端で何かが動いた気がして慌てて岩陰に身を潜める。

 

ハジメは立ったまま、そっと顔だけ出して様子を窺うと、自分たちのいる通路から直進方向の道から白い毛玉がピョンピョンと跳ねて来たのがわかった。そう蹴りうさぎである。

蹴りうさぎには赤黒い線がまるで血管のように幾本も体を走り、ドクンドクンと心臓のように脈打っている。

明らかにヤバそうな魔物の為、ハジメはしばらくは様子をうかがう事にした。

しかしあのウサギがこちらの道に進んで来ないとも限らない。

 

ハジメは気づかれないように左右の道に進めないかと思いながらも観察を続ける。

 

突然、ウサギがピクッと身体を震わせたかと思うと、背筋を伸ばして立ち上がった。

警戒するように耳が(せわ)しなくあちこちを向いている。

ハジメはまさか見つかった!?と即座に岩陰へ、張り付くように身を潜めながら冷や汗を流す。

 

だが、ウサギが警戒したのは別の理由だったようだ。

 

「グルゥア!!」

 

獣の唸り声と共に、これまた白い毛並みの狼のような魔物がウサギ目掛けて岩陰から飛び出したのだ。

 

二本ある尻尾に大型犬くらいの大きさの白い狼はウサギと同じように赤黒い線が体に走って脈打っている。

いつ現れたのか一体目が飛びかかった瞬間、別の岩陰から更に二体の二尾狼が飛び出す。

 

どう見ても狼の群れがウサギを捕食する瞬間であり、このドサクサに紛れて移動出来ないか、とハジメは考えた……が直後、その認識が覆される。

 

「キュウ!」

 

可愛らしい鳴き声を洩らしたかと思った直後、ウサギがその場で飛び上がり、空中でくるりと一回転して、その太く長いウサギ足で一体目の二尾狼に回し蹴りを炸裂させた。

すると――

 

ドパンッ!!、という、ウサギの足蹴りが出せるとは思えない音を発生させて、二尾狼の頭部にクリーンヒットし、ゴギャ!、という明らかに鳴ってはいけない感じの音を響かせながら、狼の首はあらぬ方向に捻じ曲がってしまった。

 

ハジメは腰を浮かせたまま硬直する。

 

そうこうしている間にも、ウサギは回し蹴りの遠心力を利用して更にくるりと空中で回転すると、逆さまの状態で空中を踏みしめ地上へ隕石の如く落下し、着地寸前で縦に回転。強烈なかかと落としを着地点にいた二尾狼に炸裂させた。

 

べキャッ!

 

再び鳴ってはならない音を鳴らしながら二匹目の狼の頭部を断末魔すら上げさせず粉砕する。

しかしその頃には更に二体の二尾狼が現れて、着地した瞬間のウサギに飛びかかった。

今度こそウサギの負けかと思われた瞬間、なんとウサギはウサミミで逆立ちしブレイクダンスのように足を広げたまま高速で回転をした。

 

まるで竜巻の如き回転蹴りに飛びかかっていた二尾狼二匹は弾き飛ばされ壁に叩きつけられる。グシャという音と共に血が壁に飛び散り、ズルズルと滑り落ち動かなくなった。

そして最後の一匹が唸りながらその尻尾を逆立て、バチバチと放電を始めた。

 

「グルゥア!!」

 

咆哮と共に電撃がウサギ目掛けて乱れ飛ぶ。

 

しかし、高速で迫る雷撃をウサギは華麗なステップで右に左にとかわしていく。そして電撃が途切れた瞬間、一気に踏み込み二尾狼の顎にサマーソルトキックを叩き込んだ。狼は仰け反りながら吹き飛び、グシャと音を立てて地面に叩きつけられた。二尾狼の首は、やはり折れてしまっているようだ。

 

それを見た蹴りウサギは

 

「キュ!」

 

と、勝利の雄叫び?を上げ、耳をファサと前足で払った。

 

それを見て乾いた笑みしか浮かべれないのが硬直しているハジメである。ヤバイなんてものじゃない。ハジメ達が散々苦労したトラウムソルジャーがまるでオモチャに見える。もしかしたら単純で単調な攻撃しかしてこなかったベヒモスよりも、余程強いかもしれない。

 

ハジメは、「気がつかれたら絶対に死ぬ」と、表情に焦燥を浮かべながら無意識に後ずさろうとしたその時。

 

 

 

カラン……

 

 

という音が洞窟内に響いた。

ハジメが無意識に足を後ろに下げた際、足元にあった小石を蹴ってしまったのだ。

あまりにもベタでありふれていて……そしてなによりも致命的なミスである。

 

小石に向けていた顔をギギギと油を差し忘れた機械のように回して蹴りウサギを確認する。

 

蹴りウサギは、ばっちりとハジメを見ていた。

 

赤黒いルビーのような瞳がハジメを捉え細められている。ハジメの背中に冷や汗が大量に吹き出し、逃げろと生存本能が警報を鳴らす。

しかし、ハジメが次の行動を移す前に蹴りウサギが動いた。

 

首だけで振り返っていた蹴りウサギは体ごとハジメの方を向き、足をたたみグッと力を溜める。

 

(やばいッ!)

