ありふれた職業で世界最強(女)と文字使い(ワードマスター) 作:アルテール
そんな絶望を噛み締めながら今日も更新を行うアルテです。
今回は後半が凄く適当になっています、ご了承ください。やっぱり勘違いって難しい……。
日色視点の思考がやっぱりハッチャケている為どうしても駄目分になってしまうんですよね。
こんな駄目文ですがそれでもOKという寛大な方はどうぞ!
暗がりの洞窟の中で緑光石の明かりがぼんやりと辺りを照らしている。
そんな中、ゴツゴツとした地面に横たわり眠っていた日色はまるで意識が浮上するように目を覚ました。
「…………………ッ………こ……こ、は……………………………………っ…………?」
そう呟きながら日色の虚ろで焦点の合わない瞳がゆっくりと動き、現状を把握しようとするために起き上がろうとするが身体には一切力が入ることはなく、無様にバタリッと仰向けから傾いてうつ伏せになり地を舐めてしまう。
「……ク、ソ……ッ!……アイ、ツ……は……どこに……?」
再び地面に手を置いて立ち上がろうとするがまったく力が入らず自分の身体を起き上がらせることすらできない。
あの日色が一切立ち上がることができないのはあの爪熊に切り裂かれたのが原因だ、文字魔法の『守』とある物が原因で死ぬことがなかった日色だがそれでも胸を切り裂かれ、大量出血をした。神水によって傷は塞がったがだからといって血が増えたというわけではない。
現状、今の日色には血が少なく貧血になっているのだ。それは文字通りロクに力を入れることすらできないほどに。
故に現在の日色は思考が錯乱し、此処はどこなのか?何が起こって自分が眠っていたのか?どうしてハジメがいないのか?数々の疑問が浮かびその疑問が晴れぬまま消えていっているのだ。
「……探しに………行か…ないと……な……」
そう呟き、日色はゆっくりと動き出した。ロクに動かない身体を引きずるように動かして見たこともないはずの神結晶から溢れ出し地面の窪みに溜まっている神水をまるでその効果を知っているかのように一気に顔ごと突っ込んで飲み干した。
血液は戻らないため決して倦怠感と錯乱する意識は晴れないがそれでも活力は戻る。
「――――ゴクッ!ゴクッ!――ぷはぁ!…………あ?」
そして、神水の溜め池から顔を出すとボトリッと日色の血だらけとなった懐から血だまりの肉の塊が地面に落ちた。
日色は何故こんなものが?と思うが血溜まりに染まった肉の塊に見覚えのある白い耳の残骸が視界に収まり、無意識に理解する。
「……あの時の……蹴りウサギ……か」
一つ疑問に思わなかっただろうか?爪熊に切り裂かれた時どうして日色が重傷ですんだのか?日色の身体能力は低スペックだ、例え文字魔法である程度威力を抑えたとしても相手は奈落の最強種。そのまま身体を両断されてしまうだろう。
ただし、日色は懐にある物を入れていた。
――そう、氷の彫像と化した蹴りウサギである。
元々の蹴りウサギの皮膚の硬さに合わせ凍らされたことでさらに強度が上がった蹴りウサギは見事日色の胸当ての役割を果たし風の刃の威力を減少させたのだ。
しかも低温であったため日色の傷口が冷え出血量がある程度少なくなった効果もある。
そしてその蹴りうさぎの肉は現在日色の血液の体温で温められすっかり氷は溶けてしまっている、つまり鮮度は十分だ。
それを理解した日色は蹴りうさぎを手に取り――
「――――食うか」
――躊躇なく食らいついた。
本来の万全の状態であればもちろん日色でも躊躇しただろう、当たり前だ。原作知識のある日色にとって魔物の肉の猛毒さを理解しているのだから。
ただし、現在の日色は貧血で頭が回っておらず、危機感がないのである。
ハジメを探さないと→でもお腹がすいて力が出ない→飯食って元気出そうぜッ!!という頭のおかしい結論に達した日色の中の人は躊躇なくそれを選んだ。
だからこそ躊躇なく蹴りウサギの肉を喰らい、神水を飲み干していく。
肉を喰らうたびに倦怠感が無くなり、血が補充され思考が冷め渡っていく。
そしてある程度お腹が満たされてきた頃――
「――アガッ!!!?――アッ、ギッ、グゥウ!!―――」
魔物の肉を食ったことで変質した魔力が肉体を侵し、壊すが神水の回復能力で治っていく。
