ありふれた職業で世界最強(女)と文字使い(ワードマスター) 作:アルテール
……………………はい、大変申し訳ございません。
ここまで更新に遅れた理由は単純にあまり書く時間が無かったのと何かオリジナル要素を入れたいなぁと案を考え(案は思いつきませんでしたが)、気がつけばここまで遅くなってしまいました、大変申し訳ございません。
今回も久しぶりであるため、大変筆力が下がっていますのでご了承ください。
僅かな光もない暗闇に包まれた洞窟の中。
小さな虫の這いずる音すら感じないひっそりとしたその無音の空間は人の手が入っているようには見えず、凹凸とした極めて自然的な様子だった。
ただし、それは自然的でありながらも出入り口が存在しない閉ざされた空間であるという点を除けば、だが。
しかし、偶然的に地中にエアポケットができるということはありえないというわけではない、幾つかの条件を満たせば確かにエアポケットは存在する、だが、その地面に刻まれた複雑にして精緻な、円陣に囲われた幾何学模様の魔法陣の存在がこの閉ざされた洞窟を不自然だと決定づけていた。
その3メートル程の魔法陣を現代に携わる者が見たのなら、きっと驚愕に目を剥き、最悪卒倒するのは必至だろう。そこまで極まった魔法陣だったのだ。
もっとも王国などが知れば国宝として扱われそうだが、現在は埃に塗れて薄汚れている為、なんとも物悲しそうな雰囲気を漂わせている。
そんな魔法陣が、突如変化が現れた。
魔法陣の溝に沿って僅かに蒼色の光が奔り始めたのだ。最初は蛍火のように儚く仄かに輝き、次第にその輝きが強まり、増していく。
そして、一拍。
光が爆ぜた。
蒼色の鮮やかな蒼色の魔法陣を燦然と輝かせ、洞窟の暗闇をなぎ払っていく。それは正しく神秘的とでも言うべき壮麗な光景、きっとこの場に立ち会う者がいたのなら超常的存在が顕現したのだと、身を震わせて瞠目するだろう。
そして、光が宙に溶けるように霧散していき、魔法陣の上に三人の人影が見え始めてきた頃、洞窟に木霊したのは……
「……なんでやねん」
男達を文字通り声だけで見惚れさせてしまうような声で雰囲気を完全に粉々に粉砕するツッコミだった。
完全に光が収まり暗闇が戻った洞窟内で、僅かにがっかりしたような表情で目を伏せたツッコミの主。数ヶ月前、【オルクス大迷宮】の奈落に落とされ、ありふれた少女からあらゆる美少女からすら妬まれるようなスタイル抜群の超絶美少女にフォルムチェンジした、異世界【地球】からの来訪者、南雲ハジメだった。
奈落に落ちて以来、ずっと生死を変えたサバイバルを繰り返してきたハジメは、ようやく地上に出られると心を逸らせ、魔法陣の向こう側は地上だと、目を開ければ降り注ぐ陽の光や自然の風を目一杯浴びれると無条件で信じていた。
よって、目を開けた視界に映ったのは代わり映えのない岩壁だったのでガッカリしてしまったのである。
そのハジメの表情を若干呆れた視線で見ながら、同じく共に魔法陣からここに転移してきたハジメと同年齢の少年が言葉を零す。
「ハァ……あのなぁ、ハジメ。陽のあたる地上なんかにおいたら魔法陣の存在がバレて壊されるかもしれないだろうが……」
美しい艶やかな黒髪に黒曜石のように刃の如く鋭い瞳を持ち、まるで物語の登場人物かと思わせるような整った顔の少年――神代日色はそう呆れたように呟いた。
「……秘密の通路……隠すのが普通」
それに同じくゆるふわな黄金の髪に月と思わせる紅い瞳、白磁色の肌に桃色の薄い唇のビスクドールのような美貌を持った日色の鳩尾くらいまでしかない小柄な少女――ユエが、呆れの色を瞳に灯らせてつぶやいていた。
