ありふれた職業で世界最強(女)と文字使い(ワードマスター)   作:アルテール

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平日に投稿していく、どうもアルテールです。

今回の話はあくまで原作を知らない人のためなので正直言って知っている人は見なくてもいいです。

……オリジナル要素って入れるのが難しいですね。

それではどうぞ。


幕間 かつての悪夢がもう一度

ハジメとユエの修羅場を日色が死んだ瞳で見ていた日。

 

光輝達勇者一行は、再び【オルクス大迷宮】にやって来ていた。但し、訪れているのは光輝達勇者パーティーと、小悪党組、それに永山重吾という大柄な柔道部の男子生徒が率いる男女五人のパーティーだけである。

 

理由は言うまでもない。話題には出なくとも日色達の死が多くの生徒達の心に深く重い影を落としてしまったのである。“戦いの果ての死”というものを強く実感させられてしまい、まともに戦闘などできなくなったのだ。生徒達は一種のトラウマを抱えってしまったのである。

 

当然、聖教教会関係者はいい顔をしなかった。神の使徒なのだから実戦を繰り返し、時が経てばまた戦えるだろうと、毎日のようにやんわり復帰を促してくる――

 

――が、それに猛然と抗議した者がいた。愛子先生だ。

 

愛子は、当時、遠征には参加していなかった。作農師という戦争に必要な糧食問題を解決してしまう可能性がある特殊かつ激レアな天職のため、実戦訓練するよりも、教会側としては農地開拓の方に力を入れて欲しかったのである。

 

そんな愛子は日色とハジメの死の知らせを聞くとショックのあまり寝込んでしまった。自分が安全圏でのんびりしている間に、生徒が死んでしまったことで全員を日本に連れ帰ることができなくなったという事実に、強いショックを受けた愛子は責任感に押しつぶされそうになっているのだ。

 

だからこそ、戦えないという生徒をこれ以上戦場に送り出すことなど断じて許せなかった。

 

さっきも言ったが愛子の天職は、この世界の食料関係を一変させる可能性がある激レアである。その愛子先生が、不退転の意志で生徒達への戦闘訓練の強制に抗議しているのだ。関係の悪化を避けたい教会側は、愛子の抗議を受け入れた。

 

よって自ら戦闘訓練を望んだ勇者パーティーと小悪党組、永山重吾のパーティーのみが訓練を継続することになり、彼らは現在再び訓練を兼ねてメルド団長と数人の騎士団員の付き添いと共に【オルクス大迷宮】に挑むことになったのだ。

 

今日で迷宮攻略六日目。

 

現在の階層は六十層だ。確認されている最高到達階数まで後五層である。

 

だが彼らはその六十階層で立ち止まっていた。目の前には何時かの悪夢のものとは異なるが同じような奈落に続きそうな深い闇が広がる谷が広がっており、次の階層へ行くには崖にかかった吊り橋を進まなければならない。それ自体は問題ない……のだがやはり思い出してしまうのだろう。特に、香織と雫は奈落へと続いているかのような崖下の闇をジッと見つめ、手に持っている己の獲物を強く握りしめて動かなかった。

 

「香織……」

「――大丈夫だよ、雫ちゃん。私はもう…覚悟は出来ているから。雫ちゃんもそうでしょ?」

「……えぇ、もちろんよ」

 

そう言って瞳に強い輝きを放ちながら雫に微笑えむ香織に雫は彼女に応じるように微笑んだ。

香織の瞳には現実逃避や絶望は見て取れず、本心で大丈夫だと言っているのが洞察力に優れ、人の機微に敏感な雫にはわかった。

 

(……やっぱり、香織は強いわね)

 

日色達の死はほぼ確定事項だ。その生存は絶望的と言うのも生温い。それでも、逃避でも否定でもなく、自らの納得のため前へ進もうとする香織に、雫は感嘆するしかない。

 

(対して私は……)

 

そんな香織に微笑みながら雫は心の中で自分に問いかける。

自分は日色が死んでいるという事実に耐えれるのだろうか?