破壊と再生の輪廻が何度も起こり、日色の精神を激痛で痛めつけていくが日色は小さく呻き声をあげるだけで決してハジメのように暴れまわるのではなく――否、それどころか壁を支えに立ち上がり、出口らしき方向へと歩き出したのだ。
一歩進むたびに肉がぐちゃぐちゃに潰されたかのような激痛が奔り、踏み出すたびに全身の筋肉が引き締まり、もともと鍛え上げられていた日色の肉体を更に新たな領域へと昇華させていく。
それはハジメと同じ、魔王への領域へと。
だが、何よりも驚嘆すべきなのは小さな呻き声しか出さない精神力である。現在の日色の激痛は言葉で表すならば肉をブルドーザーで何度も踏み潰されているようなものなのだ、ハジメですらアレ程悶え苦しんだというのにこの男は呻き声で収めるどころか己の意思で前へと歩いているのだ。
もし、かつて魔物の毒で全身が崩れ死んでしまった者が見れば、真っ先に日色を人間とは思わないだろう。
それどころか確実に人の皮を被った人外だと思い、目を剥くはずだ。
日色は進む、きっと彼にはそうしなければならない理由があるのだ。と誰もがその光景を見たのならそう思うだろう。
ましてや――
『――……zzz……うぅ~、全身が筋肉痛で痛いんですけど…zz…徹夜まで働きすぎたかなぁ?空も暗いし、今何時だぁ?…zzz…勤務時間は合計18時間だから休憩時間は……zzz……(半寝半起き)』
――ましてや、彼には八割がた寝ているため痛覚がうまく働いておらず、動き出した理由も特に無く、単に寝ぼけているだけなどと誰が理解できるのだろうか?
◆
その頃、ハジメは地面に倒れ伏し、こちらを紅く輝く双眼でこちらを睥睨する爪熊を憎悪の瞳で睨みつけていた。
爪熊はハジメの睨みに一切動揺することもなくゆっくりと右腕だけとなった右爪を掲げ近づいてくる。
「……グルゥッ……」
「――こ、のッ……!!」
傷つき容易に動かない己の肉体にハジメは歯を食いしばりながらどうにか動く右腕で懐を必死に探る。
爪熊の歩みは正しくハジメの死へのカウントダウンだ。もしもハジメのもとにたどり着けばハジメは殺されてしまう。
「ルゥッ……!?」
ハジメが何かをしていることに気づいたのか爪熊は一瞬で倒れ伏したハジメの元へと駆け、左肩の傷を気にせず一気に右爪を振り下ろした。
が、その前にハジメが懐から中に神水を入れてある厚みを薄く作った石製の試験管容器を取り出し、端を噛み砕き中身を飲み干す。
全身の激痛がなくなり、動かせるようになったのを理解するとともに倒れ伏した状態で真横に【縮地】を使用しその場から離れる。
刹那、ハジメの服を微かに浅く切り裂くように爪熊の風の刃が通り過ぎ、地面と壁を切り裂くのではなく
「――なっ!嘘でしょ!?」
ハジメは転がりながらも体勢を立て直し、顔を上げ爪熊の起こした風の刃の一撃に顔色を驚愕に染める。
当たり前だ、今までの爪熊とは根本的に何かが違う。速度も威力も段違いだ。
威力は先ほど見たとおり、速度は体感ではおよそさっきまでの倍以上だ。
ハジメは爪熊がこちらに振り向く前にドンナーを構え、3度発砲する。装填は倒れながら行った、今のドンナーの弾丸は最大の6発だ、発砲を惜しむ理由などない。
三発の弾丸は頭、胴体、足をそれぞれ狙い発砲する、いくら爪熊でも回避は不可能だ。たとえ仕留めることができなくても足を止めることができれば十分、次で決めれるとハジメは考えたのだ。
ただし、その策も次の爪熊の行動で潰されることになる。
ハジメが銃を構える瞬間、爪熊は
「――ッ!?」
「グルァ!!」
別にハジメは壁に銃弾が弾き返されるとは思っていない、電磁加速が加えられた弾丸だ。難なく生み出された壁を貫くだろう。ただし次の瞬間、ハジメの表情は驚愕一色に染まる。
爪熊が生み出した壁が無数の瓦礫となりハジメへと吹き飛んできたのだ。弾丸はその無数の瓦礫に直撃し軌道があらぬ方向へと曲がってしまう。
おそらく爪熊が石壁を突進で粉砕したのだろう、ハジメは脳内でそう思ったが同時にあり得ないと思う。
状況判断が早すぎるのだ。
相手がもし爪熊と同じ身体能力を持つ人間なら行えるかもしれない――が、それはあくまで知性を持った人間の中で限られたメルド団長などの凄腕の長い戦いの経験を持つ者たちだけだ。ましてや魔物がこれほどの状況判断速度を持つなど理解不能だ。
(あの天之河の限界突破のような効果じゃない!?今の爪熊の状態は全く別のもの……ッ!)
