ありふれた職業で世界最強(女)と文字使い(ワードマスター) 作:アルテール
そんなわけで勇者パーティ視点です。一応原作を読んでない人の為に書いていますが読んでいる人は別に読まなくても支障はありません。
そしてついになんとか山さんの正体が………!?
最近、最終話まで300話ほど必要なんじゃないかと思いますが……どうぞ!
時は日色達が奈落に落ちていった時に遡る。
響き渡り消えゆくベヒモスの断末魔。ガラガラと騒音を立てながら崩れ落ちてゆく石橋。
そして……奈落に落ちるハジメに手を伸ばし奈落へと吸い込まれるように消えていく日色の姿。
その光景を、まるでスローモーションのように緩やかになった時間の中で、ただ見ていることしかできない香織は自分に絶望する。
そんなスローモーションの光景を見ながら香織の頭の中には昨夜の光景が何度もリフレインされる。
月明かりの射す部屋の中で、日色がいれた紅茶モドキを飲みながら4人で話したあの時を。二人っきりで月明かりが照らす道の中で自分を慰めてくれた日色との光景を。
嬉しかった。
夢見が悪く不安に駆られて、日色達の部屋に訪ねて二人っきりの月明かりの下でその不安をいとも容易く消してくれた日色の言葉が。
だからこそ、香織は決意したのだ。
昨夜見た夢が現実にならないように、日色は自分が守ると。
奈落へと消えていった日色を見つめながら、その時の記憶が何度も何度も脳裏を巡る。
どこか遠くで聞こえていた悲鳴が、実は自分のものだと気がついた香織は、急速に戻ってきた正常な感覚に顔を顰めた。
「離して!日色君の所に行かないと!私がぁ、私が守らなきゃって!離してぇ!!」
飛び出そうとする香織を光輝が必死に羽交い締めにする。香織は、細い体のどこにそんな力があるのかと疑問に思うほど尋常ではない力で引き剥がそうとする。勇者である光輝のステータスですら押さえ込むのに苦戦するほどだ。
このままでは香織の体の方が壊れるかもしれない。しかし、だからといって、断じて離すわけにはいかない。今の香織を離せば、そのまま崖を飛び降りるだろう。それくらい、普段の穏やかさが見る影もないほど必死の形相だった。いや、悲痛というべきかもしれない。
そんな悲痛な形相の香織に光輝は必死に押し止めようと叫ぶ。
「ダメだ香織!君まで死ぬ気か!神代達はもう無理だ!落ち着くんだ!このままじゃ、香織の体が壊れてしまう!」
それは、光輝なりに精一杯、
「無理って何!?日色君も南雲ちゃんも死んでない!行かないと、きっと助けを求めてる!」
その香織の言葉に同意するものは一人もいない。奈落の底と思しき崖に落ちていったのだ誰がどう考えても彼等は助からない。
しかし、その現実を受け止められる心の余裕は、今の香織にはないのだ。光輝の言葉に反発して更に無理を重ねるだけだ。龍太郎や周りの生徒もどうすればいいか分からず、オロオロとするばかりである。
その時、雫を抱えてきたメルド団長が雫を下ろしツカツカと歩み寄ると、問答無用で香織の首筋に手刀を落とした。ビクッと一瞬痙攣し、そのまま意識を落とす香織。
ぐったりする香織を抱きかかえ、光輝がキッとメルド団長を睨む。文句を言おうとした矢先、雫が遮るように機先を制し、団長に頭を下げた。
「――すいません、ありがとうございます……」
「礼など……止めてくれ。もうこれ以上一人も死なせるわけにはいかない。全力で迷宮を離脱する。……彼女を頼む」
「――はい」
離れていく団長を見つめながら、口を挟めず憮然とした表情の光輝から香織を受け取った雫は、光輝に告げる。