 

前回、雫は香織の言葉によって再び前に進む活力を手に入れた。

だが、それはあくまで()()()()()()()()()()()()()()があるからなのだ。

だがもし、このまま日色が見つからず、彼の死体や遺品が見つかれば――

 

――雫は、二度と立ち上がることはできないだろう。

 

(――つくづく私は愚かね……)

 

失った者が己にとってあまりにも大きすぎることに気づくのが失ってからだということに雫は顔には一切出さず己を自嘲する。

 

だが、そんな彼女達の想いを無視するのが勇者クオリティー。光輝の目には、眼下を見つめる香織の姿が、日色達の死を思い出し嘆いているように映った。クラスメイトの死に、優しい香織は今も苦しんでいるのだと結論づけた。故に、思い込みというフィルターがかかり、微笑む香織の姿も無理しているようにしか見えていない。

 

そして、香織が日色を特別に想っていて、まだ生存の可能性を信じているなどと、ましてや雫さえもが想っている等とは露ほどにも思っていない光輝は、度々、香織にズレた慰めの言葉をかけてしまうのだ。

 

「香織……君の優しいところ俺は好きだ。でも、クラスメイトの死に、何時までも囚われていちゃいけない! 前へ進むんだ。きっと、神代も南雲もそれを望んでる」

「―――」

「ちょっと、光輝……」

「雫は黙っていてくれ! 例え厳しくても、幼馴染である俺が言わないといけないんだ。……香織、大丈夫だ。俺が傍にいる。俺は死んだりしない。もう誰も死なせはしない。香織を悲しませたりしないと約束するよ」

 

そう見当違いなことを言いながらキラリと歯を光らせる光輝に雫は無言で手に顔を当てるしかなかった。

 

「……えっと、光輝くん?光輝くん言いたいことは分かったけど、私は大丈夫だよ」

「そ、そうか!わかってくれたか!」

 

光輝の見当違い全開の言葉に、香織は苦笑いしながら返答するのだった。

 

光輝の中で日色とハジメは既に死んだことになっている。故に、香織の訓練への熱意や迷宮攻略の目的が日色の生存を信じてのものとは考えられない。自分の信じたことを疑わず貫き通す性分は、そんな香織の気持ちも、現実逃避をしているか心を病んでしまっていると解釈するだろう。

 

長い付き合い故に、嫌でも光輝の思考パターンを何となく分かってしまう香織は、だからこそ何も言わず合わせるのだった。

 

そう()()()()()()()()()

 

下心なく完全に口説いているようにしか思えないセリフを語る光輝の言葉を香織は既に()()()()()……光輝は気づいただろうか?香織の言葉には感情の変化がなく、あくまで機械的に返答しているということに。

 

香織は目的である日色達の捜索に全力を注いでいるため光輝の言葉を否定することも()()()()()()()と無意識に理解しているのである。

だから光輝の言葉は香織には届かないに等しいのだ。

 

「香織ちゃん、私、応援しているから、出来ることがあったら言ってね」

「そうだよ~、鈴は何時でもカオリンの味方だからね!」

 

光輝との会話を傍で聞いていて、会話に参加したのは中村恵里と谷口鈴だ。

 

二人共、高校に入ってからではあるが香織達の親友と言っていい程仲の良い関係で、光輝率いる勇者パーティーにも加わっている実力者ある。

 

中村恵里はメガネを掛け、ナチュラルボブにした黒髪の美人である。性格は温和で大人しく基本的に一歩引いて全体を見ているポジションだ。本が好きで、図書委員をやっていた女の子だ。……そこ!とある日色(バカ)と似ているとか言わない!性格が破綻しているのは確かに似てるけど!

 

谷口鈴は、身長百四十二センチのちみっ子である。その小さな体には無尽蔵の元気が詰まっており、常に楽しげでチョロリンと垂れたおさげと共にぴょんぴょんと跳ねている。クラスのマスコットNo.2である。

 

そんな二人も、日色が奈落に落ちた日の香織の取り乱し様に、その気持ちを悟り、香織の目的にも賛同してくれている。

 

「うん、恵里ちゃん、鈴ちゃん、ありがとう」

 

そんな二人に微笑む香織。

 