あくまで【限界突破】という技能は時間制限付きで魔力によって身体のリミッターをある程度外し、ステータスを強制的に上昇させる技能なのだ。身体能力が上がっているだけなので現在の爪熊とは全く別のものである。
ハジメは【縮地】と【空力】で襲いかかる瓦礫を回避しながら必死に策を巡らせる。
が、瞬間ハジメの背後へと爪熊が風の刃を纏わせながら襲いかかる。
「グルァアアアアアッ!!!」
「――ッ!?しまッ――」
死角を取られたが故に虚をつかれてしまう。
ハジメは咄嗟に背後へとドンナーの電磁ナイフを振り抜きながら【縮地】と【天歩】の同時活用でその場から退避する。
紅い閃光を纏わせながら振るわれるドンナーと爪熊の風の刃が衝突する。
そして勝敗が上がったのは――爪熊だった。
「――がはッ!!?」
根本的に身体能力が違うのだ負けるのはある意味当然だろう。
咄嗟にドンナーを振るったことで風の刃は押し止められ、強制的に回避を選んだことで身体を切り裂かれることはなかったが爪熊の太い腕が胸に直撃し、体内から酸素を放出しながら吹き飛ばされる。
ハジメは地面に叩きつけられ何度もバウンドしながら必死に受け身を取り、喉元から胃液を吐き出しそうになるのを神水で無理矢理飲み込んだ。
「――ゴホッ!ゴホッ!……ドンナーはッ!?」
痛んだ体を神水で強制的に回復させながら己の武器が手元にないことに気づく、あたりを急いで見渡してみると怨敵――爪熊の1メートル手前の斜め前に見覚えのある黒い銃剣が無造作に落ちていた。
「――最悪っ!!」
こんな時に最も殺傷力のある武器を手放した事実にハジメは毒づいてしまう。
ドンナーのある状況でさえなんとか爪熊に追いすがることができているというのに今武器を無くしてしまえば文字通り絶体絶命だ。
「グルァ!!」
「――ッ!【錬成ッ】」
そんなハジメに止めを刺すように爪熊は風の刃をハジメへと振り下ろし風の刃を飛ばしてくる。
ハジメは咄嗟に錬成を行い、視界を遮るための壁を生み出し、連続で近くの壁に行い、壁の中へと逃走する。
元に戻った壁に風の刃が直撃し、深く削り取るがそこにハジメの姿はない。おそらく連続錬成により壁の中を移動しているのだろうが、爪熊は本能で近くにいるだろうと思考する。あれほどの憎悪の瞳で爪熊を襲い掛かったあの生物が無様に逃げるはずがない。
「グルル……」
爪熊は生存本能のままに魔力を意図的に操作することによって左腕の出血を止めていった。
◆
(……さてっと、どうしよう?)