 

ハジメが本能と共に悟った瞬間、蹴りウサギの足元が爆発した。後ろに残像を引き連れながら、途轍もない速度で突撃してくる。

気がつけばハジメは、無意識に全力で横っ飛びをしていた。

 

直後、一瞬前までハジメのいた場所に砲弾のような蹴りが突き刺さり、地面が爆発したように抉られた。硬い地面をゴロゴロと転がりながら、尻餅をつく形で停止するハジメ。陥没した地面に青褪めながら後退る。

 

蹴りウサギは余裕の態度でゆらりと立ち上がり、再度、地面を爆発させながらハジメに突撃する。

今度は避けられない、ハジメは咄嗟に左腕を掲げ盾にし、衝撃に耐えようと目を瞑る。

しかし衝撃は――来なかった。

 

(――え?)

 

一瞬の疑問が浮かぶが横から訪れた衝撃と浮遊感に慌てて目を見開く。

 

「まったく、世話がやける」

 

そして、ようやくハジメは日色に抱えられていることに気づいた。

 

「ぇ、う、あ、ひ、日色?」

「何だ?そんなに俺が居ることがおかしいか?」

 

そう、ハジメが蹴りウサギに蹴られそうになる瞬間、日色が横から抱きつくようにハジメにぶつかり蹴りウサギの蹴りを避けたのだ。

日色はハジメから手を離し、日色は前に出て、蹴りウサギからハジメを庇うかのように剣を構える。

しかし蹴りウサギの目には見下すような、あるいは嘲笑うかのような色が見え、『雑魚(ハジメ)とその仲間(日色)は自分よりも圧倒的に格下だ』と思われているのが分かった。

 

「……話は後だ。時間は稼いでやるから早く逃げろ」

「で、でもッ!――「いいから早くしろッ!コイツがやばいことぐらいは俺だって理解している!だが問題はコイツよりも強い奴がいる可能性があるんだ!そいつが来る前にこの場を離れ――ッ!?」

 

ハジメの言葉を遮って怒鳴るように叫ぶ日色がその言葉を言い終わる前に異変に気づいた。

それはまるで突然背中に氷を入れられたような感覚、何かどうしようもない驚異と出会ってしまったような、そんな嫌な予感。

 

「……震えている……?」

 

そんなハジメの言葉を聞いた日色は蹴りウサギを注視すると、ウサギの身体はふるふると震え、目からは一切の余裕が消えているのが分かった。まるで、何かの来訪に怯えているかのように。

 

否、事実蹴りウサギは怯えていた。

 

そして、その魔物は現れた。

 

ハジメが逃げようとしていた右の通路から二メートルはあるだろう巨躯に白い毛皮を持った新たな魔物が現れる。

例に漏れず赤黒い線が幾本も体を走っておりその姿は、たとえるなら熊だった。ただし、足元まで伸びた太く長い腕に、三十センチはありそうな鋭い爪が三本生えているが。

 

その爪熊が、いつの間にか接近しており、蹴りウサギ、そして日色とハジメを睥睨していた。

 

ハジメは元よりウサギも硬直したまま動かない……いや、動けない。

 

そのウサギの様は、まるで先程のハジメの様で、爪熊を凝視したまま凍りついている。

 

「……グルルル」

 

突然爪熊が、この状況に飽きたとでも言うかの様に、低く唸り出した。

 

「ッ!?」

 

それを聞いたウサギは、まるで夢から覚めたように、ビクッと一瞬震えると踵を返し、まさに脱兎の如く逃走を開始した。今まで敵を殲滅するために使用していたあの踏み込みを逃走のために全力使用する。

 

しかし、その試みは成功しなかった。

 

爪熊が、その巨体に似合わない素早さで蹴りウサギに迫り、その長い腕を使って鋭い爪を振るったからだ。蹴りウサギは流石の俊敏さでその豪風を伴う強烈な一撃を、体を捻ってかわす。

ハジメの目にも確かに爪熊の爪は掠りもせず、蹴りウサギはかわしきったように見えた。

 

だが日色は見た。

 

あの蹴りウサギが身を捻って爪熊の爪を避けた途端、爪熊の爪から風の刃が射出されたのを。

 