「うぅ~、カオリンは健気だねぇ~、神代君め! 鈴のカオリンをこんなに悲しませて! 生きてなかったら鈴が殺っちゃうんだからね!」

「す、鈴? 生きてなかったら、その、こ、殺せないと思うよ?」

「細かいことはいいの! そうだ、死んでたらエリリンの降霊術でカオリンに侍せちゃえばいいんだよ!」

「す、鈴、デリカシーないよ! 香織ちゃんや雫ちゃんは、神代君も南雲ちゃんも生きてるって信じてるんだから!」

「――というか日色にそんなことすれば、彼、きっとキレるわよ。鈴は彼のアイアンクローを喰らいたいの?」

「ひにゃッ!!?それは嫌だ!!」

 

鈴が暴走し恵里が諌める、それがデフォである。

 

二人の会話に雫がツッコミを入れると鈴は顔を真っ青にし身体を震わせる。そんないつもどうりの光景にいつしか香織もいつもの笑顔になっている。

ちなみに、光輝達は少し離れているので聞こえていない。肝心な話やセリフに限って聞こえなくなる難聴スキルは、当然の如く光輝にも備わっている。……光輝然り香織然り容姿がいい者はそんなスキルがデフォで装備されているのだろうか。

 

「恵里ちゃん、私は気にしてないから平気だよ?」

「鈴もそれくらいにしなさい。恵里が困ってるわよ?」

 

香織と雫の苦笑い混じりの言葉に恵里は、香織が鈴の言葉を本気で気にしていない様子にホッとしながら、降霊術という言葉に顔を青褪めさせる。

 

「エリリン、やっぱり降霊術苦手? せっかくの天職なのに……」

「……うん、ごめんね。ちゃんと使えれば、もっと役に立てるのに……」

「恵里。誰にだって得手不得手はあるわ。魔法の適性だって高いんだから気にすることないわよ?」

「そうだよ、恵里ちゃん。天職って言っても、その分野の才能があるというだけで好き嫌いとは別なんだから。恵里ちゃんの魔法は的確で正確だから皆助かってるよ?」

「うん、でもやっぱり頑張って克服する。もっと、皆の役に立ちたいから」

 

恵里が小さく拳を握って決意を表す。鈴はそんな様子に「その意気だよ、エリリン!」とぴょんぴょん飛び跳ね、香織と雫は友人の頑張りに頬を緩める。

 

恵里の天職は、『降霊術師』だ。

 

闇系魔法は精神や意識に作用する系統の魔法で、実戦などでは基本的に対象にバッドステータスを与える魔法と認識されているのだが降霊術は、その闇系魔法の中でも超高難度魔法で、死者の残留思念に作用する魔法だ。聖教教会の司祭の中にも幾人かの使い手がおり、死者の残留思念を汲み取り遺族等に伝えることやその気になれば遺体の残留思念を魔法で包み実体化の能力を与えて使役したり、遺体に憑依させて傀儡化させたり生身の人間に憑依させることでその技術や能力をある程度トレースすることもできるのだ。

 

しかし、ある程度の受け答えは出来るものの、その見た目は青白い顔をした生気のない、まさに幽霊という感じであり、また死者を使役するということに倫理的な嫌悪感を覚えてしまうので、恵里はこの術の才能があってもまるで使えていなかった。

 

そんな女子四人の姿を、正確には香織を、後方から檜山大介が暗い瞳で見つめていた。

 

あの日、王都に戻ってしばらく経ち、生徒達にも落ち着きが戻ってきた頃、案の定、あの窮地を招いた檜山には厳しい批難が待っていた。だが、それを予想していた檜山は光輝の目の前で土下座をしたのだ。

 

光輝なら確実に謝罪する自分を許しクラスメイトを執り成してくれると予想したのである。

 

その予想は見事的中した。光輝の許しの言葉で檜山に対する批難は収まったのだ。香織も元来の優しさから、涙ながらに謝罪する檜山を特段責めるようなことはしなかった。檜山の計算通りである。

また、例の人物からの命令も黙々とこなした。とても恐ろしい命令だった。戦慄すべき命令だった。強烈な忌避感を感じたが、一線を越えてしまった檜山は、もう止まることができなかった。

 

しかし、クラスにごく自然と溶け込みながら裏では恐ろしい計画を練っているその人物に、檜山は畏怖と同時に歓喜の念も抱いていた。

 

(あいつは狂ってやがる。……だが、付いて行けば香織は俺の……)