「……光輝が香織を止められないから団長が止めてくれたのよ。香織の叫びが皆の心にもダメージを与えてしまう前に、何より香織が壊れる前に止める必要があった。……ほら、早く行きましょう。あんたが道を切り開くのよ。全員が脱出するために」
感情のこもっていない雫の言葉に、光輝は頷いた。
「そうだな、早く出よう」
目の前でクラスメイトが二人死んだのだ。クラスメイト達の精神にも多大なダメージが刻まれている。誰もが茫然自失といった表情で石橋のあった方をボーと眺めていた。中には「もう嫌!」と言って座り込んでしまう子もいる。
ハジメが光輝に叫んだように今の彼等にはリーダーが必要なのだ。
光輝がクラスメイト達に向けて声を張り上げる。
「皆! 今は、生き残ることだけ考えるんだ! 撤退するぞ!」
その言葉に、クラスメイト達はノロノロと動き出す。トラウムソルジャーの魔法陣は未だ健在だ。続々とその数を増やしている。今の精神状態で戦うことは無謀であるし、戦う必要もない。
光輝は必死に声を張り上げ、クラスメイト達に脱出を促した。騎士団員達も生徒達を鼓舞する。
そして全員が階段への脱出を果たした。
上階への階段は長かった。
先が暗闇で見えない程ずっと上方へ続いており、感覚では既に三十階以上、上っているはずだ。魔法による身体強化をしていても、そろそろ疲労を感じる頃だろう。先の戦いでの肉体的にも精神的にもダメージもある。薄暗く長い階段はそれだけで気が滅入るものなのだ。
そろそろ小休止を挟むべきかとメルド団長が考え始めたとき、ついに上方に魔法陣が描かれた大きな壁が現れた。
メルド団長は扉に駆け寄りフェアスコープを使って詳しく調べ始めた。
その結果、どうやらトラップの可能性はなさそうであることがわかった。魔法陣に刻まれた式は、目の前の壁を動かすためのもののようだ。
メルド団長は魔法陣に刻まれた式通りに一言の詠唱をして魔力を流し込む。すると、まるで忍者屋敷の隠し扉のように扉がクルリと回転し奥の部屋へと道を開いた。
扉を潜ると、そこは元の二十階層の部屋だった。
「帰ってきたの?」
「戻ったのか!」
「帰れた……帰れたよぉ……」
クラスメイト達が次々と安堵の吐息を漏らす。中には泣き出す子やへたり込む生徒もいた。光輝達ですら壁にもたれかかり今にも座り込んでしまいそうだ。
しかし、ここはまだ迷宮の中。低レベルとは言え、いつどこから魔物が現れるかわからない。完全に緊張の糸が切れてしまう前に、迷宮からの脱出を果たさなければならない。
メルド団長は休ませてやりたいという気持ちを抑え、心を鬼にして生徒達を立ち上がらせた。
「お前達! 座り込むな! ここで気が抜けたら帰れなくなるぞ! 魔物との戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出する! ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」
少しくらい休ませ欲しい、という生徒達の無言の訴えをギンッと目を吊り上げて封殺する。
渋々、フラフラしながら立ち上がる生徒達。光輝が疲れを隠して率先して先をゆく。道中の敵を、騎士団員達が中心となって最小限だけ倒しながら一気に地上へ向けて突き進んだ。
そんな生徒達の中で、後方にいる雫は表情を髪の影で隠しながら香織を抱えながら進んでいく。
すると、近くにメルド団長が近寄ってきた。どうやら殿として務めているらしいがどうしたのだろうか?