その二人の言葉にハジメはうっ、と自分がそんな簡単なことにも頭が回らない程浮かれていたらしいことに羞恥心が駆け巡るが、気を取り直すように物体を亜空間に保存できるアーティファクト【宝物庫】に魔力を注いで起動し、緑光石を用いたマグライトを取り出した。別に自分たちには【夜目】があるので本来はいらないのだが自分を誤魔化す意味合いも兼ねての使用である。
そうして、淡い緑の混じる光が洞窟の奥にある綺麗な縦線の刻まれた壁を見つけた。壁には日色の目線くらいの高さに手のひら大の七角形が書かれていたのだ。各頂点には異なる文様が描かれ、その一つにオスカー・オルクスの紋章を見つけた。ハジメはその壁に歩み寄り、【オルクス大迷宮】を攻略した証である指輪をかざすと、直後。
ゴゴゴッと雰囲気たっぷりに音を響かせて壁が左右に開かれ、その奥に通路を晒した。
三人は顔を見合わせ、小さく頷くとその通路へと歩みだした。分かれ道は見当たらないので道なりに進んでいく。
途中、幾つか封印が施された扉やトラップがあったが、オルクスの指輪が反応して尽く勝手に解除されていった。三人は一応警戒していたのだが、拍子抜けするほど何事もなく洞窟内を進み、遂に光を見つけた。外の光である。日色とハジメは数ヶ月、ユエに至っては三百年間、求めてやまなかった光。
それを見た途端、ユエとハジメは同時に笑みを浮かべ、徐々に光に向かう速度を上げ、駆け出していく。日色はそんな二人に小さく苦笑しながらついていく。
近づくにつれ徐々に大きくなる光。外から風も吹き込んでくる。奈落のような澱んだ空気では無い。ずっと清涼で爽やかである、新鮮な風だ。ハジメは『空気が美味い』という感覚をこの時ほど実感したことはなかった。
そして、ハジメとユエは同時に光へと飛び込み――
遂に待ち望んでいた地上へと出た。
こうして漸く出た場所は地上の人間にとっては地獄の処刑場、【ライセン大峡谷】である。深さは平均1.2キロメートル、幅は九百メートルから最大八キロメートルの西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断する広大な峡谷である。
ハジメとユエが出た場所はその【ライセン大峡谷】の谷底にある洞窟の入り口だった。
地の底とはいえ、頭上の太陽からは燦々と光が降り注ぎ、風は大地の匂いを交えて鼻腔をくすぐる。
そこは例え地上の人々に恐れられている場所だとしても、確かにそこは地上だった。
「……やれやれ…ようやく……戻ってこれたな……」
遅れて洞窟から現れた日色が地上に降り注ぐ太陽の光を眩しそうに隠しながら感慨深そうに呟く言葉に呆然と頭上の太陽を仰ぎ見ていたハジメとユエの表情が次第に笑みを作る。無表情がデフォルトのユエでさえ誰が見てもわかるほど頬がほころんでいる。
二人は、ようやく実感が湧いたのか、太陽から視線を逸らし日色に視線を向け――そして思いっきり抱きついた。
「やったぁああああああああああッ!!ようやく戻って来れたぁ!!」
「んっーー!!」
「――ちょっ!おい……ッ!締まっ……苦し――」
突然の二人の抱きつきに日色は目を剥き、流されるように後ろへと転倒してしまう。しかも彼女達が日色を抱きしめる力が強いため、日色の表情はかなり苦しそうである。
そして、暫く経った頃遂に日色の堪忍袋の緒的なものがブチッと切れた。
「――いい加減にしろ!」
「にゃ!?」
「――にゅ!?」