 

言うことを聞けば香織が手に入る、その言葉に檜山は暗い喜びを感じ思わず口元に笑みを浮かべるのだった。

 

 

そして一行はとうとう歴代最高到達階層である六十五層にたどり着いた。その階層でも順調に進んでいると、大きな広間に出た。何となく嫌な予感がする一同。

 

その予感は的中した。広間に侵入すると同時に、部屋の中央に魔法陣が浮かび上がったのだ。赤黒い脈動する直径十メートル程の魔法陣。それは、とても見覚えのある魔法陣だった。

 

「ま、まさか……アイツなのか!?」

 

光輝が額に冷や汗を浮かべながら叫ぶ。他のメンバーの表情にも緊張の色がはっきりと浮かんでいた。

 

「マジかよ、アイツは死んだんじゃなかったのかよ!」

 

 龍太郎も驚愕をあらわにして叫ぶ。それに応えたのは、険しい表情をしながらも冷静な声音のメルド団長だ。

 

「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒した魔物と何度も遭遇することも普通にある。気を引き締めろ! 退路の確保を忘れるな!」

 

いざと言う時、確実に逃げられるように、まず退路の確保を優先する指示を出すメルド団長。それに部下が即座に従う。だが、光輝がそれに不満そうに言葉を返した。

 

「メルドさん。俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ! もう負けはしない! 必ず勝ってみせます!」

「へっ、その通りだぜ。何時までも負けっぱなしは性に合わねぇ。ここらでリベンジマッチだ!」

 

龍太郎も不敵な笑みを浮かべて呼応する。メルド団長はやれやれと肩を竦め、確かに今の光輝達の実力なら大丈夫だろうと、同じく不敵な笑みを浮かべた。

そして、遂に魔法陣が爆発したように輝き、かつての悪夢が再び光輝達の前に現れた。

 

「グゥガァアアア!!!」

 

体長十メートル級の四足に瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っている魔物、ベヒモスが光輝達を壮絶な殺意を宿らせた眼光で睨む。

 

全員に緊張が走る中、そんなものとは無縁の決然とした表情で真っ直ぐ睨み返す女の子が二人。

 

かたや片手に刀に似た片刃の刃シャムシールと刀の中間のようなアーティファクトの剣を持ち、かたや治癒師特有のアーティファクトの白い長杖を携える。

 

「雫ちゃん……行くよ」

「――えぇ、もちろんよ」

 

雫と香織は彼女達だけしか聞こえないように、しかし確かな意志の力を宿らせた声音で宣言した。

 

「もう誰も奪わせない。必ず私は彼のもとへ行く、だから――

「こんなところでは止まれない。私は彼に謝らなきゃいけないの、だから――」

 

 

「「私はあなたを踏み越える!」」

 

今、過去を乗り越える少女達の戦いが始まった。

 

 

先手は、光輝だった。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ、【天翔閃】!」

 

詠唱と共に光輝の振るった聖剣になぞるように曲線状の光の斬撃が轟音を響かせながらベヒモスに直撃する。以前は更に上位技である【神威】の一撃ですら傷一つつかなかったベヒモスの肉体だが光輝のいつまでもあの頃のままではないという宣言を証明するかの様にベヒモスの胸の部分に斜めの剣線を刻み、赤黒い血を滴らせた。

 

「グゥルガァア!?」

 

突然の胸の痛みにベヒモスは悲鳴をあげて後退する。

 

「いける!俺たちは確実に強くなっている!永山達は左側から、檜山達は背後を、メルドさんは右側から!正面は俺たちが引き受ける!後衛は魔法準備を!上級を頼む!」

 

メルド団長との訓練の賜物により光輝が矢継ぎ早に指示を出す。

 

「迷いが無い良い指示だ。聞いたな!総員、光輝の指示に従うぞ!」

 

メルド団長の叫びと共に騎士団員が右サイドに走り出し、それを機に少し遅れて総員が一斉に動き出し、ベヒモスを包囲した。前衛組が暴れるベヒモスを行かせまいと必死に応戦する。

 

「グルゥァアアア!」

 

それをまどろっこしく感じたのかベヒモスは踏み込みで地面を粉砕しながら突進を開始する。

 