ハジメは錬成を行い壁の中を移動しながら時々神水を飲んで策を巡らせていた。
現在のハジメにはドンナー以上の殺傷能力を持つ武器は存在しない、というかドンナー以外は相手の動きを一時的に封じることに特化した道具しか現在のハジメは持っていないのだ。
ならば自分ができることは最短でドンナーを拾い、爪熊にとどめを刺すこと。ただそれだけだ。
ハジメは己を手札を確認し、爪熊との距離、そしてドンナーの距離を確認した後、小さく深呼吸を行う。
「――よし」
そして、ハジメは賭けに出た。
◆
爪熊が辺りを見渡す中、変化は突如現れた。
ボコッ!と近くの壁から穴が空き、中から【縮地】と【空力】を使用してハジメが現れたのだ。
一切の躊躇せず己の武器であるドンナーの元へと一直線に突き進んでいく。
当然、爪熊はハジメが壁の中から現れた瞬間反応し、風の刃を飛ばそうとする。
――が、その前にハジメが爪熊の目の前に緑色に輝く物を放り投げた。
閃光手榴弾だ。
爪熊が右爪を振るう瞬間、ピキリッ!という罅割れる音と共に辺りが閃光で満たされる。
「グルゥ!!?」
再度失う視力に爪熊は咆哮を上げる。一度見ていたため効果は薄いだろうがそれでも視力は数秒は回復しないだろう。
その隙にハジメは右手である物を走りながら掴み、一目散にドンナーへと駆け抜ける。
しかし――
「グルァアア!!」
「っ!?」
――ハジメが最初の地点から2メートル進む頃には爪熊が此方へと突進を行っていた。
あまりにも回復が早すぎるとハジメは僅かに目を見開いた。
否だ、別に爪熊は数秒で視力が回復したわけではない。
ただ、ハジメの閃光手榴弾を見た瞬間、効果を理解している爪熊は
故に視力を失ったのは片目だけ、爪熊は視力を失っていないもう片方の眼でハジメを視認し、突進を繰り出したのだ。
片腕を失っているため速度は少し遅いが威力はそこまで変わるわけではない。
ハジメに直撃すれば重症は免れないはずだ、しかし、ハジメの表情は変わらない。不敵な笑みのままである。
「――そうだと……思ったよ!」
そして、ハジメは拾っていた
繋げた地点に爪熊が踏み入れた瞬間、ハジメは右手に紅の雷を纏わせ、爪熊の血に叩きつけた。
ハジメは【纏雷】を二尾狼のように飛ばすことができないため、電気を通す物質『導体』が必要だ。
だからこそハジメはちぎれた左腕をわざわざ拾ったのだ、動脈が千切られていることで左腕から絶え間なく流れている血液は主に水分で構成されている。
『水は電気を通しやすい』、子供でも分かる常識である。
まぁ、水は水でも純水である場合は電気をまったく通さない『絶縁体』となるのだが今は関係ない。気になる人は個人でウィキでも調べて欲しい。
自らの流した血溜りに爪熊が踏み込んだ瞬間、強烈な電流と電圧が瞬時にその肉体を蹂躙する。神経という神経を侵し、強制的に筋肉を伸縮させる。最大威力と言っても、ハジメが取得した固有魔法は本家には及ばない。
ハジメの【纏雷】の出力は二尾狼のモノより半分程度。しかし、それでも一時的に行動不能にさせることは十分に可能だ。ちなみに、人間なら血液が沸騰してもおかしくない威力ではある。
「ルグゥウウウ―――」
低い唸り声を上げながら爪熊が自らの血溜りに地響きを立てながら崩れ落ちる。その隙にハジメは既に爪熊の左腕を捨て、爪熊の斜め後ろに沈黙しているドンナーへと飛びかかった。
ハジメは頬が自然に緩んでしまうのを感じた。
己の作戦通りに事が進んだことに笑っているのだ、現在の爪熊の体は【纏雷】が全身を襲ったことで最低でもしばらくはまともに動けないはずだ。つまり、これでドンナーを手に入れれば爪熊の眉間に確実に銃弾を叩き込み脳髄を粉砕し、殺すことが可能なはずだ。
だから。そう、だから――
――だから、
「――ぇ?」
ハジメの瞳が驚愕に染まり、小さく無意識に息が零れた。
何故、右爪が自分に襲いかかっている?爪熊は【纏雷】で動きを止めたはずだ。
そう思ったハジメだが、ハジメには一つの認識の誤りが存在していた。
爪熊はこの迷宮内での最強種である。最強種であるが故に数が少なくそれで生態系を保っているのだが、ここで疑問が生じる。
数が少ない最強種を最も最弱の二尾狼の固有魔法で殺すことができるのか?という疑問だ。
通じると思ったのならそのものは甘いとしか言い様がない。
確かに直撃すれば傷を負うだろう、二尾狼という種族が長い年月生き残るために手に入れた魔法なのだ、通用しなければまたたく間に絶滅してしまう。
――が、それは爪熊も同じだ。最強種であるが故に迷宮の環境に適応し、年月を重ね進化していった。
だからこそ二尾狼の固有魔法に対する耐性はある程度できているのだ。
話は変わるが貴女はデンキウナギを知っているだろうか?