苛立ったように日色は覆いかぶさったハジメとユエを一人ずつ片手で掴み、ソォイ!と放り投げる。突然の浮遊感に二人は驚き、尻餅をつく。ムー、と二人からの非難の視線を無視しながら日色は立ち上がり、オスカーの宝物庫で見つけた自動洗浄機能等の機能を兼ね備えた眼鏡をクイッ、と人差し指で上げながら呆れたように呟いた。
「……全く、いつまでふざけているつもりだ。そのせいでこいつ等に囲まれてしまっただろうが」
おそらく地上に出たことではしゃぎ過ぎたのだろう、あまりの騒がしさに既に三人は魔物達に囲まれていた。完全に自業自得である。
魔物達の唸り声が四方八方から響く中、むくりと盛り上がったハジメは溜息とともに愚痴を吐く。
「はぁ、全く無粋な奴ら。もう少し余韻に浸らせてくれてもいいじゃない」
瞬間――【宝物庫】から取り出された義手にハジメの左腕から左肩が覆われ、紅色の筋が奔る鋼鉄の黒腕と化す。
そして、双銃剣ドンナー&シュラークを抜きながら「そういえば、ここって魔法は使えなかったけ」と首を傾げる。
そう思いユエを見るとどうやら同じ疑問を抱いた日色がユエに質問していた。
「……分解される。でも問題ない」
ライセン大峡谷で魔法が使えない理由は、発動した魔法に込められた魔力が分解され散らされてしまうからである。もちろん、ユエの魔法も例外ではない。しかし、ユエはかつての吸血姫であり、内包魔力は相当なものであるうえ、今は外付け魔力タンクである魔晶石シリーズを所持している。
つまり、大峡谷の特性を持ってしても、瞬時には分解しきれないほどの大威力を持って魔法を放ち殲滅すればいいというわけだ。
そうふんすっ、と鼻息を荒げながら豪快な発想をするユエに日色は、少し引き気味に尋ねる。
「ちなみに……効率は?」
「……十倍くらい?」
どうやら、初級魔法を放つのに上級レベルの魔力が必要らしい。射程も相当短くなるようだ。
「……そうか。なら、俺とハジメが始末する。金ロリは自分の身を守る程度にしておけ」
「うっ……でも」
「いいから。ここで金ロリに魔力を大量に消費されて倒れられても迷惑だ」
「……ん……わかった」
ユエが渋々といった感じで引き下がる。せっかく地上に出たのに、最初の戦いで戦力外とは納得し難いのだろう。少し矜持が傷ついたようだ。唇を尖らせて拗ねている。……視界の端でハジメがいい気味だとでも言うような視線を向けているのが気になったが無視である。
そして、二人の会話が終わったと同時にハジメはおもむろにドンナーを発砲した。殺意を出さず相手の方をも見もせずに、ごくごく自然な動作でスっと銃口を魔物の一体に向けると、これまた自然に引き金を引いたのだ。
あまりに自然すぎて攻撃をされると気がつけなかったようで、取り囲んでいた魔物の一体が何の抵抗もできずに、その頭部を爆散させ死に至った。辺りに銃声の余韻だけが残り、魔物達は何が起こったのかわからないというように凍り付いている。確かに、十倍近い魔力を使えば、ここでも【纏雷】は使えるようだ。問題なくレールガンは発射できた。
「さてと、奈落の魔物とどっちが強いのか試させてね。……あまり期待してないけど」
そう言って、ハジメは右足を引いて半身となりながら腰を落とし、胸の前でクロスさせるように二つの銃剣を構えるハジメ。義手をつけた左肘を突き出し、その手に握られているシュラークは僅かにドンナーの下の位置にある。これがハジメが編み出した両の銃で前後をカバーしつつ、左腕のギミックをあらゆる状況で対応させやすいようにしたガン=カタの構えである。
戦闘態勢を整えたハジメの眼に永久凍土のように冷たく、深淵のように深い瞳が魔物達を睥睨する。