「龍太郎!永山!防いでくれ!」

「わかってら!」

「行かせん!」

 

光輝の叫びと共にクラスの二大巨漢、坂上龍太郎と永山重吾がスクラムを組むようにベヒモスに組み付いた。

 

「「猛り地を割る力をここに! 【剛力】!」」

 

身体能力、特に膂力を強化する魔法を使い全身ごと吹き飛ばされるほどの衝撃に両足で地を削りながらベヒモスの突進を受け止める。

 

「ガァアア!!」

「らぁああああ!!」

「おぉおおおお!!」

 

三者三様に雄叫びを上げ必死に力を振り絞る。流石に完全には止められないまでも勢いをある程度殺したことでベヒモスは苛立つように地面を踏みならした。

その隙を当然他のメンバーは逃しはしない。

 

「粉砕せよ!破砕せよ、爆砕せよ、【豪撃】!」

 

いち早くベヒモスに飛び込んだメルド団長が魔法で剣速と腕力を同時に強化した騎士剣の重く鋭い一撃をベヒモスの角に叩きつける。しかし、その一撃はベヒモスの角に罅を入れ三割程食い込んだまでも切断するには至らない。

 

「ぐっ、切り裂けないか!」

「任せてください!全てを切り裂く至上の一閃、【絶断】!」

 

苦悶をあげるメルド団長に応じるように雫が魔法により己の魔力色である瑠璃を纏い切れ味の増したアーティファクトの剣で抜刀術を繰り出す。

瑠璃の斬撃はベヒモスの角の残り七割を見事切断し、遂にベヒモスの角の一本が半ば残して断ち切られた。

 

「ガァアアアア!?」

 

角を切り裂かれたことに衝撃を受けたのか渾身の力で暴れ回り、咄嗟に【縮地】で回避した雫を除いた永山、龍太郎、メルド団長を吹き飛ばした。

 

「優しき光は全てを抱く 【光輪】」

 

香織は自身のアーティファクトである白い長杖に白菫色の魔力を灯らせながら【光輪】という形を変化させることで衝撃を殺す魔法により幾つもの光の輪が組み合わさった網が吹き飛ばされた三人を受け止める。

間髪入れず遠隔で複数人を同時に癒せる以前使った【天恵】の上位版である【回天】を唱え三人を癒していく。

それだけではとどまらず香織はまるで意識を切り替えるように【回天】に魔力を注ぎながら新たな詠唱を紡いでいく。

 

「抑する光の聖痕、虚より来りて災禍を封じよ、【縛光刃】!」

 

詠唱が完了すると共に香織の長杖から剣のように見える無数の光の十字架が飛び出し、散弾のようにベヒモスに強襲する。

 

「グルゥァ!?」

 

無数の光の十字架はベヒモスの肉体に突き刺さり、地面に刃が押し込められていることで地面に縫い付けられる。

香織は日色を探す決意をして以来、戦闘に向かない自分でも回復役だけではないように血のにじむ努力を続けてきた、そうして考えた技の一つがこの捕縛魔法の攻撃転化である。

 

「雫ちゃん!」

「えぇ!」

 

地面に縫い付けられたことで生まれた隙を突くようにベヒモスの攻撃を避けた雫が再度ベヒモスへ距離を詰める。

 

【縮地】を用いて風が破裂するようなヴォッ! という音を一瞬響かせて姿が消えたかと思えば、次の瞬間にはベヒモスの顔の側面に現れ、いつの間にか納刀していた剣を抜刀術の要領で抜き放った。

 

先程使った【絶断】の効果で未だ切れ味を上昇させたアーティファクトである剣で納刀状態から全身を回転させながら抜刀を行う。

 

八重樫流刀術――【水月・漣】

 

この技は本来納刀状態から回転しながら抜刀をおこない、全方位に切り払う抜刀術なのだが雫はベヒモスの肉体を斬り裂いた後の回転の勢いを次の技に繋げるために利用した。

 

八重樫流刀術――【流水之太刀】

 

回転したことによってベヒモスから逆の方向を向いた身体を回転の勢いを無駄にすることなく反転させながら素早く袈裟斬りを繰り出し、最初に斬り裂いた傷口に重ねるように更に斬撃を刻み付ける。