学名で【Electrophorus electricus】と呼ばれ、分類上デンキウナギ目ギュムノートゥス科デンキウナギ属に分類される硬骨魚類の一種とされている南アメリカのアマゾン川・オリノコ川両水系に分布する大型魚で、強力な電気を起こす魚である。
さて、そんな電気を起こすデンキウナギであるが発電時どうやって感電からしのいでいるか疑問に思ったことはないだろうか?
答えは簡単、別にデンキウナギは感電していないのではなく普通に感電している。
ただ、体内に豊富に蓄えられた脂肪組織が絶縁体の役割を果たすため、自らが感電死することはないのである。
閑話休題。
そんなデンキウナギと同じ仕組みで爪熊の体内の中も脂肪組織は全体で見れば少ないが確かに存在しているのだ。
だからこそ爪熊は二尾狼の【纏雷】をある程度防ぐことができ、最強種として君臨し続けることができる。
ましてや本来の出力の半分程しか出せないハジメの【纏雷】など文字通り一瞬でしか動きを止めることができないのだ。
その事実を知らないハジメは驚愕に襲われながらも周囲の情景が、自分を含めスローモーションのようにゆっくりと流れていく。
避けることも、防ぐこともできない。完全に虚をつかれた攻撃にハジメはドンナーに手を伸ばしたまま、爪熊の風の刃の一撃を受けるしかないのだ。
全てがスローモンションの世界は時間が止まってしまったかのような感覚だった。
このまま、もしかしたら当たらないなんて……なんて思いもしたがそんな訳がない。
世界はそれほど優しくなどない。
今、ハジメが味わっているのは走馬灯のようなものに過ぎず己の命を刈り取る風の刃を無様に見続けることしかできないのだ。
ハジメの死はもはや決定づけられている。
だけど――
(――ま、だッ……!)
――ハジメはそれでも生を決して諦めない。
スローモーションの世界でドンナーへと手を伸ばし、動けと何度も心で念じ、無理矢理でも動かそうとする。
何故ならここで力尽きることはできないから。まだ、ハジメは日色を守りきっていないから。
だからハジメは己の終わりを認めない、受け入れることなどしない。
しかし、いくらハジメが認めなくても現実は非情だ。
どれだけ念じても風の刃の軌道を変わらず、ハジメはドンナーに手を伸ばすだけで触れることすら叶わない。
(日色……ッ!)
ハジメは心の中で大切な親友の名を呟きながら無様に襲い掛かる風の刃を振り下ろす爪熊を無防備に見つめ――
――同時に
それをハジメが認識した途端、脳裏に久しく聞いていなかった声が再生される。
――アレは俺の固有魔法、『文字魔法』だ。
――文字……魔法?