「……私を恨んでいるか?」
そう己の無力さを呻くように小さく呟くメルド団長に雫は表情を隠したまま小さく絞り出すような声で呟いた。
「――いえ」
「――そうか……すまなかった」
それっきり、メルド団長は雫から距離を離し後方へと下がっていく。再び殿に戻ったのだろう。
あの時、雫を強制的に抱え逃げたことを悔やんでるのだろう。一人の『メルド』としてではなく『騎士団長メルド・ロギンス』としての選択を選んでしまったことに。
そして突き進んでいくと遂に、一階の正面門となんだか懐かしい気さえする受付が見えた。迷宮に入って一日も立っていないはずなのに、ここを通ったのがもう随分昔のような気がしているのは、きっと少数ではないだろう。
今度こそ本当に安堵の表情で外に出て行く生徒達。正面門の広場で大の字になって倒れ込む生徒もいる。一様に生き残ったことを喜び合っているようだ。
だが、一部の生徒――未だ目を覚まさない香織を背負った雫や光輝、その様子を見る龍太郎、恵里、鈴、そして日色が助けた女子生徒などは暗い表情だ。
そんな生徒達を横目に気にしつつ、受付に報告に行くメルド団長。
二十階層で発見した新たなトラップは危険すぎる。石橋が崩れてしまったので罠として未だ機能するかはわからないが報告は必要だ。
そして、南雲ハジメと神代日色の死亡報告もしなければならない。
憂鬱な気持ちを顔に出さないように苦労しながら、それでも溜息を吐かずにはいられないメルド団長だった。
◆
ホルアドの町に戻った一行は何かする元気もなく宿屋の部屋に入った。おそらく精神的衝撃と肉体的疲労が大きく負荷になったのだろう。幾人かの生徒は生徒同士で話し合ったりしているようだが、ほとんどの生徒は真っ直ぐベッドにダイブし、そのまま深い眠りに落ちた。
そんな中、檜山大介は一人、宿を出て町の一角にある目立たない場所で膝を抱えて座り込んでいた。顔を膝に埋め微動だにしない。もし、クラスメイトが彼のこの姿を見れば激しく落ち込んでいるように見えただろう。
だが実際は……
「ヒ、ヒヒヒ。ア、アイツが悪いんだ。雑魚のくせに……ちょ、調子に乗るから……て、天罰だ。……俺は間違ってない……白崎のためだ……あんな雑魚に……もうかかわらなくていい……俺は間違ってない……ヒ、ヒヒ」
…………うわぁ
生徒達が見れば必ずそう呟くだろうと思えるような暗い笑みと濁った瞳で自己弁護しているだけだった。
あの時、軌道を逸れてまるで誘導されるように日色達を襲った火球は、この檜山が放ったものだったのだ。
そう、なんとか山さんの正体はいじめグループの筆頭、檜山大介なのである。
階段への脱出と日色達の救出。それらを天秤にかけた時、日色を見つめる香織が視界に入った瞬間、檜山の中の悪魔が囁いたのだ。今なら殺っても気づかれないぞ? と。
そして、檜山は悪魔に魂を売り渡した。
バレないように絶妙なタイミングを狙って誘導性を持たせた火球を日色へと発射させた。……まぁ、あの糞女に庇われてしまったが結果的に落ちていったため結果オーライだろう。流星の如く魔法が乱れ飛ぶあの状況では、誰が放った魔法か特定は難しいだろう。まして、檜山の適性属性は風だ。証拠もないし分かるはずがない。
そう自分に言い聞かせながら暗い笑を浮かべる檜山。まぁ、本当はその日色が正体を知っているのだが死人に口なしである……まだ死んでおらずピンピンしているが。
「へぇ~、やっぱり君だったんだ。異世界最初の殺人がクラスメイトか……中々やるね?」
「ッ!? だ、誰だ!」
慌てて振り返る檜山。そこにいたのは見知ったクラスメイトの一人だった。
「お、お前、なんでここに……」
「そんなことはどうでもいいよ。それより……人殺しさん? 今どんな気持ち? 恋敵をどさくさに紛れて殺すのってどんな気持ち?」