この現象は爪熊の固有魔法が原因である。あの三本の爪は風の刃を纏っており最大三十センチ先まで伸長して対象を切断できるのだ。

 

着地した蹴りウサギの体はズルと斜めにずれると、そのまま噴水のように血を噴き出しながら別々の方向へドサリと倒れた。愕然とする日色達。あんなに圧倒的な強さを誇っていた蹴りウサギが、まるで為す術もなくあっさり殺されたのだ。

 

蹴りウサギが怯えて逃げ出した理由がよくわかった。あの爪熊は別格なのだ。蹴りウサギの、まるでカポエイラの達人のような武技を持ってしても歯が立たない化け物なのだ。

爪熊は、のしのしと悠然と蹴りウサギの死骸に歩み寄ると、その鋭い爪で死骸を突き刺し肉を咀嚼する音を立てながら喰らってゆく。

 

ハジメは動けなかった。

あまりの連続した恐怖に、そしてウサギだったものを咀嚼しながらも鋭い瞳でこちらを見ている爪熊の視線に射すくめられて。

日色は冷静に現状の選択肢を判断し、文字魔法の準備に入る。

最善の手を打ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

爪熊は三口ほどで蹴りウサギを全て腹に収めると、グルッと唸りながらハジメの方へ体を向けた。その視線が雄弁に語る。次の食料はお前らだと。

 

そして、その捕食者のような目を向けられたことがないハジメはその視線に耐えきれず、恐慌に陥った。

 

「うわぁああーー!!」

「なッ!バカがッ!不用意に動いたら――」

 

意味もなく叫び声を上げながら日色の制止の声すら無視して必死に立ち上がり爪熊とは反対方向に逃げ出す。

 

だがあのウサギですら逃げることが叶わなかった相手からハジメが逃げられる筈が無い。

ゴウッ!!と風が唸るような音が聞こえ、何かに押された感覚の直後、強烈な衝撃がハジメの左側面を襲った。そして、そのまま壁に叩きつけられる。

 

「がぁっ!!?」

 

肺の空気が衝撃により抜け、咳き込みながら壁をズルズルと滑り崩れ落ちるハジメ。

衝撃に視界が揺れ、思考が霞む。

 

そして直後、強烈な痛みがハジメを襲った。

あまりの激痛にハジメは顔を歪ませ、何が起こったのか理解しようと纏まらない思考で痛みの元へと目を向ければ、そこには半分以上が切断されてプラプラとぶら下がっているだけの様な自身の左腕があった。

そんな現実離れした事実にハジメは夢だと思いかけるがハジメの脳が夢から覚めろというように痛みをもって現実を教えてくる。

そして、あまりの激痛に迷宮中に絶叫を木霊させそうになり――

 

「あがぁッ!!――――――――――――ぁ?」

 

――恐怖の込められた瞳で爪熊の方を見ようとして、文字通り呼吸を忘れ、目を見開いた。

目の前に映った光景にハジメは一瞬、痛みを忘れ、何が起こっているのか理解できなかった。

 

 

待って。

 

 

これは何?

 

 

何が起こっているの?

 

 

なんで輝く『守』の文字が切り裂かれているの?

 

 

なんで地面が真っ赤に染まっているの?

 

 

なんで目の前で日色が倒れているの?

 

 

わからない。

理解ができない。

何が起こっているの?

 

あまりの現実にハジメは、アレ?、と顔を引き攣らせながら、首を傾げる。脳が、心が、理解することを拒んでいるのだろう。

だけど、目の前の現実がハジメの脳裏に明確に焼きつけられる。

 

蛇口を捻られたかのように日色から真紅の血が絶え間なく流れ、地面を真っ赤に染め上げていく。

 

「      ぁ          ?     」

 

体から全身の血が引いていくのを感じた。

もはや口から無意識に溢れる言葉をハジメは認識することができない。

 

なんで日色が倒れているの?――爪熊の攻撃からハジメを庇ったからだ。

 

なんで血が流れているの?――日色の胸を右下から左上に沿うように深く斬り裂かれているからだ。

 

誰のせいで日色が倒れているの?――僕の、せいだ。

 

もはや目の前の事実はハジメの許容量をとうに超えていた。

目の前で日色が死にかけているという事実にハジメは耐えることができない。

あまりの絶望と恐怖にハジメの心はまるで心臓が止まった時に表示される心電図のメーターのように平坦になり――瞬間、爆発した。

 

「――ぁあああああ、ああああっああああああああああああああァア、アアァアアアああアアアアアアあああああああああああああッ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!??」

 

喉が張り裂けるのではないかと思える程の人の声ですらない絶叫が迷宮内に木霊した。

 

 

 