 

「グガァアアアアア!!?」

 

連続で傷口を深く斬り裂かれたことでベヒモスが苦悶の声を上げ、一層多く暴れまわる。

雫は冷静にベヒモスの攻撃を受け流し、時に回避に徹することで攻撃を捌き続け、その余波で地面が吹き飛び、破片が雫の皮膚を掠めていく。

 

その光景に光輝は雫が苦戦していると思ったのか雫へと叫び、同時に詠唱を開始する。

 

「雫、下がってくれ!俺が行く!」

「――チッ……わかったわ」

 

もう少しで再びベヒモスに攻撃を当てられる!そう思った雫だが光輝の言葉に渋々と最後にベヒモスに薙ぎ払いを行なったあと、後方へと跳躍する。

そして雫と入れ替わるように光輝が突きの構えを取り、未だ暴れるベヒモスに真っ直ぐ突進した。そして、先ほどの傷口に切っ先を差し込み、突進中に詠唱を終わらせて魔法発動の最後のトリガーを引く。

 

「【光爆】」

 

瞬間、聖剣に蓄えられた膨大な魔力が、差し込まれた傷口からベヒモスへと流れ込み大爆発を起こした。

 

「ガァアアア!!」

 

傷口を抉られ大量の出血をしながら、技後硬直中の僅かな隙を逃さずベヒモスが鋭い爪を光輝に振るった。

光輝は咄嗟の攻撃に反応できず、そのまま鋭い爪の一撃を喰らう――かと思われたが……

 

「光輝、退きなさい!」

「うわっ!」

 

それを予想していた雫が光輝の鎧の首根っこを掴み後ろに放り投げることで光輝をベヒモスの射程外へと逃した。

代わり雫へと鋭い爪が襲い掛かり――

 

八重樫流刀術――【音刃流し】

 

咄嗟に雫は剣を構え、襲い掛かる鋭い爪を剣で受け止めた瞬間、手首の返しで剣撃を逸らそうとする。

剣撃を逸らした瞬間、擦れる剣同士が澄んだ音色を発生させるが故に名付けられたこの技は 相手の斬撃を逆手に持った刀で受け流しつつ、カウンターの斬撃を繰り出すカウンター技なのだが光輝を投げ飛ばされたことで体勢が崩れていたこととベヒモスの膂力によって完全に受け流すことはできず、右肩を切り裂かれてしまう。

 

「あぐっ!?」

「雫!」

 

襲い掛かる肩の激痛に顔を歪め、光輝の悲鳴のような叫びが聞こえてくるが雫は無視して、歯を食いしばりながら手首の返しで剣撃を逸らし、同時に逆手に持ち替えて切り上げる。

 

「ハァアア!!!」

「グガァア!!?」

 

まさかカウンターが来るとは思わなかったのだろう、雫の切り上げた斬撃は鋭い爪を半ば残して断ち切った。

悲鳴を上げるベヒモスに雫は痛みで肩を抑えながら、後方へと後退する。しかしその痛みも一瞬だ、すかさず香織の回復魔法がかけられる。

 

「天恵よ、彼の者に今一度力を【焦天】」

 

 先ほどの回復魔法が複数人を対象に同時回復できる代わりに効果が下がるものとすれば、これは個人を対象に回復効果を高めた魔法だ。雫が光に包まれ一瞬で全快する。

 

ベヒモスが、雫が後退した間、奮闘していた他のメンバーを咆哮と跳躍による衝撃波で吹き飛ばし、折れた角にもお構いなく赤熱化させていく。

 

「皆、離れて!アレが来るわよ!」

 

雫の警告とベヒモスの跳躍は同時だった。ベヒモスの固有魔法は経験済みなので皆一斉に身構える。しかし、今回のベヒモスの跳躍距離は予想外だった。何と、光輝達前衛組を置き去りにし、その頭上を軽々と超えて後衛組にまで跳んだのだ。大橋での戦いでは直近にしか跳躍しなかったし、あの巨体でここまで跳躍できるとは夢にも思わず、前衛組が焦りの表情を見せる。

 

だが、後衛組の一人が呪文詠唱を中断して、一歩前に出た。谷口鈴だ。

 

「ここは聖域なりて、神敵を通さず 【聖絶】!!」

 