その人物はクスクスと笑いながら、まるで喜劇でも見たように楽しそうな表情を浮かべる。檜山自身がやったこととは言え、クラスメイトが一人死んだというのに、その人物はまるで堪えていない。ついさっきまで、他のクラスメイト達と同様に、ひどく疲れた表情でショックを受けていたはずなのに、そんな影は微塵もなかった。
「……それが、お前の本性なのか?」
呆然と呟いてしまう檜山。
それを、馬鹿にするような見下した態度で嘲笑う。
「本性? そんな大層なものじゃないよ。誰だって猫の一匹や二匹被っているのが普通だよ。そんなことよりさ……このこと、皆に言いふらしたらどうなるかな? 特に……あの子が聞いたら……」
「ッ!? そ、そんなこと……信じるわけ……証拠も……」
「ないって? でも、僕が話したら信じるんじゃないかな? あの窮地を招いた君の言葉には、既に力はないと思うけど?」
檜山は追い詰められる。まるで弱ったネズミを更に嬲るかのような言葉。まさか、こんな奴だったとは誰も想像できないだろう。二重人格と言われた方がまだ信じられる。目の前で嗜虐的な表情で自分を見下す人物に、全身が悪寒を感じ震える。……まぁ、日色の本性の方がもっと信じられないと思うが。
「ど、どうしろってんだ!?」
「うん? 心外だね。まるで僕が脅しているようじゃない? ふふ、別に直ぐにどうこうしろってわけじゃないよ。まぁ、取り敢えず、僕の手足となって従ってくれればいいよ」
「そ、そんなの……」
実質的な奴隷宣言みたいなものだ。流石に躊躇してしまう檜山。当然断りたいが、そうすれば容赦なく日色とハジメを殺したのは檜山だと言いふらすだろう。
葛藤する檜山は、「いっそコイツも」とほの暗い思考に囚われ始める。しかし、その人物はそれも見越していたのか悪魔の誘惑をする。
「白崎香織、欲しくない?」
「ッ!? な、何を言って……」
暗い考えを一瞬で吹き飛ばされ、驚愕に目を見開いてその人物を凝視する檜山。そんな檜山の様子をニヤニヤと見下ろし、その人物は誘惑の言葉を続ける。
檜山は完全にその人物に会話の主導権を握られていた。
「僕に従うなら……いずれ彼女が手に入るよ。本当はこの手の話は神代にしようと思っていたのだけど……君が殺しちゃうから。まぁ、彼より君の方が適任だとは思うし結果オーライかな?」
「……何が目的なんだ。お前は何がしたいんだ!」
あまりに訳の分からない状況に檜山が声を荒らげる。
「ふふ、君には関係のないことだよ。まぁ、欲しいモノがあるとだけ言っておくよ。……それで? 返答は?」
あくまで小バカにした態度を崩さないその人物に苛立ちを覚えるものの、それ以上に、あまりの変貌ぶりに恐怖を強く感じた檜山は、どちらにしろ自分に選択肢などないと諦めの表情で頷いた。
「……従う」
「アハハハハハ、それはよかった! 僕もクラスメイトを告発するのは心苦しかったからね! まぁ、仲良くやろうよ、人殺しさん? アハハハハハ」
楽しそうに笑いながら踵を返し宿の方へ歩き去っていくその人物の後ろ姿を見ながら、檜山は「ちくしょう……」と小さく呟くしかない。
檜山の脳裏には忘れたくても、否定したくても絶対に消えてくれない光景がこびり付いている。日色が奈落へと転落した時の香織の姿。どんな言葉より雄弁に彼女の気持ちを物語っていた。
今は疲れ果て泥のように眠っているクラスメイト達も、落ち着けば日色とハジメの死を実感し、香織の気持ちを悟るだろう。香織が決して善意だけで日色を構っていたわけではなかったということを。……ただしハジメは知らないが。
そして、憔悴する香織を見て、その原因に意識を向けるだろう。不注意な行為で自分達をも危険に晒した檜山のことを。
上手く立ち回らなければならない。自分の居場所を確保するために。もう檜山は一線を越えてしまったのだ。今更立ち止まれない。あの人物に従えば、消えたと思った可能性――香織をモノにできるという可能性すらあるのだ。
「ヒヒ、だ、大丈夫だ。上手くいく。俺は間違ってない……」
再び膝に顔を埋め、ブツブツと呟き出す檜山。