爪熊が悠然と二人に歩み寄る。

その目にはウサギのような見下しの色は無く、ただの食料であるという認識しかない。

 

血まみれの日色の眼前に迫り爪熊はゆっくり日色へと前足を伸ばす。その爪で切り裂かないということは生きたまま食うつもりなのかもしれない。

 

「   ひ、ッ   ぁ、  ぁぁあああああっ!れ、【錬成ぇ】!」

 

それにもはや自分が何をしているのか理解すらできなくなったハジメはあまりの絶望と恐怖に涙と鼻水、涎で顔をベトベトに汚しながら、ハジメは右手を背後の壁に押し当て錬成を行った。ほとんど無意識の行動だった。

 

無能と罵られ魔法の適性も身体スペックも低いハジメの唯一の力。通常は、剣や槍、防具を加工するためだけの魔法。その天職を持つ者は例外なく鍛治職に就く。故に戦いには役立たずと言われながら、異世界人ならではの発想で騎士団員達すら驚かせる使い方を考え、クラスメイトを助けることもできた力。

 

だからこそ、死の淵でハジメは無意識に頼ったのだ。

錬成により背後の壁に縦60センチ、横130センチ、奥行4メートル程の穴が空く。

 

獲物が逃げようとしている事を察知した熊は二人に迫ろうとする。

 

「ギッ、グッ、ァアアアアア!!!」

 

しかし、ハジメはその直後、ハジメはぶら下がっていた自身の左腕を一切躊躇せず、右手で掴んだナイフで()()()()()()

 

グチュリと肉が抉れる感覚と激痛に顔を歪めながらもナイフを捨てハジメは熊に向けて自分の腕を投げつける。

ドチャッ、と熊の横に落ちたハジメの腕に熊は惹かれ、喰らい付いた。

その隙にハジメは血まみれの日色の服に噛み付き、その体を引っ張りながら穴の中へ体を潜り込ませた。

 

「グゥルアアア!!」

 

目の前で獲物を逃したことに怒りをあらわにする爪熊は咆哮を上げながら固有魔法を発動し、ハジメが潜り込んだ穴目掛けて爪を振るう。凄まじい破壊音を響かせながら壁がガリガリと削られていく。

 

「ひっ、う、ぁあああーーッ!【錬成】!【錬成】!【錬成ぇ】!」

 

熊の咆哮と壁が削られる破壊音に半ばパニックになりながら、少しでもあの化け物から離れようと連続して練成を行い、奥へ奥へと進んでいく。

何度も何度も錬成を行いながらほふく前進で日色を引っ張りながら奥へ進むハジメ。

後ろは振り返らない、もはや痛みなど忘れ、『日色を死なせたくない』という想いだけで突き進む。

 

……どれくらい進んだのだろう?ハジメにはわからなかったが、恐ろしい音はもう聞こえなくなっていた。

 

だが、そこまで進んでいないことは無意識にハジメは理解していた。一度の錬成の効果範囲は5メートル程度であるし(これでも初期に比べ倍近く増えている)、人間一人の服を咥えながら引っ張っているし、何より左腕の出血が酷い。

今でもハジメは出血多量により既に落ちかけている。それでも、もがくように前へ進もうとする。

 

だが、

 

「【錬成】 ……【錬成ぃ】 ……【れんせい】 ……【えんせぇ】 ……」

 

何度錬成しても眼前の壁に変化はない。意識よりも先に魔力が尽きたようだ。ズルリと壁に当てていた手が力尽きたように落ちる。

ハジメは、朦朧として今にも落ちそうな意識を何とか繋ぎ留めながらゴロリと仰向けに転がった。

ボーッとしながら引っ張ってきた日色を見つめる。

 

日色の姿はこの辺りは緑光石が無く明かりもないため、見ることはできないが荒い息遣いだけは聞こえてくる。

いつしかハジメは昔のことを思い出していた。走馬灯というやつかもしれないと沈むような思考でハジメは思った。

 

何時しかハジメは日色と出会った頃を思い出していた。

書店で初めて日色に出会って、日色に友達と言ってもらって、一緒にゲームで遊んだ時、好きなキャラクターを話し合ったり、日色にアーンしてもらった時も思い出した。

様々な思い出が駆け巡り、そして最後に思い出したのは……月明かりの下で背中越しに感じる体温とともに傍にいて、微かながらも笑ってくれた大切な人(神代日色)の姿。

 

その美しい光景を最後にハジメの意識は闇に呑まれていった。意識が完全に落ちる寸前、ぴたっぴたっと頬に水滴を感じた。

 

それはまるで、誰かの流した涙のようだった。

 

 

 




一応言っておきますがハジメの左腕は義手にはなりません。お父さんが許しません。


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