その眼を見た周囲の魔物達は気がつけば一歩後退っていた。しかも、そのことに気がついてすらいない。本能で感じたのだろう。自分達が敵対してはいけない化物を相手にしてしまったことを。
そして、次に常人ならば文字通り意識を失いそうな壮絶なプレッシャーを撒き散らすもう一人の化け物がハジメの隣に立った。
「…さっさと片付けるぞ、ハジメ」
日色のその言葉にハジメが頷くと同時に、遂に魔物の一体が緊張感に耐え切れず咆哮を上げながら飛び出した。
「ガァアアアア!!」
しかし、ドパンッと、ほぼ同時に響き渡った銃声と共に一条の紅の閃光が走り、その魔物は避けるどころか反応すら許されず頭部を吹き飛ばされた。消失した頭部をそのままに、ズザザザと力なく地面を滑る魔物の骸。白煙を上げながら一瞬にして魔物を葬ったハジメの瞳には何の感情も浮いておらず、興味すら湧いていない。
その一体の魔物の死に連動するようにまた一体の魔物を飛び出したが、今度はいつから現れたのか重力を無視するかのように宙に浮いている無数の蒼色の剣が、魔物の体を瞬く間に幾重にも突き刺し、切り裂いて絶命させた。
――【念糸】の派生技能【瞬間構築】
日色が奈落で手に入れた【念糸】の能力は簡単で『魔力を消費して魔力の糸を生み出す』という平凡なものである。
だが、魔力を生み出された糸は一つの性質を持っていた。
それは『魔力の糸には質量は存在するが重さが存在しない』という性質である。
魔力とは人や魔物の体内に存在する重さや質量がなく、決められた形の無い極めて不可思議な物体である……いや、物体という定義すら怪しいかもしれない。
とまぁ、少し話がそれたが人の体内や魔物の体内にある魔力には質量や重さは存在しない、何故ならばもし仮に重さがあるというのならば魔法を使うたびに体重や質量が減っていくからである。
では、もし仮にその魔力に質量を、形を与えることができるのなら?
それを実行したのが日色である。
空中にいくつもの光の十字架を生み出す光属性の魔法【縛光刃】のように【念糸】によって生み出した幾つもの魔力の糸を、束ね、捻り、形を変え、一本の剣へと形作らせる。
魔力の糸は魔力を込めても一本の糸を鋼鉄のように強靭にすることは不可能だが限りなく細くすることは可能である、限界まで硬度を上げた糸を文字通り髪の毛以下まで細くし、束ねて捻じればそれを容易く切り裂くことは難しい。しかも、【瞬間構成】の派生技能を手に入れた為、一瞬にして魔力の糸を剣に形作ることが可能だ。
そして、魔力の糸で出来上がった剣は質量は存在するものの重さは存在しないため、結果文字通り空中に浮く、飛剣が出来たというわけだ。
しかし、ここで問題が発生した。せっかく宙に浮く【縛光刃】のような剣を作る事に成功したもののあくまで浮いているだけなので【縛光刃】のように自分の意思で動かすことは出来ないのである。
だが、そこで断念しないのがこの男、
幾度も試行錯誤を行い、どうにか己の意思で動くファンタジー溢れる空翔ける剣を出来ないか考え、遂にある名案を思いつく。
『……あ、魔法使えばいいんじゃね?』
日色には、魔法の適性は無い。火属性の初級魔法である【火種】ですら魔法を使うには複雑な式が必要な為、一メートル半程の魔法陣が必要であり、到底使い物にはならないだろう。
だが、ここで一つ思い出して欲しい。
魔法とは、魔法陣に属性・威力・射程・範囲・魔力吸収etc、etc……と言ったような式が必要であり、その式を書くために自然と魔法陣は大きくなってしまう。
つまり――
わかっただろうか?