月明かりの下で、再び呟きだした檜山を横目にその者はいい駒が手に入った、と歪んだ笑みを浮かべる。
『自称ヒロイン』と書いてメンヘラ女と呼ぶ、その者は動き出す。
大切なものを手に入れるために。
◆
そして、初の迷宮探索が終わってから五日が経過した。
その後、生徒達は宿場町ホルアドで一泊し、早朝には高速馬車に乗って一行は王国へと戻った。とても、迷宮内で実戦訓練を続行できる雰囲気ではなかったし、無能扱いだったとは言え勇者の同胞が死んだ以上、国王にも教会にも報告は必要だったからだ。
そして何よりも致命的な障害が発生する前に、勇者一行のケアとあの時火球を射った犯人を探すことが必要だとメルドが判断したからだ。
メルドは王国に帰還した後、日色とハジメという勇者の同胞が死亡したことを正確に報告した。
途中の訓練の様子、未知のトラップによる強制転移、そして、戦死した勇敢な二人の
メルドはせめて伝えたかったのだ、彼等は決して『無能』や『役立たず』ではなくメルドを含め全員の命を救ってくれた命の恩人だと。
しかし現実は無情だった。メルドの訴えも虚しく帰還を果たし日色とハジメの死亡が伝えられた時、王国側の人間は誰も彼もが愕然としたものの、それが〝無能〟のハジメと“能無し,,の日色と知ると安堵の吐息を漏らしたのだ。それは国王やイシュタルですら例外ではない。
強力な力を持った勇者一行が迷宮で死ぬこと等あってはならないこと。迷宮から生還できない者が魔人族に勝てるのかと不安が広がっては困るのだ。神の使徒たる勇者一行は無敵でなければならないのだから。
しかも中には悪し様に日色とハジメを罵る者までいたのだ。
もちろん、公の場で発言したのではなく、物陰でこそこそと貴族同士の世間話という感じではあるが。やれ死んだのが無能でよかっただの、神の使徒でありながら役立たずなど死んで当然だの、それはもう好き放題に貶していた。
メルドは己の無力さに嘆いた。
これではあまりにも命を賭して戦ってくれた彼等に申し訳が立たない、と。
実際、正義感の強い光輝が真っ先に怒らなければ雫は日色を罵った貴族を全て斬殺していただろう。光輝が激しく抗議したことで国王や教会も悪い印象を持たれてはマズイと判断したのか、日色を罵った人物達は処分を受けたようだが……
逆に、光輝は無能にも心を砕く優しい勇者であると噂が広まり、結局、光輝の株が上がっただけで、日色やハジメは勇者の手を煩わせただけの無能であるという評価は覆らなかった。
あの時、自分達を救ったのは紛れもなく、勇者も歯が立たなかった化け物をたった二人だけで抑え続けた彼らだけだというのに。そんな彼らを死に追いやったのはクラスメイトの誰かが放った
クラスメイト達は図ったように、あの時の
その結果現実逃避をするように、あれは日色とハジメが何やら自分で
メルド団長は、あの時の経緯を明らかにするため、生徒達に事情聴取をする必要があると考えていた。生徒達のように現実逃避して、単純な誤爆であるとは考え難かったこともあるし、仮に過失だったのだとしても、白黒はっきりさせた上で心理的ケアをした方が生徒達のためになると確信していたからだ。
しかし、
イシュタルが、生徒達への詮索を禁止したことでそれは不可能となった。メルド団長は食い下がったが、国王にまで禁じられては堪えるしかなかったのだ。
そんな中、ハイリヒ王国王宮内、召喚者達に与えられた部屋の一室で、八重樫雫は、暗く沈んだ表情で未だに眠る親友を見つめていた。
あの日から一度も香織は目を覚ましていない。
医者の診断では、体に異常はなく、おそらく精神的ショックから心を守るため防衛措置として深い眠りについているのだろうということだった。故に、時が経てば自然と目を覚ますと。
しかしそれでも五日は経っているのだ、さすが雫でも心配になってくる。
その時、不意に、握り締めていた香織の手がピクッと動いた。
「――香織?」