――あぁ、この魔法の能力は簡潔に言えば『書いた文字の効果を実際に起こす』魔法だ。……とは言っても魔力消費が激しすぎて一日3、4回しか使えないがな。
嘗てのその日色との会話が反芻されていくと同時に蒼い『止』の文字が爪熊に直撃しまるで放電現象のように火花を発生させ瞬間、ハジメですら容易に視認することができなかった爪熊の風の刃を纏わせた右爪ごと爪熊の体がピタリッと停止した。
そしてスローモーションの世界から時が再び加速した。
突然身動きが取れなくなったことに爪熊は困惑がこもった声を零すがその声を掻き消すように洞窟内を一人の少年の声が響き渡る。
「ハジメェエエえええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」
「――ッ!!?」
もはやその声を聞いた途端、反射でハジメは行動を起こしていた。
ドンナーに飛びつき、転がるように手に取ることで体勢を整え、ドンナーを構える。銃口の狙いはもちろん頭。
「――これで…終わり」
その言葉と共に引き金を引く。撃ち出された弾丸は主の意志を忠実に実行し、身体を動かすことのできない爪熊の頭部を粉砕した。
迷宮内に銃声が木霊する。
爪熊は最後までハジメから眼を逸らさなかった。ハジメもまた眼を逸らさなかった。
想像していたような爽快感はない。だが、虚しさもまたなかった。ただ、やるべきことをやった。生きるために、守るために、この領域で生存の権利を獲得するために。
ハジメは爪熊の死亡を確認したと共にバッと文字が飛んできた方向を見ると、そこには彼がいた。
『神代日色』が。
「――ッ!」
ハジメは無意識に身体を震わせる。
日色の表情は俯いている為髪の影で見えず、明確にはわからないが身体には服越しに幾つもの切り傷とそして胸を大きく斜めに切り裂かれた跡が服に存在していた。
わかっていた、日色を守ることを決意していた時から日色の敵を躊躇なく殺すと決めていた。
そしてそれは例え自分が日色に拒絶されたとしても、だ。
「――――ぁ……ッ!」
だが、覚悟していたとしても恐怖であることには変わりがない。
髪は短い茶髪の混じった髪から純白の長髪に。かつての穏やかな茶色の瞳はなりを潜め、鋭い目つきを持った紅の瞳に。身長は伸び、顔つきは美しく整えられ、もはや面影のない姿に、殺しに一切躊躇しない性格。
拒絶されないわけがなかった。
日色が呟こうと息を吸ったことに反応してハジメは無意識に一歩下がってしまう。
そして紡ぎ出された日色の拒絶の言葉がハジメの心に突き刺さり――
「――大丈夫か、
「――――え?」
――思考が停止した。
日色の言葉を自分が望んだ言葉として変換したのではないかとすら思った。
しかし、現実はこれが決して夢ではないと事実を突きつけてくる。
ハジメにとってはあまりにも優しい幸せを。
「―――ッ!!」
「グッ!?……おい」
あまりの嬉しさにハジメは日色の胸へと飛びついた。
だがまぁ、ハジメのステータスは平均300程。いくら蹴りウサギの肉を食べた日色でもハジメの躊躇ない
ハジメの抱きつきに押され、地面に後ろ向きで倒れた日色は痛む頭を片手で抑え呻きながら、ハジメに苦言を零すが顔を上げたハジメの今にも泣きそうな表情を見て、言葉を失った。
「――怖かった」
まるで怯えたありふれた少女のように心細い声でハジメは言葉を零す。
「――もう、日色が目を覚まさないんじゃないかって」
「――こんな私は拒絶されるんじゃないかって」
「……また、独りになるんじゃないかってっ!だから、だから私は――」
ハジメは語る。己の本心を。
あまりに醜い自分を自嘲するように。
そんなハジメを日色はため息を吐くと優しくハジメの頭を撫でた。
「――え?」
まるで父親に頭を撫でてもらうかのように優しい感触に訪れる安心感と共にハジメは困惑の言葉を零した。
そんな困惑するハジメに対して日色は小さく申し訳ないように呟いた。
「……すまん。迷惑を、かけたな」
その言葉でハジメは限界だった。
心の枷が外れたように様々な感情が濁流となって溢れ出し、涙腺から止めどない涙が頬を伝わり、日色の胸の中で何度も「よかった」と叫びながら泣き続けたのだった。
そんなハジメを慰めるかのように日色はハジメの頭を撫で続ける。
何度も、何度でも。
大切な親友の涙を止めるために。
◇◆◇
あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!
暗闇の中、全身筋肉痛に悩まされながら仕事から帰っていると突然閃光に目を焼かれ、ようやく視界が回復したかと思うと少女が二メートルほどあるだろう大男に襲われていた!
咄嗟に止めようと思ったら人差し指から何かが飛んでいった!
そして突然腹に衝撃を感じ、地面に倒れ目を開けると俺の上に白髪紅眼の少女が乗っていたッ!!
何を言っているかわからねぇと思うが俺も何を言っているかわからねぇッ!!
幻覚だとか現実逃避だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえッ!!