そう、【念糸】の魔力の糸である。
日色は出来上がった糸の剣にマイクロレベルの細さの糸で魔法陣を描いたのである。
当然、マイクロレベルの糸で編まれた魔法陣の大きさは小さく半径3ミリの超小型になっている。その魔法陣の効果は『50グラム以下の物を己の意思に従い操る』というもの、要は念力である。持てるものは50グラムとショボイが糸の剣には重さが無いため十分だ。
こうして出来上がったのは現在最高八本同時に操ることができる遠距離専用の念糸剣【蒼影剣】である。【蒼影剣】を生み出し、操るのに必要な魔力は少なく、それは例え魔力分解効果を持つ【ライセン大峡谷】であろうとも中級魔法程度の魔力で抑えることができる為、大変効率
……ちなみに三徹し、【蒼影剣】が完成した時に内心呟いた彼の一言は――
『……あいにーどもあぱわー(掠れ声)』
――らしい、かなり思考が壊れていたのはいうまでも無いだろう。
そこから先は、もはや戦いではなく蹂躙。魔物達は、唯の一匹すら逃げることも叶わず、まるでそうあることが当然の如く頭部を吹き飛ばされ、又は斬り飛ばされ骸を晒していく。辺り一面が魔物の屍で埋め尽くされるのに3分もかからなかった。
ドンナー&シュラークをガンスピンさせて大腿部のホルスターにしまったハジメを横目に日色は首を僅かに傾げながら周囲の死体の山を見やる。
その傍に、トコトコとユエが寄って来た。
「……どうしたの?」
「……いや、あまりに弱すぎると思っただけだ」
「それは……多分、私達が戦ってきた相手が比較にならないほど強かったからじゃないの?」
「…そんなものか」
ハジメの言葉に納得したのか小さく頷いた日色は、もう興味がないという様に魔物の死体から視線を変え、峡谷の絶壁を見上げ、フムと小さく頷いた。
「さてと、この崖を登ろうと思えば登れるだろうが……ハジメ、【シュタイフ】を出してくれ樹海側に向けて探索するぞ」
「……なぜ、樹海側?」
「流石に峡谷を抜けて砂漠横断は手を焼くからな、だったら樹海側に向かった方がマシだろう、どこかの町にも近そうだしな」
「……ん、確かに」
「日色、準備できたよ」
そう説明する日色の提案にユエは納得したように頷いた。魔物の強さからして峡谷自体が迷宮という可能性はゼロに近い。ならば別に迷宮の入り口が存在する筈だ、【空力】などで絶壁を超えることは不可能では無いが、元々【ライセン大峡谷】を探索するつもりなのだから効率としても樹海側の方がいいのである。
ハジメは【宝物庫】に魔力を注ぎ、魔力駆動二輪【シュタイフ】を取り出した。アメリカンタイプの黒いボディにかなり大型である。燃料は魔力を直接流すことで直接車輪関係の機構を動かし、静かな駆動音で移動するのである。
速度調整は魔力量次第な為、【ライセン大峡谷】では魔力効率が悪く【シュタイフ】より燃費の悪い魔力駆動四輪は使わず本来は二人用なのだが三人乗れるように取り外し可能なサイドカーを搭載している。
日色が颯爽とシュタイフに跨る。シュタイフの操作はハジメも行えるのだが基本的には日色が操作することとなっている。
『未成年が車に乗っちゃいけません!!大型二輪は18歳からです!(迫真)』
そんなことを叫ぶバカがいたとかいなかったとか。
ハジメとユエはどっちが日色の後ろに横乗りするか揉めそうになったものの日色が提案したジャンケンの一発勝負よりハジメが勝利したのでハジメが日色の後ろにユエがサイドカーに乗ることとなった。……ユエが不満げだったのは言うまでもない。
横乗りをしたハジメの手が日色の腰にしがみつくのを確認すると日色は魔力を流し込みシュタイフを発進させた。
ライセン大峡谷は基本的に東西に真っ直ぐ伸びた断崖だ。そのため脇道などはほとんどなく道なりに進めば迷うことなく樹海に到着する。ハジメもユエも、迷う心配が無いので、迷宮への入口らしき場所がないか注意しつつ、軽快に魔力駆動二輪を走らせていく。
シュタイフには車体底部に錬成機構が存在し、どんな悪路だろうと整地しながらの走行が可能であるため本来ならばアメリカンタイプのバイクには辛いであろう谷底の道も実に軽快な道のりに変貌するのだ。
「気持ちいいね、日色」
「……あぁ、そうだな。金ロリはどうだ?」
「……ん、いい……すごく」