雫の囁く声に応じる様に閉じられていた香織の瞼が震え始め、香織はゆっくり目を覚ました。
「……雫ちゃん?」
香織は、しばらくボーと焦点の合わない瞳で周囲を見渡していたのだが、やがて頭が活動を始めたのか見下ろす雫に焦点を合わせ、名前を呼んだ。
その言葉に返答するように雫は髪の影で瞳は香織にはよく見えないが小さく笑った。
「……えぇ、雫よ。香織……体は平気?」
「う、うん。平気だよ。ちょっと怠いけど……寝てたからだろうし……」
「――そうね、もう五日も眠っていたのだもの……怠くもなるわ」
そうやって体を起こそうとする香織を補助しながらどれくらい眠っていたのかを伝える雫。香織はそれに反応する。
「五日? そんなに……どうして……私、確か迷宮に行って……それで……」
徐々に焦点が合わなくなる瞳に記憶を探ろうとする香織の声が徐々に焦燥の混じった声になっていく。
「それで……あ…………………………日色くんは?」
「………………」
雫は答えない。
その事実に香織は自分の記憶にある悲劇が現実であったことを悟る。だが、そんな現実を容易に受け入れられるほど香織はできていない。
「……嘘だよ、ね。そうでしょ? 雫ちゃん。私が気絶した後、日色君や南雲ちゃんも助かったんだよね? ね、ね? そうでしょ? ここ、お城の部屋だよね? 皆で帰ってきたんだよね? 日色君は……また南雲ちゃんと訓練かな? 訓練所にいるよね? うん……私、ちょっと行ってくるね。日色君にお礼言わなきゃ……だから、離して? 雫ちゃん」
現実逃避するように次から次へと言葉を紡ぎ日色を探しに行こうとする香織。そんな香織の腕を掴み離そうとしない雫。
「……香織、わかってるでしょう?」
「やめて……」
「香織の覚えている通りよ」
「やめてよ……」
「彼は、日色は……南雲ちゃんと一緒に」
「いや、やめてよ……やめてったら!」
「香織……日色は死んだわ」
「嘘だ!日色君は死んでなんかない!絶対、そんなことない!日色君は言ったもん!!死なないって!死んだりしないってッ!!」
雫の言葉を拒絶するかのように香織は雫を胸元の服を掴んで、壁に押しつけた。どこからそんな力が出るのかわからないが雫は為すすべもなく壁に体をぶつけてしまう。
「なんで雫ちゃんは冷静なの!?日色君は死んでないッ!勝手に決めつけないでよ!!」
「――さい」
「雫ちゃんは日色君が大切じゃなかったの!!?そんな簡単に諦めていいの!!?」
「――るさい」
「雫ちゃんは日色君のことが好きじゃなかったの!!?」
「――うるさいって言っているでしょうッ!!!!」
そして瞬間、雫の絶叫が部屋中を響き渡った。
香織は雫の表情に一瞬言葉が詰まり躊躇してしまう。
叫びと共に雫の髪が少し浮かび上がり、雫の表情が明らかになる。
瞼には何度も泣いた跡を示すように赤くなって、目の下には一睡もしていないのか隈があり、顔色は暗い。
彼女の表情はまさにうつ病にかかった人とでも言うべきだろう。
雫は押し返しすように香織の腕をつかみ、香織が寝ていたベットへと香織を押し倒す。
「いいわけがないでしょッ!!私だって今すぐ日色を助けに行きたいわよッ!私だって日色を大切だと思ってるッ!だけどッ!あの時、日色に私は頼まれたのよ!あとは頼むって!!貴女にわかるの!?その託された時の気持ちがッ!!」
まるで今まで溜め込んできたものを吐き出すかのように叫びだす雫にはもはやブレーキは存在しない。
どうしようもないほどの絶望が詰まった言葉が吐き出されそれに呼応するように涙が流れ続けていく。
「えぇ、そうよ!日色を殺したのは私よッ!!あの時、私は日色の手を掴めなかったッ!!掴めたはずなのに!本当なら助けられたはずなのにッ!!」
あの日色に手を伸ばした時、本来なら届くはずだったと雫は思う。
だが、日色を止めるために手を伸ばした時、ふと思った。思ってしまったのだ。
――どうして、私じゃなくて南雲ちゃんなの?