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ………
とまぁ、今までの現状を簡潔に話すとこんな感じだ。
え?何言っているかわからない?安心しろ、俺もさっぱりわからない。
確かあの時、爪熊に『またつまらぬものを斬ってしまった……』状態にされた俺がどうして生きているかは知らない。と、いうか現在も記憶が混雑して何が起こっているのか自分でもわかんないしね。
ただ、強大な眠気と共に俺が目覚めた場所は――あの懐かしいブラック企業の会社だった。
いや、待って欲しい。ちょっと待ってくれ。ここが夢か天国かは知らないが流石にそこでも働けとおっしゃいますか神様よ。
え?何?食事は置いておくから頑張れって?
食事っておまっ!タライに満杯に入った水と巨大なおからこんにゃくだけってそれもう料理の域に達してねぇだろうがッ!!え、何?何なの?俺って家畜なの!?
というか、おからこんにゃく硬ッ!!というかマズッ!!
そしてなんで飲み物が水!?お茶にしろよお茶!静岡県の茶葉を持ってこいよッ!!
そう嘆きながらおからこんにゃくを完食し働いていると、ようやく帰宅することを許された。
全身は疲労で筋肉痛なのか踏み出すたびに痛みが走り、あまりのブラック企業さに泣きそうになってくる。
既に空は真っ暗であり
そんな照らされた道を進んでいくと突如視界が
バルスッ!!!
目が、目がぁ~!
万感の思いでそう叫びながら目を擦っていると、どうにか視界が元に戻った。
なんじゃあッ!警察かっ!と思いながら元に戻った視界で前方を見ると、目の前には今にも前方にいる少女に今にも襲いかかっている二メートル台の大男がいた。
……おいおい、犯罪臭がするんだが。
こんな夜遅くに歩く少女に襲い掛かる大男とかどう見てもヤバそうな気配しかしない。
アレか、あのままR18ルートに突入しちゃうのか。
そうはいかんとばかりに俺は止めようと思ったが如何せん今の自分には少女を助ける方法はない。
こんな時に昔見た丘村日色の『文字魔法』を思い出してしまった。
確か日色は空中で文字を書いて飛ばせたんじゃなかったっけ?と思いながら自分もあの大男の動きが止まるように適当に『止』の文字を書いていく、こんな時に厨二心が再び燃え上がってしまったのだ。
どうせ誰も見ていないだろう、あの丘村日色のように真似でもしてみようか。
目の前に想像で生み出した蒼く輝く『止』の文字を引き金を引くようにイメージを想起させた。
きっと丘村日色ならばかっこいい決めゼリフとともに空中で文字を描き発射する【空中文字開放】を使うに違いない。
そう思い存分に厨二心を発散させると急激に睡魔が襲いかかってきた。それに抗うことができずに俺は瞼をおろし……ッて、あの襲われている女の子どこかで見たことがあるな。そう、確かハジメ、ってハジメェエエえええええええええええええええええええええええッ!!?
そこで俺の意識は闇に落ちていった。
「…………おい」
お腹に当たった衝撃と共に瞼を開くと、どうやら自分が倒れていることが理解できたのだがどうして目の前でアルビノ少女が俺に抱きついているんですかねぇええええええ!!?胸がッ!胸が当たってるッ!しかもなんか泣きかけているし!!俺何かしましたかねぇ!?
というか、ちょっと待て!この子どっかで見たことあるような……って、アイエエエエ!!ハジメ!? ハジメサンナンデ!?
あまりの出来事の連続で思考が追いついていかないぞ。なんでハジメが魔王ハジメになってんの!?しかもココドコよ!?てゆうか、何あの死体!!?めっちゃ見覚えあるんですけどッ!!あれ爪熊だよねッ!?
困惑し混乱する思考のせいでハジメが何を言っているのかが聞こえなくなっている。
何をすればいいか全く分からない俺は取りあえず、ハジメの頭を撫でて謝ることにする。
秘技『取りあえず謝っておけばいいだろ戦法』である。
これを今まで破った者はいな――ってあぁ!ハジメ!?どうして泣き出したの!!?俺何もしてないよね!!?
お願い!お願いだから泣くのは止めてくれぇ!!罪悪感に押しつぶされそうになっちゃうからぁ!!!
俺は混乱する現状の中、前に一度こんなことがあったような
そういえば思ったんですが蹴りウサギはいつも何を食べているんだろうか?
ウサギだから肉食じゃないだろうし、二尾狼の主な獲物だというなら第一消費者だから草とか食べてると思うけどあの階層に草なんてないし……もしかして石でも食べているのだろうか?