風を切りながら太陽の光と土の匂いの混じった爽やかな空気を堪能しながら三人は久しぶりの外の景色でのドライブを楽しんでいく。最も、その間にも襲い来る魔物の群れを日色の【蒼影剣】が切り刻み、ハジメも日色の背中に寄りかかりながらも手だけは忙しなく動き続けドンナーを魔物めがけて発砲し、一匹残らず蹴散らし尽くしていく。
暫くシュタイフを走らせていると、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。中々の威圧である。少なくとも今まで相対した谷底の魔物とは一線を画すようだ。もう三十秒もしない内に会敵するだろう。
シュタイフを走らせ、大きくカーブした崖を回り込むと、その向こう側に大型の魔物が現れた。かつて見たティラノモドキに似ているが頭が二つある。双頭のティラノサウルスモドキだ。
だが、真に注目すべきは双頭ティラノではなく、その足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女だろう。
「…………あれはなんだ?」
「……兎人族、亜人族の一人」
「……なんで兎人族が谷底にいるの?住処ってわけではないんでしょ?」
「……ん、亜人族は樹海に住んでる。谷底が住処は……聞いたことがない…あるとすれば……」
「犯罪者として……か……」
『てか、アレってバグウサギじゃね?というかあの動き完全にドゥエリス……うん!やめよう!(真顔)』
等と逃げ惑うウサミミ少女を尻目に悠長に会話を興じる三人。助けるという発想はないようだ。それは別にウサミミ少女が犯罪者であることを考慮したわけは無い、単に興味がないだけである。
日色は単純に助けるメリットも借りもない見知らぬ少女を助けるような優しい性格などしていないし、ハジメは豹変する前ならばまだしも今のハジメには日色に一切関係ないので無視、ユエも単純に他人なので興味がないようだ。
しかし、そんな呑気な三人をウサミミ少女の方が発見したらしい。双頭ティラノに吹き飛ばされ岩陰に落ちたあと、四つん這いになりながらほうほうのていで逃げ出し、その格好のまま日色達を凝視している。
そして、再び双頭ティラノが爪を振い隠れた岩ごと吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がると、その勢いを殺さず猛然と逃げ出した。……日色達の方へ。
それなりの距離があるのだが、ウサミミ少女の必死の叫びが峡谷に木霊し日色達に届く。
「
滂沱の涙と大量の汗が混ざりおそらく綺麗な顔つきであろう顔をぐしゃぐしゃにして必死に駆けてくる。そのすぐ後ろには双頭ティラノが迫っていて今にもウサミミ少女に食らいつこうとしていた。このままでは、ハジメ達の下にたどり着く前にウサミミ少女は喰われてしまうだろう。
その光景を見た三人は――
「…………『やっと見つけた』…か」
「…どうでもいい。日色、早く行こう。モンスタートレインよ、関わったらロクなことがなさそう」
「ん……同感」
――無慈悲にもそのままシュタイフに乗り、その場から離れようとしていた。しかも迷惑そうな表情付きで。
ハジメとユエがウサミミ少女から視線を逸らすと助ける気がないことを悟ったのか少女の目から涙がさらに溢れ出し、グシャグシャの表情が更にしわくちゃになっていく。
「まっでぇ~、みすでないでぐだざ~い! おねがいですぅ~!!」
ウサミミ少女が更に声を張り上げる。が、日色達は助ける気が全くないのでこのままいけばウサミミ少女はは間違いなく食われてしまうだろう。
ただし、それは双頭ティラノがウサミミ少女の向こう側に見えた日色達に殺意を向けさえしなければ。
双頭ティラノが逃げるウサミミ少女の向かう先に日色達を見つけ、殺意と食欲を乗せた咆哮を上げた。
「「グゥルァアアアア!!」」
それが、化け物を呼び覚ますきっかけとなった。
双頭ティラノは殺意向けた、向けてしまったのである。
三人を、いや、正確にはその中にいる日色の存在を否定し、捕食の対象として認識した。してしまった。
「――――――――――――――――ぁ?」
当然、それを彼女が容認できるわけがない。
双頭ティラノが、ウサミミ少女に追いつき、片方の頭がガパッと顎門を開く。ウサミミ少女はその気配にチラリと後ろを見て目前に鋭い無数の牙が迫っているのを認識し、「ああ、ここで終わりなのかな……」とその瞳に絶望を写した。が、次の瞬間――
ドパンッ!!