呪文の詠唱により光のドームができるのとベヒモスが隕石のごとく着弾するのは同時だった。凄まじい衝撃音と衝撃波が辺りに撒き散らされ、周囲の石畳を蜘蛛の巣状に粉砕する。

 

しかし、鈴の発動した絶対の防御はしっかりとベヒモスの必殺を受け止めた。だが、本来の四節からなる詠唱ではなく、二節で無理やり展開した詠唱省略の【聖絶】では本来の力は発揮できるはずがない。その証拠に既に障壁にはヒビが入り始めている。

それでもなお、ここまで持っているのは鈴が天職『結界師』を持っているからだ。鈴でなければ、ここまで持たせるどころか、発動すら出来なかっただろう。鈴は歯を食いしばり、二節分しか注げない魔力を注ぎ込みながら、必死に両手を掲げてそこに絶対の障壁をイメージし続ける。

 

「ぅううう! 負けるもんかぁー!」

 

しかしどれだけ弱気を払って必死に叫んでも限界はもうそこだ。ベヒモスの攻撃は未だ続いており、もう十秒も持たない。

 

破られる!鈴がそう心の内で叫んだ瞬間――

 

「光の恩寵を以て宣言する。ここは聖域にして我が領域。全ての魔は我が意に降れ 【廻聖】!」

 

鈴の体が光に包まれ、【聖絶】に注がれる魔力量が跳ね上がった。香織が使った魔法は光系の上級回復魔法【廻聖】。これは、一定範囲内における人々の魔力を他者に譲渡する魔法だ。基本的には、自分の魔力を仲間に譲渡することで、対象の魔力枯渇を一時的に免れさせたり、強力な魔法を放つのに魔力が足りない場合に援護する事を目的とした魔法である。

また、譲渡する魔法は術者の魔力に限らないので、領域内の者から強制的に魔力を抜き取り他者に譲渡する事も出来るのだがその場合は詠唱に時間がかかり、抜き取る魔力の量も あまり多くは出来ないという欠点がある。

 

だが、この魔法の真骨頂はそこではない。この魔法により強制的に魔力を抜き取り他者に譲渡することができるということはつまり【廻聖】とは()()()()()()()()()()魔法なのだ。

 

瞬間、【聖絶】が一気に本来の四節分の魔力が流れ込むと同時にパシンッと乾いた音を響かせ障壁のヒビが一瞬で修復され、香織によって魔力を暴走されたことでドォォン!と音を立てベヒモスの頭が爆発した。

 

「グルガァアアアアア!!」

「きゃぁ!!」

 

その爆発の勢いは凄まじく張り直した【聖絶】を介して強大な衝撃が伝わってくるため、鈴は咄嗟に悲鳴を上げてしまう。ベヒモスの角にどれだけ魔力が込められていたかがよくわかるだろう。

ベヒモスは爆発と共に吹き飛ばされ、着地すらままならずドサリッ!と地響きを立てて倒れてしまう。自分の込められた魔力が意図せず暴発したからだろうベヒモスの堅固な外殻は幾つか融解し、残っていた角は形も残らずへし折れていた。

 

それでもどうにか起き上がろうとするベヒモスに前衛組が肉薄する。光輝が聖剣を振るいながら叫ぶように指示を出す。

 

「後衛は後退しろ!」

 

光輝の指示に後衛組が一気に下がり、前衛組が再び取り囲んだ。ヒット&アウェイでベヒモスを翻弄し続け、遂に待ちに待った後衛の詠唱が完了する。

 

「下がって!」

 

後衛代表の恵里から合図がでる。光輝達は、渾身の一撃をベヒモスに放ちつつ、その反動も利用して一気に距離をとった。

その直後、炎系上級攻撃魔法のトリガーが引かれた。

 

「「「「「【炎天】」」」」」

 

術者五人による上級魔法。超高温の炎が球体となり、さながら太陽のように周囲一帯を焼き尽くす。ベヒモスの直上に創られた【炎天】は一瞬で直径八メートルに膨らみ、直後、ベヒモスへと落下した。絶大な熱量がベヒモスを襲う。あまりの威力の大きさに味方までダメージを負いそうになり、慌てて結界を張っていく。【炎天】は、ベヒモスに逃げる暇すら与えずに、その堅固な外殻を融解していった。