ふと過ぎった小さな疑問、あの時、落ちていくのがハジメじゃなくて自分だったら日色は助けに来てくれるのか?
と。
だが、その一瞬の躊躇により雫は日色の手を掴むことができなかった。
その事実が雫の心を蝕み続ける。
「私の小さな嫉妬で日色を殺したのよ!!日色を見捨てた私が、今更日色を助けに行けるわけないじゃない!!……嫌なのよ、もう。日色を失って今度は貴女を失ったら私はどうすればいいのよ?日色に……任されたから、まだ私は立ち上がれるのに……今度は貴女を失ってしまったらもう……私は立ち上がれないのよ……」
涙を流しながら雫は言葉を泣きながら零し続ける。
自覚しているのだ、とっくの昔に自分の醜い本性に。
大切なものを失ってから気づいてしまい、気づいたはずなのに嫉妬で全てを無くしてしまう。
「……誰でもいいから……教えてよ……」
嗚咽を漏らしながら泣き続ける雫に香織は抱きしめ、抱きしめ返されながらも自分も涙ぐみながら聞き続ける。
二人は 縋り付くようにしがみつき、喉を枯らさんばかりに大声を上げて泣く。まるでお互い冷え切った体を温めあってなんとか生きているかのように。お互いの傷を舐め合うかのように。
どれくらいそうしていたのか、窓から見える明るかった空は夕日に照らされ赤く染まっていた。香織はスンスンと鼻を鳴らしながら雫の腕の中で身じろぎした。
囁くような、今にも消え入りそうな声で香織が呟く。
「ねぇ……雫ちゃん……あの時、日色君を狙っていった魔法の犯人って……誰なの?」
その言葉に反応するように雫が小さく呟いた。
「……わからないわ。誰も、あの時のことには触れないようにしてるから……」
「……そっか」
「恨んでる?」
「……わからないよ。もし誰かわかったら……きっと恨むと思う。でも……分からないなら……その方がいいと思う。きっと、私、我慢できないと思うから……」
「そう……」
俯いたままポツリポツリと会話する香織。やがて、起き上がると真っ赤になった目をゴシゴシと拭いながら顔を上げ、同じく目が真っ赤になった雫を見つめる。そして、決然と宣言した。
「雫ちゃん、私、信じないよ。日色君も南雲ちゃんも生きてるって信じてる」
「……でも、香織。それは……」
香織の言葉に再び悲痛そうな表情で諭そうとする雫。しかし、香織は両手で雫の両頬を包むと、微笑みながら言葉を紡ぐ。
「わかってる。あそこに落ちて生きていると思う方がおかしいって……でも確認したわけじゃないから、可能性はゼロじゃないから……信じたいの」
「香織……」
「日色君があのまま死ぬなんて思わない、だからもっと強くなって自分の目で確かめなくちゃ。雫ちゃんだってそうでしょ?」
「……えぇ、日色ならそのまま奈落で生きてそうね」
「うん!きっとそうだよ!」
そう言って笑う香織に雫は小さく笑う。香織の目には狂気や現実逃避の色は見えない。ただ純粋に己が納得するまで諦めないという意志が宿っている。
「だから、一緒に探そう?日色君を。可能性がゼロじゃないなら確かめる価値はあると思うから」
そう言って雫へと手を伸ばす香織に雫は考える。普通に考えれば、香織の言っている可能性などゼロパーセントであると切って捨てていい話だ。あの奈落に落ちて生存を信じるなど現実逃避と断じられるのが普通だ。
おそらく、幼馴染である光輝や龍太郎も含めてほとんどの人間が香織の考えを正そうとするだろう。
だけど、
自分も香織も、惚れてしまった人への想いはその程度でなくなるほどでは決してないのだから。
だったら、その可能性に賭けてみてもいいのだろうか?