聞いたことのない乾いた破裂音が峡谷に響き渡り、恐怖にピンと立った二本のウサミミの間を一条の閃光が通り抜けた。そして、目前に迫っていた双頭ティラノの口内を突き破り後頭部を粉砕しながら貫通し、空へと駆け抜けていく。
力を失った片方の頭が地面に激突、慣性の法則に従い地を滑る。双頭ティラノはバランスを崩して地響きを立てながらその場にひっくり返った。
その衝撃で、ウサミミ少女は再び吹き飛ぶ。まるでB級ギャグアニメのように狙いすましたように日色の下へと。
「きゃぁああああー! た、助けてくださ~い!」
『シャッターチャンスッ!!カメラカメラ!!』
そう内心呟く日色へとその格好はボロボロで女の子としては見えてはいけない場所が盛大に見えてしまっている。例え酷い泣き顔でも男なら迷いなく受け止める場面だ。
それを察しているのか日色は呆れたように小さく微笑する。受け止めてくれるのか、そう思ったウサミミの少女は安堵の表情を取り――
「断る」
――瞬間、日色が生み出した念糸がウサミミ少女の体に絡みつき、地面に振り下ろす事で落下速度が更に加速された状態で叩き落とされた。流石は我らの日色様だぜ☆
「え―――エブッ!!?」
ベシャ、とインクを撒き散らしたような音と共に日色の眼前の地面に着地――もとい着弾したウサミミ少女は両手両足を広げうつ伏せのままピクピクと痙攣している。気は失っていないが痛みを堪えて動けないようだ。
「……なんて残念なウサギさん」
「なんか……一周回って面白く感じる」
ウサミミ少女の醜態を見て、それぞれがさらりと酷い感想を述べるハジメとユエ。そうこうしている内に双頭ティラノが絶命している片方の頭を、何と自分で喰い千切りバランス悪目な普通のティラノになっていた。正直言って食われた跡から骨が見えている為、少しグロイ事になっている。
普通ティラノがその眼に激烈な怒りを宿して咆哮を上げると、その叫びに痙攣していたウサミミ少女が跳ね起きた。意外に頑丈というか……いや、この場合はしぶといと行ったほうがいいだろう。
あたふたと立ち上がったウサミミ少女は、再び涙目になりながら、これまた意外に素早い動きで日色の後ろに隠れる。あくまで日色に頼る気のようだ。まぁ、自分だけだとあっさり死ぬし、日色達が何かして片方の頭を倒したのも理解していたので当然といえば当然の行動なのだが、正直言って汗や涙でぐちゃぐちゃな顔で近づかれるのは気持ち悪いのだ。
「おい、お前。さも当然のように俺を盾にするな、というか離れろ鬱陶しい」
日色のローブの裾をギュッと掴み、絶対に離しません! としがみつくウサミミ少女を冷め切った瞳で睨む日色。サイドカーに乗っているユエが離せと言わんばかりに足を小突き、後ろの席にいるハジメがドンナーに手を伸ばしかけているため大変不味いことになりそうだ。
「い、いやです! 今、離したら見捨てるつもりですよね!」
「あぁ」
「そ、即答!?あなたにも善意の心はありますでしょう!いたいけな美少女を見捨てて良心は痛まないんですか!」
「あぁ、一欠片も痛まん」
「こ、これも即答!そ、それならた、助けてくれるなら……そ、その貴方のお願いを、な、何でも一つ「結構だ」――せめて最後まで言わせてくださいよッ!!」