 

「グゥルァガァアアアア!!!!」

 

ベヒモスの断末魔が広間に響き渡る。いつか聞いたあの奈落に落ちていくときの絶叫だ。鼓膜が破れそうなほどのその叫びは少しずつ細くなり、やがて、その叫びすら燃やし尽くされたかのように消えていった。

 

そして、残ったのは黒ずんだ広間の壁と、ベヒモスの物と思しき僅かな残骸だけだった。

 

「か、勝ったのか?」

「勝ったんだろ……」

「勝っちまったよ……」

「マジか?」

「マジで?」

 

皆が皆、呆然とベヒモスだった物を眺め、ポツリポツリと勝利を確認するように呟く。同じく、呆然としていた光輝が、我を取り戻したのかスっと背筋を伸ばし聖剣を頭上へ真っ直ぐに掲げた。

 

「そうだ! 俺達の勝ちだ!」

 

キラリと輝く聖剣を掲げながら勝鬨を上げる光輝の声にようやく勝利を実感したのか一斉に歓声が沸きあがった。男子連中は肩を叩き合い、女子達はお互いに抱き合って喜びを表にしている。メルド団長達も感慨深そうだ。

 

そんな中、未だにボーと何かを思うようにベヒモスのいた場所を眺めている香織に雫が声を掛けた。

 

「香織?どうしたの?」

「え?あぁ、なんでもないよ。ただ……ここまで来たんだなぁ、ってそう思ったわけ」

 

そう苦笑いする香織。香織はかつての悪夢を倒すが出来たことに感慨に浸っていたらしい。

 

「そうね。私達は確実に強くなってるわ」

「うん、……雫ちゃん、もっと先へ行けば日色君も……」

「……えぇ、きっとね。その為に私達は強くなろうとしてるんじゃない」

「えへへ、そうだね」

 

先へ進める。それは日色の安否を確かめる具体的な可能性があることを示している。答えが出てしまう恐怖に、つい弱気がでたのだろう。それを察して、雫がグッと力を込めて香織の手を握った。……本当は自分が何よりもその答えに怯えていることから目を逸らして。

 

そんな二人の所へ光輝達も集まってきた。

 

「二人共、無事か?香織、最高の治癒魔法だったよ。香織がいれば何も怖くないな!」

 

「……ええ、大丈夫よ。光輝は……まぁ、大丈夫よね」

「……うん、平気だよ、光輝くん。……皆の役に立ててよかったよ」

 

爽やかな笑みを浮かべながら香織と雫を労う光輝に二人は何か含みを持たせた微笑で返す。しかし、次ぐ光輝の言葉に少し心に影が差した。

 

「これで、神代も南雲も浮かばれるな。自分を突き落とした魔物を自分が守ったクラスメイトが討伐したんだから」

「「……」」

 

光輝は感慨にふけった表情で雫と香織の表情には気がついていない。どうやら、光輝の中で日色達を奈落に落としたのはベヒモスのみという事になっているらしい。確かに間違いではない。直接の原因はベヒモスの固有魔法による衝撃で橋が崩落したことだ。しかし、より正確には、撤退中の日色とハジメに魔法が撃ち込まれてしまったことである。

 

今では、暗黙の了解としてその時の話はしないようになっているが、事実は変わらない。だが、光輝はその事実を忘れてしまったのか意識していないのかベヒモスさえ倒せば日色とハジメは浮かばれると思っているようだ。……きっと日色なら「喧嘩売っているのか、テンプレ勇者」とキレるだろう。

基本、人の善意を無条件で信じる光輝にとって、過失というものは何時までも責めるものではない、ましてや故意に為されたなどとは夢にも思わないだろう。

だからこそ、光輝が行ったのは誰かのせいという事実を()()()()()()にしたのだ。しかも悪気がないためさらにタチが悪い。

 

その言葉によって雫と香織の光輝に対する信頼度が更に一層下がり、香織の瞳には失望の色が浮かび上がっていく。

 

これより先は未知の領域、しかし光輝達は過去の悪夢を振り払うことには成功したが光輝と香織達のすれ違いは一層深まるばかりなのだった。

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