こんな醜い自分を彼は受け入れてくれるのだろうか?
「……日色は、私を許してくれるかしら?」
「うん、きっと許してくれるよ!……日色君のことだから『興味ない』で終わるかもしれないけど」
「……ありえそうね」
脳内でちゃんと日色の声で再生されてしまうことに二人は笑ってしまう。
雫はしょうがないわねとため息をついて、香織の手を取った。
「えぇ、一緒に日色を探しましょう。私も日色に謝らなければ気が済まないわ」
「雫ちゃん!」
香織は雫に抱きつき「ありがとう!」と何度も礼をいう。「礼なんて不要よ、同じ人を恋した仲でしょ」と、笑う。二人は想いを抱え歩き始める決意を決めた。愛しい彼と再び再開するために。
その時、不意に部屋の扉が開けられる。
「雫! 香織はめざ……め……?」
「おう、香織はどう……だ……?」
光輝と龍太郎だ。香織の様子を見に来たのだろう。訓練着のまま来たようで、あちこち薄汚れている。
あの日から、二人の訓練もより身が入ったものになった。二人も日色とハジメの死に思うところがあったのだろう。何せ、撤退を渋った挙句返り討ちにあい、あわや殺されるという危機を救ったのは日色達なのだ。もう二度とあんな無様は晒さないと相当気合が入っているようである。
そんな二人だが、現在、部屋の入り口で硬直していた。訝しそうに雫が尋ねる。
「あんた達、どうし……」
「す、すまん!」
「じゃ、邪魔したな!」
雫の疑問に対して喰い気味に言葉を被せ、見てはいけないものを見てしまったという感じで慌てて部屋を出ていく。そんな二人を見て、香織もキョトンとしている。しかし、聡い雫はその原因に気がついた。
現在、香織は雫の膝の上に座り、雫の両頬を両手で包みながら、今にもキスできそうな位置まで顔を近づけているのだ。雫の方も、香織を支えるように、その細い腰と肩に手を置き抱き締めているように見える。
Q、さて問題です。この体勢を第三者から見ればどう見えるでしょうか?
A、百合ですねわかります。
雫は深々と溜息を吐くと、未だ事態が飲み込めずキョトンとしている香織を尻目に声を張り上げた。
「さっさと戻ってきなさい! この大馬鹿者ども!」
こうして少女達は歩みだす、己が恋した一人の少年のために。
◆
「―――」
「日色?どうしたの?」
「――いや、なんでもない…………ところでハジメ、寝ろと言ったのは俺だがどうして寝るのに俺の腕を掴む」
「日色の側じゃないと安心して眠れないから」
「………………そうか」
『ハジメしゃんッ!!それはつまり俺に寝るなと言っているんですかぁあああああああ!!?』
そんな恋された少年は現在、美少女ハジメに片腕を抱きしめられていた。
うん、どうしてこうなった(困惑)
雫メインで書いていたら香織と立場が逆転したんですがそれは?
次回は日記方式プラス三人称でいきたいと思います。