頬を染めて上目遣いで迫るウサミミ少女。あざとい、実にあざとい仕草だ。涙とか鼻水とかで汚れてなければ、さぞ魅力的だっただろう。実際に、近くで見れば汚れてはいるものの自分で美少女と言うだけあって、かなり整った容姿をしているようだ。白髪――というよりも水色に近い髪を持った碧眼の美少女である。並みの男なら、例え汚れていても堕ちたかもしれない――
――が、その程度の美少女ならば数人不本意なことに現在進行形で知り合いであり、その少女達のスキンシップを受けてなお無表情でいるこの朴念仁に通じるはずがない。
どこまでも日色の在り方は冷め切っている。社畜道を舐めてはいけないのである。
「ひ、酷いっ!酷すぎます!!あんまりです!断固抗議しまッ「グゥガァアア!」――ヒィー! お助けぇ~!」
日色の辛辣な言葉に反論しようと声を張り上げた瞬間、てめぇら無視してんじゃねぇ! とでも言うようにティラノが咆哮を上げて突進しようと身をたわめた。……かまってちゃんなのだろうか。
ウサミミ少女は情けない悲鳴を上げて必死に日色の背後に隠れようとし、一応殺さないように手加減はされているだろうがハジメの蹴りを受け、頬に靴跡を刻まれながら「絶対に離しませぇ~ん!」と死に物狂いでしがみつき引き離せない。
そんな様子をみてコケにされていると感じたのか、より一層怒りを宿した眼光でハジメ達を睨み、遂にティラノが突進を開始した。
そんな様子をみてコケにされていると感じたのか、より一層怒りを宿した眼光でハジメ達を睨み、遂にティラノが突進を開始するために一歩踏み出し――
――瞬間、いつ現れたのか頭上から現れた蒼影剣に頭蓋を貫かれ一瞬、ビクンと痙攣した後、前倒れに倒れ伏し絶命した。
ウサミミ少女と会話している間に日色がこっそり糸を双頭ティラノの周りに張り巡らし、一歩踏み出しただけで頭上から蒼影剣が襲いかかるように罠を作っていたのである。
その振動と音にウサミミ少女が思わず「へっ?」と間抜けな声を出し、おそるおそる日色の脇の下から顔を出してティラノの末路を確認する。
「し、死んでます…そんなダイヘドアが一撃なんて…」
ウサミミ少女は驚愕も表に目を見開いている。どうやらあの双頭ティラノは【ダイヘドア】というらしい。
呆然としたままダイヘドアの死骸を見つめ硬直しているウサミミ少女だが、未だ日色にしがみついたままである。流石に鬱陶しくなってきたのでウサミミ少女の脳天にデコピンを叩き込んだ。
「へぶぅ!!」
ズドンッッ!!!?という衝撃とともに呻き声を上げ、「頭がぁ~、頭がぁ~」と叫びながら両手で頭を抱えて地面をのたうち回るウサミミ少女。その隙に日色はシュタイフを発進させようとしたのだがウサミミ少女は物凄い勢いで跳ね起きて、「逃がすかぁ~!」と再び日色の腰に抱きつこうとして――これ以上汚い顔で服を汚されてたまあるかとサッ、とシュタイフに乗った状態で予備動作なく軽く跳躍した日色に避けられ、再び地面にダイブすることになった。
しかしすぐさま立ち上がると顔に涙や汗のせいで土や砂や石が付いた状態で足にしがみつかれてしまった。なかなかの打たれ強さである。
「先程は助けて頂きありがとうございました! 私は兎人族ハウリアの一人、シアといいますです!取り敢えず私の仲間も助けてください!」
しかも随分図太かった。
日色は瞬く間に再度出会ってしまった災難に、めんどくさそうにため息をつくのだった。
どうにかして化装術をありふれ世界に入れたい……!!(切実)